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強気なわけ

 野球部の練習が始まる前に、永峯君が一之瀬さんに何か話したあと、拓海君を呼び出して、隅の方で話しこんでいて、
「なんでしょうねえ?」と言われていた。
「でも、あの人は変わるとは思えませんけれどね」と結城君が嫌そうな顔をしてから、練習を始めていた。
「詩織ちゃんってさ。意外」と言われて、振り向いたら、千沙ちゃんがいて、
「何が?」と聞いてしまった。
「柔軟の話だよ。どうして分かったの?」
「ああ、あれね。矢上さんはああいう時に、力が入りやすいから手首と肩の力を抜いて、柔軟もしたほうがって、前に組んだ時に注意してね。千沙ちゃんはなんだか顔色が悪かったしね」
「でもさ」
「私も同じだから分かるなあ。緊張すると、足がちょっとね。手は大丈夫なんだよね。意外とね。人によるのかも」
「へえ、緊張する部分が違うんだ?」と言い合っていた。
「先輩、お願いがあります」と矢上さんが小平さんに寄っていき、
「やはり、佐倉先輩と組ませてください」と言ったため、さすがにざわついていた。困ったぞ。
「その方がやりやすいですから」
「ちょっと待ってよ。こっちの意見もあるよ」と百井さんがやってきて、止めていた。
「そう、後の人は不満はある?」と小平さんに聞かれて、誰も何も言っていなかった。
「だとしたら、顧問の意見に従いましょう」と小平さんが言ったため、
「納得できません」と矢上さんが言って、
「その段階じゃないと思うよ」と私が言ったら、矢上さんが驚いた顔をしていた。
「だって、私と相性が」
「違うと思う。ただ単に言い易かっただけ。千沙ちゃんとまだ意見交換していないから、その段階じゃないと思う」
「意見交換?」
「千沙ちゃん、不満があるよね?」と聞いたら困った顔をしていた。
「矢上さんの方もいっぱいあるよね。その部分を今から話し合ったら?」
「今からですか?」
「そういうのは思いついた時に言わないとしこりが残る。ほら、行って」と2人の背中を押した。
「意外と強引だ」と後輩が驚いていて、
「それぐらい言わないと無理だよ。言いやすい相手だから組ませてくださいと言われても、私も困る」と言ったら、みんなが笑っていた。

「ねえ、もめてるね」と緑ちゃんが笑っていて、どちらももめてるなあと思いながら見ていた。矢上さんの方は、言いたい放題言っていて、千沙ちゃんが黙って聞いていた。一之瀬さんの方は、
「かなりなじっていないかなあ?」と美鈴ちゃんが小声で言ったので、そう見えるなあと思った。一之瀬さんが拓海君に何か聞いていて、永峯君が黙ってそばにいた。時々、食って掛かるような態度に見えて、
「なんだか、あちこち複雑だなあ。これで上手く行くのかなあ」と言ったので、
「間に合うようにやるしかないよ。手探りで行くしかないのかなって開き直ってきた」
「詩織ちゃんが変わった」と言われてしまい、向こうに行ったら、もっと開き直らないとやっていけないなあと考えていた。

「いい加減、気が済んだだろう?」と拓海君に言われて、一之瀬さんが睨んでいた。
「僕もそう思うよ。どうして、自分の方が優れていると決め付けているのかが不思議だよ」と永峯君に言われて、
「だって、あの人なんてなんの努力もしてなくて」
「お前って、どこまでいってもそれだな。俺に言わせればお前のほうが努力していない」
「どこがよ?」
「どこもかしこもだ。勉強も部活も人間関係もだ」
「え?」とさすがに一之瀬さんが驚いていた。
「テストで、何点取ろうがそれは本人の目標だから一概には言えないが、お前はどうなんだ?」と聞かれて、さすがにそこは弱いのか、一之瀬さんはそっぽを向いていた。
「どうも良くないみたいだな。まあ、それは俺は何も言えないからな。じゃあ、部活はどうだ? お前、それぞれの特徴を言えるか?」
「特徴?」
「部員の性格とテニスにおける特徴」と聞かれて、考え込んでいて、
「小平さんは上手で、後は駄目」と言ったため、拓海君がため息をついていた。
「詩織に聞いたら、いくらでも出てくるぞ。お前よくそれで、人のことを言えるな」と責められて、気に入らなさそうにしていた。
「それじゃあ、誰とやっても勝ていないね。お前、自分で自分の性格をわかってるのか?」
「それは明るいし、積極的だし、やる気もあるし」
「短所のほうだよ」
「短所って、そんなもの」
「いっぱいあるだろう。短気ですぐ怒る。だから、すぐに崩れやすい、フォルトの連続。意外と飽きっぽいから練習方法もすぐ変えたがる。走りこみも自分のペースだけ考えて、勝ち負けのような形でしか走れない」
「え?」
「一度、そばを走っていて思ったよ。お前って、持久力があるからって、闇雲に早く走りすぎ。あれは勝ち負けじゃなくて、持久力をつけるために走っているんだ。全員で合わせる必要はないが、できないヤツをバカにする態度は目に余る」
「それは変だね」と永峯君まで言いだして、一之瀬さんは気に入らなさそうににらんでいた。
「練習の仕方も強打して、相手を振りまわして、自分がこれだけできるのよとアピールの場になっている。変だよな」
「よく見てるんだね」と永峯君が驚いていた。
「仕方ないさ。成り行き上ね。詩織が心配だから、つい、見る癖がついた」
「なによ、それ」
「言ったろ。詩織と俺はそういう関係。お前に口出されたくない」と拓海君に言われて、一之瀬さんが思いっきり睨んでいて、
「でも、なんとなく分かったよ。君は諦めたほうがいい」と永峯君に言われて、
「どうしてよ、あんな冴えない、自信がないだけの弱気な子より、私のほうがかわいいし、綺麗だし、運動神経もよくて、山崎君とお似合いよ」と大声で言ったため、
「お前、そういうことをよく言えるよな」と拓海君が呆れていて、
「言いすぎだ」と永峯君が注意していた。
「言っていいことと悪い事があるよ。君はそういう傾向が強い。自分に自信があるのはかまわないが、他の人をコケ下ろす理由にはならない。君の場合は目に余る。そう言われて、相手がどう思うか考えた事があるのか?」
「本当のことじゃない」と声を張り上げたので、
「分かっていないな」と拓海君が止めた。
「何よ」
「お前は何一つ分かっていないよ。自信がないのは確かだが、冴えないとか自分の方がかわいいかどうかは、見る人によるぞ。それはお前の判断基準であって、俺だと逆になるし」と言ってしまったため、
「どこが劣ると言うのよ」と一之瀬さんがまた怒鳴った。
「お前も、加賀沼と同じだなあ。そう言って、クラスの連中に嫌われたけれど、お前もあまり口に出すと反感食らうぞ。もっとも、今でも十分そうみたいだけれどな。かわいいかどうかは好みの問題だぞ。碧子さんがいいと言っていた戸狩は桃もかわいいとか言うし、他の男子はミコの方がいいと言っている。バレーの男子や野球部の男子も加藤千沙さんもいいよなとか言ってるしな、かなりバラバラの名前を挙げていたはずだ。女だってバラバラだぞ。もっとも気が多いのも多いけれどな。本宮がいいと言っておきながら、堂々と俺に告白してきたり、戸狩に擦り寄っていたり、お前も月代わりの女として有名らしいな」と言われて、一之瀬さんが苦い顔をしていた。
「その辺はかわいいとか綺麗とか、話しやすいとか、守ってやりたいとか人によるぞ。好みの問題。それにお前は今は永峯にいったんじゃないのか? 俺にそう言っていたよな。『だったら、永峯君にするわ』とこの間言っていたよな」と拓海君に言われて、
「そんなことは、今、言わなくても……」永峯君は一之瀬さんをじっと見てから、
「ぼくは恋愛はよく分からないよ。でも、君のことは見守っていきたいと思う。それが僕の責任だからね」と言われて、一之瀬さんが困った顔をしていた。
「お前って、どこまでも真面目だな。そう言われて喜ぶと思うのか? せめて、『相談ならいつでも乗るよ』とか、『君が困ったことがあったら助けるよ』ぐらい言ってやれよ。弘通みたいにね」
「え、いや、それは」と永峯君が困っていた。
「お前もそうだよ。強気の一本槍で押すばかりで相手の立場を少しは考えろ。一方的に相手の都合も考えずに話しかけてきて、『はい、僕も好きになります』と誰が言うんだよ。少しは引く事も考えろ。相手の様子を見てから、アタックしろ」と一之瀬さんに言ったけれど、
「だって、あなたは」と一之瀬さんが気に入らなさそうで、
「俺は昔から詩織って決めてるから無理」
「え? でも、転校してきてからは」
「確かにその頃からずっと見てるよ。でも……。とにかく、お前は自分のことばかり考えすぎだ。人間一人で生きてる訳じゃないぞ。お前のやっていることは矛盾だらけだよ。自己中心的でそばにいるヤツが疲れるぞ。合わせるのも大変だと気づけよ。お前、ミコと仲が良くなかったな。もし、あいつとテニスで組めと言われて、あいつのほうが上手でお前が合わせる必要が出てきて、できるのか?」
「そんなことやってみないと分からないわよ」
「つくづく強気なヤツ。断言してやるよ。お前にはできない。自分ができない事を人にやれと押し付けるなよ。まず、自分がやってからにしろ。命令だ。相良さんに合わせろ。全部、合わせて出来たのなら、ほめてやるよ。まず、そこからやれ。それから、心変わりはない。俺は一途なんでね」と言って、走って体育館の方に行ってしまい、2人が呆気に取られて見ていた。

「丸聞こえで怖い」と緑ちゃんがからかってきて、それより、あそこまで言わなくてもと思いながら落ち込んでいたら、
「そこまで落ち込まないで下さいよ。言いがかりですよ。あの人、僕にもいっぱい言っていましたよ。みんなが言われているんですからね」となぜか結城君が寄ってきて励ましてくれたけれど、
「そう言われても」と落ち込んでいて、
「でも、気持ちは分かるわ」と前園さんが意地悪く言ったため、
「その性格だと、テニス部男子に敬遠されるんですね」と結城君が捨て台詞をはいて行ってしまった。
「失礼な」と前園さんが怒り出して、
「こうこ、眉毛がつり上がってるよ」と千沙ちゃんが注意していた。
「こうこも困ったもんだよね。好きだった楢節さんのボタンを詩織ちゃんがもらったからって、焼きもち焼いて」と緑ちゃんが言ったために、
「え、ちょっと、やだ」と前園さんが困っていた。
「へえー、やっぱりそうなんだ?」とみんなが囃し立てていて、
「少しは練習に集中してよ」と小平さんが頭を抱えていた。
 お弁当を食べながら、
「第二ボタンもらいたい」と後輩が言いだして、
「いいですよねえ」と言われて、
「口止め料だからなあ」と空を見上げていたら、
「なんですか、それ?」と食べ終わった結城君が水を飲むために近づいてきて、聞いてきた。
「ああ、まあ、色々あってね」
「よく分からないんですよね。どうして、あの先輩と?」と聞かれてしまい、
「ああ見えて優しい人だったよ。女性関係はともかく、色々アドバイスしてくれた。でも、噂が先行しすぎていて、どこまでも奥が深くてね。よく分からない人だった」
「ふーん、でも、憧れていた人もいたよねえ」と緑ちゃんが見回していて、
「前園さんと、室根さんと、後は、そうそう一之瀬さんも一度言ってたし、あとはね」と緑ちゃんが考えていて、
「焼きもちからああやったんですね。嫉妬って怖いですね」と結城君が男子の方に戻って行った。
「焼きもち?」と驚いたら、
「それはあるかもねえ。こうこは特に」と言われて、前園さんたちが遠くで食べているのが見えた。室根さんと一之瀬さんが一緒に食べていて、ロザリーは男子に囲まれていた。
「なんだか、勢力争いが変わってきましたね」と後輩が言ったので、
「なにそれ?」と聞いた。
「小平先輩達と、一之瀬さん達、加藤先輩と近藤先輩と佐倉先輩のグループで」後輩にはそう見えるんだな。
「そう?」と回りに聞いたら、
「そうでもないよね。千沙ちゃんの周りになぜか集まっているだけだしさ。一之瀬さんのところみたいなものはないよね」
「昔はさ。加茂さんがいたときはひどかったけれど、今は一之瀬さんだって嫌がらせはしていないよね。ラケットだって隠していないし」
「でも、ちょっと言い分を通そうとされても困るわよ」と湯島さんたちが近寄ってきて言った。そう言われるとそうだよね。
「一度、見直そうと思っているの。加藤さんと佐倉さん、近藤さんは協力をお願い」
「何で、私?」と聞いたらみんなが笑っていて、小平さんたちも笑っていた。

 みんなでノートを見ていた。それぞれの長所と弱点を並べて書いていて、
「問題は練習方法よね」と言った。
「簡単に分けたほうが早いね。サーブ組、レシーブ組、ボレー、後はバラバラだから」と言ったら、
「なるほどね」と小平さんが考えていた。
「体力強化、脚力強化、基本の強化、この辺は個人でやっていくしかなさそうだな。そんな時間もないしね」
「個人?」と聞かれて、
「基本は前園さんたち、体力強化は私とか色々いるよね。脚力と腕力は後衛がそうだよね」
「そう言われるとそうだよね」
「前衛は前衛でレシーブに力を入れたほうがいいのかもね。その辺がまだ、駄目だ」
「サーブのほうは?」
「一之瀬さんはコース、湯島さんは腕の力をつけたほうがいいね、百井さんもコースと手首、前衛は、小平さんがボレーに相良さんがレシーブとボレー、私もレシーブのコースだな」
「え?」
「それから、千沙ちゃんは話し合い」
「え、でも」
「それはどのペアも足りないかもね。特に一之瀬さんと矢上さん、元川さんもね」
「話し合いと言われても」
「さっきはどうなったの?」と小平さんに聞かれて、
「一方的にこうしてほしい、ここが問題だと言われてしまって」と千沙ちゃんが答えていた。
「千沙ちゃんも言ったほうが良くないかな? 冷静なのは千沙ちゃんのほうだから、気を使って言わないと、彼女の場合は難しい。かえって、率直なほうが百井さんもありがたいと言ってたよ」
「ふーん。そう言われると、そうかもしれないね。私も言ってもらった方がいいから聞いてみたけれど、遠慮されちゃってね」と美鈴ちゃんが困っていた。
「その辺で違いが出てくるし、まず目標を立てたほうがいいかもね」
「目標?」と湯島さんが驚いていた。
「拓海君に言われた。テニス部はそこがあいまいだから勝ちたい人と、負けてもそれなりな人とで納得していないからって言われたの。そう言われるとそうだよね」
「目標と言われても」
「とりあえず、レシーブだけはがんばってやらないとまだまだだね。コントロールが次の課題。その後、実践練習だね」
「詩織ちゃんが言うようになった」と千沙ちゃんが笑った。
「泣いても笑っても、残り少ないからね。時間がないし」
「開き直りも必要なのかもしれないわね。じゃあ、そうしましょう。基本以外はグループに分かれて、話し合いが足りないペアはその都度話し合うということで、目標は、そうね2人で話し合って決めてもらいましょう」と小平さんがまとめていた。

 練習方法をあれこれ話し合い、変更する事になり、顧問の了解は小平さんが取っていた。あれ以来、落ち込んでいるのか柳沢は口出しをしていなかった。男子の方は結城君が意気揚々と楽しそうにやっていて、反対に金久君が萎縮していた。
「どうせなら、試合で決めればいいのにね」とつい、掛布君に言ってしまったら、聞こえたらしく、
「それはそうだけれど、もめないか?」と聞かれて、
「あれ以上もめてもどうってことないよ。むしろ、そのほうが男子は活気が出るよ。分かりやすいだろうしね。性格が出るから」と言って、コートに戻った。そのうち、男子が話し合っていて、
「ぜひやりましょう」と一年生男子の声が聞こえて、
「男子って大丈夫かな?」と緑ちゃんが興味津々に見ていた。
「緑ちゃんとこうこは一年生とやったほうがいいのかもしれないわね」と美鈴ちゃんが呆れていたら、
「そうしてください。選手候補とはっきり分けてください。もう、その時期です」と矢上さんが言いだして、小平さんが湯島さんと聞いていて、
「どうする?」とみんなに聞かれて、
「多数決でいいんじゃないかな? もう、全部そのほうがはっきりしそうだ」と言ったら、みんなが唖然としていて、一之瀬さんがじっと見ていた。
 結局、多数決でそうなってしまい、前園さんと緑ちゃんは仕方なさそうに後輩に混じる事になり、しばらくやってから、そっちを見たら、明らかに雑談してやる気がなさそうだった。
「小平さん」とそっちに寄っていき、小声で提案したら、
「そうね、そうするわ」と一年生の方へ行ってしまった。
「何?」と美鈴ちゃんに聞かれて、
「いいよ、そろそろ体制を立て直す時期なんだよ」と答えておいた。最初に話し合いを持ったときから、時間が経っているため、あの頃の体制は崩れていて、基本もその他の練習も分けてやっていなかった。やる気がないように見えた人もやる気が出てきていて、かなりの割合が、練習に熱心になっていたからだ。練習熱心じゃないのは、緑ちゃんたちぐらいだった。
「試合形式もやらないと、不安だね」と言っていて、元川さんは不満そうに一年生を見ていた。あちこち問題が山積みだ。矢上さんじゃないけれど、あと1ヶ月で立て直せるんだろうかと見ていた。

 帰る時に、ペアの話し合いを、元川さんと一之瀬さん、千沙ちゃんや美鈴ちゃんにするように、小平さんが提案していた。
「休憩時間でもいいから、目標を決めて」と言ったため、
「えー、目標って勝てばいいんじゃないの」と元川さんがうっとうしそうに言っていて、
「勝つって、どこのペアに?」と私が聞いたら、驚いていた。
「え、一回戦とかそういう話じゃ」とみんなが聞いてきて、
「そんな先の話で、やる気につながるとは思えないけれどなあ。とりあえず、すぐ上の組には勝てるようにするにはということで話し合いはしていかないと」
「え?」と言われてしまった。それは前から、拓海君に「そうしたほうがいいぞ」とはアドバイスを受けていた。「より分かりやすい目標だからな」と言われていて、
「わたしはどうすればいいのよ?」と一之瀬さんが聞いてきたので、
「男子でいいじゃない。結城君でどう?」と聞いたら驚いていた。
「小平さんの方も目標の男子のペアを決めてもいいかもしれない。そこに勝つにはということを手っ取り早く考えたほうが、やる気はでるかもしれないよ」と言ったら、
「そう、そこまでやらないと駄目なのね」と小平さんが考え込んでいて、湯島さんは不安そうだった。
「なら、やるわ。結城君に勝てばいいんでしょう?」と一之瀬さんが勝ち気に言っていて、でも、相良さんは大丈夫なの?……と言う顔で見ていた。

「あいつは呆れるぞ。まず、相手に合わせろって言っておいたのに」と拓海君が帰りながら言った。
「えー、タイミング悪かったのかな? でも、問題点はそれぞれのペアで違うから自分達で何とかしろって言ったの拓海君だよ」
「分かってるよ。でも、一之瀬だけ、それ以前の問題だ」
「問題ね。あの人の自信の半分を分けてほしいよ」
「お前、もしかして聞いていたのか?」
「あれだけ怒鳴られたら、聞こえるよ。冴えないとか自分の方がかわいいとか」
「ああ、あれね。勝気な女がよく言う言葉だ」
「え、そうなの?」
「あちこちあるぞ。加賀沼だけじゃないさ。日頃思っていても口にまで出さないが、言葉の端々に出るぞ。自信満々さが。但し、当たっているかどうかは別だけれどな」
「そう言われても、ああまで強気に言われるとそうなのかなって」
「お前も弱気だな。俺があれだけ言っても駄目か? 好みの問題だぞ。弘通があいつをかわいいと思うとは思えないね。俺も同じ。好みが違う。あの変態会長だって、テニス部で付き合ったのはお前だけだったしな」
「あれは訳ありだよ」
「馬鹿だなあ。訳ありだけで、付き合うかよ。考えてもみろ。ああやって自信満々に強気に、『私のどこが好き? 当然、かわいいところよね』と言われてうなずくヤツが何人いると言うんだよ? 下校時間に、話しても楽しくないぞ。あの手のタイプは俺は苦手でね。よく話しかけられるからよけいだ」
「へえ、そういうものなんだ?」
「普通はそうだぞ。誰か、テニス部もしくはその辺の男子が、『一之瀬と付き合ってもいい』とか、『かわいいよな』とか言っていたことを聞いたことがあるか?」そう言えばないなあ。
「先輩でも同じだったらしいぞ。『ああいう性格の子はちょっと』と、かなりの割合で敬遠していたと聞いた。テニス部と野球部情報は話すやつがいるから筒抜けだ」
「え、誰?」
「二谷さんの教室で結城の前でおしゃべりしたヤツとキャッチボールよりおしゃべりが得意な男がいるんだよ」田中君だな。
「なるほどね」
「だから、あいつを選んだという話は聞かないな。それにお前は少しは自信を持て、等身大のね。あいつが強気すぎてお前が弱気すぎるんだよ」
「ただいま、改心中」
「なんだよ、それは」
「少しは発言してみよう月間にしようと思って」
「残り少ないなあ。もう少しやれよ」
「がんばります」と言ったら、笑っていた。

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