16

貴公子

 加賀沼さんと瀬川さんがみんなにひそひそ言われていた。もう既に噂になっていたようだった。瀬川さんが、
「なによ」と睨んでいたけれど、みんなは目を合わせていなかった。三井さんが好き勝手に言いふらしているのが見えて、
「職員室に呼び出されるのも時間の問題だろうな。渡辺さんのことを気に食わないと言っていたのを聞いたことがあるよ。だから、立ち会ったのかも」とそばの男子が小声で言っていた。
「タク、誕生日に何が欲しい?」と桃子ちゃんが聞いていて、
「え、別に」と修学旅行の紙を眺めていて、そばにいた布池さんが拓海君を見ていた。碧子さんも気づいていて、
「本宮、女とデートする場所教えろ」とそばの男子に本宮君が聞かれていた。
「え?」と本宮君が驚いていた。
「お前、このクラスになってから、あまり女と話さなくなったな」と別の男子に言われていた。
「そう言われるとそうだな」と拓海君も聞いていて、
「そういう訳じゃない」と言いながら、少しだけ碧子さんを見た。あちこち、色々あるなあ。
「桃、ここ字が違ってるぞ」と拓海君が紙を見て指摘していて、
「ああ、本当だね」と直していた。

「須貝にやたらと話しかけてるよな」と昼休みに拓海君が寄ってきて言ったので、そっちを見たら、須貝君のそばで別のクラスの女の子が話していた。朋美ちゃんは須貝君を諦めたのか、木下君と話しているのを見かけたし、桃子ちゃんが気になってしょうがなそうに何度も見ているのが目に入った。
「あちこち複雑」
「お前でも気づくなら、あいつも気づいていそうだ」
「あのねえ」
「もっとも、本宮も珍しく本気みたいだなあ。以外だ。綺麗な子が好きだったんだな」
「碧子さんなら、誰でもいいと思うんじゃないの?」
「俺はないぞ」
「へえ、意外だね。もっとも、ミコちゃんも駄目だと言うんだから、もっと不思議」
「好みの問題だよ。性格が合うかどうかは重要」なるほど。
「もっとも、碧子さんと橋場のカップルは大丈夫なのかが心配だけれどね」
「どうして?」
「だって、あいつ……」なんだろう? 
「まあ、いいや。お前の言うとおり、そうは上手くいかないよな。永峯の所もね」
「あれ、まだ、永峯君なのかな?」
「無理だ。永峯は恋愛相手としては疲れそうだぞ。説教される」言えてるかも。
「でも、須貝も漫画の女の子より、普通の相手ともっと楽しそうに話せばいいものを」と須貝君を眺めていた。

「だから、ここの部分はこうした方が」と桃子ちゃんと本郷君がやりあっていた。何度目だろう? 
「大丈夫なの?」とみんなが遠巻きに見ていた。
「仕方ないさ。本郷って、先生の方を意識しすぎてるよな」と男子が小声でつぶやくのが聞こえた。うーん。
「とにかく、この意見は」
「A組と違いすぎる」と本郷君がまた言ったため、
「あそこの組となにかあるのか?」と拓海君が聞いていた。
「別に」と言いながら、仏頂面で本郷君が行ってしまった。
「あいつのああいうところが困るよな」と男子が小声で言っていて、これで上手く行くんだろうか? と見ていた。
「テストに模試に受験生だよな。疲れるぞ」と単語帳を持った男子が言いだして、
「お前、それを持って修学旅行に行くなよ」と言われていた。確かに。
「えっと、これの意味は」と言っていたため、桃子ちゃんがつい答えていた。
「うるさい。俺のに口出すな」とぼやいていて、
「ここでやるなよ。メリハリつけてやれよ」と拓海君が怒っていた。

「そういえば、根元さんと仙道さんってどっちが上?」と拓海君に部活に行く前に聞いた。
「聞くな。クラス中で盛り上がってるよな」と笑っていた。「仙道さんには絶対に負けたくない」と根元さんが宣言していたからだ。
「困ったね」
「当たり前だ。やりたかった学級委員を取られて、風紀委員でさえ桃に取られたんだからね」
「なるほど」
「そう言えば、風紀委員って、何かいいことがあるの?」
「いや、何も」
「桃子ちゃんが立候補してたから」
「ああ、あれね。積極的に見られるとか、規律を守れるとかそういうイメージがあるんだろうな。色々アピールするには有利かもね」
「アピール?」
「面接試験があるからね」
「なるほどね」向こうってあるのかなあ。スピーチできないなあ。練習しないと。
「なにを考えている?」
「大丈夫、ちょっとね」
「最近内緒にすることが多くないか?」
「そうでもないけれど」
「そうか? 音楽室でデートと言う噂をさっき耳にした」と言ったので、笑ってしまった。
「なんだよ?」と気に入らなさそうだった。
「すごいね。あそこの教室は誰もいなかったから、知られていないと思ったのに」
「隣の校舎からは見えるだろう?」
「すごく離れているのに?」
「オペラグラスがたまたま置いてあったんだって」
「簡易双眼鏡みたいなものかな?」
「ただ、たまたまかどうかは別だよな。ああいうのって覘き趣味の男が使うから」と言ったため、むせた。
「あるぞ。校舎の裏の焼却炉辺りは逢引があるとか、去年の俺たちの教室の裏の桜の下とか、部室の裏も目撃情報あり」
「すごいね」
「疎いよな。俺たちだって何度も目撃されているぞ」
「一緒に帰ってるところ?」
「馬鹿、爺さんの家に一緒に行ってたからな。それ以外に町内一周の旅」
「旅ってね? ただ、この辺巡ってただけでしょう?」
「楽しかったよ。幼馴染と久しぶりに記憶を辿ってね」
「ごめんね。まだ、思い出せそうもないなあ。シロツメクサの首飾り持って、慌てて追いかけている夢は何度か見たけれどね」
「あったな。持ったまま追いかけてきて、良く転んでね。ビービー泣いて」
「また、そればっかり」
「そういう思い出っていいよな」
「そう言われてもねえ。太郎と崖から飛び降りとか、木登りとかの印象の方が強くて、思い出せそうもないよ。川でびしょびしょにして、遊んだとかね。楽しかったけれど」
「太郎って、そればっかりだな。同じ年じゃないだろう?」
「三郎も道子もりっちゃんもいたよ」
「後は?」
「次郎は冷めてたから、あまり加わらなかった」
「岳斗は?」
「良く覚えているね。彼は宿題を一緒にやったり、一緒に帰ったりが多いな。ちょっと、大人びていて、勉強の方を優先することが多かったし、本を読んだりする事も多かったよ」
「ふーん」
「太郎の家が一番近かったから、しょうがないよ。そっちだってあるでしょう?」
「みんな、公園に出てきたヤツらと遊んで終わり。集まるメンバーは入れ替えありだよ。毎日違ってたから」
「どうして?」
「人数が多かったし、俺は誘われた方に行く主義でまんべんなく付き合ってた。グループがいくつかあってね。それで、俺も山ちゃんもそうだったな。いつも同じメンバーと遊んでいたヤツもいるけれど、俺はそうでもなかった」
「へえ」
「女の子だってね。固まって遊んでいた子もいたけれど、意地悪な女がいて、女王さまか、お姫様きどりですごかったらしい。もっとも、メンバーなんて入れ替わってばかりで、最後はどうなっていたか知らないけれどな」
「どこでもあるんだね。と言うか、その年で、もう、そういう事をするんだね」
「あるさ。その意地悪な女の子は家が裕福で、町内会長をやってたりするからね。それで威張ってたよ。だから、大変だった。俺は苦手で逃げ回ってたけれどな」
「そうだったんだ?」
「だから、シロツメクサを編んでくれるような女の子はいなかったぞ。懐かしかったよ」
「ふーん。なるほど、色々あるんだね」
「人数が多いとそれぐらいは普通。だから、どうも一之瀬は苦手」と小声で言ったので、そういう理由だったんだと思った。
「永峯君に行くならいいじゃない」
「いつまでもつやら。あいつ、最初は女の子がいいなあと憧れるらしいぞ。もっとも、融通は効かないから、そのうち、冷めるらしい」
「どうして?」
「もっと柔軟性があるタイプの方が話していて、楽しいからだろうな。本宮に行くのはそれだから」
「そう言われたら、そうだね。本宮君って上手く行くと思う?」
「あいつ、自分から声をかけたことがないかもな。だから、前途多難だぞ。碧子さんはその辺、どうするのか?」
「ああ見えて、ちゃんと気づいているのかもしれない。私の知らない事をよく教えてもらうから」
「いや、向こうは普通だろう。お前が鈍いんだよ」
「えー」
「俺の気持ちだって、全然分かってくれなかったからな」としみじみ言われてしまった。

 一之瀬さんが明るくなったお陰で、テニス部は練習の方に集中できるようになり、男子は前とは活気が違っていた。結城君と掛布君がやりあっていて、みんなが冷やかしていて、楽しそうではあった。
「結城君って、勉強もがんばってるんだって」と後輩の子が後ろで言っていた。
「後輩、しっかりしなさいよ。誰か、結城君と付き合ってと言いなさいよ」と緑ちゃんがからかっていた。
「だって、人気が高くなってきて、クラスでも」と後輩の女の子が顔を赤らめながら言っていて、
「詩織ちゃんを見なさいよ。何とかがんばって、未だに別れていないよ」と洒落にならない事を言ったため、噴出してしまった。
「えー、だってねえ、なんとなくねえ」と後輩が笑っていた。

「テニス部が元に戻ったから、こっちに集中しろと怒られた」と拓海君が言ったので、
「当たり前だよ。幼馴染の心配より、一つでも多く勝ってもらわないと、海星中学の期待の星だもの」
「あの変態会長が良く言っていたフレーズだな」なるほど、あちこちで言っているんだね。
「あの人、変だよね。前にね。『「どつく」の「ど」はなんだろう?』って聞いたの」
「どつく?」
「そう、関西人がよく言うじゃない。『どついたろうか』とか」
「お前、あまり上品じゃないぞ、あれは」
「そうだよね。でも、分からなかったの。『どつく』って、『つく』の超ど級なのかなと思っていたら」
「違うだろう?」
「『そこで切るな。「どつく」で一つの言葉だ』と怒られた」
「当たり前だ。そんな変なこと、考えるなよ。よくない影響だぞ。だから、子分なんて言われるんだ」
「結城君でしょう? 呆れるよね」
「もっとも、それだけじゃなさそうだ。うかうかしていられない」
「なにが?」
「鈍い。つくづく鈍い。音楽室で密会とさえ言われているというのに」
「密会ねえ。ないよ、それはない。先生の雑用で色々持って行かされるだけ。疲れるよ。それで、彼がそこでピアノを弾いていてたというだけ」
「ふーん。言わなかったじゃないか」
「この間、初めて名前を知ったから」
「お前なあ」
「一之瀬さんがそう呼んでいてね。それで、初めて知ったの。一之瀬さんと去年同じクラスだったんだって」
「お前、ひょっとして去年、知らなかったとか言うなよ」
「知らない」
「お前なあ。あれだけの有名人を」
「有名なの?」
「ああ、親が音楽家とか聞いたぞ。かなり裕福な家だとか、色々噂がある。あの背の高さもあって、周りは騒いでいたというのに」
「へえ」
「中学からの転校生は多いけれど、一応、話題になるだろう? お前は疎すぎる」
「いつ来たんだろう?」
「2年生の時らしいぞ。例の美人の後だ」
「美人?」
「お前、それも知らないんだな。しかたないか。ここは転校生が多いからな」確かに、多い。住宅があちこちに新築で建てられているからだろうね。それ以外にも社宅に団地だから、当然か。
「拓海君の時は覚えてるけれど」
「ふーん、その割には目もあわせなかったぞ」
「恥かしいもの」
「呆れるよな」
「結城君も中学からだって、多いよね」
「あちこち油断ならないよな」
「なにが?」
「別に、こっちのこと」と言って、教えてくれなかった。

「一之瀬さん、もう心変わりしたよ」と緑ちゃんが言ったため、部室でどよめいていた。すごいかも。
「相手は誰?」とみんなが聞いていて、
「本宮君」と言ったため、
「えー」と言っていた。
「途中、そう言えば、『いいな』とか言ってたかも知れないけれど」と周りの子が言いだして、
「確かさ。本宮君にすぐ彼女が出来て、その話はなくなったんじゃないの?」と言い合っていた。
「山崎君はどうなったのかな?」と千沙ちゃんが聞いていた。
「あれだけさ。はっきり断られたら、いくら一之瀬さんでも」
「私が何?」と突然、扉が開いたため、
「きゃあ」と緑ちゃんが驚いていた。
「また、噂話?」と明るく聞いていた。うーん、性格が変わってきている。
「えっと」とみんながごまかすような顔をしていて、
「本宮君が好きなの?」と室根さんが聞いていた。一之瀬さんが考えていて、
「ああ、あれね。一緒にいた子が告白してただけ」と答えたため、
「なんだ」とみんながため息をついていた。
「それに彼は無理みたいよ。珍しくはっきり断られていたから」
「えー」とみんなが言った。そんなに意外なんだ。
「誰かいるのかな?」と言い合っていて、とても本当のことは言えないなと上を向いた。

「相手は誰?」といきなり、後ろから声を掛けられて、振り向いたら、一之瀬さんが聞いてきた。
「なにが?」と言ったら、
「本宮君の相手、あなた知ってるみたいね。同じクラスだからなの?」と言われてしまい、見てたんだなと思った。
「えっと……知らない」と慌てて言ったら、苦笑していた。
「嘘が下手ねえ」と言われてしまい、そう言われても言えないよ。どっちにも悪いと思いながら、黙っていた。
「ふーん、いるんだ。まあ、いいや、後で調べるわ」と言われて、ばれちゃうかもねえと思った。

「結城君、付き合うんだって」と言った声が聞こえたので、後輩がうるさかった。休憩中に色々後輩が話していて、
「誰と?」と慌てて緑ちゃんが聞いていた。
「一年生だって。また、水泳部」と答えていたので、
「すごいね」とみんなが言った。
「かわいい子なの?」と一之瀬さんが聞いたため、後輩が困っていた。うーん、まだ、しこりが残っていそうだ。
「かわいいですよ。二谷さんと違って、スポーツ大好きってタイプです。男子には人気ありますから」と別の子が答えていた。なるほど、似合いそう。
「あちこち、春だね」と言っていて、そうだなあと思った。
「ねえ」とうつむいていたら、一之瀬さんが声をかけてきた。珍しいかも。
「あいつとさ」と言ったので、なんだろうと思った。
「あの……、会ってるの?」と言われて、
「拓海君?」と聞いたら、
「違うわよ。そうじゃなくて」と言ったので、誰のことかなあと思っていたら、
「そういえば、詩織ちゃんって、貴公子のピアノ聴いたんでしょう? すごいね。みんながせがんでも誰も聴かせてくれなくて」
「貴公子?」と驚いたら、その辺りにいた女の子達が一斉に笑った。
「知らないんですか?」と後輩に言われて、
「もしかして」と言ったら、
「半井君。半井篤彦≪なからいあつひこ≫。かっこいいよねえ」と緑ちゃんが言いだして、貴公子ってすごいあだ名だなあと思った。確かに背が高くて、細くて、そう見えなくもないけれど、
「どう言う人なんですか?」と後輩が聞いていた。
「数学が得意だよ。あとねえ。英語も上手で」
「帰国子女だから、当然だよ」と言っていたので、良く知ってるなあと聞いていた。
「かっこいいですよね。隠れた人気があって」
「でも、性格が悪いわよ」と一之瀬さんが言った。うーん、根に持ってるな。
「そうなんですか?」と後輩が聞いたら、
「結城と同じぐらい」と一之瀬さんが言ったため、
「先輩にだけは言われたくないです」といつのまにかそばにいた、結城君が怒っていた。
「言えてる」と男子が笑っていて、
「うるさーい」と一之瀬さんが軽く怒っていた。変わってきたなあと見た。

「ああ、それね」と拓海君が帰る時に、笑っていた。
「クラスでも変わってきたようだ。弘通と同じクラスだからね。だから、優しく取り成してやったらしいぞ。ああいうほうが効目があるみたいだな。あいつには」
「さすが、弘通君」と言ったら、拓海君が気に入らなさそうだった。
「そういえば、貴公子って知ってる?」と聞いたら、
「変な噂になってるよな。あいつ、偏屈≪へんくつ≫だとか、謎の男だとか、色々言われているぞ。顔の割りにきついらしいから」確かにすごい事を言っていたなあ。
「でも、すごいあだ名だね」
「女の子が好きそうなあだ名だよな。城に住んでいたという噂もあるぞ。本当か嘘か知らないけれどな」
「ないでしょう。アメリカに住んでいたのなら」
「あれ、知ってるのか?」
「ああ、ちょっとだけ聞いたの」
「ふーん。他にもあったぞ。かなりの家の御曹司≪おんぞうし≫で親とは別に暮らしているとか、親が音楽家で、本人も音楽関係に明るいって」
「ふーん。御曹司なんだ」
「気になるのか?」
「違う。一之瀬さんを挑発≪ちょうはつ≫してたから、性格が良く分からなくて」
「それはそうかもな。あいつ、人を遠ざけるという噂もある。女も男も寄せ付けないようだぞ」
「どうして?」
「帰国子女だからかもな。漢字は弱いという話も聞いた。国語の点数はぼろぼろだと聞いたけれど」
「へえ、そうなんだ」
「反対に数学は100点以外は取ったことがないという噂もあるな。女って、ああいうのはすぐ噂になるよな。顔から入るのかもしれない」
「顔?」
「あいつの顔だよ。『あれだけのルックスなら女がほっとかなくて、いいよな』と周りが言っていたぞ」
「吹奏楽部だとモテるだろうね」
「入っていないぞ」
「え、ちがうの? ピアノは上手だったよ」
「ああそれね。誰もそばで聴けないらしいぞ。近づくとやめるって噂だ。女の子が『弾いて』とせがんだら、すぐさま蓋を閉めたらしいぞ。シーンとなったようだ」
「すごいね。へえ、そういう人なんだ」
「だから、お前と一緒にピアノを弾いていたから、すごい噂になったんだよ」
「なんでだろうね」
「さあな。とにかく、あまり近づくなよ。せっかく、ほっとしているというのに」
「なにが?」
「間違いでよかったよ」
「なにが?」と聞いても教えてくれなかった。

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