本音の告白

 向こうに行く準備を少しずつやっていた。父はぼやいていたのをやめるようになり、
「おばあちゃんとまた話すからな」と言われてうなずいた。おばあちゃんは体調が良くなかったけれど、少しは元気になったようで、
「困ったものだよな。お前のせいで心配かけて」と言ったため、「その心配の中にあなたも入ってると思う」と言いたかったけれど、やめておいた。
 母からまた手紙が来ていた。一度日本に来たいと書いてあり、ジェイコフさんと2人で来ると書いてあった。うーん、困ったぞ。父と会わせたら何を言うか分からないなぁと思った。電話が掛かってきて、半井君に点数を報告したらいつものように、
「☆あきれるよ。恥を知れよ」と言われてしまい、悪口を言ってるのは分かった。
「恥(shame)って、何?」
「早く聞き取れるようになれ」
「なんとなくだけど、分かった」
「呆れたやつ。『☆誰に物を言っている。つべこべ言わずやれ』」と怒鳴られて、
「なんとなく分かる」と言ったら、
「お前の場合はまだまだだよ」と言われてため息をついた。
「それから交換日記は不合格」
「どうして?」
「当たり前だ。どこの世界に交換日記で相手に、『今日は先生が怖かった。先生は優しくしてくれるといいな』と言う不満を書くやつがいるんだ。おまけに拓海、拓海とうるさい。俺の事を書け」
「わがままだなぁ。内容で不合格にされても」
「それも関係あるぞ」
「はいはい」と言ったら、
「お前の場合は別の教育もしなおさないとな。まだまだだよなぁ。早く小学校に上がろうね」と言われて、
「Take it easy.(無理しない)」と言ったら、呆れた声で、
「It's now or never.(今しかないぞ)」と言ってから電話を切っていた。

 次の日に半井君に会って、じろっとにらまれた。
「怖い先生」と小声で言ったら、
「それぐらいは当然だ。成績が返ってきたら保護者会だしな」と言われてため息をついた。私と半井君はもう決めてあるので保護者会は辞退していた。中には就職の人などがいるため、そうしている人もいた。
「進路希望調査も出したんだろう?」と聞かれて、うなずいた。
「俺もそのうち結果が来るからな」と小声で言われた。
「先生はなんて?」
「一応、報告しただけだ。先生もそれどころじゃないから話を聞いても良く分かってなかったな」
「みんなにはいつ言うの?」
「言わなくてもいいさ」
「霧さんはどうするんだろうね?」
「永久就職でもするだろうな」
「どう言う意味?」
「外人と結婚したら焦って母親探ししなくてもいいからな。向こうに住んでゆっくり英語でも覚えたらいいさ」
「え、それって、ちょっとすごくない?」
「いいんじゃないか。あいつらしくてね。あいつならやってけるだろうな。お前と違って、なにがあってもどっしりしていそうだ。母親と同じでね」
「物怖じはしないだろうけれど」
「帰りに寄れよ。それから、見ものだな」と言った方向を見た。碧子さんが来ていて、うーん……と思った。顔をあわせづらい、
「がんばってと言っておけよ」と言われて、
「あなたもそのうち本性がばれたら、修羅場になるかもね」と言ったら、
「多分、俺はそうならないな。お前は誤解しすぎ。あの人とは違うから」と行ってしまった。うーん、そう言われても言うことなすこと楢節さんに似てるなぁと見ていた。

 碧子さんは普通の態度だった。けれど、女子が怖かった。一部がなんだかひそひそ言っていて、本宮君が困った顔をしている。拓海君が気づいて何か聞いていて、仙道さんも気づいて寄って行った。
「なにかあるのか?」と佐々木君がうれしそうに聞いた。
「そういう顔をしない」と止めたら、
「なんだか雲行きが怪しいぞ」と保坂君が笑いながら寄って来て、
「そういう事を言って」とにらんだ。碧子さんは平然としていて、強いなぁと思った。桃子ちゃんが寄って来てから、
「あの〜、大丈夫?」と碧子さんに聞いた。もう、ばれているようで、
「お、なんだ?」と保坂君が身を乗り出した。
「やめろって」と言いながら、なぜか佐々木君もうれしそうだった。他人事だと思って、
「やだー」と女の子がぼやいている声が聞こえた。
「本当なの?」と三井さんがうれしそうに寄って来てしまい、例のごとく好奇心旺盛で人の噂話が大好きな人がいつのまにか集まっていた。何で、ああも好奇の目をむき出して近づけるんだろうと驚いた。
「戻りなさい」と本郷君が怒鳴った。
「やだ〜! 見ものじゃない」と言う言い方が、さすがに嫌だった。
「三井。やめろ」と拓海君も怒鳴っていた。
「一之瀬、鈴木も帰れよ」と男子が本宮君を庇《かば》っていた。
「だって〜!」と一之瀬さんが怒っていたら、
「数学の点数一桁だと言いふらしていいか?」と言われて、
「いくらなんでも、もう少しあるわよ」と一之瀬さんが訂正したけれど、
「もう少しね。自白したな」と男子が笑った。
「え、あ、やば」と言いながら彼女が逃げて行き、
「帰れよ」と矢井田さんたちに男子が言い出した。桜木君が、
「帰れ、帰れ」と手拍子をしだしてしまい、男子も悪乗りして、帰れコールが起こり、
「矢井田の点数コールに切り替えるか?」と誰か男子が言い出した途端、
「え、やだ」と逃げて行った。
「自分は言われたくないんだ」とみんなが呆れていて、三井さんは懲《こ》りずに、
「ねえねえ、昨日さぁ、碧子さんに言ったことって本当?」と聞いてしまったため、
「えー、発表します。三井志摩子、手越の点数を」と桜木君が言い出したら、
「え、ちょっとやだ」と逃げて行き、
「やった」と男子がうれしそうだった。そうか、今まで我慢していただけかも……と見てしまった。

 昼休みまで本宮君はひそひそ言われてしまい、碧子さんは平然としていたのに、円井さんは泣きそうで、前末さんは困った顔で慰めていて、教室の空気が変だった。
「座れ〜!」と先生が言い、授業が始まっても、ひそひそは終わらなかった。
 お弁当を食べたあとに、碧子さんが立ち上がろうとしたら、
「待って」と前末さんが声をかけてきて、
「話があるから立ち会って」と言ったので、困った顔をしていて、
「かまいませんけれど、私はいないほうがいいのでは」と円井さんを見ていた。円井さんは今にも泣きそうで、
「本宮が誰を好きでもいいじゃんか。碧子さんに言うのは筋違いだろ」と桜木君が言った。それはあるなぁ。
「そんなこと、だって」と円井さんがぼやいていたけれど、
「それって、変だろ。碧子さんがちょっかい出した訳じゃないだろう。橋場と曲がりなりにも続いている訳だし、この場合は本宮と円井が話すことであって、お前らも部外者だよな」と男子が言いだして、そう言われるとそうだけどね……と見ていた。
「こういう場合さぁ、はっきりしたところで一緒だろう。心変わりはあることだし」と男子が言い出したら、
「違うんだ」と本宮君が言い出した。
「心変わりしたわけじゃない。一学期のころから俺は」と本宮君が言いだして、女の子が、
「もう、いいじゃない」と止めた。円井さんが泣き始めたからだ。
「え、でもさあ」と男子が言って、
「本宮君が悪いわよ」と円井さんの友達が言い始め、
「そうか? 責められないんじゃないか? 好きで付き合い始めたと思っていたのなら別だけれど、そこまでじゃなくて始まってるんだろう? それでうまくいかなかった。それだけの事だろう」
「えー、そうか? だったら、碧子さんに申し込めばいいじゃん。最初にそれをしておけば」
「何度も言ったよ」と本宮君が言いだしてしまい、円井さんが、
「そんな」としゃがんでしまい、
「言いすぎよ」と円井さんの友達が睨んでいた。
「思いやりがなさ過ぎますわ。お付き合いをした時点で責任を持つべきです。そうでなければ最初から断るべきでしょう? あなたは前と同じ事をして」と碧子さんが怒ったら、
「何度も断ったよ。でも、納得してくれなくて」
「そんなのいい訳よ」と女の子達が睨んでいて、
「いいの、そうだもの。確かにそうだもの」と円井さんが泣いていた。
「ちょっとひどくない?」と女の子が本宮君を睨んでいたけれど、
「そうか? 気持ちがない事を知っていて、付き合って、やっぱり駄目だったのに『ひどい』と言われても俺だったら困るね」と桜木君が言い切ったため、
「うーん、それはあるなぁ。それほどじゃなくても付き合ってみたいという好奇心はあるかも」と男子が言いだして、
「保坂、やめろ。お前の場合は洒落にならないぐらい変えるじゃないか」とたしなめられていて、保坂君が後ろの方で頭を掻《か》いているのが見えた。
「山崎じゃあるまいしさぁ。結構、心変わりあるぜ」と男子が言いだして、
「それはあるなぁ。あれだけ告白されてもラブレター渡されても佐倉だけ世話焼いてさぁ。二谷さんに、『先輩、私の劇を見てくれましたか?』と聞かれて、『悪い、それどころじゃなくて』と断る男は珍しいぞ」と言われてしまい、びっくりした。聞いてない。二谷さんの言葉の時に、手を前に組んで女言葉で話したため、男子が笑ってしまい、
「笑ってる場合じゃない」と前末さんが睨んでいた。
「前末、円井の世話を焼くのは勝手だけれど、この場合はよけいなお世話だ。こういう場合は当事者同士で決着つけるのが鉄則。話し合ってもいないうちから、一方的に責めたらルール違反だぞ」と桜木君に言われて、
「それはあるな」と男子がうなずいていた。確かにこじれて、ちょっと困った事態だなぁと見てしまった。教室の中でにらみ合っている人たち以外は遠巻きに見ていて、
「後でゆっくり話し合えよ」と言いだして、
「そうしたほうが良さそうだな」と拓海君が本宮君に言ったら、
「結果は一緒だよ。僕は碧子さんが好きだから」と言ってしまったため、
「え〜!」とどよめいていた。意外と大胆だ。
「そんな」と円井さんが泣き出して、
「碧子さん、応えてやれよ」と男子が囃《はや》し立てたけれど、
「一緒ですわ。私はこういうやり方をする方は信用できません。好きじゃないのなら最初に断るべきです。そうじゃなければ相手に失礼です」と怒っていた。
「そうか? 好きな相手が別の男子と付き合ってしまい、他の子に言われたらさぁ。満更でもないなら、この子と付き合ったら忘れられるかもと迷うね。受験でストレス溜まるしさ。振られたら、俺は結構弱い」と男子が言いだしてうなずいていた。そうか、そう思うんだとびっくりして見ていた。
「碧子さん、それってちょっと冷たくないかな」と根元さんが口出した。
「本宮君はあなたに振られたから、こういう事をしてしまったんだろうしね。それを責めるのはどうかと思う。最初は好きになれるかもしれないと努力したかもしれないじゃない。頭ごなしに怒るのは、私は好きじゃないなぁ。本宮君が恥を掻いてもみんなの前で告白してるってことは、相当の勇気だよ。今までの本宮君だと考えられない行動だと思う。その気持ちをそうやって否定するのはちょっと」と根元さんが言ったため、
「俺も同意見」と桜木君が言って、
「それはあるなぁ。ちょっと、冷たいよなぁ」と言いだしてしまい、
「仕方ありませんわ。私は許せないんですもの。それにどう言われようと気持ちは変わりませんし」
「せめて友達として話すぐらいはしてほしいなぁ、俺だったらさあ」と保坂君が笑って、碧子さんが本宮君を見て、
「友達から始めましょう。それならいいですか?」と、きっぱり言って、
「うーん、俺はそれだけでは満足しないが」と桜木君と保坂君がうなずきあって、男子に叩かれたため、みんなが笑っていて、
「仕方ないわね。それでいいでしょう?」と根元さんが本宮君、前末さんを見て聞いたら、渋々うなずいていた。

 帰る時まで噂が飛びかった。好奇心で聞きたくて仕方なかった一之瀬さんたちは知っている子に聞きまくり、三井さんたちはなぜか別の教室に行っていて目撃できなくて悔しそうで、
「あまり言いふらすなよ」と桜木君に怒られていた。前末さんは円井さんを慰めたけれど、円井さんは授業どころじゃなくて、先に早退していた。円井さんに同情は集まってはいたけれど、本宮君の思いも薄々知っていたそうで、そのため本宮君を悪者にもできない雰囲気に変わっていた。
「なんだか、かわいそうだね。好きなのに、うまくいかなくて」
「そうだけどさぁ。本宮君、私は見直したな。私だったら、みんなの見てる前では言えないもの。やっぱり、それほど本気なんだよ」それはあるなぁ。何度も申し込んでも邪険にされて、それでも言い続けてきて、円井さんに誘われて断ることはできなかったのかもしれないなとは思った。好きな人が別の人と仲良くしてたらやっぱり面白くないだろうなぁ。
「しかしさぁ。俺は別の意味で驚いた。碧子さんってきっぱりしてるなぁ。本宮と付き合えばいいじゃん。何で、橋場?」と言っていた。そうかなぁ? どちらもいい人だとは思うなぁ。でも、タイミングが重要かもしれない。好きになった場所が元カノとの別れ話の場所と言うのが駄目だったんだろうなと思った。そうじゃなかったらもっとスムーズに行った気がする。男女の仲って難しいなぁ……。
「ねえ、そう言えば二谷さんが申し込んだの?」と私に聞かれてしまい、
「さぁ」としか言いようがなかった。
 ホームルームの時に、
「えー、変更をした人、その他相談したい人はいるようだけれど、くれぐれも俺の前で喧嘩をして止めるということだけはさせないでくれ。冷静に、冷静に」と先生が言ったため、みんなが笑った。
「笑い事じゃないぞ。頼むぞ。待っている人がいて、廊下に聞こえているということも忘れずに」と言われていた。

 美術室は彼以外は誰もいなかった。
「あなたは早いね」と半井君に言ったら、
「うるさいんだよ。どこを受けるか教えてくれって、『同じ学校だといいね』と言われた。『ないね』と言ってやりたいが我慢した」
「冷たいなぁ。『君と同じだと僕もうれしいね』とか言ってみたら」
「やだね。何で、そんな嘘つかないといけないんだ」と睨んだので話を変えた。
「ここって、あなた以外はいないの?」
「発表会が終わるとそうだよ。だから、気楽」
「家に帰らないくていいの? 風邪引くよ」
「ストーブあるからいいよ。それかお前の家に行けとでも」
「ない、断る。危ない。怒られるの苦手」
「ふーん、それより、『友達から始めましょう』っていいフレーズだな。俺たちもそうするか?」
「さあねえ。知らない。あなたは近くの他人」
「なんだよ、それ」
「遠くの親戚より近くの他人って言うやつ」
「ああ、それね。どうせ、俺は他人だよ。ほらよ」とノートを置いた。それを取りに行って、中を見ていた。
「えーん、分からないんだけど」
「わざとだよ。辞書使わないと読めないようにしておいた」
「その冷たさが身にしみる」
「お前の言葉の方がよほど冷たいね」
「絵を見せてくれない人には優しくなれない」
「合格祝いで見せてやるよ」
「私は試験ないよ」
「お前が少しは合格したなと思えたときだよ。まだ、キンダーちゃんだから無理」
「はいはい、先生。結果っていつ?」
「なにが?」
「あなたの結果?」
「さあね。教えてやらない。近くの他人だから」とそっけなかった。
「あっそ」と言って戻ろうとしたら、
「お前って、何で俺にそっけないんだ?」と聞いてきた。
「え、そう? 楢節さんとのやり取りってこんな感じだったよ」
「それは契約だろう」
「一緒だよ。似たような性格だし」
「絶対に違うね」とぼやいていて、
「☆ありがとうございました。帰ります、さようなら」と英語で言ったら、
「もう少し言えよ。最近、おざなりだなぁと呆れていた」
「Have a good day.」
「☆だめ、不合格。あなたは私の心(mind)にいつもいる。私の心の特別な場所(special place)にあなたがいる。.ぐらい言ってみろ」
「えー、ないよ」
「そういう時は聞き取れるんだな。『そうだね』と言えばいいのに」
「いや、大体の意味が分かる気がする。別にいつも気しなくていいよ、先生」
「違う、気にするじゃない。『Don't mind(気にしないでいいよ)』と間違えてるだろ。心にあるってことだ。お前は訳を間違えてるぞ」
「素敵な場所にいないよ。別荘?」
「多分、違う意味で捉《とら》えているよな。少しは分かるようになれよ」と睨《にら》んでいた。

 拓海君と帰る時にさすがに二谷さんのことが気になって、聞いてしまった。
「ああ、それね。廊下で聞かれて、『それどころじゃないから』そう答えただけ」と言ったので、
「ショックだろうね、二谷さん」と言った。
「無理だ。分かっているのに聞かれても俺も本宮みたいになるだけだ。本命がいるのに中途半端ないことはできないよ。本宮の気持ちはわからなくもないが、俺は碧子さんの意見に賛成だ」
「それって、意見が分かれるの?」
「本宮が悪いと言ったのは女子が多い。涙流してたからよけいだけれど、でも、男子は同情していた。申し込んでくれたら、せっかくだから付き合ってみるかと言うやつもいるから」
「そういう人もいるんだね?」
「だって、話してみないと性格も分からないし相性も分からないだろうと言う意見が多かったよ。それで駄目だったからと言って、責められたら困るだろう? 心変わりじゃなくて、結局、うまくいかなかっただけのことだ。吟味《ぎんみ》して付き合うってことは中々難しいから」
「どうして?」
「同じクラスじゃなければそこまでの性格は知らないかもね。目立たない相手なら、発言も少ないし性格だって分からない。片思いしていても、付き合ってからこんな人だったのね……と冷める場合もあるわけだし。それで本宮に言われても困らないか? それはなんとなく賛成だけど。俺は気軽に付き合えないタイプだから、無理なんだよ。戸狩は『こんなものだろう』と割り切って、相手と少々合わなくてもいいらしいが、俺は妥協《だきょう》できないから無理かもな」
「え、妥協できないの?」
「そうだと思う。付き合えるかと聞かれてクラスの女の子を見た場合、ゼロに近い」
「え?」
「それは仕方ないさ。恋愛と友達は違うから。友達から始められる人もいるかもしれないが、意外と男ってそういう部分で純情だったりする」
「意味不明」
「他に申し込まれたり噂になってもそっちには行かず、なんとなく気になっていても、口に出せなくてラブレターは渡しても、相手の幸せを願って告白しないまま卒業していくだろう人もいるからね」
「誰?」
「これだから詩織ちゃんは鈍いという。俺のことも勝手に誤解してくれて、昔からなぜか自信がないようだけれど、何度も言ってる、一途だと。お前の場合は変だぞ」
「そう? 楢節さんを見ていたら、男を信じてはいけないだろうという事だけはハッキリしてるよ。お父さんだって情けない部分があって」
「お前ねえ、あれが男の全てではない。口に出して色々言ってたって、お前のことは心配してたぞ。だから、俺に難題をぶつけてきた」
「あれはおもちゃを取り上げられそうになった駄々っ子《だだっこ》が、嫌がっただけじゃないの」
「そうか? 俺はそうは思わない。お前、男性不信じゃないか。少しは信じろよ。心変わりする人ばかりじゃないね」
「そう言われても、よく分からないよ。幼いときからそばにいた男子はみんな好き勝手言ってたよ。『あの子がいい、この子もいい、詩織も嫁にもらってやる』と言ってた。それ聞いて、さすがにね」
「それは子どもだから言っているんだよ。本気だったら言わない。その程度は男子だけなら話すぞ。部活とか体育の時間とか」
「そうなの?」
「それは普通だ。但し、それはあくまで言っているだけだ。保坂たちは別かもしれないが、あれはどこまで本気か知らない。でもな、そんなに簡単に好きな相手を変えられると思うか?」
「そう? 一之瀬さんとか、後、緑ちゃんとか言ってたよ」
「桃とか、ミコはどうなるんだよ」そう言われたらそうだった。
「言ったろ。口に出すやつは結構変えるけれど、思いを秘めているやつは友達にも言えないんだよ。だから、男同士でも知らない場合もあるぞ。態度に出てるならともかくね」
「そう言われたら知らないかもね」
「鈍くて困るよな。あいつのことだって、お前はわかってないし」
「なにが?」
「なんだか、まだまだだよなぁ。俺たちは」
「そう?」
「過保護をやめろって、何度も言ってきたよ。信用してないからそうしてるんだろうと言われてね」
「拓海君にも言っちゃったの?」
「お前も言われたんだな。それは言っていたぞ。話し合う前に自分のやってる事を冷静に考えろって言われたよ。そう言われても、信用してないとかじゃなくて、駄目なんだよな。どうしても、心配で」
「なぜ?」
「今度デートした時に言うよ」
「デート?」
「ちゃんとしておこう。そのほうがいい」と言われて、拓海君の顔を見てしまった。


分からないふり

 保護者会が始まるころには円井さんは元気を取り戻し、本宮君は普通の態度で接していた。彼自身は吹っ切れたのか、碧子さんに何度か話しかけるようにはなっていた。囃《はやし》し立てる男子もいなくて、見守る形になっていた。
 周りの人たちは「内申が」と言っている声が聞こえた。半井君との交換日記も何とか慣れてきて、
「なんだか疲れてきた。親がそれなりにプレッシャーをかける」と桃子ちゃんが笑った。
「佐倉はいいよな」と言われて、思わず、
「No way!(まさか)」と半井君の口癖《くちぐせ》を言ってしまった。
「なんだ、それ」と保坂君が笑った。しまった。つい、口から出てしまった。あまり電話で連発し、日記にもそういう類が並ぶため、つい出てしまった。
「英語で答えるなよ」と言われて、須貝君が驚いていた。
「ごめん、なんだか疲れた」
「日本語で言え、日本語で」
「そうかな? 今から準備しておかないといけないんだろう?」と須貝君に聞かれて、あいまいに笑った。
「東京に行くぐらいで大げさな」と保坂君が笑っていた。

 日記を読んでいる間、半井君は仏頂面だった。
「少しは長文を書けるようになったはいいが。俺の真似するな」
「いいじゃない。子どもは大人の真似をして覚えていくものでしょう?」と窓の外を見ていた。
「そうだけどな。確かにそうだけど。少しは言えるようになれよ。俺の愛の言葉も間違えてとらえるし」
「本気にできないようなこと書かないでよ。恥かしいなぁ。何が深く惚れるよ」とぼやいたら、
「お前、ひょっとしてわざと分からない振りしてないか?」と聞かれて、しまった……と思ったら睨んでいた。半井君の書いてくれた、 「deeply in love」という言葉をどうとらえていいか分からず、分からないふりをしていた。
「やっぱり、わざと間違えてたな」と言われて、笑うしかなかった。
「変だと思ったんだ。聞き取りはかなりできるようになっているくせに、どう考えても意味をわざと間違えて」
「だって、あなたと深く惚れるようになりたいって、どう返事すればいいのよ」
「ほらみろ。分かってたんじゃないのか」
「変だよ。半井君。心の中に君がいつもいるとか、僕の心の特別な場所って、きざ過ぎる」
「呆れるぞ。やっぱり分かってたんじゃないのか」
「聞き流すより、そのほうがいいかと思っただけ。いいね、そういう時は便利だね」
「そういうのもそれなりに返せ。それぐらいできるようにならないとキンダーから卒業させないぞ」
「やだよ。変だよ。そういう事を言うと日本だと、きざで変だと思われると思う」
「英語だから言えるんだよ。口説き文句はそれぐらいは並べるね」
「並べないよ。日本人はね」
「本宮なら言いそうだけど」
「知らないよ」
「恋人がいながらそれじゃあ、まだまだだよな。お前の場合は呆れるぞ。アメリカ関係の本は読んだか?」
「それなり」
「少しは読んでおかないとな。そういう部分を理解していると違うから。質問するからな」
「はーい」
「リーディングは?」
「絵本で」
「やっぱりキンダーじゃないか」
「挿絵があるほうがかわいいし」
「そういう問題か?」と呆れていた。

 進路を絞るために、男子はあちこち言い合っていた。
「半井ってどこを受けるんだろうな。あいつにだけは負けたくないよ。霧ちゃんと付き合って」
「あれって、違うらしいよ」と美菜子ちゃんがぼやいた。
「霧子さんね、ほかの人と付き合ってるらしいよ」と教えていた。
「なるほど、ならいいけど、でも、あいつよりはいいところに行きたいね」と言い合っていた。
「教えてくれないんだよね」と美菜子ちゃんが言って、
「詩織ちゃん知らない?」と聞かれて、
「さあ」と答えた。眠い。ひたすら眠い。リーディングにアメリカの本、テープ聞いて、眠いと思いながらボーとしていた。
「ああいう人ってどういう人と付き合うんだろうね」と桃子ちゃんが笑っていて、
「付き合うとかそういう余裕がない」と佐々木君が笑った。
「あてなり君は余裕じゃない。いいよな」
「それってバレバレらしいぞ」と保坂君が笑った。そうだろうね、それは言っていた。「あてなり君と言われてどう?」と日記に書いたら、「そういうことは勝手にやらせておけ」と返事が書いてあった。そういうだろうと思ったけれど、
「『なめし』はなに?」と聞いたらみんなが笑った。
「無礼な男だよ」と教えてくれて、なるほどと思った。呼ばれた男子は意味が分からずうれしそうだったけれど、そういう意味だったんだな。
「『あぢきなしギャク』が面白くないつまらないギャクね」そういう意味なのか。
「『わろし達』はよくない人ということで、最近は教室で授業を受けてないやつらのことだ」と声を潜めていた。そういう理由だったんだ。
「あいつらの前だけは使えないから、結局、流行ってないから一緒だ」と言われて、それはそうだろうなと思った。
「でも、それって一時期だけだったよね。意味が分からない人が多かったから、受けなくて」と美菜子ちゃんに言われて、それはあるなぁと思った。意味不明すぎる。

 保護者会の時間はさっさと帰る人も多く、私は例のごとく美術室に向かった。拓海君に用事があるからと断っていたけれど、さすがに気づかれてしまい、いつも苦々しい顔をしていた。
「先生、寒い」と中に入ったら、女の子が来ていて、驚いていた。あれ、いないぞ? 
「半井君どこ?」と聞かれて、
「さあ」と言った。逃げたなと思ったら、
「じゃあ、あなたでいいわ。彼はどこの学校を受けるの?」と聞かれて、
「さあ」と言ったら、
「もう、いないじゃないのよ」と怒りながら行ってしまった。困ったなぁ、帰ろうかなと思っていたら、彼が戻ってきた。
「なんだ、どこにいたの?」と聞いた。
「逃げたのにうっとうしいよな。上の階に逃げただけ」と言った。
「言えばいいじゃない。僕のスイートハートだっけ? 『一緒にいけるといいね』とでも言えば」
「やだね」
「あれだけ思われたら幸せじゃない」
「お前は他人事だなぁ。それより、持ってけよ」と言われてノートを受け取りに行った。
「例のことはやってるか?」と聞かれて、
「眠いです、先生」とぼやいたら、
「英語で言え。それぐらい」と怒られた。
「先生ももっと優しく接したらいいと思う。ここに書くぐらいの甘い言葉をあの人たちに掛けてあげれば即解決」
「ないな。俺は相手を選ぶ」
「年上じゃないと無理か」
「最近はそうでもないさ。同じ年でも大丈夫になったようだ」とこっちを見た。
「あなたの場合は良くわからない。拓海君にアドバイスしたり、怒ったり、私にも優しいんだかなんだか」
「☆その理由はお前が好きだから」と軽く英語で言われてしまった。
「はいはい、また明日ね、先生」
「☆もっと何か言えよ」
「☆ありがとう、先生。しかしながら、愛はないけれど、感謝はあるよ」
「そういうことは言えるようになってね」
「日記のお陰です。先生」と笑ったら、
「お前は絶対に本気にしないな」
「☆あなたが変な人だからです」と言ったら睨んでいた。

 クリスマスが近かろうが関係なく、男子は必死で勉強していて、一之瀬さん、霧さんなどの彼氏がいる人は浮かれていた。
「受験が関係ないという顔をしているのがうらやましい」と男子が言い合っていた。
「佐倉もいいよな」とまた言われてしまい、
「やめろよ」と須貝君が止めてくれた。
「でも、俺も気持ちは分かるね。親からあれだけ言われると」と佐々木君が笑ったら須貝君が複雑そうな顔をしていた。
「それはおかしいですわ。実際に親がいなければやらないといけないことは増えますわよ。商業高校に行かれる方も大変そうですし、皆さん、それなりに考えているのに、そんな隣の芝生のような発言は」と碧子さんがたしなめていて、
「親がいなくなったら、高校どころじゃないぞ。お前」と須貝君が怒っていた。
「それはそうだったな」と佐々木君が謝るように頭を下げた。
「でもさぁ。実際、親もぴりぴりしてるところが多いらしいからな。成績表がそろそろ返ってくるから」と言われて考えていた。母がクリスマスにこっちに来ると言っている。拓海君にも伝えておかないといけないなと考えていた。

「え?」と聞き返されて、
「ジェイコフさんが一度会っておきたいと言っているの。駄目だった?」と聞いたら拓海君が困った顔をしていた。
「なに?」
「いや、ちゃんとデートしたかったから」と言われて、そう考えていてくれたんだとちょっとうれしかった。
「でも、入試が終わったあとでも」と言ったら、
「いや、ちゃんと言っておきたいことがあるから」と言われて、
「そう」と考えていた。
「だから、冬休みに一日だけ空けてくれ」と言われてうなずいた。
「お母さんとかぶると困るな」と言われて、
「日程は家に帰ったらわかるよ。日にちを覚えてないから」と言ったらうなずいていた。
「あいつは?」と聞かれて、
「なに?」と言った。
「あいつには会わせないのか?」
「必要ないでしょう。そのうち行くんだから。こっちにでしか会えない人に会っておきたいって書いてあったし」
「そうか」
「日本にはまだ来てなかったらしいの。だから、お墓参りも行かないとね」
「そうか、仕方ないな」
「拓海君は勉強は?」と聞いた。
「さすがに全教科は無理だったからな」
「全教科と言っても5科目だけじゃない。後残りはそれほどでも」
「それでもさすがに心残りだよ。仕方ないよな。後はテストをがんばるよ」
「どうなりそうなの?」
「親とは話し合ってるよ。先生とも話さないとな。お前はどうするんだ?……と言っても、もう駄目なんだろうな」と言ったので、拓海君の顔を見ていた。

 A組も同じようにうるさかった。
「霧ちゃん、彼氏と別れて俺と付き合おうよ」と男子に言われている中、
「半井君、決まったの?」と女子が寄って来て、半井君は周りを無視するように、本を取り出していた。
「半井よりは俺は上だからな」と突っかかるように男子が言い出した。
「やめなさいよ。また」と女子が止めていて、
「でも、気になるね。光鈴館なのか?」と男子が聞いたら前園さんが反応していた。
「どこでもいいだろ」と磯部君が止めたけれど、半井君は聞いていなかった。
「霧子、少しはやりなさいよ」と女の子に言われていて、
「いいよ。どうせ、アメリカ行ってサックス吹いて暮らす」と霧さんが笑った。
「はいはい。たわごとはいいからさ」と言われて、
「えー、本気だって。アダムと暮らしてやってくもの」と答えてしまったため、
「え〜!」とすごい声が響いた。それを半井君が呆れた顔で見ていた。

「ねえ、聞いた。アダムって人と結婚するんだって」
「霧ちゃんが……、俺の霧ちゃんが……」と男子がうるさかった。そうか、とうとうばれちゃったんだなと思った。半井君が口止めしたけれども、霧さんなら仕方ないだろうなと思った。
「でも、国際結婚はできるものなのか?」と言い合っていて、
「芥川さんってやることが派手ねえ」と三井さんが笑った。
「半井君、どこの高校に行くか教えてくれない。知りたいなぁ」とそばで女の子達が言い合っていた。
「そう言えば、この辺りも知らない」とそばの男子が見てきた。
「商業科とか色々いるけどな」と佐々木君が言葉を濁していた。
「海星か?」と佐々木君が聞かれていて、
「あまりあがらなかったからな。曾田はやめておくよ」と答えていて、須貝君も、
「一緒になりそうだな」と言った。
「俺、曾田にした」と保坂君が言っていて、
「碧子さんは?」と聞かれていた。
「佐倉の学校ってレベルどうなんだ?」と聞かれて、
「さぁ、それなり」と答えておいた。
「ああいうのってどうなんだろうなぁ。他人事だけどちょっと興味があるな」と言われたけれど、わたしは拓海君に言われた事を思い出していた。

 あちこちで学校名が飛びかっていた。さすがに決めた人は、言ってしまう人も多かった。拓海君はなぜかアメリカの事を反対しなくなって、優しくなっていた。勉強の疲れもあるようで、
「風邪引かないでね」と心配したら、
「大丈夫だよ」と笑ってくれるようになり、ちょっとうれしかった。

 美術室に行ったら、女の子たちが来ていたので、上に上がった。
「なんだよ、来たのか」と笑っていて、半井君が本を呼んでいた。
「何の本?」
「女の口説き方」と言ったので思いっきり睨んだ。
「そういう顔をするな」と笑っていて、
「ジェイコフさんが来るから」と言ったらうなずいていた。
「俺にも手紙が来ていたよ。『時間が空いたら食事でも』と書いてあった。俺の爺さんに会いたいんだろうな」と言ってから、いきなりしゃがみこんで手を引っ張られた。そうしたら、入り口に、
「あれ、いないよ?」と女の子達が来て探していた。
「もう、つれないなぁ。デートにいくら誘っても、『また、今度』だよ。もう」とぼやいて帰って行った。
「行ってあげればいいじゃない」と言ってから彼の顔がそばにあるのに気づいて、少し移動した。
「お前って、俺の事をなんだと思ってる?」と聞かれて、
「さあね。変な人だとしか思えない」と言ったら、ため息をついていた。
「昔、同じ事を言った女がいたな」
「はいはい」
「初めて親密になった女だったよ。警戒心《けいかいしん》が強くてね。優しい人だったけれど」
「武勇伝《ぶゆうでん》は分かったから」と立ち上がろうとしたら腕をつかまれた。
「なに?」と睨んだ。
「お前、俺のこと好きか?」と聞いてきたため、「ぷっ」と噴出した。
「失礼なやつ」
「今度は別のパターンなの?」と笑ったら、
「お前の場合はどう言えば分かるんだよ」と呆れていた。
「無理。あなたは印象が散漫《さんまん》すぎる。霧さんといちゃついて、昔は遊んでいたとか言うし、嘘はつくし、からかうし、変なことばかり言う。そんな人をどう受け止めろと言うの」
「嘘なんてついてないさ」
「ついた。『ガールフレンド』の意味を嘘を教えた。それ以外にも色々」
「それはそれぐらいは言うさ。それ以外は結構本音を言ってるかもな」
「じゃあ、変な人なんじゃない。根っからの変人」
「違うさ。俺は怖がってたんだろうな」
「え?」珍しく真面目な顔をしていた。
「どこかで怖がってるよ。未だにね」
「なにに?」
「本宮と同じだよ。こういうのは初めてなんだろうな、俺も」
「色々、経験があるんじゃないの?」
「あったとしても、そういう経験じゃないさ。あいつと同じだよ。適当に流せる付き合い。友達の延長、軽い遊び、そういうのはいくら経験したって駄目だよな」
「え、どうして?」
「真剣じゃないからさ。親父とは違うんだろうな、俺はね。母親に似てるんだよ。きっとな」
「意味不明」
「とにかく、少しは先入観をなくして、プレーン、フランクって分からないか。じゃあ、フェアでニュートラルな状態で俺を見てくれ」と言われてしまい、困ってしまった。

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