目撃

 霧さんたちは昨日、親子でサンタモニカに行き、再度母親探しをしたけれど、結局見つからなかったようで、くたくたになって帰ってきて、まだ寝ているようだった。
 週末は母と一緒に行動することになっていた。母は昨日帰りが遅かったので、話が出来なくて、朝にメモを渡して説明した。その後、
「色々、用意しておくものがあるわね。待ってて」と言ったあと、すばやく紙に箇条書きで書き出して、次々電話していった。その間そばに付いていた。
「相談に乗ってくれる人がいるから大丈夫よ。こういうことで世話をしている古くから住んでいる人がいてね、その人の家に取りに行けば、大丈夫そうよ。書類の見本などもあるそうだから」
「見本?」
「そう、日本とシステムが違うから、相談を良く受けるそうで、前の人が作った見本があるそうよ。あちこちの日本の企業の駐在員の中ではつながりはあるようだけどね」
「そうなんだ?」
「ほとんどの人が戸惑うみたいね。私が来たころはもっと日本人がいなくてね。日系人の人によく助けてもらったわ。ただ、それも人によるけど」
「そうなの?」
「それはアメリカ人だって同じよ。親切な人もいるし、ほっとく人もいるってだけの話。顔が似ているから日系人ならと思って話しかけたけど、結構素っ気無くされちゃったこともあるからね」
「そういうものなんだ?」
「祖国がアメリカだと思っている人もいるから。こっちは大変だから少しでも溶け込もうと思って、日本人と言う意識を捨てるのかもね」
「うーん、よく分からない」
「そういうものよ。色々な人がいるってことは覚えておいてね。いじめなど問題はない学校みたいで安心したけれど」
「いじめもあるんだ?」
「そこまで深刻にはならないわ、こっちはすぐに訴訟に発展しかねないもの。ただ、小競り合い程度は見つからない範囲ではあるそうよ。考え方が合わなければ、話し合えばいいけれど、それをしない人も中にはいるようだし」
「そうかもしれないね」
「それも自分の力で乗り越えていけるようにしていきましょう。今度はそばに付いていられるもの。力になるから。日本にいたら私は目が届かないもの」
「それがこっちの学校に誘った理由なの?」
「そうね、それが一番強いわ。あの人のそばに置いておけないしね」
「お父さん、どうすると思う?」
「会社の寮に入ればいいじゃない」
「そういう年じゃないよ」
「そうだったわね。仕方ないわ。自分で何とかしていくわよ。あなたがいないとやっていけないようじゃ情けないわ」それもそうだな。
「あのお母さんに泣きつくわよ。毎回そうだから」
「え、そうなの?」
「自分で決められないの。散々アタックして付き合ってくれとしつこく言って来たのは虚勢を張ってたのかもね」
「あの、そういう話はちょっと」
「他にもいっぱい申し込まれたのよね。あなたもちゃんと選んでね。半井君はどう?」
「ない。あの人年上キラーだって。それに拓海君がいるし」
「そう? 拓海君と離れちゃうのよ」
「いいよ、それでもがんばるしかないもの」
「無理しているんじゃないの?」
「それはあるよ。いっぱい聞きすぎてちょっと心配になってきたこともあるけどね。日本にいても同じだと開き直る事にした。みんなと離れて、また、一之瀬さんみたいな人が必ずいるだろうし、そういう人とまた色々あるだろうから、こっちにいても同じだと思う。言葉が通じるかどうかは重要だけど、知りたいこともあるし」
「知りたいこと?」
「お母さん、日本に帰ったら話を聞きたい人がいるんだけど」
「あら、誰?」
「紹介してね。お父さんに話すとややこしくなりそうで」
「あなたも変わってきたわね。再会した時となんだか違っているわ」
「楢節さんのお陰かもしれない。一番は拓海君のお陰」
「そう、分かったわ。できることがあったらいいなさい。協力するから」と言われて、
「ありがとう」と笑ったら、母もうれしそうに笑っていた。

 2人で出かけて、あちこちの人に会った。こっちでの生活面、勉強の事について、ほとんどの人が最初はちんぷんかんぷんだけれど、がんばるしかないと学校以外でも努力をしたそうで、
「企業のつながりの勉強会があったから、それに参加したの。そういうのがない人は補習やサマースクールなどに参加していたみたい」と言われて、
「サマースクールはどうなの?」と母が聞いていた。
「学校によって違うって聞いた」と相手の子が答えていて、彼女は中学生からこっちにいるようで、
「もうすぐ帰っちゃうから、勉強しないと」と言っていて、
「いいなぁ。こっちの高校の方が楽しそうだから」と言ったため、人によって言うことがバラバラだなと思った。

 ランチを食べながら、
「意見バラバラだね」と母に言ったら、
「そんなの当たり前よ。経験してきたものが違うから意見も違って当然」と言われて、同じ帰国子女でも尾花沢さんと半井君はそう言えば違うなと思った。
「凄く苦労したと言う人も入れば、楽しかったと言う人もいるわ。プレッシャーを感じるタイプもいれば、それが凄く楽しみと言う人もいるわね。霧さんも同じみたいじゃない。楽しそうでいいわね。ただ、遊びに来てる感覚はちょっと呆れたけれど」
「昨日はさすがに怒られたから、ちゃんと人探ししたみたいだよ」
「甘いわね。一緒に久仁江さんがついてきてるから、真面目にやるわけないじゃない。『疲れた、暑い、休む』ばかり言っていそうね」
「そうかもしれない。そう言えば荷物を持たなかったら、日本からぼやいていた。いちいち半井君に聞いていたけど、彼はあの親子に冷たかったの。勝手に婚約者にされたことも関係があるのかもしれないけど」
「婚約者?」
「そう言ってたよ。席が隣だったからそう教えて貰ったの。久仁江さんが、外国人がボーイと呼んでいたのを真似してそう彼をそう呼んだら嫌そうな顔をしてたし、それで説明してくれたの。結婚すればいいという話から、勝手に婚約者になってるって」
「ちょっとすごいわね。彼は断ったんでしょう?」
「でも、久仁江さんはすぐその気になって、すぐ忘れるからって霧さんが笑ってたから、冗談かもね」
「ふーん。あの子と一緒なら安心よね」
「どうして?」
「相談相手はいるでしょう?」
「そうだけど、それを言ってたら、お母さんが言ってたように強くはなれないよ。押しの弱さ、普通の成績、片親、将来の事を言ってたでしょう? さすがに考えさせられた」
「ああ、それね。あれはあの人を説得するために考えたの。でも、自立してほしいのは事実よ。でも、こっちなら目が届くから色々アドバイスして上げられる。それが一番の理由」
「そうだったの?」
「英語が話せるとどこまで有利なのかは分からないわ。でも、私はそれでこの仕事に就けたからね。あなたもがんばってほしいわ。大変だけどね」
「そうみたいだね。『とにかく、がんばるしかない』と言った人と、『なんとなく覚えていくって』とのんびり言った人と色々いたね」
「ああ、それね。多分、勉強に力を入れていなければそうなるわ」
「え、どうして?」
「公立って進学率が良くないの。だから、無理して私立に入れるから。日本人学校に行ってても、遊んでる子もいるわよ。三上君はそうだから」
「三上君って、久実さんの弟の事?」
「そう。彼、かなり勉強しないらしいわよ。遊んでばかりいるって。でも、日本に帰るだろうからそれまでの辛抱だと言ってたけどね。こっちで嫌がらせにあったようね。そういう人もいるわね」
「そうなんだ」
「仕方ないわ。英語が笑われて面白くないとぼやいてばかりいたけど、久実さんと性格が違うからね。彼女は現地校だけど、三上君は日本人学校に転校したそうよ。でも、すっかりひねくれてしまって、親も手がつけられない状態みたいね。彼を一人、家に残しておくことが心配で一緒に連れてきたけど、目に余ったわね。学校でもああだそうよ」
「日本と同じなんだ?」
「ストレスが溜まりやすいから、日本人学校だと、日本と同じようにいじめのようなことはあるようね。ただ、そういう部分のフォローはしてくれるそうだけど、こっちでは責任問題に発展すると大変だからね。日本人が増えていくだろうから」
「え、増えるの?」
「そうね。そう聞いたわよ。これから増えるだろうからって」
「ふーん、そうなんだ」
「日本の企業のオフィスも増えてきているわ」
「ふーん。ねえ、ジェイコフさんとどうして知り合ったの?」
「ああ、知り合いのパーティでね。あの人は優しい人でしょう?」
「そうだね」
「明るくて前向き、私にも優しかったわ。何より家族を大事にする人だから、あなたのことも心配してくれてね。あの家を買った時に、いつかあなたが来てくれるようにと最初からあの部屋を用意してね。2人で家具を揃えて」
「ごめんね」
「いいのよ。あなたには悪い事をしたわね。長い間ほっといて。やっと、親らしいことができる」と言った顔を見てちょっと驚いた。いつもきびきびしていて明るくパワフルな母が、ちょっとだけ寂しそうな顔をしているように見えた。
「ジェイコフさんのことはね、お父さんとは思えないから。そういう風には接する事は出来ないよ」
「ああ、それね。仕方ないわ。でも、口出しはすると思う。教育の事に関してはこっちの親は厳しいわよ。だから、父親として、あなたに厳しい事を言うかもしれないけれど、あなたの意見も大事にしたいと思っているから。言いたいことがあるならどんどん言ってね」
「厳しいの? てっきり逆だと思った」
「発音とか行儀とか結構うるさい家が多いわよ。教育水準が高い家はそうなるわね。ほったらかしの家もあるけど、私は付き合っていないから」
「え、そんなに違いがあるの?」
「あら、日本も同じだと永井君に聞いたわよ。彼はカウンセラーをしているけれど、そういう方面も扱っているから、彼が言うには教育に熱心過ぎても困るけれど、まったく無関心な人もいるから困ると聞いたわ。こっちと同じなのねと思ったもの」
「そうなんだ?」
「ただね。こっちと違うみたいね。こっちは学校に親が関わる機会が多い。行事などに親が参加するし、ボランティアで授業を手伝うし」
「え、そうなの?」
「そう聞いたわよ。学校に見学も出来る日があるぐらいだし。もちろん、学校によって違うみたいだからね」
「そんなに違うのかな? 半井君が何度も心配していたの。学区によって荒れていると言っていたし」
「そういう地区もあると聞いているわ。ガーランドは大丈夫だから安心して。お金持ちが多いから、その分寄付金も集まるし」
「寄付金?」
「あら、日本にそのシステムはないのかしら? こっちはバザーとか寄付金集めの行事とか時々あるわよ。親が教育に熱心な地区は特にね」
「ガーランドもそうなの?」
「カリフォルニアの中ではかなり熱心な方だと思うわよ。治安もいいし」
「そうなんだ。うーん、なんだかよく分からないなぁ。拓海君が前にいた学校は塾に通う人が多いんだって。海星はのんびりしていたから」
「同じでしょうね。そういうところもあると思うわ。進学の事を考えているところはそうだと思うわよ」
「なんだか、どこも大変」
「がんばっていきましょう。力になるわ」と言われて、
「そうだね」と笑った。

 母が薦めていた私立の学校の見学に行った。
「語学の学校にも行かないとね」
「みんなそうなの?」と聞いたら、
「ばらばらよ。日本に進学する予定の子が、こっちに来る事になってね。優等生だったから自信はあったようなの。英語のテストでいい成績、英語の検定も受かっている女の子がまったく英語が通じなくて、精神的にまいってしまったケースがあったの。そういうのは結構聞くのよ。優等生でも、こっちに来たら言葉の問題があるから一番下になってしまうから」
「そう言えばそうだね」
「そういうこともあって、日本人学校に転校したり、日本に戻ってしまった人も中にはいるけれど、意外と日本で駄目だった子が、こっちだと個性的と取られてのびのびやっているケースもあるわ。運動だけが得意だった子がこっちで認められて楽しそうにやっていたこともあったようだし。合う合わないはあるかもねえ。久実ちゃんは積極的で親切で明るいから、こっちでもすぐに話しかけて溶け込むのも早かったそうよ。そのお姉さんがいたため、弟さんはちょっとね」
「彼は日本で進学するんでしょう?」
「そういうのってね、中々難しいそうよ。日本は高校は義務教育じゃないから、編入試験を受けて、勉強も大変だろうし。やめてしまう子もいるとは聞いたわね」
「帰国子女って英語が話せるだろうと思われてしまうって、半井君が言ってた。私も帰ったらそうなっちゃうの?」
「ああ、日本人はそういうのは身近にいないから思いこみはあるのかもね。こっちに来れば英語がすぐに話せると思っている人もいたわよ。親戚のおじさんにそう言われた。でも、LAは日本人は多いし、日本食は手に入るしね」
「え、あるの?」
「日本人向けのスーパーもあるわ。私は別に日本食とかにこだわらないからね。そういうのは大雑把なの」
「私って、お母さんに似てなさそう」
「あら、そうでもないわよ。半井君が言ってたわ。詩織は開き直るとあなたに似ているってね」
「そう? 似てない気がするな。お母さん、強いから」
「昔はそうでもなかったわよ。どんどん強くなっちゃうのよ。仕方ないわ。必死だったからね。そうしないと生きていけないわよ。こっちだとね。あなたはこっちで就職するなら強くなるわね」
「えー、そこまで考える余裕がないんだけど」
「あら、でも、心理学の方面に進むつもりでしょう? 手紙にそう書いてあったじゃない」
「違う。記憶の話をしたでしょう? だから、興味が出てきたの。そっちに進めるかどうかはまだ分からないじゃない。こっちの学校でやっていけるかの方が心配で、そこまで考えられないよ」
「そうでもないわ。プレップに行かせる親はほとんどが名門大学に行かせて、大学院も考えていると思うわ」
「え、そうなの?」
「半井君もすごいわね。お金が掛かるでしょうし、一人立ちをあの年で考えて」
「英語が話せるもの」
「寮制の学校だとフォローはしっかりしてるけど、競争があって大変そうね」
「それは聞いたけど。彼はこっちでは成績が良かったんだって。日本だと社会と国語が駄目だと言ってた。日本の歴史にも興味がないようで」
「あら、反対になると聞いたわよ。戦争のことなどはこっちでは関心が高いから、そのことに付いて考えは聞いてくる人はいるわ」
「え、そうなの?」
「だから、聞かれてもしどろもどろになる人も多い。私は、今は結論でない、あとにしてと強く言ったら引き下がったけど、その後からさすがに調べたもの。日本ではそこまで興味がなかったけど、こっちに来てから、そういう本を読んだわね。結構、そういう子も多いそうよ。外国にいるからこそ、日本ってどういう国なんだろうと気にし始めるって。母親も聞かれて困ったそうで、一緒に勉強したそうよ」
「そうか。そういうこともあるんだね。ちゃんと考えをまとめておかないといけないね」
「そうね。そういう話題は避けたほうがいいわね。日本だと、あいまいに済ますことをこっちだと言いたい事を言わないと誤解されてしまうからね。分からなかったら、分からない。聞こえなかったら聞こえなかった。何度繰り返したか分からないわ」
「そうなの?」
「最初に言っておかないと後でトラブルになる。だから、納得できるまで言い合わないとね。ビジネスの場合は特にね」
「厳しいね」
「それは日本でも同じよ。女が仕事すると年配の人はちょっと困った人はいるわ。舐められる事なんていくらでもあったから」
「お母さんの剣幕なら相手がたじたじになりそう」
「よく言われたわ。君ははっきり言いすぎるとね」
「そうだと思う」
「こっちだとそんなこと言いもしないのに。日本は男性上位だからねえ」
「そう?」
「そうよ。今に分かるわよ。朋和だってああ見えて会社ではしっかりやっていそうよ」
「お父さんって、会社だときっと普通なのかもしれないね。家だとだらしないし、お母さんには負けるのに」
「そうでもないわよ。こっちの女性は強いからね。これぐらいは当たり前」
「私は無理だよね。きっと」
「大丈夫よ。私だってこうなったんだもの」と言われても、無理だと思うなと、ため息をつきそうになった。

 見学をしたいと申し入れたけれど、説明に時間が掛かってしまったけれど、
「英語で説明できるようにしないといけないね」と考えていたら、
「そうね、徐々にできるようになるわよ」と笑っていて、
「半井君が言ってた。中学を卒業しただけの綺麗な子が一人で暮らしていける甘い場所じゃないって。霧さんにそう言っていたけれど」
「そうね。そういう部分では厳しいと思うわよ。彼女の場合は楽観的過ぎて助けたいと思えないのかもね」
「え、そうなの?」
「半井君もだから怒っているんじゃないの? 厳しいようだけど、あなたとは事情が違いすぎるわ。親は反対している。英語も話せない。つてだってあってないようなものみたいだし」
「お母さんと暮らすって」
「見つかってないのに?」
「そうだよね」
「お母さんが再婚していたら、霧さんも違うかもしれないけれど、霧さんに連絡してないみたいだから、冷たくされる場合もあるわよ」
「え?」
「いい親とばかり限らないわよ。ネグレクトもあるぐらいだし」
「ネグレクト?」
「そう。霧さんを置いて家出したんでしょう? そういう人だと、子供に対する愛情は弱いかもね。だとすると期待していても、いい結果は出ないかも知れない。半井君もそれを分かっているから、ああ言ったのよ。彼女なら日本にいれば綺麗だから、何とかなるかもしれないわよ。普通に高校に行くべきね」
「勉強したくないと言ってたけど」
「じゃあ、しょうがないわね。半井君が大人になるまで待って結婚するしかないわね」
「え?」
「冗談よ。それはないわね。あの様子じゃ、あの2人はくっつきそうもないけどね」
「そう? 結構仲良さそうにしてたんだけどな」
「前はどうだったか知らないけど、今は無理じゃないの。あなたの心配はしても、あの子の事までは面倒見切れないみたいに見えたけどね」
「それはそうだけど。学校では話題のカップルだったのに」
「あら、あなたとじゃないの?」
「ないよ。拓海君がいるから」
「あら、いやにきっぱりしてるわね」
「ああ、あそこに行きましょう」と母に言われて、後を付いて行った。

 結局、見学だけで説明は簡単なもので終わった。
「ランプトンは親切だったけれど」
「ああ、あそこね。評判がいいらしいわよ。ここよりはランクが上だしね」
「ランク?」
「学校によって特色があるわ。試験、面接やエッセーに推薦文、そういうので合否を決めるし。スポーツに力を入れているところもあるしね。ここは中程度以上の子を受け入れているの。あなただとランプトンだと厳しいかもね。あっちはここより面接などが厳しいと聞いたから」
「そんなに色々あるんだね」
「彼はランプトンにするの?」
「そうだと思う。そういう顔をしていた。私は公立にしたいし」
「大学受験とか自分で勉強していかないといけないわよ」
「そうかもしれないけど、そこでがんばりたいの」
「お金の問題なら」
「それもあるけどね。寮に入ると滅入りそうだから」
「あら、そう?」
「勉強ばかりしているらしいね。空き時間はそうだと聞いて」
「ランプトンは芸術方面、スポーツやボランティア活動も盛んよ」
「そうなんだ?」
「そういう人となりも見るみたいね。彼はどうなのかしら?」
「バスケは上手だった。絵もピアノも上手」
「あら、そうなの? なら、大丈夫かもね」
「インターナショナルスクールに行ってる子って多いの?」
「あら、どうして?」
「半井君の友達がそっちが多いんだって。そこに行く人は長くこっちにいる場合が多いから、よく遊ぶらしくて」
「色々な人種がいるはずよ」
「それも言ってた」
「親がこっちに住んでいても、バラバラなのよね。選択肢が分かれるし。インターナショナルスクールに行っている子の親の知り合いがあまりいなくて」
「あの地域にはいないの?」
「そうね。それに、アメリカ人と結婚している人も少ないからね」
「そうかもね。お母さんはすごいね。こっちに来て戸惑わなかった?」
「あるに決まってるでしょ。でも、私は当たって砕けろ、駄目なら次を当たる。絶対に諦めたりしなければそのうちに何とかなる。誰か理解してくれると強く思ってた」
「強いね」
「あなたもそうしなさい。日本人だから差別もあるわよ。日系人も味方についてくれなかったからね。自分で何とかするしかない」
「そういうものなんだね?」
「そのうち、気が合う人、味方になってくれる人はいる。そう信じないとね。いちいち、傷ついている時間がもったいないと奮起してやってきたから」
「つくづく強いね」
「こうなってきちゃうのよ。だから、あなたも」
「無理」と言ったら、笑っていた。

 母は簡単な英語の時は英語で話しかけていて、
「☆それ取って」と言われたら自然と取るようになっていて、
「詩織は意外と飲み込みが早いかもね。前ね。あなたと同じように中学生に簡単な英語で頼んだけど、日本語で言えって怒られたの。目上に対するしつけもなっていないようで怒れたけど、その子、英語も日本語も使い方がいい加減でね。さすがに目に余ったわ。親がとても甘やかしていた。ああいう子って、困るわね」
「そうなんだ? 私、親がいないから必然的に観察する癖がついていたかもしれない」
「え、そうなの?」
「学校ではおばあちゃんもおじいさんもそばにいないし、兄弟はいないでしょう? どうしても見本になる人がいなくて、友達や先生を観察する癖がついているの。挨拶、しつけ、そういう部分でおばあちゃん達は私には甘くてね。近所の人が教えてくれたけど、周りの真似をして覚えていっていたの。学校が変わったら、人も多くて、教えてくれるような親切な子は少ないし、そのときもみんなの真似をしてたから」
「ごめんなさいね。苦労してたのね」
「仕方ないよ。そういう事情だもの。お母さんが生きていたらということは考えた事もないの。不思議だよね。でも、お墓とかそういうことは聞いたら悲しそうな顔をするから、自然とそうなったの。お母さんって、どう接していいか分からないから、一緒に暮らすとなると多分、新しい家族という形でしか触れ合えないかもしれない」
「そう、そうよね。そう考えたんだ」と母がちょっと考え込んでいて、
「その辺は模索していきましょう。そのほうがいいわ。今から悩んでいるより、とりあえずやってみましょう」と母に言われて、
「でも、日本語を普通に使っているのがどれだけ楽なのかが良く分かったの。考えていたより遥かに大変だね。聞き取りなんて難しいし、話すほうはもっと大変だね。久実さんにとにかく、話せって言われたの。使わないともっと駄目になるからって」
「そうよね。私はそういう部分はもう忘れちゃったけど、大変だったかもしれないわ。とにかく、声だけは大きかったし、元から早口だからね」
「なるほど」
「日本人は自信がないから声が小さくなって、聞き返されることもあるから、笑われてもいいから大きな声で単語並べなさい。相手の真似もいいと思う」
「ボディランゲージってどれぐらい有効かな?」
「そうね。そういう部分で補っていくしかないわね」
「お母さんみたいに強気になれるのはいつになるだろう」
「大丈夫よ。私の娘だもの」
「根拠がないよ、それ。似てないもの。私、きっとお父さんに似てる」
「あら、半々よ。あなたはどちらかと言うとおばあちゃん似ね。意外と冷静だから」
「そう?」
「観察していて、意外と淡々としていて、客観的に見てるの。私、どうも駄目なのよね。あの人に観察されているようで」
「おばあちゃん、いい人だよ」
「それは分かるわよ。そうじゃなくて、あの人が事あるごとに向こうを頼ってたり、あっちの考えを立てていたのが気に入らないの」
「お母さん、そういうことは、もう、済んだ話だよ」
「そうだけどね。つい言いたくなるのよね。泣き寝入りしたせいよね。きっと、悔しかったから、その思いが強いと思うわ」
「泣き寝入りしたとは思えないんだけど」
「あのお母さんだと、私のほうが負けるのよね。まくし立てるより、一歩引いて冷静な態度の方がなぜか勝つのかもね」
「こっちではお母さんの方が勝つじゃない」
「そうでもないわ。声の大きさより、どっちの言い分が納得できるかってところがあるわ。勢いだけなら負けないけどね」そうだろうなぁ。
「詩織は私が考えていたより、なんだか違うわ」
「そう?」
「そうね。あの人に似てると思ってたのに。どこか冷静な時がある」
「聞く人がいないとそうなっちゃうよ。答えは自分で出さないといけないもの。楢節さんに鍛えてもらったお陰だね」
「あの人ね。あなたには合ってなかったわよね。拓海君はいい子だけど。半井君はいいと思うわ」
「お母さんが付き合ったら?」
「あら、無理よ。私、もう少し年上の方が」
「お母さん、冗談なんだから、そういう答えを言わないでよ」
「ジョークぐらい言えるようにならないとね。こっちでは普通よ」
「半井君、時々変な事を言うけど、とても聞いていられないんだよね」
「そう?」
「あの人、変わってる」
「そう? かわいいじゃない。ああいうのもいいわね」
「やっぱり、お母さんが付き合えば」
「あら、それもいいわね。後10才若かったら考えてもいいわ」
「お母さん、それはちょっと」
「そう? あなたもがんばりなさいね。これでもモテるのよ、私」
「はいはい。分かったから」
「やっぱり、お母さんに似てるわ、あなた」と母が呆れていた。

 家に早めに帰ってきたら、半井君も、霧さんもいなくて、
「どこに行ったんだろう?」と思った。母は用事でまた出かけてしまい、一人で待っていたら、
「電話を代わってください」とメイドが私を呼びに来た。
「え、でも、だれ?」と聞いてみた。
「知らない人」というニュアンスの言葉を言ったので、仕方なく電話に出た。
「はい」と答えたら、
「ジャパニーズガール?」と聞かれて、
「イエス」と答えた。
「母が見つかった。今から来い」というような言葉を言われて、母……? と考えて、
「霧のマザー?」と言ったら、
「イエス」と言われて、どうしようと思った。半井君も霧さんもいないし、
「あなた、今、どこ?」と聞いたら、
「すぐ近くだ。車だ、今すぐ出て来い」と言われて、仕方なく、
「じゃあ、行きますから。霧さんは戻ってきてないけど」とたどたどしく答えたら、
「オーケー」と言われて、電話を切った。慌ててメモを残して、メイドさんに、
「出かけてきます」と言って出ようとしたら、
「どこにですか?」と聞かれて、
「えっと、5分、歩く、そこ」と答えてから、でかけた。

「いい加減にしてくれ。未成年の癖に昼間から酒飲んで、ありえないぞ、お前。園絵さんに怒られる」と半井君が、霧さんをタクシーから叩き出した。
「わーい、ジュース、オレンジ、美味しい」
「ジュースじゃない。酒が入っていたんだ。それぐらい気づけ」と言いながらお金を払って、
「あれ?」と言ったので、
「早くー」と霧さんがぼやいた。
「詩織だ。慌ててどこに行くんだ?」と私が出かけるのに気づいて半井君がつぶやいて、
「地面、痛い。こらー、起こせ」と霧さんがわめいたら、
「うるさい。黙ってろ。しょうがないな」と言って、霧さんを慌てて担いでから、家のチャイムを押して玄関を開けてもらって、霧さんをそこに下ろした。
「詩織は?」とメイドに聞いて、メモ用紙を渡されて、
「バカ、あいつ」と言ったあと、
「☆こいつ、このままここに置いておいてくれ。酔いが冷めるまでほっとけ」と英語で言って、慌てて外に出て行った。
「まったく、危ないというのに、一人で行動するやつが多い」と言いながら、走っていて、
「キャー」という声がして、まさか? と思いながら、そのまま走っていて、
「☆ヘルプ、ヘルプ」と怒鳴ったのは違う人で、酔っ払った女の人が警官につかまっていた。
「霧も危なかったな」と言いながら、探していて、
「☆行きません」とすごい声が聞こえて、そっちを見た。私が嫌がっているのが見えて、
「☆お前、行きたいと言ったろ。連れてってやる。もう一人の友達がいないのが残念だけど」と英語で言っているのがかろうじて聞こえて、
「話を聞きたかっただけ。霧、家にいます。ここに連れてくるから待っててって、英語でなんて言ったっけ?」と日本語で言ったため、
「☆何言ってるか、わかんねー」と相手が英語でバカにするように言いながら、
「☆いいところに連れてってやるからさあ」と外人のおじさんがへらへら笑っていて、
「☆おい、お前、やめろー」と通りの向こうから半井君が怒鳴った。
「あ、半井君、この人が」
「☆なんだよ、お前、連れかよ。面白くない。一人だと思ったのに」と相手が小声でつぶやいて、
「☆なに?」と相手に聞いた。
「離れろ。そいつから離れろ。詩織」と半井君が怒鳴ったため、びっくりしたけれど、慌ててその人から離れた。
「☆ヘイ、ユー、ペラペラペラ」となにやら分からない英語でちょっと酔っている感じでそのおじさんが怒っていた。どう見ても危ないかもと思い、半井君の方へ避難した。半井君が英語でなにやらまくし立てて、相手が手を上げながら、なにやら英語で捨て台詞を吐いたあと、離れたところに止めていた車に乗って行ってしまった。
「ごめん、あの人から電話が掛かってきて」
「バカ、何かあったらどうするつもりだ」と怒鳴ったため、びっくりした。いつもと様子が違っていたから、さすがに驚いて何も言えずに半井君の顔を見ているしか出来なくて、その後、勢いよく抱きしめてきて、
「え?」とさすがにびっくりして、
「えっと、ちょっと。手が」と半井君に言った。
「お前までやられるのかと思ったじゃないか」と言ったので、どういう意味だろう?……と思った。
「えっとね、ごめん説明したいけど、その前に手が、ブザーがなっちゃう」と言ったら、
「ブザー」と驚いていた。
「防犯グッズ。スタンガンはさすがに出せなくて、ブザーを手に持ったまま距離をおきながら話してたの。だから」と言って、少し緩めてくれたので手を開けた。ブザーを見てから、
「え、ああ……そうか……」と半井君が様子がおかしくて、、
「あそこに警官がいたから、近くがいいなと、とっさに思って、こっちに来るように誘導したの」
「そうか」と言いながら抱きしめたままで、
「半井君?」と聞いたら、やっと離してくれた。
「ごめん、俺……」と言ったので、
「心配してくれたんだね。ごめんね。距離を置いていたけど、いきなり腕を掴むからもう少しでこれを鳴らすところだった。後は足を踏めとか母に教えてもらったの。背が低いからそのほうがいいって。急所を蹴るかどっちかにしろって」
「あのお母さんが言いそうなことだ。しっかり用意してたんだな。霧とは違うな、お前」
「え、だって財布だって分けろって言われたよ。小銭以外は安全な場所に入れておいたほうがいいと言われて、慌ててポケット作ったから。上着やあちこちにね。手紙でそう注意されて」
「そうか」
「財布も見せちゃいけない。鞄も置き引きがいるから手から離してはいけない。ポシェット掛けにしてたし」
「霧たちはやられそうになったみたいだな。ピーターさんが助けたようだ。そうか、大丈夫か? 怪我はないか?」と聞かれてうなずいた。
「半井君が言ったとおりだったね。電話番号教えてもああいう人が来るなんて、やっぱり嘘だったんだ」
「あいつはなんて?」
「お母さんの所に一緒に行こうって、そういう事を言ってた気がする。私は霧じゃない。連れてくる。待っててくれ。と何とか説明していたら、いきなり手を持ってきてフレンド、ウェイトと何度も言ってたのにね」
「あれはどう見ても、親切なやつじゃないぜ。母親の事なんて知らないやつだな」
「そうだよね。ちょっとお酒臭かったから。ごめんね」
「霧が悪いんだよ。あんな簡単に番号を教えてね。帰ろう。そのほうがいい」と言われてうなずいた。
「悪かったな。ちょっと虫の居所がわるくて」
「どうかしたの?」
「霧が昼間からお酒を飲んでいたんだよ」
「え?」
「いや、いいよ。お前が無事で良かった」と言った顔を見て、
「どうかしたの?」と再度聞いてみた。様子が変だったからだ。
「良かった」とまた抱きしめてきたので、びっくりして押しのけようとして、
「本当に良かった」と言われてしまい、何も言えなくなった。

 戻ったら、霧さんが玄関に寝ていて、びっくりしていたら、
「おい、起きろ」とこともあろうに、半井君が足で蹴って転がしていて、
「ちょっとひどいよ」と怒ったら、
「全部、こいつのせいだ。お前に何かあったら危ないぞ。いくらブザー持ってても、複数いたら危なかったな。車に連れ込まれる危険だってあった。スタンガンを持ちながら話しても一緒だ」
「ごめん、でも……」
「こいつを迎えになんて行かなければ良かった。『帰れない、どうしよう』って電話してきて、うっとうしい。友達に会いに行くはずだったのに」
「うーん」としか言いようがなくて、
「霧はほっとこう。行こうぜ」と私を促した。
「風邪引いちゃうかも」
「引かせておけばいい。こいつは愛想尽きた。昨日は母親探しを少しは自力でやったようだけど、ああいうやつにつけこまれるような事をして、少しは懲りた方がいい。行こう」と強く手を握られたまま引張られてしまい、渋々後に続いていた。
「あいつは、少しも分かってない。ピーター、園絵、俺達に迷惑掛けてるいるのに、懲りてない。久仁江は久仁江でどこに行ったかわからないし」
「一緒にいたんじゃないの?」
「あいつがいたのは三上の息子、貞夫だよ。中学生同士の癖に昼間から飲んで遊んで呆れるな」
「どこにいたの?」
「インターナショナルスクールの友達と一緒だったと言ってたけど」
「そう」
「ほっとけばいいさ。あいつはもう、知らん」
「だって、霧さんは」
「この国に観光だけにしておけばいいんだ。最初からツアーで行けばいい」
「霧さんがかわいそうじゃない。お母さんが見つからなくて、きっと寂しかったのかも」
「あいつにそんな意識は」
「確かに真剣さは足りないかもしれないけど、お母さんに会いたかったんじゃないの? もう、探せそうもないから、だから、ああやって」と言ったら、ちょっと立ち止まった。
「親なんていないほうがせいせいするぜ」と言ったため、
「ひどい」と言ったら、
「お前が幸せだから、そんな事を言える……」私がうつむいていたのを見て、
「ごめん」と謝ってきた。
「半井君、変だよ? この間から、なんだか?」
「俺は駄目だな。また、傷つけるかもしれない」と言って、さっさと自分の部屋に戻ってしまい、後姿を呆然と見ているしかできなかった。

「ごめん」とノックしたあとに、霧さんが入ってきて、
「入るな」と半井君が怒鳴った。
「ごめん、篤彦?」と半井君のそばに寄って行った。霧さんが顔を覗き込んで、
「見るな」と言ったため、霧さんが驚いていた。
「泣いてるの?」
「お前って、無神経だな」と言って顔を横に向けた。
「霧さんが顔を近づけて」
「なにかあった?」聞いたら、
「うるさい」と怒鳴った。
「ねえ、言ってよ。篤彦、ちゃんと言ってよ。さっきはごめんって思ってるけどさ。そんな顔しなくても」と言ったら、半井君が霧さんを引き寄せていて、いきなりキスしていた。霧さんはそのままにしていて、相手のされるままになっていた。
「どうかしたの?」霧さんがまた聞いたら、手を引いてきて、
「お前って、無神経だよな。でも、綺麗だからな。こういうときにはいいな」と抱き寄せようとして、
「私を好きならいいけど、そうじゃないなら駄目」と言ったため、
「ふーん」と手を離した。
「なによ?」と霧さんが気に入らなさそうな顔をしていて、
「お前って、簡単に許しそうに見えたよ」
「これでも、ちゃんと考えてるよ」
「嘘つけ。簡単に電話番号教えるから軽い女と見られるんだ」
「簡単になんて教えてないじゃない。仕方ないよ。お母さんを知ってるなら、少しでも手がかりがほしくて、だから」とちょっと真剣に言ったため、
「ふーん、そうか。悪かったよ。不真面目に見えたからな」
「これでも、母親はちゃんと捜したいと思ってるよ。でも、あんなに広いと思わなかったんだもの」
「お前って、つくづく分かってないな」
「だって、知らないもの」
「ガイド本も読んでないくせに」
「読んだってば。でも、読んでも実際に行ってみて確かめた方が早いって思ったの。人に聞けばいいやと思ってたし、篤彦か詩織がいるなら、そばにいて同じようにしていた方が手っ取り早いじゃない」
「お前の方が要領がいいんだろうな」と半井君が笑った。
「バカにしてるの?」
「いや、呆れてる」と笑っていて、少し機嫌が直ったため、
「やだなー」とふざけるようにして霧さんが半井君に抱きついていて、
「半井君、ジュースを」と言いながらノックして私が入ろうとしたら、半井君と霧さんが抱き合っているのが見えて、
「あ、ご、ごめん」と慌てて出た。
「あ、詩織。ジュースは飲みたい」と言われてしまい、仕方なく。
「ここにおいておくね。ごめんね。邪魔しないから、ごめん」と言って私が行ったあと、
「見られちゃったね」と霧さんが屈託なく笑った。
「あの方がいいのかもな」と半井君が考えるようにして言ったので、
「ふーん、いいけど、どうかしたの? 篤彦らしくないよ」と霧さんが無邪気に聞いたあと、半井君は黙っていた。人を寄せ付けない雰囲気に変わっていて、
「はいはい、私には言えないんでしょ。ジュース飲もう」と言ってベットから飛び起きた。
「切り替えが早いやつ」
「そういうのは気分の問題だって。夜、こっちに来てあげてもいいよ」
「ふーん」
「じゃあ、そうする」と霧さんが笑いながら部屋の外に出て、
「ジュース二人分あるよ。美味しい。篤彦も飲めば」と中に戻ってきて、
「お前、もう戻れよ。それは俺が一人で飲むよ」と言ったため、
「えー、もう少し話しようよ。聞いてほしいこともあるし。いろいろあって面白かったから」と霧さんが明るく言ったら、
「お前の場合はデリカシーがないよな。そのほうが今は楽だけどな」と半井君が呆れていた。

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