30

お城

 朝から喫茶店に入って待っていた。小雨が降っていて、今日は練習にならないから、早めに終わりそうだなと外を見ていた。
「立木園絵さんのお嬢さん?」とそばに女の子が寄って来た。
「あら、ちょっと似てる。初めまして、尾花沢さやかです」そばに立った人が手を差し伸べてきたので、慌てて立ち上がって握手に応じた。
「そんなに緊張しなくてもいいわよ。同学年、一つ下だったかしら?」
「中3です」
「あら、じゃあ、2コ下ね。よろしく、かけましょうか」と言われて席に座った。オーダーを済ませてから、軽く自己紹介をしていた。
「園絵さんとは何度も会ってるの。父と一緒に仕事を何度もしていてね。話もよくしてくれたわ。私もアメリカに行ってたからね。学校のことは何でも聞いて。カリフォルニアの高校に進みたいんでしょう?」
「今はまだ決めかねていて」
「あら、どうして? 向こうはいいわよ。楽しかったもの。こっちと違って受験一色じゃないの」
「受験?」
「ああ、私、赤瀬川にいるの。帰国子女に理解がある学校が少なくて、でも、みんな、お勉強はしている人が多いの。外国に留学する人もいるし、東京に出る人もいるの。私も留学したいとは思っているけれどね」
「そうなんですか?」
「あなたは大学はどうするの?」
「向こうの方に行きたいと思って。でも、まだ迷っています」
「あら、どうして?」
「性格が内向的なので合わないと大変だろうなと思って。短期のものしておいたらと言う人もいて」
「あら、そうなの? そう見えないけどね。でも、確かに向こうでは慣れない人もいたけど、そういう人は固まってたから。それか日本人学校」
「固まるって?」
「駐在員が多い地域は日本人の学生は結構いるの。そのため、日本人同士で固まって行動するのよ。もちろん、クラスはそれぞれが別々に取るけれど、わざと一緒にする人もいたわ。ただ、それだといつまで経っても溶け込めないし、英語も上達してなくてね」
「そういうこともあるんですか?」と驚いた。
「でも、それじゃあ、行く意味はないと思うわ。せっかく、与えられた機会ですもの。あなたは行くべきよ。行きたくてもいけない人がいっぱいいるもの。途中でやむを得ず帰ってしまうケースもあるからね。親の仕事が終わればそこにはい続けるのは大変だからね。大学の進学を希望していても、中々難しいし。園絵さんは向こうで働いているし、日本に来たのはあなたのためだと聞いたから」
「え?」
「そう聞いているわよ。心配だから、その仕事を私に与えてくださいと向こうのスタッフを説得したと言ってたわよ」
「知らなかった」
「よほど心配だったんでしょうね。だから、安心させるためにもいい機会だから行ってみたら。駄目だったら帰ってくることもできるんでしょう?」と聞かれてうなずいた。
「なら、私なら行くわ。絶対に」と強く言われて、しっかりしている人だなと思った。

 話をしていると尽きる事なく質問が出てきて、相手が明るくて楽しい人なのですぐに時間が過ぎてしまった。
「こことここはお奨めよ。友達にも聞いたの。私の周りの人もいるし、留学生も来ているから、その人たちも参加するようよ」と説明しながら紙を渡してくれた。こっちに来ている外人の交流会の電話番号がいくつか書いてあった。
「すっかりお世話になって話しこんでしまって」
「いいの、楽しかったから。私も絶対にまた行くわ。父はもう日本で働く事になりそうで。私自身が切り開いていかないと外に出て行けそうにないわ」
「すごいですね」
「向こうだとこれぐらいは当然よ。それにね。日本と違ってやり直しができるシステムになってるのよ。チャレンジ精神がある人にはいいと思うわ。確かに黙っていても何とかやっていける日本よりは大変だけどね。慣れると向こうの方がいいと言う人も多いわ」と笑っていた。

 チャイムを押す時にさすがに緊張してしまった。一度家に帰ってご飯を食べてから自転車で来たため、ちょっと息が上がっていた。
「どうぞ」とインターホン越しに言われて、玄関に行って、ドアを開けたら、
「ああ、来たな。もうやってるけど、二階だから」と半井君がやってきて言った。
「お邪魔します」と言いながらおずおずと入ってしまった。
「なんだよ、どうかしたか?」と聞かれて、
「だって、さすがに広すぎて」
「ふーん。友達が来たことなんてないからな。あがれよ。霧なんて、ベットではしゃいでうるさかったぞ」
「まさか、例のは」
「やらないって。いくら何でもお前も来るのにやらないよ。もう少し進展してからだな。いくら俺でもいきなりはないよ」
「え?」と聞き返したら、
「冗談だよ。お前、奥手すぎ。それぐらいは笑って聞き流せ」
「ちょっときついよ」と言いながら階段に向かった。
「霧は軽く応じてくれるのに、お前ってうぶだよな。あれが初彼氏とか言うなよ」
「日本の中学生は彼氏がいるのが珍しいの。ほとんどが片思いで終わる」
「日本も向こうも同じだろう? あっちだって、そんなに簡単にやらせてくれないぞ」
「おーい」と耳をふさいだ。
「うぶなヤツ。霧と逆だな。『じゃあ、やってみる?』と言ってたぞ、あいつはね」すごすぎる。
「顔が赤いな。自転車で来たのか?」と聞かれてうなずいた。
「こっち」と言われて奥に進んだ。部屋はいくつかあるようで、
「どうぞ」とドアを開けた部屋はかなり広かった。
「広い」と思わず言ったら、
「ピアノが置いてある部屋の方が広いよ。後で見に行ってみろ。ここは俺の部屋だからな」
「10畳以上、あるじゃない」
「知らない。それより、その辺に座ってろよ。待ってろ」と素っ気無く言って部屋を出て行った。本棚に美術書か音楽関係の本が置いてあったので、そっちに移動した。
「あれ、来た? 探検しないの?」とドアが開いて芥川さんが入ってきた。かなりの薄着で、胸の辺りが開いていて、
「あ……芥川さん!」と驚いた。
「なに?」
「え、いや、それで絵を描いてもらうの?」と聞いてしまった。
「え、どこか変かな?」と聞かれてびっくりした。
「いや、大きいね」と思わず言ってしまった。かなりあるなあ。桃子ちゃんぐらいあるかもと思っていたら、
「霧、あちこち勝手に開けるなよ。お前は禁止。佐倉は適当に見学してろよ。話は後で聞いてやるから」と半井君が戻ってきた。
「その差別やめてよ」と芥川さんが叩いていた。
「あの、お邪魔なら外に出ていても」
「いいよ、お邪魔じゃないよ。そういうことは後で」と芥川さんが言ったため、
「え?」と驚いた。
「ほら、そうだろ。こいつはこういうところを冗談で返す。お前も言ってみろよ。ジョークの一つぐらい言えないと」
「ジョークなの、それ?」と言いながら、もって来てくれたジュースを飲むためにソファに移動した。
「自分の部屋なのにソファがあって、なんだかすごいね」と部屋の中を見回した。
「後の部屋も同じぐらい豪華だったよ」と芥川さんが言ったので、すごいなと思いながら聞いていた。
「母親の趣味で建てたんだよ。あの人、結構金持ちだったらしくて」
「あの人?」と聞き返したら、
「親父の3番目の妻」と言ったため、唖然とした。
「3番か。綺麗なの?」と芥川さんがごく普通に聞いていて、
「さあな。あの人、金持ちの女が好きだからな。好みなんて一貫してないよ。綺麗というより派手かもな」と言ったので、何も答えられずにいたら、
「金持ちの女が好きっていいね。私もそうしようかな。篤彦、くっつこうか?」
「駄目、俺、金なんて持ってないぞ。色々買ったからな」
「えー、バイト料くれないの?」
「無理。このあいだ言ってた金額で我慢しろ。しかも、あれはカンパと言う名目だ。じゃないと注意されちゃうからな」
「だったね」と言い合っていた。
「えっと、あの……」と言ったら、
「ああ、その辺の本でも読んで待ってろよ。後ちょっとだけ続けるから」と言ったので、慌ててジュースを飲んで部屋から出ることにした。
「詩織、何で、慌ててたんだろ?」と芥川さんが聞いたら、
「気をきかしてるつもりだろ。俺たちがいちゃついているようにでも見えたんだろうな」
「ふーん、付き合ってもいいよ」
「お前って、気楽に言うな。ああ動くなよ。そういう風だと前の学校でも彼氏とか多かっただろう?」
「付き合ってたのは何人かいたよ。年上が多い。同じ年だと初めてになるかもね」
「勝手に決めるなよ」
「いいじゃない。私、好きだよ。篤彦のこと」と気楽に言ったので、
「お前は佐倉と真逆の性格だな。それだけ軽く言われたら、かなりの男が戸惑うんじゃないか?」
「へえ、そう? 私、割といっぱい言ってきたかもねえ。小学校も幼稚園も」
「そうだろうな。俺はそういうことははぐらかしてきた方だから、ジョークではいくらでも言ってたけど」
「ふーん、言わないの?」
「言うヤツはあちこち言うさ。言わないヤツは言わない」
「へえ、いっぱい言うのかと思った」
「その辺、日本人と変わらないさ。奥手なヤツもいたよ。からかわれていた男子もいたしな。佐倉はあれで向こうに行ったら危ないよな」
「心配なんだ? 何で、私に言わないの?」
「お前の場合は別の意味で心配。無防備だから」
「どこが?」
「胸の辺り」
「えー、これぐらいの方がいいのかなと思ったんだって。さすがに脱ぐのは駄目だって言ったからね。もっと、薄着が良かった?」
「あいつがいる時はいいよ。別の機会に」
「結構、遊んでたんだ?」
「向こうでか? ああ、顔の位置動かすな。それなりに経験はあるよ」
「ふーん、そうなんだ。わたしも進んでるって言われたんだよね。そう見える?」
「佐倉と比べればお前は進みすぎているように見えるだろうな」

 色々、置いてあるなとあちこち見てしまった。踊り場に絵が飾ってあった。この間のと少し似ていた。タッチが同じだから、きっと彼が描いたんだろうな。外が見えるようになっていて、さすがに広いなと思いながら下に降りた。奥に進んでピアノがある部屋にたどり着いた。確かに広かった。窓が大きかった部屋の下ぐらいだろうかと外観を思い出していた。窓が大きい部屋は二階にもあって、そっちにピアノが置いてあると思っていたけれど、一階のリビングに置いてあった。毛皮が敷いてあったり、サイドボードに高そうなお酒が並んでいたり、お金持ちの別荘の作りになっていた。すごいなあ。さすがに、これだけすごいとは思わなかったなと見ていた。一番、奥のスペースにくつろげるようにソファと本棚が置いてあった。お客様が来るのか、お酒が置いてあるすぐ横にかなりの数の高そうなグラスが並べてある棚があった。王子と呼ばれてもおかしくないかもね。相当のお金持ちなのかもしれない。ソファに座って、さっきの事を考えていた。

「風邪引くぞ」と声がして目を開けた。
「寝てたんだな。悪い。親が帰ってくるとうっとうしいから上に行こうぜ」
「えー、ピアノ弾いてよ」とすぐそばに芥川さんがいて、ピアノを触ろうとしていて、
「それ、母親も親父も使うから触るなよ。親父は時々お客が酔って触ると怒るからね」
「なんだ、残念」と芥川さんが先に上に行ってしまった。
「待たせて悪かったな。気分が乗ったんでちょっと長く掛かったよ。上に行ってろよ」と言われてうなずいた。
 部屋で待っていたら、お茶のセットを持って、半井君が入ってきたので、
「言ってくれたら手伝ったのに」と言ったら、
「そういう気遣いはいらない。こういうのは慣れてるよ。家政婦がいなければ俺がやらされていた。年中、客が来て、入れ替わり立ち代り。そういう家だったからな」
 みんなでお茶を飲み始めたら、
「それで、何か聞けたのか?」と半井君に聞かれて、一通り報告した。
「ふーん、そういう事を言ったんだな。そういう人もいるだろうな。でも、それはその人の考えであってお前は自分の考えで決めろよ。流されるな」
「ああ、それはね。そう思った。彼女は前向きで明るい人だから、何があってもへこたれないし明るく乗り越えていけそうだなと思ったの。ああいう人の方が向いているのかもね」
「さあな。その辺、国が違っても変なやつはどこでもいるぞ。前向きだろうとなんだろうと黄色人種は認めないという人もいたからな」
「そう」
「でも、ばらばらだ。地域によって差があるのかもしれないが、フレンドリーな人から暗い人までいたから」
「へえ、こっちと一緒じゃん」と芥川さんが笑った。
「そういうこと。こっちも同じかもな。やたらと話しかけてくるやつもいれば、前園のような陰口言う女もいて」
「そう言えば、聞いたよ。彼女が裏で色々言ってたって」
「ああ、あれね。一部は知ってるさ。彼女のああいう性格はね。いじめに加わるヤツはああいう人も多いからな。表では普通に話して、裏で気に入らないと文句言ったり馬鹿にしたり、目の前でやってた時はさすがに腹が立って言っただけだよ」
「そう」
「あの子さあ。私もけちょんけちょんなんだよね。派手に遊んでいたに違いないとか、勉強できないくせに綺麗だからちやほやされるだけとか、そばにいた子に聞かされてさあ。クラスの女の子の何人かは知ってるから近寄らない方がいいよと注意してたんだって」と芥川さんが言ったため、すごいなとびっくりした。
「あいつ、成績がちょっといいから、それより下なのに目立ったりするヤツが嫌いみたいだな。気に入らないと言うみたいだから」
「え、そうなの? そう言えば拓海君が、彼女の基準は成績だと言ったの。だから、楢節さんが好きだったみたいで」
「ふーん、それでその人と付き合ったお前の事を色々言ったんだな。あいつも好きになれないね。正攻法でいけばいいのに」
「正攻法ってなにさ?」と芥川さんが聞いた。
「お前、そればっかりだな。だから、馬鹿にされるんだぞ。クラスの男子がいそいそとうれしそうに教えるから、よけいにクラスの女子に裏で馬鹿にされる。少しは覚えろよ。俺だって、それなりに日本語を知ってると言うのに」
「日本語はどうして覚えたの?」
「覚えるに決まってるさ。友達の半分が日本人だったからな」
「え、そうなの?」
「最初は日本人学校に通ってた時期もあったからな。そうなると日本人だらけ。現地校も行ったけど、そこも日本人がいて寄って来たから」
「え、どうして?」
「俺は途中から背が伸びたからそばにいるとやられないとでも思ったんだろ。それに、俺は言い返すタイプだからあいつらもやらないさ。武道もやってたし」
「柔道?」
「空手。向こうでは道場があるんだよ。物騒だからという理由で、行っただけ。途中からは面白くて熱心にやってたときもあったけど、さすがに勝てなくなってやめた」
「え、どうして?」
「パワーが違う。図体がでか過ぎて、負ける。速さで勝っても当たると痛いんだよ。かなり吹っ飛ぶから」
「確かに細いからね」
「そういうこと。何か身につけておいたほうがいいぜ。狙われると困るから」
「女も同じなの?」
「向こうでは夜歩けないと言われてるぞ。女は特にね。犯罪が多いんだよ」
「サンタモニカも?」
「一緒だろ。危ないヤツが住んでいる場所は特に危ないけど、そうじゃない場所でも同じだからな」
「へえ、そうなんだ。結構、いいところだと聞いてたのに」
「日本でも同じじゃないか。夜一人で出歩いてはいけませんと注意されるだろ」
「あれって、不良だけじゃないの?」
「意味が違うぞ。向こうはバイク乗り回していた先輩と付き合うなと言われてたんだろう。でも、佐分利だけ未だに付き合ってると聞いたよ。的内たちも隠れて付き合ってるかもな」
「よく知ってるね?」
「お前の場合は相当疎いな。かなり噂になったぞ。一之瀬の女子更衣室の血の事件の発端も佐分利が関係あるわけだし」
「そう言えば、そう聞いた気がする」
「佐分利はかわいい子を見るとちょっかい出すらしい」
「へえ、私も危ないのかな?」
「タイプは相当違うぞ。背は低いけど、テレビに出てくるアイドルのような女の子が好きみたいだな」
「なるほど、じゃあ、当てはまらないね」と芥川さんが笑った。
「一之瀬が一緒に行ったのも、それが理由らしいな。相手が気に入らないからってね。内藤とつるんで相当悪さしていたらしいな。お前は近づくなよ。一旦、収まったとはいえ、ああいうタイプは性根は早々変わらない」
「断定してるね?」
「難しいんだよ。心底反省したのなら、性格は変わっていくさ。でもな、あいつの場合はそこまでの反省じゃなかった。どこかで自分を許しているからな。まだ、相手が悪い。どうして、自分が責められないといけないと思い込んでいる気がするね」
「よく分かるんだね、彼女の事」
「言ったろ。昔、ああいう女がそばにいた。気まぐれでわがままでもっと美人だったけどな」
「誰よ?」と芥川さんが聞いた。
「親父の二番目の妻」と言ったので、ウーン、聞いたらいけなかったかなと後悔した。
「そういう顔をするな。もう、終わったことだ。金が一文無しになったから、離れたよ。みんなね。あの女はそういうつながりしか持っていなかった。一之瀬と同じだ。前園なんて、けちょんけちょんだった。あいつのせいでテニス部がとばっちりになって、『早くやめないかしら』と言っていた。勉強ができないとか毎回同じことで怒ってるとか、一之瀬の事を裏でばかにしていた」
「え、友達じゃないの?」
「友達だったら言う訳ないだろう。俺の目の前で小声で言ってたからさすがに目に余って、『君が原因なんじゃないの』と言ったら最初は誤魔化すようにしていて、最後は怒ってた」
「ああ、そう言えばやってたね」と芥川さんが言った。
「それで、変だったんだね。おかしいとは思ってたの。よく話していたのに、一之瀬さんが困っていても平気でおしゃべりして、違う女の子と笑っていたり、かばったり慰めたりしていなかったから、さすがに変だと思って」
「あいつの友達がお前たちのような事をするわけがないさ。あいつが一緒にいるのは悪口を言って、嫌がらせをするだけだな。その中の誰かが脱落しても今度はその子を馬鹿にして悪口を言い合うだけだ。そういう集まりだと思うぜ」怖い。
「ふーん、王子ってよく見てる。私、そういうのは気づかないなあ」と芥川さんがのんびり言ったら、
「お前はそうだろ」と笑っていた。
「向こうに行くのはお前が考えればいい話だ。すぐ決めないといけない訳じゃないだろう?」
「それはそうだけど」
「学年はどうするんだ?」
「ああ、それね。それも英語が苦手な人は下の学年に通う人もいるんだってね。彼女はそのままの学年で行ったみたい。その辺はまだ考えていないし」
「一度、見学した方がいいかもな。せっかくアメリカに行くなら、その学校の生徒に話を聞いてみるのもいいかもな」
「それは母が聞いてくれているの。知り合いの子どもがいる人の話を聞いてくれると手紙に書いてあったから」
「そうか、そのほうがいいぞ。学校によっては荒れている場合があるから」
「荒れてるんだ?」
「日本も同じだよな。クラスによっては問題児が暴れるんだろ。佐分利も去年、何回か授業を邪魔しようとしたらしいな。親が何度も呼び出し食らってるって話だな」
「よく知ってるんだね」
「あの女のそばにいたら、そんな話しかしないぞ」
「どの女?」と芥川さんが聞いた。
「一之瀬という女。お前には関係ないよ。テニス部の女。うっとうしく張り付いて来るんだよ」
「篤彦が好きなんだね」
「知らないよ。前のクラスで注意しただけだぞ。何でそうなるか分からないよ」
「芥川さんは知らないんだ?」
「霧でいいよ。そう言ったじゃん。名前までは知らない。あだ名なら分かるかも」
「一之瀬のあだ名? 昭子だったはず。でも、確か昭子と呼ぶのはロザリーぐらいだぞ。男子は一之瀬って呼び捨てだったし、女子は一之瀬さんと呼んでた。あいつのそばにいたヤツはどう呼んでるんだ?」
「アキちゃんと呼んでたかもしれない。でも、彼女達いつも離れて話していたの。お弁当を食べる時も雑談している時も。ロザリーがいた時は男子と仲良くしてたし」
「ふーん。その時はそれほどでもなかったのかもな」
「よく分からない。昔から嫌がらせはしてたみたい。嫌味も悪口もあったけど」
「程度がその都度変わるのかもな。気分屋なんだろう。俺も人のことは言えないか」
「そうだよ、篤彦。時々、ブスっとしてるよね。雨の日とか特に」
「日本って雨が多いと聞いたけど、なんだかうっとうしいみたいだな」
「日本の梅雨は初めてなの?」
「夏休みに長期に戻ってくる程度。クリスマス休暇とかね。後は向こうだよ」
「そう」
「お前は向こうにどうして行かなかった?」
「ああ、母親と再会したのが去年だから」
「ふーん、手紙だけだったのか?」
「違う。親が生きてる事を隠してたの。ずっと」
「へえ、うちとは逆だね」と芥川さんが言った。
「霧の母親も向こうにいるんだろ」
「知り合いが見かけた人がいるって聞いたから、どうせなら一度会いに行ってみようかなと思っただけ。父親は反対してるけど、母親は行って来いって。うちの母親は豪快だから、そういう部分気にしないんだよね」
「血はつながってなくても育てられたなら性格が似てくるんだな」
「そうかもね。実の母親は家出したらしいよ。その後に知り合ったんだってさ。そういうことは隠さずに教えてくれたし、ハーフだからって周りの子どもに言われても、堂々と言い返してたよ。子ども相手に喧嘩してた。それで仲良くなってたな」
「いい母親だな。じゃあ、どうして会いに行くんだよ?」
「自分のルーツを探るため」
「かっこいい事を言ってるんじゃない」おでこを叩いて、芥川さんも叩き返していたので、
「あの、そろそろ」と言ったら、
「待て。まだ、最後の用事が済んでないぞ」と言われて、何かあったっけ?……と考えていた。

「ねえ、芥川さん、ほっといていいの」と椅子に座りながら聞いた。結局、絵のモデルをやらされてしまった。
「霧と言えよ。いい加減ね。そのほうがいいぞ。どうせ、これから一緒に行動するだろう」
「そう言われたらそうだね」
「お前は動かないから助かるな。霧なんて何度動いたか分からない。そのたびに中断だ。あいつに頼むんじゃなかった」
「だって、あれだけの人なら描き甲斐があるじゃない」
「美人だとは思うが、好みじゃないな」
「え、そうなの?」
「あいつの場合は恋愛に発展しにくいだろう」
「反対じゃないの?」
「乗りと勢いで気軽に遊ぶタイプかも。本気の恋愛はないね。本宮と同じ」
「拓海君と同じ事を言うんだね。本気モードか」
「初めてじゃないのか。きっとね。かっこつけてたヤツが、ああやって言うのはよほど、本気なんだろうな」
「本宮君のことは良く知らないから」
「ふーん、どうして? あいつモテてたんだろう?」
「噂は流れていたよ。でもね、ほとんど知らない」
「相当疎いみたいだな。そういうのは気にならないタイプなんだな」
「駄目なの?」
「いや、マイペースのほうがいい場合もあるよ。周りの環境に流されない方がいい場合だってあるぞ。要領よくどこでも立ち回っていけるタイプの方が何かといいのかも知れないけど、俺もお前も霧もそういうのはできないかもね」
「そう?」
「要領がいいヤツは俺は苦手だね。先生の前だけいい子でいろと言われるのはちょっとな。磯辺はそういうタイプだから、俺は苦手」
「生徒会長だった人だね。ミコちゃんが怒ってた。弱腰で変革を嫌うって」
「それはそうだ。失敗したら自分のせいにされるのは困るからだろうな。でも、そういうタイプは意外と駄目かもね」
「え、どうして?」
「事なかれってことだろう? 先生もそういう人ばかりだよ。だから、問題を放置して、何ヶ月も経ってから一之瀬達の事に気づいて処分してるんだからね。最初にしておけば、テニス部だってあそこまで行かなかったさ。誰も止めないから、エスカレートしていくんだよ。自分で反撃した方がいいぜ。お宅」
「それは何度か言われたけど」
「テニス部の顧問にしろ、目が届かないのは仕方ないさ」
「どうして?」
「そこまで熱心にやってる時間がないからだよ。それに会話とかしてるのか?」
「え、そう言えばしていないかも」
「じゃあ、無理だね。様子をさらっと見た程度ではその子がどういう子なのかは把握なんてできないさ。どの子と友達でどういうことに興味があるとか、全然知らなさそうだ」
「そんな事は知らなくてもいいんじゃないの?」
「風通しのいい部活って会話が多いぜ。団結もするしね。まとまりがいいんだよ。個性バラバラでも、集まれと言ったら、すぐに集まるよ。だらだらしてるからな。テニスとバスケ女子」そう言われたらそうだったかも。
「よく見てるね」
「先生とコミュニケーションが取れてないし、グループでの役割分担がないから責任感が弱いんだろ」
「グループ?」
「先生が全部の生徒を把握できるわけないじゃないか。リーダーや調整役がいるんだよ。テニス部だと誰かやってないか?」
「一応、千沙ちゃんが。部長と副部長はいるけど」
「上手く機能してないんだろ。一年と二年も同じように決めておいたほうがいいぜ。リーダーがいないとまとまりようがない。リーダーが弱くても舐められる。一之瀬タイプはどこでもいるからね。そういう部分がテニスもバスケもだらだらしているように感じたね」
「つくづくよく見てる」
「あれだけ、そばで噂話されてみろ。さすがに気になって見るからな」
「ふーん」
「のんびりしてるよな。テニス部が弱すぎる訳だ」
「そう言われても」
「お前たちのペアと部長さんだっけ? そこのペア以外はちぐはぐしてないか? しかも組み替えてばかり」
「本当はね。組み替えたくなかったけど、なんだか合わない人だらけで」
「だから、一之瀬が嫌がらせしてたから、前園が陰口叩くから、会話が少なくて、性格をお互いに良く分かってない状態で組むからだよ。そういうのがわかってしまった方がいっそ楽だぞ。お互いに欠点とかをカバーしあっていくからね」
「え、そうなの?」
「仲が悪いところもあったよ。向こうはハッキリしてる。入部テストがあるから弱いヤツは入れない。でも、強いところほど会話は多かったよ。意外とね。試合や練習以外はさっぱりしてるよ。足を引っ張り合ってるのは中途半端なところ」
「そうなんだ?」
「そういう顔をするな。顔を元に戻してくれ」と言われて、いつのまにかうな垂れているのに気づいて、慌てて姿勢を戻した。
「リーダーがハッキリしてないから、そうなるんだろうな」
「先生の事は信用してないかもしれないけれど」
「そこに問題があるんじゃないのか? 休憩時間に雑談は?」
「そう言われたら、女子とはしてないかも。男子も最近はあまり」
「そこに問題があるんじゃないのか?」
「グループに分かれて話しているから」
「それは普通だ。そうじゃなくて顧問がそのグループのそばに行き話しかけているかどうかを聞いているんだよ」
「ないかも」
「それじゃあ、問題が起きても仕方ないな」
「そういうことが関係あるんだね?」
「止める人がいないから、ああなるんだよ。前園さんのことも避けておしまい。霧みたいにはっきり言わないからな。磯辺は勉強ができるかどうかで判断するところがあるし。先生と同じだ」
「え、そうなの?」
「そう言う人はいるさ。おまえ、レポートとか多いけど、大丈夫か?」
「なにが?」
「宿題。向こうはこっちとは違うぞ。意見を言い合うんだよ。その後レポート提出。高校でも同じだと思うぞ」
「その話は聞いたけど」
「心配だよな。常に自分はどう思うか、意見を求められるぜ。反撃されても言い合えるぐらいじゃないと困るだろう。日本って、クラスの子がなにを考えているのか分からないよな」
「小学校の時にそういう時間はあるにはあったけど、意見を言う子はいつも同じだった気がする」
「ふーん。お前も意見持ってるくせに言わないよな」
「え……そう?」
「お前の方がよほど考えていたり冷静だったりする部分もあるのに、言わないのはどうしてだろうな?」
「だって、恥かしいから」
「テニス部では発言するようになったんだろう?」
「ああ、あれね。無様な試合をしたくないなと反省したの。バスケ部の男子の試合を見て、恥かしくなって」
「じゃあ、もっと言えよ。一之瀬が裏で何を言おうと前園が何を言おうとね」
「それは開き直ったの。あれ以上悪くならないところまで行ったから、いつやめてもいい覚悟で言い出したら、意外と聞いてくれた」
「それはそうだろ。お前は熟考型。一之瀬の直情的、感情的、主観的意見とは違って、客観性があるからだろうな」
「え、そうなの?」
「そう思ってたよ。そばで聞いていたとき」
「え、聞いてたんだ?」
「バスケとかあちこち見学してた時にね。部活をどうするか決めかねて、バスケのそばにいた時にお前がそう話していたのは聞いたよ。ちょっと意外だったからな」
「そう?」
「おとなしそうに見えたからな。俺は結局、静かでマイペースでできる美術部にした。俺、人に合わせるの苦手なんだよ。スポーツど根性も苦手」と言ったので笑ってしまった。
「笑うなよ。お前の場合は良く笑うからいいのかもな」
「え、そんなに笑ってる?」
「結構笑ってるぞ。あの清楚な美人と一緒にね」
「碧子さんね。綺麗だよね」
「ああいうタイプも描いてみたいよな」
「結構気が多いね」
「違う。モデルとしてだよ。彼女として選ぶなら考えるかもね」
「そうなの? いっぱい付き合ってきたんじゃないの?」
「霧と一緒。年上ばかり。大人の付き合いもあった」と言ったのでむせてしまった。
「おーい、終わった?」と芥川さんが入ってきた。
「邪魔するなよ」
「もう帰ろうかな」
「ご勝手に」
「冷たーい」
「うるさい」と言い合っていたので、
「あ、あの、霧さん」と言ったら、
「わー、やっと呼んだね。なんだ、篤彦の勝ちだね」と霧さんが笑った。
「勝ちって?」
「賭けしてたの。今日中に名前で呼ぶかどうか。なんだ。1000円損した」
「そんな事で賭けないで下さい」
「サンタモニカまで交通費掛かるじゃない。どうしようかな、誰か、恵んでくれないかな」
「親に頼め。もうそれしかないぞ。ちゃんと状況を話せば分かってくれるさ」と半井君が笑っていて、
「家出したから、怒ってるもの。母親に逃げられたって相当言われたんだってさ。でも、いいじゃないねえ。昔のことなんだから」
「お前に取っては親でも向こうに取っては辛い思いをしているのかもよ。周りにも言われるし。会社でも親戚にもね。国際結婚なら反対もされてるからよけいだろう」
「ふーん、よく知らない。いいじゃないの、もう済んだことじゃない」
「お前は気楽だな。結構あちこち言うぞ。外人の女と結婚するとね」
「篤彦はしたことあるみたいなこと言うね」
「二番目の継母が外人だからな」
「なるほどね」うーん、つくづく複雑そうだな。半井君が私の顔を見てから、
「ちょっと送ってくるよ。休んでろよ」と言われてうなずいた。

「もう少し普通の恰好で来いよ。と言っても、もう頼まないかも」
「なんで? またやるから、カンパ」と霧さんが手を出した。
「カンパを頼む前に親を説得しろ。パスポートとか手配は? あいつはもうやってあるってさ」
「へえ、早い?」
「母親が来ていた時に遊びに来ることもあるから、やっておいた方がいいと言われて用意しておいたらしい。お前も少しは調べたりしろよ。人に聞いてみるとか。本は?」
「ガイドブック古いのならあるよ」
「大丈夫か、それで。サンタモニカで見かけただけじゃ、危ないよな」
「え、そうなの? 海があって綺麗だって聞いたよ」
「その程度かよ。俺も何度か遊びに行ったけどな。なんだか心配になる2人だな。通訳兼ガイドで付いて行ったほうがいいかもな」
「そうしようよ、篤彦」
「金がない。爺さんが出してくれるなら行ってもいいけどな」
「私の分も頼んで」と言いながら、玄関先にたどり着いて、
「お前の分を何で俺の爺さんが出さなきゃいけないんだよ」
「彼女だからいいじゃない」
「お前ね」と言ったら、霧さんが半井君に抱きついて強引にキスしていた。
「おい」と言って引き剥がした。
「へえ、慣れてると思った」
「違う。ここでやるな。見られる」
「誰もいないじゃない」
「誰か帰ってきたらうるさい。あの人たちうるさいんだよ。それに上にいるから」
「詩織なら気にしないって」
「気にするに決まってるだろう。あいつ、ああいうところはうぶだぞ。一緒に旅行に行くなら少しは気づいてやれよって、……無理だな」
「それはあるよ。私気づかないもの」と言いながら、もう一度背伸びして半井君の首にキスしていた。
「ふざけるなよ」と払いながら言った。
「いいじゃないの。もう恋人なんだし」
「お前の場合は色気がないんだよな」
「これでも?」と自分の胸を見た。
「そういうことじゃない。ムードがないんだよ。女っぽくない。好みと違うんだよな」
「ふーん、経験があるんじゃないの?」
「大人にかわいがられる環境だったからな。とにかく、少しは調べておけよ。モデル料」と言って封筒を渡した。
「詩織によろしく。襲っちゃ駄目だよ」
「できるか!」と怒っていて、
「そうだよね、詩織は彼氏いるし。子供っぽいものね」と言って、靴を履いて出て行った。
「子どもね。お前の方がよほど子供だぞ」と呆れながら、玄関の鍵を閉めていた。

 半井君が戻ってきた時ぼんやり窓の外を見ていた。
「いいね、眺めが」
「そうか? 俺はどうもね。カーテンよりブラインドが良かったけど、でも、駄目だって言われた。
「え、どうして?」
「さあな。掃除が面倒だからじゃないか? 俺は埃が出ないからそっちがいいけど、価値観が違うんだろ」
「なるほど」と言って、席に着こうとしたら、
「いいよ、そのままでいろ。勝手に描くから」
「え、でも」
「お前の場合はそのほうがいいかもな。霧と違って自然な動きの方がいい。あいつは黙っていた方がいいし、お前はちょっと動きがあるほうがいいんだろうな」
「そういうものなの?」
「あいつは喋らないと美人だよな。何で喋るんだろ」
「おーい、怒るよ。恋人になるんじゃないの?」
「お前までそういうのか?」
「お似合いだね」
「無理だよ」
「え、どうして?」
「あいつと2人だと多分」
「なに?」
「話すことがない」
「あれだけ話していて?」
「お前がいたからだ。いないとコントになる」なるほど、わかる気もする。
「そこで肯定顔になるな」と苦笑していた。
「向こうの学校ではどういう部活に入ってた?」
「学校ではあったかな? 学校以外では色々あったはず」
「そう」
「俺は空手はやってたけど。音楽関係も習わされていたから、学校のは入ってない。親が絶えずお客を連れてくる環境で、掃除ばかりしてたからな。家政婦がいい加減でなかなかやってくれなかったし」
「音楽関係って言ってたけど、どういう事をしてたの? ああ、聞いたらいけないならいいけど」
「いや、いいよ。親父は演奏してた時期もあったけど、講師もしてたと思う、後は評論とか雑誌の記事も書いてたようだな。よく知らない」
「そう、忙しいんだろうね」
「女性には特にね」
「ごめん」
「いや、お前だとつい話してしまうよな」
「霧さんには言わないの?」
「ああ、あいつにはあまり言わない。あいつ、口は軽くないのかもしれないが、声が大きいし、時と場所を選ばないタイプだから言いにくいさ」
「そうなんだ?」
「絶えず女が来ていたよ。綺麗な人ばかり。モデルや女優もいたみたいだ。かわいがってくれた人もいたよ。ただ、わがままなあの母親と似ていた女もいた」と言われても黙っていた。
「一之瀬に似てると教えたよな。よく似てた。派手で美人、金使いが荒く、金持ちの爺さんと結婚して遺産をもらって暮らしていた。親父と結婚したのは金目当てかきまぐれか」
「お金持ちだったんだ?」
「爺さんがね。親父の方は知らない。親父も金持ちの女とばかり結婚してるから人のことは言えないが、あの女は金遣いが荒すぎて、大変だったよ。絶えず請求書が来ていて、親父と喧嘩してた。もちろん、払ってなかったよ。親父も金は使う方だから、自分の方で手一杯だった。そういうわけで、夫婦仲は最初からあまり良くなかった。浮気はいつもの事でね。帰ってきて、わめき散らす。当り散らす。悪いのは全て向こうだと俺に言うんだよ。うっとうしかったよ。そのときの顔が一之瀬によく似ていた。背の高さは向こうの方がちょっと上だな。スタイルは崩れていたとはいえ、胸は大きくて見た目は全然違うけど、あの怖い顔だけはそっくりだ」
「絶対無理だね、それじゃあね」
「鏡を置いていたよ。目の前にね」
「鏡?」
「移動式の姿見が置いてあったから、それを立てかけて逃げる事が多かったよ。最後は騙されて破産して親父と争って親父が逃げていたよ。離婚するのに時間が掛かったようだけど、その後に知り合った今の奥さんと結婚して、こっちに戻った。その人は日本人だったからな。ただ、お嬢様だったらしくて、この家もお金を半分以上出しているようだな」
「すごいね」
「親父もそれなりに金は持ってたようだけど、あの女のせいでかなり取られたと怒ってたよ」
「そう。ごめんね、変な話になっちゃったね。聞いたらいけなかったんじゃないの?」
「お前だと言いやすいからかもな。それに似たようなもんだろ。そっちだって片親だったから言われなかったか?」
「それはあったかも」
「俺は家族に振り回されて疲れたよ。マンションに住んでたときのほうが気楽だったな」
「一人だと寂しくないの?」
「俺の場合はそうでもないさ。ああいう環境で暮らすのはあまり好きじゃなかったから」
「そうなんだ?」
「お前は? 父親と暮らしてるんだろう? 後は?」
「父親と暮らしたのは小学校の高学年からその前は田舎で祖父母と」
「ふーん、田舎ってどういう感じだ?」
「半井君はおじいさんとかは都会の人なの?」
「篤彦でいいよ」
「え、それはさすがに抵抗がある」
「別に気にしなくてもいいさ。学校で言えないなら、ここでならいいだろう?」
「彼が気にするから無理」
「彼ねえ。あいつは彼って言えるほどの付き合いなのか? せいぜい一緒に帰って、一緒に宿題する程度じゃないの?」
「中学生ならそういう感じじゃないの?」
「霧は違うみたいだぞ」
「そういうのは、分からないし」
「お前たちは真逆だな。それで一緒に旅行に行って大丈夫か?」
「向こうでは多分、別行動しないと。あちこち見学したいし、母と一緒に行動する事になると思うから、彼女とは一緒には無理だよ」
「あいつも気楽に考えてるけど、相手の住んでいる場所とか知ってるのかな?」
「さあ」としか言いようがなかった。

「すっかり遅くなったな」と言われて、外を見た。
「帰って晩御飯の支度しないと怒られちゃうな。洗濯もあるし」
「そう言えば、そっちも家事やってるんだな」
「半井君もしてるの?」
「派手好きなお嬢様育ちの人は家事はしないさ。家政婦雇ってる」
「そう」
「パーティー好きだから、毎日うるさいよ。今は旅行に行ってるから静かなんだよな。今度来る時はにぎやかだと思う」
「え、今度はないでしょう?」
「モデルしてくれないと困るぞ」
「いいよ。霧さんと2人っきりがいいでしょ」
「あいつと一緒だと襲われそうだ」と言ったので、噴出した。
「逆なんじゃないの?」
「あいつは積極的過ぎる。お前と真逆。お前たちって、進んでないだろう?」
「内緒」と笑った。
「中学生だとそうだよな。山崎とどうして付き合った?」
「さあ、分からない」
「ふーん、その程度で付き合うのか? 幼馴染って聞いたけど、そういうものか?」
「よく分からないもの、そういうのはね」
「あいつと一度離れた方がいいかもな」
「え、どうして?」
「雨降りそうだよな」とはぐらかしていた。
「聞いたらいけないの?」
「お前たちの場合はあいつが心配しすぎるからな。そういうのはカップルとは思えない」
「そう言われても、心配ばかり掛ける私がいけないんだろうし」
「逆だろ。お前はそれなりに考えて進もうとしてる。あいつがそれを押さえつけてるように見えるね」
「え、そんなこと」
「お前は別の人と付き合ったほうがいいかもな」
「無理」
「なんで?」
「いいの」と横を向いた。
「ふーん、あいつが好きなんだな。意外」
「どうして?」
「腐れ縁で付き合ってるんじゃないのか?」
「そういう訳じゃないよ。だって、彼とは」と言ったら、半井君が顔をじっと見てきて、なんだか恥かしくなったので、鞄を取りに行った。
「お前たちって、どこまで行ってる」
「言わない。霧さんとがんばってね。今度は邪魔しないから」と言って部屋を出ようとしたら、
「邪魔ねえ。あいつの場合は進展したいと思えないんだよな。どうしても」
「あれだけじゃれあってて、よく言うよね」と笑った。半井君がじっと見ていて、
「お前ってきっと家庭的なんだろうな」
「家庭的?」
「そう。外に出て動くタイプじゃないってことだよ」
「さあ、知らない。家事苦手だし」
「ふーん」
「じゃあ、帰るね」
「玄関まで送るよ。それから、何かあったら言えよ。なんだか心配なんだよな」
「その前に一之瀬さんの方と少しで仲良くしてください」
「なんで?」と思いっきり嫌そうな顔をした。
「機嫌が悪い原因、多分、あなたと話すからだと思う。だから、学校でも話さない方がいいかもね」
「無理だよ。あの女の場合は全てが気に入らないんだから、なにしても上手く行かなくなれば、全部人のせいだ。そういうヤツに合わせてやる必要はないさ。顧問が変われば変わっていくさ」
「顧問と言われても」
「風通し良くするように体制を変えたほうがいいぜ。せめて役割担当を決めろよ」
「役割って?」
「部長候補のほかに、指導係でも作れば後輩との仲が少しは良くなるだろうね」
「指導係と言われても」
「普通はいるんだぜ。担当者が。技術以外にも挨拶にも厳しく指導するんだよ。体育会系のノリだって聞かされたけど。バスケとバレーの男子にはいたはずだぞ。部長は全体を見るだけ。そのほうがいいさ」
「技術面をみれる人の方がいいのかな?」
「いや、風紀委員と同じタイプでいいよ」
「分かりにくいんだけど」と言ったら笑っていた。

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