自分の時は

 朝からうるさかった。明日の話で盛り上がっていて、
「えー、うるさい。あー、うるさい」と根元さんがあちこち軽く叩いて黙らせていた。
「根元、俺の数学の点数の上げ方を教えてくれ」
「山崎ひどいよ。佐倉ばっかり教えて、俺に教えてくれ。友達だろう」
「いや、お前はそこまでの仲じゃない。俺はそうだろ」と拓海君が言われていた。
「えーい、うるさい」と女の子が間に入っていた。
「半井君の絵が分からないの。最後は見せてくれなくて、美術部の子も教えてくれないの。当日まで内緒って、笑っていて」と女の子が言い合っていて、美菜子ちゃんがため息をついた。
「やっぱり、芥川さんかしら」とそばで言われて、そう思われても仕方ないだろうなと思った。霧さんは半井君とは教室の中で仲良く話しているそうで、付き合っていると言う噂は根強かった。そのほうがいいけれど、
「でも、芥川さん、他の人と付き合ってると言う噂があってね」と言い出した。日曜日には一緒に英語の会に一緒にいたけれど、彼女は物怖じせずに話していた。私はと言うと……、
「彼女なら、いくらでも相手がいるでしょうね。気になるなぁ。やっぱりあの2人」と美菜子ちゃんが言いだして、本当のことは言えずに黙っていた。桃子ちゃんも須貝君と話すのをやめていた。
「成績が上がらなかったら困るんだよ」と佐々木君がわめいた。
「俺も同じだ」と保坂君と言い合っていた。
「碧子さんは?」と聞かれて優しく微笑んでいた。
「俺と須貝はやはり海星高校か。困ったなぁ。曾田《そた》高校でもいいから行きたい」と佐々木君がぼやいた。
「佐倉は上がったけど内申はいらないんだろう?」と聞かれて首を振った。
「え、だって、試験はあるけど内申は関係ないんじゃないか?」と聞かれても黙っていた。
「ふーん、色々あるんだな。俺は大変だよ。光鈴館は無理だと親父に怒鳴られたし、母親は諦めて現実を見て、無理しないでと言いだしてきて、今度のテストがマジ重要」そうだろうな。
「詩織ちゃん、東京か横浜に行くの?」と遼子ちゃんに聞かれてしまい、須貝君がこっちを見た。
「それは……」と黙ったら、
「今は自分の事をがんばるだけですわ」と碧子さんが言ってくれて、みんながうなずいていた。

 昼休みに夕実ちゃんに会って、
「やっぱり手伝って」と言われて、その足で光本君に会いに行き、
「仕方ないな」と笑ってくれた。その後、須貝君に頼んだら、
「いいよ」と優しく言ってくれて、
「ごめんね」と謝った。
「いや、頼まれたのに余裕がなくて、今日ぐらいしかできないし」と言われてうなずいた。桃子ちゃんたちにも声をかけて、
「いいけど、間に合うかなぁ?」と笑った。そうだよね、あの後どうなったのか知らないし。
「タクは?」と聞かれて、
「布池さんとかあちこちに頼んであるけど、なんだか聞きづらくて」
「そう? 夕実ちゃんも大変だね。松平君とうまくやってるみたいでうらやましいな」と言ったので、そっちがどうなったかは知らなかった。

 放課後に体育館にみんなが移動していて、拓海君に言ったら、
「俺も後で行くよ」と言った。
「なにかあるの?」と聞いたら困った顔をしてから、
「行けたら行くから先にやっててくれ」と言われて、私はそっちに行くことにした。今年も部活はお休みで、あちこち新聞紙を広げて絵を塗っていたり、大道具を作っていたり忙しそうだった。
「助かった。ごめんね」と夕実ちゃんが声をかけていた。
「いいよ、最近煮詰まってさ。こういう事をして発散しておきたい。期末の前にね」と光本君が笑っていて、みんなそれぞれに分かれて色を塗っていた。
「ごめん、遅くなって」と須貝君のそばに行った。弘通君も来ていて、
「何とか間に合いそうだよ」と言われてうなずいた。一年生の女の子が指示していて、はきはきした子で明るかった。
「背景、すみません。結構場面が増えてしまって」と謝っていた。演劇部は気合が入っていて楽しそうで、
「和気あいあいしてるな。去年のどたばたと違って活気あるな」と光本君が笑った。碧子さんと桃子ちゃんの方に手伝いに行き、
「この辺、お願い」と言われたところを塗った。
「タク、来れないでしょ?」と聞かれてうなずいて、碧子さんと桃子ちゃんが顔を見合わせながら困っていて、
「仕方ありませんわ。ちょっと問題が起きたそうです」
「え?」
「弘通さんにさっきお聞きしましたの。遠藤君の荷物が出てこないそうです。それ以外にもあるらしくて」
「なにが?」と聞いたら、黙ってしまった。
「遠藤君が、ちょっと切れて言い過ぎたらしいからね」と桃子ちゃんに言われて、それで言葉を濁したんだなと思った。

「あ、あの、じゃあ、これで」と布池さんが立ち上がった。
「完成か。じゃあ、飾っておくから」と部長さんに言われてうなずいていて、
「じゃあ、お先に」と言われて、布池さんは半井君を見ていた。
「うーん、いまいち」と言ったので、
「お前って、すぐには納得できないタイプか?」とみんなが笑った。布池さんは不思議そうに半井君を見てから行ってしまった。
「ねえ、やっぱり、半井のこと好きなんじゃないか?」と男子が布池さんが行ってから笑った。
「あれ、私が聞いたのは山崎君だよ」
「あいつ、一応、彼女いるじゃん」
「彼女ねえ。三井さんがおかしそうに色々言ってたよ。鈴木さんの話なんてさすがに言いすぎだと思った」
「でもさ、所詮、中学までじゃん。お互い別々の高校に行けば自然消滅だね。所詮、今だけの付き合い」
「お前ってシビア」
「俺の姉ちゃんの周り、一学期も終わらないうちに全滅だって聞いた。身近な相手のほうが気になるってさ」
「山崎、どこ狙ってるんだろうな」
「私が聞いたのは梅山じゃないかって」
「相手の人は?」
「知らない、平均よりは上かも」
「差があるじゃん。じゃあ、無理だな。梅山のかわいい子とくっつくね」と一年生が笑った。
「ふーん」と半井君が言った途端、
「あれ、気になりますか?」と一年の男子が笑った。
「俺、それより霧ちゃんと話したいです。先輩、僕にくださいよ」と冗談で言ってしまい、
「いくらでも持ってけば」と半井君が軽く返していて、
「え?」とみんなが驚いていた。
「色が駄目だな」と半井君が自分の絵を見ながら首を捻っていた。
「先輩達ってどうなってるんですか?」と一年男子に冷やかされるように言われて、
「どっちでも好きなように取れよ」と半井君はそれどころじゃなさそうで、
「山崎君の相手の女の子って、インターナショナルスクールに行く噂があったけど、どうなったの?」
「知らないけど」と部長さんがどうでもいい感じで返事した。
「それより、半井さんはどこですか?」と一年の男子が聞いた。
「お前が将来、梅山に受かったら教えてやるよ」と答えたため、
「え、そんなこと言われても、俺、平均ぐらいで」
「平均だと海星ぐらいじゃないか?」と部長が教えていて、
「無理よ。海星は平均より上の人だって聞いたよ。曾田と入れ替わりそうだと教えてもらったもの。曾田が落ちてきてるって聞いた」
「そうなのか?」
「男子の情報だからいい加減だけどね」
「ところでお前はどこだ?」
「言えないってば」とぼやいていた。
 半井君は、「耳栓、持って来れば良かったな」と心の中で思いながら、ため息をついた。

「うーん、まだあるな」と光本君が言って、私たちは何とか塗り終えて、次のに掛かっていた。
「あいかわらずド下手」と光本君に言われて、
「ごめん」と謝った。
「そういう言い方は」と須貝君が言ってくれて、
「いいじゃありませんか。いい記念になりますわ。少なくとも学校新聞に載ります」碧子さんが笑って、
「だって、あれ白黒だぞ」と光本君がぼやいていた。
「無理じゃないの。最近、新聞部が面白くないってあちこちに言われてるし」
「部長、交代したんじゃないのか?」
「今年は部長交代が遅いの。これが終わってから交代するとか聞いたけど」と桃子ちゃんが言った。
「記念になることねぇ。須貝、お前と俺で記念の絵を寄贈しよう」と言ったため、
「え?」と須貝君が驚いていた。
「卒業記念でクラスの絵を描いて」と桃子ちゃんに言われて、
「そんな時間はないね」と光本君が笑った。
「自分で言い出したくせに」
「だって、クラスの女の絵を描いても、文句言いそうだぞ。もっといいものを残したい」と光本君が言ってしまったため、
「え〜!」とそばにいた子が笑った。
「須貝に描いてもらえ。かわいく描いてくれるぞ」と言ってしまったため、
「じゃあ、お願い」と女の子達が頼んでいて、須貝君が困った顔をしていた。そういうやり取りの横で、
「駄目だ」と言ったら、
「お前は絵心もないが、塗り絵もできないのか」と光本君に笑われた。
「だって」とぼやいたら、
「それでインターナショナルスクールにいけるのか?」と聞かれて、
「英語、大丈夫?」と弘通君が聞いてくれてあいまいに笑った。
「無理だね。佐倉はどこでもぶつけて、痣《あざ》を作るからな。英語で、『ouch』だっけ?」と聞かれて笑った。
「My head is throbbing.  I feel feverish.  I have a cold. ぐらいしか知らない」と言ったら、みんなが驚いていた。
「英語で言うなよ」と光本君に言われて、
「頭がずきずき、熱がある、風邪引いた、と言っただけ。それぐらいしか知らない」
「それって言えないよね」と桃子ちゃんが笑っていて、
「英語は苦手だよ」と須貝君が困った顔をしていた。
「須貝、絵を家で描いたらいけないって言われたんだろ。俺も同じだけどさ。遠藤はとうとう捨てられららしいよ。鉄道グッズ、全てをね。それでおかしくなってきて、俺、話しかけられないんだよな。親が横暴だ」と光本君が言ったためびっくりした。
「ひどいですわ」と碧子さんが心配そうに言って、
「何も聞いてくれなくなってしまってね」と弘通君が心配そうだった。

 その頃、拓海君たちは……、
「いい加減にしてくれよ。濡れ衣だね」とD組の男子の杵水≪きねず≫君がぼやいた。
「俺じゃないって言ってるだろ。忙しいから帰してくれ」と杵水君が永峰君を面白くなさそうに見ていて、
「遠藤はお前だと言ってるし、女子も目撃したそうで」と永峯君がいつもの調子で聞いていた。遠藤君の問題集、その他、荷物がいくつか無くなっており、杵水君がやったように思えると言う目撃者が出てきていて、永峰君、戸狩君、拓海君が事実を確認していた。遠藤君の荷物が無くなったのは、テストの点数を遠藤君が知り合いに言ったために、噂が流れて、杵水君たちが迷惑を掛けられて、その報復ではないかと思われていた。
「そんなの濡れ衣だね。俺がやった証拠でもあるのかよ」と杵水君は嫌そうな顔をしていた。
「お前がやったんだ。俺は何も悪くないのに、ひどい事をして謝れよ」そのやり取りを見て、遠藤君が怒鳴ったため、
「自業自得だろ。他のやつの点数言いふらして、お前が悪いからやられるんだよ。俺のせいにするな」と杵水君とにらみ合っていた。
「そんなのいい訳だ。言い逃れするな。俺は被害者だ。何も悪くない」と遠藤君が断言していて、
「お前のせいだ。俺のせいにするなよ。お前の成績が落ちたのは本当じゃないかそれをちょっと言ったぐらいでこんなことしやがって卑怯だぞ。やっていいことと悪いことがあるな」と遠藤君がすごい剣幕で怒っていた。
「漬け込まれるやつが悪い」とそばで聞いていた拓海君が言い出したら、
「そうだ、漬け込まれるやつが悪いんだよ」と杵水君が尻馬に乗った形で強気に言ったら、
「お前までそんな事を言うのか」と遠藤君が怒った。
「山崎、言いすぎだ」とそばにいた戸狩君が止めた。そばにいたC組の男子が困った顔をしていて、彼も言いふらされた側なのでそばにいたけれど、揉め事に巻き込まれるのが嫌だなと言うのが顔に出ていた。
「俺、お前にやられて腹が立ったけど、そういう態度はちょっとな」と言った為に、遠藤君が睨んでいた。
「違うさ。俺が言ったのは別のことだ」拓海君が遠藤君を睨んでいたため、
「俺が悪いと言うのか? 俺は被害者だぞ。やっていいことと悪いことがあるな。俺は悪くない」と遠藤君が言い切って、
「遠藤、お前、ちょっとそれは」と戸狩君が止めようとしたら、
「お前が言ったことだぞ。昔、お前は同じ事を言ったんだ」と拓海君が遠藤君に言った。
「え?」と遠藤君が困った顔になり、
「お前は昔、同じように成績を言いふらした時期があった。そのせいで詩織が迷惑していた。お前は言ったよな。つけ込まれるほうが悪い。そうはっきり言った」
「え、それは……」と遠藤君が考えていた。
「そういやあ、あったな。確かあの時、遠藤が言いふらして、佐倉が色々やられたんじゃなかったっけ?」と戸狩君が考えていた。
「そういうことだ。お前は抗議した俺にこう言った。『漬け込まれるほうが悪い。狙われる方が悪いんだよ』 ちょっと矛盾してないか。立場が変わったら、言うことも変えるんだな」と言われてさすがに遠藤君がうつむいていた。
「俺はあの時注意した。そういうことはやめろとね。でも、お前は『狙われる方が悪い』と断言していた。じゃあ、今のお前の立場が悪いってことになるよな」と、拓海君に聞かれて、
「そ、そんなこと、俺……」と遠藤君が考えていた。
「ふーん、お前ってその頃からそうなんだな」杵水君が見下すようにしたら、
「なんだと」と遠藤君が食って掛かっていた。
「やめろ」と拓海君が怒鳴った。
「予想通りになったな。お前が詩織の立場になったとき、確実にそう言うだろうと思ってた。今度は『自分は悪くない、悪いのは相手だ。自分は被害者だ』と言うだろうと思ってたけれど、その通りになったな。お前は相手を責められないぞ」と言われて、
「それはあるな」と戸狩君にも言われて、
「俺、もういいよ」とC組の男子が困った顔をして止めていた。
「いや、そういう問題じゃないな。遠藤がやったことはこれからも似たような事をするやつがいると困るから、決着つけておかないとうちのクラスでも女が言い出すぜ。『遠藤君がやったから、私もいいじゃない』と言うだろう。人の心理ってそういうものだから、『誰かがやってるから私もいいでしょう』と考える」と戸狩君に言われて遠藤君が苦い顔をしていた。
「前と同じ事を聞いてやるよ。同じ立場になったお前、被害者はどっちだ」と拓海君に聞かれて、
「それは……」と遠藤君が困っていた。
「一概に比べられないよな。ケースが微妙に違うから。こいつが点数言いふらして遠藤が被害者なら分かるが。あれって確か佐倉は落ち度はなかったんじゃなかったっけ? 今度は喧嘩両成敗だと思う。微妙にバランスずれるけど」と戸狩君に言われて、
「そうだな」と拓海君が遠藤君を見ていて、遠藤君が気に入らなさそうに拳を握っていた。
「お前も反省するべきだな」と戸狩君に言われて、
「俺のどこが悪い」と遠藤君が開き直って、
「こういう態度からやられるんだろう」と杵水君が指差していて、
「うるさい」と遠藤君が手を払っていた。
「お前が悪いんだろう。俺、断じてやってないぜ。確かに腹は立ったよ。それは事実だ。でも、やりたくてもやめたんだよ。さすがにやってる途中で俺、自分に嫌気がさしてやめたんだよ。やったのは別のやつだ。名前は言わないよ。同じことをしてるやつを見て、俺も真似しようとしただけだ。そこを見つかっただけだ」と杵水君が言いだして、
「嘘だ」と遠藤君が怒鳴った。戸狩君が一度教室を出て行った。
「遠藤、こういう話をしていても埒があかないぜ。お前が怒鳴っても誰もお前の味方はしないだろうな」と拓海君に言われて、
「俺は被害者なんだぞ」遠藤君はまだ、睨んでいた。
「どこが被害者だよ」と杵水君が怒り出した。
「俺の点数悪く言いふらして、本当の点数じゃないことを言われて面白くないのは当然だ」
「俺は見た点数を言ったぞ」と遠藤君とやりだした。
「ちょっと待て、その話は微妙だぞ。矢井田と三井達が間に入っていたら勝手な話が付け足されていくからな。遠藤が言った点数は事実かもしれないが、その後の部分は言ってないかも知れないぞ。毎回、そうだから」と拓海君が止めた。
「そう言われても、こいつが言わなければ」と杵水君は納得していなかった。
「俺のせいだって言うのか」と遠藤君が睨んでいた。
「俺はお前のせいだと思うぞ」と拓海君が呆れていた。
「お前が同じ事をやられても怒らないか?」と聞かれて遠藤君が黙った。
「自分はやられたら怒る。でも、自分はしても許される。詩織の時と同じじゃないか。お前は言いふらしても責任はないとばかりに言っていた。『やられる方が悪い』 立場が変わると言う事を変えるのは都合が良すぎると思うぞ」と拓海君に聞かれて、
「そんなこと……」と言いながら、遠藤君が何も言えなくなった。戸狩君が戻ってきて、
「今、聞いてきたよ。待機してもらってたからね。目撃者の話によるとロッカーを開けたところは見たそうだ。でも、すぐに閉めたため問題集を取ったかどうかは分からないそうだ」と言った。
「どうする? 先生に報告するか?」と拓海君が聞いたら、戸狩君が困った顔をして、永峯君を見た。ずっと黙っていた永峯君が口を開いた。
「それはやめておいた方がいいのかも知れない。この段階では」と言ったため、
「永峯の意見に賛成だな。期末前のこの時期に問題起こしてみろ。動揺がクラス中に広がる可能性があるな。完全に取ったのを目撃したのなら現行犯だが、ロッカーを開けただけでは証拠不十分だ」
「窃盗じゃないんだからな」と拓海君が呆れていて、
「そういうことになるさ。間違えて開けた。そう言われたら何も言えないな」と戸狩君が言いだして、杵水君がほっとしたような顔をしていて、
「謝れよ。それで、とりあえず収めよう。証拠があるなら別だが、お前のほうが悪いと俺は思うね」と戸狩君に言われて、遠藤君が睨んでいた。
「それしかないかもしれない。不本意かもしれないが君の態度は目に余るよ。女子からも男子からも苦情が出ていた。そういう事をしたら居残りになることは聞いているだろう? 先生に報告しても君はその対象になるだろう」と永峰君に言われて、
「そ、それは、困る」と遠藤君が慌てていた。
「どこまでも自分のことしか考えてないな、お前」と杵水君が呆れていて、
「うるさいよ」と睨んでから渋々頭を下げていた。拓海君と戸狩君がため息をついていた。

 布池さんが加わってくれて、
「ほら見ろ、腕の差が出るじゃないか」と光本君にぼやかれて、
「そんな」と布池さんが恥かしそうだった。
「去年、絵を見たよ。凄かったね。綺麗だったし、上手で」と須貝君が言ったら、布池さんが恥ずかしそうだった。
「ああ、俺も見たな。あれってお前のか? 当時の3年と2年の女の子が特に上手でさぁ。後、今の部長だっけ」
「半井さんも上手でした」と布池さんが私を見た。
「さぁ、知らない。デッサンはいくつか描いていて、去年の作品を一度見ただけ。絵心ないから分からない」と言ったら、
「佐倉はそうだろ」と光本君に言われて、
「もう」と拗ねた。
「ここの色、綺麗」と桃子ちゃんが須貝君に言ってうれしそうだった。
「須貝って、結局、結構モテるのに誰ともくっつかないな」と光本君が笑って、
「それは言うなよ」と弘通君が止めていた。
「確かに複雑だよな」と光本君が、にやっと笑っていて、
「詩織さん手伝って」と向こうで描いている碧子さんに呼ばれて移動した。
「今のどういう意味?」と桃子ちゃんが聞いたら、
「去年の3角関係は甘かったよな。重なってたんだな」と光本君が笑った。
「光本」と弘通君が止めた。
「おとなしい女より、俺は美人が好きだなぁ。そうか、碧子さんも入っていたとは驚きだよな」と言われて、
「そういうことはちょっと」と弘通君がまた止めた。
「いいよ、聞いちゃった。佐々木君が言ってたね」と桃子ちゃんが笑った。
「あちこちあるよな。あのとき、大穴だった佐倉と、高嶺の花だった碧子さんまでくっついて、予想外だ。お前がぼやぼやしてるから」と弘通君を見て笑った。
「やめろよ、そういうことは」と須貝君がたしなめて、
「だって、とんびに油揚げだろう。俺は納得してないなぁ。どう考えてもお前の方がお似合いで」
「いいよ、それは」と弘通君が困った顔をしたため、
「ごめん、そうだな。言ってもしょうがないものな。須貝も言えよ。言ってくれたら協力したのに」
「そういうことはいいよ、俺は」と須貝君が困っていた。

 拓海君がやってきたときは目途がついて、3年生は帰ることにして用意をしていた。
「悪いな。野暮用があって」と夕実ちゃんに断っていた。
「大丈夫だったの?」と夕実ちゃんが聞いたけれど黙っていた。
「桃」と拓海君が呼んでいて、
「弘通達も来てくれ」と言われて、みんなが顔を見合わせていた。結局、去年のクラスの子達が奥に移動して説明していた。
「あいつ、機嫌が悪くて説得しても納得してくれなかった」と拓海君が困っていた。
「自業自得と言われてもしょうがないパターンだよな。今度は自分がやられる番になって、怒る。それって、ちょっとな」と光本君が呆れていた。
「でも、気持ちは分かるよ。俺だって絵が描けないのは困るし」と須貝君が同情していた。
「せっかく集めた趣味のものを、親が勝手に捨てるのはやりすぎですわね」と碧子さんも同情していて、
「うーん、でもさ。他の人にはしてもいいけど、自分はされたら嫌って、わがまま以外の何ものでもないよ」と桃子ちゃんが言った。確かにそれもあるなぁ。
「ミコと戸狩も同意見だからな。永峯は結論保留、俺は納得してない。多分、まだ、問題は出てくるから」と拓海君が弘通君を見ていた。
「一度話してみるよ」と言ったので、
「悪いな。お前ぐらいしかもう聞いてもらえそうもなくて。聞く耳を持ってない感じでね。意固地になってるから、戸狩もお手上げだった」
「仕方ないよ、この時期。いくらでも出てきそうだね。居残りした方が効目はあるかも」と桃子ちゃんが言ったけれど、
「いえ、よけい反発するだけですわ。成績に納得がいかないことによる苛立ちなら、こんな事をしている時間はないと焦りそうですものね」と碧子さんが言って、確かにその通りだろうなと思った。
「とにかく、そういうことだから」と拓海君に言われて、帰ることにした。
「だけどさぁ。困るよね、ああいうのってさ。噂を軽く言っているのかもしれないけれど、当たってても嫌、嘘でも訂正できなかったりする。半分当たってるとどう言っていいか分からない。どうして言いふらすんだろうね」と桃子ちゃんが嫌そうだった。
「面白いからに決まってるだろ。山崎と鹿内と須貝は特にそうだろうな。佐倉は言いやすいからだろうし」と光本君が笑った。他人事だと思って。
「でも、そういうのは対処がしようがありませんものね」と碧子さんも困惑していた。みんな困っていても泣き寝入りなのかもしれない。下手に刺激しても相手がよけいやるだけなのかもしれない。どう対処したらいいんだろうなと聞いていた。

「俺にはわからないな」とみんなから遅れながら歩いていた。桃子ちゃんは気を利かして先に帰ってしまった。拓海君が納得できない顔をしていた。
「あまりに自分勝手だと思う。被害者になったら違う意見に変える。自分が加害者の時はやられる方が悪い。ちょっと、納得できないよ」
「どうして矛盾がないんだろうね」
「一之瀬もそうだけど、前のことは忘れるのか、それともそれだけ自分の側からしか物事が見れないのか、それだけ辛いからそうなってしまうのか、よく分からない。戸狩に聞いてみたよ。そうしたら、そういう子は時々いるそうだ。一応説明するけれど相手は納得しない。自分が責められると、自分を守るためなのか、責められたくないためか、『どうして怒られないといけないんだ』という気持ちが先にきて、聞いてもらえなくなるそうだ。優しく諭すとか、気づいてもらえるように感情に訴えるとか、方法は色々あるそうだけど、俺にはそれができそうもない。怒れる方が先でね」
「だから、弘通君に頼んだんだね?」
「そういうこと。あいつは慣れているしね。でも、難しいかもな。それで成績が上がり、親が納得してくれるという状態にはならないから、根本的に直るわけじゃないし」
「困ったね」
「その場限りの対処法しか無理かもね。俺たちだって余裕がないし。今日は戸狩に呼ばれて、出席したけど、本来、あいつの話を聞きたくなかったからな。ああいう本音はね」
「どうして?」
「まだ、怒ってる部分があるからだよ。お前の事を言いふらした時も反省してたとは思えなくてね」
「そう言われても」
「だから、また同じ事を繰り返した。それで問題が起きた。自分の事を棚に上げて相手を一方的に責めた。それで解決するわけはないし」
「そうだったんだ?」
「戸狩でさえ見放したんだ。無理だろうな」
「拓海君のお父さんだったら、どう言ってくれるかな?」
「反省しない人とか、謝ってくれない人とかは多いんだよ。認めたくないからと言うのがその理由。方法としては、優しく接するとか、ほめてみるとか、下手《したて》に出るとかあるらしいよ。俺はしたくないから使えない」と言ったので驚いた。
「それって、大人だと使ってる人は多いの?」
「ん? ああ、多いかもな。大人の方が色々ありそうだぞ」
「そう……」
「どうかしたのか?」
「半井君が使っていたの。喧嘩しても和解するのは無理だから、方法を別に考えたと言っていて、それであの時」
「ふーん、誰に使ったんだ?」
「工場で呼び出した人。ただ、一之瀬さんだけはどうしてもできなかったようで」
「そうだろうな。俺も同じだからなぁ。そこまでしてやりたくない相手はいるから」
「そう?」
「そうだと思う。俺に取っては詩織が大事だから」と言われて恥かしかった。
「拓海君って、照れるとかしないの?」
「俺か? そう言えば、何度か聞かれたよ。でも、したことないな」
「昔からそうだった?」
「お前とは感覚が違うかもな。自分のことは自分で口にする。そう言われて育ってきたからな。爺さんがうるさくて、親父も同じ。母さんは聞きたがる。そういう環境だから違和感はなかったけどね。他のやつは親と会話がないやつ多いってさ」
「男子ってそうなの?」
「俺は母親とは話さないな。親父には去年何度も聞いてお世話になってね。俺のこともついでに色々聞いてくれたよ」
「すごいね」
「そうか? 親父は教えたがりだからかもな。爺さんは説教するから苦手だし」
「なるほどね」と笑ってしまった。


入れ替え

 朝から、二谷さんの話題が多かった。
「ミコちゃんって、八つ当たりしたことある?」と聞いたら笑った。
「あるよ。さすがに言うこと聞いてくれない子がいると腹が立つから、自分の部屋に帰ってからクッション投げた」うーん、すごいかも。
「でもさ。結局、相手に取っては納得しないんだよね。自分の方が正しいと思ってるからさ」とミコちゃんに言われて、
「え、そうなの?」と驚いてしまった。
「意見は分かれるからね。どちらが正しいとはっきり言えない場合なんて複雑だよ。こっちから見たらこうなるけど、あっちから取れば違うことはよくあるし」
「そういう場合はどうするの?」
「大勢いたら多数決。でも、裏で文句ばかり言う子もいるね」
「そうかもしれない」
「でも、一番厄介なのは2人でもめる時。どちらが正しいかその時点で判断が難しい場合は強い方が勝ったりするからね。後はごねる子も困る。自分の意見を絶対通そうとする子も時々いる。『まぁ、いいや、それでも』と、諦めるけどさ。中には根に持っちゃう子も出てくる。だから、厄介だよ」確かに私も納得できないことは多いなぁ。
「そういう時はどうすればいいと思う?」
「無理。だって、意見は人それぞれだよ。ケースバイケース。経験してきた中に当てはまるようなことがあっても、そっくり同じことじゃないからさぁ。とにかく、それなりに折れる同士なら最初から問題にならないんだよ。折れることができないタイプ同士がぶつかる訳だから」
「どうしたらいいのかな?」
「無理だね。じゃんけんで決めるしかない時もあるわけだし」
「そんな安易な」
「仕方ないよ。そういうものだと割り切った方が早いね。意地を通したところで時間の無駄な時もあるよ。相手が強情だとね。絶対に謝らない子が今まで何人いたか……」
「え、ミコちゃんでもそうなの?」
「そういう子はね、あちこちで同じことをやってるんだよ。だから、段々と距離ができる。それでそういう子同士が集まってたりするけど」と軽く言われて、そうだったっけ? ……と思い出していた。
「詩織はいいんじゃないの。気づかない方がいい場合があるよ。タクが心配してたけど、そういうのは気づけばいいってもんじゃないと思う。要領が良すぎると嫌がられたりするし、真面目すぎてもちょっとね……と言われるし、相性じゃないかなぁ。きっとね」
「相性?」
「そうだと思うよ。どんなに努力しても分かり合えない人が、私はいるからね」私もいるなぁ……。
「そういうことだからいいと思う。流せる相手、流せない相手、それでいいんだって」と叩かれて、ミコちゃんってハッキリしてるなと思った。

 二谷さんを楽しみにしている人も多くて、
「いいよな。やっぱりいいよ」と男子はニタニタしていた。
「やーね」と言い合っていて、三井さんが珍しく教室にいたけれど、すぐにいなくなった。手越さんと離れたようだ。手越さんは私のことは睨むのはやめたけれど、そばを通ると機嫌が悪そうな顔をして困ってしまっていた。
「昨日は久しぶりにやったから疲れた」と桃子ちゃんが笑った。
「二谷さんって、上手なのか?」と佐々木君がうれしそうだった。
「かわいければいいじゃん。俺、もっとふくよかなのが好み」と保坂君が言って、
「はいはい、分かったって」とそばに男子に言われていた。
「好みは分かれるけど、彼女のファンは多いだろうなぁ」と佐々木君がうれしそうで、
「そうだよな」と須貝君に聞いていたけれど、
「うん、いや……」と困っていた。
「あれ、駄目なのか? ああいう子を絵にしたらいいだろうな。そう言えば、半井の絵はどうなんだろうな。さっきから、女子がうるさいぞ」と言っていた。朝はまだ美術室が開いてないから、周りが「早くしてほしい」とうるさかった。
「昼から見に行くやつ多いだろうな」と笑っていた。

 授業中もそわそわしていたけど、昼休みになって、みんなが展示物などを見に行った。3年生のものは書道だから、誰もじっくりは見ていなかった。男子は下の階に行き、女子は一部の子が美術室に行っているようで、ちょっと不安だった。彼は見せてくれなかったからだ。ちゃんと分からないように描いてくれたかな。
「でもさぁ、やっぱり、あの子が主役だと絶対に後から男子がうるさくなるよ」と廊下で賑やかに言っている人たちがいた。三井さんと矢井田さんで、
「あいつらがいるとうるさいよな」とそばで勉強していた人がぼやいていた。私は眠くて机で寝ていた。
「佐倉、見に行かなくていいのか?」とそばの男子に聞かれたけど黙っていた。拓海君が戻ってきて、隣に座り、
「みんなうるさいよ。昨日のうちに見たやつも多いようだけど、今は人が多かったから戻ってきた」と言われて起き上がった。
「二谷さん、お前のために演じるんだろう」と冷やかす男子がいたけれど、
「そういうことは」と拓海君が困っていた。
「いいよなぁ。言い寄られてさ。俺ならふらっとするね」と言われて、拓海君は何も言わずに立ち上がっていて、仕方なく後に続いた。
「どうかしたの?」
「いや」と言う言い方がとげがあった。
「なにかあった?」
「別に」と機嫌が悪くて、
「劇を見るのが嫌なの?」と聞いたら黙っていた。
「そっちじゃないさ」と言ったので、どういう意味かなと思った。
「あいつの絵。お前じゃないだろうな」と小声で聞かれて、そっちか……とため息をついた。
「なんだよ、やっぱりかよ」
「ちょっと協力させられただけ。仕方ないよ、先生だし」
「面白くない。それで、また言われたらどうする」
「さあねえ」
「のんびりしてるよ」と呆れていた。

 放送があって、移動することになった。ほとんどの男子がそわそわしていて、
「やだ〜! 嘘〜!」と女の子が言いだして、なんだろうなと思った。
「ねえ、聞いた。やっぱり芥川さんの絵を描いたらしいよ。結構綺麗に描けていたらしくて」と言うのが聞こえてびっくりした。
「全部なの?」
「違う。後二枚はお母さんらしいよ」と言ったため驚いた。
「へぇ、そうなんだ。またなんだ。結構マザコン?」
「違うみたいだよ。思い出の中のお母さんだと言ってたらしくて」
「え、そうなの?」
「小さい頃に病気で亡くなったとか聞いたことがあるし」
「ふーん、なら分かるね」と言い合っていた。そうか、お母さんの絵にしたんだなとほっとした。そのほうがいいかもしれない。
「ねえ、ちょっと、聞いた?」と他の女の子がやってきて、また霧さんの絵の事を話していた。

「布池、見たぞ」と男子に言われて、恥かしそうにしていて、
「でも、半井のは正直、意外だよな。何で、霧ちゃんを描くんだろうな」と言ったため、
「え?」と布池さんが驚いていた。
「だって、大きい絵でお母さんらしき人が描いてあって、真ん中の絵が霧ちゃんだったぞ」と言ったため、
「真ん中?」と布池さんが驚いていた。
「どうかしたのか?」とそばにいた拓海君が聞いたら、
「え、あ、ちょっと……」とうつむいていた。拓海君は不思議そうな顔をしていた。

 演奏会が始まって、やっぱりみんなが寝ていた。クラシックやジャズは男子も女子も眠くなるらしい。休憩時間までぐっすりで、いびきが聞こえて笑われていた。
 演劇部の用意をしている間、疲れて背伸びをしていた。
「面白そうだってさ」と笑っていて、なんだか私が緊張していた。あれだけかわいいからきっと拓海君も……、と考えてやめることにした。なんだか、色々ありすぎて疲れていた。手紙が届いていて、母は半井君のお爺さんから手紙を受け取ったそうだ。「くれぐれもよろしく」という丁寧な言葉とともに……、
「どうかしたか?」と後ろから言われて半井君が立っていた。
「話題の人だ」と言ったら、笑っていて、
「色々言われてるよ、霧は喜んでいたけどな」
「後で見に行くね」と言ったら、
「お前だけ別に見せないと」と言われて、
「え、どういう意味?」と聞いたけれど答えてくれなかった。
「昨日はうるさかったぞ。みんなが残っていてね。俺が最後だったけどな」
「そうなの?」
「でも、結局、やめたけど」
「なにが?」
「色々あってね。どうした、そんな顔をして」と私を見ていた。彼の顔をじっと見ていたからだ。
「母から手紙をもらって」
「ああ、俺のところにも来てたな。でも、忙しくてまだ見てないよ」
「そう……」
「何か手違いでもあったか?」
「ううん、大丈夫」
「そうか。俺も面倒だよ。明日も色々行かないといけないし」
「そう」
「お前は例の会に参加するのか?」と聞かれてうなずいた。
「霧は遊んでばかりいるらしいな。あいつの場合は英語は話せるようになるのかもしれないな。あれでもね」
「そう?」
「物怖じはしないからな。恥も外聞も気にしないタイプの方がいいんだろう」そういうものだろうか? 
「お前もがんばれよ。落ち着いたら、またやってやるから」
「いいよ、怖いし」
「仕方ないさ。それぐらいでちょうどいいんだよ。お前はのんびりしてるからな」と笑っていた。

 席に着いていてもざわついたけれど、ブザーが鳴ったため、シーンとなっていて、幕が開いたら拍手が凄かった。去年と全然違うなぁとちょっと呆れてしまった。二谷さんは最初には出ていなかった。背が高い女の子が学生服を着ていた。
「俺って、やっぱりモテすぎて困るんだよ」と台詞を言ったため、いきなり笑われていた。台詞が多かった。コメディタッチにはなっていたけれど学園の中で起きる問題を、主役の女の子が相手役の男子高校生や友達に助けられながら解決していく話だった。友達に濡れ衣を着せられた女の子が何とか誤解を解こうとするけれど、どちらも悪くないのだけれど、いき違って、言い出せなくて、確かめられなくて、素直に謝れない。周りの子も気を使って見守っていて、男子高校生が頓珍漢《とんちんかん》な対処をしていて、それでも曲がりなりにも2人の誤解が解けていく、そういう話だった。
「上手だね。あの男の子の役。二谷さんが完全に負けてるね」とそばで言っているのが聞こえた。確かに上手だった。キャラが強くてその女の子の性格にも合っていて、けなげな二谷さんを助け、どちらが主役か分からないほど印象が強かった。もめるの分かるなぁ。二谷さんはがんばっているけれど、もともとの性格が強くなくてかわいい性格そのままの役どころで、ちょっと負け気味だった。
「脚本のせいかな?」とそばの女の子が言い出した。
「でも、面白いな、これ。見やすい、分かりやすい、いいよな。これぐらい、物事が簡単に解決するなら、楽だよ」と男子は言い合っていた。

 終わった時は拍手が凄くて、男子高校生役の女の子がすごい声援を受けていた。二谷さんはかわいらしくて男子の声援は多かったけれど、
「ちょっと役に助けられていた感じだね。もっと、強弱つけた台詞回しでも良かったな。舞台だから大げさなぐらいでもいいかも」と女の子が寸評を述べていた。確かに、それはあるなぁと思った。舞台用の演技としては弱かったのかもしれない。
「でも、かわいいと得だね」と女の子が笑っていた。

 放課後に桃子ちゃんと碧子さん、橋場君と一緒に美術室に行った。
「ごった返してる」と桃子ちゃんが笑った。例年と見学人数が違うらしい。一つ一つ展示品を見て行った。
「部長さんだよ、これ」と教えている人がいた。結構、みんな上手だな。うらやましいなと見ていて、
「素敵」と後ろがうるさかった。
「へぇ、これがお母さんなんだ。寝てるね、かわいい感じ」と言ったのでびっくりした。そっちに移動して驚いた。真ん中で笑っている霧さんは首から上が大きく書かれていて、これじゃあ、いくらなんでも分かるなぁ、でも綺麗……と見とれてしまうほどだった。ただ、全体的に大人っぽい感じに仕上がっていた。その横のを見て……、
「綺麗ですわね。ソファに横になって、愛情が感じられますわ」と碧子さんが言った。これって……? 
「こっちも素敵、窓辺にもたれて本読んでるね。お母さん、きっと読書が好きだったんだろうね」と言ったので、そっちを思わず見た。
「綺麗。いいね、すごい上手、うつむいて読書して、半井君には似てないみたいだね、お母さん」と言われて、さすがにびっくりして見てしまった。
「どうかしまして?」と碧子さんが寄って来て聞いた。
「お母さん、かわいらしい方ですわね。ちょっと若いような」と碧子さんが言ったので、
「そうだね……」としか言いようがなかった。そういう意味だったんだ……。だから、さっき……。
「半井君のお母さんの顔が良く分からないね。輪郭がちょっとぼやけているけど、でも、優しそうだね」
「これって、ケーキ? ホットケーキかな?」と下の学年の子が聞いていた。うーん、そうか、そういうのを入れたんだなと思って、違うのを見始めた。

「行かないの?」と布池さんは声をかけられてびっくりしていた。展示物を見に行った人が多くて、帰ってしまった人も多かったため、教室に残っている人は少なかった。布池さんは落ち着かなさそうに後ろに貼ってあった習字を見ていた。
「あ、あの」と恥かしそうにしていて本宮君が、
「みんながほめてたよ」と笑ってその場を離れて行った。
「へぇ、じゃあ、お前のは見ておかないとな」と拓海君が言ったのを見て、
「あ、あの……」と拓海君が行こうとしたので声をかけた。周りを見回して誰もいなかったので、
「ちょっと気になることが……」と言われて、なんだろうと言う顔で拓海君が見た。

 かなりの人数が帰ったあとで、美術室は人が少なかった。
「半井は?」美術部の部長に拓海君が聞いた。
「あれ、今日は見てないぞ。朝、鍵を返してくれて、その後は知らないな。昨日も最後までやってたけど」と言われて、
「そうか」と頭を下げて行ってしまった。
「半井、見かけなかったか?」と拓海君に聞かれて、通りかかった仙道さんが、
「一年生の教室の辺りにいたけど」と答えて、
「そうか、ありがとう」と言って走って行ってしまい、仙道さんが不思議そうな顔をしていた。
「廊下は走らないで下さいよ」と知り合いのバスケ部の後輩に言われて、
「半井見なかったか?」と聞かれて、
「上の階にあがって行きましたよ」と教えられて、
「悪いな」と走っていた。
「珍しいですね」と後輩が驚いていた。
 一つ一つ、教室を軽く見たあと、4番目に入った教室に半井君がいるのが見えて、
「お前」と声をかけた。半井君がゆっくり振り向いて、
「ああ、お前ね。何か用か?」と聞いた。
「ちょっと話がある」と言われて、半井君が苦笑していた。拓海君が睨んでいて、
「まぁ、いいけど」と笑っていた。

「どういうことだ?」と移動してから聞かれて、半井君が笑った。誰も来ないだろうという理由で屋上に上がる階段のところの奥で話していた。暗いしあまり綺麗じゃないため普段は誰も来ないからだ。昔、不良の溜まり場になっていたけれど、先生に散々怒られてからは使っていなかった。
「初めて来たよ」と半井君が笑っていて、
「お前、どういうつもりか聞いているんだ」と声を潜めて拓海君が聞いた。
「どういうつもりもなにも、何が聞きたいかわからないね」
「絵だよ。どうして展示した絵を取り外したんだよ」と言われて、
「ふーん」と半井君が拓海君を見ていた。
「最初、展示物は真ん中に違う絵が飾ってあったと聞いたぞ」
「へぇ、そんなはずはないな。俺が最後だったんだし」
「最後?」
「ああ、俺が最後に仕上げて鍵をかけてから帰ったんだし」
「でも、見た子がいるぞ」
「誰?」と半井君に聞かれて、拓海君が黙った。
「なるほどな。美術部の子が見たのか?」と聞かれても黙っていた。
「それで?」と半井君が聞き返した。
「どういうことだ? 詩織の絵が描いてあったと聞いた。詩織が笑っている絵で、芥川霧子の絵じゃなかったと聞いたぞ」
「ふーん、なるほど、そう見えたんだ」とのんびり言われて、拓海君が睨んでいた。
「どうして、変えたんだ」
「別に……気が乗らなかったから」
「なんだと」
「そう、怒ることはないだろう? 俺がどういう絵を飾ろうと勝手だ」
「しかし、俺は詩織の」
「彼女のことに口出すのはやめたら」
「なんだと」
「あまり怒るなよ。お前の彼女の絵を描いたってそれは自由だ。彼女の了解は得ているからな」と言われて拓海君が言葉に詰まっていた。
「それに、お前の許可を取る必要はない」
「詩織に近づくな」
「そんな権利はお前にはないね。それは俺の自由だし」とからかうような口調で言われて、拓海君がカチンときていた。
「お前」と睨んでいて、
「絵を飾ろうと、どう描こうと俺の勝手だろ」
「じゃあ、なんで絵を急遽はずしたんだよ」
「それも俺の自由だ」と言われて、
「お前には言っても無駄のようだ」と拓海君が睨んでから戻ろうとしたら、
「待てよ」と半井君が声をかけた。
「もう、いいよ。お前の顔を見てるとむかついてくる」
「ふーん、了見が狭いな」
「なんだと」と睨んでいて、
「怒ってる理由を聞いてもいいか?」と半井君に言われて、
「後ろが教室じゃなかったと聞いた。背景が誰かの部屋だとね。お前の自宅で描いたんだろう?」と聞かれて、
「なるほどな」と笑った。その笑い方にまたカチンときて、
「いいよ、お前と話すとイライラするよ」と拓海君が言った。
「それより、あいつのことを許してやれよ」と半井君が言って、
「よけいなお世話だ」と拓海君が怒っていた。
「確かによけいなお世話だけど。あいつ、言ってたぞ。お前の事を色々とね」
「何をだよ」
「向こうに行く理由聞いたか?」
「強くなりたいんだろ。必要ないよ。そこまでする必要はない」
「ふーん、じゃあ、まだ言ってないんだな」
「何のことだ?」
「言ってたよ。お前に迷惑掛けたくないとか色々とね」
「それは聞いたけど」
「もう一つ言ってたよ。お前のそばにいると辛いとね」
「なんでだよ?」
「ふーん、気づいてないとか? あいつ、言ってたよ。隣に一緒に歩いているのに歩幅が違って、いつも先に先に行ってしまう。必死になって追いつこうとしても、いつも先を歩いて転ばないように気をつけてくれるってさ。よちよち歩きの子どものような扱いだよな。まぁ、そこまでは言わなかったけれど、それが辛いってね」
「どうしてだよ」と睨んだ。
「俺を睨むなよ。当然だろ。恋人と対等な関係じゃない。そんなの一緒にいても辛いだけだろ。そばにいて、周りに言われるより自分が思うことのほうが辛いかもな。自分が劣っているとね。恋人と対等じゃないことにね」
「え?」
「それはあるさ。条件重視なら別だけれど、あいつはそうじゃないからな。だから、そばにいて負担になりたくない、迷惑掛けたくないと、思ってしまうのかもな。自分のことに自信がないようだし、人に言われて真に受ける性格のようだしな。お前が思っているよりも周りに言われて気にしてるもんだよ。つりあってないことをね」
「そんなこと……」拓海君がうつむき加減で考えていた。
「恋愛してても嫌だろうな。気は休まらないよな。無理して背伸びして、いつか飽きられてしまうんじゃないだろうか、いつか違う人の所にいってしまうんじゃないだろうかと心配しながら付き合っていたら、辛いだろうぜ」
「そんなこと、あいつ……」と拓海君は考えていた。
「他にもあるみたいだけど。それは言ってなかった」
「なんでお前にはそういう事を相談するんだよ。俺には言わなくて」
「お前って意外と鈍いな。言わなかったんじゃなくて言えなかったんだよ。分かるだろう」
「どう言う意味だ?」
「好きな相手に弱音を吐けるやつもいればそうじゃないやつもいる。一番気にしてたのは、お前が怪我してたことと関係あるみたいだぞ。だから怖がっていた」
「何のことだ?」
「お前が怪我した原因。あいつが一之瀬達にやられたことが発端なんだろう?」
「それは……」
「だから、周りにばれるのを極端に嫌がっていた。お前に言うのも怖かったのもそれがあるさ。反対されるのが嫌だったというより、言うのを怖がってたんだよ。お前の怪我を自分の不注意でああなったとひどく気にしていた。だから、言えなかったようだぞ。反対されるのも分かってたから言わなかったのかもな。心配かけたくなかったんだろうし、迷惑掛けたくなかったんだろうし、何より決心するまでお前に相談したら気持ちが変わってしまう事を恐れていた」
「どういうことだよ?」
「お前の優しさは残酷だってことだ。逃げ道になるからな。あいつにとって優しく迎えてくれる相手がいるのは決断するには妨げだ。一生懸命考えて、お前から巣立って行こうとしているのはお前に迷惑掛けたくないから、お前と距離を置いて、頼る癖を断ち切りたかったから、そうしないとお前がまた怪我するんじゃないかって心配していたよ」
「そんなこと、一言も」
「言いづらかったんだろうな。向こうに行く理由もまずお前なんだからね。自分のために強くなりたいというより、お前と対等になりたかったんだろうな。それに怖かったんだろうし」
「何がだよ?」
「高校に行けば、お前のそばにはお前と同じぐらいの学力のやつが揃う。そういうのに囲まれた状況で、自分とそのまま付き合ってくれるとは限らない。そのうち離れてしまうだろう。だとしたら、強くなって、ちゃんとさよならを言えるようにしたいと、そう言ってたよ」
「馬鹿な……そんなはずは……」と、拓海君が驚いていて、
「お前って鈍すぎるな。それでよく付き合ってきたな。怖がってたんだろうぜ。いつか、お前が自分から離れて行ってしまうことにね」
「そんなことは……」
「じゃあ、受験が終わってから説明するつもりだったのかもな。もしくはそこまで言わないかもね。怖いと言ってもお前には言えないだろうしね。いつか、私と離れる時が来る……なんて、俺だったら言えないし」
「そんなことは」
「恋愛って対等じゃないと面白くないかもな。背伸びばかりしてると疲れるぜ。大人相手と付き合ったとき、俺もそうだったし」
「大人?」と怪訝そうな顔をした。
「お前と違って、それなりに経験があるってことだよ。それに、自分でも分かってるんだろうな。このまま、お前と一緒にいたら駄目だってことが。いつか破綻するぞ。お前は過保護すぎて、それで周りの女がやっかむ。あいつは、いつか心変わりするんじゃないか、いなくなるんじゃないかと心配しながら付き合ってね。それじゃあ、疲れるだろうな」
「お前には言われたくないな」と拓海君がむっとなっていた。
「そうか? そばで見てるやつの方がそう思ってると思うぞ。お前の過保護は目に余る。彼女の成長を妨げている。お前の存在はあいつにとって厄介なんだよ」
「どう言う意味だよ。心配して何が悪いんだよ」
「じゃあ、ずっとついてるって言うのか? よちよち歩きの子どもじゃないんだから、あいつが躓≪つまず≫くたびに助けるって言うのか? 全部は無理だろ。たかが中学生の恋人が親になるわけにはいかないからね。お前がそのたびに助けていたら、あいつ駄目になるぞ。そういう親って時々いるだろ。お前も同じ事をしている」そう言われて、さすがに拓海君が黙った。
「俺にとやかく言う前に自分の行動を見直したら? お前は過保護すぎる。時には突き放すことも必要だぞ。保護者気取るならそこまで責任取れよ。お前に何でも頼るような女になってほしいのか?」と言われてさすがに拓海君が黙った。
「恋愛ゴッコもいいけどな。お前の場合は過保護すぎるんだよ。だから、あいつがよけいに狙われるんだよ。一之瀬も加賀沼にもね。今までもそうだったんじゃないのか?」と聞かれて黙っていた。
「お前の愛し方は間違ってるよ。それじゃあ、あいつはいつまで経っても自分の足で歩けないだろうな」
「お前に何が分かるんだ」
「分かるね。お前よりはね」
「詩織は小さい頃から寂しがり屋で泣き虫で、俺がいつも助けていて」
「小さい頃はいいさ。今は中学生」
「約束したんだ。守るって」
「だからって、守りすぎてどうするんだよ」と半井君が呆れていた。
「あいつが泣いているのを見ていられない」
「それだからって、全部対処して行くつもりか? 無理だね。自分のこともあるんだしね」
「それは……」
「お前が四六時中ついていられるのも今のうちだけだぞ。高校に行けば離れるのは確実。だから、無理して頼れなくなるほどの距離を置こうとしてるんだろうな」
「離れすぎだよ」
「仕方ないさ。そうしなければ、あいつだって辛いんだろうな。あえて、無理やり距離を置こうとしているあいつの気持ちも少しは分かれよ。こうやって、俺にいちゃもんつけてる暇があったら、少しは話を聞いてやったら。本音の部分をね。自分の意見を押し付けるだけじゃなく、あいつが言えない隠している怖がっている本音の部分を少しは分かるように努力しろよ。守る、守るって言ってるより、そっちの方がよほどあいつのためになるね」と言われて、拓海君はぐっと拳を握り締めてから、半井君を睨んでいた。
「お前は分かるって言うのか?」
「人より苦労してきた方なんでね。それに向こうじゃ、意見を言いあうのも普通。こっちの遠慮する付き合いは慣れてないから、単刀直入《たんとうちょくにゅう》に言わせてもらっただけ。これが俺のやり方。気に入らないからってにらまれても他の方法はできないんでね」と笑ったので、
「お前とは合わないよ。俺はね」と言って、拓海君は先に戻ってしまった。それを見ながら、
「俺って、どうして、つい言っちゃうんだろうな。結局、巻き込まれてるよな」と半井君がため息をついた。

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