2

人それぞれ

 練習試合とはいえ、どこかピリピリしていた。一之瀬さんは腐って、堂々と遅れてきた。
「てっきりまたサボるかと思った」と聞こえてきて、そういうタイプだよねと思って見ていた。湯島さんは緊張していて、反対に百井さんも、矢上さんもやる気に満ち溢れていた。一人、千沙ちゃんが緊張しすぎていて、
「初めてだから」と言ったので、
「だって、試合なら」と言ったら、
「選手は初めてだから」とかなり緊張していた。
「体ほぐした方がいいよ。攣≪つ≫るといけないから」と言って、私も柔軟していた。
「男子も結城君を出してほしいなあ」と言っていて、どちらにしても試合結果によってはもめそうだなと考えていた。
「いつものパターンで行こう」と百井さんに言われてうなずいた。
「様子を見て、最初はいつもので」と声をかけて戻った。相手はやりにくいタイプだったけれど、すぐにこっちのペースになっていった。
「なんだか、心配して損するぐらい、できは良さそうですね」
「湯島さんと千沙ちゃん以外はね」と言われて、千沙ちゃんはかなり緊張して顔がこわばっていた。
「いつも思うけれど、佐倉先輩って自信なさげなのに、試合になると何であんなに落ち着いているんだろう?」
「そう言われるとそうだね。声をかけるのも小平さんより遥かに多いし」と一年生が言い合っていて、
「ねえ、さっきから変だよね」と美鈴ちゃんが言いだして、
そうだね。相手がどんどん崩れていくね」
「そう言えば、いつもあのパターン」と見ていて言われているのも知らずに、
「例のコースに変えるよ」と百井さんに言われてうなずいた。

「うーん」と美鈴ちゃんが考えていて、
「それにしても、湯島さんは最初の勢いはどうしたんでしょう?」とまだ試合をしていて、矢上さんも絶好調だったけれど、そのうち崩れだした。
「困ったもんですね」と一年生が言っている横で、私と百井さんはさんは反省点を話し合っていた。
「了解、今度はそこに注意ね」と言って、別れて試合を見ることにした。
「そう言えば、いつもそれやってますね」とみんなが聞いてきて、
「どっちが勝ってるの?」と聞いたら、
「アドバンテージで決まらないよ」と小平さんのペアを見て言った。
「矢上さんは?」と聞いたら、みんなが困った顔をしていて、
「無理だよ。せっかく取ったのに、追いつかれてから、相手のペースになって、フォルトが増えて」と言ったので、
「先生、タイムを取ってください」と柳沢に言ったら、驚いていた。
「練習試合ってタイムあるのか?」と聞いていて、
「区切りのタイミングで言ってください」と言ったら、うなずいていた。やがて、やはり相手に取られて、
「矢上、加藤」と柳沢が呼んでいた。矢上さんはうっとうしそうな顔をしていたけれど、渋々、そばに来て、
「柔軟しろ。いますぐだ」と先生が言ったため、二人が驚いていた。
「騙されたと思ってやれ」と言ったので、渋々うなずいていて、
「違う。千沙ちゃんが足、矢上さんは肩」と注意した。2人とも逆の柔軟をしていたからだ。
「矢上さんは手首と肩を気づいた時に柔軟」と注意したら、うなずいていて、戻って行った。
「どっちが顧問なんだかね」と先生が言われたため、先生が聞こえたらしく苦虫を噛み潰した顔をしていた。
「あれ?」とみんなが驚いていた。
「玉が伸びた」と美鈴ちゃんが驚いていて、
「そう言われると、千沙ちゃんの動きがスムーズだ」
「だって、両方とも固くなってるからね。ほぐすしかないよ」と言ったら、
「よく見てるね」と美鈴ちゃんが感心していた。
「先生」とまた、耳元で注意していて、先生がうなずいていた。
「今度は何?」と聞いた間に、かろうじて、勝ったらしい小平さんがへとへとになっている湯島さんと戻ってきて、美鈴ちゃんたちが向こうのコートに向かった。当然、残された元川さんは不満そうだった。何度も美鈴ちゃんと組みたいとアピールしていて、顧問にも「駄目だな」と駄目だしされたため、腐っていたからだ。
「あの一年生で大丈夫なの?」とみんなが聞いていた。菅原さんはすっかり自信をなくしていて、今は更に下になっていて、元川さんと組んでいる一年生と同じぐらいじゃないかと言われていた。とにかく、試合になると萎縮する。そのため、練習中とは違って、勝てないらしい。室根さん、前園さんと緑ちゃんは試合さえさせてもらえないことが多くなり、やはり、やる気がなさそうだった。先輩のボタンの話も何度か聞かれて、さすがに謝ったら、それ以上は聞かれなかったけれど、面白くなさそうだった。
「なんだか、調子が戻ったね」と言っている間に先生が寄って行き、何か小声で注意して、
「あれ、なに?」と聞かれて、
「顧問の役目を果たしてくださいと言っただけ」と言ったら、みんなが笑っていた。

「ということで、注意点を終わる。何か意見は?」と柳沢に聞かれて、
「これでも僕と先輩と入れ替えしないと言うんですか?」と結城君がちょっと怒っていた。
「どうだ?」と先生が聞いていて、
「仕方ないですね」と掛布君が言ったため、木下君が睨んでいた。
「そうだな。より有望なほうを出そう。その方がいい。女子でも同じだったんだからな」と大和田君に言われて、金久君がうなだれていて、
「矢上まで勝つなんてね」と一年生男子と矢上さんがにらみ合っていた。
「とりあえず、試合まで後は時間がない。調整に入るが、お互いに良く話し合うこと、ペアの問題点は、小平と木下が注意して見ること、以上、解散」と言われて、みんながため息をついていた。

「お前はまったく見る気もないんだな」と拓海君に言われて、体育館の前で座っていた一之瀬さんが睨んでいた。
「永峯の気持ちを考えたら、そんな態度は取れないはずだぞ」
「なによ」と一之瀬さんがふてくされていて、
「あいつ、必死になって頼み込んでいた。『将来有望な選手です。かならず、結果を出してくれるはずです。自分が責任もって監督していくので、退部だけは』と何度もね」と言ったため、さすがの一之瀬さんが唖然となっていた。
「俺としても、お前がこのままやめていくのは困るからな」
「どうしてよ?」
「お前は繰り返すからだ」
「え?」
「どこでもどんな場所でも認めてもらえずに怒り出し、八つ当たりしてね。そんな状態で、誰かに認めてもらおうとするほうが間違っていないか?」
「そんなことを言われても」
「昔、誰かにすごいねと言ってもらった時代を思い出せよ」と言ったら、黙っていた。
「お前は分かっていないよ」
「なにがよ」
「せっかく持っているものを有効に使っていないってことだ」
「持っているのもの?」
「勝気さも力も持久力もね。あいつにはないものは全部揃っている」
「あいつって誰よ」
「詩織。あいつはどれも持っていない。ごく普通だからね。身長以外は」
「だとしても」
「どうして勝ったと思う?」
「なにが?」
「試合見ていなかったのか? 接戦ばかりだったのに、百井さんはそれほどでもなかっただろう? あの違いをどう思う?」
「あの違いって」
「お前との差はそこだ。結城でさえ気づいている。お前は気づかないから勝ていないんだよ。加茂さんと同じだね」
「あの子とは違うわよ」
「同じだね。力押しのテニスって、一辺調子で面白くないよな」
「力押し?」
「結城の試合見てみろよ。あいつはあの先輩の真似を取り入れてる。詩織も同じだ。お前とはそこで差が出るぞ」と拓海君が戻ってしまい、一之瀬さんが睨んでいた。

「どうして、ああいうことをしたのよ」と呼び出された永峯君は、まっすぐ顔を見ながら、
「僕の責任だから」と言ったため一之瀬さんが睨んでいた。
「このまま行けば、確実に君は駄目になるよ」
「駄目になったっていいわよ。あんな部活なんて、こんな学校なんて」
「それが理由なのか?」
「理由って何よ?」
「八つ当たりしている理由だよ。佐倉さんが原因じゃないだろう?」
「人から横取り女の名前を言わないで」
「横取り?  誰が?」
「あの女よ。私があれほど好きだった山崎君を横取りして」
「いや、違うと思う」
「何がよ」
「佐倉さんが横取りしたとは思えない」
「どうしてそう思うのよ」
「話してみて、そう思った。あちこちに評判を聞いた。そういうことはする人じゃないそうだ。むしろ、君のやり方は汚いとあちこちで評判が悪かった」
「違うわよ。あの女はなんの努力もせずに、私が好きだった山崎君を、私にとって必要なのよ。あの人だけよ、アドバイスしてくれるのはね。それを横取りした。楢節さんだって同じよ。こうこから取り上げて」
「違うよ」
「何がよ」
「楢節さんは言っていたよ。お気に入りの生徒だってね。僕とは生徒会で会っているから、聞いたことがある。『話すとお互い刺激になり、面倒をついみたくなるぐらいかわいい』とね」
「え?」
「そう言っていた。『他のどの女子にもそういう思いは感じた事がないから、長く付き合える』と言っていたよ。『対等な付き合いができて、会話が楽しめて、面倒をみたくなる。そういう相手だ』と言っていた。取り上げるような人に、そんなことは言わない」
「だとしても」
「全部、君の被害妄想からくるものだと思う」
「違うわ」
「認めなければ駄目だ。君は誤解しているんだ。しかも、自分が大切にしていたものを取られたと錯覚して逆恨みしている。恨みが全部、佐倉さんに向かってしまっているんだ。テニスも、好きな人も、クラスや部活で上手くいかないのも全部ね。でも、それは間違っているよ。彼女は言っていたよ。君にされた事を聞いたら、『辛い思い出ばかりで話したくない』と言っていた。君は彼女をそこまで傷つけているんだぞ」と大きな声で言われて、
「え?」とさすがの一之瀬さんが戸惑っていた。
「分かっていないみたいだから言っておくよ。いい機会だからね。君の被害に遭った人に全部に話を聞いた。『辛かった』と涙ながらに教えてくれた子がいたり、うつむいておびえていた子もいた、佐倉さんでさえ顔を背けていた。でも、はっきりと自分の意見を言ってくれたのは彼女だけだ。君が『間違った方向へ気持ちを向けているだけで』と言っていた。僕も同じだ。みんな口を濁して、おびえさせて、泣かせて、君は全然わかっていないよ。悪いのは君のほうなんだよ。被害者じゃない。加害者なんだ。いい加減気づいたらどうだ」と言われたため、一之瀬さんが苦い顔をして下を向いていた。
「山崎君の事がそこまで好きだったの?」
「当たり前よ。ああいう人はいなかったもの。ずっと探していたの。認めてくれて、周りも一目を置いていて、全てに優れていて」
「でも、彼は君を認めないよ」
「それはあの女が横入り」
「いい加減にしろよ。山崎君と佐倉さんのことは切り離すんだ」
「嫌よ。あの女が私の大事なものを」
「違う。君が大事だから、山崎君が君のものという訳じゃない。相手の気持ちも考えろよ。相手は君を選んだのか?」
「それは、あの女が」
「相手は君にどう言ったんだ」
「それは、あのおん…」
「山崎君は一度でも、君に好きだと言ったのか?」と聞かれて、さすがに一之瀬さんが黙った。
「人を好きになるのはいいことだと思う。だれでも、そういう気持ちはもつと思う。けれど、君は間違っているよ。君が思うから、相手も自分を思ってくれるのが当然だと思っているのか?  だったら、間違いだ。恋愛に一方通行はいくらでもあるよ。こちらが思っているから相手も思ってくれる。それが現実にそんなにあると思うのかい?」
「それは」
「実際はそんなに上手くいかない。当然だよね。もし、君が別の誰か男子に複数思われて、全部好きになることができるのか?  途中で別の男子に気持ちが移っても、そこで横入りしたと男子同士が喧嘩をしたら、君ならどう答えるんだ?」さすがにそう言われて、一之瀬さんはかなり困っていた。
「結城君が言っていたよ。『自分は一度に一人の人にしか行かないし、興味がなくなったら、ちゃんと相手に了解を取って別れると。それなのに、いい加減なことを言いふらして、いい迷惑だった』と言っていたよ。君のやっていることは矛盾だらけだ。何でも人のせいにしている。それは全員が同じことを言っていた。『そばによるのは怖い』と言っている女子もいるんだぞ」
「そんなのはその子たちが弱いから」
「弱いって?」
「弱いじゃない。言いたいことも言えず、やられても泣き寝入りして、嫌だったらやり返して来ればいいじゃない」
「戦闘的な考えなんだね」
「私は欲しいものは自分で手に入れるの。自分から話しかけ、積極的に行ったのに、いけない人の僻みよ。運動神経だっていいのに、テニス部では認めてもくれなくて、あんな弱いやる気のない女に肩入れして、幼馴染だからって山崎君に優しくしてもらえて、卑怯よ」
「君は誤解しているみたいだね」
「誤解じゃないわよ。私は努力しているわ。走るのだって早いし、持久力だって人よりあるし、明るくて中心人物になるのが当然なのに、あの能無しの顧問が部長にさえしてくれなくて、みんなだって、最近は話も聞いてくれないわ。私の言う通りにしていれば勝てるわ」
「実際、勝ってたの?」
「え?」
「君の言う通りにして勝てると思うかを聞いているんだ。君と組んでいる人は納得しているのか?」と聞かれて、黙っていた。
「君の言い分は分からなくもないよ。スポーツは綺麗事じゃない部分もあるからね。勝ち負けがハッキリしていて、負けるのは悔しいのは誰でも同じだ。でも、君の話を聞いていると、どこかが違っているように感じるんだよ」
「どこがいけないと言うのよ?」
「周りの意見を無視しているってところがある。決めつけが多い。自分の意見が絶対だと思って、捻じ曲げて考えているように思える。ところどころに矛盾を感じるのに、本人は気づいていない」
「山崎君と同じことを言うのね」
「勝つことは大事だ。そのためにどう向かっていくのかは人それぞれだ。ピッチャーだったら、投球練習が大事だし、体力づくりも柔軟性も必要だ。それに見合った練習をしていかないといけないと思う。バッター、キャッチャー、外野、内野、それぞれ求められる部分が違っている。テニスだって」
「どうしてよ? だって、サーブが速くて、足も速くて、持久力だって」
「違うんじゃないかな? 人それぞれ体格も違えば持ち味も違う。性格だってバラバラだ。全員が君と同じやり方をしたところで強くなれるとは思えないよ」と言われて、一之瀬さんが考え込んでいた。
「持久力がないなら、代わりに別の部分で補えばいいし、力がないならないなりに、別の部分を練習するんじゃないのかな?  よくは知らないが、バレーだとそうだろう?  セッターとアタッカー、レシーバー、確か、背が低くてもレシーブがかなり上手な子がいたはずだ。選手でね。彼女は人知れず努力しているらしい。同じアタッカーでも性格の違いがあるそうだ。強打が得意、コース分けが上手、状況判断が早くて、相手の隙を付くのが得意、そういうのはテニスにもあるんじゃないのか?」と言われたために、愕然としていて、しばらく黙っていた。
「佐倉さんに当たるのは間違っているよ。弱いと決め付け、山崎君を取り上げられたと決め付け、それを嫌がらせする理由にしている。相手は傷ついているにもかかわらず、相手が弱いから悪いと開き直っている。それでありながら、自分が傷ついているのは怒っていて、自分のことを認めてもらえないのは相手が悪いと言いだして、ものすごく矛盾を感じるよ。君が全ての原因を作り出していると思う。認めてもらえないなら、やり方が間違っているんだ。話を聞いてもらえないなら、まず、相手がどういう性格か知る必要がある。テニスで強くなりたいなら、自分に何が足りないのかをまず考えてから、その部分を強化していけばいい」
「でも……」と永峯君に戸惑った視線を向けていて、
「今からでも遅くないんだ。君にはそのチャンスが与えられているんだよ。本来なら、とっくの昔に追い出されて、学校でテニスもできなかっただろうと思う。でも、君にはもう一度やれるチャンスがあるんだ。いや、もっとはっきり言ったほうがいいね。もう、次はないんだよ。問題を起こせば即退部だ。そういう約束だから」
「え?」
「教頭と約束したんだよ。山崎君がそう交渉してくれた。今度問題が起こったときは君に居場所は確実になくなるよ。そんなのは嫌だろう?」
「わたしは……」
「まず、できるところからやっていこう。テニスだったら、どうして勝ていないのかを、小平さんでも顧問の人でもいい、聞くんだ。黙って相手のいうことを聞くんだ」
「黙って?」
「君は言われるとすぐ反撃する所がある。でも、そういう意見もあるんだなと受け入れるべきだ。まず、そこからやっていこう。認めてほしいなら、そこからやるしかないさ。相手がどういう人か、なにを考えているかもわかっていないのに、闇雲に話し合ったところで、無駄だからね。僕はそう考えながら相手と話しているつもりだ」
「わたし…」
「そうしてみよう?」と言われて、一之瀬さんは考え込んでいた。

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