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「お前こそ、そういうことは俺の耳に入れるな」
「言いたくなるよ。あなたの場合は分かってないんだもの。一度、背も低くなって、走るのもうんと遅くなって、頭の回転も思いっきり鈍くなって、周りに怒られるような、そういう環境に置かれてから、もう一度言ってほしいと思う。恵まれた人って、それ以上悪くなることなんて考えもしないんだろうね、きっと」
「悪かったな。しょうがないだろ。そういうのは人それぞれ違うんだし」
「あなたは一度、苦労人と同居してみたらいいんじゃないの? 安いアパートで暮らしている友達はいないの?」と聞いたら、しばらく考えてから、
「先輩に一人いるけどな」
「だれ?」
「明神の先輩。別荘に一緒に行っただろ」と言われて思い出した。
「ああ、あの」一人だけ未成年じゃなかったため、ビールを飲んでいた先輩がいた。
「確か結構、年が上だと」
「馬淵先輩だよ。あの人のアパートがそうだと聞いたぞ」
「映画を手伝うわけでもなく泊まっていたような気はしていたけれど」
「そう。その人。手伝ってない。ただ、あそこに寝泊まりしてただけ。それで車を誰かから借りてきて、あの先輩に運転してもらっただけだから」
「あれって、あの先輩の車じゃなかったの?」
「明神の親せきの家から借りたと聞いたぞ。あの先輩は仕送りを止められそうになっているって聞いた」
「そう」
「でも、無理だ。俺はあの人とは住めない」
「なんで?」
「お風呂にはあまり入らないらしい」
「それは私も無理だ」
「明神の家だとおばあさんに怒られるから、渋々入っていたみたいだ。アパートのお風呂が壊れているから、入らないらしいけど」
「大家さんに直してもらえば」
「トイレとお風呂は共同だ」
「えー!! そんなところがあるの?」
「井戸もあるらしい。普通の古民家を改造してあると聞いているけれど」
「じゃあ、そこで暮らしてみたら」
「無理」と簡単に言ってくれて。
「ほらね。恵まれているから、無理なんじゃない」
「お前、そこに泊まったら、トイレが古いとか臭いとか、文句を言いそうだけど」
「いや、まず、掃除から始めないといけないんだろうなと思うだけで、気が重くなる」
「掃除?」
「お婆ちゃんの家がそういう感じだったの。昔の家が。今は建て替えちゃったから」
「ふーん、そういうものなのか」
「あなたのおばあちゃんは?」
「近くに住んでるよ」
「え、だって、あのあたり高級住宅街に思えるけれど」
「だから、親せき一族が住んでいる。昔からね」
「そう。それだと分からないかもね」
「マンション経営してる人もいるし、駐車場を持ってる人もいるよ。親父も持ってるはず」
「どうりで車をすぐに買ってもらえるわけだ」
「おい、あれはお下がりだ」
「不満そうだね。これだから金持ちは」とあきれたら、
「お前はすぐにそれだな」と嫌そうだった。

 久しぶりに姉に会い、お金持ちとの価値観の違いを聞いてみたら、
「ああ、無理よ。もう最初から恵まれた環境が用意されているような男って、ダメよ。そういうのは当然だという思いが抜けきらない。でもねえ、お金持ちでもマイペースな奴もいるし、環境もあるけど、性格も重要なんじゃないの。それで、彼氏なの? そいつ」と言われて思わずむせた。
「当たりだ。どうも変だと思ってたんだよね。前から、そうじゃないかと。例の男なんでしょ。差別態度で優しくなくて、あとはなんだっけ? それで顔も良かったりして、金持ちなら、無理よ。そういう条件がそろっている男はね、謙虚にはなりづらいの」
「はあ」
「そういうものよ。お金や自分の才能など『無い』という状態を知らないのよ。だから、傲慢でわがままだったりするの」
「いや、そこまでは」佐並君なら当てはまるけど。
「だから、全部なくしてから、オロオロするかもね」佐並君のあのときの態度を思い出した。揃っているからこそ、何か欠けたときに対処できないものなのかな。
「お姉ちゃん、急病人が出たら、どうする?」
「ああ、私、そういう世話は何度かしてきてるから、的確に指図するわね。もう、小さいころから、それの繰り返しよ。由香がよく泣くから、それをなだめつつ対処して」
「もういいよ、そういう話は」
「でも、その傲慢男はやめておいたら」
「そう言われても、ただ、デートした程度だから」
「ふーん、じゃあ彼氏にはしないほうがいいわ。あなたは優しいごく普通の男にしておきなさい。話しやすくて、条件もそれなりの男は学部内にいないの?」思わず花咲君を思い出した。
「そういう男の方が由香には向いてるわ」
「エミリと同じことを言う」
「苦労するわよ。振り回されるだろうしね。その男に貢いだり尽くしたりしてはダメよ」
「え?」
「貢いだり尽くしたりしたらねえ、今度はそれが当たり前だと思って、それ以下になると物足りなくなり、相手はドンドン図に乗るわ。そうなったら、もうダメ。相手の本命になんて一生なれないわね」
「えー、おおげさな」
「そういうものよ。男って。図に乗りやすい生き物よ」
「えー、そうかな。それは一部だけでしょ」
「うちの父親を見ていたら分かるでしょ」と言い切られて、
「確かに」としか言えなかった。うーん、納得する。父はそういうタイプだった。

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