同類

 朝から、大変だった。英語や日本語、そのほかの言語が飛び交う中、泣く子をあやす事になり、母親は電話を掛けに行ったきり戻ってこなくて、かなり経ってからお母さんが戻ってきたけれど、子供が泣いていたのを見て、いきなり私やほかの子に怒り出したため、さすがに自分の事を棚に上げた態度だったので、みんなが呆れている雰囲気になった。それが終わったあと、高校生ぐらいの子達と少しだけ意見交換したあと、何人かが疲れたのか、帰ってしまっていた。ソファに座っていたら、隣に前に話しかけてきた女の子が座った。
「あなたってお人よしね。あんな親とも言えない人を手助けして。あの人、あなたに怒って、筋違い」と綺麗な日本語で言われた。
「あなたは日本に来て、2年なのにどうしてそこまで流暢《りゅうちょう》に話せるの?」と聞いたら笑った。
「おばあちゃんも話せるわ」と言ったので驚いた。
「日本人ってみんなそうね。どこか、のんき。自分の国の歴史ぐらい知っててもいいのにね」と言われてしまい、半井君が言っていた事を思い出した。
「でも、ああいうのって勝手ね。みんな同じ条件で参加しているはずなのに、ベビーシッターの代わりだとでも思ってるのかしら」と高飛車《たかびしゃ》だったので、なんとなくどこかで見た感じだなと思った。表情といい、何か、誰かに似てると見ていたら、
「なによ」と笑った。
「今いくつ? 聞いたらいけなかったらいいけど」と聞いたら笑っていた。
「へぇ、珍しいわね。日本人はぶしつけなのに」
「中1よ」と言ったので驚いた。
「二つ下なんだ」と言ったら、笑った。
「中3なの? 幼いわね」と言い切られて、そうか、分かったと思った。この見下す言い方は……、
「頭にくるわ。私の事を馬鹿にするの。何も知らないくせにね。あなたは違いそうね。だから、話してもいいわ」と言ったので、笑ってしまった。
「なによ」と睨んでいたので、
「学校は嫌い?」と聞いた。
「当たり前よ。私の国のことも何も知らないのに頭にくるわ」と怒っていた。そう言われても、私もあまり知らないなぁ。
「ごめん、知らないかもしれない」と正直に言ったら笑っていた。
「あなたってバカ正直ね」と言ったので、
「色々言葉を知っているのね」と聞いたら笑った。
「そういう類は嫌でも覚えちゃうわね。あの子たちって失礼だもの」
「学校は大変なの?」
「そうね。高校は別のところに行く予定だけどね、もううんざり」と言ったので、
「気持ちは分かるなぁ」と思わず言ってしまった。
「あら、どうして?」気になったのかこっちを見ていた。外国人同士が喧嘩をし始めているのが見えたけれど、
「ふん、ああやって言い合ってたってね、どうせ分かり合えないわ」と言い切ったので、
「いつもそうなの?」と聞いた。
「なにがよ」
「最初から諦めちゃってる発言」と言ったら、「くすっ」と笑った。確かに高飛車で感じが悪いかも。似てるなぁ。あの2人に。
「だって、こっちに来てからいいことなんてないわ。友達面してるくせに裏でひどい事を言いふらす。日本人って駄目ね」
「向こうではそういう人はいなかったの?」と聞いたら黙った。
「ここに来てる目的は?」と聞いたら、
「そうね、暇つぶし」と言ったので笑ってしまった。
「なによ」と睨んでいた。
「話をしていて楽しい?」と聞いたら、
「楽しくないわね。みんな、最初しか話さないからね」と言ったので、そうだろうなと思った。
「じゃあ、また来てるのはどうして?」と聞いたら黙って立ち上がって行ってしまった。うーん、意地っ張りなところも似てるかも。

 子ども達と一緒に遊んでいた。絵本を一緒に読んで、とてもかわいかった。お母さんが一緒に読んであげて、その子が一生懸命質問していた。「Why」と言う言葉を繰り返していて、ゆっくりなので聞き取りやすかった。お母さんも同じでゆっくりと話していた。ただ、驚いたのは小学生ぐらいでも幼稚園児でも、お母さんが厳しかった。発音や、言い回しが間違っていると何度も訂正されていた。日本人よりも厳しいんだなと思いながら聞いていた。一緒に積み木をしてた子が「triangle、square」というたびに、そうか、半井君に取っては私はこれぐらいの子に見えるんだろうなと気づいた。絵本にはおなじみの果物以外にも載っていた。動物もいっぱい出てきて、こうやって言語を覚えていくんだなと思いながら一緒に遊んでいた。子供は日本人だろうが、ハーフだろうが何人だろうが関係なく性格の差で抱きついてきたり、色々だった。人種より個人なのかも知れないなと感じていた。母親の方は日本人の中学生と遊ばせることに抵抗がある人もいたけれど、大雑把な人もいて、色々いるなぁと思った。

 みんなと分かれて帰ろうとしたら、
「あなた、帰るの?」と声を掛けられた。あの子だったので、
「約束があるから」と言ったら、
「ふーん」と行ってしまった。
「あいつとよく話せるな」と小学生の男の子が気に食わなさそうに言ったので、びっくりした」
「あいつ、俺が読んでいた本を取り上げたんだぜ。気に食わないな」と言ったので、
「でも、悪気がなかったかもしれないよ」と言ったら、睨んで行ってしまった。ますます、似てるなぁと思いながらため息をついた。

 一度、家に帰ってから、ご飯を食べて色々鞄に詰め込んで半井君の家に行った。
「入れよ」と言われて、
「忙しくないの?」と聞いた。
「お前と一緒だよ。検定の勉強に切り替えたし、それ以外にも資料に目を通していたからな」
「資料?」
「園絵さんにもらったものとか、学校やそのほかの資料。用意するものとか、色々あるしね」
「そうだったね。お母さんの手紙に書いてあったし」
「お前もか?」
「それはね。父はやっと説得と言うか、まともな話が出来るようになった段階。母と区別してくれるようになった。時々だけど」
「区別って?」
「母が向こうに行った時に反対したことと混ざるみたいだけど、さすがに父親としての意見を言うようになっただけ」
「なんで、そこまで冷静じゃないんだ?」
「知らない」
「ふーん。お互い苦労するな」と言われて、ため息をついた。拓海君のほうがよほど保護者として心配している気がする。最近になって、やっと現実が見えてきたのか、「俺のご飯はどうなる」とかそういう話をするようになった。私の心配より自分の心配をするところが情けないけれど。
「上に行ってろ」と言われてうなずいた。

 一緒にジュースを飲みながら、今日の報告をして、
「その子、お前には話しかけるんだな」と言われて、
「一之瀬さんの高飛車さと、前園さんの冷たい目線を持ってるから、みんなが寄り付かなくて」
「ほら見ろ。みんな同じじゃないか」
「でも、良く分からない。どうして、私に話しかけてくるんだろうね」
「寂しいんだろうな」
「なら、どうして素直に言わないの?」
「言わないじゃない。言えないんだよ。それがその子の精一杯の表現だ。佐分利たちと同じでね。素直に感情を言葉に出せないタイプはどこにでもいるってことだよ。俺も同じだから気持ちは分かるけど、俺は自分で話しかけないかもな」
「そう?」
「中途半端につながるより一人でいたい時期があってね」
「あなたの場合は強いから」と言ったら黙った。
「強くはないさ。強くなりたいと思ってたけれど、強くなれなかったな。精神的にも肉体的にも」
「どうして?」
「一人だと弱いぜ。俺は笑うことができなかったときはそうだったな。栄太や他のやつと知り合って、変わることができたんだろうな」
「そう?」
「東から西に移動してから変わったからね」
「東海岸ってこと?」
「そっちにもいたからな」
「そう」
「その子はほっとけ。お前の手に負えないだろうな」
「そう言われても」
「それより、牧って女に事情を聞いたよ」
「どうだった?」
「一之瀬が怒った理由とか分かったよ。俺とお前の話を例の場所で立ち聞きしてたらしくてね。足音も声もしてなかったからノーマークだったけど、聞かれていたらしい。ロザリーに紹介してと言う話をね」
「え、じゃあ、あの時いたんだ?」美術室のそばで聞いていたのかもしれない。
「そうみたいだな。説明が下手でね、前後の脈絡がつながらないから、分かりにくかったけれど、瀬川にあごで使われている自分に嫌気がさしていた時に、馬鹿にする発言と言うかそういう事を言われて嫌になり、あそこに行くのをためらっていたらしくてね、でも、報復も怖い。だから、そばにはいたらしい。それで話を聞いてしまったようだ。瀬川と加賀沼って女が俺がお前の指導をして英語で話していたのも気に入らなかったと言ってたようだ」
「そう」
「それで、牧は一之瀬にそれまでに色々言われてた腹いせもあって、付け足して教えてしまった。俺がロザリーに頼んだ理由は厄介払いをしたかったとかそういう事をね」
「だから、怒ったんだ?」一之瀬さんに外人の恋人を紹介してくれと、半井君がロザリーに頼んだことを知ったから、一之瀬さんはあの時怒っていたんだ。
「みたいだな。佐分利をたきつけたのは一之瀬と瀬川。加賀沼は提案しただけのようでね。そういうわけで、嘘を教えられた佐分利を担ぎ出し、牧に手紙をお前の机に入れさせて、お前を呼び出したと言う訳。自分でやったことが怖くなった彼女が山崎に知らせようと思ったけれど、職員室に行ってしまい、仕方なく俺に知らせに来たんだ。でも、自分が話したとばれたら怖くなり報復を恐れて逃げようとして、しどろもどろに俺に説明してた。あのグループも人数がどんどん減ってしまい、バラバラになったようだ。一之瀬とつるんでいた内藤も処分の後に分かれてしまったし、それ以外も似たようなものだったようだけどね。佐分利と瀬川はあまり仲良くないらしいけれど、井尻とか色々いるらしいけど、結構バラバラらしいな。他校の子とつるんでいるとか、下の学年と一緒にいるとか聞いているよ」
「そう」
「あいつらは様子を見るしかないさ。あれでどれぐらい効目があるかは分からないな。佐分利はやらないかもな」
「どうして?」
「お前には恨みはないからさ。恨みがあるというか逆恨みしてるのは残りのやつらだし」
「そうだけど、どうしてやったんだろうね」
「仕方ないさ。面白くないんだろうぜ。一之瀬と加賀沼って、前も石を投げたんだろう?」
「そうだけど」
「残りのメンバーはテニス部だった子と同じクラスだっけ?」
「誰に聞いたの?」
「なるべく本当の事を言いそうな女子に」と言ったので、
「なるほどね」としか言えなかった。
「残りは加茂さんとか宮内さんとか」
「山崎がらみだと聞いたぞ」
「そうだね。母も同じ事を言っていたの。加賀沼さん、一之瀬さん、宮内さんはそうだった。加茂さんは別の理由」
「なんだよ?」
「テニス部がらみ。選手候補になれなくて逆恨み。悪巧みの時に話を聞いていた子はいたけれど、実行犯はその人たちだったらしいから、よく知らない。私は目撃してないから」
「ふーん、それを山崎が助けたんだな? やっかみか」
「拓海君は私を良く庇《かば》ってくれていたから、面白くなかったらしいの」
「それが理由ね。なるほどな。一之瀬はだからお前に色々してくるんだな」
「よく分からない。彼女の場合は反省はしないのかもしれないね」
「一応はするんだろ。でも、すぐ忘れちゃうんだろうな」と言ったので呆気に取られた。
「なんで?」
「俺に聞くな。俺はそう思っただけ。そういうやつもいるさ。懲《こ》りないやつってそうだぜ。記憶がないようだ。都合が悪ければ悪いほどそうなる」
「矛盾は感じないんだね」
「するかよ。するぐらいならああならないだろうなぁ」
「なるほどね。ちょっと驚く」
「そうでもないぞ。一之瀬とそっくりだった義理の母親は日替わりと言うより、気分しだいで言う事を変えるからな。本人は別にそれでいいんだろうな」
「一緒にいると大変だね」
「仕方ないさ。気まぐれでわがまま、それで美人だからちやほやされる。それなりに金があるなら付き合うやつもいる。でも、駄目になってたな。最後はね」
「そう」
「それより、お前の母親から手紙をもらった」
「私ももらったけれど」
「進み具合が大丈夫かと言う内容だ。語学教室に通う手配をしてくれているらしいな」
「それも書いてあった」
「そうか」
「それからね」
「ん?」とこっちを見た。
「あなたの正体も書いてあった」
「正体ねえ……」と笑った。
「それはこっちにも書いてあったな。誘拐《ゆうかい》の恐れがあるといけないと書いてあって、大げさだと思ったね。爺さんは金を持ってるかもしれないが、俺は外孫だからな。内孫なら違うけど」
「やっぱり、本当なんだね。K食品の」K 食品はみんなが知っているような有名企業だから、驚いてしまった。
「ああ、それね。仕方ないな。爺さんが手紙でばらしたようだ。しょうがないよな。後見人代わりなんだからね。そうだよ、爺さんはK食品の会長だ。親父はその次男。長男が社長をしてる」
「そう」
「どうした?」
「なんだか住む世界が違うと思っただけ」
「おいおい、お前らしくないぞ。そんなの気にしなくてもいい。俺は俺だ。爺さんは社会的地位が高いかもしれないが、俺はその孫であって、普通の中学生だ」
「でも、すごい車だったよね」
「仕方ないさ。ああいうのはね。俺は関係ないな。ただの学生」
「そう?」
「そういう扱いをしてくれよ。向こうの友達は知らないよ。向こうは誘拐も多い国だ。犯罪も多くてね。日本と違うから、そういう話は友達でも口に出せないから、内密に」と言われてうなずいた。
「霧さんにも言ったらいけないんだね」
「言う必要はないさ。あいつには関係ない」
「元恋人なのに?」
「だから、言ったろ。あいつは恋人でも何でもないさ。迫られたのは何度かある程度。俺は無理だと最初から分かってた」
「その割には結構すごい事を言ってたよ」
「あれぐらいは冗談で言うさ。高校生とか大学生相手に遊んでた時はあれぐらいは普通だったぞ」
「住む世界が違うね」
「やめろ。お前はそういう目で見なくてもいい。今の俺だけを見ていてくれればね」
「よく分からないよ。あなたの場合は意味不明」
「なんで?」
「絵を取り替えたりする行動が意味不明」
「仕方ないさ。本当に飾りたかったのはお前の絵のほうだ。でも、一晩寝て考えを変えた」
「どうして?」
「あいつらに狙われたら困る。それ以外にもやっかむやつが出てくると困るから取り替えただけだ。霧なら別の恋人がいるから訂正すれば済む」
「私も同じじゃない」
「違うね。お前たちはゴッコ。そこまでの仲じゃないね」
「あなたは訳が分からない。拓海君に教えてしまうし、裏で私の絵を勝手に描いているし」
「いいだろ。あれは一番時間を掛けて描いたからな。本当は飾りたかったけれど、やめたんだよ」
「それはどこにあるの?」
「見たいのか?」
「気になるよ」
「じゃあ、見せない」と言ったので、
「天邪鬼《あまのじゃく》な性格だな」と呆れてしまった。
「仕方ないさ。俺は気まぐれ」
「よく分からないよ、あなたが」
「そうか?」
「『向こうへ行くな』と言いながら、いつのまにか手伝ってくれる。霧さんとじゃれながら、ふざけて変な事を言ってくる。心配しているのかと思えば、拓海君に変な事を吹き込む。やってることがバラバラじゃない。おまけに助けにきてくれるしね、意味不明」
「ふーん、そう思ったのか? 仕方ないさ。俺もその日の気分で変わるタイプだから」
「あっそう」
「そっけない言い方だな」
「拓海君に色々言わないでね」
「無理だね。つい、言いたくなる」
「一之瀬さんじゃないんだから、言うのをやめたらいいじゃない」
「仕方ないさ。お前たちの事を引き離したくなるんだろうな、俺はね」
「意味不明な行動」
「そうか? 俺としては普通」益々分からないなぁ。
「それより、ホットケーキを描かないでよ」
「いいだろ。母親のイメージ」
「何が母親よ。『若いお母さんだね』と言われているのを聞いて、冷や冷やしちゃった」
「伏線《ふくせん》を張っておくと結構先入観が植え付けられて、疑わないもんだよな。お前だとは誰一人気づかないよな」
「やっぱり……、さすがに冷や冷やしたよ。私にはあまり似てないのかもしれないけど、ちょっと困ったし」
「そうか? あれでもぼかしたぞ。はっきりと分からないように、でも、お前は気づくだろうと思いながら描いていたし」
「だったら、もっとぼかすとか風景だけにするとか」
「やだね」と言ったので頭を抱えた。
「そういうところが変なの。だいたい、寝てるところを描かないの」
「疲れて横になってる時にちょっとスケッチしただけだろ。後は適当に付け足しただけ。結構綺麗に描いてやっただろ。ありがたいと思え」
「勝手に描いておきながらわがままだなぁ」
「いいだろ。中々いい絵だと評判でね。お陰でうるかったけれど」
「なにが?」
「自分のも描いてくれってさ。デートに誘ってくるやつと半々だった」
「へぇ」
「どう言う訳か、デート誘う方が勝算ありと言ったやつがいたらしい」
「へぇ」と言ったら小突かれた。
「痛い」
「発信源はお前だと聞いたぞ。勝手にばらすな」
「ラブレターは苦手なんじゃないの? いいじゃない、別に。本当の事だろうし。霧さんとも軽くやりあってたから、あの方がいいのかもね」
「うっとうしいぞ。俺は本命以外は無理だね。しかも相手から誘われてもそれなりしか無理だな」
「どうして?」
「遊びで終わるから」
「ふーん、じゃあ、今のうちに遊んだら」
「本命がいるから無理だね」
「ふーん、がんばってね」と言いながら、本を出していた。
「おい、待て。どうして、いつもそこで聞き流すんだよ」
「だって、軽く言ってるだけなんでしょう?」
「軽く言ってるといったって、俺が自分から言う相手なんてそんなにいなかったぞ」
「へぇ、いたんじゃない。良かったね」
「その、気のない返事をやめろ」
「拓海君に言うのをやめてくれたら考える」
「お前って、絶対に俺を誤解してるね」
「そうかなぁ? まぁ、いいや、先生始めましょう。今日は何を宿題に」と言ったら、
「愛の言葉をいっぱい書いて来いよ」と怒っていて、
「ほら、ふざけてないで始めましょう」と言ったら気に入らなさそうに睨んでいた。

「え〜!」と抗議した。
「それはあくまでボーダーラインだという事を忘れるな。それより上を目指せ」と睨まれてしまった。期末テストで各教科のボーダーラインを勝手に決めてくれて点数を書かされた。
「これは無理だよ」
「やってみる前からぼやくな。『努力します』と言えと言っている」
「ふぁーい」と言ったら叩かれてしまった。
「そのやる気のなさは困るぞ。少しはやれよ。山崎だってがんばってるらしいな。お前もやれよ。そうすれば少しは認めてくれるさ」
「無理だよ、拓海君は認めてくれない」
「そうか? 数字ではっきり出れば違ってくるかもよ。人間って現金だから手のひらを返した態度になる女も男もいたぞ。露骨なやつ。そういうやつは信用しない方がいいけどな」分かる気もする。
「お前をやっかんでいるやつも同じだ。三井とか手越だっけ? その辺も同じ」
「それってさあ」とミコちゃんに聞いた事を聞いてみた。
「ピーチクとどんぐりのことね。あるぞ。日本だとそうかもな」
「え、向こうだと違うの?」
「俺の周りはそうだった。学校によって学力とか生活面で差があるみたいだから一概に言えないけどね。日本って平均を大事にするだろう? だから、平均より下だと気にするみたいだな。別の何かで補えばいいという考えは少ないのか、本人が必要以上に過敏に気にしてるのか知らないが、平均を気にするタイプは下のランクを作りたいのかもな」
「え、そんな理由?」
「俺はそう感じた。向こうは突出した何かがあればそれだけで認めてくれるんだけどな。こっちって学業優先だろう?」そう言われたらそうかも。
「拓海君が言ってたの。小学校の時よりほめてもらえなくなるって」
「それはあるな。もっとがんばれと言われて、がんばれるやつと、ほめてもらいながらやりたいやつと色々いそうだな。俺はそういう言葉はうっとうしいからいらないけど、認めてくれる人がいるとがんばれるかもね」と私を見ていた。
「そういう理由なんだ」と下を向いていたら、
「何を考えているんだ?」と聞かれた。
「拓海君ががんばる訳。負けたくないらしいの。楢節さんにね」
「ふーん、それは分かるさ。元彼よりは自分の方がいいと言ってほしいんだろうな」
「え? そうなの?」
「それはあるな。男の意地なんだろうな」
「へぇ、よく分からない。楢節さんは変だったから。今、目の前にいる人と同じぐらい」
「ちょっと待て、そこで一括≪ひとくく≫りにするな。その人と俺は似てないぞ」
「え、そうかな? 私をからかったり、女性に手が早いところがそっくりだと思う。向こうで、いっぱい言われても今度は言葉が分からないから、助かるかもね」
「なんだよ、それは」と睨んでいた。
「『ぼろきれ、ごみみたいに捨てられるわよ』『本気で付き合っていると思うの、この人が』そういう類を言われたの。山のように。元カノか、遊んだ相手か区別がつかなかった。でも、元カノじゃないんだろうね、そういう事を言うってことはね」
「ふーん、なるほどな。でも、俺は違うぞ」
「そう? まぁ、いいや関係ないし」
「お前、それはちょっとひどくないか。これだけお世話になっておきながら」
「いいじゃない。あれだけ申し込まれたんだから、もう、遠慮せずに心置きなく残りの日本での生活を楽しめば」
「やだね。そういうことはしなくてもいい」
「いいじゃない。どうせ、向こうに行ってしまうんだから、日替わりで付き合っても楽しいかもよ」
「無理だよ。こっちの女にそれをしたら評判が悪くなるな。フィフティフィフティで付き合うって感覚がないだろう?」
「どう言う意味?」
「自分にも責任があるってことだよ。対等の付き合いってそうだからな。ステディになるまではほかの子とデートしても文句言えないんだよ。それまでに深い関係になってもそれはその子の責任となってしまうからな」
「え、どうして?」
「向こうではそうだ。だから、日本人の女が結構遊ばれるんだよ。断れなくてずるずると、怒っても自分の責任だからね。向こうは結構したたかな子が多いよ。許さないからな、そう簡単にはね」
「うーん」
「お前は大丈夫だろうな。意外と堅いというか、そういう相手にはついていかなさそうだ」
「あなたや楢節さんを見てたらねえ」
「ほら見ろ、一緒にするじゃないか。絶対に誤解してるぞ。俺はあの人とはきっと違うはず」
「そう? 言動に似たようなものを感じるから」
「だから、そっけないとか言うなよ」
「なにが?」
「いくら言っても本気に取らない」
「ああ、遊びなんでしょう? 私は幼稚園児だしね」
「お前って、都合いいときだけそれを使うな」
「じゃあ、お母さんなんだ。それって変だよね」と言ったら黙った。
「母親には似てるのかもしれないけれどな」
「ほら、やっぱり。ちょっとマザコン気味なんだね」
「違う。母親とお前はちょっと違うけど似てるというか、懐かしいというか」
「いいよ、お母さんでも何でも、あなたは先生な訳だから。どうとらえてもあなたの自由だろうし」
「ちょっと待て、だから、俺が言っても聞き流すのか?」
「なにを?」
「本命が目の前にいるとか、英語で誘っても分かってくれないしね」
「あれって冗談なんでしょう?」と言ったら呆れた顔でこっちを見ていた。
「昔、いっぱいああやって声をかけてたんだなと思っただけ。霧さんにもやってたし」
「霧は冗談で言ってたけどな。あれぐらいは言うさ。お前の場合は半分冗談」
「意味不明だよね。いいよ、関係ないから、ほら、先生、他の宿題も」と言ったら思いっきり睨んでいた。

 宿題を出されたあと、
「テスト優先だ。母親に言われた以上はそれなりの点数になってもらわないと俺が困るから」とにらまれて、
「今からやっても間に合わない」と弱音を吐いたら、
「これぐらいは向こうでは普通だ。宿題だって結構時間が掛かる。全力で取り組め。家事もおろそかになってもいいだろ。手抜きしろ。少しは父親に懲りてもらえ。お前は便利な家政婦代わりじゃない。だったら、もう少しこづかいをくれるなり、普段の家事を協力するなり、向こうに行くことへ反対するのをやめるなりしろと交渉してみろ。向こうじゃ、自分の権利は自分で勝ち取るもんだ」
「そう言われても、交渉苦手」
「山崎でもそうだよな。ちんたら話し合ってて、まったくね。お前は遠慮して言わない。あいつは心配しすぎて未だに幼稚園児のような感覚でいる。それじゃあなぁ。お互いに相手を信用してないってことだから」とはっきり言われて、どうして分かったんだろうと首をひねっていたら笑っていた。
「図星だな。分かりやすいカップルだ。恋愛ゴッコしてる場合じゃないぞ。2人とも期末優先しろ。話し合いはその後だ。そうしろよ。一度、距離を置いて冷静になれよ。そのほうがいいな」
「でも」
「そうしろ。課題は後回しでいい。テスト優先」
「はーい」
「そのためにあいつらと取引した事は忘れるなよ」
「でも、またやってきたら」
「無理だね。目撃者はいないが証人はいるからな」
「証人?」
「牧って女と布池。あいつも話は聞いていたからな。だから、呼び出したことはばれてしまっているから、言い逃れしても難しいぞ。今までの素行が悪いなら、特にね」なるほど、それはそうだなぁ。
「とにかく、ほっとけ。あいつらとは何事もなかったような顔をしてろ。一之瀬は逃げろよ」
「あなたが優しくしてあげれば違うんじゃないの?」
「無理だよ。俺に取っては一番苦手な相手だ」
「なら、言わなければいいのに」
「だから、つい言ってしまう相性だよな」と言ったので笑ってしまった。


飛びかう言葉

 拓海君と会った時、勉強を優先しようと提案したら、
「また、あいつの入れ知恵か?」と聞かれてしまい、どうして分かるんだろうなと考えていたら、
「お前のわかりやすい表情はこういう時に困るよな」とにらまれた。
「仕方ないよ。拓海君も私もやらないといけない事をしないといけない時期だし」
「そうだけどな」
「そういうことでお願いします」
「俺より、あいつの意見を取り入れているのが気に食わないんだよな」と言ったので笑ってしまった。
「笑い事じゃない。あの上から物を言う感じがどうも」
「いいじゃない。変な人なんだよ、あの人も」
「それは分かるけどな」
「拓海君ががんばってくれないと私も困る」
「それはそうだな」と言って休み時間も勉強をすることになった。あちこち、勉強している人の方が多くなり、三井さんとかうるさいタイプの人は教室に居場所がないのか廊下に行ってしまっていた。

「なんだか、雰囲気が違ってきて面白くないわ」と宮内さんがぼやいた。
「いいじゃない」と廊下にいた子たちが笑っていた。
「焦ったところで一緒よ。何も変わらないわよ。ほっとけば」と言っていたけれど、
「リッキーに会えない」と一之瀬さんがぼやいていた。
「あんたまでやってるの?」とノートを広げていたのでみんなが驚いていた。
「母親がさすがに近所で言われたらしいのよ。志摩子が言ったらしくて」
「違うわよ。鈴木洋子と矢井田の合作」と、教えてしまったため、一之瀬さんがすごい顔で睨んでいた。
「足の引っ張りあいになってきたわね」と隣の女の子が恐々《こわごわ》見ていた。

 桃子ちゃんと仙道さん、本宮君のそばには人だかりになっていて、
「頼む、本郷、どこが出るか教えてくれ。根元が教えてくれなくなって」男子が本郷君に寄っていた。根元さんは周りも見えないぐらいの勢いでやっていた。
 問題を出し合っている風景も普通になり、
「それはいとゆかし」と言う変な言葉も飛び交っていた。
「げにおそろしき」と女の子が言ったので、
「普通の言葉で話せ」と数学をやっていた男子がぼやいていた。あちこちで語呂合わせや変わった覚え方を口ずさんで、
「おーい、うるさい」と佐々木君が笑っていた。
「これだけ変な言葉が飛び交うと気が変になるぞ」と男子はぼやいていて、
「こういう時はマイペースなやつが勝つ。それかそれをものともしないバイタリティーのあるやつ。根元と山崎だ」
「神経が細やかで繊細な俺は無理だな」
「バリケードなやつがよく言う」
「心臓に毛が生えてるくせに」と言い合っていた。

 テストが近くなってくると先生も生徒も親でさえもピリピリしてる人も多いようで、
「家にいると怖いよ。物を落としただけで、シーンとした空気感に包まれる」
「言うな。禁句だ」と男子が怒鳴った。落とす、すべる系の言葉は忌み嫌われていて、指を変な形にしていて、
「それ何の合図?」と女の子が聞いた。
「お守りだ」
「落ちない合図」
「やめろ〜!」と男子が言い合っていた。
「正義の味方系でそんなポーズあったっけ?」と言い合っていて、最近は訳の分からない言葉やポーズが流行っているようで、みんながおかしくなっていった。
 
「先生に聞きに行くやつが多くなったな」と拓海君が言った。内申のこともあって、やる気を見せる必要があるようで、桃子ちゃんとか根元さん、本郷君などは手を挙げて質問ばかりしていたし、女の子は職員室やホームルームが終わったあとに質問に行く子が多くなった。
「ああやってやっても無駄よ」と三井さんが言ったらしいけれど、
「作戦としては間違ってないよな」と男子が言っていた。
「それより、大丈夫か?」と拓海君に聞かれた。
「ははは」と笑うしかなかった。父とは冷戦の最中でとてもかまっていられなくて耳栓をしながら夜遅くまでやっている。間に合うんだろうかと言う思いで必死だった。半井君は厳しいので電話でプレッシャーを与えてきて、「がんばっています」としか言いようがない事を知っていて言わせている気がした。
「俺の面子が掛かってるから、よろしく頼む」と軽く言われて、拓海君とはつくづく違うよねと思った。

 テストが始まった時は周りは更におかしくなって、単語を何度も口に出して言ってる男子、単語帳のめくり方が異常に早くて、それで覚えられるのという男子、気合が目に出ていて怖さを感じる人もいた。マイペースなのは桜木君ぐらいなもので、ほとんどの人はテストが終わったら早く帰りたそうにしていた。掃除の時間もどこが出るだろうと言う予想を言い合っていて、なんだか違ってきているなと思った。

 さすがに半井君の出したボーダーラインは私には厳しくて、それでも何とかやり終えた時は疲れて熱が出ていた。家事をおろそかにしていた。夕方に洗濯をしながら夕食を作って食べたあとは父の事はほっといて、アイロンなどはかけなかったため、父がかなりぼやいて、朝食も手抜きだったため、
「俺はちゃんと食べないと元気が出ない」とぼやいた時は、気が立っていたため、睨んでしまい、
「外で食べるという手もありますが」とちょっと冷たく言ってしまったら、
「いや、何でもない」と答えたあと、逃げて行った。前に「自分で作るという手もありますが」と言った時と反応は同じだった。さすがに父にかまっていられなかった。
 家に早めに帰って寝ていたら、電話が鳴った。「出るから、ちょっと待って」とぼやきながら電話のところに行った。
「はいはい、今出ます」と言いながら受話器を持ったら、
「遅い。何分待たせるんだ」と半井君が怒鳴った。
「眠い。熱がある。疲れた、休ませて」と言ったら、笑い出した。
「看病してやろうか」と笑いながら言ったので、
「勘弁して、気が休まらない」と正直に言ったら、
「なんだよ、それ」と怒っていたけれど、
「できたんだろうな」と言う言葉で、
「それなり」と答えたら、
「はったりでもいいからベストを尽くしましたと言え」
「ok,boss」と消え入りそうな声で言ったら、
「果ててるな。仕方ない。後日、ちゃんと報告するように、それから、宿題もそろそろやれよ。新しい課題もね」と言われて、
「え〜! あれって冗談じゃないの」と言ったら、
「英語日記を俺に渡す。交換日記を英語で書くっていいと思うけど」
「やだ」と言ったけれど、
「そんな事を言える立場だったか」と脅されて、
「はい、ボス。それなりにベストを尽くします」と言ったら笑っていた。

 テストが終わって気が抜けたのか、ちょっと雑談が多くなっていて、クラスの男女が話している内容もテレビの話題のことなども多かった。
「でもさぁ。それって、あはれ(しみじみ)だね」と言ったので、
「哀れ?」と男子がびっくりしていた。
「古文の方だってば」と女の子が笑っていた。
「やめろ、女子って変だぞ。去年からそういう意味不明な言葉を使うな」
「あだなり(いいかげん)だって」と言われていて、
「おい、意味違ってないか?」と男子が聞いていた。確かに、ああいう言葉を言う子が増えている。それよりも、本宮君の様子が変だった。円井さんと距離を置いているように見えて、
「何かあったかな」と思わず言ったら、美菜子ちゃんが気づいて、
「ああ、あれね。テストは重要だから、一緒に帰ったりするのはやめようって言われたらしいよ」うーん、それはかわいそうかも。
「うるわしの君はどうなったんだ?」と保坂君がふざけて聞いていた。
「なにそれ?」と桃子ちゃんが寄って来て聞いた。確かに、なんだ、それ? 
「意味のとおりだろうな。端正な男だろう?」と佐々木君が笑った。なるほど、半井君ね。
「裏で密かに流行ってるよね、それって。なめしの男。あぢきなしギャク。わろし達」
「最後は言うな。禁止ワードだ」と保坂君が止めていた。意味不明。全部知らない。
「密か過ぎて流行ってないってば」と桃子ちゃんが笑った。そうだよね、知らないぞ。
「あてなり君は聞いたよ」と須貝君が勉強しながらも言った。あてなり君? 
「だから、半井だろう、それってさ。あいつにもばれてるんじゃないのか」と佐々木君が笑っていた。うーん、みんな適当だなぁと思った。

「あだなり」と言われていたので、なんだろうなと思った。
「いいかげんって意味らしいですわね」と碧子さんが教えてくれた。
「なんで言われているの?」
「さぁ、ああいえばきつくないからと言う理由と、ただのストレス解消のための遊びでしょうね」と言われて、意味不明だなぁと思った。
「去年ね。『をかし』とか『ゆかし』とかはちょっとだけ言ってた気もしないでもないけれど」
「それは使ってみたいからでしょうね」と碧子さんが優雅に笑った。
「英語って使ってないよね」
「それは仕方ありませんわ。使いづらいですもの」確かにね。普段の会話に出てくる英語って、せいぜい単語程度だ。しかも日本で作られた向こうでは意味が通じないものも結構ある事を初めて知った。わたしって無知だなぁとつくづく思い知らされた。
「ヒッポポタマスって知ってる?」と聞いたら、碧子さんがきょとんとしていて、
「なんですの、それ?」と驚いていた。そうだよね、知らないよね。
「エッグプラントは?」
「卵ですか?」と聞かれて、
「普段食べてても知らないよね」と言ったら、
「あら、食べ物ですか」と優雅に笑っていて、
「なんだか、日記も書けそうもないなぁ。そういう単語さえ知らないから」
「英語で書くんですか?」と驚いていた。
「ちょっとね、色々あって」
「大変ですのね。私は英語でなんて書けそうもないですわね」と言ったので、そうだねと考えていた。

 生徒は早くテストを返してほしい人も多いため、先生が手に持っているかどうかをしっかり見ていて、
「その目線、やめろ。まだだ」と言うたびに、
「え〜!」と言われていた。
「俺も早く返したいが、まだ色々あって」と言っていた。そういう生徒の気持ちを知っているのか早く返してくれる先生もあって、
「お前らも大変だが、俺も大変なんだぞ」と言いながら点数を言って返していた。
「やめてくれよ」とぼやく男子もいて、
「俺、とてもじゃないけど見せられない」とぼやいている男子も多かった。
 数学の時に男子は、
「これで良くないと家に帰れないよ」とぼやいている人もいた。
「取りに来いよ」と先生は笑っていて、
「桜木、がんばったな」と言われていて、みんな結構良かった。点数が呼ばれるたびに、
「おお〜!」とうるさくて、拓海君は全教科100はさすがに無理だったようで、聞いても教えてくれなかった。
「佐倉93」と言われた時は、
「え、嘘〜!」と私が自分で言ったかと錯覚する声が斜め横から聞こえた。三井さんと手越さんで、
「鹿内、数学はもっとやれよ。87」と言われていて、三井さんが慌てて取りに行っていて、手越さんは何度も点数の部分を折り曲げていた。
「俺見ちゃった。手越と三井の点数」と男子がそばの男子達にばらしていて、
「ちょっと、嫌だ〜!」と2人が叫んだ。
「やめなさい」と先生がたしなめて、三井さんが男子を叩いていて、
「人のは散々言いふらしておきながら何で叩かれないといけないんだよ」とやり合っていた。
「お前ら、いい加減にしろ。居残りになるぞ」と言われて、
「居残りさせてください」と三井さんが怒っていて、
「全員だけどいいか」と先生に言われて、
「え?」と困っていた。
「そんなこと」と手越さんが言ったら、
「お前たちがやってきた事を考えたら当然だろうな」と本郷君が睨んでいて、黙って座っていたので、みんながひそひそ言い合っていた。

「頼む、山崎。最後の追い込みで数学に賭けるしかないんだ」と男子が拓海君を取り囲んでいた。
「詩織ちゃんにとうとう負けちゃった」と桃子ちゃんに言われた。
「はあ〜」とため息をついたら、
「なんで、ため息ついてるの?」と聞かれた。
「ハードルを飛び越えて、更にハードルがという感じ」と答えたらみんなが笑った。
「だよな。残りはペーパーにかけるしかないね。ラストスパートでやるしか」と保坂君が笑った。
「そうだけど、まだまだ道のりは長いなぁ」elementaryまではまだ遠そうだ。
「佐倉、東京に行くんだろう? あっちは歩くの早いらしいぞ」と笑われてしまった。
「ヨチヨチ歩くからいいよ」と言ったらみんなが笑っていた。
「詩織」と呼ばれて見たら、拓海君が睨んでいた。
「逃げるな、山崎。俺の指導をしてくれ。金はないが体で払う」と男子が言っていて、
「どうやって?」とさすがにみんなが驚いていた。
「肩たたきでも何でもするぞ」と言ったため、
「なんだよ、それ」と笑っていた。仕方なく寄っていき、
「あっちに行くぞ」と言われて廊下に移動した。
「さてと。どうやってやったか聞いてもいいか?」と聞かれて、
「まぁ、色々あって」とごまかした。
「なんで、あいつだと上がるか教えろ」と言われて、
「怖いからでしょうねえ」と答えた。
「男子がうるさいぞ。俺の周りに来ても仕方がないというのに」
「いいじゃない、ちょっとぐらいアドバイスしてあげても」
「あいつらに言ってもやらないぞ」
「どうして?」
「問題集を変えてばかりいるやつもいるからな。手っ取り早く点数をあげようとしすぎてるやつも多いし。山をかけてあげたいらしいな。桜木が言った事を真に受けてるんだよ」
「え、どういう意味?」
「桜木は山を教えてもらったと言ったが、それだけで点数は上がらないさ。それなりにはやってるんだろうな。しかし、その部分は言ってないからああなるんだろうぜ」
「ふーん、そうなんだ」
「それでお前の場合は?」と聞かれて、
「同じだよ。問題集に丸をつけられて徹底的にやる問題とそれ以外もそれなり」
「ふーん、あの男はそうやっているんだな」と睨んだ。
「知らない。私と一緒にやる時間はないもの。彼は一人でやりたいのかもね。課題を出されるだけだから、彼が何をしてるかなんて知らないもの」
「ふーん、課題をどこで出してもらっているか聞いていいか」と聞かれてため息をついた。
「やきもちですか?」
「珍しく分かってきてるよな」と睨んでいた。
「大丈夫だよ。あの人は楢節さんと同じだから。無理だよ。ああいう事を言う人はちょっとねえ」
「何を言われた?」
「似たようなことだと思う。だから、大丈夫」
「お前に取ってはそうかもしれないが、今度は事情が違うんじゃないのか?」
「どうして?」
「少なくとも対象外ではないだろうな」
「そう? もっと年上が好きなんだと思うから、一緒だと思う」と小声で言った。さすがにばれたらまた小突かれるからだ。
「マザコンならそうなるだろうな」
「怒られるから内密に頼みます」
「だとしても面白くない」と言われて、
「拓海君と一緒にがんばりたいの」と言ってみたら、
「ずっとそばにいると言うなら喜べるけれどね」と言われてしまい、機嫌が悪くて困るなぁ。

「どうしても話を聞いてほしくてね」と本宮君に言われて、碧子さんがため息をついた。焼却炉の周りは人はいなかった。寒いため、早めに帰る人も多くて、こんなところには人はめったに来なかった。不良の溜まり場になっていた時期もあり、避けている人が多かったようで、誰も通りかからなかった。
「電話をかけてくるのはやめてもらえませんか? それだけをお伝えしたくて」と言ったため、本宮君が、
「声が聞きたかったから。どうしても誤解を解きたくて」と切実な声を出していた。
「だとしてもご期待には添えませんわ。あなたがああいう態度で相手の方を泣かしてしまった事実は変えられません」
「彼女と付き合った時は好きになれると思っていたけれど、できそうもないと答えただけだ」
「だとしても泣かしてしまったのは事実ですわ。どういう理由であれ、お付き合いをした方に誠実な態度で臨んでいなかったのは問題がありますもの」
「そうじゃない。あの時はそうじゃなかったよ。兄と比べられて、やけになっていたところもあったし、張り合っていたこともあって」
「それは理由になりませんわ」
「君に言われて、気づいたよ。見た目やそういうものではなく相手の心を大切にした方がいいと言われて、さすがに何も言えなかった。君に言われたことが心に響いてね。君ばかり見るようになった」
「そんなこと」と碧子さんが困っていた。
「初めて人を好きなったんだと思う。それまでとは違うから」
「でも、いい加減な付き合いをしていた人に言われても真実味がありませんわ」
「本当だ。それまでと何もかもが違う。自分でどうしていいか分からない」
「そう言われても」
「その他大勢の子になら、自然と笑顔で話せるんだ。でも、君だとどうしても、考えてしまう。どう思われるんだろうと気になって」
「円井さんとお付き合いしている方には言われたくありませんわ」
「はっきり断ったよ。一緒に帰ることも教室で話すこともやめようと提案して」
「それは断ったとは言えませんでしょうね」と碧子さんが呆れていた。
「他にどういえばいいんだよ。はっきりと別に好きな人がいるから別れてくれと言う訳には」
「結構、はっきり言ってるよな」と半井君が小声で言ったため、シーと指を当てた。美術室の入り口に立った時、背を低くして寄って来いと半井君にゼスチャーされて、仕方なくそうしたけれど後悔した。戻ろうかなと思っていたその時に、
「どういうつもり。ここで何をしてるのよ」と他の女の子の声が聞こえた。
「多摩子の様子が変だから、聞きたかったのに、探していたらこんなところで碧子さんと」と言う声が、前末さんの声だと気づいた。
「修羅場」と半井君が小声で笑ったので睨んだ。
「どうと言われても」と本宮君が戸惑った声で言っていて、
「本宮さん、私はあなたの気持ちに答えるつもりはありません。ですから、あなたにそう言われても迷惑ですから」と碧子さんがきっぱり言ったため、
「強いな」と半井君が笑っていた。他人事だと思って、
「そんな……」と本宮君の声が小さく聞こえた。
「何とか言いなさいよ」と女の子のなじる声がして、誰かの足音が聞こえて、なんだか大変そうだなと心配していたけれど、誰か邪魔でも入ったのか、
「向こうで話を聞かせてもらいましょうか」と女の子に言われて、連れて行かれたようだった。
「修羅場だったな。さすがにあのお嬢様は強いな」と半井君が声を出したので、
「そういうことは言わない。明日、大変だよ」
「ほっとけよ。遅かれ早かれバレバレだったんだからな。碧子さんはともかく、本宮は身から出た錆」と軽く言って、
「あなたも同じでしょうが」と睨んだ。
「俺はないね」
「霧さんと公認」
「甘いね。絵ぐらいで公認になるか。『モデルとしてちょうど良かったから頼んだだけ』と言ったらすんなり信じたね。あいつならそうだろうな。付き合ってる男の話はばれているからね」
「ふーん」
「だから、あれで正解だったんだな。まぁ、仕方ない。別の機会に本命を披露するしかないな」
「本命ねえ。年上の美人でも連れてきたら納得するだろうね」
「それよりテストの点数を教えろ」
「電話でいいじゃない。拓海君が待ってるし」
「あいつ、それどころじゃないんじゃないか。教えてくれと迫られていたようだし」
「先生、これ書いたから帰らせて」とノートを渡した。英語でたどたどしい日記を書いた。見せるのはあまりに恥かしい出来だった。
「しょうがないなぁ。電話で言えよ。お前の場合はのんびりしすぎてるからな。俺の方がかたがついたらビシビシ行くからな」と言われて、
「☆どうしたらいいか戸惑う」と英語で言ったらにらまれた。
「もう少し何か言えよな。短いフレーズはどんどん使え」
「ここ日本だよ」
「お前の周りは全て英語圏だと思えよ」
「え〜!」とぼやいたら笑っていて、日記を見ていた。
「恥かしいなぁ」
「キンダーちゃんはヨチヨチお帰り」と言われて睨んでいた。
「かたはらいたいやつ」と笑ったので、
「あなたまでそうやって使って。それに意味がなんとなく微妙」と睨んだ。
「笑止だってことだ」と言われて睨んでいた。

back | next

home > メモワール3

inserted by FC2 system