37

息の合わせ方

 登校して机に教科書を入れていたら、半井君が来て、手招きしていたので、仕方なく外に出た。
「早いね」と言ったら、
「疲れたから、早めに言いたかっただけ」と言った顔を見て、何があったんだろう?……と思ってしまった。少し移動して人が少ないところで話していた。
「結論から言うと人数が2人増えた」
「え、どうして?」
「あいつの母親まで付いてくるってさ。しかも観光ツアーを申し込んで行こうかとのんびり言っていた。金が掛かるというのに」
「それじゃあ、意味ないんじゃないの?」
「いいんじゃないか。空いた時間に人探しするならそのほうが気楽だぞ。会えなくても観光はできる」
「今から間に合うの?」
「無理だろうな。ツアーの安いのだと埋まってると思う」だろうね。
「あの親子は気楽だよ。反対していたくせに、理由を聞いて自分も行くと突然言い出した。父親に相談もせずに安受け合いしてたから、さすが親子だと思った。疲れた」
「そう」
「心配ではあるが、現地で合流することもないかもな」
「え、どうして?」
「空いている日程で探すしかないさ。ツアーならな」そう言われたらそうだった。
「今からあるかどうかは知らないけどね。一緒に行くとなると航空券の手配だけで済むけれど、英語ができないのんきな親子が行ってもおのぼりさんだから、危ないと思うね。ガイドを頼むにしても、その人の交通費や謝礼だって払わないといけないと言うのに」
「そうだよね、大丈夫かな?」
「さあな。知らないよ。勢いで、ツアーを探すとわめいていたけどな。今日ぐらい頼みに行くんじゃないのか」
「え、早くない? お父さんは了解してくれたのかな」
「あの母親じゃ、多分押し切るね」
「そんなに強かったの」
「だから、こうやって誰かに話してるんじゃないか。疲れた。現地で一緒になったら振り回されるぞ」
「そう言われても、増えちゃったのは仕方ないじゃない。大勢の方が楽しいかも」
「逆だ。マイペースで傍若無人な女が2人いてみろ。振り回されるに決まっている。逃げよう」と言ったので笑ってしまった。
「現地では別行動でしょ」
「飛行機でも泊まる所も一緒というのはね」
「え、一緒に泊まるの?」
「あれ、頼んでくれたんじゃないのか?」
「てっきり友達のところに泊まるんだとばかり。そのほうが楽しいだろうし」
「泊めてくれるやつもいるけどな。どうせなら、一緒にいたほうが何かと便利だと思う」
「そう?」
「そういうことで言っておいてくれ」
「今日帰る予定だから、手紙になるかも」
「ふーん、まぁいいや。何とかなるだろう」
「霧さん、大丈夫かな?」
「さあな」と嫌そうな顔をした。

 テストの出来の話をしている人が多くて、
「これじゃあ、俺、間に合わないかも」と焦っている声が聞こえた。
「俺もだよ。今から塾に申し込めとうるさくて。お前らは?」と聞いていた。公立にいくのなら英語のテストがあると聞いている。私もちゃんとやっておかないといけないなと考えていた。比重としてはどうしたらいいかなとぼんやりしていたら、
「どうかしました?」と碧子さんが聞いてきた。
「一緒に勉強する人が多いね」
「いえ、暑いものですからクーラーがある図書館はいっぱいだそうですし、知り合いのところで一緒にと言われまして」
「環境は大事なのかな?」
「それはあると思います」
「そうだよね。うちも暑そうだな。かと言って涼しいところなんてなさそうだし」
「詩織さんは山崎さんとはご一緒しないんですか?」
「えっと、多分無理。迷惑掛けたくないし」
「あら、そうですか?」と聞かれてうなずいた。
「当たり前よ。あれだけ差があったら当然よ」と小声で言った声が聞こえて、
「そうよね。下から数えた方が早いんでしょう」手越さんたちに言われてしまった。
「え?」とさすがに驚いたら、
「それはお前らの成績だろう?」とそばの男子に笑われていて、
「失礼ねえ。もう少しいいわよ」とにらみ合っていた。パシっと手で軽く叩かれて、
「そういう事を教室でも言わない。お前ら、呆れるよな。三井は知らないけど、手越、宇野は言うのはやめておけ」と拓海君が止めていた。
「どうしてよ」と三井さんが笑っていて、手越さんは小さくなっていた。うーん、態度が変わっている。
「さあな。自分で考えてみれば分かる。詩織は相手にするな」と寄って来て、
「そう言われても」としか言いようがなくて、
「がんばっていきましょう」と碧子さんに優雅に言われて、
「そうだね」とうなずいた。

 球技大会の練習をするため、昼休みにやっている人もいた。桃子ちゃんも付き合っていたけれど、大変そうで、
「バスケにすればよかった」とぼやいていた。全員参加が原則のため、一つの試合で選手交代が無制限だったからだ。そうしないとサボる人がいくらでもいるためらしい。
「バスケなら立っててもボールが来ないかもしれないけれど、バレーだとアタックがある」とそばでぼやいていた。私は人数制限のためじゃんけんに負けてバスケに回されていた。バスケの方が楽だという噂が流れた去年は逆だったけれど、今年はなぜか希望者が多かったようだ。
「バレーだとすぐに交代できるからと聞きましたわ」と碧子さんが言って、
「逆なんじゃないの?」と言ったら、
「バスケの責任者の先生は厳しいですから。すぐに交代させると怒られたそうです」なるほど、それで。
「どっちも変わらないって」とそばの女の子が笑っていた。

 結城君が試合をしているのが見えて、
「生意気」と掛布君に言われていた。
「ふん、挽回してやる」と言われていても、結城君がちょっとうれしそうだったので、早速成果が出てきたんだなと思った。
「あれ、変だぞ」とそばの男子が言いあっていて、
「そろそろ、試合をしてみて、どれぐらいなのか確認したいわ」と一之瀬さんがぼやいていた。
「男子に協力してもらおう」と言ったら、さすがに一之瀬さんが驚いていて、
「2年生のペアの子借りてもいいかな?」とそばの男子に聞いた。
「佐藤兄弟がいいんだけど」とリクエストしたら、掛布君に話しに行って、手で丸を作っていた。
「佐藤君と一之瀬さん対戦してね」と言ったら、
「ふーん」と言ってから位置についていた。
「また、変わった事をする」と後ろの男子に言われてしまった。小平さんがチラッと見ていて、
「大丈夫なの?」と聞いてきた。
「途中経過を知ってもらおうと思っただけ。小平さんのペアは金久君のペアに協力してもらおう」
「え?」と小平さんも驚いていた。金久君に頼んでみたら、意外にもあっさりオーケーをもらった。その後、小声で頼みごとをして、
「いいけど、容赦なく行くぞ」と言われてうなずいた。結局、一之瀬さんたちの隣で小平さんも試合をすることになった。
「うーん、なんだかよく分からないな」と後ろで言い始めた。一之瀬さんは例のごとく、ストレッチするのさえも忘れて夢中になっていた。強打ばかりし始めて、
「相良さん」と呼んだ。
「冷静になるように話しかけて」と頼んだら、
「えー、無理」とぼやいていた。その間にも佐藤兄弟は打ち合わせするように何か言いあっていた。一之瀬さんはそれを見てはよけいにイライラをつのらせていった。
「なんだか、全然駄目ですね」と後輩が言いあっていた。その後、一之瀬さんは簡単に負けていた。
「もう、あなたのせいよ」とまた相良さんのせいにしていて、挨拶もしていなかった。
「一之瀬、挨拶ぐらいしろ」とそばの男子に怒られてしまい、渋々挨拶していた。
「結城君のところはまだやっているというのに、あっけない」と後輩の女の子に言われていて、
「佐藤君」と声をかけた。
「なんですか?」と2人が同時に振り向いた。息、ぴったり。
「あの2人、崩しやすかったでしょう?」と聞いたらうなずいていた。
「何度も話し合っていたけれど、あれはなに?」と聞いたら、
「いえ、作戦じゃありません。あの先輩のペースに巻き込まれないように、ミスしたら声を掛け合ってただけです。それを先輩が勘違いしたみたいで、頭に血が上って自滅したようですね」と言われてしまい、そばの男子が笑っていて、
「何がおかしいのよ」と一之瀬さんが怒り出した。
「反省点」と一之瀬さんに聞いたら、
「え?」と驚いていて、
「反省点、3つ挙げて」と言ったら、一之瀬さんが苦い顔をしていた。
「相良さんは?」
「私はちゃんとやったわよ」と怒っていて、
「なんですって」と一之瀬さんとにらみ合っていた。
「一つで十分じゃないか」と男子が笑っていた。
「どう言う意味よ」と一之瀬さんがすごい剣幕で、
「怒るのをやめたらいいってことだ」と言われて、ハッとなっていた。せっかく弘通君が注意してくれたことも忘れてしまったようで、
「そういう事だよね。注意点は3つ。必ずストレッチを入れること。相良さんの方から駆け寄って、フォルトしそうな前に声をかける。後は」
「後は?」
「強打を減らすこと」
「なるほどな」と男子は言ったけれど、
「ふーん」と一之瀬さんは気に入らなさそうだった。
「佐藤君たち息ぴったりだね。どうして?」と後輩の女の子が聞いていて、
「相手の考えていることが分かるから」と軽く答えていた。
「え?」とさすがに相良さんがびっくりしていて、
「それって、そんなに重要?」と室根さんも聞いていた。
「当たり前ですよ。自分ならこのタイミングで言ってほしいなって事を、してもらえますからね。そうすると冷静になって試合に集中できます。絶えず集中していられるほど、俺達、人間ができてませんから。まだ、中学生ですし」と言ったため、一之瀬さんが考え込んでいた。
「相手の考えが分かるって、双子ならではだね」
「普通じゃ無理だよね」と言い始めて、
「えー、だから話し合う必要があるんじゃないの? 相手の考えてることなんて、すぐにわかるわけないじゃない」と後輩が言いあっていた。一之瀬さんはちょっとだけ私の方を見ていた。

「篤彦、いる?」と霧さんが美術室にいきなり入ってきて、
「なんだよ、帰ったんじゃないのか?」と半井君が聞いた。
「ツアー、キャンセル待ちしかないってさ。お金が掛かるのはパスだし。他の都市も回るのだと母親探しができそうもないしねえ。格安ツアーだと全部埋まってるってさ」
「当たり前だ」
「だから、どうしたらいい?」
「俺に聞くな。方法は二つ。キャンセル待ちをするか、航空券を確保して自力で行くか」
「じゃあ、手配して」
「俺に言うな」
「英語話せない」
「その程度で行くな。別の機会に海外旅行に行け。何も今すぐでなくても来年ゆっくり母親とツアーにいけ。それで解決だ」
「冷たい、彼女なのに」
「それよりなんで制服じゃないんだ?」と聞いた。霧さんは私服だった。
「一度帰った」
「戻ってくるなよ。邪魔するな」
「えー、いても立ってもいられないんだもん」
「お前って、せっかち。しょうがないな。母親に言って、旅行会社に手配してもらえ。航空券。それで後はガイドを頼め」
「お金ない」
「ボランティアでやってくれる人をつてを当たって頼むしかないな。それでも、その人の交通費がいるぞ」
「そうだけど、ねえ、篤彦も一緒に行こうよ。それでバス乗り継いで」
「やだ。それぐらいだったら知り合いと車で行った方がマシ」
「じゃあ、そうしようよ」とそばに寄ってきて手を持って甘えるように言った。
「無理。気安いぞ、この頃」
「最近冷たいね。キスまでしたじゃない」
「ここで言うな。ただでさえ、クラスでもうるさくなって」
「いいじゃない、彼女になっちゃえば」
「軽く言うな。俺の好みを無視するな」
「あれ、好みと違うの? 結構、気が合ってるじゃない」
「もう少し女らしい方が……。もっと、背はすらっとして、細身で」
「えー、詩織の方が近いじゃない。背が低くてもいいじゃない、この辺で補うから」と胸を叩いていた。
「そういう態度に色気がないんだよ。子どもにしか見られないだろうな。向こうに行ってもね」
「え、そう?」
「アジア系は年より若く見られる。その分、舐められやすい。お前って絶対危ないよな。来年にしておけ。以上、離れろ」と手を振り解いていた。
「冷たーい。でも、そこもいいよね」
「お前の場合は懲りないな。結構振られたんじゃないのか?」
「うーん、そうだっけ? 年上ばかりだったし」
「そうだろうな。お前を甘やかしてくれるやつはそうなるだろう」
「甘やかす?」と言いながら霧さんが半井君の手を触っていたので、
「手を離せ。それからお前は自力で何とかしろよ。俺はお前のために行くわけじゃない」
「え、違うの?」
「目的が違う。友達に会いに行くから」
「じゃあ、ついでに」
「方向が違うのに、ついでになるか」と払っていた。
「冷たいな。王子らしくないよ」
「王子の看板下ろした。本宮と一緒」
「なんで?」
「うっとうしいから。俺は王子になった訳でもないけどな。勝手に言ってくれて。クラスでも王子と呼んだら睨むようにしたらやめたから、お前もやめろ」
「どうして?」
「別に」
「あれ、篤彦変だね。そう言えば何描いているの?」とキャンバスを覗き込んだ。
「あれ、真っ白」
「考え中。デッサンならそっちにあるが、お前は見るな」
「けちー」
「あっちに行ってろ。お前はサックスの練習をしておけ。せめて、そっちでがんばってくれ」と言われて、
「つまらない。せっかく、彼女が遊びに来たのに」と部屋を出て行った。
「勝手に彼女にしてくれてね」と言って、スケッチブックを手に取った。
「まったく……」中を開いて見ながら、
「あいつは黙っているといいけど」とそこに描かれた絵を見比べていた。

「まだまだってことね」と小平さんが疲れていて、湯島さんが座り込んでいた。
「結構いけると思ったのに」とうな垂れていた。
「言ったとおりやったぞ」と金久君が寄って来て、
「ありがとう」とお礼を言った。
「え、何か頼んだの?」と美鈴ちゃんに聞かれて、
「湯島と小平のお見合いコースを狙った。後は揺さぶりを掛けろってさ。バックに弱いからサーブはミドル多め。だったよな?」と聞かれてうなずいた。
「そういうことなのね。なんだか、あれこれ楽しんでやられた気がしたけど」
「別に楽しかったからいい。格下相手だと自分のペースに持ち込めるし、色々試せたから」と戻ってしまった。
「すごい、舐められてる」と元川さんが睨んでいた。
「しょうがないわね。まだまだってことね」と小平さんに聞かれて、
「それだけじゃないけど」と言ったら、
「そうね、いっぱい参考になったわ。パターンを使い分けろってことでしょう?」と聞かれてうなずいた。
「え、そういう意味なの?」と湯島さんに聞かれて、
「色々な攻撃をしてほしくてわざと頼んだの。向こうも使ってみたかったようで、やってくれたの」
「そうなんだ」と湯島さんが考えていて、
「がんばりましょう」と声をかけていた。

「理由って、なにかな?」と千沙ちゃんが美鈴ちゃんに聞いた。
「なにが?」
「試合させた理由。私たちも頼もうか?」
「まだ、納得できてないうちから、やっても」
「でも、何か分かるかもしれないし」
「私は反対」と言われてしまい、
「考えるよりやってみるというのもいいと思う。少なくともあの一之瀬さんが考えていたよ」
「あの人とは性格が違うから」
「でもね、こうやって話し合っても」
「もう少し練習させて」と美鈴ちゃんに言われて千沙ちゃんはそれ以上言えなくて、困った顔をしていた。

 練習後は小平さんに湯島さんがあれこれ聞いて話し合っていた。
「ねえ」と相良さんが一之瀬さんに話しかけた。
「なに?」と素っ気無く顔も見ずに返事をしていて、
「直してほしいところがあるの。聞いてもらえないかな」と相良さんが少しだけ低姿勢で言ったのをちょっと考えてから、
「そうね」と言って外に出て行った。
「喧嘩しないかな?」と千沙ちゃんが心配そうで、
「それより、百井さんたちはやらなくてもいいの?」と聞かれてしまい、
「あら、うちはその都度考えてきたわよ。今はその時期じゃないわね」と私に言われてうなずいた。
「そう、ならいいけど」
「みんなのところと違って、そういう部分は直してきたつもりよ。後は個人で直していく問題があるからね。そういうことでそっちとは違うから。それより、サーブの強さとかコースをもっと狙えるようになりたいわ」と言ったので、
「そう、なんだか考えてやってきているのね」と小平さんに言われて、
「課題は課しているわ。いつもね。そうじゃないと進んでいかないから。お先に」と行ってしまった。
「あっさりしてる。さすが」と室根さんが言って、
「うちは話し合いたくもないけどな」と元川さんがぼやいていた。彼女が出て行ってから、
「矢上さんにペアを交代してくださいと言われたらしいよ。あの子、きついね」
「どうしてかな?」
「『話し合えない人と組んでも時間の無駄です』と言われたんだって。ちょっと、すごすぎ」
「へー、先輩に容赦がなさ過ぎるね」と室根さんが驚いていたけれど、
「逆だと思うわ。私たちのやり方がふがいないと言われたもの。昔、佐倉さんが提案していたことも途中で駄目になっていき、一之瀬さんに振り回されて、それでうまくいかなくなったのは先輩の責任ですと怒られてしまったの」小平さんがちょっと落ち込むような態度だったのでびっくりした。
「不満、持ってたんだね」
「でもさ。何とかやっていくしかないよ。あと少しだもの」と千沙ちゃんが取り成すように言った。

 拓海君にさっきあった件を報告しておいた。さっきのは拓海君からアドバイスがあったため、そうしたからだ。
「助かった。百聞は一見にしかずという意味が分かったよ。ごめんね。色々考えてもらって」
「いや、考えたのは別のやつ」
「え、誰?」
「王子」
「ふーん、どうして直接言わなかったんだろう?」
「違う。バレーの男子に言ったんだよ。練習試合に負けた理由だよ。弱点を狙われたのは正反対のチームのペースにはまったって。だから、テニス部でも同じように正反対の格上のペアとやれと言っただけ。又聞きで聞いた事をテニス部で応用しただけ。あいつって、意外と色々見てるし気づくな。ちょっと面白くないけど」
「そう?」
「どこか上から目線だ」そう言われたらそうかも。
「ただ、女子は『さすが王子』と見直してた。男子がぼやいてたよ。『顔が違うからって態度が違いすぎる』とね」
「そんなに違うかな?」
「お前ねぇ。結構、重要だぞ。バレンタインで人気があったやつの顔を思い浮かべろ。小学生時代は省く。その時は目立つやつがもらってたからな」そう言われたらそうだったかも。
「そう言われたら、結構見た目が重要かも」
「だろ? 俺ももう少し背が高かったらな」
「あれ、そんなにもらいたかった?」
「違う。あいつから見下されているようで気に入らない」
「そう? 結構、優しいのかもしれないよ」
「わがままなだけだ。結構きついぞ、あの王子。日によって態度が変わるってさ。この間は機嫌が悪かったらしくて、女子も男子も話しかけられなかったと言ってた」
「どうしてだろう?」
「芥川がしつこくしたからと聞いたけど、でも、違うようだぞ。よく知らない」
「ふーん。ねえ、そう言えば、双子ってそんなにお互いの気持ちって分かるのかな?」
「一緒に住んでるからだよ。離れたら違ってくるかもな」
「え、そうなの?」
「お互いに個性を出したいと思い始めると髪形や色々な部分で変えていくみたいだぞ。区別してほしくなるらしい。ただ、中学までは一緒になるからね」
「そう言われたらそうだね。同じ場所で似たような会話をして」
「それでも別々の友達が出来れば顔も性格も変わってくるし、そばに兄弟がいればその影響もあるからな。佐藤兄弟は比較的、淡々としているから。ただ、不思議な話は双子は多いけどね」
「え、どうして?」
「まえの学校にいたよ。同じ場所ばかり怪我していたやつ。挙句が盲腸になったら、同じように痛くなって入院」
「えー、すごいね」
「遺伝子は一緒だからな。ただ、食べるものも一緒だから」
「そう言われたらそうだったね」
「同じ人は好きになってなかったようだから、その辺はどうなんだろうな」
「なるほどね。佐藤君達って組んでそれほど間もないのにね」
「男子は早めにペアを決めてただろう? それに指導もしてるようじゃないか」
「そうなのかな? よく知らない」
「すぐ隣なのに見てないのか?」
「自分たちで大変だったよ」
「だったな。とにかく、後は自分達で考えさせろ。お前は自分を優先。それから王子と密談するな」
「密談と言われても」どうしよう、言った方がいいのかな? と考えていて、
「あいつに振り回されるな。どうせくっつくのは時間の問題なら、お前は離れろ」
「霧さんのお母さんって知ってる?」
「豪快なお母さんだという噂ならな。後知らない」
「そう」
「綺麗とは言いがたいらしい」
「え、そうなの?」
「普通のおばさんだと言う話だ。きっと、父親似なんだろう」そうか、みんな知らないんだ。
「お前のところは性格は似てないからな」
「あの人はせっかちだと思うし、てきぱき型。父とは正反対かもね」
「お父さんはどうなんだよ?」
「押しが弱いしね。言ってもあまり動かない。一人だと家事もできないかも」
「ふーん、それで大丈夫なのか?」
「え、どうして?」
「高校や大学に行って、その後結婚する時、大変じゃないか? 親と同居しないといけないのか?」
「さぁ、そこまで考えていないし、結婚なんてまだまだ先で」
「そうか? 10年もしないうちにしていると思うぞ」
「そう? 男の人は遅いんでしょう?」
「同じ年だから、25までには考えないといけないんだろうな」
「へ?」とびっくりしてしまった。
「なんだよ?」と普通に聞かれて、今のは空耳だろうか……と見てしまった。
「なんだよ、その顔は?」
「え、だって、今の」
「別に一応考えてみただけ。聞き流せ」と言われて、
「一応と言われても」
「別にいいだろ。お前も早く思い出してくれないと困るよな。色々と」
「えっと、なにを?」
「約束。大事な約束しただろ?」
「だから、なに?」
「自力で思い出そうね、詩織ちゃん」
「うーんとね」と考えてみたけれど、
「駄目みたい」
「少しぐらいは思い出せ。色々やっただろ。おまじないとか」
「おまじない?」
「泣き止むようにいつもやってた。それも忘れてるんだな。まぁ、いいや。その内思い出してくれ。10年間かけて」
「10年? どうして?」
「適齢期だから」うーん、聞くのが怖いなぁ。
「そういう顔をしない。なんだか、俺っていじらしいよな。小さい頃の約束を守ってね」
「約束したの?」
「思い出すまで言わない」
「困ったなぁ。なんだか、思い出さないといけないみたいだね。うーん」
「がんばってくれよ。せめて、高校に受かってからはデートもいっぱいしたいし」
「え、でも……」
「高校に入ったら、あまり会えなくなるかもしれないからな。その前に」
「えっとね、拓海君、私」
「とにかく、そういうことでよろしく。俺もそれまでに結果を残さないとな。練習と勉強、どっちも手を抜けない」と言われて、なにも言えなくなった。

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