14

ピアノの彼

 連休が明けて、あちこち楽しそうな人も多く、部活の話が多かった。修学旅行の話をあちこちで始めていて、しおり作成のための紙もあちこちで書いている人も多かった。
「ねえ、グループでの目的とかそういうのってどうする?」と桃子ちゃんが仕切っていて、碧子さんと一緒に見ていた。
「タク、決めて」と桃子ちゃんに言われて、
「目的ってだから、例年通りでいいだろう? 去年のしおりとかないのか?」
「姉貴のならあるぞ」
「持って来いよ。それから、この辺はザーと流して」と言い合っていて、
「大変でしたわ」と碧子さんが言いだして、
「なにが?」と聞いた。
「親がうるさいのですもの。色々と」
「修学旅行のことで?」
「いえ、そちらではなくて、姉のところが色々とありまして」
「そう」
「連休中は家に寄り付けなくて、仕方なく一緒に調べましたの」と言って、紙を出していた。
「おー、すごい」と男子が笑っていて、色々書いてあった。
「そういう本を一緒に調べましたの」
「彼氏とか言うなよ?」と男子が聞いていたら、
「あら、ご存知で?」と碧子さんが優雅に言ったら、後ろで聞いていた本宮君が反応していた。うーん。
「なんだ、やはり、橋場かよ。とんびにあぶらあげだなあ。楢節さんの後に橋場ってちょっと意外」
「いや、変態元会長の彼女がいるから、趣旨替えしたんだよな」と言われて、頭を抱えた。
「まじめにやれよ」と拓海君が睨んでいて。
「焼きもちだよな」と笑っていた。
「えー、でも、さっき、廊下であの話の真相が流れていたよ。頼まれて付き合ってる振りしたって」と女の子に言われてしまい、緑ちゃんに違いないなとため息をついた。
「えー、どういうことだ?」と男子が聞いていて、でも、本宮君だけ碧子さんを見ていて、
「まあ、それはおいておけよ。真相なんてね。それより、こっちに集中」と拓海君が睨んでいて、なんだか落ち着かないなあと思った。
 小平さんに、
「……てもらうことになったの」と早口に言われて、
「え?」と聞き返した。
「だから、やめてもらうことになったの」と廊下で言われて、湯島さんと千沙ちゃんが困った顔をしていた。後味が悪い。
「彼女はなんて言ったの?」と小平さんに聞いたら、
「何も。ただ、『辞めればいいんでしょう』とちょっと、怖かったけれど」と湯島さんが言って、
「やけになってる感じで、だからね」と千沙ちゃんが小平さんを見ていた。一之瀬さんだと、素直にはそのまま言葉通りの意味とは限らないだろうなあ。
「話し合いたかったのだけれど、逃げるようにしていたからね。みんなにそう報告してもいいかと聞いたら、『そうすれば』と」湯島さんも困っていて、
「どうするの?」と聞いたらみんなが黙った。
「保留にしておくとか?」
「いえ、やめてもらうほうがいいのかもしれない。そのほうがいいわ」と小平さんが淡々と言った。
「でも……」
「残りの夏の試合をどうするかを優先したいの。彼女はあと2ヶ月真面目にやってくれそうもないと判断したの。仕方ないでしょう?」と聞かれて、全員が黙っていた。

 綺麗な曲だなあと思った。遠くからでも聞こえてくる。曲に気を取られ、廊下でうずくまっている人に気づかずにつまずいてしまい、持っていた紙を何枚か落としてしまったので、拾い上げた。
「ごめんなさい」と言ったら、相手が一之瀬さんで困ってしまった。仕方なく、私は拾うのに専念して、一之瀬さんはずっと睨むようにして見ていた。
「いい気味だと思ってるんでしょう?」と言われて、びっくりした。全部の紙を拾い上げて、
「なにが?」と聞いた。
「ざまあみろって思ってるんでしょう?」と睨まれて、言い方にかなりのとげがあった。ひねくれている。
「ざまあみろ」と淡々と言ったら、突っかかってきそうになって、
「そうやって言ってほしかった?」と聞いたら、驚いていた。
「言ってほしいなら言ってあげてもいいけれど、生憎、私はそうは思えないから」
「どうして?」
「後味が悪いなと思う」
「どうしてよ」とすごい剣幕で怒鳴った。
「だって、やはりね。何はどうあれ、一緒にやってきた人にそういう問題が起こって、なんだか割り切れないもの」
「何よ、偽善者。ざまあみろって心の底で思ってるくせに」
「それは少しだけならあるなあ」と正直に言ったら、近くで誰かが苦笑していた。そっちを見たら、ピアノの彼が立っていた。
「何よ、半井《なからい》」と一之瀬さんが睨んでいた。そういう名前だったのか。
「お前はつくづくひねくれていて、ある女性を思い出して嫌な気分になる」と半井君が一之瀬さんを見て淡々と言った。
「なによ」と睨んでいて、
「分かっていないよな。自分がそう考えるからって相手もそうだと思いこむ単純さがあきれるね」と言われて、カチンと来たようで一之瀬さんが立ち上がって、そっちに行こうとして、
「いいか、彼女はいや、他の子もそうだと思うけれど、お前とは発想が違うんだぜ。そうは思わないんだよ。誰かが困っていても、『ざまあみろ』とか『いい気味』とかは思わない。だから、誰かを困らせてやろうとか嫌味を言ってやろうとか、嫌がらせしてやろうとかは率先してはしないからね。ただ、黙って見ているだけでね。俺に言わせればそれも同罪だと思うけれど」拓海君と同じ考えだなあ。
「だから、大多数の見てるだけの子だって本当は『やめてほしいな』と思って見てきただけだ。巻き込まれたくない、自分が今度そのターゲットになったら困るから遠巻きに見ているだけでね。日本人的発想でどうも好きになれないけれどね。お前みたいな考え方をするのは実はそんなに人数は多くないはずだぜ。だから、テニス部も追い出された。違う?」と聞かれて、一之瀬さんがうつむきながら考えていた。
「彼女に突っかかって怒る方が間違ってるな」
「だって、この人は私から色々なものを取り上げて」と一之瀬さんが言ったのでびっくりしてしまった。どうして、そうなるの? ……意外にも半井君が笑い出した。
「何よ、何がおかしいと言うのよ」
「お前といい、内藤さんといい、ろくな考え方しないね。だから、後輩いじめを続けてこられたんだなって納得した」
「なにがよ」
「取られたってなにが? 恋愛の相手のこと?」と聞かれて、かなり睨んでいた。
「僕に言わせればごっこだね。お前は相手を物か何かと間違えていないか? ほしいから、私の物っておもちゃじゃないんだからね。子供だね」とバカにするように言ったため、
「あなたに何が分かるのよ」と食って掛かっていた。
「いや、お前のほうが分かっていないね。お前がほしかったのは本当にあの山崎なのか? 違うんじゃないのか? 話を聞いてくれて、理解してくれて、自分のためになる事を言ってくれる相手って事だろう? 永峯が話しているのを聞いた女の子が噂話をしていて、そばで解説してたから、そういう事だろうなって俺も勝手に想像させてもらったよ。お前は山崎に悪いと思ったことってあるのか?」
「え?」と一之瀬さんが驚いていた
「一度でも、相手の立場になって、山崎の気持ちになって考えたことは? ないだろう? そっくりだ。自分の言い分を通そうとして、自分は間違っていないと声高に言い放ち、相手が納得しないと、『なんて理解力のない人なの』とバカにする態度。自分の方が間違っているのに、自分の意見が通らない事に納得できず、真実を捻じ曲げて考える。みっともないね。未熟だ。自己中心的で、それに気づいていない。みんなが嫌がる訳だ」
「どう言う意味よ?」
「へー、鈍感なんだ。気づいていないとか? お前のクラスでの評判。凄かったよ。わがまま、自己中、自分勝手、一緒にいると疲れる、そばに寄りたくない、怖い、苦手、できれば同じクラスになりたくない。いくらでも言われていたのに、かなり鈍いんだ」と言われて、一之瀬さんが愕然となっていた。知らなかったらしい。
「いい加減、佐倉さんに八つ当たりするのはやめたら。俺はそういう噂話をあちこちで聞いて、お前の事を観察していた。でも、当たっているということは、今、嫌と言うほど分かった」
「ひどい」と一之瀬さんが意外にも泣き出した。うーん、困った。
「今度は泣くんだ? 人を散々傷つけておきながら、被害者みたいだ。お前って、つくづく食えないね」
「何が言いたいのよ」と泣きながら食って掛かっていて、気が強いなあと呆気に取られた。
「少しは懲りたら? 佐倉さんも言ってやれば」と言われて、ウーン……と考えて、
「戻って来たいんじゃないの?」と聞いたら、二人が驚いていて、半井君が笑いながら、
「お人よしだ。こいつは反省しないよ。いや、できないよ」
「なによ」とやりあっていて、
「戻って来たいなら素直にそう言えばいいじゃない」
「人を追い出すような事をする女を暖かく迎え入れるヤツはいないね」と半井君がバカにするように言った。
「でも、謝れば、誠意を見せれば」
「永峯と同じ事を言うんだな。無理だよ。時期は過ぎた。やりすぎたため、噂が半端じゃないぜ。PTAは黙っていないぞ」と半井君が言ったけれども、
「PTAとかそういう難しい問題は置いておくとして、今度は自分の言葉で謝るしかないと思うよ」と一之瀬さんに言ったら、
「自分の言葉?」と一之瀬さんが驚いていた。
「あの謝り方で納得しなかったのは、分かりづらかったから、一之瀬さんがどう思い、何をして行こうとしているのかが伝わらなかった。そこが分からなければ、不安に思って当然だもの。テニスが好きなら好きだと伝えないといけないし、やる気があるなら、そう言わないとね。反省したのなら、どこの部分を直すつもりなのか、それから、相良さんと小平さん湯島さんには個別で謝らないと、特に迷惑を掛けたんだから」
「だったら、最初に謝らないといけない人が目の前にいるんじゃないのか?」と半井君に言われて、一之瀬さんが考えていた。
「そこの部分ができなければ誰も納得しないね。ちなみに俺はお前がいくら謝っても、心を入れ替えると言われても納得しないけれどね。認められないし」
「なによ」とすっかり泣き止んだ一之瀬さんが食って掛かっていた。
「断言してやるよ。お前は心を入れ替える事も、テニスで勝つ事も、テニス部のみんなと仲良くやっていく事も、クラスのみんなに謝ってよそよそしい態度がなくなる事も、全部できない。お前には無理だ。未熟だから。情けないほど自己中で」
「やってやるわよ」と意外にも一之瀬さんが言いだして、ウーン、つくづく負けず嫌いだなと見てしまった。
 一之瀬さんが、怒りながら行ってしまったあと姿を見ながら、
「どうするの? なんだかすごい剣幕で」
「単純なヤツだよな。すぐに乗る。あれぐらいの方がいいけれど」と言ったので、半井君の顔を見た。笑っていて、
「ひょっとしてわざと言ったの?」と聞いたら、笑いながら、
「げんなおしにピアノを弾きなおそう。お前も一曲付き合えよ。疲れる女だよな。つくづく苦手」と言ったので、分からない人だなあ……と見てしまった。

 テニス部に行ったら、みんなが着替えたあと、部室の前で集まっていた。
「詩織ちゃん、着替える前に聞いて」と千沙ちゃんに言われてうなずいた。一之瀬さんがみんなの前にいて、
「だから、私はテニスをやりたいの」と言っていた。
「えー!」と小声で後輩が言っていた。
「今の話だけでは」と小平さんが言って、
「今までは分かっていなかったの。テニスの事はどこかバカにしていた。違う、テニス部の人をバカにしていた。やる気がなくて、誰も私に敵わないはずなのに、先生が私を外して、そんなことはできっこないって、思っていて」高飛車だ。
「だから、外されたのはショックだった」
「当然でしょう? あれだけして、誰が使ってくれる先生がいると言うんですか? むしろ、野放しにしすぎて目にあまりましたよ」と結城君が怒っていた。
「さあね。そこの部分も分かっていなかったのかも。テニスが上手なら認めてもらえると思って、認めてくれないのは相手の器が小さいんだわと思って」すごい考え方。
「山崎君は認めてくれたから……だから……後の人は小平さん以外は認めていなかったもの。先生もね」
「ふーん」とみんなが気に入らなさそうにしていた。
「なるほどね。それで、どうしたいの?」と小平さんが聞いて、
「もう一度やりたいの」と一之瀬さんが言ったけれど、シーンとなっていた。一之瀬さんが私を見た。
「やり方を変えるつもりなんでしょう?」と聞いたら、
「それはね。相手に合わせろって言われたのよ。山崎君がそう言うならそうしてもいいかもと思った」
「でもねえ」とみんなが言いだして、
「それで?」と小平さんが聞いて、
「テニスをやりたいの。テニスが好きなの」
「テニスをやりたいのは分かりましたが、謝罪した事にはなりませんよ」と結城君が睨んでいて、一之瀬さんが私をまた見たので、うなずいた。一之瀬さんが、頭を下げていた。
「がんばってやっていくわ。わがままを言い過ぎていたのなら謝るわ。でも、やらせてほしいの」うーん、言い方がどうもねえ……と思っていたら、みんなが顔を見合わせていた。
「やり方を具体的に言ってくれ」と後ろから声が聞こえた。見たら、永峯君がいて、その後ろにいつのまにか拓海君も来ていた。
「やり方?」と一之瀬さんが聞いた。
「どこを反省し、どういう風に変えていくかだよ」
「そうね。その辺はまだ分かっていないの。だって、テニス部ってふがいないし」
「反省していないじゃない」と緑ちゃんが笑った。
「何を言われても文句言うなよ」と拓海君が声を出した。
「それから、道具を片付けるのは一年生なんだろう? だったら、しばらくそれを一年生とやれ」
「えー!」と意外にも一年生から文句が出ていた。分かる気がする。
「じゃあ、玉拾いからやれ。一週間、玉拾い。反省の態度を見せろよ」と拓海君に言われて、一之瀬さんは意外にも、
「仕方ないわね」と言ったため、みんながあちこちから驚きの声が出ていた。
「そこまでテニスがしたいんですか?」と結城君が聞いたら、一之瀬さんがうなずいていて、
「仕方ないですね。様子を見たらどうですか?」と結城君が小平さんに聞いていて、
「そうね」と小平さんが湯島さんや千沙ちゃんとうなずきあっていて、
「決を取れよ」と拓海君に聞かれて、みんなが渋々手を挙げていた。挙げるしかないよね、そこまで言われたらね。
「ということで、とりあえず解決。謹慎期間は1週間。その後、また話し合えよ。戻ろうぜ」と拓海君が永峯君の肩を叩いていた。

「なんだかやりにくい」
「そうだよね」とあちこち言い合っていた。一之瀬さんはおしゃべりもせずにみんなを観察していたからだ、なんだか、緊張するなと思いながら練習をしていた。練習後に一之瀬さんに呼ばれて、小平さんと湯島さん、私と結城君に謝ってくれて、
「もうしないと約束してくださいよ。お陰で僕の評判ががた落ちでやっと持ち直して」と結城君が言ったため、
「えー、そういう問題なの?」と後輩の女の子に笑われていた。一之瀬さんは永峯君の方へ行き、頭を下げていた。
「どうして、じっと見てるのかな?」
「ああ、あれね。俺がそうしろって言ったんだよ」と帰る時に拓海君に言われて、
「緊張する」と睨んだ。
「それより、何で、あの女は俺にまで謝ってきたんだ?」
「林間学校じゃないの?」
「それは言ってたけれど、今更だろ。どれぐらい前のことだと思っているんだ? それになんでだ?」
「半井君と喧嘩してた」
「半井? ああ、あの帰国子女って噂の」
「知ってるの?」
「去年、隣のクラスだったからね。お前はつくづく疎いな」
「だって」
「ふーん、なんで、あいつと喧嘩した現場にお前がいたんだ?」
「訳ありでね。疲れたから聞かないで」
「なんだか面白くないよな」
「色々いるよね。一番分からないのは一之瀬さんだ。負けず嫌いからああなるんだね」
「だから、なんだよ?」と拓海君が睨んでいた。

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