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 練習内容を変えたお陰であちこち、戸惑う人も多かったけれど、小平さんはノートを時々つけていた。
「どうか、できそうか?」と柳沢が覘きに来たけれど、
「はい、何とかやってみます」と答えていた。先生が覗き込もうとしたので、
「ああ、大丈夫です。一年生が終わりましたら、二年生の個別指導もお願いします。上達が遅いですから、男子も同じように」と小平さんに淡々と言われて、
「お、そうか」とちょっと負け気味だった。その後戻っていき、
「今更、やる気になっても、なんだか私たちには遅い気がするな」と湯島さんが小声で言ったため、小平さんがちょっとだけ、顔を見てうなずいていた。
「どうなのよ?」と一之瀬さんと元川さんがノートを見にいっていた。
「書いてないじゃない」と怒っているのが聞こえた。
「まだよ。順番でつけてないの。こっち側にいる人だけ」と小平さんが答えて、湯島さんは戻っていた。さすがに一之瀬さんとはわだかまりがある人が多いようで、さりげなく避けている気がしていた。千沙ちゃんにしても、美鈴ちゃんにしても同じだった。前園さんが心なしか距離を置き始めて、室根さんに近づいていたけれど、室根さんは菅原さんと一緒にいることが多かった。ただ、菅原さんは選手候補から外れてしまったため、やる気をなくしたのか休みがちになっていた。
 休憩時間に、
「千沙ちゃんと美鈴ちゃん、佐倉さん来て」と湯島さんたちに呼ばれてそっちに行った。つけていたノートを見せられて、
「一応、つけてみたの。感想は?」と聞かれて、
「そうね」と美鈴ちゃんが考え込んでいて、
「大体良さそうだね」と千沙ちゃんが言った。
「具体的にメニューはここから考えるんでしょう?」と美鈴ちゃんが聞いて、
「そうよね。最後の時間だけじゃなく日頃から取り入れていければいいと思うわ。何か、意見はある?」と聞かれて、
「とりあえず、どう書くの?」と千沙ちゃんが聞いた。
「トス練習の人、素振りから直す人、サーブ練習を監視付きでやる人と、ボレー、レシーブはそれぞれでいいと思うな。千沙ちゃんは左ボレー顔前のボレー、美鈴ちゃんはストレートストロークを多め、湯島さんは緩急をつけた練習と打つ位置を全部変化させてレシーブ、ストローク練習。それから」
「え?」とさすがに、美鈴ちゃんが驚いた。
「ノートと日頃からの弱点から考えているだけ。小平さんは基本はしっかりしてるからより実践の練習とスマッシュとロブの強化、百井さんは知ってるから省いて、相良さんがボレーとレシーブ。特にミドルが弱いから」
「ちょっと待った、そこまで書いてないよ」と千沙ちゃんが聞いてきた。
「日頃から、感じていた事を入れているだけ。それで、私も省いて、元川さんたちがね」と言ったら、小平さんが書き入れていた。
「うーん、なんだかすごく具体的」と湯島さんが感心していた。一通り説明して、千沙ちゃんも気づいた事を教えていて、湯島さんもアドバイスしていた。
「とりあえず、これで。フォームが崩れるサーブの人たちは後ろに前衛がついて問題点の注意を指摘して、フォームの見直しをした方が、多分、入る率が上がると思う。矢上さん、一之瀬さんはある程度打ったあとは必ず深呼吸してストレッチを入れること」
「えー、そこまでするの?」とそばに寄ってきた緑ちゃん達が驚いていた。
「習慣つけておいた方が、試合でも力を入れすぎないようになると思う。その辺はペアの人が注意してあげるしかない」
「そうね」と小平さんが湯島さんとうなずきあっていた。
「決まったの?」と一之瀬さんが寄って来た。
「見せてよ」と言われて、
「説明するわ」と小平さんが言った。

「なんだか具体的過ぎて驚く」と元川さんが言ったけれど、
「この方が分かりやすくていいじゃない」と百井さんが淡々としながら練習していた。無駄口を叩いていた人もさすがに真剣にやっていた。ペアの人が監視しているからだ。
「あまり、相手の事を見てなかった気がする」と元川さんが言ったため、
「それはあるかも」と千沙ちゃんも考えていた。
 練習が終わった時には、
「日頃より、疲れる」と相良さんが言ったのをみんながうなずいていた。
「注意されるとへこむから、もっと優しく言ってよ」と元川さんもぼやいていて、
「いえ、あれぐらいはっきり言った方がいいと思います。間に合わなければ意味がありません」と矢上さんが言い切って、さすがにしっかりしてるなと思った。
「ペアの相手のサーブなんて、フォームまで細かくなんて見てなかった。後衛じゃないと分からないよ」と相良さんがぼやいていて、
「仕方ないわ。その辺はそばの人に頼んでもいいわ。臨機応変にしてください」と小平さんが言って、みんなが疲れ切っていた。男子はまだ練習していて、
「女子は細かくやってますよ。なんだか、やり方を変えてばかりいますね」と結城君が言い出したら、
「百井の提案だってさ。意外だ。てっきり、佐倉だとばかり思ってた」
「あれ、だって、メニュー考えていたの佐倉先輩みたいですよ。すぐそばで一之瀬さんがぼやいてましたから、あの先輩どうして、佐倉先輩の事を認められないんでしょう?」
「お前も女心が分からないヤツ」と掛布君が笑った。
「えー、なんですか?」
「好きになる相手がいつも佐倉と噂になるから面白くないだけだと聞いたぞ。あいつ、褒めてくれると弱いと聞いたことがあるなあ。昔そういうことがあって、もっとも、それをしていたヤツは転校してしまったため、もう、その手が使えないんだよな」と大和田君が笑った。
「他の人がやるとか?」と結城君が聞いたら、
「誰ができると言うんだ?」と掛布君に聞かれて、
「それもそうでしたね。困りましたね。あの先輩を褒めてくれる男子いないですかね。誰かが告白でもすれば違いますよ、きっと」
「誰かじゃ、だめ。あいつ面食いだから、かっこよくないと駄目。王子がやってくれるといいのに」
「えー、それだけはないぞ」とみんなが笑っていた。

 着替えて体育館の前で待っていたら、
「もうすぐ終わるから、待ってろ」と拓海君がわざわざ来てくれて言ったのでうなずいた。そうしたら、後ろを見て気に入らなさそうにしていた。
「そばに寄るの禁止」と拓海君が後ろに言ったので、そっちを見た。
「うるさい、彼氏だ。束縛するのが好きみたいだな。彼女の事をそこまで縛って、自由にさせてやればいいじゃないか」と半井君が近づいてきて言った。
「禁止」と手で×マークを作って私が言ったら笑い出した。
「お前まで言うとはね」
「当たり前だ」と拓海君が機嫌が悪くなった。
「そういうことで禁止。彼の目の前では近づけないそうです。よろしく」
「ふーん、彼ねえ。手もつないでなさそうに見えるけど」と言われてむせてしまった。
「おーい、タク。戻れよ」とバスケの男子に呼ばれて、
「とにかく、ここにいろよ。王子は一人で城に帰れよ」と言いながら行ってしまった。
「城ね。あいつまで言うとはね」と半井君が笑った。
「あなたは別の人とおしゃべりを、いい喧嘩相手がいるでしょう」
「俺、苦手なんだよな。まんべんなく話せないよ。好き嫌いが多くて」
「食べ物じゃないんだから」
「別のヤツにしてくれよ」
「そう言われてもね、あの人はあなたにこだわっているから」
「そういうのはロザリーに頼めばいいんじゃないのか? 外人ならあれぐらい気が強くてもいいと言いそうだ」
「ロザリーは最近来ないしね」
「彼氏が禁止というので帰るとするか。あいつもやきもち焼きだよな。あれじゃあ、お前も成長できないね」
「え?」
「明日はがんばれよ」と言って、行ってしまった。

 帰るとき拓海君が、
「あいつはどうして、ああまで、俺の気持ちを逆なでするんだろうな」と言ったので、
「何か言われたの?」と聞いた。
「『お前には恋愛はまだ無理なんじゃないの』と言ってきた。あいつにだけは言われたくないぞ」
「どうして、そんなひどい事を言うんだろうね」
「さあな。よほど、恋愛してきたのか、その逆か」
「そうなのかな?」
「向こうは進んでると聞いてるからな。色々、経験済みだからって余裕があるのかもしれないけど、聞き捨てならない」と言われて、思わずうつむいた。
「これだからな。詩織ちゃんの場合は手を握ってデートなんてできそうもないよな。真っ赤な顔されたら見られてしまうしねえ」
「手を握ってデートするの?」
「しているヤツもいるだろうな。バスケの武本がそうだって」
「へえ」
「あちこち、楽しそうだ。俺は明日も練習だし」
「私は休むからね」
「ああ、言ってたな。用事ってなんだよ?」
「色々。でもさ。一之瀬さんと外人って合うと思う?」
「いきなり話を変えるな」
「さっき、半井君が言ってたの。気が強くても外人なら大丈夫かもってね。ロザリーに頼めと言ってたの」
「あいつも無責任なことを」と呆れていた。

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