平行線

 ミコちゃんが周りを気にしないように明るい顔で、話しかけてくれて、登校中は助かっていた。
「詩織ちゃん、助けるんだって、あいつが言いそう」
「だれ?」
「睦人《むつと》」
「ああ、あのかわいい弟ね」
「かわいくないって、詩織にはかわいいかもしれないけど、私には生意気」
「かわいいじゃない。目がまんまるでくりくりしてて」
「髪もちょっとウェーブ入っていて、見た目はかわいいんだけどね。キックしてくる」
「怪獣ゴッコは終わったんじゃないの?」
「仕方ないよ。正義のヒーローは自分だと思ってたんだからね」
「いいじゃない。かわいくて」
「そうだけどね。でも、タクもうるさそうだな、蹴散らしそうだ」と言われて、困ってしまった。結局、お互いに冷静じゃないからと話し合うのをやめて、一度帰ってもらったからだ。気まずいな。
「でもさ、カッコいいじゃない。インターナショナルスクールって響きがいいね」
「あのね、ミコちゃん」と言って黙った。道端で言いにくかった。
「今度、話す」
「何か、あったの?」
「色々」
「あれってさ、半井君とタクと仲良く話してるから、やっかみだろうね。もっとも、三井は面白半分、矢井田も同じ。たださぁ、あの子たち、いくら注意してもやめないだろうね。理由もあるし」
「理由?」ミコちゃんが声を潜めて、
「ああいうのって毎年あるんだよね。志望校名がそのうちはっきりわかっちゃうから。そのために、お互いに牽制《けんせい》したり、プライドを傷つけるような事を言い出す子が必ずいるんだって。みんな、納得してそこを志望するわけじゃないからというのが理由」
「どうして?」
「だって、点数で決まってきちゃうじゃない。『どうしても受ける』と最後まで言い続けられる人は少ないと聞いたよ。最後はランク下げたりしてそっちにするんだよね。多くの人は牽制しあっても結局、何にも得にならないから、喧嘩したり他の人たちを馬鹿にしたりはしないみたいだね。学級委員がそばにいれば言わないだろうし。でも、一部の人が言ってると聞いたよ。人のことはあまり言えないレベルの子だったから、あまり面白くないらしいね。その子たちが自分よりは下には言うらしいんだよね。それを言って安心したいかららしいよ。詩織のことも勝手に誤解してたんじゃないかって桃子が言ってた」周りに人がいないから言えるなぁと思いながら聞いていた。
「ミコちゃんの周りでもあるんだ?」
「だって、廊下で矢井田が話してるのを根元と止めたから」
「ごめんね」
「仙道さんだと弱いからなぁ。根元が言った方が聞くね。あの子の方がしっかり者だし」
「私も同じだから、人のことは言えないなぁ」
「英語話せるってカッコいいじゃない。東京に住んでいたとしたら、行ってみたいな」
「ミコちゃんならすぐ話せるんじゃないの?」
「ホームステイはするつもりだけどねえ。大学生のいとことか、結構行ってる人が多くて楽しそうだから」
「ミコちゃんも行くつもりなんだ?」
「それはそうだけど」
「ミコちゃんなら英語が話せない状況でも自分で打開して行くだろうね。色々聞いたけど向こうの学校は大変みたいだから」と言ったら、驚いた顔をしてこっちを見た。何か気づいたようで、
「え、じゃあ、ひょっとして……」と言われてしまい、
「まだ、言わないで。拓海君と色々話したいから。それまでなるべく騒ぎ立てられたくないからね」
「なんだ、そっちなんだ。お父さんの転勤か何かかと思ったけど、お母さんと暮らすの?」と聞かれてうなずいた。ミコちゃんはお母さんがアメリカで暮らしている事は知っているからだ。
「なんだ、向こうにいつか行く準備でインターナショナルスクールに行くんだとばかり思ってた。いきなりなんだね」と聞かれて、
「そうだけど、先生にも口止めを頼んでおいたんだけど、どこで聞かれてるか分からないものだね」
「しかたないって、みんな必死だと思うよ。模試のできが悪かった子とか、塾での順位が熾烈みたいだから」
「塾の順位?」
「塾に入るのにテストがあるぐらいだもの。毎週テストがあって順位が張り出されてるし、点数もはっきり書かれるよ。塾はそうやって競争心を煽≪あお≫って、有名校の合格率を上げるようになってきたみたいだね。私とか戸狩や弘通は自力だけど、塾の子もかなり成績を上げてきそうだね。がんばらないと」
「楢節さんも自力だったね」
「海星は部活にも参加して、塾行ってない子のほうが成績がいい子が多いもの。親に言われて勉強してる子よりハッキリしてるよ。私も医者か弁護士になれって言われたけど、新聞記者とかやってみたいし」
「あれ、そうなの?」
「その辺は色々調べていきたいね。弘道君のように今から決めている子だっているけどね。親に言われて、勉強したってそのうち疲れちゃう子も出るんだって。一昨年だったかな?……いたらしいからね。生徒同士の喧嘩は裏でやってしまえば分からないから、実数知らないけど」
「海星ってのどかな学校だと思ってた」
「バイク乗り回したり、色々出てきてるよね。あの子たちもどうするんだろうね」と小声で言われて、瀬川さんがその人たちと一緒にいた事を思い出していた。

 教室に行くまでにかなりの数に話しかけられたけれど、あいまいに笑って何も言わなかった。ほとんどがインターナショナルスクールだと勘違いしていたので、そのままにしておいた。
「いいなぁ、私も行ってみたい」
「小さい頃から行くんじゃないの?」
「へぇ、そうなんだ?」と教室に着いてからも根掘り葉掘り聞かれたけれど、黙って教科書を入れて筆箱を出していたら、
「詩織」と拓海君がやってきて、
「あ、お邪魔様」とみんなが逃げて行った。
「あいつらうるさいな」と言ったけれど、なんだか気まずかった。
「インターナショナルスクールってそんなにいいか?」とそばの男子が馬鹿にするような顔をして言ってきて、
「やめろよ」と本宮君が言ってくれて、
「そうだな。やめた方がいいよ」と須貝君とそばにいた佐々木君が注意してくれたため、その男子は行ってしまった。
「D組はうるさいよな。平均点がEとともに低いからってさ」とその男子を睨んでいた。
「しかたないさ。あそこのクラス、授業を抜けるやつが2人いて、大変みたいだぞ」
「2人もいるのか?」と男子が言い合っていて、拓海君は私をじっと見ていた。
「お前……」と言われて、
「やぁだ〜! それって本当?」と三井さんの声が聞こえた。
「あいつらは反省はしないようだな」と拓海君が言って、そのとおりだなと見ていた。

 休み時間は碧子さんと一緒にいた。沢口さんたちは笑って色々聞いてきたけれど黙っていた。
「俺も行きたいよ。無試験なんだろう?」
「えー、そうなの?」とこれ見よがしに三井さんが言いだして、
「なぁんだ〜!」と手越さんが笑っていた。
「日本の学校じゃないから難しいと思ったけど誰でもいけるんだね」と笑いあっていて、
「そういうのはやめたほうがいいと思うよ」と仙道さんが止めていた。
「あら、なによ」と三井さんが馬鹿にするような顔で笑っていた。
「だって、そういうことは個人の問題であって」
「いいじゃない。本当のことなんだから」と三井さんが笑っていて、
「本当のことなら言ってもいいんだな」と本郷君が怒った。
「な、なによ」と三井さんが睨んでいて、
「君のほうが言われたら困ることがいくらでも出できそうだという話だ」と本郷君に言われて、
「ふん、腰ぎんちゃく」と小声で言った為に、
「なんだと」と本郷君が睨んでいた。
「本当のことじゃない。磯部君に会長選で負けて以来、何かと先生に取り入るようなことばかりして、私の事を言いつけて」
「おい、それって間違ってないか?」と拓海君が止めていた。
「な、なによ」と三井さんが途端に弱気になったら、
「志摩子、逸子、あれほど言ったでしょう。やめろって。本郷君も青筋立てない。そんなこと気にしないの。逸子、志摩子の口の悪さは体育館中が知ってる衆知の事実」と根元さんがぴしゃりと言ったら、クラス中がいっせいに笑った。どうも本当のことのようで、
「え、そんなことないわよ……」と手越さんがちょっと弱気になった感じで言ったけれど、
「お前って、脇が甘いんだな。バスケも普段も。自分が言われたら、同じようなことは言われるもんだぞ。女子も男子も結構言ってたぞ。お前たちは体動かすためじゃなくて、口のトレーニングに来てたって」と男子の元バスケ部員に言われて、また、みんなが笑ってしまい、
「え……、ひ、ひどい」と手越さんがちょっとだけ怒っていて、
「へぇ、そうなんだ。やだなぁ」と三井さんが笑ったけど、いつもの態度ではなかった。
「おめでたいやつ。あれだけ言われたら、さすがに自分も言われるのは当然なのに」と彼女達がいなくなってから男子が言っていて、女子は聞こえたらしくて笑っていたので、どうやら本当みたいだなと思った。

「詩織ちゃん、人気者になったね」と桃子ちゃんに昼休みに笑われて、お弁当を食べ終わってから、拓海君に言われて移動していた。誰もいないところに行きたかったけれど、そういうわけにも行かずにそれなりに離れたところにいた。
「あいつらって好き勝手言ってるよな。何が無試験で誰でも入れるからだよ。呆れる」
「無試験は本当だよ」
「なにが?」
「公立はそうだから」
「そうなのか?」
「私立は試験とか色々あるんだって。面接もあって、エッセーも提出」
「ふーん」と気に入らなさそうだった。
「説明したかったのは本当だよ。でも、お父さんを説得してからにしたかったの」
「どうして?」となじるように言われて、
「相談してくれたらいいだろう。そういう話があった時点で」
「最初は本気になんてしてなかった。お母さんにパンフレット持ってこられた時は断ったの」
「だったら」
「色々、今後のことで言われたの。離婚家庭だとハンディがあるとか、私の成績ぐらいの女の子だとその辺にごまんといるだろうし、おまけに押しが弱いって」
「そうだろうな」
「そういう事を並べ立てられて、考え直したの。そういうことまで考えてなくて断ったからね」
「ふーん。だとしても、ちょっといきすぎだろう?」
「私だって、最初は考えられなかったよ。でもね、将来の事を考えてみたの」
「なにが?」
「高校に行って、またほとんど誰もいないところから始まって、勉強して部活に入って、一之瀬さんのような人はどこにでもいる。そんな時、拓海君もミコちゃんもいない。私はどうするだろうってね」
「相談に乗ってやるよ。いくらでも」
「でも、助けてくれる人がいるかどうかは分からないでしょう? 海星だってそうだったから。クラスでも部活でも様子を見て、どうなるか見守ってる人たちばかり。ミコちゃん、拓海君、根元さんのようにきっぱり言える子なんて少ないもの。誰がどういう性格かわからないだろうし、友達と言える関係になるまで時間が掛かると思う。そういう環境でやっていくとしても拓海君にはもう頼りたくないの」
「なんで?」と強く言われて、顔を見た。
「迷惑掛けたくないの。拓海君は部活も勉強もできるのに煩≪わずら≫わせたくないから」
「そんなこと思うわけないだろう」と声が大きかったのでびっくりした。しばらく黙っていて、気まずくなったので口を開いた。
「そういう訳で、色々考えてみたの。週末だってきっとほとんど会えないかも知れない。部活が忙しければそうなるだろうし、勉強だってしないといけないけど、私がそばにいたら足を引っ張りそうで」
「なんでいつもそう言うんだよ」と怒っていたので、
「私が嫌なの」と言ったら、困った顔をしていた。
「だからね。拓海君がそばにいたら絶対に迷惑掛けちゃうし、頼りたくなっちゃうだろうし、拓海君だって心配して色々してくれちゃうだろうなって、想像したの」
「それは……そうかもしれないけど」
「だから、距離を置いたほうがいいのかなって」
「なんで、そんな極端に走るんだよ」
「極端って、確かにそのとおりだけどね。でも……」と言い合っていたら、三井さんがいつのまにかそばにいて、こっちを見て様子を伺っていた。拓海君が気づいて睨んだら行ってしまった。
「あいつらは反省ってしないようだ」と呆れていて、
「三井さんは人に言われたら嫌だと思わないのかな?」
「気にしないようだぞ。逃げておしまい。それで忘れちゃうみたいだな。おめでたい性格だ」すごいかも。
「ああいう人の気持ちが分からないな」
「俺も同じだ」
「拓海君のお陰かもしれないね」
「どういう意味だよ」
「拓海君に出会えて、色々分かったことが多いなって思っただけ」
「話をはぐらかすな。どうして言ってくれなかったんだよ。相談だって他のことならいくらでも。よりによってあいつに相談するな」と強く言われてしまい、
「そう言われても、他の誰に聞くの?」と聞いたら困った顔をしていた。
「先生にも誰にも言えないもの。楢節さんだってよく知らなかったようで」
「お前、そっちにも先に言ったのか」と思いっきり気に入らなさそうな声で言われてしまい、
「え、でも……」
「なんだよ、あちこち知っていて、俺に何で言わないんだよ」と怒られてしまい、
「あの人は、後腐れない人だから言えたのかもしれない」
「そうかもしれないけど。俺に一番に言えよ」
「言ったら決心がつけられなくなるよ」そう言ったら、拓海君が黙ってこっちを見ていた。
「拓海君に相談したら途中で『やめる』と言ってしまいそうだもの。絶対にね。止められるのは分かってるもの。だから、自分で考えて決めたかったの。経験者に話を聞いて、現地校に通ってる人にも教えてもらった。実際に学校に行ってみて、色々調べた結果、決めたの」
「お前、だから旅行に行ったのか?」と聞かれてうなずいた。
「そうか、そういう理由か……」と何か考えていた。
「拓海君に一番に言いたかったよ。誰よりも聞いてほしかった。でも、言ったら、絶対に決められないもの」とつぶやいたら、こっちを見て何か言いたそうにしてからやめていた。

 掃除の時間に根掘り葉掘り聞いてくる子がいたけど、ほっといたら、
「無試験で誰でも入れるからいけるなら。いいなぁ。お金ってどうなんだろうね?」と言われて、
「勉強できないやつが行くんだろう?」と男子に言われてしまい、
「違うよ」と本宮君が見かねて注意していた。
「え、なんで?」とその男子が聞き返した。
「知り合いが、そこに行っていた人と友達だったんだ。インターナショナルスクールは日本人も他の国の子もいるんだよ。授業は英語だからね。勉強ができない以前に英語が出来ないと無理だよ」と説明したため、
「え、じゃあ、普通科より難しいじゃないか」とその男子が驚いていて、
「え、そうなの? 誰でもいけるんだと思ってた。だって、一之瀬さんと三井さんが」
「あいつらの話をまともに聞くなよ」と男子が笑い出していて、
「言えてるぞ。あいつらの話っていつも曲がっていくんだ。元の方向性とは違う話になるからね。元の話はどれだとクイズに出せるぐらい、いい加減。体育館の常識」と男子が笑ったため、
「そう言えば、そういうような事を言ってたっけ?」と男子が言い合っていた。うーん、そうか、言わないだけでそう思ってたんだなと聞いていた。
「『矢井田の話は10分の一で』は聞いたけど、そっちは知らない」と廊下の男子が言った為に、
「えー、それって誰でも知ってるって」と廊下にいる人が言った為に、みんな信用してる訳じゃないんだなと気づいた。矢井田さんは、元々、「話半分の女」と言われていたらしい。それから、どんどん数字が減っていき、1/4、1/8となり、最後は話1/10になったと、この間教えてもらった。
「あいつら、ほっとけよ」と戻ってきた桜木君に言われて、
「そうだけど」と女の子が面白くなさそうだった。

 ホームルームの後、先生が保護者会の日程のことで一部の生徒と話をしていて、
「いや、だからな。たっぷり時間とってほしいから、最後と言われてもな。みんなも同じなんだから」と言っているのが聞こえて、
「それって、ちょっとなぁ」と男子が言っていた。拓海君が寄って来て、
「お父さんが来るのか?」と聞かれて、
「母からは書類と手紙を渡すように言われているから」と答えたら、
「そうか」と私の顔を見ていた。
「帰ろう」と言われてうなずいていたら、
「ねえ、授業って英語なの? 日本語だよね」と三井さんが先生がいるのに気づかず大声で聞いてきた。
「インターナショナルスクールって聞こえはいいけど問題児が行くところなんでしょう? 英語しか話さないって冗談だよね」と決め付けるように矢井田さんに言われて、
「お前ら」と先生が囲まれていた生徒を掻き分けて表に出ていた。そうしたら、三井さんが慌てて逃げようとして、そばにいた男子生徒が小声で何か説明していた。
「まったく、思ったとおりの結果になったな。しかたない、その話を言ったやつ、全員後で職員室に、あ、駄目だ、会議だったな。明日の昼休みに来なさい」と先生に注意されてしまい、
「はぁ〜い」と仕方なさそうに返事をしていた。
「まったく、話には聞いていたが、もう出てきたのか。そういう話はやめた方がいいんだ。言ったってしょうがないだろう? それより、勉強して一つでも問題が解けるようになってくれ」
「そんなこと言ったってさぁ。俺たちだって結構言われたぞ。塾で鍋にさ」
「俺、鯉に言われた」
「鍋? 鯉?」と先生が不思議そうな顔をしていて、
「あだ名で〜す」とそばの女の子がおかしそうに教えていて、
「なるほど」と先生が言ってみんなが笑っていた。

 拓海君と歩きながら話をしていた。
「あいつらのことはほっとけよ」と言われて、朝、ミコちゃんから説明を受けた事を報告した。
「それは桃から聞いてないな。あいつ、お姉さんがいるから詳しいのかもな。もっと上を目指したいと思って、上を見て嫉妬して下を見下すことで晴らしてるのかもな。俺にはわからないけどね」
「同じく」
「そういうことはよく分からないよ。俺はどうもそういう気持ちは理解できない。未だに一之瀬は分からない。三井や矢井田は悪気があるのかないのか、言って歩くのが趣味だから直りそうもないし、どういうつもりなのか意味不明だけど、手越とか宇野たちの事はなんとなく分かるよ。自分のことで言われたくないからよけいに言うらしいな。自己防衛だと戸狩に聞いたことがあるけどね」
「自己防衛?」
「プライドがあるからだ。誰だって、プライドはそれなりに持ってるけど、実際テストだとハッキリ数字に出てしまうだろう? そのせいだって。部活も同じ、試合に出るメンバーはいつのまにか決まってしまうものだから、絶対に出たいと練習する子はともかく、宇野たちは何のために来てるんだって、あちこちで言われだしてね。最後の方はひどかった。バレーの男子の焦りがそっちに向かってしまって、険悪なムードが漂ってね」
「ムードか」
「なんだよ」
「それって使わない英語」
「は?」
「ああ、こっちのこと。それよりなんだか困ってしまって。ああなるのが分かっていたから、言えなかったの」
「なんで?」とにらまれてしまった。
「後で話そう。なんだか疲れちゃった。今日一日で、知らない人にいっぱい聞かれた。何でああも楽しそうに聞いてくるのかな?」
「転校生になったらそうだろう? 同じだろうな。好奇心だよ」
「そう言われても、こっちだって説明できるほどじゃないよ」
「しかたないさ。そうやって晴らしてないと家に帰っても塾に言ってもうるさい事を言われるらしいぞ。男子は特に」
「そうなの?」
「『勉強しろ。大丈夫なのか?』毎日言われるから、ストレスが溜まるから友達の家に行くだろう? そうするとそこでも言われる。いい環境じゃなくて困ったって男子が言ってたからね」
「塾なら」
「永徳は無理。それ以外はそうでもないらしいけど。永徳は競争心を煽≪あお≫って、ハッキリ褒めるやつとそうじゃないやつと分ける」
「ちょっとすごいね」
「しかたないさ。塾にしてみればいい学校に行かせるための一つの方法なんだろう。嫌だったら見返すように勉強しろってところなんだよ」
「そうだけど」
「自力のやつもいるけど、そうじゃないやつも必死なんだしね。綺麗事じゃないのは部活と同じ。色々なやつがいるってことだ」
「噂話も多いんだろうね」
「ないね。おしゃべりしてる人が行くところじゃない。休み時間も勉強してるようなところ。喋りたくてしょうがないやつらは居場所がないぞ」そう言われたらそうだった。

 家で、色々説明していた。昨日よりは落ち着いていたけれど、何度もなじられてしまった。
「理由は分かったよ。お母さんが言ったことも一応は分かる。ただな。それを選ぶと挫折した時が大変だぞ。助ける人が少ないってことは」
「日本と同じだと思うよ」
「英語が話せない状況で説明も出来ないところに行き、誰に助けを求めるんだよ」
「ああ、それも言わないとね。日本人はいるの」
「え、だって」
「ロスは日本人が比較的多いの。日本人学校もあるぐらいだから」
「ふーん、そうか」
「駐在員の子どもはそっちに行く人も多いみたい。日本の教科書を使って勉強するぐらいだから」
「え、そうなのか?」
「駐在員の子は日本に戻ってくることが多いから、そうするみたい。現地校に行く人もいるし、ばらばらみたいだね」
「そうか」と拓海君が何か考えていた。
「でも、向こうに行ったら色々問題が出てくるだろう? 進学の問題もそうだし、言葉も食事だって合わないかも」
「そういうことは考えていたら限がないよ」
「だとしてもやっぱり納得できないな。お前が行って通用するような場所とは思えないな。日本の普通の高校でも心配で」
「そこまで心配してくれるのはありがたいけれど、行ってみたいの」
「でもな」
「環境は良かったよ。気候もいいし」
「そういう問題じゃない。俺と会えなくなるぞ」と言われてしまい、
「それはその通りだけど。高校に行ったら、多分、もう……」
「何を言ってる?」
「だって、拓海君はきっといい学校に行けるからそうなったら遠くに通うでしょう? 通学に時間が掛かるし、部活もあったら忙しいだろうから、私とはそんなに会えなくなるだろうから」
「電話すればいいじゃないか。毎日、電話して」
「でも、疲れたら眠くなるだろうし、学校が違えば話とかが合わなくなるだろうし。女の子が言ってたよ。離れ離れの学校になると共通の話題が少なくなってくるって。学校のランクにだって差が」
「お前、そんな事を気にしていたのか? 真に受けるなって言っただろう? 宇野が言ったことは別に」
「何か言ったの?」
「え、あ、いや……」とごまかしていたので、じっと見ていた。
「確かにあいつらはそういう事を言うかもしれないけど、でも、俺は違うからな。俺は心変わりなんてしないつもりだし」
「そういう事を言ったんだ?」
「まったく知らないようだな。仕方ない。あいつらは勝手な事を言ってただけだ。今更勉強しても追いつけないだろうし、がんばったって無理だとかそういう事を言ってね。すぐに別れるとかやっかみで言い出したんだよ。お前が勉強しているのを見て、そう言ったんだ」
「そう……」
「でも、俺はそんなことはしないから。まったく、呆れるよ。人の気も知らないで」
「拓海君とは実際に差があるもの」
「俺は気にしない」
「私は気になるもの」
「お前なぁ。ああいう事を気にしてたってしょうがないさ。ぼやいてばかりいたって仕方ないだろう? 俺がはっきり言ったのが気に入らないから八つ当たりしたんだろうって戸狩が言ってたよ。俺はそういうのは好きじゃないからな」
「でも、面白くないのかもね。拓海君には武本さんの方がお似合いで」
「また、そういう事を言う。武本と似合ってるかどうかは関係ない。俺が決める事だろう? あいつらがそう言い出したのは、自分の身内だかららしいぞ。自分も好きだったけど、武本と一緒に話したかっただけじゃないかとか色々言ってた女子もいたけどな。武本とはよく話していただけ。お前と話して気に入らないと思うのはおかしいんだよ。幼馴染だからとか、やっかみで色々裏で言ってたようだけど。そんなことだけで付き合う訳がないと言うのに」
「え、でも、それがあったから」
「話がそれている。今は留学の話だ。向こうに行く必要があるとは思えないね。途中でまた一之瀬みたいなことになったら、今度はそばにいられないから助けられないだろう?」
「だから、向こうに行くの」
「なんで?」
「拓海君にいつまでも迷惑を掛けたくないから」
「迷惑だなんて思うわけないだろう。俺はお前のことを守るって決めているからね」
「昨日もそう言ってくれたけれど、でもね、それは困るの」
「なんで?」
「それじゃあ、強くなれないから」
「詩織の性格で向こうに行ったら強くなるどころか、益々やられると思うぞ」と言われてしまい、困ってしまった。
「向こうの学校って行ってみないと分からないと思うけどね」
「それはそうかもしれないが」
「人によって違うのかもしれないけど、行ってみてから考えていけばいいのかも知れないなと思うけど」
「それは桃とか根元とか言いたいことが言えるタイプなら分かるけどな。お前の場合は押され気味だったからね。一之瀬にも加茂さんにもね」
「ああいう人もいるだろうね」
「だったら」
「どこにでもいるだろうね」と言ったら黙っていた。
「片親だとハンディがあるとはっきり言われたの。お母さんも同じだったから、そう言っていた。英語が話せるようになるまで時間はかかるみたいだね。それも練習するしかないし」
「英語以前の問題だと思うけどな」
「お母さんはそれがあったから今の仕事に就けたと言って」
「それでお前と離ればなれになったんだろう?」
「そうだけど、後悔はしてないみたいだよ」
「あの人はそうかもしれないけど、お前は違うと思うぞ」
「拓海君って保護者みたいだね。お父さんと同じ事を言う。むしろ、お父さんより心配してる」
「当たり前だ。俺はお前を守るって、決めたんだよ。あの時の約束を」
「約束?」
「え、ああ、それは……」と困って黙っていた。
「とにかく、詩織が行って通用するとは思えない。反対だ。絶対に」と強く言われてしまいため息をついた。昨日と同じだった。
「拓海君と一緒にいたら強くなれないから」
「強くってなる必要はあるのか? いきなり、そんな荒療治するような事をしなくても、日本の学校に通い、徐々に強くなっていけばそれで」
「無理だよ。拓海君がそばにいれば頼ってしまうもの」
「いいだろ、それで」
「私が困る」
「なんで?」とにらまれて、また、ため息をついた。
「拓海君に迷惑掛けたくないから」
「迷惑じゃないって言ってるだろう」とちょっと声が大きかったため、びっくりした。
「あいつらがなんと言おうと、俺がそうしたいからそうしてるだけだ。迷惑だとか、そんなことは考えなくてもいい。気になって心配で困るからな。だから、こうしているだけで」
「それはありがたいと思ってるよ。でもね。それに甘えていて、また、怪我したら」
「あれはお前のせいじゃないぞ。あいつらが」
「でも、また、ああいうことが起こったら、瀬川さんがなんだか変だったし」
「瀬川が怒っているのは別の理由だ。模試の点数が悪かったこと、今までの素行が悪すぎて進学が危ないから。面接もあるし、あまり素行が悪いと入れてもらえないかもな」
「そうなの?」
「桃が言ってたぞ。根元に相談してた。仙道に言っても難しいから根元に相談して、本宮と俺も聞いたんだよ。そのほうがいいからって」
「どうして?」
「瀬川はお前の悪口を言いふらしていたからだ。2学期になって、進路希望調査を出す前か後ぐらいからね。そういうことはこれからいくらでも起こる。お前のせいじゃない。処分や注意など、そういう部分は自分の問題であって、人の悪口を言って晴らすことじゃないからな」
「そうだけど」
「ついでに言うなら、三井と手越も模試のことがばれてから、男子に言われだして焦りがあるんだよ。点数はばれていないと思ってたらしいが、あいつらの母親の友達から筒抜けでね」
「え?」
「母親が一つ上の学年の母親に相談したんだ。『今、学年のこの辺にいるけれど、高校はどれぐらいがいけるかどうか』と聞いたらしくて、それでばれちゃったという訳。母親も迂闊だけと喋る友達の親も問題だよな。それで焦ってたという訳。似たような成績の宇野、小山内にしてみれば、見下せる相手を探していた。それがお前だっただけ。だから、ああいう事を言い出しただけ。ほっとけばいいさ」
「え、成績が同じぐらいなの?」
「よく知らない。小山内さんと、宇野はそれぐらいだと思うと戸狩の予想。俺はそれを聞いただけだけど、あいつ、結構当たってるから」なるほど、分かる気もするなぁ。
「そういうことで、俺は絶対に反対だ」
「そう言われても、もう準備も始めていて」
「何しているんだよ?」
「色々。問題集とか」
「受験勉強をしろよ」
「似たようなものかもね。数学と英語を重点的にやってるから」
「数学? なんで?」
「半井君に言われて」と言ったら思いっきりにらまれた。
「そんな嫌そうな顔をしなくても」
「あいつは知っていて、ああ言ったんだな」
「何を?」
「束縛するのはやめろって。過保護も大概にしろってさ」言いそうだな。
「大きなお世話だと言いたいね。あいつ、気に食わない」
「意外といい人だったよ。変なところも多いけど」
「ふーん、よく話しているからな」とにらまれてしまった。
「とにかく、もう決めたの。その準備はしていかないといけないし。拓海君も受験があるわけだから」
「駄目だ。絶対に」
「どうしてそこまで言うの?」
「昨日も言っただろう。目の届く範囲じゃないと守れないから」と言い切られて、平行線だな……と、また、ため息をついた。


尾ひれ

 職員室に並んだ人を見て、先生がため息をついた。
「全員、何度も注意した顔ぶれだよな」と言われて、三井さんが頭を掻いて、矢井田さんは、「へへ」と笑った。
「笑い事じゃない。言っていいことと悪いことがあるだろう? 話は一応聞いたが、インターナショナルスクールの話や、誰でも入れるとか言いすぎだろう?」と先生が怒っていた。
「え〜! だって本当じゃないですかぁ〜」と矢井田さんが笑ったため、
「そうだったか?」とそばの先生が誰かに聞いていた。
「俺、よく知らね」と聞かれた男子が答えて、
「その言葉遣いはなんだ?」と怒られていて、
「半井かロザリーに聞いてくださいよ。俺に言われても」
「ロザリーは無理だろう」と先生が言ったら、
「そうかもしれませんけど」とやり合っているのを赤木先生が見て、
「やぁだ〜!」と笑いあっている懲りていない面々を見てから、困った顔をしていた。
「あまりひどいと罰当番で居残りになりそうだな」とそばのベテランの先生が通りすがりに言ったため、
「え〜!」と一斉に抗議しはじめた。
「やだって。掃除とかでしょう?」
「違うぞ。居残りは受験生だから特別補習だったはず。そうでしたね、先生」とその先生が長くこの学校にいる先生に同意を求めていた。
「ああ、そうですよ。一昨年からそう決まっています。一時間居残り、プリントに英単語書けるだけ書くんですよ。漢字の場合もありました。常連の人がいつもいて、それでもテストの点数は上がらなかったそうですけど」と笑ったため、
「えー」その場に居た女の子全員が嫌そうだった。
「その辺はまだ決まってないけどな。お前たちのせいで、今年もありそうだな」と赤木先生が困った顔をしていた。
「ひどいよ、遊びたいのに」
「え〜! 話して発散しないと」と言い合っていたので、
「こら」と先生が怒っていて、みんな舌を出したり、全然懲りてない感じで笑っていた。

 三井さんたちがぼやいていたので変だなと思ったら、課題を出されたようで、
「あの方が懲りるかも」と掃除の時間に話していた。
「無試験なら、俺も行きたいな」
「親が許してくれないって。うるさそうだぞ。受験受験、いい高校行けってさ。親のために勉強してる気分」と言った為に、そういうことも言われるんだなと思った。父とは顔を合わせない上に、まだ拗ねているからとてもじゃないけど、そんなことは言われそうもなかった。私が平日何をしているかも知らないだろう。
「詩織ちゃん、英語話せるの?」と廊下から聞かれたけど、黙って掃除をしていた。
「本宮、よく知ってるな?」と男子に聞かれていて、
「又聞きだから無理だよ。半井にでも聞いてもらわないと」
「元王子か? あいつ、愛想ねえからな」と男子が言っていて、それはあるなぁと思った。多分、誰も聞きに行かなさそうだ。あれから見かけたけれど、話はしていなかった。彼はちょっと機嫌が悪そうだった。

 ロザリーが囲まれていて、
「えっとですね。私は行ってないし友達が行ってたから、知りませーん」と答えていた。
「海外のインターナショナルスクールですけど、よく知りませーん。そこまで話さない」
「駄目だ、こりゃ」とみんなが笑っていたら、
「無試験なら行きたいよな。面白そうだ」と男子が笑ったら、
「無試験じゃないですよ」と通りかかった、一年生の子が言い出した。割とかわいい子だったので、男子がうれしそうにしたため、そばにいた女の子が男子を叩いていて、
「痛いぞ」と遣り合っていて、
「私、東京にいましたから、そのときの同じ塾に通っていた子がインターナショナルスクールにいて、聞いたことがあって。英語の試験をするんですって、授業はもちろん英語ですから話せないと駄目でしょうね。親の都合で日本に来ている外国人とかいるそうだし。親は確か英語が話せないと困ると聞いたことがあるし」
「佐倉の親は英語を話せるのか?」と男子が言い合っていて、
「それに学費も高いそうですよ。私立の高校に行くより高いかも知れないし、寄付金とかあるから比べられないけれど」
「誰だよ。無試験で誰でも入れるってデマ言ったの」
「いつものメンバーだって」
「嘘もいいところじゃないか。期待して損した」
「期待って、お前いけるのか?」と男子が言い合っていて、
「何でそんなことが気になるんですか?」とロザリーがのんびり聞いていた。

 家で勉強していたら電話が掛かって来た。半井君で、週末の予定と宿題のはかどり具合などを聞いたあと、拓海君との話し合いを聞かれて説明した。
「思ったとおりの反応だな。過保護もいいところだ。日本の親みたいだ」
「日本の親って、何?」
「だから、留学生の親、ホームステイの時の日本にいる親のこと。電話を一日一回は掛けてくるし、心配ばかりして手紙で色々注意点とか書いてきたり、業者に文句言ったり。とにかく、日本人の親は口出しが多いってさ。子供の問題に口出ししすぎるって聞いたことがあるからな」
「誰に聞いたの?」
「ホストファミリー」なるほど。
「彼らにしてみれば不思議なんだろうな。部屋に籠もって話もしない。家族と会話しない、冷蔵庫を開ける度に許可取ってきたり、コレクトコールだからって電話を一日一回かけるのはどうかと思うと言っていた」
「すごいね」
「山崎も同じだ。心配のあまり口出ししすぎる。完全に保護者となってるよな。恋人じゃなくて父親のようだ」
「そう言われたら、うちの父親より父親らしいかも」
「どっちもどっちだけどな。俺の親は放任主義だから、びっくりするけどな」
「そう? 保護者会は来るんでしょう?」
「親父が来る訳ないだろう。俺のことは自分で決めろってタイプ。というか爺さんと決めろってさ。さすがに爺さんは忙しいから来れないし、どうするか決めかねているよ。親は来ないって言ったらさすがに駄目だと怒られてね。電話でもいいからと言ってたけど、親父はいないことが多いし」
「そう」
「誰かに頼むさ」
「誰かって?」
「爺さんの側近」
「この間もそう言ってたね。よほど、偉い人なんだろうね」
「お前の場合は時々鋭いな」
「そう?」
「山崎はほっとけ。お前がやる気があるところを見せて納得してもらうしかないな」
「そうなの?」
「留学するやつは大概は反対されるんだよ。親が薦めるような超お坊ちゃまなら別だけど、普通の家庭の子どもが来るのは金かかるし、心配だからね。一年かけて説得したやつもいたぐらいだし」
「え、そうなの?」
「検定で1級取ったらいいと言われて、中学生だと大変なのにがんばって勉強して高校生になってから、何とか取って来たやつがいたよ。そういうこともいくらでもあるからね。おまえも時間を掛けて説得するしかないさ」
「なるほど」
「テストの点数を上げたらとか、順位が何番以内になったらとか約束してそれで説得したやつもいた。お前もそうしろ。数学のテストか英語のテストで納得してもらえ」
「それで納得してくれるかなぁ」
「仕方ないさ。駄目だったら、行ってしまえ。お前の自由だぞ」
「そうだね。父の方は諦めた。あまりに拗ねて逃げてるから時間かかりそうだし、母の時とどうしても混ぜてるからね。ほっとくしかないと思う」
「お前、父親の方はそれだけあっさりしていていいのか?」
「おばあちゃんになだめてもらうしかないよ。親として反対してるならいいんだけどねえ。どうも違うから」
「ふーん、離婚する訳だ」と軽く言われてしまい、確かにその通りだけどと思いながら不機嫌になって、
「他人事だと思ってね」とぼやいたら、
「悪かったよ。俺も機嫌が悪くてね。俺にも聞いてきたし、ロザリーも聞かれたようだ。インターナショナルスクールは誰でも入れる無試験の落第生の行く学校。すごいデマだよな。ありえないよ」
「そう言われても」
「英語できないやつは難しいみたいだぞ。その他、条件があるし。親が英語が話せるとかね」
「そうなの?」
「その他色々あるらしい。学校によって違うみたいだけど、俺の友達がいたところはそう。だから、デマもいいところだよ。どうしてそうなったのかも想像がつくけど」
「どうして?」
「言い始めたやつらがよく分からないから勝手に作ったんだろうな。矢井田がいると話は大げさどころか元の話が無くなるぐらいだから」
「え、だって」
「そういう子はいるんだよ。思い込みが激しいというか、勝手に話を作って罪悪感はないみたいだぞ」
「すごいね」
「三井って子は知らないが、矢井田の話は10分の一は有名だって」
「あなたまで知ってるとは」
「学校中ほとんど知ってると思うぞ」
「私、知らなかった」
「あいかわらず疎いやつ」
「そう言われても」
「ほっとけ。答える必要はないさ。どうせ、いつかはばれちゃうから訂正したって無駄な気がするな」
「そうかもしれないね」
「俺もやられた口だからな。あの手のタイプは訂正したら、その話に尾ひれを付ける。ふかひれスープもできるかもね。大きい鰭だから」
「ふかひれって尾ひれなの?」
「そこをつっこむなジョークだ」
「笑えない」と言いながら笑っていた。
「笑ってろよ。お前はそのほうがいいさ。山崎はほっとけ。お前の保護者の気分だから子離れされて焦ってるだけだ」
「子離れと言われても」
「いつかは親から巣立っていくものだからね」
「飛べそうもないよ。最近太ってきたし」と言ったら、受話器の向こうで笑っていて、
「詩織はひよこからアヒルの雛になったぐらいだな。せめてガチョウになってくれ」
「えー、それって笑えない」
「今のはジョークというほどでもない」と言いながら電話を切っていた。こういうこともすぐ言うんだからと呆れていた。

 体育大会が終わって保護者会が始まることもあって、男子はあちこち言い合っていた。どれぐらいの順位でどこの学校を狙えるのか。内申とかそういう話が多くなり、女の子はあいかわらずグループに分かれて話していた。拓海君はあいかわらずで、その話はできそうもなかった。
「誰か、この問題できるやついないか?」と授業の最後に必ずやらせられる受験用の問題を赤木先生が聞いてきた。
「山崎、答えろよ」と男子が笑った。
「本郷でもいいだろう」とみんなが笑って、
「5分の1」と私が思わず言ったら、
「5分の1」とそばの男子がふざけて手を上げて答えて、
「お、すごいじゃないか。よく解けたな」と先生に褒められて、隣にいた加藤君がみんなに注目されていて、頭を掻きながら、
「楽勝……と言いたいところだけど俺の答えじゃないって」とこっちを見て、
「あれ、佐倉分かったのか、解いてみろ」と言われて仕方なく前に出た。
「えー、解けるのか?」と男子が笑っていて、私がなんとか式を思い出して書いていた。
「答えはすぐ出たのに、式が途中で危ないな」と先生に言われて、
「すみません、この問題は解いたことがあるので答えだけ覚えていたので」と言って、何とか書いた。
「まぁ、いいだろう。ここはこうして」と直してくれた。
「問題見て、答えを覚えてるもんか?」と男子が不思議そうで、席に戻る時に拓海君と目が合った。ちょっと睨んでいたので、ばれちゃったかなと思いながら席に戻った。
「お前ら、少しはやれよ。佐倉に負けてるじゃん。永徳行ってるのに」と遠くの男子が塾に通っている男子に言って、
「俺たちだってやってるけどなぁ。この問題はやってない」
「英語に時間取られたんだよ」とぼやいていた。
 授業が終わって、
「詩織ちゃんすごいね」と沢口さんに言われて、桃子ちゃんも寄って来て、
「いつのまに勉強したの?」と聞かれて、
「夏休みにやった問題があれと同じだっただけ。問題を見たら、答えを覚えてたから」
「普通、そうなるものなの?」とみんなが笑っていて、
「永徳も負けられないって言ってたよ」
「そう言われても」とあの怒られた日々を思い出した。数学と英語だけでパンクしそうだ。国語はそれなりしかやってないけれど大変だった。彼の試験が終わったら、エッセーも書かされると言われてしまい、とてもじゃないけど親と拓海君の説得に悩んでいる時間がないぐらいだった。

 昼休みに碧子さんが、さっきの問題を男子に教えてもらっていて、解いていた。
「分かりませんわ」と言っていて、永徳の子がそばで問題集をやっていて、拓海君に聞いていた。
「線どこに引いたらいいんだ?」と男子がぼやいていて拓海君が考えていて、
「ここ」と指差した。
「え?」
「ここに線を引いて、ここの図形の面積を求めてから、こっちの面積を」と言ったら、
「げ、佐倉に教えられてるぞ。永徳、負けてるよ」と言われて、
「お前、どこか塾行ってたか?」と聞かれて拓海君が気に入らなさそうにしているのが見えてしまい、しまった……と思ったけど、
「それなりに自力」と答えたら、
「ふーん。それでできるようになるものか?」と不思議そうな顔をして見られてしまった。

「白状しろ」と廊下の隅に連れて行かれて拓海君が気に入らなさそうにしていた。
「えっとね。実は問題集をいっぱいやらされて」
「ふーん、塾の講師にか? 親切な講師がいるもんだな。きっと、生まれは高貴だろう」と言われてしまい、ばれてるなぁ……とため息をついた。
「まったく、いつのまに、あいつは」
「色々あってね。家庭教師の先生のような事をしてもらって」
「何が学習の会だ。一緒に勉強しようと言ったのに、あいつと2人じゃないだろうな」
「え、学習の会?」と聞き返した。
「夏休みの前に言ってただろう。お母さんと約束して参加しないといけない勉強会が」
「ああ、それは別の会だよ。霧さんと一緒に英語の会に」と言ったら思いっきりにらまれてしまった。怖い。
「えっとね、母と約束しているの。今後のこともあるから、英語をやっておいた方がいいし、向こうの勉強についていけなくなると困るから、その準備を家庭教師の先生として母が彼に頼んでくれて」
「ふーん、あいつにねえ」
「あの、拓海君」と言ったら、
「あいつと話すなと言ったろ」と怒っていた。
「そんなに怒られても困る」
「当たり前だ。彼氏なら怒って当然だろ」
「そう言われても」
「あいつはつくづく気に入らないね。通りすがりによけいな独り言を言うのはやめておけって、高貴な家庭教師に言っておけよ。それから、あいつに相談するな。俺に言え」と言われてしまい、
「機嫌直してください」と言ったけどにらまれてしまった。

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