5

思い込み

 一之瀬さんは朝から結城君とやり合っていた。
「喧嘩しているほど仲がいいというからな」と一年生がからかっていて、
「冗談じゃないよ。好みと言うものがある」と結城君が嫌そうだった。
「何よ、これだけかわいくて、優れていて文句があるとでも言うの」と一之瀬さんが強気に言ってしまったために、
「どこがだよ」「えー、顔はともかく、口が」「俺はもっと背が高い方が」「胸もほしいな」と矢継ぎ早に言われていて、後輩が一斉に笑って、
「何がおかしいのよ」と一之瀬さんが怒っていた。
「怖すぎるよな。その顔が」と田中君が笑ったので、思いっきり一之瀬さんが叩いて、
「気が強いよ」とみんなが言った。
「何よ、こんな弱気な方がいいとでも言うの」と私を指差されて、まただ……と思いながらため息をついた。
「分かっていないんですね」と結城君が言いだして、
「そうだよな。弱気というより、優しいというか、流されるというか、でも、俺はそっちの方がいいな」と掛布君が言い出したため、驚いた。
「どうしてよ」と一之瀬さんが睨んでいて、
「お前と話していると疲れそうだからなあ」「一緒にいて楽な方がいいよ」「優しい子のほうがいいな」「笑ってくれる方が俺はうれしい」と次々言ったため、一之瀬さんが唖然としていた。
「それはあるよなあ。俺さあ、顔も大事だけれど、やっぱり性格も大事だなと思ったよ。クラスの子で憧れていた子が意外と、条件にうるさくて男子のここが駄目とか裏で言っていたのを聞いてショックだった」
「俺はやっぱり、しとやかで優しい碧子さんだな」と大和田君が言いだして、
「二谷さんが一番だ。どこを探してもあそこまで綺麗でかわいらしくて、優しくて、あれこそ、憧れだ」と田中君が言ったため、女の子が笑い出し、後輩の男子は何人かがうなずいていた。
「どこが駄目だっていうのよ」と一之瀬さんがムキになっていて、
「お前、今すぐ鏡見て来いよ。その怖い顔を見て、誰が付き合ってくれると思うんだよ」と掛布君に指摘されて、前園さんと室根さんの方に顔を向けていて、
「大丈夫よね」と一之瀬さんが聞いたら、二人とも困った顔をしていて、でも、何も言わなかったため、一之瀬さんが辺りを見回して、でも、全員が目を合わせないようにしていた。
「自分で気づいていないんですか? すごい顔をしていますよ。一之瀬先輩が他の人のことをバカにしている態度のときは、僕は見ていられないほど嫌な気持ちになりますね。他の先輩はどうですか?」と結城君が聞いていて、男子のほとんどがうなずいていたため、一之瀬さんがショックを受けていて、どこかに走って行ってしまった。
「大丈夫かなあ?」とみんなが言っていて、
「だとしても、気づいていなかったのはすごいね」と緑ちゃんが無責任に言っていて、
「あそこまではっきり言わなくても」と千沙ちゃんが心配そうだった。

「戻ってこないね。誰か、呼びに行く?」と千沙ちゃんが心配になり、
「永峯君か、山崎君に頼もうか?」と言い合っていた。
「ほっておきましょう。人には言いたい放題言っておいて、自分が言われる立場になった訳だから、少しは反省してもらわないとね」と小平さんが言い出したため、なんだか、困った事にならないといいけれどなと思った。

「いい加減、そこから出てきたら」と永峯君の声がしたので、一之瀬さんはかなり経ってから、トイレから出てきた。
「泣いてたのか?」と聞かれてもそっぽを向いた。
「聞いたよ。さっき、加藤さんから相談を受けてね。自分達じゃ、どう言っていいのかと困って心配していた。君が言われた事も聞かせてもらったけれど」
「ひどいわよ。あんな女を庇って」
「一度、聞きたかったんだ。どうして、そこまで佐倉さんにこだわるんだ?」と聞かれて、睨んでいた。
「もしかして、山崎君のことがあったから」
「あの女は横入り」
「実はね」と永峯君が遮った。
「山崎君にその事を聞いてみたんだよ。そして彼は誤解だと言っていたよ。いや、むしろ、君の方がちょっかい出してきて、別に自分は相手にもしていなかったと言っていた。その前は堂島君や別の先輩の名前とかでていて、よくは分からないが、君はそこまで本気じゃないように見えたそうだ。むしろ、佐倉さんのことで庇うようになってから、自分に来ている気がすると言っていたよ」
「そんなこと、だって、彼は私に色々アドバイスしてくれるようになり」
「ああ、それね。それも、後から聞いたよ。そのせいで自分にこだわっているようだけれど、誤解だってね」
「何が誤解なのよ」
「『君のためにアドバイスしたわけじゃない』とはっきり言っていた。『佐倉さんの嫌がらせの原因が君だと気づいて、それをやめさせるためにそう言っただけだ』とね。『認めてほしい相手を必要としているのではないかと聞いて、運動能力や強気で負けず嫌いな所は評価したから、それで、よけいにこだわってきたような気がする』と言っていた」
「え?」
「だから、順番は逆になっているんじゃないかと言っていたよ。君のほうが好きになって、佐倉さんが横入りしたのではなく、佐倉さんを心配した山崎君が君を気にかけるようになったため、自分に気があると誤解され、君が本気になっていったんじゃないだろうかと。もっとも、彼は『本気になったというより、意地だと思う』と発言していた。僕もそれはそうじゃないだろうかと思えるよ。君の態度を見ていてね」
「そんなこと」
「山崎君と佐倉さんの方が先だったんじゃないのかな? むしろ、君のほうが後だったと思えるよ」
「それは、私は話しかけて、あの子は話してもいなくて」
「どちらが先に話しかけてと言う問題じゃないよ。早い者勝ちってわけじゃないからね。君はどうも思い込みが強いようで話していると、こっちがおかしくなるよ。なんだか、変だと思うな。矛盾を感じると山崎君が言っていたけれど、僕も同じだ。君は佐倉さんに相当ひどいことを言い続けたらしいね」
「言われてもしょうがないわよ。本当のことだもの」
「君は今、色々言われて泣いていたんじゃないのか?」と聞かれて、一之瀬さんは困ってうつむいていた。
「本当のことだから人には言ってもいいけれど、自分は言われたら傷ついて、言った相手が悪いと怒る。矛盾していないか? 自分が言われて泣くようなら、相手だって同じだと気づくべきだ」
「それは……」
「佐倉さんは裏で泣いていたようだし、君に嫌がらせもしくは嫌味など言われていた子たちが、泣いていたよ。話しながらね、聞いていて気の毒に思うことが多かった。君も同じ事をされてどう思うんだ?」
「そんなこと、そっちは知らないわよ」
「自分は傷つき、相手は傷ついてもかまわない。それは自分勝手だと思う。自己中心的な考え方だよ。その考え方をしている限り、誰も君のことは認めないね」
「どうしてよ?」
「嫌なことを言った相手を認められると思うのかい? 君は同じようなことをされた相手が、優れた能力を持っていたとして、素直に褒められるかい?」と言われて、一之瀬さんはハッ……となっていた。
「そういうことだ。認めてほしければ、まず相手のこともどういう人かを見極めて認めてあげなければいけない。自分の方を優先するばかりの人と対等に付き合っていこうと思う人はいないはずだ。今の君はそういう状態だ。誰のことも認めないのに、自分のことは認めてくれないと怒る。そういう状態の人が、クラスやテニス部で認めてもらえるとは到底思えない。君自身に問題があるんだ。佐倉さんやそのほかの人は関係ないよ。君がまず、認めなければ駄目だ。冷静じゃなさ過ぎる。認めてほしければ、相手の言葉に耳を傾け、自分に置き換えてじっくり考えてみるべきだ。自分ならどうするか、相手の立場に立って考えてあげられるような余裕が今の君にはまったくない。自分に合わせろと言われても、誰もついていかないよ」
「そんなことを言われても、あの人たちはふがいなく」
「いや、君が分かっていないだけだ。彼女達は納得できない部分を話し合いで埋めていこうとしている。今はその段階だ。もめるのも当然だ。あれだけの人数がいればそれだけの考え方があるということだ。意見はバラバラになるのは当然だよ。価値観が違うんだからね。君とまったく同意見になる人なんて少ないと思う。それをどう話し合いで解決していくかが重要であって、喧嘩したり否定したところで、なんの解決にもならない。ましてや、自分が納得できないからと言って相手を攻撃したり、傷つけたり、それじゃあ、いさかいになるだけでなんのメリットもないね」
「メリット?」
「ああ、目的をはっきり持つんだ。君はどうしたいと思っている? テニス部の人と仲良くやっていきたいのか? 喧嘩したいのか? それとも、テニスで勝ちたいのか? 負け続けても、そのまま、ペアの人と話し合いもせずにずるずる行くのかは自分で考えないとね。そして、どうしたらいいのか見極めないと何も始まらないよ」と言われて、かなりうな垂れていた。

「あいつはどうして、ああも優しくできないんだろうな。弘通だったら肩を優しく叩いてやるとかするぞ」と二人の様子を見ていた拓海君が戸狩君に言った。
「お前ねえ、あれはどう見ても、説教タイプであり、優しく諭すタイプじゃないぜ」と体育館に戻りながら言った。
「しかし、つくづく、佐倉のことを心配しているよな。お前って意外」
「お前に言われたくないぞ。後輩と付き合ってるくせに」
「ああ、あれね」
「お前も碧子さんなら碧子さんに決めればいいだろう?」
「知らないのか? デートしていたらしいぞ。見かけた女子がいる。そのうち噂になるな」
「ふーん。あの人が……」
「お前は見向きもしないな」
「俺は一筋だからね」
「意外すぎる。幼馴染と恋愛できるのはちょっとなあ」
「それだけで好きになるかよ。ミコも幼馴染だぞ。ありえない」と言ったところで、体育館の靴箱に行ったら、
「聞こえるぞ」と体育館の中から、ミコちゃんの声が聞こえて、爆笑になっている声も聞こえてきた。

「戻ってこないから、様子を見に行った方が」と美鈴ちゃんが言い出して、
「永峯君に頼んだから」と千沙ちゃんが休憩時間に言った。
「なるほど、そのほうがいいのかもな」と横で男子が聞いていたらしく、そう言ってきた。
「でも、ちょっと困りますよね。あの人、後が怖いから」と後輩の子が言いだして、そうだよねと考えていた。
「でも、あいつはあくまで強気で強情だから、ケロっとして戻ってくるんじゃないのか?」と男子が言い出した。
「それはあるだろうな。あいつ、人のことひどいことを言っておきながら、次の日にすぐに話しかけてくる無神経さがあるぞ」
「言えてるよな。本来さあ。加茂が処分された時点で、あいつもやめるべきだったんだよ。でも、ああやって、開き直ってる姿はちょっとな」
「知ってるか? 野球部だと、みんなの前で反省点を述べて、謝らせるらしいぞ。ここの部活ってそれがないよあ」と言いだして、色々あるなあと黙って聞いていた。
「僕には理解できませんよ。佐倉先輩にあれだけひどいことをしておきながら、更にあれだけ言える無神経さが目にあまります」と結城君が大声で言ったため、後ろの方がざわめいていて、なんだろう? と見たら、すぐ後ろの校舎の陰から、一之瀬さんがやってきて、永峯君と一緒だった。ちょっとうな垂れているように見える。みんながシーンとなって見ていて、
「ああ、ちょっとね。話し合ったんだよ。それで、謝りたいそうだから」と言ったので、驚いていて、
「もう、あんな中途半端な謝り方では納得できませんよ。今までやってきたことを考えたら、普通に謝られたって許せませんからね」と結城君が怒っていた。
「え、それは」とあの一之瀬さんがうな垂れていて、戸惑っていて、永峯君を見ていた。彼はうなずいていて、一之瀬さんを前に出していて、一之瀬さんは一緒に謝ってくれるんじゃないの?……と言う顔で、永峯君を見ていた。
「前に注意を受けたよ。あの謝り方では無理だってね。僕もそう思った。話し合いが足りないと思っていたが、どうも違ったようだからね。君のほうが間違った思い込みをしていて、そのために、孤立していると結論付けたから、君が謝るべきだよ。それでも、謝らないと言うならそれも仕方ないけれど」と永峯君が言ったため、男子が、
「そんなの納得できる訳が」と言いだして、一之瀬さんが迷っていた。
「もちろん、その場合はテニス部を去るしかないね。こういう状態を作ったのは君自身に問題があるわけだから、謝れないと言うなら、そういうことになるけれど、そういう覚悟があるのなら」と永峯君が言い出したため、一之瀬さんを始め、みんなが驚いていた。それで、さすがに一之瀬さんは、
「続けたいわ」と言ったため、
「じゃあ、やることは一つだ」と言われて、一之瀬さんは頭を下げていた。
「それだけじゃあ駄目だ」と永峯君に言われて、一之瀬さんが困った顔をして永峯君を見ていた。
「今まで、どういう部分で迷惑をかけて、それをどう反省したのか、これからどういう気持ちで取り組んでいくのかを言わないと誰も納得しないよ」
「野球部流かよ」と男子が笑っていて、でも、一之瀬さんは笑っていなかった。やがて、決心するように、
「今まで、色々言いすぎたみたい、ごめんなさい」と謝ったため、シーンとなっていた。
「これからテニスを真面目にやるわ」
「真面目って?」と小平さんが聞いていて、
「そうね。今までのやり方を変えたほうがいいと、山崎君に言われたし、永峯君にも注意を受けた。その部分は変えるわ」と言ったため、さすがにみんながひそひそ言いだして、
「具体的には?」と小平さんに聞かれて、
「相良さんと話し合うわ」と言ったため、
「お前に出来るとは思えないけれどな」と大和田君が言いだして、男子はあちこち文句の声を上げていた。
「色々言いたいこともあるとは思うが、これで許してやってくれないか? まだ、問題が出てきたらいくらでも言ってほしい。僕の責任もあるわけだから」と永峯君に言われて、渋々、みんながうなずいていた。永峯君が小平さんを見ていて、
「仕方ないわね」と言ったため、みんなが私を見ていて、
「謝ってくれるならいいけれど」
「ああ、それは」と一之瀬さんが言いだして、
「違う。全員に謝るべきだってこと」
「そんなことは今」と一之瀬さんが言いだして、
「違うよ。個別に謝ってと言っているの。私だけじゃない、確かクラスのほうでもそうだったよね。そういうのを全部済ませてからじゃないと心を入れ替えたとは私は納得できない。靴も制服もラケットもあなたは色々やってきて、同じことをされたことがないから気づいていないようだけれど、靴だって汚れて洗っているとき、ひどく苦い思いだったし、制服だって洗いながら、どうしてこういうひどいことができるんだろうなと神経を疑った。『早くやめないかしら』と毎日言い続けられる身になったこともないようだから、分かっていないみたいだけれど。その程度の謝り方で、納得できると思う? クラスの子には何をしたの?」と聞いたら、さすがに苦い顔をしていた。
「そっちの謝罪もしてもらわなければ心を入れ替えたとはとても思えない」と言ったら、さすがにシーンとなっていた。
「私も実はちょっと納得できないの」と美鈴ちゃんが言いだして、みんなが見ていた。
「クラスのこともそうだし、確か、山崎君が怪我した時に、あなたは詩織ちゃんのせいにしていなかった?」と聞かれて、一之瀬さんが苦い顔をしていた。
「その上、自分は関係ないという顔をして山崎君に話しかけていて、元はと言えばあなたにも責任があると思うけれど、確か、そのことはうやむやにしていなかった? 毎日のように、『やめればいいのに』と詩織ちゃんに聞こえるように言っていて、さすがに目にあまったよ。ああいう態度を見て、そのまま、その言葉を鵜呑みにできるほど、私はあなたを信用していないの」と言われてしまい、
「そんなことまで言ってたのか?」と男子が呆れていて、
「知ってますよ。僕も見てましたから、それで、納得できないなとよけいに思いましたよ。山崎さんに顔向けできない事をしておいて、まだ、山崎さんに対して、そこまで固執していて、理由はなんですか?」と結城君が聞いていて、
「それは……」と一之瀬さんが困っていた。
「好きだからじゃないの?」と緑ちゃんが笑ったけれど、
「僕にはそうは見えませんよ。山崎先輩が好きだったら、まず第一に心配するはずでしょう? 怪我をしたのに、佐倉先輩をなじるばかりで罪悪感も持っていないようでそういう態度は見えませんでしたよ。それって、変でしょう?」と聞かれて、
「それはあるねえ」とみんなが言いだして、
「その辺は本人も分かっていないみたいだから、とりあえずこの場では説明できそうもないね。でも、クラスのほうは僕が責任を持って、全部謝罪に付いていくので、それでどうか許してほしい」と永峯君に言われて、渋々うなずいていた。
「あれで、納得しろと言われてもね」と結城君はまだ怒っていて、でも、永峯君が野球部に戻って行った。

 練習中はどこかギクシャクしていた。ロザリーがいないせいもあった。彼女は家の都合で春休みはあまり出ていなかったので、男子も女子も活気がなかったし、一之瀬さんのそばに寄っていくのもなんだか怖くて、様子を見ている人が多かった。
「こういうのって、困るよね」とトイレの帰りに後輩が言っているのが聞こえた。
「あの先輩、好きじゃないなあ。あの先輩のしてきたことを見てね、親に言っちゃったことがあるの。それで、『すぐ辞めたら?』なんて言われて、慌ててごまかしちゃった」
「えー、やばいんじゃないの?」
「でもさあ、本来、退部なのはそうだろうなと思った。有力選手じゃなかったら、反対に佐倉先輩だったら、あの先輩が率先して追い出すだろうね。ああいうのって好きじゃないなあ」
「つくづく怖いよね」と言っている声が遠ざかって行った。ああ思ってるんだなと思いながら、困ったなあと思った。『体質』と拓海君が言っていたけれど、ああいう人が混じるだけでああいうことが起こるのかも知れないと思った。でも、美鈴ちゃんや結城君がああ思っていたのも意外だった。どこかで様子を見て言えなかっただけなのかもしれないなと考えていた。

「ああ、それね」と帰る時に拓海君が笑っていて、
「どこの部活もあるぜ。だって、女の子って裏ですごい事を言うのはあるぞ。一之瀬は裏も表も言っているから、目立つけれど、それ以外もあるぞ」
「怖いのだけれど」
「そう思っていたらやっていられないさ。お前、綺麗事の仲良しゴッコで部活が強くなれると思うか? 水泳部なら、マイペースでこつこつやればいけるかもしれないが、他の部活は選手になるために努力しているヤツは多いぞ。むしろ、テニス部は足を引っ張ることに熱心すぎたんだよ。もっと、自分を磨けばいいものを、なぜか、前園さんといい、加茂さんといい、そういう努力はしないからな」
「そう言われてもね。そう言えば、男子が言ってたよ。嫌味を言った次の日に、平気で話しかけてくるって」
「ああ、それね。俺も気づいた。何度も何度も同じことを説明し注意しても直らないから不思議だなと思ったら、どうも覚えていないようだな。目先のことしか見えないようだし、意外と単純なのかもね」
「え?」
「そういうヤツもいるんだよ。でも、僻みっぽくてろくな考えかたしないからなあ。俺はどうも好きじゃないけれどね」
「覚えていないの?」
「ああ、じゃないと、あそこまでひどいことをしても、平気でテニス部に未だにいられないだろう? 自覚がないんだろうと思う。自分のやることは許されて、相手のやることは許さないってタイプなのかもなあ」
「なんだか、すごいのだけれど」
「加茂さんの方がひどかったけれど、最近はさすがに見かけなくなったな。卒業式だってもめたらしい。誓約書を書かせてはどうかって話まで出たらしいぞ」
「そこまで」
「だから、無理かもしれないな」
「なにが?」
「あの話がばれたら、あいつは確実に退部だぞ」
「あの話って?」
「だから、お前にしてきた数々と内藤の話だな」
「内藤さんって?」
「お前、知らないのか? かなり、あちこちで噂が流れ始めてるぞ。本当はやばいと思うけれどな。もう、ここまで来たら永峯でも絶対無理だ。あいつも身から出たさびで足元すくわれるかもな」と言ったので、まだ何かあるんだなと考えていた。


欠点

「お前はつくづく駄目だな」と拓海君に声をかけられて、
「言われたとおり、話し合ったし、言われたとおり様子は見てるわよ。よく分からないわよ。小平さんも湯島さんもはっきりしないし、相良さんもよくわからないわよ。百井さんははっきりしていていいけれどね」と一之瀬さんが睨んでいた。
「ふーん、少しは見てるじゃないか。続けろよ」
「こんな事をして意味があるの?」
「お前、試合結果どうだ?」と聞かれて、
「勝ってるわよ」
「違う、結城とか、他のヤツとの対戦結果」
「そんなもの、勝ってるからいいでしょう」
「何勝何敗だ?」
「え?」
「サーブの入っている率は? レシーブ、その他問題点を言えよ」と言われて黙った。
「お前、つくづく記憶力が悪そうだな。欠点、更に追加。記憶力が悪い。そこは直せそうもないから、こまめにノートでもつけるなり、人に聞くなりしろよ」
「そんなこと、面倒だし」
「お前はテニスが上手になりたいのか、結城に負け続けたいのかどっちか選べ」と言われて、
「もちろん、勝つわ」
「だったら、やれよ。詩織なら、他のヤツの分までスラスラ言うぞ。お前と違って記憶力はいいからな」
「そんなこと、彼女だって同じなんじゃ」
「お前って、つくづく自分本位だな。自分がそうだから相手もそうに違いないと思い込む、短絡思考だ。呆れる」と言いながら、拓海君が離れて行って、一之瀬さんは納得していなかった。

 結城君に勝ていないため、一之瀬さんと結城君はにらみ合っていた。
「意外とお似合いだって」と緑ちゃんが無責任に言っていて、それぐらいなら却って良さそうだなあと思った。超越するぐらい好きになれる相手っているのかなあと見ていたら、
「詩織ちゃんって意外だね」と後ろから言われた。
「なんで?」とみんなが聞いていて、
「だってさ。結局言わなかっただけで実はちゃんと色々考えてたんだなと思った」と言われてしまい、
「みんなだって同じじゃない。意見を言いづらかっただけだよね。こういう雰囲気ってどこの部活もそうなのかなあ」と何の気無しに言ったら、男子が聞いていたらしくて、
「え、俺の小学校の部活は風通し良かったぞ」
「うちもだな」
「えー、弱かったんじゃないの?」と女の子が茶化していて、
「僕の所は違いましたよ。全国区に出るようなところでした」と結城君が加わってきた。
「へえ、どこだっけ?」
「鴫の原です」と言ったため、みんながそんな学校あったっけ?……と言う顔でみんなが見ていた。
「ああ、サッカーで有名なんです。隣の県ですよ」と言ったため、
「それじゃあ、分からないって」とみんなが笑っていて、
「へえ、転校生なんだね?」と聞いていた。
「そう言えば、南平林に転校生として来たんだっけ?」
「違いますよ。僕は中学からですよ。でも、ここまでひどい環境じゃありませんよ。確かに負けず嫌いが揃っていましたが、終わったら、みんなでアイスを食べたり、仲良かったですよ。だから、ここは見ていられなくて」と言ったため、そうだろうなと思った。一之瀬さんがいなければここまでひどくなかったのかもしれないなと思った。

 新学期が始まるころになると、男子の目的意識もはっきりしてきて、やる気にもつながっていた。何しろ、試合の目標まで決めてしまったらしくて、「トーナメント方式で選手を決めてはどうだろう」とまで言いだしていて、負けられない意識がバチバチとしていた。
「男子ってうらやましいぐらい単純だ」と緑ちゃんが笑っていたけれど、むしろ、あのほうが分かりやすくていいなと思った。男子は足を引っ張ったり、気に入らないと仲間はずれにしたりする陰険な部員はいないらしく、その辺もさっぱりしていて、まとまりがなかっただけのようだった。それが、目的が出来て、あちこち冗談で言い合っていて、
「あれぐらいのほうが楽しそうですよね」と後輩に言われてしまい、困ったなあと考えていた。

「一之瀬って、昔、お前と同じ部活だったらしいな?」と拓海君に聞かれて、
「彼女は転校生だけれど、私よりあとだったような気がする。でも、あの性格だからね」
「ああ、分かるよ。急に変わったんだろう? 雰囲気が。それは聞いたよ。その頃はどうだった?」
「だって、グループがはっきり分かれているし、人数も多いし、あそこまで露骨じゃないよ。先生が何かと目をかけていて、彼女は率先して先生に話しかけていて」
「ああ、それも聞いたよ。『かわいがってもらってる』と自慢げに言ってたけれど、あまり周りは快く思っていないヤツもいて複雑だったという話だ。早い話が顧問が女だったからと言う意見があってね。『柳沢は取り入っても、無理だったんじゃないの?』と女子に言われていたぞ。担任だって同じように取り入ってと聞いたよ。『そのせいで雰囲気が良くなかった』と別の子も言いだしてね」
「どうしてそうなるんだろうね?」
「ああ、それね。どこでもあるぞ。取り入る子がいるのはどこでもあるけれど、いじめっ子タイプが混じると雰囲気が悪くなるらしい。気に入らないと仲間はずれにして喜んでいる」
「喜べる、その神経がつくづく分からない」
「ああいうタイプはね。自分と仲間以外の人間に対しての思いやりはないんだよ」
「どうして?」
「さあね。それはそうとしか言いようがないさ」
「意味が分からないよ。なんだかそういうのって、つくづく分からない」
「でも、あいつ自身も分からないんだよ。自分が楽しいから相手もそうだと思いこんでいたり、自分が辛いから誰に当たっても許されると思い込んでいたり、自分が好きになれば相手も好きになってくれるのが当然と思いこんでいたり」
「えー!」とびっくりした。
「俺もあそこまで自分本位だと思わなかったが、でも、ああいう考え方するヤツはたまにいるよな。でも、それで通用するのは狭い範囲だけかもね」
「え?」
「グループでも例えば大きくなれば、ミコのように実力も性格の強さも持ち合わせた、真のリーダー格がいるからね。そういうのにはみんなが集まるから、一之瀬は表立って出てこないよ。今のように、みんなから外れてお弁当を食べていたりする」
「そう言われるとそうだった。前まではロザリーと男子と食べててにぎやかだったよ」
「出る杭は打たれるのはああいうタイプが多いけれど」
「出る杭?」
「ああ、でしゃばりだったり、内容がともなわないのに自信満々にしていて、周りを馬鹿にしたりすると反感を買う。ある程度強い性格なら、最初ぐらいは従っているが、みんなの我慢が限界に達したりする事が起こると締め出される場合があるね。前の団地でそうだったよ。ある日を境に女の子達が一人の女の子と口を聞かなくなった」
「ちょっとひどいね」
「逆だ。自分が気に入らない子をいじめて追い出すことが続いたんだよ。でも、やりすぎて、いつか自分がやられる事が怖くなり、全員逃げた」
「なるほどね」
「それで、その子のそばには誰もいなくなり、仕方なく別のグループに行ったけれど、そこでも駄目で、また戻ってきたらしいが、もう、前のようには仕切れなくなってたって話だ。別のリーダーができて、その子の居場所はなくなっていたんだよ」
「そんなことも起こるんだね」
「今のテニス部がそれだろう?」
「え?」
「言ったろ。ロザリーがどうなるかで決まるって。最近、あまり出ていないようだけれど、あいつと離れたら後は、それほど強い子はいないから、一之瀬の勢いは弱まる。結城まで敵に回したから、掛布たちが言いだして、あいつは居場所がなくなってきているのにもかかわらず、強気の発言をしたために、総すかんを食らった。さすがに言いすぎて、あいつは裏で泣いていたらしいけれど」
「え?」
「バスケ部の子が見かけたらしくて教えてくれて、戸狩と2人で様子を見に行ったら、永峯が説教していた。あいつももっと優しく、話を聞いてやり、肩とか叩いて、諭してやれば少しはあの性格も丸くなるかもしれないというのに、説教だけしていて、反発されていたけれどな。最後は渋々納得していた」
「優しく諭すといいの?」
「説教されるよりは女の子の場合は効目があるぞ……と戸狩と桃の意見」
「あの2人は呆れるなあ」
「それはあるさ。寂しい子は多いからね。『自分の気持ちを分かってくれないと思ってるから、八つ当たりしているのかもな』と戸狩に言われて、俺は半信半疑だけれど、どうもよくわからないよ」
「じゃあ、弘通君に頼むとかは悪いよね。勉強しないといけないし」
「本宮でさえそばに寄らないって話だぞ。無理だよ」
「本宮君なら確かにいけそうだね」
「もっと、インテリタイプの優しいタイプの方がいいのかもな。もしくはスポーツど根性タイプとか」
「永峯君ならぴったりじゃない」
「いや、あいつはその辺がどうもね。女心は心得ていないぞ。あいつは、学級委員をして、人の話を一人一人聞いて、対処してきたんだ。納得しないと前に進めないようだしね。だから、その辺にスマートさが足りなさそうだな」
「拓海君がやるとか?」
「俺は基本的に関わりたくないんだよ」
「じゃあ。どうして教えてあげてるの?」
「お前のためだ」と言われて唖然とした。
「言ったろ。あの手のタイプは木に登るのは早いが、その気になられてこっちに来られると困るぞ。でも、テニスである程度納得できたら、お前に八つ当たりしなくなるだろうことは簡単に予想できる」
「どうして?」
「一番の原因はそれだから。それ以外にもあるのかもしれないが、そこまで関わりたくない。だから、お前に危害が及ばないようになればそれでいいんだよ」
「ごめんなさい」
「お前が謝る必要はないさ。俺は決めてるからね」
「なにを?」
「お前の事を守ろうと思ってるから」
「え?」とびっくりしてしまった。
「あの時から決めてたんだよ。だから、お前は気にするな」
「あの時って?」
「思い出したら教えてやるよ」
「えー、思い出せるかなあ」
「待ってるよ」とうれしそうに笑っていた。

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