32

好き嫌い

 霧さんを呼び出して廊下で話をしていた。母が来てくれる日程を伝えておいた。
「テストの後だから」と言ったら、
「関係ないもん」と言ったので、唖然となった。
「どうせ進学するつもりないから」
「でも」
「やっても無理だって。私、漢字弱いし」と霧さんが言ったら、上から、手が出てきて、パシッと叩かれていた。振り向いたら半井君がいて、
「いつのまに」と言ったら、
「内緒話するな。俺を入れろよ」と言われて、困ってしまった。
「なんだよ、その顔」
「え、ちょっと困る」と言ったら、
「ふーん、あの彼氏に止められたのか? あいかわらず束縛するやつ。呆れるな」
「痛いよ、篤彦」と霧さんがぼやいた。
「弱いのは漢字だけじゃないだろうが、数字もアルファベットもお前は弱い」
「ははは」と笑って誤魔化していた。
「いいじゃないの。それぐらい。何とか生きていくから」
「中学校の勉強程度はやっておかないと将来苦労するぞ。俺も爺さんに怒られて、しょうがないから読書から始める。音楽関係は読んでるけどな」
「そっちの方がすごいと思うけど」と言ったら、
「興味があることがハッキリしてるよ。俺って好き嫌いが激しいんだよ。人間も何もかもが」
「食べ物も?」
「そっちはない。勉強も駄目だよな。日本の歴史なんて興味ないから」
「それは人それぞれだろうし」
「アメリカ史はやったけど、こっちは長いから」
「そういう問題なの?」
「何時代だろうが、やってること同じじゃないか、縄張り争いして、権力争いして、代わり映えしない」すごい事を言うなぁ……。
「そんなのこの辺りと変わらない。もっと仲良くやって行く方法とか教えた方が早いかもな。しかも教科書読んでノートに書いて、面白くもなんともない。ディスカッションすればいいのに」
「そんなに授業のやり方が違うの?」
「当たり前。ノート丸写し、丸暗記のテストなんてしてどうするんだよ。知識は増えても身に付いてないから自分の意見も持ってないし、コミュニケーションも言い分通すだけのやり取りなんて意味ないね」と言い切ったため、それが外人感覚なんだろうかと考えていた。
「それより、何話してたんだ?」
「お母さんが来るから、その話し合い」
「ふーん。いいけどね。お前、それより下調べして置けよ。こいつに期待するなよ。地図も見ずに動きそうだから、お前は自分のやり方で行かないと危ないぞ。全部人に聞いて何とかしようとする。日本と違って観光客相手でも平気で騙すやつがいるぜ」
「なるほど」
「それから、霧は置いていけ。お前は自分のコースを行けよ。やっぱり、心配だよな」
「一緒に行こうよ。それとカンパ」と手を出していて、
「親父さん説得しろ。それしかない。それか改めてバイトできる年齢になってからいけよ」
「えー、すぐに行きたい」
「せっかちなやつ。考えて行動しろよ」
「それなりに考えてるって」
「聞いたほうが早いと思ってるくせに。本を読んでも覚えてるのか?」
「それなりに」
「霧に振り回されるなよ。お前の場合は絶対に危ない」と言われて苦笑するしかなかった。

 昼休みに碧子さんがいなくて、沢口さんたちと話をしていた。
「卓球部は素振りが多いんだってね」と聞いたら、
「基本、基本って何度も言われる。何しろ、練習の場所も遠慮がちだから素振りが多いの。壁の方を向いてやってたら、外に出させられたの。バレーの男子がピリピリしていて」そう言えば、この間、機嫌が悪かったなと思い出した。
「負けてから、ああなんだよね。反対にバスケは練習熱心になった。私語がほとんどなくなってね。バスケの女子はだらだらやってるから、場所を空けてほしいってあちこちから苦情が来てるようで」
「そうなんだ?」
「テニスはいいね。校庭は広いし、野球部は人数が少なすぎてあまり場所を取ってやってないし、サッカーも同じようだよね」と聞かれて、そう言われたら、場所だけはあるかもしれないなと思った。陸上は隅の方でやっているし、
「柔道なんて、畳を教室に移動してやりたいと申し出ているんだって。ただ、教室がないし」
「そう言われたらそうだよね」
「物置を開けてくれと頼んだら、演劇部も狙ってたんだって。昔はそこでやってたみたい。美術部の場所を借りる時もあるけど、ほとんどが教室でやってるみたいだしね。吹奏楽だって、まとまって練習せずにパートに分かれて教室でやってるからね」
「そう言えば音楽室は使ってないね」
「人数が意外と多いしね。女の子が圧倒的に多いから真面目にやってるし、新聞部ももっと真面目にやればいいのにね」
「新聞部は誰かいたっけ?」
「部長が代わってから方針が変わっちゃって桃子ちゃんもやめたんでしょう?」そう言えばそう言ってた気がする。
「ちょっとかわいそうだよね。文化係もスポーツ係も、行事係も統合になったんだって。そのせいで面白くなくなった」新聞は文化系、スポーツ系などで紙面が分かれている。担当も分かれているんだろうなと思って、そのまま聞いていた。
「そういう理由なんだ?」
「そう聞いたよ。人数が偏りが出来たせいで統合したんだって、安易だよね。興味がある部門が違うのにね。文化係のコラムやポエムは面白かったのに。似顔絵コーナーも面白かったのにな」
「そう言えばそうだった」と思い出していた。最近の紙面はただの行事の報告ばかりで、あまり面白くないコメントが付け加えてあるだけだった。
「先生に怒られたぐらいで安易だ」と言ったので、そういうこともあるんだなと聞いていた。

「おーい。誰か、志望校決めてくれ」とそばの男子が言った。
「早いだろ。まだ、ゆっくり決めろよ。内申も関係あるぞ。二学期に絞込みでいいだろ」
「目安で勉強したい」と言い合っていた。
「夏休みで差が出るってさ。おれも塾」と言ったので、みんな考えているんだと聞いていた。
「俺さ、模試の結果がさぁ」と言ったため、あまり良くできなかったのかもしれないなと思った。模試は何度か受けるけれど、私の場合は英語検定のほうがいいのかも知れないなと考えていた。
「霧ちゃん、勉強はできないみたいなんだよね。このあいだ点数聞いてがっかり」とそばの男子が言っていた。
「30点以下ばかりだろう」と言ったため唖然とした。
「えー、そうなの? なんだ、知らなかった。王子は?」と女の子が興味津々だった。
「王子は数学が100。英語もいいらしいぞ。国語と社会はあまり出来ないらしい」と教えていた。

 碧子さんが帰る時に、呼び出されているのが見えた。本宮君が何か言っていて、碧子さんが後から出て行った。
「心配するな」と拓海君が寄って来て言ったので、
「え、でも」と言ったら、
「あいつもこの間の事は反省してた。ただ、納得できないらしい」
「どうしてかな?」
「言われてやめたらしいから、それでだろ」
「何を?」
「八方美人な態度。そういうのは好きじゃないそうだ」
「え、だから、フェミニストをやめたの?」と聞いたらうなずいていた。
「あいつもさすがに無理していて、『きつかった』と言ってたよ。ただ、やっぱりフェミニストな気がするんだよな、あいつの場合」
「そうなの?」
「結構、気づくぜ、あいつ。修学旅行のときも男子によく注意してた。布池が遅れがちで男子が怒ったら、さりげなく取り成していたし、それ以外にも女子と喧嘩しそうになったら、間に入ってたから。結構、いいやつだなと思ったよ」
「そう」
「でも、碧子さんはどうするんだろうな。ああいう部分を気づいてやればいいと思うのに」
「分からない。だって、そういうのは本人たちにしか」
「そうだよな。中々上手くいかないよな。それより、王子たちと何か話していたのか?」
「母が来るから一緒に会ってもらおうと思って」
「紹介するのか? やめろ」
「え、でも」
「あいつは紹介するな」
「あいつって、もしかして王子のほう? 違うよ。霧さんのほうだよ。彼女が聞きたいことがあるって言うから一緒に会うだけ」
「ふーん、なにを聞くんだ?」
「プライベートな事なので」
「お前は芸能人か?」と笑った。
「ノーコメント。でも、彼女もなんだか良く分からない。漢字は苦手なんだって」
「お前なぁ、あいつは漢字どころか」
「なに?」
「いいよ。そういうのは禁止だったな。とにかく、気をつけろよ。部活の方も勉強も、一緒にやろうぜ。どこに行くか決めた方がいいだろうし」
「えっとね、あまり一緒にできないかもしれない」
「なんで?」
「勉強はするつもりだけど、母との約束と知り合いとの勉強会に参加する予定で」
「勉強会?」
「そう、ごめんね。多分、無理。部活が終わってから参加したいと言ってあるし、ごめん」
「ふーん、大丈夫か? 間に合うか?」
「がんばるつもり」と言ったら心配そうに見ていた。

 テニス部で、一之瀬さんはおとなしくなっていた。柳沢から注意を受けたそうで、試合に出られなくなるのはさすがに嫌だったようだ。緑ちゃんは私語が減ったけれど話したため、美鈴ちゃんに怒られてしまい、最初はぼやいていたけれど誰も賛同もしなかったため、さすがに話すのをやめていた。二年生の選手候補もみんなと混ざって、美鈴ちゃんか千沙ちゃんが交代で指導していたけれど、そのうち、菅原さんたちと交代していた。休憩時間も小平さんや湯島さんが熱心に確認しあっていて、私は百井さんのフォームの直しを見ていた。
「大体、大丈夫そうだよ」と言ったらうなずいていた。彼女はかなりの数を打ち込んでいて、入らなくなるとフォームを直していた。
「サーブは安定してきたから、ストロークの方に比重を置いた方が」と言ったらうなずいていた。
「そっちのほうがいいわね。レシーブも安定してきたからね。後は?」と聞かれて、2人で考えていた。
「なんだか、あちこちで話し合ってるわ」と元川さんが相良さんと言い合っていた。美鈴ちゃんのところが納得できないようで何度も話し合いをしていても、上手くいっていなかった。
「うちなんて、聞いてももらえそうもないわ。フォームを注意しても聞きもしない」
「こっちも同じ。もっとしっかりしてくださいと年下に怒られて」と離れたところでぼやいていて、
「どうして勝てないんですか」と結城君がそばで男子に聞いていた。
「掛布たちに勝とうとするところがすごい」
「えー、やるからには一番を目指します。分かりやすい目標ですよ」
「だからって、教えるかよ」と3年生に言われて、
「えー、教えてくださいよ。先輩達後輩の指導はどうするんですか?」
「してるだろ。あいつらが」と選手以外を見ていた。
「女子よりはマシかもしれませんが、上達してませんよ。しかも、一年生の方に先生が付いているものだから、文句言ってましたよ」と結城君が呆れて見ていた。
「あの先生も露骨だよな。両方見ればいいものを」
「無理だよ。女子と男子を一辺に見られるわけないじゃないか。でも、男子の方だけにしてほしいと言ったら、他の先生たちが全部断ったんだってさ。『問題起こした部活の顧問なんて誰が引き受けるんだよ』って話らしいけど」
「言えてるよな。自分が放置したくせに問題が出たら逃げるなんて、先生としてちょっとな」と言い合っていて、そばで聞いていた、元川さんたちが、
「あの先生の言うことなんて聞きたくないわ」とぼやいていた。

 分かれて練習するようになり、2チームで分けるだけで基本と実践という分け方ではなくなっていた。一之瀬さんは何度か自分のやり方をしようとしたけれど、小平さんか百井さんがいると聞いてもらえなくなっていた。緑ちゃんたちも離れてしまったようで、雑談の時でさえ一緒にいなかった。一之瀬さんは菅原さんと室根さんと一緒にいたけれど、どこか合わないような感じに見えた。
「そろそろ、試合形式で総当りでやってみるか?」と柳沢が言ったけれど、
「いえ、それは今までの通りで」と小平さんが言って、
「男子もまだ、個々の練習で手一杯ですから」と掛布君が断ったため、柳沢がしょんぼりしていた。その後、一年生に行ったけれど、
「俺たちのペースでやっていこうぜ」と男子が言っていて、なんだか変わってきたなと見ていた。
 練習を終えて、一之瀬さんは室根さんとさっさと帰ってしまい、私たちは話し合いをしていた。
「どこが駄目なんだろうね」と湯島さんに聞かれて、
「小平さんの意見は?」と聞いていた。
「湯島さんは単調な気がするの。だから、試合をしても同じようなパターンで動いてしまって」と言ったので、
「うーん、あえて変化させてみるとか?」と千沙ちゃんが提案していた。
「そうだね。そうしてみようかな」と湯島さんが言っていた。試合形式の練習を最後に行うけれど、一之瀬さんが少しだけサーブの入る率が高くなり、調子がいいときだと負けてしまうことがあったからだ。
「それより、千沙ちゃんたちは?」と聞かれていて、
「美鈴ちゃんと意見が分かれてしまうの。結論が出なくて」
「とりあえず、保留にして、別の気になるところをやってみるとかは?」と湯島さんに言われて、
「美鈴ちゃん、一つの事にこだわるとずっとそこにこだわってね。そのまま前に進めないの」と困った顔で千沙ちゃんが答えていて、
「なんとなく分かる気がする」と湯島さんが考えるようにして言った。
「どうしたらいいかな?」と私に聞かれてしまい、
「いや、そういう問題は本人達で話し合わないと無理じゃない」としか言いようがなかった。
「そうだよね。困ったなぁ」と言われても誰も何も言えなかった。

 拓海君とテストの話をしていて、
「期末がもうすぐだから勉強しているか?」と聞かれて、うなずいた。さすがのこの時期だけは英会話の練習は控えて、テスト勉強に切り替えていた。まだ、どちらか決めかねているけれど、受験するにしてもどちらにしてもやっておいた方がいいだろうと父と半井君に言われていた。父は短期のものに切り替えなさいと何度も言っているけれど、私は現地に行ってから決めたかった。
「一緒にやらなくてもいいのか?」と拓海君に聞かれて、
「拓海君の受験の邪魔したくない」と言ったら困った顔をしていた。
「親父にそろそろ準備に本腰入れろと言われた。部活以外にもテストももっとがんばれと言われてね。確かに本宮もやり始めたからな。あちこち本気を出してきて」
「え、そうなの?」
「当たり前だ。内申もあるし、部活やめたやつも何人かいる。だから、本郷の順位が下がったんだよ。部活が終われば順位の変動がかなりあるぜ」
「そうなんだ」
「桃子もそれなりにやりだしたようだし、男子は結構考えているようだぞ。お前、大丈夫か? 旅行なんてしている場合じゃ」
「母とは相談しないと困るもの。進学するにもお金とか色々考えないといけないから」
「お父さんとじゃ駄目なのか?」
「父は何も考えてくれないから」
「え?」
「このところ、お酒ばかり飲んでいて、その後、体を壊して日曜は寝てばかり。家事もしてくれないからね」
「ふーん。男ならそれでも仕方ないんじゃないのか。仕事の付き合いだって」
「違ったの」
「なにが?」
「父は仕事の付き合いで飲んできたんじゃないらしいの。なんだか困ってしまって、おばあちゃんにも相談しないと」
「なんだよ、何かあるのか?」
「父の場合はお金とか貯めてないようで」
「ふーん、そうか。それも困ったな。じゃあ、お母さんに相談するしかないよな」
「ごめんね」
「いや、そういう事情なんだな。じゃあ、しょうがないな」と言われて、いつ、打ち明けようか考えていた。


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