34

話し合い

 テニス部の練習を休んで、霧さんと母と食事をしていた。母に説明を終えたあと、霧さんが質問攻めだった。けれど、
「それぐらいは聞くだけじゃなくて、本などで調べてからにして」と母にきっぱり言われて、
「えー、読んだけどいまいち、よく分からなくて。活字見ると眠くなるし」と霧さんが言ったため母が呆れていた。
「元気があっていいと思うけれど、全部を答えられないわ。他の人を頼って。私は詩織と行動する事になると思うから」
「えー、頼りにしてたのにな」と霧さんに言われて、母は困った顔をしてから、
「別行動でないと時間が足りないの。詩織はこっちに長くいられないと言っているから、スケジュールも大体決めてあるから。そっちの都合には合わせられないわ。ガイドもできない。『ついでに観光スポットも』なんて言っていられないの。そういうことは詩織がこっちに来てから時間を作ってしていきたいから。あなたの希望には添えないわ」とはっきり言ったので、さすがに向こうで暮らしているだけはあるなと思った。
「なんだ。困ったなぁ」と霧さんが言って、母はため息をついていた。
「友達ぐらいは紹介してあげるわ」
「やった」と霧さんが喜んだら、
「安心するのは早い。日本と違って、そこまで親切な人は少ないわ。ある程度は自己責任で動くことが当たり前よ。それにお金もいるわよ。移動するにも英語は必要。私がそこまで責任は持てないわ。親に付いて行ってもらいなさい」
「え、だって、未だに反対しているし」と霧さんがぼやいたら、
「呆れた。それじゃあ、困るわよ。ちゃんと了解を取ってもらわないと誘拐になってしまうわ」と言ったので、
「え、いくらなんでもそこまでは」と言ったら、
「未成年者を親の了解も無しに連れまわしたらそうなるわ。だから、了解を取ってからじゃないと宿もお貸しできないわね。残念だけど」ときっぱり言われて、
「えー」と困っていた。
「そういうことだから。時間がないので、その話はまた今度」と母に言われて、
「いくらなんでもちょっと」と言ったら、
「これぐらいはこっちでは普通よ。自分から相談に行かないと誰も助けてくれないわよ。確かに親切な人も多いけれど、自分で動いていかなければ置いていかれるわよ」
「そうかもしれないけれど」
「失礼だけど、英語も話せない未成年者が一人旅をできる国ではないわよ。ましてやあなたは女の子でそれだけ綺麗なのだから、襲われる心配がある。ご両親とそのことをよく相談して」と母に言われて一理あるなと思いながら聞いていた。霧さんがトイレに行ってしまい、
「きつくないかな?」と聞いたら、
「彼女には悪いけれど、気軽に使えるガイドだと思われたら困るわ。ゲストとしてもてなす事はするけれど、あなたと打ち合わせしないといけない事はいくらでもあるでしょう。だから、甘い考えで来られても責任は取れないわ」
「きっぱりしてるね」
「こっちでは普通。自分のことは自分でやる。それが原則よ。子どもでも同じ。人権が日本と違うからね」
「え、そうなの?」
「人種問題もあるし、子どもの犯罪も日本と比べると多い。麻薬も簡単に手に入るところなのよ。銃もあるし。あの子は背も小さいし、綺麗だから簡単に襲われてしまうわ。ご両親が付いていくのがベストだと思う」
「そうだね。困ったね」
「それより、決めたの? 手紙に色々書いてあったわね」
「その辺は現地を見てから決めたいの。おばあちゃんは反対してるし、お父さんはやっと短期のものならいいぞと言い出した。でも」
「そうだったわね。私もできれば中途半端ではなくきちんと将来を見据えて考えていきたいと思うわ。一応、聞いてみたのよ。子どもさんを抱えている家はいくらでもあるし。そういうことは家に帰ってから話しましょう。それより、拓海君とはどう?」
「教えてもらってばかりいる」
「そう。今度の事は相談は?」
「まだ、教えてないの。ちゃんと決まってからにしたいと思って」
「あら、言ってないの?」
「相談は別の人にしているの。手紙に書いたでしょう? 帰国子女の」
「ああ、その人ね。拓海君には言っておきなさい。そのほうがいいわ」
「彼に心配かけたくないの」
「あら、どうして? 言っておいたほうがよくないかしら?」
「迷惑掛けてばかりいるし、きっと反対すると思うから」
「それはそうでしょうね。彼氏としては面白くないでしょう。別れる事になるわけだから」と言われて、窓の方を見た。
「辛くなるかもしれないけれど、高校に行ったら、会えなくなってしまうものね」
「それはそうだと思う。部活も忙しいだろうし、そうしたら多分……」
「残念ね。せっかく再会できたのに。いい子だし」
「私、もう迷惑掛けたくないの」
「あら、どうして?」
「だって、怪我までさせてしまって」
「あれはあの子たちが悪いんでしょう」と怒り出したので手でなだめた。
「お母さん、怒りすぎ」
「今思い出しても腹が立つわね。あの子、まだやってるんですってね」
「どの子よ」
「母親とついてきた子。勝手に家の中じろじろ見て、トイレを借りたあと、何したと思う? 部屋を勝手に見回っていたわよ。どういうしつけしているのかしら」
「え?」
「足音忍ばせたって分かるわよ。あの子、かなり、困った子ね」うーん、そこまでしていたのか。だから、わざわざ付いてきたんだな。反省したわけじゃなかったんだ……。
「二階までは行かなかったようね」
「あの人のことはもういいよ。テニス部でも見離し気味で」
「当たり前でしょう。あの子、クラスでも浮いているんですって。今度は隣のクラスだからよく知らないようで」
「何のこと?」
「永井君の姪御さん」
「お母さん、いい加減、そういうスパイみたいな事はしないでください」
「いいじゃないの。面白がってたわよ」
「人のことは言えないじゃない」
「心配だからしているの。あら、遅いわね」と母が入り口を見た。そう言えば、霧さん、遅いな。と思ったら戻ってきて、
「後ちょっとで来るから」と言ったので、
「だれが?」と聞いてしまった。
「篤彦」と言ったので頭を抱えた。霧さんの家の近くということでファミリーレストランに来ているけれど、半井君の家からもそれほど遠くはなかった。
「わざわざ呼ばなくても」
「だって、困ってるからさぁ。彼女の一大事と言ったら、普通来るでしょう」
「あら、恋人なの?」と母がうれしそうに聞いていた。
「の、一歩手前」と言ったため、なるほどと思いながら聞いていて、
「どう言う人なの?」と母がうれしそうだった。仕方なく説明し始めた。

 半井君が手を上げて入ってきて、周りがじろじろ見ていた。背が高いし、あの顔だから見ているようで、
「はじめまして」と母に挨拶していた。さすがにその姿はいつものぶっきらぼうな態度ではなくて、きちんとしていた。挨拶を仕込まれていると思った。それから私を見て、
「似ているな」と笑った。
「そう?」
「ああ、色々似てる」と言いながら席に座わろうとしたので、
「ああ、席替わるね」と移動した。半井君は霧さんの隣に座り、私は母の隣に移動した。
「さっきのことだけど、いきなり『ピンチだから来て』と言うなよ。せっかく本を読んでくつろいでいたのに」
「いいじゃない。彼女のピンチ」
「どこが彼女だ。勝手に思い込んでるだけだろ」と素っ気無く言っていた。
「お母さんの前だからってそんなつれなくしないでよ」と霧さんがいつものように腕を叩いてじゃれている感じだったけれど、半井君は相手にしていなかった。
「違う。お前の思い込みでクラスでうるさくなったからな」
「ふーん。そうだっけ?」と言い合っていた。
「それで、彼をわざわざ呼んだわけはなに? 彼氏のご紹介をされても困るけど」と母が笑っていた。
「そうだよ、いきなりなんだよ。『一緒に旅行に行こう』って言われても知らないぞ」
「だって、行ってくれると言ったじゃない」
「旅行代を出してくれたらという話であって、そこまでの具体的な話じゃないだろう。親父はきっと出してくれないからな」
「あら、よかったらどうぞ。英語が出来る彼氏同伴なら少しはいいかもしれないわね。ただ、ご両親の了解は絶対条件だけど」と母が笑った。そういう問題だろうか。2人っきりで中学生が海外旅行した方が危ないじゃないかと……と思いながら見ていたら、
「えー、こいつと旅行したらこき使われるし疲れるよな。わがままだし、言いたい事を言うし、詩織なら考えてもいいけど」とこっちを見られて、
「し、しおりー!」と驚いてしまった。
「あら、なにを驚いているの?」と母に聞かれて、
「呼び捨てで呼んだこともないでしょう?」と慌てて聞いたら笑っていた。
「そろそろいいだろ。せっかくお母さんも来ているし、これからよろしくお願いします。ボーイフレンドになるかもしれないので」と笑ったので唖然とした。
「あら、いいわね」と母がのんきに笑っていて、私は頭を抱えていた。

 話し合った結果、霧さんは両親に了解を取った場合にのみ宿を提供する事になった。しかも、ガイドは、
「こっちの信頼できる人に頼んでみるわ。ボランティアで留学生を案内している人はいるけれど、今から探せるかどうか分からないし」と母に言われて、
「見つからなかったら、篤彦、お願いね」と半井君が言われていたけど、
「観光だけならまだいいけど、お前の道案内はしない。母親の居場所もよく分かってない状態で行っても空振りに終わるだろうから」
「そうねえ。家出人なんて山ほどいるし、誘拐も多い国だから警察も当てにならないわよ。情報が見かけただけじゃ、危ないわね」
「だから、観光も兼ねるんだってば。楽しそうな場所だし」と霧さんが楽しそうに言って、
「お前は気楽過ぎる」と呆れていた。
 霧さんたちと別れて、車に乗り込んでから、
「ねえ、あの子」と半井君を見ていた。
「ああ、ちょっと変わってるでしょう? 王子と呼ばれているから」
「あら、面白いあだ名ね」
「別荘みたいな家に住んでいるし、元々は貴公子と呼ばれてたの。でも、性格が良く分からない」
「そうね。でも、きっと、あの子」
「なに?」
「あなたのことが好きなんじゃないの?」と言われて、噴出した。
「何言ってるの? さっき、言ってたじゃない。霧さんと彼が恋人寸前で」
「霧って子があの子を気に入ってるのは分かったわ。そうじゃなくて、彼の方はあなたの方が気になるようね」
「それはないよ。からかってばかりだし」
「ふーん、そうなの? 私にはそう見えたんだけどな」
「冗談言ってないで、家で相談したいことがあるから早く帰ろう」
「そうだったわね。私の勘は良く当たるんだけどね」と首をかしげながら車のエンジンをかけていた。

「自由の国か」とお茶を飲んでぼんやりしていた。母が説明する間、何度もそう言ったからだ。
「校則だってこっちとは違う。服装もね。制服があるところもあるけれど、公立なら私服だし」
「え、ないの?」
「日本とは違うわよ。日本って、色々制約が多いと思うわ。大雑把な人や縛られるのが嫌いなタイプにはアメリカの方が向いている気がするわね。ただね、その分だけ責任も掛かってくるわよ。日本とは細々した事は違うようね。こっちはよく知らないけれど、周りの話を聞いていると、どちらも大変な事には変わりないみたいね。日本と違って、生活を楽しんでいる人は多いし、家族との時間も大事にするし、その辺は慣れていけば分かるわ」
「そうなんだ? 戸惑わない?」
「私は順応性はあるみたいね。負けず嫌いでどんどん聞いていったから、それは驚かれたわ」
「そうなんだね」
「父親しかいなかったから、私一人でやってきてしっかりしてると言われていたし」
「お爺さんは今は?」
「あなたが小学校の時に。お祖母さんは私が大学の時ね。病気よ」
「そう、残念だな。会いたかったのに」
「お墓参りにぐらいは一緒に行かないとね。報告しておいた方がいいかもね。私もすっかりご無沙汰でおばさんに任せたっきりで、挨拶もしておかないとね」
「そう」
「聞いてみたら、公立の方はかなりの数の日本人の子どもがいるそうよ。英語が母国語じゃない人のクラスに入り、徐々に馴らしていくみたいね。いきなり話せるわけはないからね。補習に通う人もいるけれど、人によって違うみたいね。その辺はその都度考えていきましょう」
「そうだよね。日本に戻ってきちゃう人もいると言ってたよ。語学の壁って大変なのかな?」
「そう言えば、尾花沢さんのお嬢さんがそういう集まりの会を紹介してくれたんでしょう?」
「夏休みに彼女と一緒に行くつもり。霧さんも高校から向こうに住むつもりなんだって。だから、慣れておいたほうがいいからって」
「そう。子どもから大学生や大人も混じるみたいね。でも、それでもいいわね。子どもの発音から馴らしていくのもね」
「そうかな?」
「英語では赤子みたいなものでしょう? 絵本からやっていく感覚ね」
「中学生の英語じゃ無理かな?」
「そうでもないと思うわ。日常会話程度はそれでも十分かもしれないわ。ただ、仕事をする場合は綺麗な発音を求められるから、その辺は甘くはないわよ」
「そうなの? お母さんはどう?」
「確かに発音は最初は駄目だったわ。子どもの頃からこっちにいる人の方がすんなり身に付くみたいね。変な癖はないし」
「そういうものなんだ。英語の授業はどう聞いても発音がジャパニーズイングリッシュなんだよね。語尾まではっきり発音して、キャーントなんて言わないって、誰かが言っていて、確かにテープとは違うから。最近はテープを使ってやっているけれど、それもかなりゆっくりでしょう? 実際って早口なんだってね」
「日本人はゆっくり話すものね。早口かもしれないわ。でも、いいと思うわよ。最初はゆっくりでいいし、留学生も多いみたいだから、そういう人たちと交流してもいいかもしれない。ゆっくり決めていきましょう」と言われてうなずいた。
「進路希望の調査があるの。二学期には決めないとね」
「最終じゃないんでしょう?」
「最終は願書提出までと言ってた。友達にお姉さんがいて教えてもらったの。年末には決めないといけないと思うから」
「それは国内の場合でしょう? 向こうだとどうでしょうね」
「調べないといけないね」
「あなたはどうしたいの?」
「公立は義務教育なんでしょう? お金が掛かるのは困る」
「あら、大丈夫よ。それぐらいは用意しておくわ」
「でも、お父さんが」
「あの人は無理よ。聞いたらはぐらかす。『母さんに聞いてみないと』と逃げたからね。みんなは小さい頃から用意しておくらしいわ。こっちは私立に行く人は少ないそうね。一部の高校を除いてほとんどが公立に行くと聞いたわ」
「そうだと思う。蘭王に行く人は別。赤瀬川もそうだったと思う。でも、後は公立の順位で決まっていくんだって。成績表をみながら先生と話し合うと聞いたけど」
「ふーん。まあいいわ。お金が掛かっても将来の事を考えたらね。大丈夫よ。何とかするわ」
「おばあちゃんの入院費も掛かってるみたいだね。だから、仕送りしてたんでしょう?」
「そういうことは心配しなくてもいいの。そういうこととは別でしょう? 大学までの費用を考えておかない理由にはならないわ。困った人よね。貯金も期待できないでしょうね。生活費は?」
「ある程度もらってるけど、残りはお父さんが管理してたから」
「あなたが管理していた方がよほどよかったわね。飲み歩いてバカみたいよね。身体まで壊して」
「お母さん、そのことは」
「いいのよ。言っておいたほうがいいわ。分かってないのよ。いつまでも詩織に家事をやらせて自分の面倒をみてもらおうと思っている気がするもの。自立してもらわないと」
「え、でも、ご飯とかは、困るだろうし」
「おばあさんがここに住めばいいでしょう」
「でも、向こうを離れたくないだろうし」
「離れて住むからよけいにお金が掛かるのよ。仕送りまでしてね。あなたは心配しなくてもいいわ。話はつけるから」
「喧嘩しないでね」
「分かってるわ」と元気よく言ったので、きっと喧嘩するだろうなとため息をついた。

 母は一度、出かけたあと、戻ってきて父と話をしていた。やはり喧嘩していて、
「えっとですね」と何度も軌道修正しなければならなかった。
「あなたはそういう態度だから、詩織が困るんでしょう」
「お前みたいは怪物にしたくないだけだ」
「あら、どこが怪物よ」
「えっと、話を元に戻しましょう」と何度も言ったけれど、説明するのにすごく時間が掛かってしまった。
「そういうわけだから、了承してよ。それから、3者面談はあなたじゃ心配なのよね。私が決めるからあなたは報告だけでいいわ」と言ったため、
「なんだよ、俺は父親だぞ」と父が言ったけれど、迫力でかなり負けていた。
「何が父親よ。貯金はいくらぐらい都合が付くの?」と聞かれて、父はたじたじになっていた。

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