31

応急処置

 拓海君に人がいないところで、昨日はどうだったか聞かれてしまった。当たり障りのない程度教えていたけれど、仏頂面だった。
「お前が行く必要はないんじゃないのか?」
「そう言われても、参考になったから」
「ふーん。あいつのそばにいないほうがいいと思うぞ」
「そう言われても」
「あいつのそばにいれば、また、同じことが起こるな」
「同じ事?」
「本宮もやられたらしいけど、モテるヤツのそばにいる女の子をやっかんで変な噂を流すのは結構あるらしいよ。それ以外もトラブルには巻き込まれやすくなるさ」
「そう言われても」
「俺の時もあっただろう? もう、ほとんど公認だからなくなったようだし、お前はあいつとは」
「多分、大丈夫だと思うよ。半井君は霧さんと仲良くしてるし」
「霧さん?」
「彼女と話すことが多いから、そういうことにしたの。それに」
「あの2人のそばには寄るな」
「え、どうして?」
「面白くない」気に入らなさそうな顔をしていたので、何も言えなくて、
「あいつらとお前が合ってるとは思えないけどな」
「え、でも」
「芥川もあいつも言いたい事を言えるタイプ。お前は逆だ。あいつらとそばにいれば、あいつらの敵がお前を狙うかもしれないから」
「え、そうなの?」
「逆恨みするやつはいくらでもいるさ。中途半端な年頃だから、気持ちをもてあましている人は多いからな。ただ、あいつら相手だと負けるからそばにいるお前に行く場合がある。そういうのは避けろよ。ただでさえ、テニス部で問題を抱えているんだからな」
「ああ、あれね。顧問との仲が悪いからと指摘されたの」
「半井にか?」と聞かれてうなずいた。
「役割分担がないからと言われたの。後輩の指導係がいないから、挨拶や技術の指導する人がいないため、風通しが悪いと言われて」
「加藤さんがやってるんじゃないのか?」
「個人的には下の学年と話している子もいるけど、そう言えば、ちゃんとした指導はしてなかったの」
「普通は入部当初から徐々に教え込むけどな。そう言えば、お前のところはやってなかったな。仕方ないか。あの顧問じゃね」
「え、どういうこと?」
「普通はさ。前の学年のやり方を真似て行くだろう? 指導係もいるところはいくらでもある。マイペースなところは除いて、あの吹奏楽でもパートの責任者はいるからな。部長以外に細かい指導をする人はいるんだよ。そういう意味で、後輩との垣根があるんだろうな。野球部は人数が少ないから部長と副部長だけでやっていけるけど、女子ってすぐグループに分かれるし、気に入らないと悪口言う子が混ざるからな。そういうのを調整できる人が自然とできてきたりする。指導係も男だとしゃしゃり出て勝手にやってるけどな。命令したくてしょうがないやつは必ずいるから」
「そうなんだ?」
「そう言えば、上の学年と下の学年がバラバラかもな」
「バスケとテニスの女子は集まるのもバラバラで顧問と話し合いが出来てなくて、信頼関係がないと言われちゃったの」
「それはあるだろうな。一之瀬の前の代からそうみたいじゃないか? 前の代の人が先生を信頼してなくて、どこかばかにする事を言ってたりすると、その下の学年も感化されて、いつのまにか馬鹿にするようになるみたいだからな。守屋がそうだったから」
「そう言われたら、そうだった」
「お前たちも細かく、メニューも決めてたけど、本来ならな、顧問がその都度、名前を呼んで注意していくんだ。絶えず動き回って、一人一人に気を配って、その都度直していく。お前のところはしてなかったみたいだな」
「そう言われたら、気が向いたときだけ寄って来て指導してたけど、みんな聞いてなかったから、そのうち、男子の方に行っちゃうかも」
「それだな。原因は」
「え?」
「しらけてるんだよ。お互いに信頼してないから、お互いに避けるようになっていくんだよな。会話が少ないとそうかもな」
「それは半井君も言っていたの。雑談に混ざるかとか、グループごとに話しかけているかどうかとか」
「してなさそうだな?」と聞かれてうなずいた。
「顧問と仲良くなるのは今更無理だ」
「そうかもしれないね」
「そこからやっていたら時間がない。ただ、後輩の指導係は決めた方がいいぞ。誰かいないのか?」
「風紀委員タイプの方がいいと言ってたけど」
「なら、適任者がいるじゃないか。2人にやってもらえ」
「え?」
「加藤さんと近藤さん。2人だ。二年生ももう部長候補を決めて仕切ってもらえよ」
「そっちは昔、一応決めて、後衛と前衛で決めてあるけど」
「じゃあ、そろそろ部長候補を決めてもらえよ。一年も同じようにリーダーを作れ。将来の指導係として二年も作っておけよ。それぐらいしか無理だ。あくまで応急措置だな。お前らが引退したあとはシステムを変えてもらえ。そうしないといつまで経っても部員数は増えないから」と言われて、それしかないかと考えていた。

 昼休みに小平さんと千沙ちゃんを呼び出して拓海君に言われた事を伝えた。
「そう言われたら、そうだね」と千沙ちゃんが考えていた。
「そのほうがいいかもしれないわね。私も下の学年にまで気が回らなかったし、去年も自分のことで精一杯だったもの。確かに顧問無しでもまとまるような体制がいるわ」と小平さんが言ったのでびっくりした。
「え、でも、あくまで応急処置で引退したあとは顧問の先生に頼んでそういう体制を作ってもらったほうが。コミュニケーションも取ってもらって」
「期待しない方がいいと思うわ」と小平さんが淡々と言ったのでびっくりした。
「その事は何度も頼んだわ。あの先生は頼めば動くけれど、その後の継続はしないもの。思いつきで行動はするし、新しい練習方法を他の学校の先生に聞いては取り入れていた時期もあったでしょう? でも、どれも中途半端に終わった。継続してくれた方がいい場合もあるのに、そのままにするところがある。全体的に引き締めてほしい時に、あの人はいないことも多い。男女別の顧問にしてほしいと頼んだけれど、引き受けてくれる先生がいなかったの。そういうわけだから、先生が代わるまでは応急処置でも、いなくても機能するようにしていきましょう。それから、一之瀬さんだけど、もう彼女のことはほっときましょう」と言われて、何も言えなくなってしまった。
「それはその都度考えようよ」と千沙ちゃんが取り成すように言って、
「いっそのことはずした方がいいのかも知れない。そのほうが練習がスムーズに行える。あなたの意見の方が正しいと思うのに、気に入らないようで、裏で言われるのは困るからね。公私の区別がつけられないようなら、部活に取っては障害だわ」と言い切ったので、さすがに驚いた。そうか、そう思っていたのに抑えていたのかもしれないなと何も言えなかった。

 碧子さんが橋場君と廊下で話しているのを見かけて、そばの男子がからかっていたので、どうしようか迷ってしまった。
「やめろよ」と橋場君が碧子さんを庇っていたけど、その手の動かし方が、なんだかおかしかった。
「あいつ、絶対女兄弟に囲まれて育ったよな」と後ろから拓海君が言って、そばにいた本宮君がちょっとだけ笑った。橋場君はちょっと女の子っぽい動きをしていた。
「本宮君まで笑うなんて」
「え、でも」と困っていた。
「でも、俺でもちょっとなあ。碧子さんは結構変わっているんじゃないのか?」と拓海君まで言ったため睨んでしまった。でも、意外なことに、
「やめてください」ときっぱりとした声が廊下に響いた。
「そういうことは言わないで下さい。どなたと付き合おうと私は自分のことは自分で決めていきたいと思います。それから、橋場さんは優しい人ですわ」
「優しいんじゃなくて、気弱いんじゃないの?」とばかにする男子の声が聞こえて、
「いいえ、この方は周りの方に気を使っているだけです。相手が言う事に反論しないのは、人にはそれぞれの意見があるからですわ。それはあなたの考えであって私とは違います」と碧子さんにきっぱりと言われて、さすがに相手がたじろいでいた。
「うーん、さすがにお嬢様も言うなあ」と拓海君が小声で言って、
「碧子さんは自分のペースで考えて自分の目で選んでいきたいんじゃないのかな。周りがどう言おうと、関係ないんだと思うな。意外としっかりしてると思う」
「ふーん。まあ、そうかもな。曇りのない目で見ればきっと、あいつも何かいいものがあるのかもな。バスケは内股で走るけど」と拓海君が言って、そばにいた本宮君が笑ったので、
「フェミニストなのに、そこで笑ったら駄目でしょう」と睨んだら、
「フェミニストの看板はずしたからいいよ」と言ったので、ちょっと驚いた。さっぱりした顔をしていたので、みんな色々あるなあ……と思ってしまった。

 小平さんが練習前に後輩の前で変更する事を伝えていた。一之瀬さんはまだ来ていなくて、
「早く始めてもいいかな?」と元川さんと百井さんが言いだして、
「始めたい人はどうぞ。一年生と二年生は今言ったとおりに、リーダーを決めてください。その後報告に来てください。千沙ちゃん、美鈴ちゃん、指導をお願いします。その後、練習に合流してください」と言われてうなずいていた。
 その後、一之瀬さんがやってきたけれど、前園さんは前のようには話しに行かなくて、何故か緑ちゃんも近寄らなかった。休憩中に小平さんと湯島さんから注意を受けていて、
「遅れたのは悪かったけど、そういう大事な事は早く教えてよ」と命令口調だったので、
「一之瀬さん」と湯島さんが見かねて名前を呼んだ。
「なに?」と気に入らなさそうにしていたら、
「一之瀬」と柳沢がそばに寄ってきた。そこから移動していて、
「後輩の親から苦情があった。前に問題があった生徒がまた、元の態度に戻っているそうですが、どうなっているのでしょうと聞かれてね」と言われて、一之瀬さんが気に入らなさそうにしていた。
「お前が反省し、謝罪したから受け入れたのであって、その態度が間違いだったと言うのなら、やめてもらうことになる。もちろん、試合には出られない」
「え?」とさすがの一之瀬さんが驚いていた。
「投書も入っていたそうだ。お前のことかどうかわからないが、『テニス部での居心地が悪くて、部活を変更できませんでしょうか』という内容だった。『3年生が絶えず争っていて、やっていても楽しくない』と書かれていたため、上からどうなっているかを聞かれた。これからは体制を変える事を言ったら納得してもらっているが、お前がまた問題を起こすようなら、これ以上は無理だ。どうする?」と聞かれて、一之瀬さんは拳を握っていたけれど、やがて力を抜いて、
「試合に出たいです。最後ですから」と言ったため、
「そうか、それなら、問題は起こさないでくれ。さすがにもう庇いきれない」と言って、男子の方に行ってしまった。
「庇ってなかったくせに」と一之瀬さんが言った言葉は聞こえていなかった。

 後輩から、色々苦情が出ていたようで小平さんが千沙ちゃんたちと話し合っていた。
「それから、技術面は無理。練習に集中したいから、選手以外で」と美鈴ちゃんから意見が出ていて、
「そうね」と困った顔をしていた。
「先生は二年生と両方見てほしいけれど、やはり私達からも指導した方がいいわね。でも、あの人たちじゃ」と緑ちゃんたちを見て困っていたので、
「菅原さんと室根さんと2年生に頼むしかないかもね」と言ったら、
「それしかないわね。交代でやりましょう」と小平さんが言った。
「緑ちゃんたちは? おしゃべりしちゃうからな」と千沙ちゃんが困っていて、
「休憩時間だけにしてもらうしかないわ。もう、そんなに悠長に言っていられないわ」と美鈴ちゃんに言われて、
「そうね」と小平さんが考えていた。

 緑ちゃん達も交えて話をしていたけれど、
「えー」とぼやいていて、一之瀬さんはもう帰ってしまったあとで、
「なんだか面白くない」と緑ちゃんが言ったため、
「話したいなら、やめたらいいだろう」と声がしたので振り向いたら、いつのまにか男子も練習を終えて部室の前に来ていた。大和田君が言ったようで、
「お前もバスケの女子と同じだな。邪魔しに来るなら来なくていいぞ。試合まで間がないから気が散るんだよな。後輩男子に話しかけるのもやめろよ」とはっきり言われて、
「え、それは……」とさすがの緑ちゃんが困った顔をした。
「小山内、部活は遊びに来るところでも、仲間の悪口を言い合うところでもないぞ。お前の場合はさすがに目に余るよ。前とはもう違うんだよ。俺たちに取っては最後の試合。ロザリーがいた時と心構えが違ってる。その後、受験もあるし、メリハリはつけていきたい。悪いけど、協力してくれ」と掛布君に言われて、うなずいていた。
「女子も同じだろ。必死なんだよ。近藤の気持ちは分かるな。小平もきっぱり対処しろ。どこかで遠慮してるから、そいつらがのさばるんだよ」と大和田君が素っ気無く言って行ってしまった。
「え、そんな……」と緑ちゃんが困っていて、そばにいた千沙ちゃんが、
「そうしようよ。最後ぐらいちゃんとした部活で終えたいから」と言ったため、なんだか寂しそうな顔でうなずいていた。

 拓海君に報告したら、
「仕方ないさ。本来なら、お前たちのほうが間違ってないのに、あいつらの方がどこか強気だったから、こうなったんだよな。普通は注意するやつが必ずいるし、うちは私語禁止の時間があるぐらいだぞ。バレーも同じ、すぐに走らされるから不真面目なやつなんて残らないよ。話したいならさっさとやめて友達と放課後ゆっくり話していればいい。もう、前とは空気が違ってるのに、まだ同じ事をするからそうなるだけだろうな。遊び半分でやってる時間はないって事を男子もお前らも分かってるからな。その子は自覚がなかったようだけどね」
「そうなのかもしれないけど」
「玉拾いを嫌というほどやらされるとか体育会系の洗礼を受けてないから、そういう甘い子も残るんだろうな」
「洗礼ってなに?」
「強い私立だとあるって話だよ。一年生の時に先輩が一人一人付いて徹底的にしごかれたり、一年生だけ校庭をずっと走らされて、やめろと言うまで続けるとか、そういうこと」
「根性を見るってことなのかな?」
「そういう部活はいくらでもあるさ。ようはやる気を見るんだよ。部活の方針がハッキリしてるんだよ。でも、テニスもバスケの女子もたらたらしていて、中途半端だったからそのままなんとなくの形でここまで来てるからな。それで注意する人がいなくて、一之瀬タイプがのさばっちゃっただけ。困ったもんだよ。部長とか、主将とかが厳しいとああいう反抗的なタイプは浮いてくるんだけどね。結局残してあるからな」
「前の時に反省したと思ったのに」
「無理だ。あいつの場合は客観性に欠ける。親も言ってたらしいぞ。近所の人に『うちの子は悪くないのに、巻き込まれただけなのに』と言って歩いたそうだ。それじゃあ、反省するわけはないさ。親がそういう態度だと子どもも同じだと思う」
「前に言ってたね。親の反省を見て子どもも直していくって」
「そういうことだ。だから、あいつの場合は無理かもしれないな。諦めるしかないけど、追い出す訳にもいかないからな。あくまで応急処置でなんとなくの形で終わりそうだなあ」
「そうかもしれないね」
「優先順位で考えろ。試合優先。それだけだ。ここまで放置してきて顧問が代わらない限り、体質が変わらない限り、無理だと思う」
「顧問が代わると違うの?」
「バレー部の女子の話を聞いてないのか? 別の場合もある。ある野球チームで顧問が代わった途端、意識がどんどん変わって行き、積極的な人しか残らなくなって、強くなって行ったそうだ。リーダーは大事なんだよ。ちゃんとした指導力がある人が引張ると違ってくるんだ。周りもやる気のある人だけが残り、だらだらしてた雰囲気はなくなるそうだ。永峯がクラスでコンコンと説教した話の受け売り」
「なるほど、納得」
「俺も納得するな。だから、あいつはがんばっているようだ。もっとも、強くなったかどうかは知らない」
「そうだよね。どうなんだろうね」
「弱すぎて練習試合の相手がいないらしい」
「え?」
「お前たちはしてるか?」
「前はしてたんだって。今はしてない」
「だろうな。結果が出なくてやる気なくしたかもね」
「そうなのかな?」
「だと思うぞ。一生懸命やってた時期もあるんだろうな。あの顧問」うーん、どうなんだろうなあ?

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