15

気持ちの変化

 一之瀬さんは負けず嫌いなんだろうなってことは分かった気がする。目が真剣で怖かった。黙って聞いていることが多くなって、でも、それが却って緊張させていた。彼女が帰ったあと、
「息がつまる」と緑ちゃんが言いだして、後輩も男子も笑っていた。
「佐倉、ノート見てくれよ。俺、どこがいけないと思う?」と掛布君に聞かれて、
「だって、結城が俺に教えてくれないからな。あいつ、卑怯だ」
「えー、誰がライバルに助言すると言うんですか」と結城君とやりあっていた。
「後輩に聞いてみたの?」
「色々な。作戦立ててはいるが、時々結城に負けるから面白くない。お前のアイデア貸せよ」
「駄目ですよ。先輩は僕が目をつけたんですからね、先輩、僕に教えてくださいね」と結城君に言われて、
「えー、駄目だって。そういうのは、ほら、もっと、なんて言うか。大和田君」と目の前に来た大和田君に助けを求めたら、
「先輩は掛布先輩の味方なんですよ。だから、佐倉先輩は僕の応援してください」と結城君が怒っていて、大和田君は淡々としていた。
「えー、後輩ににらまれるから無理。それに楢節さんに憧れてたんでしょう? そっちに聞いて」
「だから、その子分の佐倉先輩に聞いてるんですよ」と結城君に言われてしまい、唖然とした。
「子分だって」とみんなが笑った。うーん、そう思っていたのか。
「結城、楢節さんになるな。あの人は変態だ。独特の世界で生きている。真似をすると道を誤るぞ」とみんなが笑っていて、確かに真似できないよねと思った。

「言えてるぞ」と拓海君がしみじみ言った。
「どうして?」
「お前、少し似てきている。客観的な意見を言うようになった」
「開き直りが出てきたの。これ以上悪くならないぐらいテニス部って悪い状態までいったからね」
「なるほどな。まあ、あそこまでいくと確実に問題が続出して当たり前だけれど」
「どうして?」
「練習量の割りに勝ていないからだ」
「どうして?」
「顧問の方針はいいと思う。試行錯誤していて、それもいいんだろうけれど、肝心の生徒との仲がいまいちだ。信用されていない」確かに。
「だから、付いてくる生徒がいない。あいつは一之瀬の事ももっと前に対処すべき部分を放置した。そのため、今更、いくら言っても対処しても信用はない。一度失った信用って取り戻すのは楽じゃないぞ。その点、守屋の方がましだから」言われて見ればそうかもね。
「拓海君の部活の方針って何?」
「勝つことだよ。それ以外の目的はないよ。体力づくりとか、仲良しゴッコとか一切なし。当たり前だよ。ハッキリしていていいと思うぞ。そんな大義名分並べるより、男子はそのほうが分かりやすくてついていきやすい」
「女子だったら?」
「『和気あいあい、ほどほど、でも、それなりに納得できるぐらいは勝ちたいわ』と言うのが、バスケとテニスの共通意見だろうな」そう見えるんだ? 
「バレーの方がもっとハッキリしている。一つでも多く勝とうねってね。そのほうが分かりやすいよ。練習目的もそれだからね」
「バレーって選手と補欠と練習メニューが別だと聞いた」
「バスケはその辺は一緒だ。但し、試合前は分けられる。女子はないけれどな」
「ふーん。テニスってどういう方向性が必要かな?」
「まず、顧問と徹底的に話し合う。そこからやらないと勝てないだろうな。顧問無しで勝つつもりなら、小平さんと掛布がしっかりする事。下の学年も責任者を決めて、方針と練習方法を確立させる。しっかりと見張っていられる人を作る。サボりにくい雰囲気を作らないと、どこまでいっても、負け続けるだろう。ちなみに今のメンバーのまま勝つのは難しいよ。団体戦はね。特に一年生は少なすぎる」
「そう言われても、例の件で」
「途中入部もいいなら、探してもらうしかないな。同学年に希望者がいるかどうかを聞いてもらえ。その前に一之瀬問題ははっきりさせないとね」
「うーん」
「聞けよ。何があったのかをね」
「え、でも?」
「まだ、聞いていないだろう? そこをクリアにした方がいい。もちろん、本当の事を言うかどうかは5分5分だけれど」
「うーん」
「そういうことで、がんばれよ」
「裏で拓海君が付いてるなんて、みんな知らないからね」
「仕方ないよ。俺が直接言ってみろよ。角が立つぞ」そうだけれどね。
「その辺は小平さんとも話し合えよ。『例の壁』の一年生の子にもちゃんと謝ったかどうかも確認」
「しているんじゃないの?」
「しないよ、あの女はお前にちゃんと謝ったのか?」そう言われたら、そうだった。
「そういう女だ。謝れるぐらいなら最初から嫌がらせするかよ。やられる方が悪いと考える。逃げれば、面白くなって益々付け上がってやるタイプ。とことん性格が悪いんだよ。でも、やられたことがなかったから、意外ときてるのかもな」
「どうして?」
「変わってきたのは感じたよ。前とは目が違っていた。渋々の謝り方ではないな」
「売り言葉に買い言葉って感じだったけれどね」
「なにが?」
「半井君の挑発に乗っていた」
「挑発ねえ」
「あの人は不思議だ」
「それより気になるから教えろよ」
「えー、なんだか言わないほうが良さそうだよ」
「益々気になってしょうがないよな」とぼやいていた。

 千沙ちゃんと美鈴ちゃんに休み時間に相談して、小平さんの所に行った。
「ああ、それね。真相は言っていたけれど、でも、どこまで本当のことなのか」と小平さんが困っていた。
「どういうことなの?」
「現場にいた人が、もっと、多かったらしいの」
「え?」と驚いてしまった。
「途中で逃げた人が多くて、彼女も逃げたと言い張っているの。でも、目撃者が出てしまったため、そちらの意見を信じたようよ。目撃者は二人いたらしくて」なるほど、そういうことなんだ。
「逃げた人たちって、どれぐらい、いたの?」と美鈴ちゃんが聞いたら、
「名前がはっきり分かっているのが2人よ」と言ったので、
「それ以外は?」と聞いたら、
「女子更衣室にたまたま入っていた人は関係ないでしょう? 野次馬で途中覘きに来た人もいたらしいわ。でも、内藤さんに誘われたのが、大串さんとか落合さんとかみたいね」
「そうなんだ」と千沙ちゃんが困っていた。
「残りの2人は処分されていないんだね?」と聞いたら、小平さんがうなずいていた。
「その2人のって、誰?」と美鈴ちゃんが聞いて、小平さんが渋々名前を挙げていた。

「何よ、こんなところに呼び出して」と一之瀬さんが怒りながらやってきたら、私と拓海君、小平さんと千沙ちゃん、湯島さん、美鈴ちゃんもいたため、驚いていた。
「真相を確かめたかっただけだよ。お前の処分の原因を明らかにしておかないと後輩が納得しないからな」と拓海君が言った。
「今更」と一之瀬さんが嫌そうだった。
「ここまで来てるんだ。本当の事を話せ」と拓海君に言われて、一之瀬さんが仕方なさそうに話し出した。全部聞いて、疲れてしまった。例の事件は、後輩のかわいい子を呼び出して、相手の子も気が強かったみたいで色々言い返したらしくく、途中で内藤さんの感情が高ぶって雲行きが怪しくなってきたためか、一之瀬さんは途中で逃げたそうだ。そうして、その場には他にも女の子が二人いたと言ったので、
「それで、その2人は逃げたって訳か」と拓海君が聞いて、
「しらを切るに決まってるわよ。最後まではいなかったみたいだし、私だって逃げたんだしね」
「やばくなったんで、逃げただけだろう? 最初は面白がって付いていたくせに。同罪だぞ」と拓海君に言われて、一之瀬さんがそっぽを向いていた。当たりらしい。
「たきつけて、やばくなったら逃げる。詩織の時と同じだ。あの時だって一歩間違えばどういうことになっていたか」と拓海君が睨んでいた。
「だって」と一之瀬さんが言ったため、
「お陰でこの手首を傷めたのに、謝ってくれたのは、昨日だったよな。一之瀬」と拓海君に言われて、渋々、
「ごめんなさい」と言った。
「お前、最初に言わないといけない相手に言ったか?」と拓海君が言ったら、一之瀬さんが、
「一通り謝ったわよ」と開き直るように言った。
「違う。詩織に謝ったかと聞いている」
「あら、家にまで行かされたわよ」
「お前のその態度がみんなが納得しないとなぜ気づかない。それ以外にもあるだろう。加茂さんと2人で、いや、室根さんとか前園さんも加担しているのかもな。全員、詩織に謝ったのか?」と聞かれて、
「どう?」と小平さんに言われて、そう言われたら、
「前園さんだけかも」と言ったら、一之瀬さんが嫌な顔をしていた。
「謝れよ。最初にしないといけない部分をやれ」
「仕方ないわね」と頭を下げていたら、
「馬鹿、ここでやってもしょうがないだろう。テニス部全員の前でやれよ。示しがつかないからな」と拓海君に言われて、
「そのほうがいいわね。男子も心配してくれていたし、みんなが立ち会ったほうがいいわ」と小平さんに言われて、一之瀬さんが渋々うなずいていた。
「渡辺さんには謝ったのか?」
「親と一緒に行かされたわ」
「本人は納得したのか?」
「向こうも嘘ついているんだもの」と一之瀬さんが言ったので、
「嘘?」と美鈴ちゃんが聞いた。
「そうよ。殴られた現場にいたのに、逃げたって、私はその時はいなかったのに」
「その辺の経緯は知らないけれどな。怖かったんだろうし、上手く伝わっていないのかもしれないけれど、お前が現場に居合わせて逃げたのは事実だ。たとえ、血が出た時にはいなかったとしても、その前に止めるべきだ」と拓海君に言われて、さすがに一之瀬さんが何も言えなかった。
「ということで、そっちも謝っておけよ。残り2人もだ。先生に本当の事を話すなりしたほうが、身のためだぞ」
「逃げるに決まってるわよ」
「あの2人も敵が多そうだからな。だから、どこから漏れても知らないぞと言っておけ。後で問題になるより、今、ちゃんと伝えておいた方がいい」と言ったら、一之瀬さんが渋々うなずいていた。

 テニス部で、湯島さんがみんなに報告していて、
「えー、反省するんですか?」と後輩が驚いていた。
「でも、どこまで本当なんだろう?」と言い合っていて、
「それが本当なら、少しはいいですけれどね。でも、逃げたのはちょっとねえ」
「でも、怖いよ。内藤さんを止められないよ」
「どうなっちゃうんだろうね」と言い合っていた。
 一之瀬さんが遅れてやってきて、みんなの前で謝ってくれた。内藤さんの件も、それから、今までやってきた事も全部、話していて、
「そこまで、やっても、今まで反省もしてこなかったのに、どうして変わったんですか?」と結城君が聞いてきた。
「そう言われるとそうだよな」と掛布君も聞いていて、
「辛かったのよ」と一之瀬さんが言った。
「テニスが出来なくなるのが怖くなった」と言ったので、驚いた。
「ずっと、みんなが練習しているのがうらやましかった。一人でやっていても、ちっとも楽しくなかった」
「どこでやったんですか?」と結城君が聞いていた。
「公園でね。壁打ちを」と一之瀬さんが答えたら、
「ふーん」と結城君が考え込んでいた。
「だから、いざ、やれなくなると聞いて、試合にも出られなくなるとなって、焦っていたから」と一之瀬さんに言われて、
「ふーん、そこまで追い込まれないと分からなかったんですね?」と結城君に聞かれて、気に入らなさそうな顔をして一之瀬さんがうなずいていた。
「でも、気持ちは分かるな」と美鈴ちゃんが言い出した。
「私も怪我をしてラケットがもてなくなった時、どうしようもなくイライラしちゃったから」
「俺もテスト週間の時、落ち着かないかも」と男子が言いだして、あちこち、意見を言い合っていた。
「なら、心を入れ替えるという事で、しばらく、様子を見ようぜ」と掛布君が言いだして、
「それどころじゃないですよ。先輩に絶対に負けられませんからね」と結城君が言って、二人がやりあっていて、みんなが笑っていた。

「ほっとした」と帰る時に、菅原さんが言いだして、湯島さんとうなずいていた。気持ちは分かる。
「なんだか、疲れたよね。でも、気持ちを切り替えてやっていきましょう」と百井さんが淡々と答えていて、
「でも、今度は絶対に試合に出たいわ」と相良さんが言ったので、
「ペアってどうするのかな?」と小平さんに聞いていた。
「とりあえず、千沙ちゃんと美鈴ちゃんを組ましてみたいと言ってたけれど」
「私はどうなるんですか?」と矢上さんが聞いていて、
「そうね。その辺は聞いておくわ」と小平さんが聞いていた。

 拓海君と一之瀬さんが小声で話していて、私はそばで待っていた。
「了解。お前も親にもちゃんと報告しておけよ。それから、謝罪するなら、誠意を見せないと相手に伝わらないから、もっと、ちゃんと言えよ」と拓海君に言われていて、
「やっぱり、私と付き合って欲しいわ」と言ったため、拓海君が思いっきり嫌そうな顔をしたため、
「まったく」と言いながら、一之瀬さんが帰っていった。
「あれ? 反応が違うね」とかなり経ってから言ったら、
「よほど、テニスができなくなったことがショックだったんだろうな。好きだったんだろうな。それほどね」
「なんだか、もっと素直になって欲しい」
「仕方ないさ。強くなりたい、認めてもらいたいという意識は強すぎて空回りしすぎていたんだろうな。永峯に何度も辛抱強く説得されて、少しは変わってきたんだろうな。俺には思い込みが強すぎて、主観的過ぎて無駄だろうなと思えたけれど、永峯は諦めずに根気良く続けていたようだしね。あいつは偉いよ。俺にはできない」
「そう言えば、半井君と一之瀬さんってなにかあるの?」
「なんで?」
「だって、音楽室の前でピアノの音を聞いていたよ。落ち込んでいたみたいで」
「ただ単に、気分転換じゃないのか?」
「噂になっていないの?」
「さあな」
「そうなんだ?」
「一之瀬相手じゃ、半井でも無理じゃないか。あいつ、言いたいことははっきり言うタイプだと聞いたことがあるぞ」
「それは言ってたけれど。良く知ってるね?」
「お前はつくづく疎いよ」と拓海君が呆れていた。

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