親密になれない

 夕食の前に母が戻ってきて、さっきあった事を報告した。
「あれほど気をつけるように言ってあったのに。そういう場合は、後で掛けなおしてくれるように言いなさい、Would you please call back.、でもいいし、何でもいいから言いなさい」と怒られて、
「ごめんなさい」謝った。
「詩織、そういうことはこれからもあるかもしれない。よく覚えておくのよ。知らない人の電話が掛かってきても、これからは外に出ないの」
「ごめんなさい。ただ、もう日本に帰ってしまうから、霧さんのお母さんの手がかりが少しでもつかめたらと思って、どうしようか迷ってしまって。さすがにすぐに断れなくて」
「そう……そうね。でも、友達が困ることになっても、あなたの選択は間違っていたと思うわ。一人では出かけない。相手は知らない人なんだから」
「ごめんなさい。気をつける」と言ったら、
「もう、霧さんのお母さんの事は諦めなさい」と言われてしまった。
「たとえ電話があっても取り次ぐつもりはなかったわ。そういういたずら電話が掛かってきたら困るとは思ってたけど、あなたもそうしなさい」
「でも、きっと会いたいんだろうし」
「あなたの方が大事よ。霧さんじゃない。あなたの事を心配しているの。悪いけれど、霧さんのことは霧さんが自分で探すしかないの。うちを頼られても困るだけ。そこまでしてあげられないわ。あなたにはあなたのすることがある。あの人の電話はあの人が処理する。オーケー?」と聞かれて、
「I see」と返事をした。
「あの子はほっときなさい。観光するのはかまわないけれど、ここまでやられたらさすがに困るわ。付き合うのはやめなさい」
「お母さん、言いすぎよ」
「あの子が真剣に親探ししたいのなら、電話を掛けてくれなんて気安く言わない。自分の足で探すわ。私ならそうする。そこまで会いたいなら自分で探さないと、そうして見つからなかったら潔く諦めて次の機会を待つ。私はそう思うわ。あなたは……」と母が言って、後ろを見た。私も振り向いて、霧さんと久仁江さんが立っていた。
「ごめん」と霧さんが困った顔をしていて、
「さっき、篤彦から聞いた。謝りたくて」と霧さんに言われて、
「そうね。これから気をつけてほしいわ。同じ事をしたら、今度は泊めることもできないと覚悟してください」と母が怒ったため、
「え、それは……」と霧さんが困った顔をしていて、
「そうだね。悪かったよ。霧と話はしてたんだよ。お母さんがいるところを見てみたいと言ってね、はしゃぎすぎてた。見つからないものと最初から諦めてたから、私はね」と久仁江さんが言ったため驚いた、後ろから半井君もやってきて、
「じゃあ、何のために来たんだ?」と呆れていた。私のそばにやってきて隣に座って、
「大丈夫か?」と手を握ってきて、びっくりしたけどうなずいていた。
「お母さんの言うとおりだ。霧のことは霧が責任を持ってやっていかなくちゃいけない。お前は霧にかまっている暇はないぞ。もう決めたなら時間が少しでも惜しい。俺も同じだ。協力してやっていかないといけないから悪いがお前の人探し、その他に協力は出来ない」と久仁江さんと霧さんの方を見た。
「しょうがないね」と霧さんは意外にもあっさり言った。
「ただ、来てみたかったの。お母さんが暮らしているかもしれない土地に。お母さんが住んでいる土地に漠然と憧れていて、浮かれすぎちゃった。ごめん」と霧さんが謝った。
「何で来たんだ?」とまた、半井君が聞いたら、
「私から言うよ。この子はお母さんに会いたがってたよ。一度でいいから自分のお母さんに会っておきたいって言うからね。だから、たとえ会えなくても納得できる形にしてあげたかったからさ。こっちに来れば会えるなんて思ってなかったもんだからさ。悪かったよ。少しでも気を紛らわしてあげたくて、この子、途中から元気がなくなってね。だから、お茶飲んで買い物してスッキリしてから帰ろうと思って」
「ふーん、でも、日本にいるときからどこか遊び半分に見えたぞ」と半井君が皮肉っぽく言った。
「ごめん。浮かれてた。お母さんの国、お母さんが住んでいる国ってね。私のルーツがわからなくてさ。いつもどこか中途半端だったからさ。だから、やっと分かるかもしれないってうれしさと、少しでもお母さんと同じ空気が吸えるんだなってことで浮かれてた。本当にごめん」と謝ったので、
「そう、しょうがないわね。これから気をつけて。それから、電話は取り次がないわ。こういうことがあった以上、けじめはつけさせてもらう」と母が淡々と言ったので、
「え、でも……」と母を見たけれど、
「無理よ。最初に言っておけば良かったわね。電話をかけて教えてくれるなんて、難しいわ。いたずら電話が増えるだけ。現に何度かかかってきたそうよ。メイドから取り次いでも、すぐに切るようにしていたの。だから、無理よ。本当は怒りたかったの。でも、お客様だから我慢したのよ」と母に言われて、黙るしかなかった。
「ごめんなさい」と霧さんが珍しくうな垂れていて、
「すまなかったよ。私も浮かれてた。今日、ピーターの知り合いを頼って家出人を探してくれるように手配はしたけど、多分、無理だろうと言われたよ。この子が納得してくれるならそれでよかったんだけどね。悪かったよ」と久仁江さんに頭を下げられて、みんなで顔を見合わせてから、気まずい雰囲気でため息をついていた。

 母は部屋に行ってしまい、半井君と話をしていた。
「霧のことはもう、ほっとこう。俺たちのしないといけないことがある。買い物リストは? 買っておいたか?」と聞かれてうなずいた。
「そうか、それならいい。日本で揃えられる物はそっちでそろえよう。俺も久しぶりに会いたかった友達に会えなくて残念だよ。霧に邪魔されたからな。こっちでの時間は惜しいというのに、ああいう事をする。でも、ああ考えていたのは驚きだな。てっきり本当に会えると思ってこっちに来たと思ってたよ」
「私もそう思ってた」
「一度目撃情報があったくらいじゃ、俺は信じないけど、あいつ、浮かれてたからな。よく、分からないやつだけどね」
「そう」
「日本に帰る前にやっておきたいことはないか?」と聞かれて、
「とりあえず大丈夫のはずだよ」
「俺も何度か、移動しないといけないかもな。やらないといけないことが増える。一緒に出きることはやっていこう」と言われてうなずいた。
「もっと、英語で話したかったけど、中々難しかったな」と言われて、
「簡単な英語も言えないものだね。テープ聞いて繰り返すより、実際に使う方が早いね」
「家でも使え。『would you pass me the salt?』と毎日言えよ」
「お父さん、機嫌が悪くなっちゃうよ。それに父は塩なんて取ってくれない。全部、新聞から始まって、靴下、ハンカチ、自分で動かないよ、あの人は」
「俺と同じか。虐待だって怒ってたけどな」
「大げさな」
「あら、そうでもないわよ」と母が戻ってきた。
「こっちではね。子どもを家に置いておけないもの。その他、頭をなでると怒られたり、結構あるわよ。そういうこと」
「私も?」
「あなたはもう、中学生だからね。小学生だとうるさいかもねえ」
「そんなに違うの?」
「当たり前よ。だから、厳しいのよ。子どもに対してちゃんと向き合わないと怒られるのよ」そうなのか。
「日本もこっちも色々、縛られているんだね」
「そう? 慣れるとこんなもんよ」
「お母さんの大雑把さがうらやましい」
「ほら、時間がないから打ち合わせするわよ。色々書類関係の資料をもらってきたから、半井君は後でコピーしなさい」と母に言われて、
「はーい」と言ったら、
「英語で返事しろよ」と怒られてしまい、みんなで笑っていた。

「現地の人がいると助かりますね。僕もこういうことがなかったら、こちらを希望していなかったかもしれない」と説明が終わったあとに半井君が言った。
「あら、そうなの?」
「迷いはありましたけど、こちらに戻ることも選択肢の一つにはしていました。そこまで真剣じゃなかったけれど、後々の事を考えたらこちらの方がいいですからね。僕は日本の方が合わないとわかりました。どこか煮え切らなくて言いたいことも言えないのは苦手だ」
「あら、あなたは順応性がないの?」と母が聞いた。
「ええ、そうだと思います。日本にいつかは戻りたいと思ってはいましたが、合いませんでしたね」
「大学もこっちにするの?」
「日本の大学に行くことはあまり考えていません。そのほうがいいと思う」
「あなたはハッキリしているのね。こっちがいいというなら、それでもいいかもしれないわね。偉いわね。詩織と違って何でもこっちでやっていけるから、ご両親も安心でしょうね」と母に聞かれて、半井君が一瞬黙った。それから、
「母はいませんよ。僕の今の母は三番目ですから。父は僕とは会話も少ないですからね」と淡々と言ったためちょっと驚いた。
「そういう理由で、できれば週末や長い休みなど、こちらでお世話になることはできませんか? もちろん、食費などは払うつもりですが」
「ああ、それはかまわないわよ。むしろ、そうしていただけれると助かるわ。詩織にはお友達がゼロの状態から始めるだけの強さはないから、むしろお願いしたいと思っていたの」と母が言ったのでびっくりしてしまった。
「そうですか。できることはサポートしていきたいと思います。彼女も僕も未熟ですから、色々ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」と言ったので、こういうときだけ、ちゃんと挨拶するんだなとジーと見ていた。それから、目が合って、
「悪い虫がつかないように見張ってますから」と言われて、
「えー、それはないよ」と慌てて言ったら、
「僕が悪いムシになる場合もありますけど」とさらっと言ったので、冗談かな……? と見てしまった。
「あなたってハッキリしているのね。いいわ、それはね。あなたはもう覚悟があるようだし、こっちもできることがあったら言ってくださいな。詩織はちょっと心配だからね」
「何とか、幼稚園児から小学生レベルまで英語は上げないといけませんね。少しでも会話力をつけておかないと、絶対に話せませんからね」と笑っていた。

「Is he a boyfriend?」とジェイコフさんに夕食後に聞かれて、
「yes」と英語で答えた。ちょっと抵抗があったけど……。
「仲良しなんだね」と聞かれて、しばらく考えてから、
「It is not so. 」と答えたら、ジェイコフさんが不思議そうな顔をした。
「☆詩織、ひょっとして間違えていない?」と母に聞かれて、
「☆何が?」と聞き返した。
「『boy friend』は男友達と違うわよ。むしろ、恋人」と母が日本語で教えてくれた。
「は?」と思わず日本語で言ってから、半井君を見たら、笑っていた。
「騙したね」と怒ったら、
「知らないお前が悪いな。そういう間違いって必ずやるんだよな。だから、からかわれるからな。いいだろ、そうなれば」と軽く言われて、
「ありえない、さっき、霧さんと抱き合っていたくせに」と思わず言ってから、慌てて口を閉じた。
「あら?」と母が困った顔をしていて、
「冗談だよ。霧が抱きついてくるのはいつもの事だろう? 真に受けるな。あいつとは友達、お前はガールフレンド」
「ない。絶対にない」と怒ったら、
「What did you do?」とジェイコフさんに英語で聞かれて、
「He is a liar.」と半井君を指差して怒ったら、
「オー、いけません。それ駄目ね」とジェイコフさんに怒られてしまった。
「でも、アツも駄目ね」と注意されていて、半井君は、
「I got it.」と笑っていて、全然懲りていなかった。

「嘘つきだなぁ。あわよくば、恥かくところだった」とコーヒーを飲みながら怒ったけれど、半井君が笑っていた。
「間違えるところって誰でも一緒だから、教えてやってるだけ」とからかわれて、
「loverとボーイフレンドの違いは?」と聞いたら、
「一緒」と言ったので、なんだか怪しいなと睨んでしまった。
「勉強になっていいだろ」と笑っていたので、さっきと別人みたいだなと思った。
「コロコロ変わるのは女心だけだと思ってた」
「ふーん、そうか? 仕方ないさ。俺はこういうやつ。慣れてくれ」
「いいよ、邪魔しない。夏休みも霧さんとデートでもして。こっちは一人でやるよ」
「遠慮するなよ。というより、お前の大事な役目を忘れるなよ。絵のモデル」
「ガールフレンドの霧さんに頼めば」と睨んだら、
「お前は誤解している。『I … going out … Kiri.』」と早口で言われてあまり良く聞き取れなくて、
「は? 外に行くの?」
「ほらな。日本人は必ずそういうんだよ。『I want …… KIRI  …. Will you …… girlfriend?』」と早口で言われて、最後のガールフレンドが聞き取れたので、
「え、なんて言ったの?」
「☆日本語で聞き返すな」と怒られた。
「Could you say it again ?」と頼んだら、
「☆それじゃあ、気がなくなるよな。それぐらいは聞き取れるようになれよ。次はちゃんと返事しろ」と立ち上がった。
「えー、『What did you say ?』」と聞いたら、笑っていて、
「☆もっとお勉強しようね、色々と」と笑っていた。彼が行ってしまってから、
「あの子、やっぱり気があるじゃない。普通、ああは言わないわよ。いきなりはね」といつのまにか、母が後ろにいた。
「あれ、いつのまに。なんて言ったの?」と聞いたら、母はなぜか教えてくれなくて、
「こっちの人はステディになるのに時間を掛けるの」
「ステディ? 恋人の事?」
「そうね。日本人と感覚が違うわ。いきなりデートに誘って、即恋人にはならないのよね。友達になって、デートに誘っていっぱい話して、お互いの性格などを確かめて、何度かデートを重ねたあと、ああ言うんだけど」
「え?」
「あの子、どういうつもりかしらね」と母に言われて、
「日本と恋愛の手順は違うものなの?」
「そうね。気が合う子を選んでデートして、楽しかったらまた誘う。そういうのを繰り返す」
「そこは一緒かも」
「中にはモテる子もいるから、毎週違う相手とデートはあるわよ」
「え、すごいね」
「そうでもないわ。それは普通よ。デートと言っても、お互いの性格を確かめ合う感じね。いきなりは親密にならないから、徐々に手順を踏んで、何度もデートに誘って、その間、別の人ともデートもするの。そのうちに、同じ相手と付き合うようになって、恋人に昇格」
「へぇ、すごいね。そんな事をしたら日本だと、凄く言われちゃいそうだけど」
「ああ、そうでしょうね。それは違うわよ」
「ロザリーがそうだったから、すごいなって思ってた。違うんだ。ああ、ハワイから来た転校生でテニス部にいた子ね」
「友達が大勢いたっていいと思うわよ。だから、言ったでしょ。別に普通だって。拓海君とステディなら別だけど、デートはしてもいいかもね。あの子、面白そうだし、顔もいいしねえ」
「お母さんがすれば」と睨んだ。
「こっちに来ればそうなると思うわよ」
「無理。私は英語の勉強で手一杯」
「そう? 恋愛すると英語の上達が早いらしいわよ。もっとも、勉強もしなくなるらしいから、危ないけどね。あなたの場合は別の意味でちょっと心配だものね」
「大丈夫よ」
「そうじゃなくて、申し込まれても気づかないと思う、さっきのようにね」と言われて、慌てて立ち上がった。
「こら、お行儀が悪いわよ」
「だって、ちゃんと聞かないと。さっきのは……」と困っていたら、
「大丈夫よ。デートだけでもしてあげなさい。楽しいわよ、きっと」
「拓海君に怒られるから駄目」
「あら、それならどうしてこっちに来るの? そこまでの仲じゃないでしょう? だから、こっちに来るのかと思ってたのに」
「お母さんって、不思議すぎる。普通はこの年だと反対すると思うけどね。デートはしないの。あの人は霧さんの恋人」
「そう? やっぱり、私にはそう見えないわ」と言われたけれど、聞こえない振りをして、二階に上がった。
 ノックをしたら、
「あー、来ちゃった」と霧さんの声がしたため、
「ごめん」と言って部屋に戻った。
「なんだか誤解されちゃったみたいだね。まぁ、いいか、事実にすれば」と私が行ってしまってから、霧さんが半井君に笑いかけた。
「お前の場合、強引過ぎる。あいつと真逆だな。どけよ」と霧さんをどけていた。
「篤彦って、さっきと違いすぎる。キスしてきたり、手を引っ張ったくせに、今はそうやって」と霧さんがぼやいたら、
「戻れよ。部屋にね」
「いいじゃない、このままここに泊まっても。お母さん、疲れちゃったみたいでいびきかいて寝てるから。こっちの部屋のシャワー借りるね」と言って、シャワールームに移動しようとしたら、
「ここで入るな。誤解される」と半井君が手を引っ張った。霧さんがいきなり抱き付いて、
「一緒に入る?」とうれしそうに聞いたら、半井君が手で押しのけた。
「なによ?」と霧さんが拗ねた顔で上目遣いで見たら、
「お前はそういう部分だけ、慣れているみたいだな。後は子どもだ。そういう目つきすれば今までの男は引っかかったのかもしれないが、生憎、俺はそういうのは慣れてるからな」と素っ気無く言って、
「戻れよ」とドアを指差していた。
「さっきと態度が違いすぎるじゃない。てっきり」と霧さんが怒り出したら、
「悪かったよ。俺はこういう性格だ。お前に合わせてやれないね」と淡々と言われて、
「篤彦って、変だよね。まぁ、いいや。今日は気分が乗らないんだよね」と明るく言って、部屋を出ようとしていて、
「お前とは親密になれない」と半井君がポツリと言ったため、霧さんが驚いて半井君を見た。
「なんで、そんな深刻な顔してるの?」と聞いた。いつもと様子が違って、真面目な顔をしていたからだ。
「悪かったな。さっきのは冗談だよ。お前が好きだったからキスした訳じゃない。だから、その気になられても困る。ここは詩織の家なんだし」
「ふーん。詩織が気になる?」と霧さんが聞いたけれど、半井君は黙っていた。
「篤彦って、日によってふざけたりするのにね。そうか、それが本音なんだ。残念」と吹っ切れたように言ったため、半井君が霧さんを見た。
「そうか、分かった。仕方ないね。なんとなくそうかなとは思ってたけど。今までだったら、そうでもない相手でも仲良くなれたんだけどな。篤彦はそうじゃないみたいだね。相手は選ぶんだ?」
「俺は無理だ」と言った顔を見てから、
「あの子のほうがもっと無理じゃない。彼氏付き」
「あの2人は恋人じゃないさ」
「えー、あれだけ仲が良さそうなのに?」
「とにかく、お前とはガールフレンドにはなれそうもないな」
「えー、もうガールフレンドじゃない」と霧さんが言い切って、半井君が笑った。
「ただの友達だよ。ガールはつかないな、これから先も」
「え、どういう意味なの?」
「親密になれないってことだけは分かるよ。いくらキスしようとね」
「ふーん、篤彦って慣れてると思ったのにな」
「慣れてないよ。遊びならあるさ。ステディはないから」
「ステテコ?」と聞いたため、
「お前は全部コントにしていくよな。似たような言葉で当てはめるな。お前も少しは英語を話せるようになれよ。いつか、お母さんに会える日が来るさ」と優しく言ったため、
「珍しく優しいね」
「友達だからな」
「そうか、そうだよね。仕方ない。潔く諦めてあげる。でも、詩織を襲ったら駄目だからね」
「なんだよ、それは?」
「あの子は真っ赤になっちゃうからね。篤彦ってからかって遊ぶのが好きみたいだから」
「好きな子だとそうなると言われたことがあるよ」
「へぇ、なんだ、やっぱり」と言いながら、霧さんは手を振って部屋を出て言った。

 ノックがあって、
「どうぞ」と言ったら、
「何か用か?」と半井君が中に入ってきた。
「ごめん」と謝ったら、不思議そうな顔をして、
「ああ、あれね。違うな。お前、やっぱり誤解してる」と笑った。
「え、でも……」
「霧とは付き合ってないよ」
「え?」
「霧とは友達だ」
「あ、あの……」
「彼女にならないか?」
「え?」
「さっきの答え」と笑ったので、
「あ〜!」と睨んだ。
「やっぱり、わざと早口で言ったでしょう? なんだかそういうニュアンスだと思ったけど。やっぱり」
「ふーん、返事は?」
「冗談の返事なんて出来ないよ」
「冗談じゃなかったら?」とからかうように言ったため、
「半井君は変だよ。それって、すぐには言わないらしいじゃない」
「なんだよ、母親に聞いたのか?」
「デートの手順とか恋人になる段階の話はしてた。よく分からなくて。てっきりロザリーはいっぱい付き合ってすごいんだと思ってたのに」
「ああ、あれね。別に普通なんだよな。あれぐらい。デートって言ったって、友達でもデートするから。いきなり、『好きです、付き合ってください』と申し込んできたり、『先輩の事好きになりました』と言って、手紙を渡すのはないな」
「え、そうなの?」
「デートもしてないうちからは言わないかもな。君が好きだよ。ぐらいは言うかもな。ただ、境界線があいまいなんだよ。愛の言葉か、人として好きなのか。外人に申し込まれた女が聞いてくる。完全な遊びや気軽な誘いなのに、舞い上がっちゃってね。そのまま、ニュアンスを伝えても、相手はいいほうにとらえたいから説明しても分かってもらえないことが多くてさ。日本人を誘うってことは面倒だって思われちゃう原因の一つだよな」
「面倒なの?」
「感覚が違うからだよ。軽い申し込みなのに、私のこと好きなのねと勘違いするから」
「え、違うの?」
「最初からそこまで好きにはならないよ。友達として話していて、へぇ、いいかもと思った女の子をデートに誘う。一緒に何度かデートするうちに、この子とは合うかもしれないなと思ったら、何度も誘うかもね。でも、駄目だと思ったら誘わなくなる」
「うーん……」
「そうやって、徐々にお互いの気持ち、考え方を分かり合って、好きになってくんだよ。霧みたいに、いきなり好きになったと言って抱き付いてくるのはさすがにな」
「えっと……」
「だから、いきなり好きとは言わない。まず、デートに誘うんだよ。さっきみたいな事はいきなりはしないけど、日本式で告白される事は何度かあったから、それに合わせてみただけ」
「日本式?」
「俺が告白されるのは日本人の女が多かったからね。外人の女は日本人の男はあまり相手にしない。『暗い、何考えてるか分からない』と言ってるのを聞いたことがある」
「ふーん、そういうものなんだ?」
「でも、栄太は明るいからな。ああいう場合は友達は多いだろう。彼女がどれぐらいいたのかは不明だ」
「え、どうして?」
「親密になるまでには時間が掛かるし」
「そういうものなの?」
「教えてやるよ。俺が徐々にね」
「いいです。なんだか、嘘を教えそう」
「俺は嘘つきだそうだからな。まぁ、いいや。徐々に手順を踏んでいこう」
「いいよ、ほかの人に聞いたほうがいい気がする。また、騙される気がする」
「お前は真に受けるから、つい、言っちゃうんだよな」
「楢節さんみたい」
「変態にはならないよ」
「半井君はやっぱり分からない」
「篤彦と呼べ」
「嫌」
「英語感覚で呼べよ。まったくね。友達にもなってない感覚じゃないか。俺ってただの相談相手か?」と聞かれて、
「yes」と即答したら、にらまれてしまった。
「かわいくない言い方だな。もっと、親密になりたいと思っているのにね」といつもと違って静かに言われて、
「え?」と聞き返した。
「俺は怖いのかもしれない」
「どうして?」
「怖がってるんだよ。多分」
「なにに?」
「こういう経験は二度目だ。いや、違うかもしれないな。あの時とは違うかもな」
「あの時って?」
「いい子で寝ろよ」と頭をなでて行こうとしたので、
「気になるんだけど」とさすがに言ったら、
「いつか教えるよ。今日はどうも駄目だ。お前が連れて行かれそうになって動揺しているんだよ、きっと……。だから、冷静じゃない。後日、説明する」と言われて、
「分かった」と言ったら、
「霧だったら、ここまでならなかったかもな。俺は駄目だ」と言ったので、
「どう言う意味?」と聞いたけど、教えてくれずに部屋を出て行ってしまった。


帰国

 ジェイコフさんと母と一緒に教会に行った。さすがに外人ばかりで、みんなが母に挨拶していて、私と半井君も紹介していた。
「☆よろしくね」と言われて、半井君の返事を真似て、鸚鵡返しのように繰り返していたら、笑われてしまった。
「幼稚園児」と半井君に言われて、
「熱心だね。牧師さんの話を聞いているんだろうか?」と言ってしまったら、
「☆詩織、静かに」とジェイコフさんに言われて、
「sorry」と謝った。教会は静かにしている人も多くて、お金持ちが多いと言った意味が分かった。みんなどこか余裕がある暮らしをしている人が多いように感じられた。車で来ている人もいるため、車も高級車が多かった。
 外に出てから、母とジェイコフさんはみんなと挨拶していて、私と半井君は大人しくしていた。聞き取りやすい英語と、聞き取りにくい英語と混ざっていた。
「☆サーフィールズと違うよ」と半井君が言ったので、
「Why?」と聞いた。
「☆こんなに高級車は並ばない。中古車が多い」と言ったため、
「☆中古車なの?」
「☆学生が多いとそうなるだろうな。レモンカーがない」
「レモン? 黄色くないよ」と言ったら笑っていた。
「お前は教えがいがある」と笑っていて、
「教えてよ」と睨んだけど笑っていただけだった。
 車に乗り込んでから、
「レモンカーってなに?」と母に聞いたら、2人が笑った。
「故障の多い車よ。中古車を買う人はそういうことも言うわね」と母が笑っていて、
「そんなに故障が多いの?」と聞いた。
「それはそうよ。こっちは車社会。でも、みんな新車が買える訳じゃないわ」と母に言われて、そうなのかと思った。
「私もここに通うの?」
「ボランティア活動もするから、一緒に参加すればいいわ」と母に言われて、そういうこともあるんだなと聞いていた。
「こっちって、信心深いんだね。日本だと冠婚葬祭とか年始、墓参りぐらいかな?」
「そう言われるとそうね。それは聞かれたわ。神社で結婚式をして、死ぬ時はお寺、なぜなのかとね」そう言われたらそうかもしれない。
「日本は不思議の国と思われているみたいね。宗教問題は複雑だし、人種問題も難しいわ。注意してね」
「そうなんだ?」
「前の学校でありましたよ。訴訟問題に発展しそうになってね。親同士がもめてしまったんですよ。日本だとそういうことはないし。学校はそういう問題に対して責任問題になる事を避けますから」と半井君が言った。
「それはあるわね。だから、そういう部分では親が注意するわ。言い過ぎるとそういうことも起きるから」
「そうなんだ?」
「いじめとかそういうことが起きると学校の責任問題になるし。宿題をやってきてないと手紙が来るし、呼び出されるし。こっちの方がそういうところが厳しいかもしれないわね。遅刻したら親の責任だから」
「えー」とびっくりしたら、
「遅刻も宿題をやれなかった場合も親の責任を問われるよ。小学生以下はもっと厳しいからね。家に一人で留守番させたらどうなるか」
「え、どうして?」と聞いたら、
「こっちはね。育児放棄、ネグレクトと言って、虐待になってしまうのよ」
「えー、だって、私、よく一人でいたよ」
「日本ではそうだよな。一人で留守番させたら怒られる国。友達の親がびっくりするんだよな。俺もお前と同じように親はそばにいなかった。ただ、親切なおばさんがいて、父親か、誰か帰って来るまで預かってくれたんだよ。ベビーシッターも子どもがやってるぐらいだし」
「え?」
「そういう国。お前、少しはこっちのことも分かれよ」
「うーん、すごいね。なんだか色々ありすぎて」
「日本に帰ったら、特訓するからな。家でも宿題を出さないと」
「え?」
「甘いぞ。お母さんにみっちり教育するように言われているよ。日本人学校の補習に通っていたやつも宿題を必死になってこなしていた。お前も同じ事をするだけだ。英会話はそのレベルじゃ、甘いね」
「そんなに大変なの?」
「仕方ないさ。日本に戻って勉強に付いていけなくなったら困るからね。帰国子女だろうとなんだろうと受験はしないといけないからな」
「半井君はやったの?」
「俺、好き嫌いが激しいからな。自力でやってたけど甘かったな。国語なんて本読んでいればいいやと言いながら、ほっといたところがあるし」
「そうなんだ?」
「だから、自分でやるしかないからね」
「なんだか怖いなぁ」
「数学は苦手だそうだから、特訓してあげよう。普通は日本の学校行ってるとレベルが高いそうだから、こっちでは楽だと言ってたけど、お前の場合は危ないから」
「え、数学やるの?」
「そのほうがいいさ。どうせ、やるんだからね」
「えー、やらなくてもいいと思ってたのに」
「厳しくやらせてもらいますから」と半井君が母に言ったら、
「あなたがついていてくれると安心だわ。良かったわね、詩織」と言われて、
「えー、良くないよ。なんだか、拓海君の方がいいな」
「あいつもできるみたいだけどな。お前には甘そうだ。俺の方がお前向き」
「ない」
「冷たい言い方。結局、名前で呼ばないしね」
「いいの、あなたとはただのお友達」
「お、やっと認めたか?」
「先生みたいだから、そっちかもね。楢節さんと似ているなぁ」
「似てないよ。さすがに全教科100点は取れないね」
「あの人、今頃、なにしているだろう」
「さあな。お前よりはしっかりしているさ」と言われて、ため息をついていた。なんだか、結局、自分の力でやっていけそうもないなぁ。助けてもらっている気がする。それじゃあ、意味がないのに……。

「空港に行くまでに荷物まとめておけと言っておいて、これかよ」と半井君が怒っていた。霧さんたちが、朝起きて帰国の準備をしてあると思っていたからだ。でも、起きたのは遅かったらしい。まだ、やっていて、
「詩織も本とかは重いから、ダンボールで日本に送るのに。お前ら考えて買い物しろよ」と半井君が怒ったけど、久仁江さんは、
「はいはい、いまやってますって」と気楽に言った。
「アツ、運ぼう」とジェイコフさんが言ったので、
「先に入れていようぜ」と半井君に言われて、
「そうだね」と言った。
「☆まったく、呆れる親子だ。あの2人がいると疲れるよ」と英語で言って、
「今、悪口言わなかった?」と霧さんが聞いてきた。
「☆これぐらい聞き取れるようになれよ」と呆れながら荷物を運んでいた。
 ジェイコフさんと別れる時、ちょっと抱きしめるようにしてきて、びっくりしたけど、
「とても、楽しかった。会えてうれしかった。また来てくれ。待っている」と優しく言ってくれて、
「☆ありがとう、また来ます。会えてうれしかった」と答えたら笑ってくれた。
 半井君も英語で挨拶していて、こっちを二人で見て笑っていて、
「What did you say?」と聞いても笑っていた。
「そういうことで行きますか。忘れ物だけはないな」と半井君が霧さん親子を睨んでいたけど聞いていなくて、ジェイコフさんと抱きあって挨拶していて、でも、日本語が混じっていたけど、何とか通じているようだった。
 車に乗ってから、
「あなたって、そうやって積極的なのね」と母が半井君に言った。
「親の了解を得るのは大切なプロセスの一つですから」と悪びれもせず答えていて、
「何を言ったの?」と日本語で聞いたら、
「ここはまだアメリカだぞ」と笑っていて、
「なんだか、いやな予感がする。また、何か嘘をついているとか?」
「お前だとからかいやすい」
「ふーん」となぜか霧さんが気に食わなさそうな声を出していた。
「あ、ごめん」と言ったら、
「ああ、いいよ。恋人宣言は解消したの。解散だっけ?」
「撤回だ」と半井君が訂正していた。
「え?」とさすがに驚いたら、
「なんでよ」と久仁江さんも聞き返していて、
「篤彦に言われたの。あんみつにはなれないって」
「は?」と思わず、言ってしまった。母が
「笑わせないで、運転に集中できないじゃない」とかなり笑っていて、
「何が、あんみつだよ。この間はアンパンで、その前が天津飯で、似たような言葉に勝手に変えて、お前って、絶対にわざと言ってるだろう」と半井君が呆れていた。
「アンパン? 天津飯?」と私が言ったら、
「似たような言葉で自分が知っている言葉と間違えるんだ。こいつも日本語の語彙力が少なすぎる」
「えー、いいじゃない」と言い合っていて、
「婚約はどうなったのよ?」と久仁江さんが気になったようで口を挟んできた。
「ああ、あれね。だからなくなった」と霧さんが笑っていた。
「勝手に話を作ってただけじゃないか」と半井君が怒っていて、
「あら、霧は顔と気立てはいいから、お嫁に行くのが一番だよ。勉強ができなくても愛嬌はいいし、私に似て美人だし」
「冗談がすぎるぞ」と半井君が呆れていた。
「じゃあ、別の人を紹介して」と久仁江さんに聞かれていて、
「学校の男のどれでも、好きなだけ家に連れて行け。いくらでもラブレターもらってるじゃないか」と半井君が呆れていて、
「将来性がいい人がいいんだよ。うちの旦那みたいにね」と久仁江さんが笑った。
「へぇ」と半井君が言ったら、
「お父さんはごく普通じゃん。給料ってそんなに良かったっけ?」
「あれでも外国帰りで頭はいいはず」
「あら、すごいわね」と母が口を挟んだら、
「お金のほうが大事だって。私、頭が似てないもん。お母さんに似ちゃったの」と久仁江さんを叩いていて、
「育ちだと思う」と半井君が久仁江さんを見ながら言ったため、
「そうかもねえ」と霧さんと2人で豪快に笑っていた。
「怒らないんだ?」とびっくりしたら、
「だから、負けるんだよな。笑わなくてもいいところで笑う。そのまま、話を聞いてない。困った二人だよ」と半井君が呆れていた。

 飛行機の中で、
「ひどい」と半井君を軽く叩いたら、
「なんだよ」と半分寝ていたようで、機嫌が悪かった。
「嘘ついたじゃない。なにが一緒の意味よ、全然違うじゃない。しかもちょっとねえ」とぼやいた。
「なにがだよ」と半井君も機嫌が悪そうで、私は眠れなかったので辞書で意味などを調べていて、そう言えば……と思い出して『lover』と『girl friend』を調べていた。そうしたら……、
「ああ、それね」と私が指差したところを見て軽く言った。
「呆れるんだけど」
「いいだろ、そうなれば」と言ったため、思いっきり叩いた。
「痛いなぁ。強暴だ。このまま付き合っていけば、いつかはそうなるさ」
「ならない」と怒ったら、
「うるさい」と後ろから言われてしまい、仕方なく休戦した。
「ありえない」と小声に変えて、
「いいだろ、別に。お前が知らない方が悪い」
「意地が悪いなぁ。知っていて、そういうことをするんだから」
「俺って気まぐれだからね」
「半井君は、よく分からない」
「篤彦と呼んだら教えてやるよ」
「えー、それって変だよ」
「仲良しだというのに、『そうでもない』と答えるからだろう」
「ねえ、やっぱりジェイコフさんに何か言ったの?」
「別に」
「教えてよ」
「ただね。『I hope…………』と言っておいただけ」とかなり早口で言われてしまい、
「は、早い」と怒ったら、
「さあね。お前もがんばれ」と軽く言われてしまった。

back | next

home > メモワール3

y inserted by FC2 system