通じない英語

 桜木君の周りが人だかりができていた。彼の点数が驚異的に伸びたからだ。
「市橋狙えるじゃん」
「内申、足りるのか?」と男子に聞かれていた。
「うーん、まだ、分からん」と答えていて、
「いいよな。俺もやったのに」とぼやいていた。
「上位の方は?」と男子が根元さんに聞いていた。
「知らないわよ。聞かれたって。あちこち変動あるって、他のクラスの子が言ってたぐらいしか知らないって。成績表もらったら分かるでしょう」
「確かに」と言い合っていた。
「困ったなぁ」と佐々木君がそばにいて、桃子ちゃんが珍しくそばに来ていた。
「俺、絶対足りない。佐倉、悪いが山崎貸してくれ」と言われて、
「そう言う事を言われても」としか言えなかった。
「どれだけ足りないんだ?」と須貝君が聞いてあげていた。
「光鈴館だとかなり、市橋だともうちょっと、曾田がうーん」と言っていた、そうかそこを狙っているのか。
「須貝君は?」と桃子ちゃんが聞いていた。修学旅行の前ぐらいに告白されていたと聞いてから、しばらく距離を置いていたけど、また、復活したんだろうか。
「え、いや、俺は……」と困っていた。
「佐倉、お前の願い事、何でもかなえてやるから、点数くれ」と佐々木君に言われて、
「え、願い事?」と驚いた。
「なにかある?」と桃子ちゃんに聞かれて、顔が赤くなってうつむいた。
「あれ〜」と桃子ちゃんが意味深に見ていて、
「ない」と小声で言ったら、
「聞きたくなるような顔してるな。後で山崎に聞こう」と言われてしまい恥かしかった。碧子さんがそばにいて、
「点数は自力で何とかしませんとね」と言ってくれて、
「そうだよなぁ」と困っていて、桃子ちゃんが、
「私の点数をあげたら、何してくれる?」と須貝君に聞いた。そうしたら須貝君が困った顔をしていて、
「自力でがんばりたいんだ」と言ったので、
「だよな」と佐々木君が笑っていた。
「お、点数計算か?」とそばを通りかかった保坂君が言った。
「俺と同じところ狙ってるな」と佐々木君に言って、
「情報交換しようぜ」と、早速言い合っていた。
「順位どれぐらいだ?」と聞きあっていて、男子ってすごいなと見ていた。
「どうやって勉強している?」と須貝君に聞かれてしまい、あまりに真面目な顔だったので、
「これぐらい」と手を机から何センチか離れたところで固定したら、
「なんじゃ、それ?」と佐々木君が笑った。
「問題集とノートなどを積んだ高さ」と言ったら、びっくりしていた。
「え、そんなにやったのか?」と聞かれて、
「仕方ないよ。検定の勉強もあるからね。数学は必要だから今からやっておいた方が楽だと言われてやってたもの。問題集だけでも結構分厚いのをやらされて」
「山崎って意外と厳しいな」違うけど。
「なるほど、そんなにやるんだな。そうか、俺、見通しが甘かった」と佐々木君が笑った。
「ノートも多いもの。今から日常会話や生活で必要な単語は覚えておかないと困るから」
「なんだよ、しっかりやってるじゃん」と佐々木君が笑って、
「そうか、そうなんだね」と須貝君が考えていた。
「タクってすごいね。そういうのをアドバイスしてたんだ。テニスもやってたんだってね。裏でコーチしてたって、戸狩君に聞いた」と桃子ちゃんに言われて、須貝君が驚いたようにこっちを見ていた。
「テニス部って技術も人間関係も色々あったからだろうねえ」とため息をついた。
「つくづく過保護なやつ」
「いいよなぁ。彼氏が面倒見が良くて。元彼が変態会長だし」と佐々木君に言われて笑ってしまった。
「元彼じゃないじゃない」と桃子ちゃんも笑っていて、
「でも、アドバイスしてくださる方が居るのは大きいですわ。桃子さんもしっかりしてらっしゃいますし、お姉さまがいらっしゃるといいですわね」と碧子さんが言って、
「俺、兄弟がいないからうらやましいよ」と須貝君が困った顔をしていた。
「教えあおうぜ」と佐々木君に言われて、
「光鈴館、狙ってるやつ多いからな」と保坂君に言われていた。光鈴館は校風がいいと言われていて、無理して行きたがる人が多いらしい。先生も厳しくなく、文化祭が盛り上がって明るく、生徒会が色々企画力があるらしい。
「市橋か光鈴館がいいよ。海星は可もなく不可もなく。やっぱり、曾田はちょっと」と言い合っていて、みんな色々考えているんだなと聞いていた。

 拓海君が帰る時に、
「今日の体育の時間に聞かれた」と言われて、なんだろう?……と考えていた。
「『佐倉の願い事はなんだ?』と言われた」思わず顔が赤くなってしまった。
「なるほどな。『顔が赤くなったが、何かあったのか』と聞かれたけれど、とりあえずデートをしたいと思っていると言う答えになったからな」
「え、どうして?」
「勝手に作ってくれた。そばにいた連中が」なるほど、それでね。
「でも、それはちょっと……」とうつむいてしまった。
「それで?」と聞かれてしまい、笑ってごまかした。
「顔が赤いぞ」と言われて益々赤くなった気がして、頬を手で叩いていた。
「ふーん、何を想像したやら、それで?」と再度聞かれて、
「内緒」とうつむいた。
「言えよ。聞く権利があるぞ」
「恥かしい」とうつむいたら、
「あいかわらず恥かしがりやだなぁ。困ったもんだよな」
「そんな事を言われても……」
「なんで? 気になるだろう?」と言われて、それもそうだなと思った。
「じゃあ、卒業式の後に言う」
「駄目、今言いなさい」
「恥かしくて言えないよ」
「なんでだよ?」と面白そうに顔を覗き込んできたので、
「もう」と横を向いた。ちょっとうれしそうな顔をしていて、
「少しは進展したいもんだよな。あちこちちょっかい出してくるし」
「誰もいないじゃない」
「お前って鈍すぎる。あの男のウィンクはどういうことだ? 『かっこよかった』と、どこかのクラスの女の子がうっとりしながら言っていたそうだけど」
「ああ、あれね。昔練習したんだって」
「あいつも結構やってるんだな」
「よく分からない印象だね」
「ふーん、内緒で教えてもらっている割にはそうなのか?」
「拓海君、この頃変だよ。彼は先生だもの」と言ったら拓海君が呆れていた。
「お前の中ではあいつは赤木と同じかもしれないが、あいつは俺や周りに取ってはライバルになるんだよ」
「へぇ、そうなんだ?」
「お前、鈍すぎる。あいつの事をそういう対象としてみんなが見てるんだぞ」
「どう言う対象?」
「恋愛対象」
「無理だと思う」と素っ気無く言った。
「なんだよ、その反応」
「あの人、きっと好き嫌いが激しいと思うよ。多分、よほどの人じゃないと無理じゃないかな。あの霧さんでも駄目だったんだもの」
「そうかもしれないけど、それは好みの問題だ。いくら美人に言い寄られても、好みじゃなかったり他に好きな子がいれば、別だ」
「そうなの?」
「俺はそうだ」と言い切っていた。
「そうなんだ……」
「心配しなくてもいい、俺は一途。それに決めてあるからね」
「なにを?」
「さっきの答えたら教えてやるよ」
「えー、それは無理。道端で言えない」
「ふーん」と意味深に見られてしまい、
「もう」と横を向いたら凄くうれしそうだった。

 日曜日に半井君に呼ばれて仕方なく家に行った。
「受験勉強は?」と聞いたらにらまれた。
「絵の仕上げがあるから、お前、その辺で本読んでいてくれ」と言ったので、
「わがまま」と怒った。
「勉強の間に仕上げてはいたけどなぁ。どうも仕上がり具合が納得しない。本物がいないとだめでね」
「霧さんに言えばいいじゃない」
「あいつの場合は無理だ。そこで、英語でもやってろ」と言われて仕方なく、単語を覚えていた。
「コンセントがoutlet」とやっていたら笑っていた。
「和製英語か?」と聞かれて、
「あなたが調べろと言ったから、結構面倒だね」
「そうか? 自然と覚えるさ」
「フライドポテトって言ったら駄目だって教えてくれたじゃない」
「『french fries』だろ?」
「それ。結構、多くてびっくり」
「しかたないさ。日本人ってそういうのに弱いと聞いたぞ」そうかもしれないなぁ。
「ジーパンもジーンズなんだね」
「そういうこと。その辺は覚えておいた方がいいとは思うね」と笑っていた。サイダーは「soda pop」なんて絶対に飴と間違えそうだ。
「ツーショットも使うなよ。間違えたやつがいたから」
「え、使わないの?」
「そういうこと」とまた、ウィンクした。
「ごみでも入ったの?」とそのまま下を向いて勉強していて、
「お前にやったのばれたら、うるさいうるさい。やってくれって頼まれた、好きでもないやつにやるわけがない」
「ふーん。ねえ、テンションとムードって日本式で使ったらいけないと教えてくれたけど、意味調べたけど、よく分からない」
「意味が違ってくるんだよ。トランプ調べたか?」
「『playing cards』でしょう? こうしてみるといっぱいあるね」
「お前、さりげなく聞き流してるよな」と小声で言われて、
「何か言った?」
「聞き返すなよ、そういう時だけ」
「ねえ、ファイトって調べたさせられたけど、どうして? 喧嘩って意味はなんとなく分かる」
「ああ、それね。日本人が『ファイトでがんばれ』と言うからだよ。掛け声掛けたら、喧嘩しろって意味になるから注意って事」
「なるほど」
「結構、色々あるよな。そういうのって」
「マンションって、絶対言っちゃいそうだね」
「お前も住むんだろう?」
「日本とだいぶ違うね」
「覚えておけよ」
「はーい」と答えたら笑っていた。

 休憩中にジュースを出してくれた。
「ねえ、受験勉強しなくていいの?」
「煮詰まったから呼んだんだよ。気が乗らない時は無理」
「そうなの?」
「絵のほうも仕上げないと間に合わないからな。テストもあったから、あれから進んでない。夏休みの後はそれなりで」
「え、だって、居残ってやってたんでしょう? 美術室で」
「あそこ気が散るんだ。裏が不良の溜まり場になってるみたいだぞ」
「え、そうなの?」
「移り変わりで色々来てたよ。佐分利とか言うやつは最近来なくなったと言ってたな。俺が美術部に入った時は結構来てた。だから、美術部のやつも怖がってか知らないがあまり残ってやってないのかもな。あの集まりは男子はほとんどいなくなり、女子が分裂を繰り返して、残ってるのが4人。でも、また減っていたようだけど」
「誰?」と聞いたら言わなかった。
「知ってる人なんだ?」
「お前は知らなくてもいい。俺が決着をつけるよ」
「何のこと?」と聞いたら黙った。
「半井君は謎の人だよね」
「なんだよ、それ」
「よく分からない。遊んでたとか優等生だったとか、大人の付き合いしてたとか、音楽やらされていたとか、お坊ちゃまだとか、てんでバラバラ」と言ったら笑っていた。
「時期がずれているのもあるさ。日本に来ていたら、いい子でいて、遊んでいた時期もあり、ぐれていた時期もあり、学校ではそれなりにできただけ。音楽もやってたけど、そこまで本格的じゃない。バイオリンだとか色々やらされた時期もあったけど、残ったのがピアノだけ。母親に教えてもらっていたから」
「そうなんだ?」
「お前も不思議だよ」
「どうして?」
「弱いように見えたけど、意外とちゃんとやってるようだし、逃げるように見えて何とか方法を考えようとするからね」
「そう?」
「山崎がついてなくてもできるかどうかは知らないけどね」
「ああ、あれね。頼る癖がついてるね。迷惑掛けたくないのに困っちゃうな」
「違うだろう。お前の方はがんばってできるように努力したいと思ってるけど、あいつが過保護すぎるの。『リードつけて歩いたら』と言ったら怒り出したんで逃げたけど」
「あのね〜!」
「あいつの場合は恋人としての心配じゃないね。既に親か家族のようだ。俺が守るんだという意識が強すぎるね」
「そう?」
「そう見えるね。家族を守るというのはちょっと変だろ? 兄弟じゃないんだからな」そう言われるとそうだな。どうしてだろう……? 
「俺のことも気に入らないようだしね。悪い虫でもついたら困ると思っている父親のようだ」
「彼氏なら心配するのが当然だと言ってたよ」
「彼氏としての心配には見えないね。もっと、過保護だ」
「確かにそうだけど」
「あちこちで頼まれてたぞ。お前の成績が伸びた教科があるからどうやったか教えろってね」と笑っていた。
「『怖い先生が居るから』と言えば良かった?」
「さあな。言ったらうるさくなるから、却下。俺はそんな暇はない」
「人を呼びつけて絵を描いているじゃない」
「お前以外の生徒は無理。俺、気まぐれだから教えてくれって言われても気分が乗らないと教えなかったからな。向こうでも」
「お小遣いためてたんじゃないの?」
「そういう場合は別。女の子ってすぐ頼ったりする子がいるだろ。ほかの子を当てにして宿題やら色々、自力でやらない子。霧みたいな子」
「そうだっけ?」
「鈍いよな。要領がいい子はいるぞ。先生に取り入ったり、先輩に取り入って男子に頼んだり、そういうのは女の子には嫌われるそうだな。一之瀬の小学校の時がそうだったと聞いた」
「誰に?」
「クラスの女の子が噂してた。あいつがいないと、こそこそ、そういう話はするさ。鈴木洋子って子が来るとそうなるみたいだな」
「その人、知らない」
「結構有名みたいだぞ。ああいう噂話をする子って無責任だけど悪気がないタイプと悪意を感じるタイプといるだろう? 鈴木洋子はちょっと悪意が入るタイプだな。一之瀬の場合は悪意と言うより自分の都合で変わっていくようだけど」
「え、どういう意味?」
「つまり、そのときの自分の感情で都合よく変わってしまうようだな。記憶力があまり良くないみたいで、前と違うことも矛盾を感じずに平気で口にできるんだよ。だから、最初は戸惑うらしいな。永峯が苦労していた。いくら説明しても理解してもらえない上に、思い込みが強いらしい」
「そうなんだ?」
「だから、あまり関わらない方がいいと女子は言い合っていたみたいだな。あいつと一緒にいたやつらもただ一緒にいて、面白くない時に誰かに嫌がらせしたり、悪口を言い合ったりするときだけ固まるみたいで、それ以外はバラバラのような気がするな」
「え、そういうものなの?」
「女の子同士でもあるんじゃないのか? お互いの話を聞いてなくて、自分の話だけ聞いてくれと言い合って、会話が成り立ってないことが」
「そういうことはあったかなぁ?」
「お前はのんびりしてるようだ。あちこちあるぞ。一緒にいるだけで雑談はしていても、その時だけ話を合わせているだけで、反論すると面倒だからとか聞き流して気のない態度でその場にいる子とか時々見かけるぞ」
「え、そんな露骨な事をするの?」
「お前ってのんびりしてるんだな。他の女を観察するとかしないか?」
「そう言われても、自分のことだけで他の人を見る余裕が」
「なるほどな。少しは成長してきたと思っていたのに、そういう部分は弱いようだな。テニスなら見てたんじゃないのか?」
「なにを?」
「癖とか相手がどういうテニスをするとかそういうことを」
「ああ、あれは楢節先輩とか男子の先輩に教えてもらっただけ。ちゃんと観察して相手の弱点を見抜けって。自分に何が足りないかも見えてくるからって」
「ふーん、なるほどな。じゃあ、普段もそうすればいいじゃないか」
「今の私にその余裕はないよ」
「そうか? 人間関係って付きまとうぜ。向こうに行ったって同じだろう」そう言われるとそうだなぁ。
「お前って、まだまだだな。逃げ道が残されてるからかもな」
「逃げ道?」
「日本にも帰れるってことだよ。アメリカにも家があり、こっちにも家がある。だから、どっちも選べるってこと」
「そう言われても」
「向こうに行くってことはさ。結構大変だと思うぞ。価値観がかなり変わってくるだろうな。周りのやつらがそう言ってたからね。頑固に変えられないやつは馴染めない。早々と順応して行くやつは言葉も早い。日本人である俺たちが向こうの学校に通うにはこっちの学校に進むより何倍と努力しないといけないんだよ。今、お前がやっているのは何とか向こうの授業に合わせられるようにするための準備だけど、まだいっぱいあるぞ。発言しないと取り残されるの。誰も聞いてくれるような環境じゃないから、議論好きが多いクラスだと、陰が薄くなってしまうからな。自分で発言しないとね」
「ハードルが高い」
「だろ?」
「日本のように誰も手を上げない環境じゃないからな。日本人って当てられると困るから下向いたり、教科書見てる振りしてるやつ多いよな」
「そう言われたらそうだね」
「向こうだと発言しないやつは駄目って思われるの、こっちと逆」
「日本人の子って、どうしてた?」
「バラバラだな。やる気のある子は毎回発言してた。頓珍漢な事を言っても笑われても必死になってやってたな。でも、言わないやつもいたし、分かる時だけ手を上げてたのが一番多かったかもね」
「そうなんだね」
「留学生だと発言してた子が多いね。夢を持って来てるから交流したがるし、聞きたがってた。日本人の少ない地域だと好奇心旺盛な生徒に囲まれて質問攻めに合うってさ。転校生と同じだけどね」
「よく知ってるね」
「サマースクールや友達の家で知り合うんだよ。その時に色々聞かれるね」
「なるほど」
「栄太が顔が広いから、あちこち遊びに行ったりしてただけ。中には勉強する時間もないぐらいベビーシッターさせられていたやつがいてね。女の子なんだけど、相当うるさかったようだ。3人の子をちゃんと見ていろとうるさくて大変だったみたいだな。途中で断ったらしいけどね。勉強をしに来ているわけだから、その時間が取られるのは困ると言ったらしいよ」
「そういうこともあるんだ?」
「家庭に余裕がある家が受け入れる場合も多いけど、中にはそういうところもあるのかもな。静かな家もあったってさ。老夫婦や年配の未亡人だと友人ぐらいしか遊びに来ないし、週末も教会に一緒に行く程度」
「なるほどね」
「結構バラバラみたいだね。寮に入ってたほうが気楽そうだと言ってたらしいけど、寮だって個性派揃いだと大変だと思う。音楽をガンガン鳴らして聞いてるやつがいるから」
「ヘッドホンとか使うんじゃないの?」
「音が漏れるぐらい大きいんだよ。踊ってうるさかったやつもいたからね。ルームメイトも変わってばかりいたやついたし。気にしないでいれる大雑把でマイペースでないと大変みたいだな」
「半井君も寮に行くんでしょう?」
「俺は一人暮らししてたようなもんだし、わがままな家族に振り回されていたし、寮の方が却っていいぐらいなんだよ。週末はお前の家に帰ればいいし」
「あれ、そんなに帰れないでしょう?」
「デートしないと困るからね」とウィンクしたので、
「さ、やりましょう。先生。休憩終わり」と立ち上がった。
「お前ってすぐそれだな」と気に食わなさそうだった。

 絵の方がかなり仕上がって、
「ふう」とため息をついていて、
「見せて」と言ったら、
「駄目」とにらまれた。
「けちだなぁ」
「後、1枚あるんだよな」
「3枚出すんじゃないの?」
「霧の絵は一日で仕上げたから」
「え、なんで?」
「あっちはそれなりで納得したからな。綺麗だから絵になるし」
「はいはい、どうせ、私は普通以下」
「I think that you are cute.」
「は?」と言ったら、笑っていて、
「ちょっと聞き取れない部分があった。悪口じゃないよね」
「お前の場合は難しいよな。さっきも本気にしないしね」
「なにが?」
「ウィンクしても色々言っても聞き流すってこと」
「ああ、あれね。あの人と同じなんでしょう? 本性が出てきたんだなと思っただけ」
「どう言う意味だよ」
「伊藤栄太さんと同じ。いっぱいナンパしてたんだろうなと思っただけで」
「おまえなぁ。あいつはそうかもしれないが、ナンパはしてないぞ。みさかいないやつもいたけど、俺達はちゃんと選んでる」
「ふーん」と素っ気無く言って帰る用意をした。
「なにしてるんだ?」
「家に帰ってもいいんでしょう?」
「まだ、あるだろ。寂しいからそこにいろ」と言われて、
「わがまますぎる」と呆れてしまった。
「お前だとなぜか言いやすいんだよな」
「ホットケーキを作ってくれるママと間違えてない?」
「そうかも」と軽く言ったので呆れてしまった。
「変な人だな。わがままだし、先生として怖いし、ウィンクもあちこちでやってあげれば楽しいかもね」
「無理。俺はめったにやらない」
「嘘ばっかり」
「栄太だってかわいい子だけ限定だった。俺はもっと少なかったぞ。一応選んではいたよ」
「はいはい」
「本気にしてないよな」
「二谷さんにでもやってあげたら、スィートなんでしょう?」
「ああ、あの子ね。俺、無理」
「え、どうして?」
「かわいい子には違いないけど、年下は駄目だったんだよな。ことごとく」
「年上限定ね。高校に入ってから見つけたら」
「いいよ、お前で」と言ったので、
「勉強しよう」と移動した。
「また、そうやって聞き流すよな」とぼやいていて、
「なんだか向こうでの生活がしのばれるよね。よほどいっぱい付き合ったんだろうね」と笑ったら、
「そこまではないよ、それなり」と言ったので、信用できないなぁと本とノートを取り出していた。

「帰ってよろしいでしょうか?」とお伺いを立てた。何度目かだったけど、途中でにらまれたため、最後は口調が丁寧になってしまった。
「疲れたよ。最小限しか本とノートを持ってきてないのに」
「アメリカのことも戦争関係も読めよ。それって授業で言われて困ったことがあったからな」
「どうして?」
「意見を求められる。学生ならまだしも先生に聞かれた人もいたし」
「え、先生が聞くの?」
「時々居るらしいな。何人か聞いたよ。『ヒロシマをどう思う?』とか言うんだ。答えなんて中学生だと出せないだろう? 言葉を濁すとどんどん攻めてくる。英語もまだ分からないし、そういう話も迂闊な事は言えない。だから、困るんだよなぁ」
「私もわかってないかも。おじいちゃん達の話ぐらいしか分からない」
「おじいちゃん? へぇ、そういう話が出るんだな。他のやつもそういう人がいたよ」
「生活面の話。当時、どうやって逃げていたとか、どういう食生活だったとかそういう話」
「なるほどな」
「困ったね。そういう話は確かに簡単に口に出せる問題じゃないよね。あちらから見た場合とこっちから見た場合と違ってきそうだね」
「そういうことだよ。しかも個人的な主観が混ざるから厄介だ。お前も何か考えておけよ。様々な場面で、『日本人ならどう思うんだ?』と聞かれるからね」
「そうなの?」
「アメリカに取っては歴史が長い国と言うのが不思議なんだよ。文化という部分では日本のことは興味があるんだと思う」
「文化?」
「いっぱいあるだろう? 能、狂言、歌舞伎、茶道、日本舞踊、柔道、着物、ちょんまげ、侍映画に、忍者、これが一番聞かれたなぁ」
「忍者? この時代に?」
「向こうでのイメージって映画か何かだろうな。日本人もアメリカ人をアメ車、ピストル、カウボーイと思うのと同じ」
「なるほど」
「そういうことで、そろそろ解放してやるとするか」と言われて、ほっとため息をついた。
「まだ、早い。罰ゲームが残っている」
「えー」
「当たり前だ。一日一回、自分の言葉で英語で俺に挨拶しろ。お別れのね」
「なんて言えばいいの?」
「愛してるとでも、カッコいいわでも、なんでもいい」
「ナルシスト?」とびっくりしたら、
「いいから言え。デートしようねでも、何でも受けるぞ」と言われて睨んだ。
「愛情こもってないと許さないけど」
「つくづくわがままだな」
「ほら言えよ」とうれしそうで、
「えーとね」
「英語で言え」とにらまれた。
「☆ええと、私は今日疲れました」
「☆もう少し言えよ」と睨まれてしまった。
「☆はい、私は今日疲れました。あなたはわがままです。やっと終わった。ほっとした」
「おまえなぁ、もう少しマシな事を言えよ。わがままだから疲れたとつなげろ。不合格」
「☆あなたがわがままだったから、私は疲れた。もっと優しく教えてね」じろっとにらまれた。
「仕方ないな。今度はもっとちゃんと言えるようになれよ。それから、ありがとうの言葉を入れておいたほうがいいな。『Thank you for teaching me.』とか最初にいれたほうがいいと思う。最後に『I had fun, thank you.』とか入れてもいいけどね。『I like you.』も忘れずに」
「やだ」
「それぐらい言えよ」
「性格が絶対に変わってる」
「変わってないよ。日替わりなんだよ」自分で言ってるぞ。
「困った人だなぁ」と言ったら笑っていた。


二谷さん

 成績表を返されて、周りが凄くうるさかった。
「比べあったりしない。人の成績は言いふらしたりしない。居残りやることになったからな」と先生に怒られて、
「え〜!」とあちこち言い合っていた。
「自分で言うのはいいですか?」とふざけて聞いている男子もいて、
「お互い納得ずく以外は駄目だぞ。もめると困る。隣のクラスの男子がもめたそうだから、お前たちも気をつけるように」と言われてしまった。本郷君がずっと立っていて、
「邪魔だよ」と男子に言われていた。覘かれていて、
「え、お前」と言われていた。
「なんだよ」と言われて本郷君が悔しそうに席に戻っていた。
「本宮すごいな。いいよな」と言われていた。
「うるさいぞ、そこ」と先生に怒られていた。
「光鈴館いけそうもない」
「俺も」と男子が言い合っていて、
「山崎の見せろ」と言われていて一人堂々と、
「見てくれよ」と桜木君が見せびらかしていて、
「やめろ〜!」と言われていた。
「すごい、一気に70番上がった」
「えぇ〜!」と人だかりができていて、
「おーい、静かにしろと言っている」と先生が苦笑していた。私のも取りに行って、そのまま戻ろうとしたら横からヒョイと三井さんが手を勝手に持ち上げて覘こうとしたので、
「あ、」と言って手を払ったら、
「きゃあ」と倒れていた。
「ひどいー」と怒ったので、びっくりしたら、
「先生、佐倉さんが」と手越さんが睨んだら、
「今のは明らかに三井さんが悪いと思うわよ」と根元さんに怒られて、それ以上言えなくなっていた。
「三井ってそうやって覘こうとするの、やめろよ」と男子に追い払われていた。席に戻って、あれ以来、手越さんが良く睨むなぁと困ってしまった。

「どうでした?」と碧子さんに聞かれて、首を振った。
「あら、なんで?」と桃子ちゃんに聞かれて、
「基準点より低かったから後で怒られる」
「山崎って厳しいなぁ」と佐々木君が笑った。碧子さんの席のそばなので、話すことが多くなった。
「でも、上のほうが順位変動したからな」と保坂君が寄って来て、佐々木君と見せ合っていた。
「上がった?」と須貝君に聞かれて、
「前よりはね」と答えた。
「そうか」と考えていて、
「桃子さんは?」と碧子さんが聞いていた。
「何とかがんばる」と明るくてうらやましいなと思った。
「でもさぁ。光鈴館はいいとしても、後の学校だとちょっとなぁ」と佐々木君と言い合っていて、他の男子も集まっていた。
「この分だと危ないんだよ」
「俺、海星も危ない」と言い合っていた。

 昼休みに拓海君に言われて仕方なく移動して成績を見せ合っていた。
「うーん、拓海君と差が」と言ったら、
「気にするなと何度も言ってるだろ」と言われたけれど実際これだけ違うとため息をつくしかなかった。果たして、いつか追いつける日が来るんだろうか? 永久にこない気がする……と言う弱気な考えを、首を振って捨てた。こういう事を口にしたり考えたりしてはいけないと半井君に注意を受けていたからだ。向こうはポジティブでないと取り残される。
「授業に参加してないか……」とポツリと言ったら、
「なんだ?」と聞き返された。
「拓海君って、きっと高校に行っても率先して勉強して部活もがんばるんだろうな」
「何を言ってるんだ、お前」
「がんばらないとね」
「あいつにも見せるとか言うなよ」と返してくれてため息をついた。
「なんだよ」
「お母さんに報告する義務があるから放課後に持って来いって」
「どこに?」
「例の場所」
「ふーん、あいつって何であそこで勉強しているんだ?」
「絵を描いているんじゃないの?」
「布池が言ってたぞ。勉強しているからとね。残りのメンバーはいたりいなかったり。あいつ、あそこでぼんやりしたあと、勉強してるってさ。布池が驚いていたよ」
「ピアノは?」
「上の階は使ってたらしいよ。今はどうか知らないけど、一時期女の子が弾いていたらしいけど」
「へぇ」
「お前って噂に疎いみたいだな。半井の絵もみんなが気になって覘いたらしいよ」
「え?」
「でも、あそこで今は描いてないみたいだな。スケッチ程度。顔が誰かわからないものばかり。お母さんだろうとまた言われていたけどね」
「お母さん?」
「前に描いた絵がそうだったはずだぞ。聞かれたら母親だと答えたらしいから、それで話題になっていたから」
「へぇ」
「お前ってつくづく疎い」と笑われてしまった。

 放課後に半井君に会うために美術室に寄った。誰もいないなぁと入ったら隅の方に隠れていて、指を口に当てて、「しー」と言うポーズだった。静かにしろってことだなと思い、ゆっくり近づいた。
「ねえ、成績表、家に持って帰れないよ」と大きな声でぼやいていて、この声?……と驚いた。一之瀬さんだったからだ。
「私なんて捨てたいわ」と瀬川さんが言い、分からないように近づいて、チラッと見たら、加賀沼さんは髪の毛を直していた。
「また、デート?」と瀬川さんが気に入らなさそうに聞いた。
「当然よ」と笑った。
「どうしよう。絶対に止められちゃうよ。親にばれちゃってるんだよね。リッキーとデートしてたの、誰かがばらしたらしくて」
「言うでしょうね。面白いネタだから」と加賀沼さんが簡単に言ってすごいなぁと聞いていた。
「困った、こんな成績だとリッキーとデートできなくなる」
「どれぐらい下がったの?」と瀬川さんが聞いた。指を3本上げていて、
「クラスで3番ぐらい?」
「違う、学年で30番以上下がった」
「へぇ、そんなに下がいたの」と加賀沼さんが軽く言ったため、隣にいた一之瀬さんが睨んでいて、それを聞いていた半井君は噴出しそうになって口を押さえていて、睨んでしまった。
「いいじゃないの。そんなに変わらないわよ、元から悪かったんだし」と加賀沼さんが素っ気無く言ったら、すごい音が聞こえた。
「痛いわねえ。何するのよ」と喧嘩をし始めた。どうやら叩いたらしい。
「あなたになんか言われたくないわよ。そんなに鏡見たって変わらないじゃない」
「なんですって、外人に入れあげて遊んでたから自業自得よ」と遣り合って、
「うるさいわねえ。こういうとき、牧でもいじめて遊べばいいじゃない」と瀬川さんが怒鳴ったら、
「あの子、来ないわよ」と加賀沼さんが怒っていた。
「逃げたのよ。面白くない。また一人減ったわね」
「いいわ。あの子、まだ使えるから、脅しておいてあげるわよ」と瀬川さんが簡単に言って、「やば」と言う声がしたあと、足音がしてみんな行ってしまったようだ。その後、違うところから足音が聞こえた。
「あの子たちは何でしょうねえ。困ったものですね」
「卒業まであと少しですから」と言っている声が大人の声だったので、先生だと気づいた。どうやら、先生が見周りに来たために逃げたようだ。
「いつも、ああなんだよな」
「盗み聞きしてたんだね」と睨んだ。
「違うさ。勝手に話していくだけ。ここは部室なんだからな」
「誰もいないじゃない」
「ああいうのが居るから、遅めに来るんだよ。俺も上の階に避難してたけど、いつのまにやらもう一人弾く子がいてね。それで勉強していただけ」
「そうなの? うーん、どうりで誰もいないわけだ」
「それより、見せろよ」と言われて、慌てて成績表を出していた。彼がメモしていて、
「呆れるやつ。数学と英語以外もあげろ。向こうでもそれなりにやるぞ。必修以外は語学力が必要じゃない科目を取るように薦められるだろうけど、大学の事考えたらそれなりに考えていかないとな」
「そうだけどね」
「会話も英語に切り替えた方がいいな、そろそろ」
「でも」
「学校でもやっていかないと間に合わないぞ。まだまだキンダーだからな」
「そうだけど」
「俺もばれるの時間の問題だ。俺の方は口止めしてないからな」
「そう」
「ロザリーも向こうに行くそうだ」
「え、そうなの?」
「そう聞いたよ。向こうは公立に通うらしいからいいけどね」
「彼女は英語が話せるし明るいものね」
「ハッキリしてるしな。一之瀬とは仲直りしたようだけど」
「え、そうなの?」
「一応、謝罪をしてテニス部が許したと聞いて、それならということになったようだけどね」なるほど。
「もっとも、そこまでの付き合いはしてないかもな」
「そう?」
「リッキーの事を聞いたら、知らないと答えていた。せっかく紹介してもらったけど、ノータッチのようだ」
「そういうものなんだ?」
「俺から頼んだとばれたら困るから、内緒にしてくれているようだけど、お前も言うなよ」と言ったので頷いた。

「先輩」と話しかけられて、単語帳をやっていた拓海君がそっちを見た。
「ああ、君か」と二谷さんに言った。
「私、先輩のために演じますから見てください」と言われて拓海君が困っていた。
「あれは全校生徒のために演じるものだぞ」
「でも」
「君は一人の観客しか意識してない主役の劇を見たいと思う?」と聞かれて、ハッとなっていて、それからうな垂れていた。
「うまくできないんです。台詞も何もかも相手と合わなくて」
「気を使いすぎてるのかもね。君の場合は優しすぎる。性格が良すぎて周りを気にしすぎる。主役なんだから堂々とやれよ。もちろん、その上で合わせるならいいけど」
「でも、もっとうまい子がいて、その子が色々と」
「役にその子、合ってるのか?」
「それは、……合っていないと」
「じゃあ、しょうがないさ。背の高い子がかわいいけなげな役は向いてないだろうな。かわいい子がきっぱりした性格の役が合わないのと一緒だと思うけど。選ばれた以上、自分のできることだけやればいいじゃないのか? 配役が気に入らなくて足引っ張る子がいても、その子のペースに合わせていたらいつまで経っても劇は良くならないかもね」
「どうして、知ってるんですか?」
「知り合いが演劇部にいるからね。噂も流れているよ」
「先輩はすごいですね。私、どうも萎縮して駄目で」
「がんばればいいんじゃないのか? 君が出来る事をね」
「先輩は素敵ですね」と頬を赤らめた。
「そう言って貰ってもね」と拓海君は困っていた。
「先輩のことがやっぱり好きです」ときっぱり言ったため、
「ごめん、それは前も言ったように」
「先輩以外のためにも演じますけど、先輩が見ていてくれると思うとがんばれると思います。見てくださいね」と言われて、
「それは見るけど」と困っていた。
「ひゅー」と離れたところで男子が冷やかしていた。
「うるさいやつら」と拓海君が素っ気無かった。
「あの人と、どうなっているんですか? 変な噂が」
「君には関係ない」と拓海君が不機嫌になったので、困った顔をしていた。
「私」と言ったら、
「そろそろ、詩織が来るから」と言ったため、凄く悲しそうな顔をして立ち去っていた。拓海君は困った顔をしてため息をついていた。

 拓海君と帰るとき、やっぱり機嫌が悪かった。
「拓海君と一緒にいるときぐらい笑ってほしい」
「あいつと話すのをやめたら少しは良くなるかもな。何が父親だ」
「なにそれ?」
「父親のようだ、過保護だとか言ってくるんだよ、あいつ」
「気まぐれなんだって。日替わりで態度が変わるって自分で言ってた」
「お前は気にならないのか?」
「さぁ、先生だからそういう人なんだなと思うだけ」
「そういうものか?」
「仕方ないよ。文句言ったら課題が増えそうだし、結構意地悪だからなぁ、あの人」
「性格が悪いんだよ」
「そこまでじゃないと思うけど」と言ったら睨まれてしまった。

 あちこちで、ひそひそ言ってるなぁと思ったら、演劇部での内部分裂が起きているらしい。
「吹奏楽も中々大変そうだってさ」と毎年恒例で言われていた。吹奏楽はパートごとの練習があって、合わせるのが大変みたいだった。全体練習ができる場所がないため、体育館で練習している。そろそろ、全体練習をしないといけないからだ。でも、部活をやっているため、ボールが飛んできたりして、そのたびに苦情が出ているようで、
「演劇部もさぁ。学園物にしても、脚本がさぁ、いまいちだって話なんだよね」
「それで、間に合うの?」と言い合っていた。去年、手伝わされたなぁと思っていたら、
「あの」と後ろから声をかけられた。布池さんで、
「どうかした?」と聞いたら、
「一年生でやってもいいって」と言って紙を渡された。
「女の子達が面白そうだから参加したいと言っているの。だから」と言われて、
「ありがとう」とお礼を言ったら恥かしそうにうつむいて行ってしまった。その足で夕実ちゃんの所に紙を届けたら、
「助かった」と言って、その足で走って行ってしまった。すごいかも。
「あの子、演劇部の子だろ」と半井君がそばに来て聞いた。
「あなたが断ったから、一年生に頼むんだって」
「俺にそんな時間はない」と言ったため思いっきり睨んだ。
「なんだよ、その顔は」
「拓海君が怒ってたよ。変なことは言わないでくれって。私からもお願いします」
「ふーん、気にしなければ、いいだろ」と素っ気無かった。こういう人だよね。
「気まぐれだね。わがままだ」と言って戻ろうとしたら、
「手紙書いておいたよ」と言われて、
「変な事を書かなかったでしょうね」と睨んだ。
「☆あなたの娘は良くやっていますよ。従順じゃないけれど、言うことは聞かないけれど、とりあえずやってます」と英語で言った。
「聞き取れないよ」
「☆根を上げるな。ぼやくな、一切口答えするな」とまた英語で言われてしまい、
「全然分からない」
「英語で答えろ」
「I do not understand it at all.」
「言えるじゃないか」
「あれだけ、書き出させられたらねえ」
「あの中からすぐ言えるように用意しておけよ」と言われて、
「はい、先生」と言ったら、
「英語で言えよ」と睨まれてしまった。

 二谷さんが動こうとしたら、転んでいた。足が出ていたようで、
「あらごめんなさい」とその子が睨んでいた。
「台詞がどんどん減っていくからって、そういうことはしないで」と二年生の部長の子が怒った。
「なんですって、脚本が良くないのよ。学園物の仲間でがんばろうって、今時、流行んない」とバカにするように言った。
「そんな言い方」と二谷さんが止めたけど、
「何よ、ちょっとかわいいだけで主役になったんでしょう? ユキにも振られたくせに、図に乗ってるんじゃないわよ」と小声で言ったので、二谷さんが悲しそうな顔をした。
「あの先輩だってあなたの事を相手にもしてないってね。顔だけかわいくても」
「やめなさいよ」と夕実ちゃんが来て止めた。
「この子達が手伝ってくれるって。場所は隣の教室でやるから」と一年生の女の子を連れてきた。
「一度やってみたかったの。こういうのって面白いから、絶対良い物にしてくださいね」と明るく言ったため、みんなが驚いていたけど、
「説明してください。背景のイメージどういうのがいいですか?」と物怖じせずに明るくはきはき聞いたので、
「すごいね」とみんなが笑っていた。

「助かった」と休み時間に碧子さんといたら夕実ちゃんに話しかけられて、
「あら、どうしてですの?」と碧子さんが聞いた。
「内部分裂して真面目な子ときつい性格の子が派閥になってて、真面目な子が押され気味だったの。ところが、背景を描いてくれる子がとにかく明るくて話す子で笑ってくれるのよ。お陰でぼやいていた子が居場所がなくなるぐらいになった」すごいかも。
「面白かったら参加したいって言ってる子がいるらしいから、間に合いそうで、ありがとう」と言ったので、
「布池さんにもお礼を言わないと」と言ったら、
「今から言ってくるね」と明るく手を振った。
「受験もあるし大変だね」
「松平さんは曾田か市橋だと噂されてましたわ。夕実さんも曾田目指しているそうですわ。私もがんばらないと」
「そうか、離れちゃったら寂しくなるものね」
「それでも会えますもの。がんばらないといけませんわね」会える距離か。確かに会えなくなったら寂しくなるだろうな。でも……、
「そばにいたらそれだけ辛くなる時が来るのかもしれないね」
「え?」
「差がありすぎるともっとお似合いの人が現れた時、どうしたらいいんだろうなと勝手に想像しちゃっただけ」
「そんなこと、そういうことは違うと思いますわ」とはっきり言われて驚いた。
「それは気持ちの問題ですわ。条件で選ぶとどうしても気になるところが出てきて限がないそうです。お見合いとかだとそういう部分で持ってこられるでしょう? でも、気持ちの方が大事なんだと思いますの。周りが認める人が自分に合っているとは限りませんものね」と言われてびっくりした。後ろにいた本宮君がじっと見ていて、私が見てしまったために、碧子さんが気づいて振り向いた。でも、素っ気無い態度で、また顔をこっちに向けた。
「いいの?」と聞いたら、
「橋場さんと勉強しないといけませんの」と話を変えていた。

 帰る時に、碧子さんが本宮君に何か言われているのが見えた。けれど、素っ気無い態度で帰ってしまっていて、
「ねえ、あれ」と小声で言っているのが聞こえて、そばに円井さんがいた。
「ねえ、いいの、あれ」とみんなに聞かれていて、浮かない声で、
「最近、ずっと素っ気無いの」と言った為に、
「もう、抗議してあげるよ」と怒っている子もいて、
「がんばるから」と言っていたので、あまりうまく行ってないのかもしれないなと思った。
 拓海君がやってきて、
「帰ろうぜ」と言われて頷いた。
「あああー、やんなっちゃう。また居残りなのよ」と三井さんがぼやいた。どうやら男子生徒の点数と順位を言いふらしたらしい。
「今日は多いようだ」と拓海君が言って教室を出た。校門を出てから、
「遠藤とかあちこち居残りだそうだ」と言ったので驚いた。
「だって、この間」
「それもそうだけど、あの問題集がどうとかと言っていた相手の点数をばらしたんだよ」
「どうしてかな?」
「去年も言ったろ。ところが、あいつの持ち物があちこちに勝手に移動されていることが起きている。一人の仕業じゃないかもしれないと言っていた」
「大丈夫なの?」
「先生が隣のクラスの男子の話もしてただろ。そっちとも関係があるようだ。全員、海星を狙っているから」
「そうなの?」
「ただ、去年より更に点数が下がっていたらしく、峰明を薦められてからおかしくなったようで」
「笹賀は?」
「だから、問題集の男子が笹賀を薦められたためにああなったんだよ。まだもめそうだよな。12月までもめると聞いてるよ。桃にね」
「大丈夫かな?」
「三井たちもそうだけど、納得してる訳じゃない。だから、人の点数を気にする。そうして自分より下の人を探して安心したいとか良く分からない理由だよ。説明してもらってもいまいち分からないんだ。桃も戸狩も『それぐらいは普通だ』と言うんだけど、俺は駄目だ。ミコは聞いても無駄だろうし」
「なんで?」
「あいつも大雑把だぞ。前向きパワフルな女がそういう足の引っ張りあう人の気持ちなんて分かる訳もない」そう言われるとそうかもねえ。強いから。
「困っちゃうね」
「こういうのって連鎖するから心配だな。一之瀬とか機嫌が悪そうだったから近づくな」と言われてこの間の事を思い出した。
「どうかしたか?」
「お母さんって、私たちのことはどう言ってるの?」
「なんで? 大丈夫だよ。色々根掘り葉掘り聞いてくるけど、うまくいってると言ってある」
「反対しないの?」
「する訳ないだろ。『お嫁さんに来たら楽しいわね』と言ってたぐらいだから」
「は?」とさすがに唖然となった。
「なんで、それぐらい言わないか?」
「言いません」
「そうか? うちだけなのかな」すごいかも。そうか、そういう話題は普通なんだ。うーん、感覚が違うなぁ。
「それより、お父さんとは話は?」
「おばあちゃんと話をするって言ってたけど、まだ。手紙が何度か来ていて、電話で話をしてたのを見かけただけ。私とめったに会わないし」
「なんで?」
「家にいない。いじけだしてからは会話が特に少ない」
「ふーん、よほど寂しいんだな」そうだろうか? それなら、普段から家にもっと、いそうな気がするなぁ。
「お前はそうでもないんだな。ホームシックになるかもしれないぞ。そうしたら、どうするんだ?」
「だって、向こうもホームだよ」
「そういうことじゃなくて、寂しくないのかってことだ。日本の物が恋しくなるだろうし」
「日本のものが結構売ってるみたいだよ」
「そうじゃなくて日本にいないと色々あるだろう? ほら、俺とも会えなくなるぞ」
「高校に行ったら同じだもの」
「違うだろう」と大声で言ったのでびっくりした。
「きっと会えなくなるかもね。多分」
「お前はすぐそれだな。時間を作って会いに行くに決まってるだろ。自転車で行けばそれほど離れてないから、それに」
「違うの。そうじゃないの」
「じゃあ、なんだよ」とにらまれて、とおりの向こうから笑っている人がいたのでそっちを見たら、拓海君も気づいて、
「ほっとけよ。何が別れる寸前だ。人の気も知らないで。俺は絶対に離れたりしないからな。ああいうのだけは気にするな」
「分からないよ、人の心なんて」
「何を言ってるんだ。俺は違う」
「お母さんとお父さんだって永遠の愛を誓ったんだろうね。その時は」と言ったら黙った。
「ごめんね。どこかで諦めてるのかもね。小さい頃から色々な別れを経験してるから、『この人とはいつか会えなくなるな』って不安に思っちゃうのかもね」
「ごめん」と拓海君が謝った。
「違うの。私が駄目なんだろうな。拓海君がいなくなったら」とちょっと涙ぐみそうになったので慌てて顔をそらした。
「なんだよ?」と聞かれたけれど、
「じゃあね、ここで」と分かれ道で、手を振って、走り出した。なんだか、やだなと思いながら途中で疲れたので歩いていたら、足音が聞こえた。
「気になるだろう」と後ろから声がした。拓海君の声だった。そのまま歩いていて、
「おい、言えよ」と言われても黙っていたら、
「おいって言ってるだろう」と腕を取られた。拓海君が私の前に来てから、
「お前」と私が泣いていたので、驚いていた。
「ごめんね、ごめん」と言って、また、走り出した。なんだかやだな。あの話を聞いてから、また、不安になって。全然駄目だなと思いながら走っていた。
 家に着いた時は疲れていた。途中で何度か歩いたけど、足音が聞こえそうだったので何度か走っていて、ようやくついた時はハアハア息が切れていた。体力が落ちてるなぁと思いながら玄関に座り込んで、足音が聞こえてびっくりした。
「まったく」と聞こえたので、なんだか悲しくて慌てて鍵を出して玄関を開けて家に飛び込んだ。
「開けろ」と玄関先で怒鳴っていた。玄関には鍵は掛けてなかったけど、体で押さえていて、
「鬼ごっこしてるんじゃないぞ。開けろ。まったく、気になるだろう。お前、変だぞ。言いたいことがあるなら言えよ。聞いてやるから」と言って玄関のドアノブが回っていて慌てて押さえたけど、強い力で押してきて、
「こら、開けろ」と言われて仕方なくどいた。
「世話の掛かるやつ。最初から言えよ。鬼ごっこぐらいで息切らすな」とドアを開けながら怒られてしまい、
「言えよ。聞いてやる」と言ってドアを閉めた。
「泣いてたら分からない。言え」と言われて拓海君に思わずしがみついたら驚いていた。
「どうした?」と優しく聞いてくれたけど、ずっと泣いていた。

 応接間に移動してからもなんだか気まずくて、
「ジュースでも」と言ったら腕を取られた。
「そんなものはいらない。気になるから言えよ」と言われて、
「まったく……」とまた、抱きしめてくれていた。
「会えなくなることが不安なのか?」と聞かれて首を横に振った。
「大体、お前が離れるって言い出したんだぞ。だったら、どうして留学するなんて決めるんだ。しかも勝手に、俺に内緒で」
「そうでもしないと別れられないもの、きっと」と思わず言ったらびっくりしていた。
「拓海君と離れたら、違う学校に行ったら事情が違ってくるもの」
「それはそうかもしれないけど」
「きっと拓海君のそばには桃子ちゃんや仙道さん、ミコちゃんのような子ばかりになるよ」
「うーん、そうかもしれないけど、きついのはちょっとなぁ」と言ったので、
「もう」と拗ねた。
「それより、何で泣いた?」
「離れるのが怖いんだろうね」
「だったら日本に残ればいいだろう?」
「拓海君が私から離れていくのが怖いんだろうね」と言ったら驚いていた。
「みんなが言うとおりだよ。拓海君のそばに私は不釣合いだから」
「そんなことないと言ってるだろう」
「そうだもの」
「違う」
「そうだもの。だから、ああいう噂が出るんだし、ああ言われて、あの時だって」
「何の事を言ってるんだ?」
「あの人が相手なら不足ないもの。あれだけかわいくて、今までと違って、みんなが好意的で。私と違うから」
「お前」
「二谷さんとの話、教えてくれなかったもの」と言ったら、困った顔をしていた。
「仕方ないな。気にすることじゃないさ。不良に絡まれているのを助けただけだよ。彼女がかわいいからちょっかい出していたから、それで追い返してやっただけ。その後、話しかけられるようになって、向こうに告白された。返事は『好きな子がいるから』と答えた」
「だって、この間も話しかけられていたって」
「ああ、それは『主役になったから見てください』と言われただけだ」
「まだ、好きなんだね」
「お前が心配することじゃない」
「聞いたの。『先輩のために演じます』と言っていて、『好きだ』とまた告白されていたって、嘘かもしれないけど、その時に色々言われていて、私とはいつ別れてもおかしくないって」
「ばか」と軽く頭を叩かれた。
「また、そうやって気にする」
「だって、彼女なら誰も文句は言わない。一之瀬さんも加賀沼さんも三井さんたちだって」
「ふーん、そうか? それでも気に食わないことが起これば何か探して言うかもよ」
「探す?」
「あら探しってことだよ。あら探しするやつの意味が分からないって、男子も俺も体育館でぼやいたんだよ。バスケの女子ってそればっかりでね。宇野たちが特に」
「そうなの?」
「選手の事を『一生懸命やったってどうせ勝てない』とか裏で言い出す。自分とそれほど変わらない実力の子でも何か探してひどい事を言う。それでもめる。守屋が止める。練習中断、その繰り返し。ほっとけばいいのに」うーん、すごいかも。
「バレーの男子と遣り出したら、ひどい事を言うんだ。自分が言われたら絶対に嫌がるだろうと思えることを言うから、それがあいつらの耳に入って、喧嘩して、更にあら探しして洒落にならない事をいっぱい言って、エスカレートしていって大変だった。戸狩が『相手にするな』と止めてね。あいつらには言わなかった。言えばどうなるか分かるだろう?」
「分からない」
「テニス部と同じだ。小山内さんと前園さん、一之瀬。反省して態度を改めたか? ないだろう?」と聞かれてそう言えばそうだったなと思った。
「聞く耳を持っていない子にいくら説教しても駄目なんだよ。相手は気に入らないことがあるとそうやって晴らす癖がついている。だから、そこの矛盾に気づかない。言われた相手が傷つくとか、自分の事を棚に上げて言い続ければ、自分にやがて振り返ってくるとか、そういうことが分からないって。戸狩の解説だとそういうことになるらしい。俺は女の子のそういう気持ちがどうも分からないけどね」
「私も意味不明」
「だから、二谷さんだろうとお前だろうと関係ないだろう」
「そう? でも」
「武本だとしても一緒かもな。身内と言っても一緒にいて話している間はいいけど、俺が武本とだけ仲良くしたら、そこでやっかみが生まれる。嫉妬して裏で悪口を言い出すかもしれないってさ。それも俺は理解不能だからな」
「友達なのに?」
「友達だとしても言う子はいるさ。仲良く話していても、嫉妬心は生まれるだろうし」
「そうかもしれないけど」
「それに心配しなくても、俺はとっくに断っているし、詩織とこれからも付き合っていきたいからね」
「でも、幼馴染と言うだけでここまでしてくれて」
「お前ってひょっとして誤解してないか?」
「なにが?」
「幼馴染だけで付き合っていると思ってないか?」
「違うの?」
「言ったろ。好きだって」と言ってくれたので驚いた。
「幼馴染だけで好きにならないよ」
「どうして、私?」
「かわいかったぞ。小さい頃ビービー泣いて」
「また、そういう事を言う」
「その後、笑ってくれるとうれしくてね。何でもしてやりたくなる。いじめられていたら庇いたくなるし、笑ってくれるならそれだけでうれしい」
「そういうものなの?」
「他のやつは知らない。俺はそうだ」
「正義のヒーローなのかな?」
「なんだよ、それ」
「睦人君がそうだった。ミコちゃんの弟。今、小学生でね。かわいいの。遊びに行った時にね。『詩織ちゃんは僕が守るんだ』と言ってお姉ちゃんをおもちゃの剣で切っていた」
「すごい事を言うんだな」
「かわいかったよ。『正義のヒーロー、何とかマン』とか言ってたけど、忘れた」
「小学生と同レベルにするなよ」とぼやいたので笑ってしまった。
「ほら、笑ってくれた。それがうれしいんだよ」と言ってくれたのでうれしかった。
「半井君が言ってたの」
「また、あいつかよ」と機嫌が悪くなってしまったけれど、続けた。
「拓海君の心配の仕方が変だって」
「そうでもないぞ。これぐらいは心配するさ」
「家族のように心配しているって言われた」と言ったら驚いていた。
「そう言われたら変だもの。心配してくれて守るって言ってくれて、とてもうれしかったけど、でも……」
「当たり前だ。詩織は人一倍押しが弱いのに、外国に行くなんていきなり言うんだぞ。それで心配しないやつはいないぞ」
「でも」
「それに、そういう相性なんだろうな。戸狩に笑われた。テニス部のこととか詩織のこととか、見る癖がついてるから、『お前って、けなげだな』と笑われたんだよ」
「そんなに見ていてくれたの?」
「気になるからね。休憩の時にチラッとね。何しろ、幼馴染と気づかずにいる間に変態会長といきなり一緒に帰りだし、一之瀬とかにやられていると、もうほっとけなくて、昔のようになんとかしてやりたくて」
「いつの話よ、それ?」
「転校してから気になって見てたに決まってるだろう。あちこち告白はしてもらったけど、俺はそれどころじゃなかったんだよな。ちっとも気づいてくれないし、話せるようになって、あの先輩に言われたんだよ。『どういう気まぐれで俺のおもちゃにちょっかい出しているのか理由を言え』と言った」
「あの先輩は……」と頭を抱えた。
「だから、言ったんだよ。『詩織のことは守りたいと思ってる』って。『大切な思い出があって約束してるから守りたいと思ってる』と言ったら、笑ってた。『100点取れって言ったのは本気かどうか見るつもりだったけど、じゃあ、それぐらい取れたら納得してやる』って言ってた。『おもちゃを取り上げるなら、それぐらい苦労してもらわないと』と言ってたからね」
「おもちゃってね。呆れるなぁ。私は先輩のおもちゃじゃないというのに」
「面白くなかったんだろうな。自分が育てているつもりだったんだろうし。気まぐれだったのかは謎だけど」
「ストレスが溜まるからとか色々言ってたけどね。あの先輩は変だよね。そういうことでゲーム感覚なのが分からない」
「そうでもしないと飽きるみたいだぞ」ありえない人だ。
「とにかく、『それぐらいの勢いでがんばれよ』と言って卒業していったんだよ。いつか、100点揃えたら持ってこいってさ。そのとき初めて認めてやるって」
「まさかと思うけど、そんなこと狙ってないよね?」
「いや」と軽く言ったので頭を抱えた。
「受験生なんだから、そういうことは別にやらなくても」
「いや、却ってやる気になるね。負けられないからな。俺の意地でもあるさ」困ったなぁ。
「だからいいんだよ。俺は決めてあるんだ。詩織と再会してから、あの約束を何度も思い出していたよ」
「約束って?」
「お前が教えてくれたら教えてやってもいいよ」
「なにを?」
「お前の望み。佐々木が言ってたやつ。赤くなってたからなんだろうと妄想していた」
「なにを?」
「中学生の男子が考えそうなこと」
「なんだろう?」と首を捻っていたら笑っていた。
「どうも違うようだな。そうだろうな、詩織ちゃんの夢ならきっと」
「なに?」と恥かしくてうつむいてしまった。
「そうだな。いつか一緒に」
「一緒に?」
「内緒」
「えー、気になる」
「お前が教えてくれたら俺も言うよ」
「うーん、言いづらいなぁ」
「つくづく恥かしがりやだ。もう、泣くなよ。心配になるから」
「だって、なんだか怖かったんだもの。高校に行ったら怖いなって思ってたから」
「だったら、留学やめたらいいのに」
「そうだけどね。私、このままだと拓海君に迷惑掛けちゃうもの」
「いいって言ってるだろ」
「私が嫌なの」
「また、平行線か? 少しは仲直りできたかと思ったのに」
「二谷さんに告白されたのに、どうして気持ちがぐらつかないの? 年下が駄目とか?」
「違うよ」と笑っていて、
「なに?」と聞いたら、
「自分で考えてみようね。奥手の詩織ちゃん」と言われてしまった。

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