怒る拓海君

 みんなとめぼしい教室を見たあと、戻ってきて、そう言えば拓海君がいないなと思った。碧子さんも桃子ちゃんも帰ってしまい、教室にはあまり人がいなかった。帰った人も多そうだな。
「ねえ、やっぱり、お母さんって半井君に似てるのかな?」と廊下を歩いていく人を見ていた。お母さんか……、そういう先入観で見るとそれらしく見えるようだ。私にはどうしても……。
 廊下を誰かが走ってくる音がした。井尻君たちかなと警戒したら拓海君だった。最近は遅くまで残っていると危ないと言う噂が流れていた。不良の子達の不満が溜まっているようで、廊下を歩いている時も怖いと聞いていた。
「どうしたの?」拓海君がすごい顔をして見ていたので驚いて聞いたら、
「お前……」と言ったあと、後ろから人が来たので、
「帰ろう」と言って、自分の鞄を取りにいき、私のところにやってきて腕を掴んできた。
「え?」と驚いていたら、
「帰るぞ」と言われて、なんだろうなと思いながらも鞄を持って立ち上がって、拓海君は立ち上がったと同時に腕を引っ張ってきた。廊下にいた人が気づいて、私たちを見て驚いていて、拓海君は珍しく早く歩いていて、
「あ、あの、腕」と言ったけれど聞いてくれなかった。靴箱で履き替えたあとも、また、腕をもたれてしまい、
「拓海君」と聞いた。様子が変だったからだ。
「お、仲良く帰るのか?」と同じクラスの男子に冷やかされて、
「また、明日」と軽く挨拶していた。
「ひゅー」と何度か言われても手を離してくれなくて、
「あ、山崎先輩」と後輩が固まっていて、その中に二谷さんが囲まれていた。彼女が拓海君をじっと見ていたけれど、私の腕を持っているのを不思議そうに見ていた。
「お、仲がいいですね」と後輩に言われてしまったけど、
「別に、いいだろ」と拓海君は素っ気無かった。
「先輩、機嫌が悪すぎますって」とバスケの後輩なのか、からかっていて、
「いいですね。手をつないで帰って」と冷やかされてしまい、拓海君が腕を離してから、手を握ってきてびっくりした。
「え?」と私も周りも驚いていて、
「帰るぞ」と拓海君に促されてしまい、
「あ、あの拓海君?」と聞いたけれど、ずんずん歩いてしまい、みんなに見られて恥かしかったけれど、転びそうだったので必死になって付いていった。
「痛い」とさすがに強く握られすぎて痛かったので、そう言ったら、拓海君がこっちを見て、困った顔をしてから、手を離してきて、でも、また腕を持っていた。
「どうかしたの?」
「後で話すよ」と顔を見てきたので、
「なにかあったの?」と聞いたけれど、答えてくれなかった。

 家にやっと着いた時は疲れていた。拓海君はいつもと違って早歩きだったからだ。人がいなくなったところで、また手をつないできて、さすがにびっくりして何度か聞いても機嫌が悪そうで、何も言えなかった。
「えっと……」と居間に入ってからどうしようか迷っていた。
「詩織」とこっちを見ていて、
「えっと、あの」と考えていたら、いきなり抱きしめてきた。
「え?」とびっくりしていたら、頭をなでてきて、
「俺は離れたりしないからな」と言ったため、どういう意味だろうな?……と考えていた。
「あいつから聞いた。お前の気持ち」と言われてしまい、どう答えようか考えていて、
「どうして言ってくれないんだよ。留学のことも何もかも、ああいう理由だと教えてくれなくて」
「何を聞いたの?」と聞いたら、
「半井が言っていた。背伸びして付き合っていると、俺がいつも先を歩くから追いつくのに必死でとか言っていた。本当か?」と聞かれてびっくりした。
「言っちゃったんだ」と言ったら、体を離してきて私の顔を覗き込んでいた。うつむいていたら、
「本当のようだな」と聞かれても何も言わなかった。
「なんで、そんな変なことを考えるんだ? 似合ってないとか、いつか別れる時が来るとか、変だろ。俺はそんなこと、考えたこともないぞ」
「それは、だって……」
「そんなのおかしいだろ。いつか離れるかもしれないけれど、その準備を今からしておく。絶対に変だ。好きだったらそんなことは考えもしないぞ。『離れたりしない。ずっと一緒にいたいね』と言ってくれよ」と言われて、ウーン、そう言われたらそうだなぁ……と考えていた。そう言えば、そうだよね……。
「俺は頭にきてる」と言われてしまい、
「ごめんなさい」と謝った。
「言ってくれなかったのもそうだし、俺の事を信用してくれていなかったのもそうだし、妙に聞き訳が良すぎるのも困る。駄々こねろよ。『好きだから捨てないで』ぐらい言え」と命令されて、あれ……? それって変だと思うなぁ……と考えていたら、
「お前は変だ。好きならそうなるぞ。少なくとも俺はそうだ。詩織と絶対に別れたくないし離れたくないね。あいつに取られるなんて絶対に嫌だ」
「あいつ?」
「半井だ。あいつ、やっぱりお前が好きだったじゃないか」と言われて、
「え〜! 違うと思う」と言ったら、
「絵を描いていた」と言われて驚いた。
「え、気づいたの? だって、誰も気づいてなかったのに」
「何のことだ? 芥川霧子と入れ替えた絵のことだぞ」
「入れ替えた?」
「あいつに確かめたらそう言っていた。布池さんが教えてくれたんだ。彼女は朝、絵のことが気になって様子を見に行ったら、半井の場所に芥川霧子の絵ではなくお前の絵が置いてあって驚いたそうだ」
「わたし?」と驚いたらうなずいていた。
「だから、びっくりしたそうだ。その絵はみんなの前では描いていなかったから知らなかったようだけれど、布池はあの絵を見て心配になったそうだ」
「どうして?」
「愛情が溢れているように感じたようでね。だから、俺に教えてくれた。もしかしたら、半井は詩織のことが好きなんじゃないだろうかとね」
「それは違うかもしれないね」
「何を言ってるんだ。内緒でモデルをやったのも怒れるけど、お前、何であいつの家に行ってるんだよ」
「え?」
「俺が怒れたのはそっちだ。あいつがお前に気があるだろうことは薄々気づいていたよ。じゃなきゃ、俺を怒らせるような事を色々言ってこないからな。どういうつもりか知らないが、通りすがりに一言よけいな事を言う。隣のクラスだとよく会うしね。でも、そっちじゃない。俺が怒っているのはあいつの部屋で絵のモデルになった事をおれに報告してなかった事を怒っている」と言われてしまい、
「ごめんなさい」とうつむいた。
「やっぱり」
「ごめんね。霧さんもいたんだけど、なぜか私もやらされて」
「ふーん、数学の問題集とかそういうのもやってたってことは回数は多いんじゃないのか?」と聞かれて、ばれてるんだと困ってしまった。
「ごめんなさい」と頭を下げた。
「言えよ。全部言ってくれたっていいだろ」と言われて、説明した。アメリカでは一緒に学校に行って、友達の話を聞いたことや相談に乗ってくれたこと、アメリカから帰ってきたあと、彼が協力してくれて、色々考えて宿題を出してもらっていた事。それを添削してもらっていた事を報告したら、
「そんなことは何であいつがやるんだよ。大体、何で俺に一言も相談しない」とにらまれてしまい、
「ごめんなさい」と謝った。
「聞けばよかったよな。あいつが行くのは変だと思ってたんだ。まさか、あいつ自身が向こうに行くとは考えてなかったよ。金が掛かるようだし、親はこっちにいるみたいだから、ロザリーとは違うしね。それにしても、迂闊≪うかつ≫だよな。あいつの部屋だと分かる背景でお前が笑っている絵を展示しようとするなんて、自宅で描いたとばらしているようなものだ」
「そんなの描いたんだ?」と言ったら思いっきり睨まれてしまった。
「チラッと見せてくれたのは読書の方だった。数学とか英語の問題解いたり、アメリカ史、アメリカの社会などの本を読みながら勝手に描いてたの。でも、見せてくれなくて、それをチラッと見たら、風景と比べて人物が小さかったから安心して、私とは分からないようにはしてくれるとは言ってたけど、心配で」
「ふーん、どうしてかしらないけど、芥川霧子の絵に変わっていたらしいな。それで、布池は慌てて見に行ったらしいけれど、俺に教室で会って、心配になって教えてくれたんだよ」
「どうして、彼女が?」
「俺の事を心配してたよ。美術室で一緒に勉強していたり、今まで見たこともない表情で笑っていて、ウィンクまでしていてうれしそうだったらしいな。それで、俺とお前の事を心配して教えてくれたんだよ。言わないほうがいいのかどうか迷ったと言ってたけどな」
「笑ってたと言うよりからかってただけだよ。それに多分、誤解してると思う」
「何がだよ?」
「彼が私を好きだと言うのは誤解だから」
「なんで?」
「お母さんと重ねているんだと思う」
「なんだよ、それ?」
「聞いたわけじゃないけど、多分、そうだと思う。小さい頃にホットケーキを作ってくれる優しいお母さんだったらしくて、その話は何度かしていた。私の事を『懐かしい気持ちになる』と何度も言ってたの。ホットケーキ作れと言われて」と言った途端すごい顔でにらまれてしまい、ちょっとうつむいた。
「ふーん、裏でそういう事をしているとはね。あいつは呆れるぞ」
「だから、多分、お母さんの事を思い出すんだろうね。私といると」
「お前が好きなんじゃないのか? ウィンクしてね」
「ああ、あれね。あの人の友達に向こうで会ったの。同じ事をしてたよ。聞いたらそういう日常生活で、ナンパしてたらしいし、だから、本来はそっちが本当の性格みたいだからね。私にはばれちゃってるから言いやすいだけだと思う。霧さんと付き合っていたようだし、私はお母さんか幼稚園児かと言う扱いだから」
「はぁ?」と拓海君が呆れていた。
「霧さんとのことはごまかしていたけど、霧さんからいろいろ聞いたの。恥ずかしくて口に出せないから、言わないけれど、多分、そうだと思う。だから、そっちはないと思う。母が彼に家庭教師とボディガードを頼んでくれたの。だから、向こうに行く準備をしていただけ」
「休日に行ったんじゃないのか?」
「彼の試験の準備で忙しくなってからはあまり。彼のほうが大変だと言ったでしょう」
「なら、なんで言わないんだよ。俺に言えよ。勉強とか色々、一緒にやればよかっただろう」
「拓海君の邪魔になりたくなくて」
「俺にお土産だけ渡して、あいつの話を聞いてもはぐらかして別行動してたと報告したのは嘘だったんだな」と言われて、
「ごめんなさい」と謝った。
「もう、何がなんだか分からないぞ。あいつはマザコンなのか? 前にそう言えばその話してたな。お前が向こうに行く理由も訳が分からないし、こんがらがるぞ」と言われて、確かにそれはあるなぁ……と考えていたら、
「俺は詩織が好きだから離れないからな。絶対に離れない。何度言えば分かるんだよ。昔のほうが素直だったぞ。『絶対に嫌だ』と駄々こねて、俺の袖や裾を持って泣いてたくせに」
「そんな事を言われても、覚えてないんだけど」
「俺も分かってないよな。恋人失格だ。お前がそういう気持ちでいたなんて。昔の恋人が大きくなって、泣いてるのが見てられないって変なのか?」と聞かれて、うなずいた。
「普通そうだと思うぞ。思い出の中の詩織ちゃんは泣いて笑って、手をつないで一緒に寝て、なんだかかわいくて」
「え?」
「俺も駄目だ。まだ、整理できそうもないな。一度、ゆっくり考えよう」と言われてうなずいた。
「でも、反対だ。俺は別れるつもりはないから、お前は向こうに行かなくてもいい」
「え、でも、それはちょっと」
「いいんだ」と髪をなでてきて、
「別れるなんてできそうもないよ。俺はね」と言ってからキスしてきた。さすがにびっくりしたけれどそのままにしていて、
「絶対に嫌だね」と言って、またキスしてから抱きしめてきて、しばらくそのまま黙ったままだった。


遠藤君の理由

 次の日、あちこちからひそひそ言われているのが見えた。
「でもさぁ、霧ってやっぱり半井君と付き合ってたんだね」と言う声がしてびっくりした。
「ああ、あれね。堂々と恋人宣言だね。がっかり」と言い合っていたので、ミコちゃんの顔を見た。
「どうかした?」と言われて、
「ううん、なんでもない」とごまかした。そうか、あの絵を飾るということはそう取られてしまうのかと思った。あまりに気持ちがごちゃごちゃしていたので、電話をかける気力もなくて確かめていなかった。拓海君はなぜか黙ったままずっと髪をなでていて、何も言わないまま帰ってしまい、決着は保留になった。
「詩織を見てる子がいるけど、なにかあった?」と聞かれて仕方なく説明した。
「腕をつないで仲良く下校か。それは噂になるなぁ。タクって大胆だね。時々」それは思った。みんなが見てても離してくれなくて恥かしいのに、拓海君は怒っていてそれどころじゃない顔をしていた。
「拓海君は恥かしくないのかな。色々噂されていて」
「仕方ないんじゃないの。詩織を守ろうと言う気持ちの方が強いんだろうね。だから、何を言われても平気なんだろうし」
「そうなの?」
「私も言われたい放題言われたなぁ。ピーチクとどんぐりが言ってたらしいし」
「それって、なに? 聞いても碧子さんも知らないようで」
「途中で裏で言われたあだ名。ピーチクが三井、矢井田などの悪口言いふらす女の子達、どんぐりがほかの子を悪く言うから反対に言われだしたはず。彼女達だって部活や成績などで活躍してる訳じゃないから反対にそう言われちゃったらしいよ。周りの子に勝手にレッテル貼って、下だと決め付けて馬鹿にする子達のことだったと思った。私もあまり把握してないなぁ。一度聞いたきりで、止めたほうだったから」
「なるほど、そうだよね。立場上、言えないよね」ピーチクが「よく(噂話を)しゃべるからうるさい子」と言う定義なのかなあ? どんぐりはひょっとして、「どんぐりの背比べ」からきてるのかな?
「でも、言われてもお互い様だよ。散々やられた子たちが言い出したことみたいだよ。三井は目に余ったからね。卓球部でも浮いてたから。残りの人も同じ。男子だって裏では怒ってたから」
「そう」
「詩織が知らないのは無理ないね。体育館の中で密かに言われていたみたい。みんなが言い出したのは最近みたいだよ。だから、ほっとけばいいって。模試とかテストとかでできが悪いと親に言われるでしょう? 納得できない事を勉強する事で晴らすわけじゃないんだってね。より下のレベルを探し出して要領が悪そうな子、のんびりしてる子とか、ちょっと太目の子とか、そういう子を自分より下だと勝手に判断して色々言って晴らすらしい。矢井田が入るとそうなるから」
「そうなの?」
「例えば、先生に怒られていたとか、縦笛が下手だったとか、絵が上手じゃなかったとか噂に聞くと、勉強もできないだろうと勝手に判断して、言い合うみたいだよ。『どうせ、点数は下の方だろう』とね。『運動ができるだけ』と言われた子もいたけどね。だから、いい加減みたいだよ。詩織だけじゃないから気にしなくていいの」
「言われてたんだ?」
「一之瀬と小山内さんだろうね。だから、ほっとけばいいの」と強く言われて、拓海君は知っていたんだろうなと思った。だから、色々心配してくれていたんだ。知らなかった方が良かったな。緑ちゃんと一之瀬さんがテニス部で見下す態度もそこから来てたんだなと思った。確かに要領は良くなくて、絵も下手だったから、それでかもしれない。今よりももっと声は小さくて、彼女達にしてみたらそう見られていたんだなとため息をついた。
「いいじゃない。実際はさぁ。そう甘くないよ。弘通なんてかなり言われたんだってさ。蓋を開けたら足元にも及ばないからね。あいつ、途中で成績が伸びたから」
「そうだけど」
「元々できたほうだけど、あそこまでやりだしたのも将来を決めたからだろうね。それでいいんじゃないの。雑音気にしてたらきりないよ。橋場君だって男子も女子もどんぐり、ピーチクも言いたい放題。でもね、彼もがんばってるんだよね」
「そうなんだ?」
「だと思うよ。碧子さんと付き合っちゃったから言われだしただけ。しかも、彼がどれぐらいできるか知らなかった男子が決め付けてさ。どうせ笹賀だろうと言われて、彼、海星よりは上になりそうだからさ。その男子が逃げるようにしてたよ。後ろめたいからだろうね。実際に分かると逃げるみたいだね」
「そうなの?」
「どうかしたの?」
「うーん、ちょっと困ったことがあって」と手越さんの事を説明した。
「ああ、それね。仕方ないよ。裏で言っていた自分にどこか後ろめたさがある。でも、認めたくない。実際の点数も分かり、先生にもばれて親にもばれて怒られた。その後がさぁ、人によって違ってくるんだよね。というか、最初からやらない子は逆恨みしないんだけど」
「逆恨み?」
「そう、後ろめたさから睨むんだろうね。詩織は悪くない事なのに、自分が悪者になるのが嫌だからね、相手のせいにするの」
「え〜!」とびっくりしたら、
「私も何度か経験があるよ。私は言い合っても、その後、終わりって性格なんだよね。ところがその事を後々まで引張る子が時々いる。後ろめたいのか知らないけど、こっちのせいみたいにしてくる。その後、悪口言ったり、どうでもいいことの揚げ足とって悪くなるようにしたり、根に持っちゃうらしくてね。だから、完全に何事もなかったようにしているか、直接、そういうことは迷惑だと言うか、相手によって変えてる」
「相手によって?」
「よけいに裏で足引っ張る子がいたんだよね。それで兄に相談したら、相手によってどうするか変えろって言われた。根に持ちそう、反省しなさそうな子には言えないね。そのままにしておくしかないって。いつか気づくか、そのままかは良く分からないけどね。今までの例だとそのままだった」
「ミコちゃんって、そういう事をされても気にしないの?」
「限がないよ。タクも桃もあるみたいだね。戸狩も昔はあったみたいだね。仙道さんは濁してたけどあるみたいだね。仕方ないよ。自分の感情をどう吐き出していいか分からない年頃だもの。学級委員は結構苦労してるんだって。『命令してるだけ』とぼやいていた男子がいたけどさぁ。『一度やってみろ』と言いたかった」強いかも。
「ミコちゃんみたいになれるかなぁ?」
「無理じゃないの。人それぞれだと思う。私はこのやり方しかできない。詩織は詩織、タクはタク、桃は桃なりのやり方だと思うなぁ」そう言われるとそうかもね。
「ほっとけ」と軽く言われて、やっぱり違うなぁと見てしまった。

 教室に行くまで、またじろじろ見られたりしたけれど、ほっといた。拓海君と顔をあわせづらいなぁと思っていたけれど、彼のほうが先に来ていて、こっちに気づいて、
「おはよう」と声を掛けられて、
「ひゅー」と男子が口笛を吹いたけれど、拓海君が睨んでいた。
「怖い」と男子がわざとらしく言ったけれど、私の顔を心配そうに見ていたので、
「えっと……」と何か言おうとしたら、
「やっぱり、あの2人は恋人なの?」とそばで言い合っていて、美菜子ちゃんが心配そうだった。うーん、やっぱりそうなったんだと見てしまったら、拓海君がにらんでいた。
「こっちこい」と言われて廊下の隅に移動した。
「あいつに確かめたのか?」と聞かれて、
「してない」
「なんでだよ?」とにらまれて、
「拓海君のほうが大事」と言ったら困った顔をしていた。
「あいつと話すとどうしてもイライラするんだよな」一之瀬さんみたいだなぁ。
「何か言いたそうだな」と聞かれて、
「いいえ、滅相もございません」と言ったら叩かれた。
「痛い」
「いいか、何を言われてもほっとけよ。勝手に言いたい事を言っているだけだから」
「拓海君がいけないと思う。ああいうのは、場所を選びましょう」
「怒らすような事をしたやつはどっちだよ」
「怒られても困る」
「俺は怒ってるね。俺の事をそこまで信用してくれてないのかとさすがに悲しくなった」
「そう言われても」
「俺の気持ちを分かってくれてなかったんだな。お前って意外と冷めているのか?」と聞かれて、
「ただ、性格の違いじゃないかと」
「そういうところだよ。俺は一途だというのに、お前は何で分からないんだよ。呆れるぞ」そう言われてもな、あれだけかわいい子が出現したらさすがにねえ。それに……、
「その表情はなんだ?」とにらまれて、
「自分にね、自信を持てるようになるにはどうしたらいいのかなと考えてみたの」
「だから、そんなことはゆっくり考えていけばいいだろ」とにらまれた。
「お、喧嘩か?」とクラスの男子に通りすがりに言われてしまい、
「ほっとけ」拓海君がミコちゃんと同じように言った。
「とにかく、拓海君を信用してなかった訳じゃないの。私の弱さの問題だから」
「だからって、いきなり行くか? 遊びに行く程度にしておけよ。それなら許せるね」
「中途半端だと思うよ。それに私に取っては向こうの方がいいと思うしね」
「何を言ってるんだ?」
「家族も色々、他の人も色々。それぞれの思惑があって、それぞれの失敗があって、力関係って変わっていくんだろうね」
「意味不明な事を言ってるんじゃない。今は俺たちの話だ。よけいなちょっかいを掛けてくるやつもいるけれど、俺は絶対に離れたりしないからな。昨日も言ったけど」
「おーい、山崎、戸狩が呼んでる」と教室から男子に言われて、
「まったく、またかよ」と言いながら、
「おとなしく戻ってろよ。あの男とは今後口を聞くな。絶対禁止だ」と拓海君に言われてため息をついた。
 戻ろうとしたら、半井君が来ていて、
「公認、おめでとう」と言ったら嫌そうな顔をした。
「お前まで言うな。あれは仕方なく飾ったというのにね」
「綺麗だったね。恋人が描くと違うね」
「お前は呆れるぞ。やっぱり替えるんじゃなかったな。あっちにしとけばよかったかも」
「そっちにしたら困るんだけど」
「結局、また、やられたら困るから仕方なくあっちに替えたんだよな」
「え、どういう意味?」
「一之瀬だよ。絶対、また、何かやらかしそうだ。リッキーに会えなくなって辛いとか言ってたらしいし」うーん、大変だ。八つ当たりしそうだ。
「ふーん、私は知らない絵があったようだけど」
「いいだろ。俺は描きたい事を描く主義だ」
「あなたは分からないよ。とにかく、公認おめでとう。これでラブレターが減っても知らないよ」
「いいさ。そのほうが。本命は別にいるわけだし」と意味深に見ていたけれど、
「じゃあ、さようなら」と戻ろうとしたら、
「お前の場合は絶対に誤解してるぞ」
「向こうで迫られていたか迫っていたかの話は噂にはならないようにしておくね。がんばって」
「お前なぁ。俺だって、色々考えたんだぞ。霧ならどうせ恋人いるしな」恋人かなぁ? アダムさん、ロビンスさん、それ以外もいそうだ。
「帰りはどうするんだ?」と聞かれて、
「明日の準備があります」と言ったら、
「ふーん、俺も色々行かないといけないしな。しょうがない。後で連絡する、じゃあな」と小声で行ってしまった。私も彼を見ながら、うーん、あの人が……と見てしまった。

 帰るまでずっとうるさかった。拓海君は仏頂面で休み時間は余所のクラスに行き、美菜子ちゃんは動揺して半井君のファンらしき女の子とぼやいていて、碧子さんは普通にしていた。
「お母さんの絵は綺麗だったけどさぁ。霧の絵も良かったよね」とみんなが言った。
「でも、私、ちょっと腑に落ちないなぁ」
「なんで?」
「霧って、別の彼氏いるようだよ」と言い合っていて、碧子さんもそれを聞きながら、
「そうですわね」と言った。
「なにが?」と聞いたら、布池さんがそばに寄ってきて、話があるというので二人で移動した。昨日の事を心配してくれて、謝ってくれた。
「いいの、教えてくれてありがとう。後で怒っておかないと」と言ったら不思議そうな顔をした。
「半井君はあなたの事を好きじゃないの?」と聞かれてしまい、
「彼は私のことは相手にもしてないと思うよ。あの人はもっとなんて言うか、うーん……」と考えてしまった。
「そう……」と言いながら、
「でも、時間のかけ方が違ったから、多分、そうだと思ってたの」と言われて、どういう事だろうと不思議そうにしていたら、碧子さんもそう思ったようで、
「他の人はどうか知らないけれど、私はそう思ったの。半井君は芥川さんの絵はそれほど時間を掛けていないように感じたの。両隣りの絵のほうが時間が掛かってるし、背景やその他にも細かく描いてあったから、取り替えた絵も同じだったの。とても時間が掛かっていたから」と言って、そうか、そういう見方もするんだなとびっくりした。
「ごめんね」と消え入りそうな声で謝ってくれて私も頭を下げて、彼女は行ってしまった。
「さっきの意見はなんとなく分かりますわ」と碧子さんに言われて、
「どうして?」と聞いた。
「両隣りの絵のほうが時間が掛かっているかどうかは分かりませんが、愛情と言うか優しさを感じましたから、多分、詩織さんは誤解なさってるんでしょうね。あの方は口とは違う心があるような気がします」うーん、そう言われても、
「私は本宮君も同じだと思うよ」とつい言ってしまった。
「どうしてですか?」
「過去の彼がどういう人だったかはほとんど知らないけれど、今の彼は心を入れ替えたんだと思う。そういう部分をもっと分かってあげないと、なんだか、かわいそうに思えて」
「でしたら、自分ではっきり決めるべきでしょうね。好きじゃないのにお付き合いするのはどうかと思います。相手が真剣かもしれないのに、それをはぐらかすのはどうかと思いますから」確かにそうだけれど、
「でもね。自分の気持ちを素直に表わせないってことはなんとなく分かるなぁ。私も自分の事なのに素直に出せない性格だから」
「詩織さんはそうかもしれませんが、あの方はやり方は間違ってますわ。気持ちを偽ってお付き合いするのは失礼です」うーん、そうだけどね。
「心配してくれるのはありがたいですが、私は応えられそうもないですわね」と言われてしまい、
「ごめんね」と謝った。
「いえ、その事は山崎さんもおっしゃってましたけれど、私にはどうしようもありませんわ」そうか、拓海君も言ったんだね。
「ごめん、よけいな事を言って」
「いいえ、私も少し怒っていたところがありますから」
「昔、何かあったの?」とつい聞いてしまったら黙った。
「あの方が付き合った方との話しあいを聞いてしまいましたの。なじられている現場を通りかかっただけですわ。よけいな事を言いすぎましたけれど、見ていられなくて。それだけです」なるほど、それでね。
「ごめんね」
「いいえ、詩織さんに心配かけて申し訳ありませんでしたわ。でも、私はああいうのは駄目ですから」と言ったので、そういうことがあるとうまく行きそうもないなぁと思ってしまった。

 拓海君が戻って来るまで待っていたら、
「あ〜、結局さぁ。あれってデマなのか?」
「さあねえ」と廊下で言っている人がいた。
「半井に諦めずにデートに誘ってたやつは?」
「用事があるからって断られていたぞ。でも、霧ちゃんは別のやつとデートらしいぞ。どっちなんだ?」と言い合っていた。うーん、人気があるとすごいなぁと聞いていた。
「また、勉強?」と須貝君が残っていて聞いてきた。ノートを見ていて、
「そんなにやってるの?」と聞かれてしまった。日常会話の英作文を書いていたからだ。明日の予習で覚えていた。
「ああ、必要だからね」と言ったら、
「弘通が心配していたよ。大変なんだろう?」と聞いてくれて笑った。
「何ごともやってみないと分からないと、お母さんに言われたの」
「そうか。そうだよね」と考え込んでいた。
「何か心配事?」と聞いた。
「親に言われたんだよ。上の学校を狙った方がいいんじゃないかとね」男子は言われるんだな。
「でも、俺はよく分からないし」
「テストをがんばればいいんじゃないかな? その後、決めても」
「そうだけどね。遠藤は焦っているようだし、弘通がいくら言っても聞いてもらえないようで」彼が言っても駄目なんだ。
「あいつは自分の集めたものを全て捨てられて、今までの自分を否定されたように感じたようで」かわいそうかもしれないなぁ。それはちょっとひどすぎるかも。大切にしていたんだろうし。
「順位を上げないといけないと怒られるのかな?」
「うちよりきついようだ。親の締め付けがね。部屋の中に立っていてやらされていると聞いて」
「え?」
「そういう人もいるよ。小学生から親が付きっ切りの家もね」
「うーん、うらやましいやら大変やら」
「え、どうして?」
「こっちに転校してからは誰もいないから」と言ったら困った顔をした。
「いいな、誰でもいいから励ましてくれてそばにいてくれて」
「違うと思うよ。励ますというより怒られて怖いから逆効果なんだよね。俺も言われるとよけい焦るタイプだから。言われないほうがうらやましくて」そうか、お互いうらやましいのかもしれない。
「誰もいない部屋で勉強するのって怖いもの。夜は特にね。ラジオをつけて勉強しないと怖いぐらいだし」
「そうか、そうだよね。お互いがんばるしかないね」と言ってくれてうなずいた。
「お母さんがご飯を作ってくれて、待っていてくれるだけでもうらやましいな」と思わず言ってしまったら、
「え?」と須貝君が振り向いた。私は下を向いて気づかないふりをして勉強していた。

「いい加減にしろ。ネタは上がってるんだ。今更じたばたするな」と男子に言われて、C組の男子が睨んでいた。そばにはうな垂れたD組の男子がいて、
「お前らがひそひそ内緒話していたのを聞いていたやつがいる」
「お前のせいだぞ」と罪を擦り付け合っていた。遠藤君の問題集を隠した犯人が分かって問い詰めていた。他にも余罪があるかを確かめていて、でも、
「俺、帰る。それどころじゃないから」と拓海君が言ってしまったため、
「この間、偉そうに説教したくせに」と遠藤君がぼやいたため、そこにいた人たちが一斉に遠藤君を睨んでいた。
「やめろ。もう、こうなった以上は報告するから、全員居残り覚悟しろよ」と戸狩君に言われて、
「やめてくれ」と遠藤君とC組の男子が頼んでいた。
「これ以上、話し合っても手に負えないね。遠藤が反省し一切テストの点数を言いふらすようなことをしないと言うなら話は別だけど、自分が言うのは当然と言い張るのは目に余るね。それだと通らないだろう」と戸狩君が呆れていた。
「本当の事だろう。言って何が悪い」と遠藤君が言ってしまったため、
「お前が笹賀は危ないと言われたら、本当のことでも嫌じゃないのか?」と拓海君が聞いたら彼がすごい顔をして睨んでいた。
「当たりか」と戸狩君が言ったため、
「俺は笹賀なんて狙ってないね。もっと上を」とすかさず、遠藤君が言ったけれど、
「嘘つけよ。お前の順位はもっと下だろう」とC組の男子とやりだした。
「お前ら、落ち着け。タクもやめろ。遠藤も問題の種を作っていることを自覚しろ。そういう小さい事から尻馬に乗るやつが出てくる。あいつが言い出したから俺もいいだろう。そう考えるのが人間だと言ったろ。50歩100歩と言うやつだ。見苦しいぞ」と戸狩君が呆れていた。
「そうだな。遠藤の言い方には悪意があった。悪気がなくてもあっても、そういう事を言うことでまったく責任がないとは言いきれなくなってきたな。他の人の話も聞いたうえで、決めた。先生に今から言ってくる」と永峰君に言われて、遠藤君が慌てて止めた。
「やめてくれよ」と必死になっていて、
「親に怒られるよ」と言ったため、
「情けないやつ」とC組の男子が笑っていて、
「なんだと」とにらみ合っていた。
「弘通に言われただろう? 親と話し合ったほうがいいと言われたんだろう? だったら、そのほうがいいよ。今のままじゃ、お前は勉強しても上がらないぞ」と戸狩君が呆れていて、
「そういうことだから」と永峯君が歩き出そうとして、
「や、やめてくれ」とすごい剣幕で遠藤君が止めた。
「俺、殴られるんだ。竹刀で叩かれる」と言ったため、全員が顔を見合わせた。
「俺、親に殴られるようになったんだよ。去年は叩かれて、3年になってからそうなった。成績が上がらないからって」と恐々言った。背中を手で押さえていて、拓海君が、
「見せろ」と遠藤君が押さえた辺りの制服をめくっていた。シャツをまくって中を見て、
「おまえ」と驚いていた。背中にくっきりと竹刀で叩かれた痕があった。
「そういうことか」と戸狩君が困った顔をして、他の人が顔を見合わせていた。
「やばいな、これ」と戸狩君が拓海君と顔を見合わせた。
「仕方ないな。先生に言おう」と永峯君が言いだして、
「おい、やばいぞ。これって虐待になるぞ」と戸狩君が止めた。
「仕方ないさ。先生に判断してもらう。俺たちの手に負える状態じゃない。そうだな」と遠藤君に聞いて、遠藤君がしゃがみこんでしまった。
「ちょっとひどいな」とさっきまで抗議していたC組の男子も同情的になって、
「弘通でも誰でも言えよ。もっと早く」と拓海君が怒っていた。
「言えるわけないだろう。ぶたれるよ」と遠藤君が下を向いたまま言って、
「怒られるよ。ばれたら怒られるよ」と怖そうに言っていて、
「どうする?」とみんなで見詰め合っていた。

 拓海君がもどってきたとき苦い顔をしていた。
「どうしたの?」と聞いたけれど、何も言わなかった。
「行こうぜ」と言われてうなずいた。
「テストもあるけど、あいつ、きっと」と言ったので、どういう意味かなと考えてしまった。
 結局、その辺で話せないということで家まで来てくれて話を聞いた。
「ひどいね、それ」
「お前の点数を言ったのもそこから来てるらしいぞ」
「え、どういう意味?」
「弘通から聞いてないのか?」と聞かれてうなずいた。
「『親がいないほうがせいせいする』と言っていたらしいな。去年も今年もね。だから、お前の成績を言いふらしても反省しなかった。親がいないやつがうらやましかったんだろうけど、ちょっとな」
「困ったね」
「でも仕方ないさ。あいつの場合は間違ってるよ。友達でも誰でも相談したらいいんだ。お前に当たって、周りに当たって。怖かったからと言って、より当たりやすいやつに当たるのは、ちょっとな。同情はするが嫌がっていたけれど、もう手に負えないから先生に任してきた。永峯だけ残っているよ」
「そう……」
「戸狩も俺も、ああいうケースはちょっとね」
「先生が間に入って大丈夫なのかな?」
「さあな。さすがに警察沙汰にはしたくないだろうけどな」
「そこまでなるの?」
「さあな。学校側がさせないだろうけどね。動揺が出るぞ」確かに。
「それより、今は大切な恋人が俺を疑っていた件を話したいね」
「え、疑ってと言われても」
「俺が心変わりするわけがないだろう」と叩かれてしまった。
「痛い」
「ひどいぞ。ひどすぎるぞ。俺は一途だと言ってるだろう。高校に行ったら、心変わりするって、俺は保坂か? 平居か? 綿貫かよ」と睨まれてしまった。
「何、その名前?」と聞いたら、
「全員、コロコロ相手を替えていくやつの名前。いいんだ、それは。おいておけ。俺が言いたいのはそんなに簡単に心変わりはしないと言いたいだけだ」
「分からないじゃない。かわいい子がいるかも、綺麗でしっかりしていて拓海君のお似合いのはきはきしたしっかりした子が」と言ったら、また叩かれた。
「俺は心変わりしないね。そんなことで気持ちを変えるような男に見えるのか?」と聞かれて考えていた。
「考えるなよ。お前、男が全部楢節さんか結城のようだと思うなよ」
「どうして?」
「好きになった相手をコロコロ替えられるやつとそうじゃないやつといるんだよ」
「そう?」
「俺は無理だ」
「でも」
「詩織は変だぞ。相手が心変わりするかもしれないと勝手に心配してね。だったら、俺に聞けよ。あいつに言わずにね。俺に言うべきだろう」
「それはそうだけど」
「それを留学理由にするな」
「え?」
「そうなんだろう?」と聞かれて考えていた。
「うーん、それも一部あるけどね」
「じゃあ、他に何があるんだ。やっかまれてまた揉め事が起こったら怪我するかもしれないから言えなかっただと。いいだろ、怪我したって、何があったって、一之瀬のやってることが間違ってるんだよ。石投げると言うのはやりすぎだ。それで俺が怪我したってお前の責任じゃないぞ。何で、巻き込みたくないとか変なことを言うんだよ。迷惑掛けたくないと言われて、喜ぶかよ。心配だからやってるだけだ」
「そう言われても」
「迷惑なんてお互いさまだろう?」
「違うと思う、少なくとも仙道さんだとそうならないから。桃子ちゃんもミコちゃんもきっと、そうならない。狙われたりしないから」
「あいつらをここで出すなよ。桃とミコは狙われたりしない訳じゃない。狙われても自分で追い返してるだけ。お前が知らないだけだぞ」
「それは聞いたけど、だから、自分で対処できるようにならないと」
「仙道だって迷いながらやってるぞ」
「そうかもしれないね」
「お前が留学してまで俺から離れる必要はないな」
「そう言われても、そばにいると絶対に迷惑掛けちゃうし頼りそうになるし」
「それでいいだろ」
「それっておかしいよ」
「昨日も言われたよ。あいつにね。よちよち歩きの子どもじゃあるまいし、と言われた。確かに過保護だったのかもしれない。それは認めるよ。でも、心配になるのは仕方ないぞ。俺は決めてあるからね」
「なにを?」
「それはいいんだよ。『お前の事を心配するな』とか色々説教された。『ひとり立ちさせてやれ』とか色々ね。確かに俺の過保護が原因で一之瀬とか色々言ってくるのは当たってるのかもしれないけど、そんなのはあいつらが悪いんであって」
「でも、狙われにくい人と付き合っていたら違った結果になっていたと思う」と言ったら苦い顔をしていた。
「だと思うよ。比べるなと言われたけれど比べちゃうよ。ミコちゃんたちじゃなくても仙道さんも二谷さんも私は敵わない部分がいっぱいある。幼馴染と言うだけで一緒にいるのが辛くなる時があるし」
「お前、わかってないだろう。幼馴染だけで一緒にいたいわけじゃないぞ」
「そこの部分がなくて、普通のクラスメイトだったら付き合ってなかったと思うし」
「ないね。確かにそこの部分はあるのは本当だけど、普通のクラスメイトだとしてもミコも桃も仙道も選ばない」
「え、どうして?」
「さあな。俺はそう思う」そうかなぁ? そうじゃない気がするなぁ。
「だから、そういう部分でどうしてもそう考えてしまうから、少しは拓海君につりあうようになりたいと」
「釣りあうって、気にすることじゃないだろう? 成績、見た目、俺はそういうことは気にしない」
「それだけじゃないじゃない。仙道さんの方がしっかりしてるし、二谷さんのほうがかわいいし、けなげだし」
「でも、俺は心配にならないからな」
「だから、そこが幼馴染だからだと思うよ」
「ふーん、じゃあ、なんで半井は美人の芥川よりお前を気にしてるんだ」
「それはお母さんと似てるから」
「それだけでこだわるとは思えないね。その後の部分が重要だろうな」
「どう言う意味?」
「それはあくまできっかけであって全てじゃないってことだ。幼馴染だったというだけで、再会して変態会長と付き合い始めていたのを見てイライラするとは思えないな。だから、自分でも考えてたよ。詩織の事は思慕からこだわってるのか、それともやっぱり好きだからなのかという事をね。でも、話していくうちに気づいたよ。好きだからなんだろうなと。お前が泣いてるとほっとけないし、お前が傷ついてるといてもたってもいられなくて家に行ってしまっていたからな。ミコ、桃、仙道、二谷さんが幼馴染だったとしても、さすがにそこまでしてなかったと思えるね」
「そうかな?」
「そうなんだよ」と断言されてしまった。
「言っとくけど怒ってるんだからな。お前は俺がこれほど心配しているのを、そういう誤解をしてたのかと思うと情けないね。おまけにあんなやつには相談して。大事なことだというのに、俺には一言も言わずに決めてしまった。お前って、俺をなんだと思ってるんだよ。恋人として情けないよ」
「だって、止められるもの」
「止めるに決まってるだろう。心配だから」
「心配かけたくないの、迷惑掛けたくないの」
「そこがおかしいんだろう? これだけ付き合ってきてるのに、遠慮があるのがおかしい」
「だって、なんだか、言いにくくて」
「だからって、よりによってあんなやつに相談する事はないだろう?」
「経験者だし、あの人は単刀直入で遠慮がないところがあるから、こっちも遠慮しないだけだと思う。言いやすかっただけ」
「ふーん、確かに遠慮なく言いたい放題言ってくれたよな」と睨んでいた。
「拓海君に言えなかったのは決めるまではと思っていたし、決めたあとも迷ってたの。言いたかったけれど、林間学校のときのようにやっかむ人とか出てきそうで怖くて、先生にも口止めしたの。あれこれ言われるとただでさえ、迷っているのに困るから」
「迷うぐらいなら行くな」
「迷いはあったよ。正直、甘い考えだったと思ったの。話を聞いているうちにね。人によって意見が違ってた。行ってみたほうがいいと言ってくれた人、半井君は反対していたの、ずっと」
「なんで?」
「拓海君と同じ。押しが弱くて流されやすいから」
「ほら見ろ、そう言うじゃないか」
「でも、考えてみたの、人に話を聞いて、向こうでの事情などを考えた。その上で決めたの」
「そこが突飛だと言っている。こっちの学校に行って、夏休みなどに向こうに旅行に行く程度にしても」
「その先も考えたの。それと私の記憶」
「記憶?」
「記憶が戻らない事、一之瀬さんとのこと、そういう事を知りたくなった」
「何の話だ?」
「色々考えてみたの。拓海君も教えてくれたし、ミコちゃん、桃子ちゃん、碧子さん、みんな自分の考えがあるんだと気づいた。でも、私は見えてなかったの」
「それはそうかもしれないけれど……」
「一之瀬さんに漬け込まれた理由、教えてくれたよね。そういう事を考えた時、新しい学校に行って、また、同じことが起こるかもしれないと考えてみたの」
「それは分からないぞ。爺さんが言ってたよ。高校だと少し大人になるから事情が変わってくるってさ。中学生の方が問題はおきやすいかもね。高校のほうが対処が上手になるんだろうし」
「でも、きっと一之瀬さんや瀬川さんや三井さんみたいな人が」
「いるだろうけれど、そんなの分からないだろう? それにほとんどが知らない人になるだろうからな。海星、笹賀に行けば別だけど、後は同じ学校出身は少なくなるから、少なくとも今までとは違った付き合いになるわけだしね」
「それはそうかもしれないけれど」
「一之瀬達とは違う学校に行くだろうし、海星に行っておけば碧子さんや須貝は一緒なんじゃないのか?」
「そこはよく分からないの。どれぐらいか聞いてない」
「ふーん、とにかく、向こうに行くのは絶対に反対だ。俺がこれだけ心配していると言うのに、あいつに言うなよ。近づくな、家に行くな」
「そう言われても」
「お前の場合は呆れるよ。勝手にさよならできるように準備するな。怒れるぞ」
「だって、きっと、離れたら今までのようには」
「俺たちってそれだけの仲なのか? 約束どうするんだよ」
「約束って?」
「思い出してくれないなら言ってやらない」と拗ねるように言われてしまい、困ってしまった。
「それって、もしかして……」
「詩織の場合は心配になるんだよな。確かにもう中学生だから、幼稚園の時のような心配はしなくてもいいのかも知れないけど、俺の中ではどうも駄目で」
「なにが?」
「小さかった印象が未だに強くて駄目だ。だから、過保護だと言われるんだろうな。突き放せと言われたけれど、俺ができそうもないからなぁ」
「半井君が言ったの?」
「あいつはどうして上から言うんだろう。カチンと来るんだよな、あいつに言われると、言われたくないと思えて駄目だ。たとえ、当たっているとしてもどうも駄目だ」
「一之瀬さんと一緒だね。相性も重要かなぁ」
「なんだよ、それ」
「ミコちゃんがそう言ってただけ」とため息をついた。

 夜に半井君から電話が掛かって来た。
「話し合いは?」と聞かれてため息をついた。
「まだまだのようだ」
「納得してくれそうもないよ。順位を上げようが検定がどうなろうが関係ないと言ってたから」
「つくづく過保護なやつ。手元においておかないと安心できないんだろうな。保護者としても甘すぎるね。かわいい子にはアメリカに旅をさせないとね」
「また、そういう事を言う。拓海君にあまり言わないでね。あなたが言うと一之瀬さんと同じでカチンと来るようで」
「未熟だからだろ。俺のせいじゃないさ」と軽く言われてため息をついた。
「明日の帰りに寄れよ」
「え〜!」
「話したいことがあるからな」
「そう言われても、なんだか」
「お母さんの手紙が届いていたからね」と意味深に言われてしまい、
「なんだか、あなたと会うとこじれる気がするから困るなぁ。せっかく、霧さんと公認になったのに」
「ならないね。霧は自分から言うさ。自分は彼氏がいると言ってしまうだろうな。隠して置けない性格だからね」
「だから、彼女の絵を飾ったの?」
「それも明日ね」と言われて、ため息をついた。

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