熱が出た

 桃子ちゃんが朝から冷やかされていて、
「いいなぁ」と言われていたけど、須貝君が困った顔をするだけだった。半井君は今日も休みだったため、
「お見舞いに行く」と廊下で言っている子がいた。いつ帰ってくるかは聞いてなかったので、どうなってるかは知らない。彼は自分のことは話してくれない人だ。
「家どこ?」と聞きあっていて、霧さんが聞かれていたけど、
「言えない。あいつ怖いもん」と断っていた。どうも半井君に釘をさされているようで、
「えー、元カノなのに教えてよ」と言われても、
「ごめん」と軽く言っていた。
「気になる。さすがに気になる」と美菜子ちゃんが何度も言った。
「あいつのどこがいいんだか」と男子は言い合っていた。
「カッコいいじゃない」と女の子に言われていた。いつもなら騒がしいのに静かだったために、
「ピーチクどこだ?」と男子が見回した。そう言えば、三井さんたちがクラスに見当たらなかった。手越さんもいなかった。
「どんぐりもいないし」
「分裂したみたいだよ。親に怒られたってぼやいてた。あの子のせいだって言ってたけど。見たものは仕方ないよね」と女の子が小声で教えていた。どうも、手越さんと三井さんは仲たがいしたらしい。
「女ってそういうのばかりだな。何で許せないんだ?」と男子が聞いた。
「元からそこまでの仲の良さじゃないんじゃないの。悪口言ったり、雑談したり、気を使う感じじゃないみたいよ。自分優先だからね」と女の子が教えていて、そうなのかなと驚いた。
「そればっかりだな。バスケの女子って、大変だったろ。真面目なグループがいて、あいつらがいて。そのせいで守屋が苦労していてさ。でも、その守屋にさえ悪口言うんだぞ。あいつらって自分の事を棚に上げすぎだよ」
「見ていて、それは思ったけどねえ。ミコちゃんなら一蹴しちゃうだろうね。根元さんもいたからさっぱりしていて。バレーは良かったけど」
「井尻って、見かけた?」と男子が聞いた。
「知らんぞ」と答えていて、
「あれじゃあ、危ないよな」と言い合っていた。
「どっかにいるんじゃないのか?」
「学校には来てると聞いたけど」
「ふーん、佐分利も後のやつらも授業に出てないみたいだな。今年は人数が多いらしいぞ。先生が悩みの種だとぼやいてた」
「ふーん」と気のなさそうな声で答えていた。
「問題だらけだよな。でも、俺、絶対にあそこの学校に行きたいよ」と男子は言い合っていた。

 昼休みに拓海君と問題を出し合っていても、どこかギクシャクしていた。昨日のことがあって、拓海君は不機嫌だった。
「あいつもばれるのは時間の問題だろうな。でも、反対」と言われて、ため息をついた。
 教室ではまた、桃子ちゃんが言われているようで、
「あー、うるさい」と根元さんが蹴散らしていた。
「桃子も怒ったら? 言い過ぎなの」と男子が怒られていて、
「だって、そういうので発散しないと煮詰まる」と言ったため男子の頭を軽く叩いていた。
「そういうことはしない。自分も言われたら嫌でしょう?」
「俺、碧子さんならいい」
「俺も美樹ちゃんならいいけど」と言い合っていて、
「はいはい、かわいい子が好きなのは分かったから」と根元さんが呆れていた。
 クラスの中は賑やかだった。問題児が少ないようで、瀬川さんたちや三井さん、手越さんがいなくて、おとなしい男子は固まっていたけれど、騒がしい男子と女子が一緒に話すようになっていた。
「賑やかだね」と言ったら、
「話でもしてないと落ち着かなくなるさ。期末は重要だぞ」と言われて、そういう理由なんだなと思った。
「俺もがんばらないと」
「あの人に張り合わなくても拓海君の目標をやれば」
「だから、一緒だ。あの人が目標」
「結城君みたい」
「あの後聞いた。テニスの男子が冷やかしてきてね。俺に言ってきた。結城が楢節さんの真似をことごとくやりたがって、クラスの女の子とまんべんなく話していてあちこち浮名が流れているってさ。二谷さんとの噂も消えるぐらいだそうだ。その上、楢節さんと付き合ったお前と契約付き合いで一緒に帰りたかったけれど、無理そうなんで一年生の女の子で有望な子を探しているそうだ。ダイヤの原石だってさ」
「ダイヤ?」
「光源氏でもしたいんだろ。楢節さんのように」
「なんで? まさか、紫の上のような事をするつもり?」
「楢節さんがそうだったからって」
「そうかなぁ? あの人、ただの暇つぶしだよ。紫の上にするなら、きっとお嬢様でかわいい感じの子を育てそうだね」
「そうかもな。あいつにはできないと思うぞ。勉強もまだまだだそうだから」
「まねするところが間違ってるよ。彼は彼でいいんじゃないの? 十分モテるわけだし」
「本人の目標だ。仕方ないさ。やりたいようにやらせて納得するまで無理だろう」意味不明な人が多いなぁ。目指すならもっといい人にすればいいのにね。
「点数だけなら分かるけど、あの人の人間性は計り知れないよ。未だに分からない」
「だろうな。あの人の本音なんて誰も知らなさそうだな。お前ぐらいなものじゃないか」
「なんで、私?」
「対等に話していたのはお前ぐらいのものだと思うって聞いたぞ。テニスの男子がそう言ってたから」そうかなぁ? 
「お前、あいつが戻ってきても話すなよ」
「どうして?」
「ばれたらうるさいぞ。例のこと」
「そうだけど」
「どうせばれちゃうぞ。女は目ざといからな」と言われてため息を付いた。落ち着いて勉強どころじゃないなぁ。あちこち。

 二谷さんの演劇の練習を見て、あまりにかわいらしいので、男子の見学が多かった。全学年いるんじゃなかろうか。廊下から見ている人が多くて、
「練習、邪魔」と言われていた。教室をいくつか分散して使っていて、
「あれ、見学ですか?」と聞かれた。夕実ちゃんが見えたので手を振ったら気づいて寄って来てくれた。
「間に合いそう?」と聞いたら、うれしそうにうなずいていた。
「須貝君と光本君から伝言。どうしても間に合わなかったら手伝ってもいいって。布池さんも言ってくれた。彼女も絵がほとんど仕上がったようで」と言ったら、
「じゃあ、前日に頼むかも。なんだか背景が足りないかもしれないの。新しい場面作ったけどサイズが合わなくて」と言ったのでうなずいた。
「山崎君は?」と聞かれて、
「まだ、残ってる。男子がもめて学級委員と話し合ってるから」と言ったら、振り向いた女の子達がいた。
「こら、噂話はしない」と言われていて、
「あの〜」と声をかけられた。
「半井さんは病気って本当ですか?」と聞かれて、何度目だろうと思ったけど、
「知らないから」とごまかした。
「山崎さんと別れるのは本当ですか?」と聞かれて、さすがにむっとなった。下の学年でも言われているのか。
「人のことはとやかく言わない。まったく、ごめんね」と夕実ちゃんが謝ってくれた。確かに大変そうだ。女の子だけだと噂話も多くなるんだな。
「いいよ、がんばってね」とそこから立ち去った。階段に向かったら誰かが追ってきた。
「待ってください」と呼ばれて見たら、二谷さんだった。うーん、近くで見ると益々かわいい。一緒にいたくないなぁ。碧子さんでも気になると言うのに。
「あの、先輩と……」と言われて、
「なに?」と聞いた。困った顔をしたのが分かったらしくて、相手の子が、すまなさそうな顔をした。性格はいい子なのかもしれない、聞こうかどうしようか迷っている顔だった。
「先輩の事……」と言ってから言いにくそうだった。
「あの先輩と別れるって本当ですか?」と聞かれて首を振った。
「先輩は転校するというか、他府県に行くそうですけど、そうなったら……」と聞かれて、
「それはあなたには関係ないでしょう」とゆっくりと言ったら、はっ……となっていた。
「彼とのことは私と彼の問題。聞かれても困る」
「ごめんなさい。私、先輩のことずっと好きで、だから」
「私に言われても困るよ」と言って戻ろうとしたら、
「先輩に見てほしいんです。私、がんばって先輩に認めてもらいたいから。私、山崎先輩が好きです」うーん、素直だけど、結構激しい部分もあるんだなと思った。私はこんなに素直に感情を出せないな。負けているかもと思ったけれど、
「あなたの思いは私に言われても困るから」と言って、さっさと戻った。彼女の素直な行動がうらやましい反面、疎ましかった。私に言われても困るなぁ。受け止められるだけのものは私にはなかった。こういう時ってみんなどうするんだろうな……と思った。

 教室に戻ったら、話し合いは終わっていたようで、須貝君が弘通君といたので寄って行った。
「夕実ちゃんに言っておいたよ。前日に頼むかもしれないって」と言ったらうなずいてくれて、
「光本も、さすがに邪険にして悪かったと言ってたからさ」と言ったので、気にはしてたんだなと思った。弘通君とは久しぶりに話すので、
「勉強がんばってるの?」と聞いてくれてうなずいた。
「弘通君もすごいね」と笑ったら、
「まだまだ安心できないよ」と笑っていた。優しい笑顔なのでほっとした。こういう人がいると和むなぁと見ていたら、須貝君がこっちを見ていて、
「大変だね」と言ったら驚いていた。
「ああいうのって、次の話題に行くまでの辛抱だから」と言ったら困った顔をしていた。
「俺、どうも苦手で」と言ったので、気持ちが分かるなぁと思った。拓海君が寄って来て、
「帰ろうぜ」と言ったのでうなずいた。
「じゃあ、前日に手伝う事になったらよろしくね」と言ったら2人がうなずいてくれた。
「前日って?」と帰りながら聞かれて説明した。
「間に合うんじゃないのか? さすがにね」
「なんだかもめてたよ。この場面はこうしたほうがいいとか言い合ってた。活気がある人たちと噂話してる後輩に差があったけど」
「なんで?」
「よく分からない。夕実ちゃんが注意してたけど、女の子が多いと大変だね」
「違うかもな。桃から聞いたけど、主役が原因だよ。結城にあこがれている子がいたり、二谷さんをいいなと思ってる男子に憧れていたりするらしいぞ。女の子はそういう部分で抑えておけないんだろうな」
「どう言う意味?」
「男子の方が自分の気持ちを隠しているもんだろうな。友達の思い人だと告白できないと躊躇するって聞いた」
「え、そうなの?」
「それはあるかもな。男の友情の方を大切にするという気持ちはね。女は自分の恋心を優先すると言ってたけど」
「うーん、そういうシチュエーションになったことがない」
「英語使うな」
「これぐらいみんな使ってるよ」
「お前はやめろ」と機嫌が悪かった。
「拓海君と仲直りしたい」
「俺もしたいね。あいつがいなかったらここまで心配しないかも」
「逆じゃないの。知り合いがいるほうが心強い」
「あいつは別の意味で危ない」
「どう言う意味?」
「これだから心配だと言ってるんだ。あくまで反対」
「父親みたい」
「既に家族なんだよ」と言われて、
「どうして?」と聞いたら困った顔をしていた。
「お前が思い出してくれるまで言わない」と言われてしまい、
「大事な約束したんだね。それと関係あるの?」と聞いたら黙った。
「もしかして、それって……」
「いいか、あいつに関わるなよ」と強く言われて、
「私、負けてるのかもしれないね」と言った。
「言ってる意味が分からないぞ」とにらまれた。
「感情を素直に出せないの。ああは言えない。演劇のクラスがあったら入ろうかな。向こうで」
「何を言ってるんだ?」
「そうしたら、少しは自信がつくかもしれない。ミコちゃんのように」
「あそこまで行くな。あれはさすがに男は寄ってこないぞ」
「そう?」
「顧問だってたじたじだった。迫られてね。あの年の男でも敬遠するというのに」
「どう言う意味?」
「強すぎると男はちょっと……と思うぞ」
「そうかな? そういう人を好きになる人だって」
「前末を好きな磯山や、あの辺の男子はそうかもな」
「そうなの?」
「前末は桜木と仲良くしてたけど、E組の子が告白してから、焦りだした。あの2人はいつ付き合ってもおかしくないと思われていたのに、桜木が成績が伸びて注目されて、自信が出てきて、あちこちうるさくなってきたようだけどね。あいつがどうするかは知らないけどな」
「前末さん、桜木君のことが好きなのかな?」
「小学校のときからいつも一緒にいて、友達として普通に話していたけど、男として意識し始めてるかもな」
「そういうものなの?」
「幼い時に一緒に遊んだ女の子と再会して、かわいくなったなと思って付き合ってるのと一緒」とこっちを見られて言われて、恥かしくなって、
「そんなにかわいくないよ」とうつむいた。
「そういう態度がかわいいの。中には奥手すぎてとかよけいなこと言うやつがいるけど、そんなの俺の好みだからよけいなお世話だよな」
「え、違うものなの?」
「一人一人好みって違ってくるぞ。友達の延長から好きになる場合、一目ぼれもあるし、見た目がかわいいと性格もかわいいだろうと思い込んでいたり、色々だ。俺の場合は見た目もそうだけど、笑い顔やその他色々あるの」
「その他色々?」
「そういうこと。お前は気にしなくてもいい。誰がなんと言おうとね」
「そう言われても下の学年まで言われるなんて」
「あれは二谷さんのことと関係あるさ。彼女はずっとフリーだから男子も気にしてるし、その男子が気になる女の子も気にしてる。結城と素直に付き合っておけばあそこまでならなかったな」
「そうだったの?」
「タイミングを逃しただけだろうな。下の学年の女の子はそう言ってたらしいぞ」
「じゃあ、今から」
「無理だろ。俺との噂があった子と付き合わないかもな。結城はね」そう言われるとそうだなぁ。
「難しいものだね。あちこち、あるんだね。保坂君がああ思ってたのも気づかなかったし」
「保坂はコロコロ変わる男だぞ。そういうやつもいるな。口に出さないやつの方が一人をずっと思ってたりするんだよな」
「そういうものかな?」
「本宮も昔の浮名が邪魔して中々進展しそうもないよな。俺はお似合いだと思うんだけど」
「そうだね」としか言えなかった。

 家にいて電話がなって、半井君かなと思ったら、
「熱、氷枕、何か食べ物」と言ったので、
「おーい、大丈夫?」と聞いた。半井君の声に聞こえた。なんだか疲れ切ってる。仕方ないので自転車で行くことにした。
 家に着いてチャイムを鳴らしても中々出てこなかった。その後、彼がパジャマで出てきて、
「どうしたの?」と聞いた。
「熱が出ただけ」
「風邪?」と聞いたら、
「違う。疲れからの熱。腹減った」と言ったので、
「はいはい」と言って家に入った。
「上で寝ていて。氷枕どこかな?」
「えっと、その辺」と指差して上に上がってしまった。彼が指差した辺りの戸棚を片っ端から開けて、薬箱があったのでその奥に氷枕が置いてあった。
 氷枕とタオルを絞って持って行き、半井君の部屋をノックした。
「どうぞ」と力のない声だった。
「そこまでなるんだね。驚き」と言いながら氷枕を頭の下の置き、おでこに手を置いた。
「すごい熱だね。ちゃんと測った?」
「いや」と言ったので、
「そうだと思った」と体温計を取り出した。薬箱に入っていたのを持ってきていた。
「ちゃんと測って」と言ったら、パジャマの中に手を入れて測っていた。タオルを乗せてあげてから、
「おかゆ作ってくるから」
「やだ。オートミールも嫌い。ホットケーキ」と言ったので、
「わがまま。私をお母さんと間違えてない?」と聞いたけど、
「あと、桃の缶詰も」と言ったので、
「はいはい、わがままお坊ちゃまだなぁ。熱出すまでがんばらなくても」
「俺って気分に左右されるんだよ。子どもに戻るんだろうな。小さい頃はよく熱出してたからな、俺」
「信じられないね。かわいい時もあったと聞いたけど、想像できない」
「佐久間に聞いたのかよ」
「いいから寝ていて」と下に降りた。

「できたよ」と持って行ったら、寝ていた。確かに寝ているとかわいいと言える表情だった。普段はぶっきら棒だったり生意気だったり、虚勢張っているのか、こういう無防備な表情は初めて見たのでじっと見ていたら、
「母さん、手」と言って布団をめくって手を握ってきた。
「おーい、起きてるじゃないか」と言ったら、笑い出した。
「いいだろ、昔、母親がやってくれたんだよ。少しぐらい協力しろ」
「年上の方がいいわけだ。わがままだし、マザコン気味」
「うるさい。山崎の保護者面≪づら≫と一緒だよ。トラウマだろ」
「トラウマ?」
「あいつもどうせ昔何かあったんだろ。俺と同じだ。お前見てるとどうしても懐かしくてね」
「前もそう言ったね」
「ホットケーキ食べるとするか、さすがにお腹がすいた」
「わがままな息子だなぁ。お母さん、さぞかし手を焼いただろうね」と睨んだ。
「かわいい息子を愛情を持って接してくれる優しい母親だったよ。お前みたいな感じ」
「どこが?」
「家庭的で優しい感じ」
「家庭的かなぁ? この間、家事をやりたくなくてストライキ起こしたよ」と言ったら笑い出した。
「普通だろうな。中学生は反抗期だからね。親のやること全てが気に入らない。ぶち壊してやりたいんだろうな、佐分利たちのように」
「え、そうなの?」
「大人、全てが気に入らないんだろうな。俺も同じだから」
「え、そうは見えないよ」
「体面を気にする教師、子どものことなんてほったらかしの親、見栄っ張りで金遣いの荒い妻、そういうのばかり見てたら反抗したくなるさ」
「うーん」
「いいから、食べよう」と言って起き上がっていた。

 食べ終わってから落ち着いたようでこっちを見ていた。
「熱、下がってないでしょう。寝たほうがいいよ」
「食べたばかりだと胃がおかしくなるな。お前、一度言っておこうと思ったけど、病気関係調べろよ」
「え、どうして?」
「胃がむかむかする。頭がずきずきする。知らないだろう? 英語で言えるか?」と聞かれて、そう言えば言えないなと思った。
「そういうのも書いておけ。母親かバイリンガルの知り合いがいれば別だけど、苦労すると困る。過保護な母親がお助けカード作ってたのがあったけど」
「お助けカード?」
「伝えたいことが伝わらない時に見せるカード。でも、やらなくなったけど。アンチョコにして自分の口で言わないと笑われるな。マザコンだと思われるし」
「あなたも同じでしょう」
「俺はマザコンじゃない」
「嘘ばっかり、ホットケーキ、クッキー作れって完全にそうだと思う」
「お前だと言いやすいんだよ」
「呆れるなぁ。それより、どうだった? できた?」
「そっちはそれなり。書類そろえるのに時間が掛かるよな。全部、英文にしないといけないなんて面倒だよな」
「私も同じだね」
「そっちは母親がいるじゃないか。俺、自分でやらないといけないし」
「英語に慣れているじゃない」
「だけど、面倒だった。さすがに疲れた。結果が出たら、書類まとめないと」
「色々大変そうだね」
「日本とシステム違うし、学校の先生は頼りになりそうもないな。英語で手続きなんてできる先生はいなさそうだ」そうだろうなぁ。赤木先生も戸惑っていた。
「いいさ。結果が出るまでの辛抱だ。帰ってきたのはいいけど、急に熱が出てさ。それからずっと寝ていたから、誰も気遣ってくれない家だよな。俺が帰ってこようが気にしないようだ。ずっと寝ていてもね」
「お母さんは?」
「旅行だ。自分も金を持ってるから遊び歩いているよ。パーティーだ、なんだと金使うことが趣味。俺のことなんて興味ないさ。親父とどうして結婚したのかも謎だよ」
「そうなの?」
「親父の好みなんて興味ないね」とはいて捨てるように言ったので、じっと見てしまった。
「お互いに親で苦労するよ。俺が熱出しても心配してくれるのは佐久間と爺さんだけだろうな」
「そんなこと」
「お前は恵まれているんだよ。なんだかんだ言っても助けてくれる人が現れる。俺にはそんなにいなかったよ」
「でも、アメリカの時にいたんでしょう?」
「彼女ともう一人のお陰で俺は救われたよ。だから、立ち直れたんだろうな。それまでやけになってた時期もあったしね。佐分利たちの気持ちは分かるよ。認めてもらえない気持ち。早く大人になりたい気持ち、親や周りに色々言われるとうっとうしいと思う気持ちが」
「だから、ああ言ってあげたの? 彼女達に」
「仕方ないさ。あいつらの寂しそうな顔を見たら、とても言えなくなったな。俺と同じ部分を持ち合わせている。寂しいんだよ。認めてもらえないことに歯がゆくて、それをうまく表現できない自分にも、もどかしい。だから、強く言えなくなった。それに半分はお前のためだ」
「どうして?」
「強く説教したって逆恨みするだけだ。力でねじ伏せても同じだとお前が言ってただろう。だから、方法を別に考えたんだよ。周りの真似するしか分からなかったから、栄太と佐久間がやってた方法を真似しただけ。気難しい相手の心を開かせるのにああいう手を使ってたからな」
「そうだったんだ。でも、一之瀬さんは駄目だったね」
「あいつだけ、どうしても駄目。あとのやつらと違って駄目なんだよ。ほめるところ探したけど、ないんだよな」
「そう?」
「ほめたくないんだろう。あいつだけは」と言ったので笑ってしまった。
「そういう相性なんだ。彼女、まだ納得してなかったよ。いい加減認めてあげれば」
「彼氏にほめてもらって納得すればいいじゃないか。俺じゃなくても、リッキーが言うさ」
「違うと思うよ。彼にもほめてほしいけど、あなたに認めてほしいだろうね」
「やだね。絶対に」
「わがままだなぁ。それぐらい言ってあげればいいじゃない」
「すぐ図に乗るぞ、あいつ。それでよけい張り付かれてもうっとうしいね」ありえるなぁ。
「だから、無理。リッキーで手を打ってほしいね。もっとも成績上がらないと無理だろうな。数学の点数は低かった」
「え、それってやばいんじゃないの?」
「さあな。自分で何とかするさ。俺には関係ないね」
「無敵の家庭教師としてついてあげれば」
「やだね。親切な飼い主に頼め。山崎のお陰って知れ渡ってるな。お陰で俺に来なくて良かったけど」
「事実を知ったらうるさくなるね」
「言うなよ。うっとうしい。向こうでも嫌で逃げていたよ。ただでやらない」
「私にはやってくれるじゃない」
「フィフティフィフティだ。お前はご飯とホットケーキ、俺は勉強を、そういうことだ」
「それって五分五分かなぁ?」と聞いたら笑っていた。

 彼が寝ている間に、仕方なくご飯を作っておいた。家政婦さんが休んでいるそうで、作る人がいなかったからだ。作り終えたら、結構暮れていたので早く帰らないといけないなと思った。彼の部屋にもう一度戻って、
「作っておいたけど」と言ったけれど寝ていた。無邪気な顔をしていて、
「学校でもそういう顔をすればいいのに」と言ったけれど、今度は寝ていた。帰りたいなぁと思って見ていたら、
「危ない」と寝言を言ったので、びっくりした。
「あ〜」と手を払ったので、
「大丈夫?」と声をかけた。彼が飛び起きて私が見ているのに気づき、
「ああ、夢か。悪い。ちょっと寝てしまったようだな。安心したんだろうな。お前が来てくれて」
「そんなこと」
「誰かいてくれると違うって言ったのお前だろう。家政婦がいても俺は安らげないからな。お前ぐらいじゃないと」と言われてびっくりした。
「汗かいてるね」と置いてあったタオルで拭こうとしたら、
「自分でやるよ。遅くなってすまなかったな。気をつけて帰れよ」と言われて、
「鍵どうしよう?」と聞いた。
「そうだったな。鍵渡すよ。ポストボックスに入れておいてくれ」と言われてうなずいた。
「ポケットに入ってる」と言われて、ハンガーにかけてあった彼の着ていた服のポケットを探した。
「じゃあ、行くね。お大事に」
「ああ、熱が下がったら学校に行くさ」
「無理しない方がいいよ。徹夜とかしたんでしょう? ゆっくり寝てね」と優しく言ったら、
「それを英語で言えるようにしてくれよ」と言ったので、
「それだけ憎まれ口が叩けたら大丈夫だね」と部屋を後にした。


あっちがこっちで

 廊下に半井君がいるのが見えてびっくりした。
「大丈夫なの?」と声をかけた。
「大丈夫だよ。さすがに寝たから。朝からそればっかりだな。完全に風邪だと思われてるよ。面倒だからそうしておいたけど」と半井君が笑った。
「だって、すごい熱だったんでしょう?」
「大丈夫だよ。いつもああなるんだよ」
「いつも?」
「それより、なんでか知らないが、女どもがチラチラ見るんだよな。何かあったか?」と聞かれて、
「テニスで勝ったから、また株を上げただけ。そのうちラブレターがいっぱい届くと思う」
「ふーん、直接の方がいいね」言うと思った。
「霧さんと同じ事を言うんだね」
「当たり前だ。その場で済むじゃないか」
「そう言われても知らない。がんばってね」
「他人事だな、お前。後は絵を仕上げないとな」
「絵? だって、完成したんじゃないの?」と聞いたら、
「あれは……」と考えていた。
「いいさ、当日のお楽しみに」
「なんだか心配になってきた」
「霧は絵にしても綺麗だから話題にはなるだろうな」
「恋人が描いたらそうだろうね」
「恋人ねえ……。俺に取っては本命は別だけどね」
「あ、じゃあね」と碧子さんが来たからそっちを見ていたら、
「ほら、また聞いてないよな」とぼやいていて、
「何か言った?」と聞いたら、
「お前はタイミングがずれるからなぁ」と呆れていた。

 昼休みに文化発表会の話が出ていた。
「あさってでしょう? 間に合うのかな」と言い合っていた。
「二谷さんが楽しみで」と男子がそわそわしていた。
「一度でいいから、『私、前から先輩のこと……』とか言われて、手紙を渡されたいね」
「ああいうかわいい子だと、いいよなぁ。去年の劇は訳わからんし、寝てたからな。俺」
「佐倉出てたよな」と言われて、
「違う。代役だ。ハプニングだらけで大変だったの」とぼやいたら、佐々木君が笑っていた。
「面白かったぞ、俺はね。そうか、あれが完成形なんだと思ったし」と言われて睨んだ。佐々木君と遠藤君はあまり手伝っていなかったので、通し稽古の時もいなかったのかもしれない。桃子ちゃんがまたみんなに冷やかされているのが見えて、大変そうだなと思った。須貝君が逃げてこっちにやってきた。
「弘通なんて心配してたからなぁ。さすがに見てられなかったんだろうな。そうだったよな」と須貝君に聞いていて、
「光本も俺も同じだよ。冷や冷やした。まさか、ああなるなんてね。一緒に手伝いしてたから」
「そうだよね。手伝うんじゃなかったと後悔した。大変だよね、演劇部。男子がいればいいのに」
「いるぞ」と佐々木君が言ったので、
「えー、いなかったよ」と言った。
「二谷の相手役やろうって不純な動機みたいだぞ。女ばかりだからモテるだろうと登録はしてるらしいが、ド下手らしいな。だから、今回はちょい役だって。さすがにまったく役をつけないとやめる子がいるからだろうな。小学校の学芸会と一緒。配役で親がうるさかったし」そういうのもあるんだな。どこの部活も大変だ。
「二谷さん相手に台詞って言えるものなのかな?」と聞いたら、碧子さんが戻ってきた。
「碧子さんのような美人相手に、愛の言葉を言えると思うか? 日本人が」と言われて、
「俺、言える」と保坂君もやってきた。
「すごいな、お前」
「結構、平気。山崎も同じだろ。いくら言われても、へっちゃらな顔して佐倉と話していてさ」
「そうかな?」と言い合っていたら碧子さんが笑った。
「俺は絶対に言えない」と須貝君が言いだして、
「俺も苦手だなぁ。告白なんてできないね」
「言えばいいだろ。前末取られるぞ」と保坂君につつかれていた。
「だって、どう見ても桜木のこと気になってると思うぞ。桜木相手に勝てるか?」桜木君は確かに見た目もいいし、運動もできるから密かに人気があったらしい。私はあまり知らなかったけれど、成績が上がってからは更に人気度が増していた。
「友達なだけだな。俺にはそう見える。友達と彼女候補は別だね」と保坂君が言った。
「え、違いがあるの?」と聞いたら笑った。
「幼馴染と付き合えるかと言われたら、俺、駄目だな。人によるんじゃないのか? 友達として気軽に話せる子は女の子に見えないんだよ」
「俺は逆だな。楽しく話したいから、会話の弾む子がいいね」と佐々木君と言い合っていて、確かに意見は分かれるのかも知れないなと思った。
「須貝は?」と保坂君に聞かれて、
「俺は……」と困っていた。そうだよね、言いづらいだろう。
「桃でもいいと思うけど」と佐々木君に言われて、
「告白されると困るんだよ。俺、どうしていいか」と困っていた。
「お前、気配りタイプが好きだったっけ? 弘通がそう言ってたな。控えめな子がいいのかもな」と聞かれてうなずいていた。
「あまり強く言われると戸惑うから、どうしていいか」と困っていた。うーん、そうなると桃子ちゃんは前途多難だなと思った。強いかもしれない。難しいものだなぁ。
「好みのタイプって途中で変わるだろ。付き合ってみればいいじゃん」と保坂君が軽く言った。
「それはお前の場合。こいつは不器用だぞ。弘通だって最後まで言いそうもないな」と佐々木君が笑った。私は二谷さんと結城君が付き合わなかったのはタイミングだと聞いたけど、碧子さんももっと早く申し込んでいたら違ったのかなと碧子さんを見ていて気づいていなかった。
「ほらな。聞いてないんだ」と佐々木君が笑った。
「どうかしました?」と碧子さんに聞かれて、
「いや、色々あるなって思っただけ」
「佐倉は鈍いぞ。少しは気づけ」と佐々木君に言われてしまい、
「え、そう言われても」とうつむいたら、
「言いすぎだろう」と須貝君が言ってくれた。
「お前って不思議だよな。桃ともっと話せばいいのにね。碧子さんか佐倉の方が合ってるのかもな」と佐々木君に指摘されて、
「そう言われても」と困っていた。

 昼休みに拓海君と一緒に話していた。勉強したくても、周りがうるさくて無理だった。
「下の学年は浮かれているようだな」と言われて、うらやましいなと思った。
「恋愛って難しいね」と言ったら、拓海君がこっちを見た。
「俺が言いたいね。せっかくここまで来てるのに、ぶち壊そうとするやつがいる」と言われて困ってしまった。
「どうしてうまく行かないんだろうね。あっちがこっちを好きで、こっちがあっちで、でも、こっちはこういう人が好みで」
「それは当たり前だ。妥協ってできると思うか? 誰でも付き合えるってやつはいないって思ったぞ。本宮もそうだったんだろうな。だから、きっぱりやめたようだし」
「そう? 違うんじゃないの。心を入れ替えたというか、何かあったんだろうね。彼女にこだわる理由もそこから来てる気がする」
「お前は鈍くなったり気づいたりするよな」
「碧子さんにも言われた」
「男心が分かってないよな。うまく表現できないんだよ。かっこつけてたりするんだよな。中学生になると男女が分かれて話すようになるから、一緒に遊べなくなるんだよ」
「そう言われたらそうだね」
「男は声変わり、女は色々変わってくるし、そういう意味で意識し始めるけど、どう付き合っていいかわからないところはあるよ」
「拓海君でもそうなの?」
「俺の場合は友達はいたけど、女の子の中でも噂好きとかそういうタイプが苦手でね。近寄ってなかった。今もどうも理解できなくて、一之瀬も分からないんだよ。後の人もね」同感だなぁ。
「だから、桃に説明してもらうだろう? でも、桃もさっぱりしてるし、妬み嫉みも分からないところがあるし、仙道なら分かるけど気を使って言ってくれないし、そういうわけでどうも苦手。詩織みたいに顔に出てくれると分かりやすいけど」
「え、そんなに顔に出てる?」
「そうだな。分かりやすいと思う。恥かしがったり、はにかんだりね。そういうので気持ちを汲んでるところはあるね」
「そうなんだ」
「ところで、どういう意味だ。こっちがあっち、あっちがこっちって」
「無理。ややこしくて言いづらい」
「それはあるな。言わないやつ多いから、俺も把握してるのは少ないな。男子はコロコロ変わるやつに限って口に出すからなぁ」
「そうなの?」
「桜木も結構気が多いみたいだぞ。掛布だって同じクラスの女の子と付き合う寸前だと聞いたけど」
「え、千沙ちゃんじゃないの?」
「加藤千沙ねえ、駄目だったんだろうな。あの分じゃ」難しいな。
「弥生と木下も進展してそうもないしね。代わりに一年生と話していたのを見たよ。そういうのは難しいだろうな。テニス部でくっついた例ってあるか?」
「さぁ、知らないよ」
「バスケは武本だけみたいだな。バレーが下の学年と付き合ってるとか聞いたな。戸狩は別の部活だったはずだし、中々ね。噂になるだけで終わるんだろうな」
「そうなんだ?」
「芥川霧子だってね」
「あそこは付き合ってたんじゃないのかな?」
「そうか、俺にはどうしてもそう思えないね。あいつはお前の方が気に入ってるだろう」と声を潜めて言った。母と同じ事を言うんだな。あの人はきっと楢節さんと同じ理由か、さもなくば……。
「どうかしたのか?」
「拓海君ってお母さんに似てる人に会ったことある?」
「そこらじゅうにいるぞ。結構おしゃべりな人は多いからな。PTAには」
「違う。同じ年で」
「ないな。母親に似てるかどうかなんて視点で見るかよ」そう言われたらそうだなぁ。私も父と同じタイプなんて考えられないなぁ。
「マザコンってどういう人がなるの?」
「母親べったりってことか? 噂なら聞いたことあるけどな」と拓海君が見た方向に目線を向けた。
「磯山君」と小声で言ったらうなずいた。
「後は別のクラスでちらほら。いいんじゃないのか。楢節さんだってそういう噂はあったな。あの母親、強くてきっぱり、ミコに似てる」そう言われたらそうだな。
「ピアノ教室に通っていた年上の女性ってやっぱり気になるかな?」
「俺のところに来る女の子はうるさいぞ。親が付っきりのところもあるし、そういう目で見た事ないな」
「興味ないの?」
「俺、結構好みがハッキリしてるんだろうな。おとなしい優しい子がいいのかも。昔からそうだから」
「そう言えば、前の学校では誰が好きだった?」
「ない。噂は山ほど出たが、全部友達。恋愛相手として見られなくて」
「なんでだろうね?」
「お前がいたからだろ」
「冗談はいいから教えてよ」
「お前なぁ。俺って結構一途だぞ。ああいう約束した女の子がその後どうなったかは気になったね」
「え?」
「いいよ、お前に取ってはその程度でも、俺には大切な思い出なの」と言われてしまい、うーん……と悩んでいた。

 放課後に、半井君が逃げているのが見えた。
「悪いけど、用事があるから」と素っ気無かった。
「映画ぐらいいいじゃない」と言われていて、
「準備もあるし、色々しないといけなくてね」と早歩きで廊下を歩いていて、女の子が追いすがっていた。すごいかも。
「デート作戦を早速実行してるな」とそばにいた男子が言った。
「デートに誘った方が勝算有りって噂が出た途端、ああいう積極的なのが出るな」と拓海君が言ったため驚いた。
「そう聞いたぞ」と言われて頭を抱えた。後で怒られるなぁ、確実に。
「いいんじゃないか。あいつ、あれぐらいでも平気だろう」と拓海君が素っ気無かった。よほど、好きじゃないらしい。
「裏でそんなに何か言ってるの?」と聞いたら嫌な顔をしていた。聞けそうもないなぁ。
「あいつの風邪が治ったら、女の子がうるさいよ」とそばの男子が嫌そうだった。
「王子撤回しても人気が出るなんて、やはり顔なのか?」と近くの女の子に聞いた。
「桜木君だって人気が出てきたじゃない」とその子が言ってしまったため、
「おい、待て、俺は顔じゃないのか?」当の桜木君が怒っていた。そうだろうね。
「違うってば。注目株ってこと。余裕がありそうで、できそうな男はいいの。熱血すぎるとだめだし、かっこつけすぎてても駄目、本宮君のルックスならさまになるけど、それ以外は無理」と、却下していた。
「キビシー」と男子が一斉に言った。私もそう思うなぁ。
「えー、そういうのは気になるよねえ」と言い合っていた。よく分からない。碧子さんなら「心が大切」と言ってくれるだろうな。私もそう言われたら、心の優しい人がいいなぁ。
「ほっとこうぜ」と言われて、そのとおりだなと思った。

「あいつ、風邪治ったのか?」と拓海君に聞かれて、
「熱はあったみたい。大変だったようで」とごまかした。
「ふーん、お見舞い行ってあげたのにとか、看病してあげたかったとうるさかったらしいぞ。矢井田が言いふらしてたし」
「なにを?」
「王子だからお付きがいくらでもいるだろうってさ」お付きね。さすがに昨日はかわいそうだった。自分と同じだなと思ったからだ。ああいう時に自分で氷枕作って、自分でおかゆなんて作る気力なんてないだろう。だから、時々寂しい目をしていたのかもしれない。私のこともほっとけないのは似た部分が多いからだろう。霧さんも結構複雑なものがあるし。あのお母さんがいるから霧さんは強いようだけど。
「受験で熱は出るからな。お前も気をつけろ」
「面接とかないし、彼のほうが大変みたい。用意するものがいっぱいあって」と言ったら睨まれてしまった。
「お前は結局知ってたんじゃないか。あいつが休んだ理由も知ってただろう?」と聞かれて黙っていた。
「俺に内緒にすることが多すぎる」
「違うの、そうじゃなくて」
「俺がこれだけ尽くしていてもそれか」と聞かれて困ってしまった。
「迷惑掛けたくないの」
「俺が心配してるだけだ。お前は気にしなくてもいいぞ。家族も同然なんだから」
「それって、変だよ」
「俺に取ってはそうなの」と簡単に言われてしまい、何も言えなくなった。

 美術室の中で、「うるさい、雀」と部長が困っていた。
「ぴーちくぱーちく、かつてないほど見学者が多いな」と言って、半井君が外から見えるガラスの部分に紙を張りに行った。廊下の窓も全部閉めていた。
「お前、刺激するなよ」と男子が笑った。
「まだ残りがあるからな。家でやってもいいけど」
「それ見たら、ほとんどの女子が悲鳴あげそうだ。全部女性像だから」
「いいだろ、別に」と半井君が素っ気無く答えた。
「俺、終わり。帰る」と一年生が言って、外に出て行ったために、「ねえ、どうなの?」と女の子に聞かれている声がしたけれど、そのうち聞こえなくなっていた。
「やっといなくなったな。明日までに仕上げないといけないけど、間に合わない」と言っている男子がいて、
「うーん、やっぱり駄目」と女の子も言い出した。
「一週間で仕上げようとするからだろ。2枚、まともなものを描けよ」と部長さんが笑った。
「いいですって、どうせ見てもらえないもの。毎年」と女の子がぼやいていた。
「無理じゃないか。今年は賑やかだろうな。全学年が来そうだ」と言われて、
「え?」と布池さんが困っていた。
「駄目だな。これ、気に入らない」と半井君が言ったため、みんなが笑った。
「うまく描けてるじゃないか」
「でもな」と不満そうで、
「でも、上手だから」と消え入りそうな声で布池さんが言った。
「お宅のほうがよっぽど上手じゃないか。ほぼ完成してるのに付き合う必要はないぜ」と言われて、布池さんが恥かしそうだった。
「部長と布池のは展示の価値はあるよな。俺ってモダンアートにしておけば良かった」と一年の男子がぼやいていて、
「とにかく仕上げろ。それなりで」と部長さんに言われて、
「はーい」と声が揃っていてみんなが笑っていた。

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