やっかみ

 テストを返されるたびに点数を言われることが多くなった。上の点数の人だけの場合もあるし、もう少し下の人も言われてしまい、かなり慌てて取りに行く男子も多くなった。数学のテストの時に、
「本郷、98点」「山崎100点」と言われるたびに、「おー」と歓声が上がっていた。本郷君が悔しそうで、
「佐倉88点、よくがんばったな」と言われてほっとしたら、
「え〜!」そばの男子が一斉に言ったので困ってしまった。拓海君と目が合ったけど、ちょっと気に入らなさそうだった。喜んでくれてもいいのに、
「げ、本当に88だ」と勝手に覗き込まれてしまい、慌てて下に下げた。
「嘘」と言っている声がして三井さんだったので、うーん、後で煩そうだと思った。でも、とりあえず目標点数より上だったのでほっとした。
「げーん。佐倉に負けて、こいつに負けた」と叩かれていた男子がいた。桜木君で、
「へへーん。俺には無敵の家庭教師がついている」
「お、誰だ?」とみんなに聞かれていて、
「兄貴。山かけた」
「嘘だろう?」
「うそ〜!」と言い合っていて、先生が苦笑していて、
「先生、俺、あれだけ問題解いたのに。桜木に負けました」
「がんばれ」とみんなに声を掛けられていた。

 次の時間に、桜木君が囲まれていた。
「無敵の家庭教師を教えろ」
「決まってるだろ。姉貴の恋人。K大生」
「すげ〜!」と言われていた。
「どうやったんだよ?」
「問題に丸つけてもらって、それだけ徹底的にやったんだよ」と教えていた。すごい人だなぁと思った。
「俺だってやったのにさ。佐倉はどうした?」と佐々木君に聞かれて、
「同じ、問題をいっぱいやっただけ」本当はやらされたんだけど、
「そうか、やっぱり、そこしかないんだな」と言い合っていた。
 そんな時、廊下で取っ組み合いの喧嘩になっていて、
「やめろ」と永峯君が止めていた。
「なんだと、お前が隠したんだろう」とやり合っていた。佐々木君が気づいて外に出た。遠藤君だったからだ。
「どうしたんだ?」と聞かれて、
「こいつが俺の問題集を隠したんだよ。あれがないと」と指差していた。相手は知らない男子で、
「知らないよ、俺」と言っていた。
「本当か?」と永峯君が聞いたけど、相手は黙って目をそらしていた。
「とにかく、先生に報告するから、教室に」と永峯君が促していた。
「遠藤はこのところやられてるらしいよ。仕方ないよな。自業自得だよ。人の点数言いふらして」と言ったため驚いた。
「あいつがそうなのか?」と拓海君が聞いていて、
「そうだよ。似たり寄ったりの成績たと思うけど」と言い合っていたので、ああいうのは困るなと思った。
 拓海君がいつのまにか寄って来て見下ろしている顔が怖かった。
「あ、あの」と言ったら、
「無敵の家庭教師のお陰のようだな」と言われてしまい、
「自分で言ってるよ」とそばの男子が笑っていた。
「ありがとうございます」と拓海君に頭を下げたら軽く叩かれてしまった。
「キビシー」と笑っていて、
「なるほど、山崎がついていたのか。次頼む」と男子に言われていて、拓海君が呆れていた。

「面白くない」と焼却炉の前の椅子に座って一之瀬さんがぼやいた。
「なんで? 彼氏、居るじゃん」
「ああ、あいつね。ちょっと面白くなくなってきた。私に首ったけだから」と言ったため、美術室にいた半井君が噴出しそうになってこらえていた。
「でもさぁ、あの点数はちょっと親に言われたの。面白くない」
「何点?」と瀬川さんが聞いたら、指を3本出していた。
「30?」
「違う、13」と訂正したので、半井君は噴出してしまい、慌てて隠れた。
「なんか物音した?」と一之瀬さんが聞いたら、
「あれじゃない?」と指差した。女の子達が焼却炉にごみを捨てに来たからだ。一之瀬さん達がいるのが見えて慌ててごみを捨てて逃げて行った。
「佐分利に言ってバイク乗せてもらおうかな」
「無理じゃない。この時期にやるとうるさいわよ」と加賀沼さんが笑った。
「それより、あの子が気に入らないわ。数学の点数がちょっと良かったくらいで」
「誰?」
「山崎君の彼女面している捨てられそうになってる女」
「ああ、あれね」
「何点なのよ」と一之瀬さんが慌てて聞いた。そこへ、「待った?」と女の子がやってきて、
「どうしたの?」と聞いた。みんながふてくされていたからだ。
「90に近かった。面白くない」と瀬川さんが答えたため、
「そんなばかな」と一之瀬さんが食って掛かった。
「何の話?」と後から来た牧さんが聞いた。
「山崎の捨てられる寸前の女よ」と加賀沼さんが答えたら、
「ああ、それね。さっき聞いた。矢井田が言ってたから嘘だってね」
「嘘じゃないわよ。男子が覗き込んでて確認してたからね。ああ気に食わない。親にあれだけ言われて、なんであの女がああなのよ。ありえないわよ」と瀬川さんが腹ただしそうに怒っていた。
「性格悪い女」と半井君が小声で聞こえない程度に言ったけれど、
「あんた何か言ったでしょ」と瀬川さんが牧さんを睨んでいた。
「佐分利に言えばいいじゃない。やっつけてもらえば」
「駄目よ。内藤とは切れちゃったもの」
「まだつながってるんじゃないの?」
「知らないわよ。もう関係ない。親に言われたから切ったの」と一之瀬さんが面白くなさそうに言った。
「佐分利ね。私たちが頼んであいつが動くかなぁ?」
「じゃあ、二谷さんの恋敵だと教えたらいいんじゃないの。佐分利、彼女のこと何度も見てたじゃない」と牧さんが笑った。
「ふーん、身の程知らずな男ね。あの子なら、少しは認められるわ。私の足元にも及ばないけどね」と加賀沼さんがあいかわらず鏡を出していて入念にチェックしていた。
「やめとく。リッキーと約束してるから抜ける」と一之瀬さんが言って、
「こっちもそろそろ来そうだから」と加賀沼さんが言ったため、
「ふん、いい気ね」と瀬川さんが面白くなさそうだった。
 2人が行ったあと、
「佐分利って今も道場行ってるの?」と瀬川さんが牧さんに命令口調で聞いた。
「知らないわよ。破門じゃないの。素行が悪いとああいうのって駄目なんじゃないの。よく知らない」
「空手ぐらいしか取りえないじゃない、あいつ」
「でも、あいつ使うとやばくない。切れると怖いよ。渡辺さんの時の内藤さんとのやり取り怖くて」
「あんたはそうでしょうけど」2人の足音が遠ざかってから、半井君はスケッチブックを見て、
「決着つけないとな」と言った。

 拓海君は帰る時も仏頂面だった。
「あのー、機嫌直してください」
「あれだけ俺と一緒にやっても点数伸びなかったくせに」とぼやかれてしまった。
「そう言われても、怖くて、あの先生」
「ふーん、どうせ俺よりいいんだろう」と拗ねる感じで言われてしまい、
「私ね、拓海君と並ぶことはできなくても追いつきたかったの」と言ったけれど、まだ気に食わなさそうだった。
「ごめんなさい」と頭を下げたら、
「あの後、どうやったかうるさかった。余程、あいつに聞けと言いたかったが我慢した」
「ごめんなさい」
「まぁ、仕方ないよな。点数が伸びた方がいいからね」
「そうだけど」
「お父さんとは話したのか?」と聞かれて、
「無理。おばあちゃんが説得してくれるとは言ったけど、その後、話してないもの。手紙は来てたけど、見たかどうか」
「ふーん」
「お父さんにしてみたら、お母さんがアメリカに行って寂しかったことと重ねているみたいなの。置いていかれたのが寂しかったんだろうと思うけど、だったら、離婚届渡さなければ良かったのに」
「プライドの問題じゃないのか?」
「プライド?」
「俺を捨てていくなら、いっそ綺麗に別れてからにしようってね」と言われてしまった。なじるように見ていたので、
「違うよ。捨てるんじゃないの。待っててほしかったんだと思う」
「え?」と拓海君が驚いていた。
「分からないけれど、多分、そう言ってほしかったんじゃないのかな。『自分もがんばるからお前もがんばれ』って、そう言って待っていてほしかったんだと思うよ」
「お前もそうなのか?」と言われて笑った。
「なんだよ」とにらまれてしまい、
「待っていてと言えたらいいよね。でも、拓海君がそこにいてくれるなら、がんばれそうな気がするな」と言ったら困った顔をしていた。
「そういうのってあると思うよ。離れていても、なんだかそこにいてくれるだけでがんばれそうな気がする」
「だったらそばにいてほしいよ。俺はね」
「ちょっと離れるのと遠く離れるのとそんなに違うかな?」
「違う。移動する距離が違う、交通費が掛かる、電話代が高い」とにらまれて、
「手紙という手が」と言ったら、
「会いたくなった時に会えない距離ってどうしようもないぞ。ぬくもりもほしいから」うーん、そう言われても、確かにその通りだけど、
「詩織ちゃんは少しは成長したと思ったのに、男心が分かってないな。焦って成長しなくても日本にいればいいんだよ。俺のそばに」と言われて、顔が赤くなる気がして横を向いた。
「俺ってけなげだよな。長年の恋人に捨てられそうになってるのに、まだ心配して」
「捨てる訳じゃないじゃない。大体、そっちだって二谷さんと」
「あれは関係ない。はっきり断った」うーん、やっぱり。
「お前の方が呆れるぞ。あの男と付き合うのはやめろ」
「無理だよ。家庭教師だし」
「あいつ、芥川と別れたらしいから危ないぞ」
「なにが?」
「お前に気があるかもしれない」と言われて笑ってしまった。
「笑い事じゃない」と怒っていて、
「拓海君がいるから」と笑ったら、
「そういうのがあるとよけいに色々言ってきそうに見えるね」
「そう? あの人、変わってると思う。それに私とは大人と子どもぐらい差があるよ」
「なにが?」
「経験の差が」
「そんなこと話したのか?」
「さあねえ。冗談なのかそう言ってた。霧さんも凄かったから、私とは違うと思ったもの」
「ふーん、俺達も進むか?」といきなり聞かれてむせた。
「だよな、まだまだだ。記憶もまだまだみたいだし」
「ごめんね」
「お前の場合は心配になるよ、どうしてもね。すぐに日本に帰ってきてくれるものなら許せるかもしれないけどね」
「え、でも」
「ホームステイぐらいにすればいいじゃないか」
「拓海君、あのね」
「俺は反対だ。絶対にね」とまた言ったので、困ったなぁ……と見ていた。


桜木君

 英語のテストが返されて、
「82」「55」といちいち点数が読まれてしまった。先生は素っ気無く、ほとんどの点数を言ったため、びっくりした。さすがに赤点の子は、
「もっとやれ」という言葉に変えていたけれど、
「本郷、山崎、桃子、仙道、クラス委員が勝ったな」と点数を聞きながら男子が言いあっていて、先生が素っ気無い態度で、返していたけれど、根元さんはもっと上だったようで囲まれていた。
「あれ?」と先生に言った。私のがなかったからだ。そばに三井さんと手越さん、桜木君もいて、なぜか本宮君もいた。
「先生、俺たちのテスト用紙は?」と桜木君が聞いた。先生がじろっと睨んで、
「本宮のは、ああここだ。お前は違う」と言って返されていて、
「すごい。100だ」と桜木君に言われて、本宮君がちょっと照れていた。
「おお、根元と本宮が勝ったな」と男子が言っていて、
「桜木は点数を上げたから、拍手」と言って渡されていた。うらやましい。
「なんで、私たち?」と三井さんが不思議そうな顔をしていた。
「後で話がある」と先生に言われて、
「どうして?」と言いながら手越さんがおびえていた。
「後で職員室に来なさい」と言われて、
「あの、どうしてですか?」と聞いた。三井さんと手越さんは困った顔でお互いを見合っていた。
「どう言う理由ですか」と拓海君が言った。
「そうだよ。理由を言ってくれないと分からないですよ。納得できないでしょうし、このままだと授業になりません」と根元さんがはっきり言ったため、
「問題があったんだ」と先生が渋々答えた。
「なんで?」と男子が聞いて、
「カンニングじゃないのか? また」と言ったため三井さんが困った顔をしていて手越さんはうつむいていて、
「えー、またかよ」と言ったため、
「佐倉はどうして?」と男子が聞いていて、
「佐倉も同じじゃないのか?」と男子が笑った。
「とにかく、後で職員室に来なさい」と言って、答案を返してくれた。ひそひそみんなが言っていて、なんだか気まずかった。

「どういうことなんだ?」と職員室に行ったら、彼女達が先に来ていて怒られていた。
「え、なにもしてません」と慌てて2人が言ったけど、そばにいた同じクラスの男子がそばにいて、
「また、やったのか?」と聞いたら、
「周りの見てたのはいつものことみたいだよ」とそばの違うクラスの女の子が小声で言っていた。
「そんなの出鱈目《でたらめ》です。私たちそんなこと」と言ったため、
「じゃあ、まだ習っていないはずの英作文ができた理由は? 高校生でやるはず」それぞれが持参したテスト用紙を並べて赤い二重線が引かれていて、どういう事だろうなと考えていた。
「なんだよ」と男子が慌てて覘いていた。周りに人が何人かいたため、ちょっと恥かしくて、
「見てもわかんね」と言った為にそばの子が一斉に笑った。
「3人がまったく同じ答えなのは、どういうことか説明してくれ」と言われてしまい、
「そ、そんな。違います」
「私たちじゃありません。そうだ、この人が見たのよ」と手越さんが小声で私を指差した。
「ふーん、この点数のお前がそう言うのか」と一番下にあった私のテストを出して、3枚テストを並べていた。
「え?」と2人が驚いていた。同じクラスの違う男子が興味本位で寄って来てしまい、
「倍以上あるぞ」と言ったため、2人がうつむいていた。
「あ、やばい」と私が言ったら、
「なんだ? やっぱりお前もか」とそばの男子に言われて、
「点数足りない」と言ったら、そばの人が笑っていた。笑い事じゃない、それどころじゃなくて忘れていたけれど、半井君に怒られる。
「先生、一点おまけして」と言いたかったけど周りが笑っていたので我慢していた。
「まったく、どういうことか説明しろ」と先生が三井さんと手越さんを見ていた。
「だって、この人が」と手越さんが三井さんを責め、
「えー、そっちだって見たじゃない」と罪を擦り付け合っていた。
「やめろ、みっともない。佐倉も気をつけろ。三井、これはさすがに親に来てもらうことになる」
「えー、そんなぁ」
「困ります」と2人が慌てていた。
「さすがにこれはいくらなんでも分かるぞ。高校生で習うはずの単語を使って、この文章はね」と言われて、
「あれ、そうでした? やりすぎてこんがらがりまして」と言ったら先生が苦笑していた。
「検定のほうか?」と聞かれてうなずいた。
「受けておいたほうがいいと言われて、勉強中で」
「そうか。だが、これからは気をつけるように」と言われてテストを返してもらって頭を下げて職員室を後にした。
「見せろ」と上から言われて、いつのまにか半井君がテスト用紙をひったくっていた。
「ばか、間違えているじゃないか。あれほど言ったのに。ケアレスミスしてね。呆れる。この二重線だな。さっきのは」と聞かれて頷いた。
「しかし、罰ゲームは決定だな」とうれしそうで、
「えー、殺生≪せっしょう≫な。踏んだり蹴ったりじゃない」
「お前が悪い。約束は守ってもらわないとな」と返してきた。
「なんだか、疲れた」
「あいつらもいい薬だよな。今までも余罪はありそうだ」
「そうなの?」
「だと思う」と言われて、困った人たちだなぁと思った。

 戻ったら、拓海君が寄って来た。テスト用紙をまたもやひったくられるように持って行ってしまい、
「ふーん」とまた気に入らなさそうだった。
「返して」と言ったら男子も覗きこんでいた。
「げ、94じゃねえか。また、負けた」と男子に言われて、慌てて取り返した。
「しかし、数学に英語、急に上がってないか」と聞かれて、
「英語は元からこんなもんだぞ」と拓海君が気に入らなさそうで、
「え、そうだっけ?」と首を捻っていたら、男子が笑っていた。みんなに色々聞かれたけれど、何も言えなくて、さっきそばにいた男子が戻ってきて説明してしまい、
「全然分からない。何が問題なんだ?」と男子が言い出したら、
「検定やってる子だと、そうなるわよ。結構、受ける子が多いもの。そっちでの英語の勉強と混ざっただけよ。彼女達の場合はそういう勉強がしてないから、おかしいと気づかれただけだと思うわ」と根元さんが説明して、
「なるほどねえ」とみんなが納得していた。
「くそー、佐倉に負けた」と男子が言い合っていて、
「そういうことは言わないの」と根元さんに叩かれていた。
「口開くより勉強あるのみ。あそこに目指す高校の門があると思って勉強するの」と根元さんが黒板を指差していた。
「黒板にしか見えない」と男子が言ったため、みんなが笑った。
「そういう明るい未来を見ろって話。暗ーくなっても疲れちゃうわよ」と明るく言われて、確かにそうかもねと思った。
「俺にも山崎つけてくれ」と男子が言いだして、
「いいよな。彼氏が家庭教師でさあ」と言われてしまい、拓海君が不機嫌になった。
「あ、あの……」と言ったけど、
「山崎、佐倉に甘すぎだって」
「そうそう」と言われてしまい恥かしくなった。拓海君がこっちを見て、
「自力でやれよ。最後は自力」とにらまれていた。

「つくづく面白くないわ」と石をぶつけて焼却炉のそばの鉄の板がカーンと音がした。
「やめなさいよ」と瀬川さんを見て加賀沼さんが笑った。
「人数が少なくなって面白くないのに。何が受験よ」
「受験ね。でも、それなりはやらないと。彼氏が家庭教師だからいいのよ。あんな山崎みたいなつまらない男じゃないわ。私の彼氏H大だし」と加賀沼さんが自慢げに言った。
「昭子もリッキーとか言ってるけど、点数下がったじゃない」
「あの子は勉強してないもの。彼氏に夢中みたいよ」
「いつ捨てられてもおかしくないわね」
「牧しか残ってなくて面白みに欠けるわ。あごでこき使うしか能がないし」
「あの子に聞かれるわよ。前の子もそれで抜けちゃったんだから」
「いいわよ、別に。あの程度の子なら、別にね」と瀬川さんが素っ気無く言った。2人に近づこうとしてから牧さんが戻って行ったのは気づかずに二人は続けていた。
「面白くない」とまた瀬川さんがぼやいたら、
「じゃあ、みんなと締めちゃえば」
「だって、もう残り少ないわよ。いつのまにやらいなくなってね。学校に来なくなった子だっていたし、何で授業に出ないといけないのよ。井尻なんて来もしないのに」
「仕方ないわよ。あなたは素行はばれているし、先生に約束させられたでしょう? 出席日数だって危ないらしいじゃない」
「親に言われたから渋々よ。ああ面白くない。あのドジ女がちょっと点数が上がったくらいで、昔は私の足元にも」と言ったけれど加賀沼さんは聞いていなくて鏡を見ていた。
「あんたってつくづく、話を聞かないわね。失礼よね」
「あら、面白くないもの、当然よ」と言ったため、美術室にいた半井君は苦笑するのをこらえていた。

 演劇部の発表会への準備で教室で練習していた。
「美樹、張り切ってるね」
「当たり前じゃないの。主役だもの。うらやましいな、かわいく生まれると得ね」
「性格も良くてかわいくて申し分ないって言われてるのに、彼氏には恵まれてないみたいだね。どうしてかな?」
「ユキ君は?」
「無理だよ。彼、付き合ってる子、また変えたから」
「え、またなの?」
「水泳部は先輩に譲って、今度は卓球部」
「へぇ、結構すごいね」
「あの子ってユキとどうだったの?」
「付き合ってはいなかったみたいよ。お互いに満更でもなさそうだったけど、結局付き合ってなかったね。なんでか知らないけどね」
「あの先輩は? 別れるのが時間の問題だと言われている」
「そこ、おしゃべりしないの」と夕実ちゃんに注意されて、
「はーい」と頷いていた。
「絵とか描ける子いないかな?」と夕実ちゃんが聞いていた。
「王子に頼んだら」と後輩がうれしそうに言った。
「誰が頼むの?」
「先輩、頼んでくださいよ」
「無理だよ。話したことないもの」
「あの先輩経由で頼んだら」
「あの先輩って?」
「山崎先輩の彼女と言われている人」
「えー、別れる寸前だと聞いたよ」
「そこ、そういう話はしないの」と夕実ちゃんが注意して、みんながそれでもうるさかった。
「やめて」と二谷さんが言った。
「練習しましょう」と提案して、
「はーい」と渋々頷いていた。

「え?」と驚いた。夕実ちゃんが文化発表会の絵を描いてくれる人がいなくなって困っているので、頼んでくれと言ったからだ。
「無理だよ。みんな受験生だよ」
「今の二年、冷たいの。全部当たったんだけど、部長が注文が厳しくて、だから、一年生を探したけれど、それまでの間でいいから、半井君に頼んで」
「光本君達は?」と聞いたら、
「駄目だった。須貝君も同じ。王子なら今も美術部だし余裕がありそうだし、居残りで描いてるし」
「え?」とびっくりしたら、
「そう聞いたよ。さすがに美術部の他の子もちらほら来てるみたい。でも、みんな自分の方を優先するみたいでね。早めに描いて受験を優先すると言ってるから」そうだろうな。
「ごめん、頼めないの。彼、受験勉強でがんばっているから、頼む事は無理だと思う」
「え、そうなの? でも、お願い」と拝み倒されて困ってしまった。

 仕方なく昼休みにA組に行ったけどいなかった。戻ろうとしたら、
「何か用か?」と後ろから言われて、後ろに半井君が立っていた。
「ああ、あのね。ちょっと」
「ふーん、なんだよ」と言ったけれど、
「ここではちょっと」と言った、みんなが冷やかすように見ていたからだ。
「ほっとけばいいのに」と言いながら移動した。
 夕実ちゃんに頼まれた事を伝えたら、
「無理。お前だって知ってるだろ。俺、時間ないぜ」
「そうだと思って一応断ったけど、どうしてもと言われて」
「他の心当たりを当たれよ。下の学年でいいじゃないか」
「下の学年の子が不熱心らしいの。二谷さんが主役だから、面白くないと言う子がいて、指導係の夕実ちゃんが分裂気味でまとめられなくて困ってると言って」
「だろうな。男子に人気がある子が主役なら、他の女はうるさいだろうな」
「そうなの?」
「ミュージカルか何かのクラスで喧嘩してたぜ。裏で物を隠したり、指導する先生に取り入ったり、露骨だってさ」
「クラス?」
「そういう授業もあるってこと。お前の学校と違うから知らない。日本と違うからな。でも、そっちの話は一年に頼めよ。二年が駄目ならね」
「あそこ、部員が少なくなってきてるの。先生もそれほど熱心じゃなくて、毎年3年生が指導してるぐらいだから」
「テニスと似たり寄ったりだな。まぁ、そういうのも向こうであったな。バイトの学生が指導してるクラブがあった。バスケと野球」
「バイト?」
「結構あったぞ。サマースクールのバイトは大学生が教えてるのも多いからね。お前もそのうちやるさ」
「そう言われても、今は準備の方で手一杯」
「だろうね。英語もこんがらがるようだから」
「聞いていたね」と睨んだら、笑っていて、
「半井君って、つくづく変だよ」
「こっちが普通なんだよ」
「困ったね。誰か描ける人いないかな」
「お前のクラスの美術部は?」
「誰?」
「布池」
「やってくれるかな?」
「美術部の他のやつもやらないかもな。注文がうるさくなければいいけど、描きたいものを描くために入ってる訳だから、やらないやつ多いかもね。マイペースなやつばかりだし」
「そう言われるとそうかもしれないけど」
「向こうに聞いてみれば。一年生に頼めって言っておけよ。お前は罰ゲームがあるわけだし」
「えー、もう、無理」
「おっと。彼氏が睨んでるから退散するかな。あいつって、よほど、心配みたいだな。リードをそのうち、つけそうだ」と言い出した。拓海君が廊下を歩いているのが見えた。
「リード?」
「bow・wow」と言ったので、きょとんとした。半井君が笑っていて、
「あ〜!」と言ったらウィンクしてから、
「遅いよな、反応が」と行ってしまった。
「す、すごい」とちょっと離れたところの女の子が言ったので、なにが?……と見てしまった。
「カッコいい、素敵」と手を組んで半井君に見とれていた。なんでだろう? その向こうでなぜか一之瀬さんがこっちを見て睨んでいて、早々と退散した。

 布池さんに頼んだけれど、
「あ、それはちょっと」と困っていた。そうだよね。
「一年生で誰かいないかな」と聞いたら、
「美術部の子の友達ならいるかもしれないけど」と心当たりを聞いてもらうことにして夕実ちゃんに報告した。
「そうか、駄目だよね。受験だものね。こっちも全然まとまらなくて困ってる」と言ったので、大変そうだなと思った。
「今年は女の子受けが良さそうなものにしたのに」
「なに?」
「コメディー」うーん。
「ラブロマンスが少し入れてあるけどね。そうしないとやりそうもないから」
「え、そうなの?」
「無理だよ。先生の許可が出るぎりぎりのものにしてあるけど」そうだろうな。去年のはちょっと退屈だったようで寝ていた子が多くて、男子もあまり見てなかった。
「学園物にしたから、役作りは必要ないけどねえ。みんなだれ気味」分かる気もする。
「男子が大勢いるといいけど」
「助っ人は?」
「無理だよ。部員だけでやりなさいって去年怒られちゃったし」
「ああ、あれね」
「代役が足りないようなものは駄目だって、配役が少なくなってるからやる気がない子が喋っちゃってるしね」大変そうだな。
「ごめんね、他を当たってみるね」と行ってしまった。どこの部活もあるんだな。

 放課後に勉強して待っていたら、
「また、居残りよ。あなたのせいで」と小声で言われてしまった。見たら手越さんが睨んでいた。
「え、でも」と言ったら、
「もう、どうしてあんなの書くのよ」と三井さんにまで言われて唖然とした。すごい……自分勝手だ。
「ああ、やだなぁ。貧乏くじ引かされちゃった」とぼやいていて、
「ちょっとそれはないんじゃないの?」奥にいた須貝君と佐々木君に注意されていて、
「うっとうしい」と小声で言ったためびっくりした。
「人のせいみたいに言うのはちょっとね」と佐々木君が呆れていて、
「だって、この人のせいじゃない」と手越さんに指差されてしまった。
「そういうのは良くないよ」と本宮君が教室に入ってきた。
「元はといえば、君たちの不注意からこんな事になったんだろう?」と優しく聞かれて、さすがの2人も困った顔をしていた。
「どうかしたか?」と拓海君が戻ってきて、私たちを見てから、
「また、言ったのか」とにらんでいた。手越さんがうつむいていて、
「佐倉に八つ当たりしてたよ」と佐々木君が教えてしまった。
「おまえらなぁ」と拓海君が睨んでいて、
「やめた方がいいぞ。そろそろ」と佐々木君が言った為に、
「なんでこんな人を庇うのよ」と手越さんに言われて、
「当たり前だろう。お前の方が間違ってる」と拓海君が強く言って、
「やだー、マジになってる」と三井さんがケラケラ笑っていた。
「行こう」と手越さんが立ち上がったら、
「居残りじゃないのか?」と聞かれて、気に入らなさそうに出て入った。
「お前が佐倉さんばかり庇うからあの子がああいう事をするのかもしれないぞ」と本宮君に注意されていて、拓海君が、
「そんなこと言ったって」不機嫌だった。
「過保護すぎるって。だから、よけいに佐倉にやるんだぜ。あいつらって反省しないだろうから注意するだけ無駄かもよ」と佐々木君が言って、須貝君も頷いていた。そういうこともあるかもしれないなぁ。
「気づいてるならやめるだろうしね」と本宮君に言われて、拓海君が渋々頷いていた。

 拓海君が気に入らなさそうにしていたので、
「あのー、機嫌が悪いのは分かるけれど、もっと笑ってほしい」と言ったら、
「どうやって教えているかあちこちに聞かれて忙しいんでね」と言われてしまいうつむいた。
「あの男もうっとうしい。また、人気が出てきそうだな」
「なんで?」
「最近、明るくなったからだそうだ。しかもフリーだから」確かにそうだった。
「でも、なぜか誰かさんと話しているのはどうしてだろう? 別れる寸前だからだろうかと聞かされたら、笑えないね」と言われてしまい、困ってしまった。
「ごめんなさい」
「勝手な事を言ってるよな。俺たちは別れたりしない。絶対に」と言い切ったのでびっくりしてしまった。
「あ、あのね。それはちょっと」
「なんで?」と私までにらまれてしまった。
「だって、高校に行ったら」
「絶対に別れたりしない。何があっても。そう決めてある」と断言されて、さすがに驚きすぎて開いた口が塞がらない状態だった。
「なんだよ、その顔」
「えっと……うーんと……」と言葉をひねり出していた。
「あのね、やっぱりそこまで言うのはどうかと。私たちの場合は、ほら、まだ中学生だから、きっと、この先あるだろうし」
「ない」と言い切ったため、唖然とした。
「俺は決めてある。このままずっとそばにいる」
「ずっとと言われても、高校に行けば必然的に離れるだろうし」
「離れない。そう決めてある」
「でも、だって、お互い違う高校に行くわけだし」
「そういう問題じゃない。俺は別れない。絶対に。あの王子に言っとけよ」
「なにをでしょう?」とおずおずと聞いた。
「『「散歩も許さない飼い主のようだ」と言うのは失礼にもほどがある』ってね。それから、『ちょっかい出すな』と言っておけよ」
「自分で言いそうだね」
「言ったけど聞いてなかった。腹が立つ。上から見下ろしている」
「確かに背は高いけど」
「違う。態度の方だ」と怒っていた。うーん、裏で何を言ってるんだろう? 
「あの背の高さも許せないが、あの言葉も腹が立つな。自分の方が経験があると言いたげで」
「実際、あるんじゃないの?」
「そんなことで言われたくないね。俺たちの事を口出す権利はない」
「あの人の場合は一之瀬さんだって、つい言っちゃってるよ」
「だったな。見かけによらないようだけど」
「拓海君、変だよ。機嫌直そうよ。家に帰って勉強する訳だし、あ、ほら、全教科100点取るんだよね」とごまかすように言ったら、
「あの先輩もいたよな。上から目線で物を言う」
「あの先輩の方は的を得ていることが多いよ。ただ、言葉を省きすぎて理解不能になる時があるけど」
「説明するのが面倒なんだろうな。あの人、基本的に人に親切ではないから」そうだろうなぁ。
「弘通君のような親切心があったら、良かったのにね」
「でも運動ができなくなるぞ」
「そういうのは個人差だもの」
「本郷も運動音痴だからな。あちこちそういうのはいるけどね。仙道も同じだし。今度はうるさくなるぞ。順位が変動したから」
「え、そうなの?」
「根元か本宮の方が上になるかもよ。仙道はまた落ちた。上位2人はどうなったか知らない」
「ミコちゃんたちだよね」
「観野はすごいよな。いつも一番でさ。あの磯辺もとうとう落ちたって」
「嘘?」
「仕方ないさ。今度は部活を引退して夏休みに徹底的に見直してきて、必死になってやってるやつが増えた分だけライバルが多い。どこぞの誰かさんのように急に伸びるパターン」
「ああ、桜木君すごいね」
「そっちじゃない」
「でも、あの人すごいね」
「お前と同じだよ。やる気がなくて、それなりの点数のやつがやりだしたから、ああなる。お前だって、まともに勉強してなかったんじゃないのか?」
「ははは」と笑ってごまかした。

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