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「ふう」と思わず言ったら、中谷さんに笑われてしまった。
「遅くまですみません」と謝った。
「いや、大丈夫だよ。いつもはもっと遅いんだよ」
「え?」と驚いた。
「驚くことはないよ。見習いだともっと遅い。新しいデザインを考えたり、カットの練習をしたり、ロットを巻く練習もしていると遅くなってしまう」
「大変なんですね」
「いや、ほかの人も同じだよ。練習をしている暇なんて、日中はないから、お店が終わってからやらせてもらう。でも、良かったよ。由香ちゃんに会えて」
「え、でも、ごめいわくでは」
「僕が頼んだのだから」と中谷さんが明るく笑ってくれてほっとした。デートするのにひーちゃんに注文を付けられた。髪形を変えること。服装をかわいらしいものにするようにと。雑誌の切り抜きまで用意されていて、
「これにしておいてね」と軽く言われてしまった。さすがにどうしていいかわからず、下妻さんに相談に行こうとしたけれど、忙しいらしくて、それで中谷さんのお店に行ったら、カットモデルを頼まれてしまった。雑誌の切り抜きを見て、
「由香ちゃんの髪質にはね、この髪型だと合わないんだよ。顔の形もあるから」と言われて、
「顔の形ですか?」
「そう。由香ちゃんの顔立ちには、もう少しやわらかくて優しい感じの方が合うね。ボリュームも調節しないと」
「すみません、よく分からなかったので」中谷さんに雑誌に切り抜きを見てもらったけれど、私には合わないらしく、代わりに、
「この髪型はどう?」とデザイン画を見せられた。彼がデザインしたものらしく、
「あ、かわいい」と思わず言ったら、
「良かった」と言ってカットモデルをすることになった。前に雑誌用にカットしてもらった時から時間が経っているため、かなり伸びてしまっていて、
「あのときは時間がなかったからね」と言われてしまった。エミリのついでにそばにいて途中からやり始めたために、衣装も用意しておらず、髪形も中谷さんが時間内でできるものをしてくれていた。
「でも、髪形を変えるのも気分が変わっていいよ」と言われて、
「あの」と言ったら、
「どうしたの?」と優しく聞かれて、
「男性との会話って、どうしたらいいでしょう?」と聞いたら、
「デートか何かかな?」と聞かれて、
「はい」と言ったら、
「そうか。それでね。でも、会話なんて、おのずと生まれてくるものだし」
「あ、えっとですね。相手の人とは顔見知りではあるんですけれど、相手の性格、趣味とか知らないんです」
「だったら、そこを聞いていくところから始めたら?」
「なるほど、言われてみたら。あ、でも、会話が合うかどうかが心配なんです。何しろ、理系男子はあまり話したことがなくて」
「理系かあ? でも、そこは無理して合わせなくても、お互いに共通する話題が何かあるはずだと思うよ」
「共通の話題」と言われて考えてしまった。部活は一緒だったけれど、テニスの話題なんて、たかが知れているし、スポーツ観戦とか好きそうには見えないし、
「うーん」と悩んだら、
「大丈夫だよ。相手に合わせたら」
「えーとですね。相手の人は、優しそうではあるんですが、話題を自分から提供するようなタイプに見えないんですよね」
「学校の話は?」
「なるほど。中谷さん、お客さんとはどういう話をしますか? 女性が多いんでしょう?」
「そうだなあ。テレビとか、映画とか、ファッションとかそういう話もするし、あとは相談かな」
「相談ですか?」
「女の子だと、友達との関係や恋人とうまくいってないとか、そういう話が多くなるよ」
「なるほど。でも、私の周り、恋人がいる人がさほど多くないんです。恋人がいる人が多いグループもあるみたいだけど」
「そう」
「中谷さんはもてたでしょう? 高校とか」
「いや、僕はダメだったよ。それほどは」
「えー、そうは見えませんよ」
「由香ちゃんは、女子高?」
「いえ、共学でしたけれど。うちの学校はお付き合いしてた人もいましたけど、学校内では、あまり話してなかったですよ。うるさくなるんです。からかわれるから」
「ああ、なるほどね」
「先生にまで言われて、うるさくなるから、内緒で付き合っていた子もいました。隣のクラスの男子が何かと、そういうことを言いたがり」
「彼には好きな子はいなかったの?」
「それがよく分からないんですよね。噂はありましたけれど、相手にもされていなかったんじゃないかと友達から聞きました」
「そう、それでね」と笑ったので、
「なんですか?」と聞き返した。
「僕の学校で、同じようなことがあったんだよ。中学の時だったけれど、好きな子がいてね。でも、その子にどうしても好きとは言えない。他のやつが好きだと噂で聞いて確かめたくて、それで、直接聞けないから、似たような形でからかったりして、調べたかったみたいだ」
「はあ、回りくどいやり方ですね」
「テレもあったみたいだね。でもね、そういうことをするから、相手の女性もそれから周りの女の子たちにも嫌がられていた」
「あ、やはり、そうなりますよね。こっちも同じでした。彼が来ると、みんなが呆れたような顔をして見てました。私は嫌だったから、彼の姿が見えると逃げる癖がつきましたし」
「そう。それは困ったね」
「中谷さんは、恋愛相談って得意なんですか?」
「さあ、どうだろうなあ。似たような経験とかあったら、少しは考えてあげられるとは思うけれど、女の子の気持ちって難しいところがあるし」
「女性相手の職業でも、やはり、難しいんですか?」
「一人一人違うからね。女性でも満足する部分が違うんだよね。相手に合わせていかないといけないし」
「なるほど」
「由香ちゃんは分かりやすい子だけれど、中にはその場で不満を言わずに帰ってしまい、二度と来なくなってしまうこともあり得るから気を使うしね」
「そういうものなんですか、大変そうですね」
「こちらはとても似合っていると思っていても、相手は『芸能人のそのままの髪形でないと嫌だ』と言い張る人もいるし」
「え、そんな注文も受け付けているんですか?」
「でも、難しいんだよね。顔かたちが似ていても雰囲気が違ったり、髪質が違いすぎて再現はできなかったり」
「なるほど」
「それを相手に合わせて提案しても、絶対に芸能人とそっくりにしてもらわないと嫌だと言い張られた先輩もいたようだからね」
「うーん、髪形だけだと難しいでしょうね」
「由香ちゃんは、あこがれの芸能人とかいるの?」
「江里口優羽」とすかさず言ったら笑われてしまった。
「おかしいですか?」
「いや、すぐに答えが出てきたからね。そうか、彼女か。でも、彼女は背がかなり低めで丸顔だしね。由香ちゃんが同じ髪形にしてみても、ちょっと雰囲気が違ってくると思うよ」
「そうですよね。それは分かっているけれど。日の当たる道って知ってます?」
「ああ、あれね。見たことはないけれど、宣伝していたのは知っているよ」
「あの映画が好きで」
「そうか。僕も見てみようかな」
「えー、でも、男性が見たら面白くないかもしれないですよ。男性だとアクションものとかスパイものとか、そういう感じの方が好きなんじゃないですか?」
「僕はそこはそれなりに流行りのものをチェックしておく程度かな。お客さんの話題についていけないと困るからね」
「あー、そういうのがあるんですね。大変だ」と言ったら、中谷さんが優しく笑ってくれた。

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