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花が咲く

 一之瀬さんの外人の恋人の話は廊下のあちこちで噂になっていた。
「外人と」「あの人が?」という声がいっぱい聞こえていた。
「本当みたいだぞ。しかも、ロザリーの紹介だってさ。ありえないよ。外人だとああいうタイプでもいいんだろうか?」とそばの男子が言いあっていて、
「この時期に余裕だ」
「あいつ、受験が危ないよな」と言われていた。
「外人はすごいね。かっこいいかな?」と女の子が言いあっていたけれど、碧子さんの方が気になっていた。本宮君のそばに女の子達がいて、楽しそうに話していたけれど、本宮君が困った顔をしていた。
「なんだか、複雑」と言ったら、
「あら、どうかしました?」と碧子さんに聞かれてしまった。
「あちこち、花が咲いているから」
「花ですか?」
「春みたい」
「夏ですわ」と言われて、
「そうだね」と考えていた。旅行の用意を早めにしておかないといけないなと思った。霧さんたちは慌ててパスポートを取ったそうだ。母からの手紙で航空券の手配とガイドが見つかった事は二人に報告しておいた。
「親が勉強しろとうるさくなるそうですわ」と碧子さんに言われて、
「桃子さんにお聞きしましたの」
「そう」
「桃子さんはコラムを書くのに忙しかったようですし」
「コラム?」
「新聞部が人数が減ってしまって、あまりに評判が悪かったため、元の部員にコラムや4コマ漫画を依頼したそうです」
「そうなんだ?」
「新しい新聞に出てましたから、見ておいてくださいな」
「そうする」
「漫画の方は男子に頼んだそうですが、断られたそうです。須貝さんが駄目だとおっしゃって」
「え、どうして?」
「親にしばらく禁止と言われたそうですわ。受験をがんばりなさいと言われていて、あの方も私と同じ学校を希望されています。詩織さんもですか?」と聞かれてうつむいた。
「あら、違いますの?」
「あのね、私」といいかけたけれど、
「あの人ねえ、リッキーって言うんだって」と三井さんが大声で叫びながら入ってきて、
「えー、そういう名前なんだ」とみんなが興味津々だった。
 
 昼休みの間、あまり勉強している人は少なくて、私はぼんやりしていた。スケジュールも考えてくれたけれど、半井君には「友達の話を聞いたほうがいいから、一緒に」と言われてしまい、スケジュール調整の手紙を出さないといけないなと思った。先方の都合もあるだろうし、と考えていたら、
「今度はなんだ?」と拓海君が目の前に座った。
「碧子さんは楽しそうにしてるようだな。反対にあいつは浮かない顔をしてるし、あれはなんだろうな?」と本宮君を見ていた。
「無理だよ。なんだか誤解していたから。碧子さんは怒ってたよ。中途半端な態度が許せないって。誠実な人が好きみたい」
「ふーん、いいけど。あいつとは裏腹に向こうはデートするってうれしそうだ。その後、一緒に勉強しようって周りがお膳立てしてた。でも……」
「仕方ないよ。自分でいいと言ったんだから」
「そういう問題か? どう見ても、気が乗らなさそうだ」
「心配なの?」
「ちょっとな。あいつもそこまで悪いやつとは思えないからな。見た目で誤解されているだけだと思う」
「そう」
「バスケの時も、人前では取り繕うタイプなのに、いつもと違ってたぞ。碧子さんが気になって見ていたから」
「そうだったの?」
「あいつも運動神経いいからな。ちょっと心配だよな」
「そうかな? 向こうの方が心配」と廊下を見た。一之瀬さんが囲まれていたからだ。
「あれはほっとけ。盛り上がった方が面白いと周りが言いあっている。久しぶりの明るいニュースだそうだ」明るいんだろうか?
「俺たちもデートしないといけないよな」と耳元で言われて、
「ははは、そんな余裕なし」と言ったら、
「部活終わったらしようぜ」と言われたけれど、
「ごめん、用事」と断ったら、
「最近、そればっかりだよな」とぼやかれてしまった。

 部活に行っても、まだ、あの話で盛り上がり、
「えー、やだ」と元川さんが男子と言いあっていて、美鈴ちゃんが余裕がなくて、
「大丈夫?」と千沙ちゃんに聞いた。
「納得できないと言ってるの」
「選手決まってしまったのに?」とそばにいた相良さんが驚いていた。
「補欠が矢上さんじゃないからいいじゃない」
「でも、お情けのようなものだしね」と困っていた。試合結果は接戦の末、矢上さんが勝ったからだ。でも、柳沢の「加藤と近藤で」の一言でひっくり返されてしまい、相当不機嫌な顔になっていた。両方とも不本意だろうなと思った。
「納得できるところまでいかないと引退できないのかもしれない」と千沙ちゃんが困っていた。
「何が問題?」と聞いたら、
「動きとか、色々。私の意見とは違うから、でも、彼女に合わせても勝てなくて」
「なんとなく分かるかも」と相良さんが考えていた。
「千沙ちゃんは合わせなくてもいいんじゃないの」と言ったら、
「えー、それじゃあ合わなくなるよ」と相良さんが笑った。
「いいよ、合わないなら、合わないままで。前衛が動いて後衛がそれに合わせてもいいと思うよ。やりたいようにやってみれば。お互いの好きなようにやってみて、駄目だったら諦める」と言ったら、みんなが笑った。
「楢節さんの受け売りだけどね」
「なるほどね。どっちも試してみてということだ」
「今更、やるの?」と相良さんが呆れていたけれど、千沙ちゃんは決心したように美鈴ちゃんの所に行った。

「結城、最近、パターンを変えてきたけど、どうしてだ?」と掛布君が聞いていた。
「先輩の裏をかいただけですよ」と言っていたけれど、
「いや、何か知恵をつけられたな。佐倉」と聞かれて、そっぽを向いた。
「バレバレだ。なにを教えた」と大和田君にまで言われてしまい、
「掛布君の真似しただけ」と言ったら、
「なんだよ、それ」と呆れていた。
「後は弱点コースね」
「あー、駄目ですよ。教えたら」と結城君が止めていて、
「弱点コース?」と2人が考えていた。
「ないぞ、そんなもの」と掛布君が言ったけど、
「どうしてもその玉だとムキになるコースがあるんだよね。その後、崩す」
「教えたら駄目です」と結城君が怒っていた。
「いいじゃない。自分でも作戦考えないと。当日の対戦相手は掛布君達じゃないよ」
「分かってますよ。得意パターン5つ用意しておけと言われて、嫌というほどやってます」と言ったので、
「なんだよ、それ、教えろ」と掛布君に脅されていて、
「言いませんよ。僕の指導を怠った先輩に」
「ほー、いい度胸だな。みんな、押さえつけろ」と掛布君に言われて、結城君は逃げ出して3年生に追い掛け回されていた。
「逃げ足は速いな」と遥か遠くに逃げおおせた結城君をみんなが笑っていて、
「呆れるんだけど」と元川さんも笑っていた。結城君達が戻ってきて、
「教えろ」と掛布君ににらまれていた。
「だから、言われたんですよ。勝ちパターンを用意しておいたほうが、何かといいって。だから、試しているんですよ」
「お前、呆れるぞ」と男子に脅されていた。
「しょうがないじゃないですか。いざという時に使えるものはいりますよ」と言いあっていた。
「そう言われても、今更間に合わないじゃないか」と男子がぼやいていた。

 一之瀬さんは楽しそうにみんなになにがあったか報告していて、周りは興味津々で聞いていた。
「ふーん」と美鈴ちゃんは離れてコートに行ってしまった。千沙ちゃんが追いかけていて、
一部の生徒もコートに戻り始めた。
「のろけじゃないか。外人がいかに優しくエスコートしてくれたか、『綺麗だよ』と言ってくれたかばっかり」と男子がぼやいていて、
「いいじゃないか。機嫌がいいまま引退してくれたら、それに越したことはないぞ」と小声で言いあっていた。
 練習試合をやっていたけれど、矢上さんは面白くなさそうで、
「よほど、負けたのが悔しいんだね」と言われてしまった。百井さんは矢上さんを崩すのが得意のため、毎回、割とすぐに終わってしまうからだ。
「一之瀬さんが絶好調だけど、何かが怖いよ」と元川さんが他人事のように言っていて、矢上さんと千沙ちゃんたちが対戦していたけれど、今度は接戦だけど、矢上さんの方が押されだしていた。
「ふーん、この間のはまぐれだったのね」と言われていたけれど、
「相良さん」と小平さんに注意されて練習に参加していた。

 夏休みまであと少しという時に、拓海君から、
「英語ばかりじゃなく、数学やれよ」と言われて、
「そうだね」と考えていた。
「夏休みの模試に違いが出るぞ」と言われたけれど、
「そのうち」と答えた。
「そのうちじゃ駄目だ。やれ」と言われて、
「はーい」と返事だけしておいた。
「あちこち、本気モードだぞ。お前も部活終わってから大丈夫か?」と聞かれても何も言えず黙っていた。
「通知表が怖い」とそばの男子が言いあっていて、
「親の方が怖いよ。近所の母親と競いだして、あちこち探りいれてるみたいだ。それまで仲良くしてたはずなのに、なんだか、怖いよ。周り、全部敵なのか?」
「大げさだな」
「親の方が焦られると俺も困る」
「でもさ。うちの親がさ。電話しているのが聞こえて、ちょっと困った」と言いあっていた。

 なんだか暑かったので、廊下に出ていたら、
「用意したか?」と後ろから小声で聞かれて、
「まだ」と振り向かずに返事した。
「暑さボケか? 日本って、湿気で滅入るよな。俺は苦手だ。逃げたくなってきた」と半井君に言われても、
「いいね。第二の故郷があって」
「お前の田舎は涼しいか?」と聞かれて、
「一緒、湿気はどこでも同じだよ。涼しいといえば涼しいかもね。ちょっと遠いけど」
「俺の爺さん、こっちに住んでるからな。母親の親も田舎じゃないからな」
「そう」
「お前って」
「なに?」とそのままの体勢で聞いていたら、
「彼氏が睨んでるぞ」と言われて振り向いた。でも、誰も見ていなくて、
「騙したの?」と聞いたら笑っていた。
「いい加減、本当の事を言え。そのほうが何かと楽だ」
「でも、中途半端な時期に心配かけたくないし」
「違うだろ。反対されるのが困るんじゃないのか? 決心が鈍るとかそういう理由だろ」と言われて、見透かされているとは思いながらも黙っていた。
「当たりか。まだ、迷ってるのか?」
「そう言われてもね。あなたとは違うし」
「俺も同じだよ。結構、選択肢としては重要ポイントだぞ。将来なにになるかで決まってくるし」
「そう?」
「向こうに行くにしても、どこで受験勉強するかは重要さ。よりいい環境を選びたいからな」
「それはそうだけど」
「後は別の場所で話した方がいいな、うるさいやつらが寄って来た」と言われて、そっちを見たら、ひそひそ女の子たちが言いあっていた。
「恋人宣言したんでしょ。そっちに行けば」とわざと言って逃げようとしたら、
「無理」と嫌がっていたけれどほっといて逃げた。

 教室に戻ったら、拓海君が寄って来て、
「試合まで間に合いそうか?」と聞かれて、
「もう、開き直るしかないと思う」と言ったら、
「だよな。なんだかあちこち気になるけど、納得できるところまでいってないけど、しょうがない」
「バスケでもそうなの?」
「言い始めたら限がないさ。後は試合であがらないこと」
「それが一番難しい」
「大丈夫じゃないか。今度は絶好調な女がいるわけだから。少なくとも口で攻撃はしてこないだろう。自分が幸せのときならね」
「え、そういうものなの?」
「人の幸せを妬むのは誰でもあるようだな。だからとしても足引っ張る理由にしたら駄目だと思う。俺はそういうやつは駄目だ」
「そう」
「チームの足引っ張るだけだろう? 結局、自分にも降りかかってくるぜ。いつかね」
「そういうものなんだ?」
「当たり前だ。悪口や陰口はそのままの形で伝わるとは限らない。言われた相手も弁解しようにも口に出さないやつだっているから、そういう悪口を言った相手を避けて、抗議しないままのやつもいくらでもいる。相手が泣き寝入りしたとしても納得した訳じゃなくて嫌がられるから、見えないところで敵を作っていくんだよ」
「そうかもしれないね」一之瀬さんだって、結局、例の事件のこともばれてしまって、反省しようとしていた時期に処分を下されてしまって、後輩たちの不満がピークになってしまっていた。因果は巡ってくるのかもしれない。
「しかたないさ。自分のプライドを守るためかもしれないが、結局自分を傷つけていると俺は思うから」そういうことかもしれないなとぼんやり考えていた。

 部活ではやっと和気あいあいとした雰囲気に戻り、選手も真面目にやっていて、休憩中は明るかった。メリとハリがハッキリしていて、男子は顕著だった。
「おい、やるぞ」と大和田君が一言言うだけで、みんな動き出していて、すばやかった。半井君が言いたかったことはこれなんだな、とやっと分かった気がした。風通しのよさって重要なんだと思った。少なくとも休憩時間にもピリピリしていたら、部活としては楽しさはないし、強くはなれないのかもしれないなと思った。もっと、上の上の方のレベルの人たちって、どうなんだろうな?
「ねえ、ここの部分はもっとさ」と美鈴ちゃんに千沙ちゃんが何か提案していた。
「すごいね、選手として出るわけじゃないのにさ」と相良さんがバカにするように言ったけれど、
「納得して終わりたいだけよ。本人が納得することができればいいんだと思う。高校に行って続けるかもしれないからね。ここで終わりじゃないもの。テニスだけじゃなく、人間関係もね」と小平さんに注意されて、その通りだなと思った。部活を引退するだけであって、千沙ちゃんと美鈴ちゃんだけの話ではなく、今後の自分の考えにも関わってくるからなのかもしれないなと思った。試合に出られないから、練習しないというのは美鈴ちゃんに取っては分からないだろうなと見ていた。
「自分で納得か。それって結構重要ですよね。試合に出るにしても、いつかは負けたりする訳ですし。それをその後の自分にどうつなげるかですよね」といつのまにか結城君まで加わっていて、
「結城君が、ちょっと大人びたね」とみんなが笑っていて、
「これでも努力しましたよ。クラスのみんなとまんべんなく、女子も男子も話したり話しかけたりするようにしました。楢節さんを目指してがんばらないと。あの人はみんなに話しかけられていましたからね。先生にも」
「え、じゃあ。全教科100点に近いの?」と元川さんに聞かれて、
「その辺は今は大目に見てください」と言ったため、みんなが笑っていた。

「結城君ってさ。結局、誰と付き合ってたの?」と後輩の女の子に元川さんが確認していて、
「え、それは、よく知りませんよ。でも、確かに二谷さんとは満更でもなさそうでしたが、結局、上手く行かなかったようですね。水泳部の女の子とも付き合っていたそうですが、現在、仲良くしている子とは、勉強友達だそうです。相手の子が先輩に告白されたそうで、その子が結城君に相談したら、『付き合ったら』と言われちゃったようで」
「え、それってひどくない?」とみんなが言い出した。
「え、どうして?」と聞いたら、
「鈍い」と笑われてしまった。
「だって、『どうしよう?』って聞く時点で、もうさぁ」と元川さんが笑って、みんながうなずいた。
「探りを入れているんだと思います。相手が自分をどう思っているのか。でなければ、普通は男子には相談しません」と後輩に言われて、なるほどね……と思いながらうなずいたら、
「佐倉先輩は山崎先輩とどうなんですか?」と聞かれてしまい、むせてしまった。
「無理よ。見て分かるじゃない。進展してないと思うよ。デートもしてる暇はなさそうだし、一緒に勉強しても手も握らなさそう」と元川さんに断言されてしまい、困っていたら、
「当たりみたいですね。顔が赤いですよ」と後輩に言われてしまい、恥ずかしかった。

「一之瀬は今日も一目散に帰ったのか?」と帰る時に拓海君に聞かれてうなずいた。
「男子のそばで色々話してたよ。女の子達は噂で知ってるから、元川さんぐらいしか近寄ってなくて」
「そうだろうな。下手に機嫌を損ねたら困るから、このまま行ってほしいと思っているだろうから、刺激したくないんだろう」そうかもねえ。
「それより、半井とあまり話すな。噂になるとうっとうしいぞ」
「どうせ、すぐ夏休みになるし」
「あいつがどこに受験するかうるさかったぞ。あいつ、どれぐらいなんだろうな?」
「知らない」
「ふーん。国語が危なさそうだよな。間に合うのか? 帰国子女って大変だな。勉強とか遅れがちかもな」
「そうなのかな?」
「だと思うぞ。現地の学校とは授業レベルが違うだろうし、受験だけ考えたなら、日本の学校の方が有利かもしれないぞ」
「そうなのかな? よく分からない」
「向こうでは出来たのかもしれないな。あいつもね。大変だよな、親の都合でこっちに戻ってきて、それに合わせて受験しないといけないんだからな」と言われて、その通りだなと聞いていた。

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