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先輩の返事

 一之瀬さんはやはり部活に顔を出さなかった。前園さんは男子に呼ばれていて、
「聞いておいたよ。そしたら、『そういうことをする時点で却下』って言ってたぞ」と大和田君に言われて、
「何を言ったのよ」と食って掛かっていた。
「そうだよ、どう言ったの?」と千沙ちゃんが聞いていて、
「そのままだよ。『前園が先輩を好きで佐倉にやけに絡んでいる』とね。それで、『先輩と佐倉のことでやっかんでいるようだから、先輩に好きだと言えない代わりに俺が伝えておきます』って言っておいたよ」
「そこまで言う必要はないでしょう?」と千沙ちゃんが怒っていて、
「なんでだよ。はっきり言ったほうがいいぞ。『前園が好きだと言ってた』と言ったからって、あの先輩はまともに聞かないぞ。そこまで先輩を好きなようだってことを説明するためにああ言ったんだよ。『文句があるなら、自分で言えよ』と先輩の伝言」と大和田君が言ったために、誰も何も言えなくなった。
「『好きだって自分で伝えられない時点でアウト』って言ってたぞ。『手紙でも電話でもいいから言ってくれるなら別だけれど、伝言されても困る』って。『ましてや、付き合っていた女に八つ当たりするのは言語道断』だってさ」
「いかにも、あの先輩なら言いそうだね」と湯島さんが菅原さんと言い合っていて、
「そうだよな。俺でも困るな。付き合っていた子が嫌がらせされていたら嫌かもしれない。別れたあとでもそうやられたら、かなり困る」と男子が言い始めて、
「そういうことで言ったらどうですか?」と結城君に言われて、
「でも……」と前園さんがうつむいていた。
「がんばってみようよ」と千沙ちゃんが励ましてあげていて、
「加藤はつくづく優しいよな」と男子から声が上がっていた。その後、練習を始めようとしたら、
「もう一つ伝言。今度は佐倉に。『義理堅く付き合っていたと思わせてくれているのは律儀だね』だとさ。『でも、真相はもう言っていいぞ』と言ってたよ。それから、『佐倉は俺のことは一度も好きになったことはないから、やっかむな』と前園に」と大和田君が付け加えたため、
「えー!」とみんながうるさくて頭を抱えた。
「『山崎以外は目にも入らない失礼なヤツだった』と言ってたぞ」と言われてしまい、
「そんなことまで言わなくても」と顔が赤くなったら、
「本当のことのようだぞ。顔が真っ赤だ」
「佐倉ってうぶだ」と男子に言われてしまい、
「そういうことは言わないで」とうつむいたら、
「どうもおかしいと思ったよな」とあちこちで言われてしまい、
「練習しよう」と逃げ出した。
「そうか山崎のほうだったのか。てっきり弘通だと思ってた」
「俺も」と男子が言いだして、
「知らなかった」と緑ちゃんに言われてしまい、恥かしいなと顔を手で叩いていた。

「それで、それで」と体育館前の水飲み場のそばで休憩時間中に聞かれてしまい、最近明るい話題がないから、よけいにからかっていないだろうか……と思いながらため息をついた。
「付き合っていなかったとしても、なんで一緒に帰ってたんだ?」と男子から聞かれて、
「先生に注意されたんだって。とっかえひっかえなのがPTAから耳に入ったらしくて、『本当なのか?』と問い詰められてうなずいたら叩かれたらしい」と言ったら、みんなが笑っていた。
「なんだ、それで、詩織ちゃんとなんだ?」と緑ちゃんに言われてうなずいた。
「卒業まで一人の人を大事にしろと注意されて、付き合っている振りをしてごまかそうという話だったけれどね、ついでに鍛えてくれてたの」
「鍛えてって?」
「一之瀬さんとかの嫌がらせが続いた時期だったから、少しは対処できるようにアドバイスしてくれて」
「じゃあ、その頃は山崎先輩のほうなんですか?」と後輩から聞かれて仕方なくうなずいた。
「ええー、知らなかった」と室根さんにまで言われてしまい、
「一目瞭然だよな」と戸狩君の声がして振り向いたらバレー部の人が聞いていたらしく体育館の入り口辺りにずらっと並んでいて、
「いつのまに」と言ったら、
「だってさ。そういうのって面白いからね。休憩終了」とミコちゃんが言いだして、
「面白いってね」と怒ったら、
「タクと詩織ってお互いに好きあってたんだよね。かなり前からね」とからかったので睨んでしまった。
「えー、かなり前からって」と聞かれて、
「恥かしいから駄目」と顔を伏せた。
「つくづく恥かしがりやだよな」
「だよな、おーい、タク。お前はいつからだっけ?」と戸狩君がこともあろうに拓海君を呼んでいて、走ってくる音が聞こえた。
「なんだよ、この座談会は」と拓海君の声がした。
「お前と佐倉の馴れ初めを聞きだしているんだよ」
「変なことしているよな。ほっとけよ」と拓海君が呆れていて、
「かなり前からって、いつからだっけ? 俺が気づいたのはあの変態元会長と一緒に帰りだしたのを仏頂面で何度も見ていた時だろう?」と戸狩君が言ったため、
「えー、その頃からなんですか?」と後輩が驚いていて、
「正確にはもっと前だぞ。転校初日に『幼馴染の詩織ちゃんだ』と気づいたからね」と拓海君がふざけて言っていて、みんなが笑っていた。
「声を掛ければいいのに」とみんなが笑っていて、
「声をかけられる状態じゃないよ。教室でもバスケ部でも女の子は興味津々で変な質問してくるし、こいつは俺と遊んだ記憶すらなくてね。忘れてたんだぞ」と拓海君に言われてしまい、
「そう言われても」と困ってしまった。
「なんだ、その頃からずっとなんだ。てっきり、一之瀬さんの方が先なのかと」
「あいつの名前は出すなよ」と男子が嫌そうに言っていて、
「とにかく、いじめるなよ。そいつはすぐに悩むからな」と言って、また走って戻っていく音が聞こえた。
「あっけないよな。ああ、あっさり認めるところがすごい」とバレーの男子の声がして、やがてバラバラに戻っていく足音がした。

「一之瀬さんの方が完全に負けですよね」と帰る時に後輩に言われてしまい、今更、そんなことを言われてもね……と考えていた。
「もう来ないからいいよ」と男子が言いだして、完全にそう思われているんだなと思った。
「一応、話し合いはしたわ。結論は連休明けに出してもらう事になっているからね」と小平さんが言って、
「結論って、あの人に選ぶ権利はありませんよ」と結城君が怒っていた。
「でも」と千沙ちゃんと美鈴ちゃんが顔を見合わせていて、
「執行猶予ぐらい与えてあげても」と千沙ちゃんが言いだして、
「えー!」と後輩が嫌がっていた。なんだか、まだもめそうだなと見ていた。

「なんだか、今日は疲れた。ああいう話って好きだよね」と拓海君にぼやいたら、
「うるさかったぞ。こっちでも聞かれたけれどな」
「なんて?」
「転校してからどうやって好きになったのかということをしつこく聞かれた」
「今更、それを聞いてどうするの?」
「お前ね。あいつらはどう答えようが納得しないんだよ。自分と付き合ってほしいと思っている女が、どういう答えを聞いて納得するんだ?」
「そう言われると、何を聞いてもショックだと思う。拓海君があの女の子と付き合ってるときはショックだったな」
「俺は短かったぞ。お前の方が長いくせに」
「そう言われてもねえ。仕方ないよ、利害が一致して」
「呆れるよな。それで一緒に帰れば噂を打ち消して、相手はクリーンなイメージで卒業できるって変だぞ」
「なに、それ?」
「あの先輩が言っていた。表立っての相手がお前ならそうそう進展していなさそうで、健全なお付き合いに見えるだろうから、先生も許してくれるだろうし、そういうのがあると、ちょっと付き合う程度の女の子でも、裏で付き合いやすいって」
「呆れる人だよね」
「でも、一理あるぞ。一之瀬タイプは選ばないとしても、相手がいる人のほうが燃えるタイプはいる。自分に振り向いたらその相手より魅力があることになるからってね」
「恋愛って勝ち負けなの?」
「一之瀬タイプの女は相手のレベルをしっかり選ぶぞ。勝つか負けるかで妨害も平気でするだろうしね。もっとも、そこまでひどい子とは付き合わないだろうけれど、相手がいるのを知っていて付き合うんだから、後腐れないだろうってあの先輩が言ってたぞ」
「つくづく呆れるね」
「それはあるさ。最初から納得づくでデートしていれば、それ以上は言いづらいぞ」
「女の子って複雑だね。どうして相手がいる人とデートするの?」
「お前も俺としてたくせに」
「えー、デートじゃないよ。記憶の道を辿っていただけ」
「そういう言い方はいいよな。でも、デートだ」
「デートかなあ?」
「受験の前にちゃんとデートしよう。爺さんちでおしゃべりじゃ、人に聞かれても言えやしない」
「そう言われると、出かけていないね。そっちが部活が熱心だからしょうがないよね。せいぜい、テスト休みで、一緒にお勉強ぐらいしかないよね」
「そういうこと。どこか一緒に行こう。リクエストは?」
「わからないよ。そういうのは、知らないし」
「しょうがない。戸狩とか桃に聞くか」
「戸狩君はともかく、桃子ちゃんはデートしたことはあるのかな?」
「耳年増タイプだから知ってはいるだろう」
「何で須貝君に言わないのかな」
「弥生に遠慮もあったようだしね」
「朋美ちゃんはどうなったのかな?」
「さあね。どうなったかは知らないけれどな。漫画の女の子が理想だと大変だろうけれどな」そう言われるとそうだよね……と考えていた。

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