18

あだ名

 クラスでは本宮君のそばに女の子が寄って来ることが多くなった。
「がんばって」と声も掛けられていて、中間テストも間近なので、周りも単語帳を持ったりうるさくなっていた。
「本宮って、本郷とどっちが上かな?」
「ミコと弘通の戦いのほうがまだ、分かりやすかったよなあ」とそばで男子が言い合っていた。ミコちゃんと弘通君はテストで100点が多いため、先生が点数を発表することが多くて、すぐに他のクラスでも噂になるほどだった。
「本郷は点数はどうなんだろうな?」と言われていて、
「成績表、見せた事はないよな」
「俺も知らない」と言い合っていた。
「学級委員って頭いいんじゃないの? 生徒会長にだって立候補して」
「あれってさ。他薦、自薦だから、その辺知らないヤツも多いし、それなりに頭が良くてやりたいヤツがやるんじゃないのか?」と言い合っていた。そう言われたらそうだな。ミコちゃんと弘通君はさすがにみんなが知っているけれど、その下の人たちの順位は知らない。成績表を他の人に見せる人もいるけれど、それ以外だと噂ぐらいしか流れていないため、正式な順位はみんな知らないようだった。
「磯辺に負けたからってさ、あの対抗意識むき出しはちょっとな。がんばるにしてもなんだか、変だよな。この分じゃ思いやられるね」とそばの男子が言ったので、そういうことなんだなとぼんやり聞いていた。そのうち、碧子さんが教室に入ってきた。
「なんだかあちこちで噂がひどいようですわね」とそばに座って、
「私もやらないといけないなあ」と言ったら、
「私も『同じ学校に行きましょうね』と言われてしまいましたの」と小声で言った。そうか、同じぐらいを狙えるなら、その方がいいかもねと考えていて、
「彼氏と離れちゃうのはやだなあ」とそばの女の子が言っていて、
「修学旅行だって、全然違うコースだし、なんだかつまらない」とぼやいていた。
「本宮でいいじゃん。今のところフリーだぜ」とそばの男子がからかっていて、
「本宮君、最近、誰とも付き合わないみたいだよ。全部断ってるんだって」
「そう言えば、半井のほうって、どうなんだよ。霧ちゃんとの噂は本当なのか?」と男子が聞いていたら、みんながそばに寄ってきていた。
「知らない。志摩子の噂なんて尾ひれつきで、元話が分からないぐらいだから当てにならないし、後の話も全部ねえ。でも、意外だよね。王子がああいう顔で話すのを初めて見た」
「そうだよね、心配」と言い合っていた。

 単語帳やら、年代やら言い合う風景があちこちで見かけられる中、拓海君と問題を出し合っていた。。
「違う。また、間違えたぞ」と言われて、
「ごめん、駄目だ。そばに人がいるとどうも」
「どこでもやれたほうがいいけどな。短い時間でもすぐに集中する訓練しろよ」と拓海君に怒られた。
「ははは、がんばります」と力なく言ったら、さすがに周りの視線に気づいて、
「あれか?」と言われて、黙ってうなずいた。
「やっと、なくなったと思ったのに、ああいうヤツもいるよな」
「芥川さんぐらいの綺麗さだったら、きっと納得するね」
「お前はすぐそれだな。綺麗なだけで勝気な女だと反感食らうぞ」と小声で言ったので、それもそうだなと考えていた。
「あのさっぱりした性格だよ。話しかけやすいし気さくだしな。でも、変わってるらしいぞ。変人同士くっつくだろうと大方の予想」
「変人?」
「王子と美女ならぴったりだってさ」なるほどね。確かに2人ともちょっと変わっているかも。
「詩織ももう少しがんばってやらないとな。英語の点数を伸ばすのもいいが、数学もやれよ」
「数学かぁ」とため息をついた。
「その嫌そうな、言い方をやめろ」
「拓海君の点数がうらやましいなあ」
「お前は問題数のこなしが足りない。課題を出すからな」
「え?」
「その方が良さそうだ。お母さんからくれぐれもよろしくと電話があったし」
「え?」と驚いた。
「どうしたんだ?」
「何か言ってた?」
「いや、どうかしたのか?」と聞かれて、困ってしまった。母には一応口止めはしてあるけれど、あの性格だと拓海君に言ってしまいそうだな。それだけは自分の口から説明したいと念を押してあった。ただ……、
「なんだよ? 大丈夫だよ。狙われたら困るから、できるだけ目を掛けてやってくれと頼まれただけ。お父さんだと心配だそうだから」
「そう……」
「どうかしたのか?」
「大丈夫。ごめんね、心配を掛けて」
「昔からそうだから、いいよ。俺達の場合はそういう相性なんだろうな」
「相性?」
「そう、そういう相性。不思議だよな」
「どう言う意味なの?」
「とりあえず、この問題を答えてからにしろ。いまいち、真剣さが足りない。集中しろよ」と言われてため息を付いた。

「なんだか、あちこちカップルだらけで面白くない」と手越さんが怒っていた。
「あそこのカップルの場合は意外すぎ」と三井さんがぼやいたら、
「それぐらいにしておいたほうがいいぞ」とそばの男子が笑った。
「後で怒られるぞ」
「なんで?」と三井さんと手越さんが聞いた。
「あかりなんて何度怒られていたか」
「そうそう、宮内なんて何度も注意されてたぞ。山崎は佐倉のことで注意ばかりしている」と男子が言ったので、手越さんが面白くなさそうにしていて、そばにいた布池さんが心配そうに廊下を見つめていた。

 テストが近いため、あちこちの部活が休みになる。バスケ部とバレーは熱心で、テニスは前まで熱心だったけれど、例の事件の後から柳沢はあまり来なくなったこともあり、休みになっていた。男子は物足りなさそうだったけれど、一部の男子がテストも気になっている人も多くて、帰るときにはあちこちで教えあったり、さっさと帰っていく男子も増えていた。
「やっぱり、この間の模試のこともあって心配なんだろうね」模試かあと思いながら聞いていた。
「ねえ、どこを書いた?」と教えあっていて、
「佐倉さんは?」とそばの女の子に聞かれて、
「それなりに」と答えておいた。
「また、それだ。みんな教えてくれない」
「蘭王書いたヤツってどれぐらいだろうな?」
「堀北は少ないらしいぞ。一番多いのが光鈴館《こうりんかん》高校で、市橋《いちはしと》曾田《そた》がその次」
「市橋はどれぐらいだよ?」
「海星のすぐ上、曾田も一緒だ」と言い合っていた。私もそこを書いておいた。
「あちこちあるよな」
「なあ、水沼《みずぬま》受けるヤツいるか?」とそばの男子が聞いていた。

 家に帰って勉強していたら、父が遅く帰ってきた。
「珍しいな」と下に降りたら言われてしまった。遅くまで起きているからだろう。父はこのところ飲んできてばかりいて、あまり話ができなかった。
「勉強をがんばらないといけないの。特に英語をね」と言ったら嫌そうな顔をした。
「お父さん、私」と言いかけたら、
「お前まで取られるとはね」と冷たい言い方をした。
「お父さん、誤解してる」と言ったら、父が私を見てから、行こうとしたので、
「お母さんとお父さん、どちらがいいとかの問題じゃないの。お母さんが好きだからとか、そういう理由じゃないの。私ね」
「もう、いい」と父が遮った。
「私、強くなりたいの」
「だったら、日本でも」
「日本にいたら、きっと、私は誰かに頼ってしまうから」
「何を言ってるんだ。お前のような性格の娘が向こうに行ってやっていけるわけがない。園絵とは違うぞ。あいつは魔物だ。いや、化け物だ。お前は普通の娘で」と言いだして困ってしまった。
「お父さん。ちゃんと聞いて」
「お前はあいつのそばに行けばわがままになるぞ、絶対にそうだ。そうに違いない」と怒りながら言いだして、
「あのね」と呆れてしまった。
「昔、何があったのかは知らない。ただね、お母さんは私にとってお母さんだから」
「何を言っている。あいつはお前を捨てて」
「確かに捨てたと言われてもしかたない事をしたのかもしれないけれど、お母さんの気持ちも分かるの。最初は戸惑ったけれど、お母さんのあの言葉を聞いていて、私も思ったの。お母さんはお母さんなりに私の事を心配してくれている。それはとてもうれしいからね」
「あいつはお前を支配しようとしているだけだ。自分の言いなりにして」
「お父さんはこのまま私が日本にいて、引っ込み思案のままでいいと思えるの?」
「あんな化け物になるよりましだ」と言ったため、呆れてしまった。
「お父さんに取ってはひどい妻だったかもしれないけれど、私に取ってはお母さんだよ」と言ったら、黙っていた。
「お父さんと昔何があったのかは知らないけれど、お母さんともちゃんと付き合っていきたいの」
「付き合う必要はない、あいつは母親失格だ」と言われて、なんだか悲しくて黙っていたら、父が私の顔を見て言いすぎたと気づいたようで、気まずい顔をしていた。
「おばあちゃんやおじいちゃん、お父さんが小さなころからお母さんの話をする時に変だとは思っていたの。でもね、記憶を消してしまった事で、一つ助かったことがあると思うの」
「何がだよ? あいつはひどい」と言いかけたため、それ以上は聞きたくはなくて、
「あのね」と遮った。
「お母さんが私を置いていったと知ってしまっていたら、うらんでしまったかもしれないもの。でも、お母さんが亡くなったと思い込んでいたお陰で、そういうことはなかったから、再会した時にわだかまりなく、先入観もなくお母さんと話せた。それは、かえって良かったと思いたいの」
「お前……」と父が困っていた。
「お父さんにとって辛い話なのかもしれないけれど、ちゃんと聞いて。どうして、私が向こうに行きたいかを」と言ったら、父が困った顔をしてから、ため息をついていた。

 テスト週間はあちこちでうるさかった。さすがに受験もあるためか、男子の目の色が去年とは違っている気がしていた。
「俺、親に怒られたんだよな」とそばの男子が言っていた。
「俺も同じだよ。その成績じゃ無理だと言われてさ。俺の行きたい学校には届かないし」
「やるしかないぞ」と別の男子が言いだして、その隣で、
「やだー!」と三井さんが馬鹿笑いをしていて、
「うるさい」と本郷君に怒られていた。
「やだなー、本郷君」と全然反省しない態度だったため、
「あいつには無理だよな」とそばの男子が言っているのが聞こえた。

 テスト週間が終わったあと、芥川さんに連れられて音楽室に行かされた。
「あ、あの、私は行かないほうが」と言ったら、
「いいじゃない、一緒に聞いたほうが早いって」と言われて、
「え、でも……」と言ったけれど強引だった。
「ヤッホー、王子いる?」と芥川さんが言ったため、
「霧、うるさい」と半井君が笑っていた。そうか、もう、そう呼んでいるのか。益々、お邪魔かも。
「何してるんだ? 入って来いよ」と半井君が私が入り口で立っているのを見て声をかけてきた。
「え、でも」
「君もあいつらと一緒か? 勝手な噂を信じてね」
「噂って、あの例のやつ? 気にすることないって、そういう間柄じゃないし」と芥川さんに言われて、困ってしまった。半井君が私を見て笑いながら、
「気にすることはないさ。君の次がこいつだっただけ。勝手な噂するのが好きなんだろう。ああいうのはほっとけよ。自分の恋愛をすればいいのに。俺はそういうのは興味ないね」と半井君が言ったため唖然とした。
「勝手な事を言うのが好きみたいだね。もう、うっとうしいから聞き流すのが身に付いた」と芥川さんが言ったため、
「どうして?」と聞いてしまった。意外にも2人が顔を見合わせて笑っていた。
「自分でも分かってるもの。目立つらしいね。この容姿が珍しいんだろうね。『かわいいからって生意気』と何度言われたやら」と芥川さんがあっけらかんとしていた。
「同じく。『ジャップの癖に』とか、『黄色いヤツが』とか言われなれている」
「ジャップ? 黄色?」と驚いた。
「向こうで言われるぜ。黄色人種は差別があるんだよ。そう考えるヤツらもいるから気をつけろよ」と半井君が言ったため、さすがに驚いていた。
「日本人とか中国人とかそういうのを差別するんだってね。でも、日本も一緒だって。私もハーフだからってうるさいもん」と芥川さんも何でもないことのように言ったため、びっくりした。
「偏見なんてどこにでもあるさ。ようは真に受けるかどうかが重要。そいつらとやりあったって時間の無駄だね。俺はこれ以上変えようがないし、お前も同じだろう?」と芥川さんに聞いていて、
「そういうこと。『目立つのは嫌い』と言われたら、反撃しようがないじゃない。それは向こうの意見。こっちはこれ以上どう変化しろって言うのよ」強いなあと二人を見てしまった。
「似てるんだ?」と言ったら、2人が笑った。
「それはあるな」と半井君が芥川さんを見ていた。
「それよりさあ、『アメリカに行きたい』と言ったら、親父がうるさいんだよね」と芥川さんがぼやいた。
「それはそうだろ、女の一人旅、アメリカはさすがにな。英語どうするんだよ?」と半井君が心配していた。
「それは何とかなるさ」
「お前、舐めてるだろう? 甘く見ないほうがいいぞ。日本と違って、そこら辺で犯罪が行われている。危ない場所なんていくらでもある」
「分かってるけどさ。西海岸だから大丈夫だって」
「お前、甘いなあ。アメリカは子どもだって危ないぞ。人種がバラバラ、貧富の差もバラバラ。お前、背が低いから無理だろう。佐倉だってひ弱だからな。鍛えろよ、お前ら」と言われて、
「そういえば、名前知ってたっけ?」と思わず言ったら笑い出した。
「一之瀬がそばにいたら、いくらでも聞こえてくるさ。あの女の悪口は疲れた。斜め前の席に座ってたからね」なるほどね。
「鍛えなおすよ。でもさあ、あんただって弱っちいじゃん」
「俺はこう見えてもなあ」と言い合っていて、
「あの、お邪魔だから帰る」と言ったら笑い出した。
「お前も変な気を使うなよ。霧とはそうじゃないし」とてもそう見えないぞ。お似合いだ。
「いいよ、がんばってね」と音楽室を後にした。どう考えてもカップルがじゃれあっているとしか見えないなあ……と思いながら歩いていた。

 部活に行ったら、一之瀬さんは張り切っていた。男子も同じだった。
「修学旅行はさあ」と緑ちゃんはあいかわらずだった。
「あちこち、カップルだらけになっていく。つまらない」と緑ちゃんが言いだして、
「極めつけは王子だよね。あのカップルはどうなるのかな?」と室根さんが笑っていた。
「心配だ。本宮君にまた断られていたらしいよ。後輩の女の子、もうこれで何度目なんだろうね。昔はああじゃなかったのに」と緑ちゃんがぼやいた。
「やっぱり、本宮君も狙ってたの?」と千沙ちゃんが笑っていて、
「え、カッコいいし」と緑ちゃんが言ったため、
「掛布君はどうなったの?」と前園さんが言い出したため驚いた。すぐそばにいたあと輩男子が、
「えー、そうだったんですか?」と言ったため、さすがに男子にも聞こえたらしくて、
「何がだよ?」と寄って来て、
「えっとねー」とそばにいたあと輩が教えようとしていて、
「ああ、やめて、やめて」と慌てて止めていたけれど、
「あれだけ人のことは噂に流して、自分は言われたら困るって、都合よすぎ」と前園さんが呆れていて、
「お前は人のことは言えないだろう? 王子に怒られたくせに」とそばの男子が言いだして、びっくりした。
「え?」と一之瀬さんが気づいて寄って来た。
「怒られたって、なにを?」と一之瀬さんに聞かれて、前園さんが苦い顔をしていた。
「別に……」とごまかそうとしたけれど、そばにいた男子が、
「王子が怒ったんだよ。テニス部の悪口を言ったから、『そういう事をして楽しいのか』と言っていたよ。『そういう態度がテニス部のあの体質を作るんだな。君が原因なんだ』と言ったため、教室がシーンとなったんだよ」
「きつい」と千沙ちゃんがびっくりしていた。
「王子って、意外すぎる。あの外見と似合わない」と後輩の女の子が聞こえたらしくて、言い合っていた。
「あいつ、いつもそうよ。私にもそういうことばかり」と一之瀬さんがぼやいたため、
「そうだろうなあ」とそばの男子がみんなうなずいたため、
「失礼ねえ」と一之瀬さんが叩いていて、
「ほら、凶暴じゃん」と男子が怒っていて、
「別にいいでしょ」と言い合っていた。
「前園もやめろよ。そういうことは言っても何もならないぞ」と掛布君がそばに来て注意していた。
「こうこ」と千沙ちゃんが言ったら、前園さんがうなずいていた。

「あちこち複雑だ」と着替えたあとに、後輩が言ったので、どういう意味かなあと思ったら、
「小山内先輩とあの先輩で、掛布先輩と金久先輩がが千沙先輩で、稲津先輩が室根さん、前園先輩が楢節さんで、一之瀬さんが永峯さんで」
「違う」と一之瀬さんがそばに寄ってきて訂正していたため、後輩が困った顔をしていた。
「いいよ、別に言ってもね。怒らないし」と一之瀬さんが言ったため、みんなが唖然とした。
「さすがにやめた方がいいよと言ってくれたからさ。怒るのは減らす」と一之瀬さんの言葉に一同が唖然としていて、
「でも、永峯はやめた。私の今の狙いは、あいつだ。絶対に認めさせてやる」といきまいていて、室根さんたちと先に帰っていった。
「いったい、誰の事?」
「山崎か?」
「違うみたいだよ。多分、王子」と湯島さんが言ったため、みんなが笑い出した。
「えー、もうそっちに変えたんですか? あれだけ山崎さんにこだわっていたのに」
「でもさあ、あれって、多分、意地だと思うよ。好きだったらさあ、相手に怪我をさせた時点でやめるもの。私はできないよ。自分が原因だったのに、佐倉先輩を責めるなんてこと」と後輩が言ったため、
「無理ですよ。あの先輩が王子と付き合うとはとても思えませんね」と結城君が呆れていて、
「お前の方が呆れるぞ。水泳部の今の彼女と元の彼女、どうするんだ?」と男子が言いだして、
「勘弁してくださいよ。彼女とは友達です」と否定していた。
「どこが友達なんだ。一緒に勉強するのはさすがになあ」と2年の男子が笑っていた。
「まったく、話すたびに噂になる。美樹もそうだったし」
「何が、美樹だ。二谷さんは天使なんだぞ。お前、気安いよ」と田中君が叩いていた。
「いいじゃないですか。グループ内で名前で呼ぶくらい。向こうも、ユキと呼んでるんだし」
「ユキ?」と私が言ったら、
「結城だから、ユキだそうです。先輩も良かったらどうぞ」と結城君に言われてしまい、
「えー、私も」とそばの後輩が言いだして、結城君が慌てて逃げ出していた。

 帰る時に拓海君に、
「あだ名で呼ぶのって、男女間だと、どうなの?」と聞いてみた。
「今度はなんだ?」と聞かれて説明した。
「結城はユキと呼ばれているのは、あの学年なら知ってるはずだ。だから、二谷さんだって怪しいと噂になったぐらいだ。それから、王子はもう公然とそう呼ばれて、あいつも否定してないし、芥川の霧はかなりの男女が呼んでいるよ。あだ名で呼ぶのは女子も男子もあるけれど、男女間だと仲が良くないと少ないかもな。俺も呼ばれているぞ。もっとも、バスケ部は許可してないのに勝手に呼ぶし」
「え、嫌なの?」
「武本の友達はちょっとな」と小声で言った。
「まだ、あるの?」
「クラスの女がそう。手越がそうだ。宇野と同じグループ」
「そうなんだ?」
「まったく、呆れるよな。宇野はさすがに別の男子にしていたから、ほっとしたのに。手越が今度は来てね」
「武本さんは?」
「バスケの男子に申し込まれて、付き合っていると言う噂」
「え、そうなの?」
「その辺はごまかすヤツが多い。結城も同じだ。二谷さんも今度の子も友達だと言っているが、裏で付き合ってたら分からないから」そう言われたらそうだった。
「お前と王子の噂と同じだ」
「噂?」
「これだから、疎くて困るんだよな。詩織ちゃんはね。王子と密会と言う噂。『でも、付き合うことだけはないでしょう』と勝手な事を言っていて」
「あの2人には付いていけないから無理」
「なんだよ、それ?」
「王子と美女はお似合いだって話。価値観も合っているようだし、時間の問題かも」
「分からないぞ。そういうのは意外と噂ほどじゃないからな。お似合いに見えても付き合わない場合もある。噂先行で、隠れ蓑にしていた変態元会長の例もあるし」
「ああ、あれね。もうすっかり知れ渡っているみたいだね。確認してくる人もいるから、驚くけれど」
「それは興味本位なだけだ。三井も困ったもんだよ。テスト結果がでたら、言われるぞ。俺はそれどころじゃないのに。お前もがんばったようだな」
「あれだけ課題を出されたらそうなるよ」拓海君に数学の課題を出されてこなすのが大変だった。
「日頃から出してやるよ。心配だ。お前の事はね」
「あのね」
「ん?」
「もし、テスト結果がでたら」
「出たら?」
「……なんでもない」言いかけてやめた。まだ、自信がないなあ。
「どこがなんでもないんだ。言えよ。お前はすぐそれだ」
「私、いつか言わないといけないな」
「何をだよ?」
「拓海君に追いつけるようになるにはまだまだ先だね」
「追いつく?」
「私、拓海君に迷惑掛けたくないからね」
「お前はすぐそれだな。大丈夫だよ。俺は別に迷惑だなんて」
「なんだか、大変になりそう」
「なんだよ、言えよ。気になるぞ」
「恋愛している場合じゃないかもね」
「駄目だ。ちゃんとしろよ。そういうこともありじゃないと学生生活は楽しくないぞ。受験生ならなおさらだ」
「え、どうして?」
「やる気につながるんだよ」
「妨げになるんじゃないの?」
「そこまでののめりこみ方はないな。俺の場合は恋愛に対してそういうことはないからね。切り替えられる」そう言われたら、そうだった。
「私は苦手だなあ」
「お前の場合は苦手なんじゃなくて、慣れていないだけだ。自信もないようだし、少しはがんばってもらわないとね」
「はーい」と言ったら笑っていた。笑い事じゃなくて、がんばらないとなんだか取り残されていく気がしていた。

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