25

柳沢の変化

「ふーう」とため息をついたら、
「成績が上がらないからか?」とそばの男子に聞かれて、あいまいに笑った。似たようなものかも。
「なんだか、あちこちでお話していましたわ」と碧子さんが廊下から戻ってきた。
「そう、すごいね」
「あら、知ってらっしゃるの?」
「知らない」と言ったら、
「のんびりしてますわね。王子様とお城にお帰りになったそうですわね」
「王子様? お城?」
「目撃していた方がいらしたそうです。一緒にご自宅にお帰りになって、楽しく時を過ごしたそうで」
「誰が?」と聞き返したら、近くの男子が、
「どうも違うようだぞ」と言ったので、
「え、なに?」と聞いたら、みんなが笑った。
「王子と一緒に家に行ったんじゃないのか? あいつの家って、本当に城らしいな」とそばの男子が聞いてきた。みんなが一斉に見ていて、
「お城と言われても知らないし」
「え、家に入ったんじゃないのか?」と聞かれても首を捻っていた。
「どうも違うようだな。女の子の話は信ぴょう性が低い」
「言えてる」と男子が三井さんの方を見ていた。
「あら、一緒じゃなかったんですか?」
「さあねえ、あの人は不思議だから」
「それは分かりますけど」
「碧子さんも楽しそうでいいね」
「あら、どうかしまして?」
「部活を休まないといけなくなりそう」
「どうかしましたの?」
「なんだか、ハードな夏休みになりそうだなと思っただけ」と言ったら碧子さんが不思議そうな顔をしていた。

 昼休みにA組の教室を覘いたら、
「お、姫が来たぞ、王子」とそばの男子がからかってきて、
「なんだよ」と半井君が振り向いてから、私に気づいてやってきた。
「ひゅー」と言われたけれど、
「芥川さん、知らない?」と聞いたら、
「なんだよ、それ」とみんなが笑った。
「霧なら、さっきその辺に、ああいた。霧」と半井君が声を掛けたら、彼女が気づいてそばに寄ってきた。
「どうかした?」
「向こうで話そう」と言って、手を引っ張った。そばの男子も女子も視線がすごかったからだ。
「あいつらの事なんて気にしなくてもいいのに」
「ちょっと相談ごと。内緒でお願いします」と言って、誰もいないところに行ったら、
「どうして、あなたまでついて来るの?」と思わず言ってしまった。なぜか、半井君まで一緒に来ていた。
「これ見たら分かるだろう?」と半井君に言われて、良く見たら芥川さんが半井君の腕をしっかりと掴んでいた。
「あれ、どうも重いと思ったら」
「え、仲を取り持ってとかそういうことじゃないの? 昨日、一緒に家でくつろいだとか噂されてたよ」と言われて、頭を抱えた。一之瀬さんに違いない。
「してません」と訂正した。
「勝手に言ってるよな。お前との約束で、家が分からないと言ったから教えただけだぞ」と半井君も呆れていた。
「それより、なに?」と芥川さんに聞かれて、
「母から手紙をもらったの。それで、一度日本に来るから、一緒に会わないかと言われているの」
「ふーん、いいよ。アメリカに住んでるなら聞いてほしいことがあるし」
「なにをだ?」と半井君が口を挟んできた。
「宿。どこか、ホームステイできるところはないかなと思って、格安で」
「ああ、それね。今、言おうと思ったの。友達も一緒に行っていいかと聞いたら、『泊まる部屋はあるからいつでもどうぞ』と書いてあった。ガーランドヒルズとどれぐらい距離があるかは良く知らないけど」と言ったら芥川さんが飛びついてきた。
「やったー、助かった」
「なら、例のバイト代は無しね」半井君がすかさず言っていて、
「えー、それぐらいは恵んで」
「佐倉にやってもらうからいい。こっちはただでいいと言ってくれるはずだ」
「おーい、聞いてからにしてよ」と割り込んだ。
「それぐらいいいだろ。語学レッスン料としてやってくれ」
「じゃあ、私でいいじゃない」
「お前だと落ち着きなさそうだよな。モデルとしてはいいが、ちょっと性格が」
「いいじゃないの。私たち、結構気が合ってるって」と言い合っていて、
「えっと、じゃれ合うのは別の場所で、私がいないところでお願いします」と言ったら、
「じゃれてないぞ。こいつの場合は恋人にはなれないな」
「何、言ってるのよ。もう、時間の問題だって」と言い合っていたので、
「えーと、その話は後でね」と言ったら、
「だってさ」と半井君が笑っていた。
「それで、相談なんだけど、母の知り合いから頼んでもらって、留学生や外国人の子どもなどが交流する会を紹介してもらおうと思ってね。知り合いに頼んでくれたの。つてがあったようで」
「ああ、いいよ、そっちも参加するわ。面白そうだし」
「相手とは今度の日曜に会うようになったから」
「え、なんだよ、それ?」
「午前中なの。本当は午前中はテニスの練習に参加する予定で午後早めに切り上げるつもりだったけど、一日休まないといけないから」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、後で合流ね」
「話もしたいから、そうする」
「ふーん、お前一人で大丈夫か?」
「がんばります」
「なんだか心配だよ」と半井君が見ていて、
「私にもそれぐらい優しくしてよ」と芥川さんが半井君を叩いていた。

 教室に戻ってから、すぐに三井さんが寄って来た。でも、その後に拓海君がすぐに来て、
「さっさと行け」と追っ払ってくれた。
「まったく、次から次へとデマを流して、呆れる性格だ」
「そうだね」
「それより、何であいつらと話をしてたんだ?」
「今度のことで打ち合わせ。今ここで説明するのはちょっと」と小声で言ったら、そばで聞き耳を立てている人に気づいて、
「お前らな」と拓海君が睨んでいた。
「なんだか、うっとうしいよな。でも、さすがに呆れるぞ。何で、あいつの家に行ったなんて、噂されるやらね」
「ああ、それね。それも後でね」
「ふーん、この頃、内緒の話が多くないか? あいつとあまり仲良くするのは」
「そう言われても」
「待ってろよ。今日は絶対にあいつと一緒に帰るな」と言ったので、
「怒ってるの?」と聞いたら、なんだか不機嫌だったので、
「ごめんなさい」と謝ったら、
「あいつは強引だな。お前はああいうのについ引きずられるから心配だよ。体育館の中で見学してなさい」
「そう言われても、恥かしいよ」
「結構いたぞ。彼女が堂々と見に来る事はあるというのに、お前はどうも駄目みたいだな。試合の時だって、後ろの方で応援してたし」
「そう言われても」
「今度は一番前で応援しろよ」
「えー、それはちょっと困る」
「お前って、ミコの半分でもいいから、強気になったほうがいいかもな」
「強すぎても大変なのかもね」
「なにが?」
「こっちの事。なんだか、うまくいかないなあ。あちこちね」
「ふーん、あちこちねえー」と何か言いたそうな顔をしてみていた。

「睨んでて怖い」と緑ちゃんが言って、2年生の方に行ってしまった。一之瀬さんが機嫌が悪かったからだ。先生が来ていて指導していたけれど、今のところ熱心にやっていて、
「あの先生ももっと、ちゃんと教えたらいいのにねえ」と元川さんがぼやいているのが聞こえた。一之瀬さんはなぜか前園さんを睨んでいて、そばにいた緑ちゃんが時々気づいて怖がっていた。
「それで、具体的にどうするのよ」と基本練習を終えたあと、グループ分けをして、
「人数が半々じゃないと練習に差し支えるから日替わりで行ってもらうわ。メニューは百井さんたちと話し合って決めて」と小平さんは一之瀬さんの顔も見ずに言ったため、ちょっと驚いていた。
「今日は誰にいってもらおうか?」と湯島さんと決めて、じゃんけんで私と千沙ちゃんが混ざる事になった。
「足引っ張らないでよ」とにらまれてしまった。一之瀬さんが勝手にメニューを決めようとしたら、百井さんが、
「話し合いで決めるように言われたでしょう」と淡々と言ったため、気に入らなさそうにしていて、
「ふーん」と言ったため、
「始めましょうよ」と元川さんも言いだして、
「多数決にしましょう。そのメニューじゃ無理よ。いきなり」百井さんが言ったけれど、思いっきり睨んでいた。結局、じゃんけんで一之瀬さんが勝ったため、そっちのメニューになった。軽く、実践練習をしたあと、すぐに試合形式になったけれど、勝気な一之瀬さんはアウトになってばかりで、百井さんも相良さんもイライラしていた。サーブが入らなくなっていき、途中で交代した千沙ちゃんにまで、八つ当たりしてミスすると怒ったため、さすがに見かねて、
「いい加減にしろよ」と男子が横から言い出した。
「うるさいわね」と一之瀬さんが怒ったら、
「トス高すぎ。もっと低くしろ。それから、肩がぶれてる。腰の位置が安定が悪い。お前、基本見直さないといつまで経ってもサーブが入らないかもな」と掛布君に指摘されていた。
「その前に、肩の力抜いて」と注意したら、
「うるさいわね」と怒鳴ったため、
「一之瀬」と柳沢がやってきた。さすがに一之瀬さんが黙った。もめている内容を掛布君が説明したら、
「お前は基本をやれ。誰か、入れ替わって」と先生に言われて、小平さんが仕方なさそうに、
「じゃあ、交代します」と言ったので、
「今更やらなくていいわよ」と一之瀬さんが怒鳴った。
「なら、出て行きなさい」と柳沢が怒ったため、シーンとなった。
「お前の勝気さは勝負の上では大事かもしれないが、練習中に口答えするなら意味はない。今すぐ出て行きなさい」と怒鳴られて、さすがに唖然となっていた。柳沢が依然と比べて毅然とした態度だったので、
「態度が変わった」と後ろで小声で男子が言っているのが聞こえた。
「先生、一年生に教えだして燃えてますよ」と二年生の男子が小声で教えていて、後ろでうなずきあっていて、
「どっちにするんだ?」と柳沢に言われて、渋々、一之瀬さんが移動していた。
「最初からあれで行ってくれれば、のさばらなかったのに」と男子が言っているのが聞こえた。
「メニュー変えましょう。どうもしっくり来ない。いきなり試合形式ばかりやったって、しょうがないわ。もっと、具体的に使えることをやってみたいの」と百井さんが私を見たのでうなずいた。
「そう、どうするの?」と小平さんが聞いていて、百井さんが説明をし始めた。

「女子も変わってきたよな」と掛布君が言ったので、
「また、佐倉先輩でしょうか?」
「だろうな。楢節先輩の言った通りになってきたかも」と大和田君が言ったため、そばにいた結城君が、
「え、何か言ったんですか?」と聞いた。
「『色々、アドバイスはしてあるけれど、後はあいつなら自分で気づく』と言ってたから。『そういう部分が俺は気に入ってるからな』と言ってた。今ならなんとなく納得」
「なるほどね。それはあるな。ノートや対戦表のお陰で今の実力と欠点も分かったからな。具体的なメニューも変えたほうがいいかも」と掛布君が言った。
「そうするか? あっちもしてるみたいだし、残り時間でやろうぜ」と言い合っていた。

「なんだかすごーく、疲れた」と緑ちゃんが言ったため、
「いつも、サボりがちだから、ちょうどいいんじゃないの?」とみんなが笑った。柳沢がそばにいてサボるとばれてしまうから、休めなかったらしい。ネットがところどころ破れているコートで2年生は練習していて、簡易ネットが一年生のコートになっている。そのネットの数が増えて、今は更に一面増やしていた。男子と女子の一年生が交代で使っている。
「なんだか、疲れるよね。柳沢が変わり過ぎ」
「燃えてるみたいだね。いつ、気が変わるやら」と言い合っていて、あまり信用されていないままだなと聞いていた。着替えたあと、体育館の入り口に行って見学していた。さすがに中には入らなかった。バスケの男子は熱気があった。練習も活気があり、声を掛け合っていた。けれど、女子は、
「えー、また、それやるの?」とやる気のなさそうな声が聞こえてきた。バレー部の男子が、
「やる気ないなら、どけ」と怒っているのが聞こえた。守屋先生が謝っているのが見えて、武本さんがバレー部の男子に謝っていたけれど、なんだか変な様子だった。手越さんはあいかわらずおしゃべりばかりしていた。シュート練習をやり始めたけど、確かに真剣にやっていなかった。入る人は入るけど、入らない人ははずしてばかりいた。それで、すぐにおしゃべりしていたため、また、バレーの男子に注意されていた。
「コート代わってくれよ」言いながら、バレーの男子が外に出てきた。
「あいつら、いい加減、やめさせたらいいのに。バスケの女子は甘いよな。あの程度で試合に出られて」
「無理じゃないですか、あの人たちじゃあね」と笑っていた。

 帰る時に拓海君にそっと聞いてみた。
「無理だよ。守屋は部活でも強さより仲間作りだから」
「えー!」
「そういう顧問もいるさ。というより、選手が集まらないんだよ。背が高いのはみんなバレーに勧誘される。女子は好きな子だけが来るからね。その上、小学校の時に遊んでばかりいた連中がそのまま上がってくるから」
「え、どういう意味?」
「南平林は知らないが、中野はそうだって聞いた。海星も強くなくて、練習熱心じゃなかったらしいよ。バレーはすごいと聞いているから、その時点でやる気がないヤツは来ないからな」
「そう」
「テニスも同じだろう? 試合に勝つために来てるヤツがいるのか?」そう言われたら、半分しかいないかもしれないな。
「そういうことだ。俺はそれでもかまわないが、他の部に迷惑を掛けるのは好きじゃない」
「え、そうなの?」
「おしゃべりなヤツが揃ってるから、『近くで騒がれると気が散る』と何度も注意されているよ。外で雑談するように何度言っても駄目で」
「そう」
「それより、半井たちと何を話していたんだ?」
「ああ、それね。旅行に芥川さんと一緒に行くから、その打ち合わせ」
「おい、大丈夫か?」
「そのほうが心強いからいいと思う」
「半井はなんだよ?」
「語学の練習に付き合ってくれるだけ」
「短期の旅行ならそこまで準備しなくても」
「あのね」
「なんだよ。あいつと話すなよ」と怒ったので、困ってしまった。
「拓海君」
「ん?」と機嫌が悪そうに言われてしまったため、
「いいよ。気にしないで。それから、半井君の家に行く事になったから」
「駄目だ」と即答で怒られてしまった。
「ごめん。でも、打ち合わせがあるの。芥川さんと一緒に行く事になったから、それで」
「どうして、あいつの家に行く必要があるんだよ」
「旅行のことで色々聞きたいだけ。不安だから」
「お前なあ、あいつとどう言われているのか分かってるのか?」
「何か言ってるの?」
「王子と美女の間にお前が無理やり割り込んでいるってさ。もっとも、それは一之瀬達の作り話だと思う。余程面白くないんだろう。カッコいい人ばかり裏で狙ってと出鱈目な事を言いふらして、いい加減、テニスの方で晴らせばいいのに。あいつらってどうして素直になれないんだろうな」
「素直か。それは言ってた、彼も」
「あいつのことは口に出すな」と怒ったので、
「ごめん」と謝ったあと、黙ってしまった。
「あいつと付き合うのはやめろよ」
「でも、彼は似ている気がするの」
「なにが?」
「楢節さんと同じ。拓海君とかみんなしっかりしてるから、彼は彼なりの目線で物事を見てる気がする。外国に長くいたから、日本人特有の体質が苦手みたいだね。そういう感覚をちょっとでも知りたいから」
「どうして、そこまでする必要がある? 将来、お母さんと暮らすとでも言うのか?」と聞かれて、どうしようか迷ったら、
「やめておけ。お前には絶対に無理だ。向こうに行けば潰される。こっちでもやられ気味なのに、一人で向こうに行くのは絶対に無理。俺のそばにいろ」と言われて唖然とした。
「え、でも、だって、もうすぐ離れるし」
「俺は離れたりしない。そう決めてある」
「え? どういうことなの?」
「お前は考えなくてもいい。今はテニスと勉強と人間関係での対処の仕方を覚えなさい。それ以上は考えるな」と言われて、何も言えなくなってしまった。

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