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賑やかな法事

 おばあちゃんの家に行くために、準備をしていた。
「あいつらは観光とは気楽なもんだ」と父に言われて睨んだ。母たちは残りの日数で観光してから帰るそうで、
「昨日はお墓参りも行ったし、食事もしたけれど。お父さん、カップラーメンを食べるのはいいけれど、ちゃんと片付けてください」と睨んだ。
「お前は園絵に似てきている」とぼやいていて、
「お父さん、さすがに恥かしかったよ。やめてね」とぼやいた。父はあの後いじけていたのに、また、母のことで文句ばかり言っていた。私に言ってもしょうがないのに。
「ジェイコフさんの方がよほど父親のようだと、お母さんが嘆いていたから、少しは渡航費とか出してね。全部、お母さん持ちなのは悪いから」
「あいつに払わせればいいんだ。お前と俺を捨てておきながら、今更、母親面≪づら≫して」
「毎晩遊んでいる人が言うのはちょっとね」と言ったら逃げて行った。つくづく情けない。
 おばあちゃんの家には毎年行っているけれど、今年は知り合いの人の法事をするらしくて、その手伝いに行くことになっていた。お父さんが頃合を見て戻ってきたので、
「法事を合同でするのがすごいね」と言ったら、
「仕方ないさ。年々、都会に出て帰ってこない人が多いそうだぞ。そうでもないと集まらないのが実情だ」と父に言われて、そのとおりだなと思った。
「おじさんはどうしてあの家に戻らないの?」と聞いたら、困った顔をしてから、
「うちよりは子どもが大きいから受験のせいだと聞いたけれど。多分……」と言葉を濁≪にご≫していた。父は男兄弟ばかりだけれど、帰省するのは2人だけになってしまっている。後はあまり近寄らないようで、不便だからと言って断っているようだ。
「おじいちゃんがいる時は違ったのに」
「仕方ないさ。爺さんは気がよくて、みんなの寄り合い所になっていたから、酒の席も多くて楽しかった。祖母さんと一緒にいても説教が多いから」それが理由になるのだろうか?
「詩織の事はかわいがってくれたんだから、ちゃんと手伝いをしなさい」と言われて、
「あなたも家事を手伝ってください」と言った途端、また逃げて行った。

 車で田舎道を走りながら、窓を見ても疲れるだけなので寝ていた。宿題はそれなりには持って来ていた。半井君が言うようにみんなも勉強してるんだろうなと思いながら、うつらうつらしていた。
「もう、2人で来れなくなるかもな」と父が言ったので、やっぱり一緒に住むのは本当なのかもしれないなと聞いていた。
 おばあちゃんの家についてから、くつろいでいたら、
「さぁ、そろそろ行こうか」と言われて、立ち上がった。夕方から手伝いに行くことになっている。お寺に集まってする場合もあるけれど、今日は中川さんの家なので、離れがあるためそこでやる事になっていた。離れと言っても今は人が住んでいないだけで、昔は使っていた場所だった。歩いてとぼとぼ行ったら、
「あれー、詩織ちゃん、久しぶりだねえ」と知り合いのおばさんに言われて頭を下げた。
「よう来た、よう来た。重≪しげ≫さん。詩織ちゃんが来てくれたよ」と言われて、みんながどやどや出てきた。すごいなぁと思いながら頭を下げたら、
「詩織が外国行くって、嘘だよなぁ」と言われてびっくりしたら、
「聞いたよ。詩織ちゃん外国行くんだってねえ」と同じ事を何度言われて、なんで知ってるんだろうと思ったら、
「朝和≪あさかず≫が喋ったんだね」とおばあちゃんが気づいて聞いたら、
「だってさぁ、そういう話はもっとさあ」と言われて、ため息をついた。お父さんの一番上の兄弟の朝和おじさんが話してしまったらしい。おしゃべりなんだから。
「さあさぁ、入って何か聞かせてくれ」と言われて、
「手伝いに来たんですから」と言っても誰も聞いていなかった。

 黙々と手伝っていたら、
「詩織ちゃんはいつでもお嫁に来られるわね」と中川さんちのおばさん、重美さんが笑いかけてきた。
「まだ、子どもですから」と、いつもの断り文句を言ったけれど、
「うちの健太なんてどうかしらね」と性懲≪しょうこ≫りもなく同じ事を聞いてきた。
「いえ、年の差がありますから」と断った。
「あの子は出世頭でいい子よ。2男坊もそれなりにいいけどねえ。あの子は特に頭が切れて」と言われて、「はいはい」と思わず言いそうになった。
「歴代の生徒会長さんの中でも特にできがいいと先生にほめられて」と言ったので、
「それは何度もお聞きしました」と言った。
「詩織来てるって」と誰かが台所を覘きに来た。翔太さんと悠太だった。翔太さんは健太さんの弟で当時高校生。悠太は3男で中学生だったけれど、すっかり大きくなっていた。
「お嫁に来れるよなぁ。早く来いよ」と言ったため、
「その権利。道子に譲ると何度言ったら」と言っても聞いてくれなかった。
「こいつ、大学で遊んでばかりいるって」と悠太が健太さんを叩いていた。
「俺はそれなりに勉強して入ってるからな。悠太もがんばらないと取り残されるぞ」と怒られていた。
「兄貴と違って運動が得意」とぼやいていた。
「お前も少しはやれよ。兄貴見習って」と翔太さんが笑っていた。
「大学って、確か」
「K大だよ。親戚の家に下宿。そうじゃないと金が掛かるってさ。詩織も思い切ったな。母親がいるという話は薄々知っていたけれど、でも、アメリカにいるとは驚きだ」そこまで喋ったのか、あのおじさんは……と思ったけれど黙っていた。K大は学校で一番の成績を取らないと入れないと言われているランクの大学だったので、やはりすごい兄弟だとは思った。
「そんなところに行ったら、嫁に来るのが遅れるだろう? 早くしないと俺、売れちゃうぞ」と言ったので、
「ご自由に」と言ったら、
「生意気だよなぁ。あいかわらず」と小突かれた。
「詩織もかわいくなったと言うのに、道子達、色気ゼロだぞ。中学行ってるというのに、女に見えなくてさ。リッちゃんも同じだ。次郎に色目は使ってたけれど、無理だろうな」と言ったので驚いた。いつのまに。
「そうしたらさぁ、道子が慌てていたぞ」
「なんで?」と思わず聞いてしまった。「よくぞ聞いてくれました」という顔をしていたので笑いそうになったけれど、
「次郎も太郎もキープして置きたいだってさ。全滅だと言うのに」
「どうしてよ? 貴重な嫁候補。リッちゃんでも道子でもいいじゃない」
「律子は無理。あそこ女ばかりだぞ。跡取り生まないといけないんだから、ちょっとな。しかもみんな性格がかわいくない。丸顔で鼻がちょこんとしている。道子は……」
「かわいいじゃない」
「無理。好みが違う」
「俺は性格が駄目。素直じゃない。口数が多くてきついから」と言ったので、そうか一之瀬さんと同じ理由なんだと驚いた。
「いいじゃない。会話が弾むよ」
「道子が強引に『付き合ってもいいよ』と言った相手が、逃げて転んだ話は聞いたか?」と言われて、
「そんなところで油をうらない、男ども」とおばさんに怒られていた。

 法事が行われている間もうるさかった。こういう場合は話に花が咲いてしまうらしい。男も女も『久しぶりだね、そう言えばどうなった』と近況報告や体が弱ってきたと言う話が多くて、
「うるさいぞ」と言われても駄目だった。
「詩織さぁ、てっきり戻ってくるとばかり思っていたね」健太さんに言われて、
「どうも」と言いながらお経を読んでいた。
「俺に会えなくて寂しかったか?」と聞かれて、
「全然」と即答したら、
「つれなくするなよ。満更≪まんざら≫でもないだろう」と、かっこつけた顔で言っていた。
「健太、俺の詩織にちょっかい出すな」と後ろから何かが飛んで来ていて、太郎が怒っていた。
「黙ってろ、成績下のほう。悔しかったら俺の大学に受かってみろ」と偉そうな態度だった。健太さんはあまりにあの人に似ていた。その自信に満ち溢≪あふ≫れた態度、「世界中の女性は自分と付き合いたいと思っているに違いない」と勘違いしている、うぬぼれ加減が、あの人を思い出してしょうがない。
「しっおりー」とまた物が飛んできた。さっきまで食べていた饅頭≪まんじゅう≫の包み紙で、
「うっとうしいわね」と道子が怒っている声が聞こえて、うるさいなぁと思いながらお経を読んでいた。

 食事の時もうるさかった。あちこちの男の人が、お酒を注ぎに行き、私たち女の人はお燗≪かん≫をつけたり、食事を運んでいた。
「ばあちゃんも大往生だよ」と言いあっていて、おしゃべりな法事でうるさかっただろうなと思いながら手伝っていた。
「詩織ちゃんはやってるのに、道子は全然やらないのよ。家の手伝いもしなくてね」と道子のお母さんがぼやいていて、
「律子も同じよ。やらないわねえ。詩織ちゃんは偉いわね」と言われても、なんだかうれしくなかった。
「お嫁さんにもらってくれと言いたいけれど、誰も聞いてくれないのはなぜかしらね」とおばさんたちに毎度のことながら言われてしまい、「気が強いし年が離れているからだと思う」とは言えなかった。

「疲れた」と家でぼやいた。中川の家ではまだ宴会が続いていて、父だけ残っていた。おばあちゃんの体調が悪そうだったから、早めに抜けてきた。
「疲れてないの? 布団敷こうか?」と聞いたら、
「大丈夫よ。お風呂に入りなさい」と言ってくれて、
「いいよ、おばあちゃん、先に入って。疲れてるでしょう? あれだけ、いっぱい聞かれたらね」とぼやいたら、
「朝和には怒っておきますよ」と言ったけれど「聞いてないと思う」とは言わなかった。みんな、仲良くて話し好きなのはいいけれど、さすがに疲れたなぁ……と思いながら、お風呂に入る用意をしていて、
「詩織はちゃんとできるのにね。あの子はどうして出来ないんでしょうね。あなたがいない時に会社に遅刻しそうになったとぼやいて、いくつになったのやら」と呆れていた。父は一人ではやっていけないかもしれないなぁ……とため息をついた。

 寝る時になって、
「まだ帰ってこないよ」と布団の中でぼやいた。
「ほっときなさい。男はこういう時は酔いつぶれて帰って来ないわ」とおばあちゃんに言われて、それもそうだなと思った。
「おじいちゃんがいる時は賑やかだったのに、今は静かなんだね」と聞いたら、
「そうね。でも、近所の人も心配してくれるから悪いわね。引っ越してしまったら会えないものね」と言われて悪くなってしまった。
「ごめんね」と謝ったら、
「それはこっちが言わないと。園絵さんと引き離してしまって、詩織に家事を押し付ける結果になって。手紙をもらってさすがに見過ごせませんからね。もう少ししっかりしてほしい人ばかりで」とおばあちゃんが嘆いていた。
「でも、詩織にはそのほうがいいのかも知れないわ。子どもに家事をやらせて勉強する時間もないのは困るものね。あの子が少しはやっていると思いこんでいたけれど、駄目だったわ」
「おばあちゃん、もういいよ」
「お金のことも苦労かけていたようね。私が管理しますから」と言ってくれたので、
「でもね。なれないところで生活するんだよ?」と聞いたら、
「そういう人はちらほらいますよ。子供の所に行ったり戻ってきたり、体が悪くなると心細くなって子どものそばに行ってしまうけれど、やはり、合わないようで。お嫁さんとの折り合いが悪くなったり、知り合いがいない土地は大変だと言って、戻ってくる人もいるけれど」
「おばあちゃん、無理しなくても。お父さんが自分でやれば」
「無理ですよ。『このままだと体を壊してしまうでしょう』と園絵さんに言われてね。永井さんが教えてくれたそうですよ」
「永井さんの姪の子は誰だろうね。お母さん、教えてくれないの」
「さあねえ。そっとしておきなさい。あなたとの仲が悪くなったら困るからね」それもそうかもしれない。
「拓海君とは話し合ったの?」と聞かれて、
「一応、納得してくれたの。ジェイコフさん、お母さんの再婚相手にも心配して色々聞いてくれてね、『自分の飯は』と言ってる父と大違いでなんだか恥かしかった。お父さん、どうしてジェイコフさんの前であんなに緊張したんだろうね。後でぐったりしていたよ」
「いい恰好をしたかったんでしょうね。それで空回りしただけよ。あの子は昔からそう。女性や私たちの前で大見得≪おおみえ≫切って、でも、失敗してね。園絵さんも情にほだされたんでしょうね」そういう理由なんだろうか?
「情けない部分が見えると、『私が何とかしてあげないと』と言う、母性の強い女の人もいますからね」
「『俺が守ってやらないと』と言う、男の人もいるの?」と思わず聞いたら、
「いますよ。虚勢≪きょせい≫で言ってる人もいますけれどね。家族を守ろうとする人はいるわ。ただね、自分を当てにしてくれなくなると拗≪す≫ねてしまうそうですけど」なるほど、それで拓海君は反発していたんだ。
「認めてくれていないと思ってしまうのね。朋和ももっとしっかりしてくれるといいわね」
「おばあちゃんがしっかりしすぎなのよ」
「しかたないわ。お父さんは気は良かったけれどそこまでの甲斐性≪かいしょう≫はないからね」
「女は気が強いと嫁の貰≪もら≫い手がなくなるの?」
「そうでもありませんよ。必ず『いい』と言ってくれる人はどこかにいるものだから。ただ、多くにモテるというわけにはいかないようね。男の人は自分の方が上でいたいという面子≪めんつ≫にこだわる人も多いですからね」そういう理由なのか。うーん。
「あら、どうかしたの?」
「りっちゃんも道子も売れてなかったの」
「あら、仕方ないわよ。道子ちゃんは男の子を田んぼに突き落とした噂が流れているし、律子ちゃんは子どもに見えるらしいわ。それに追いかけられるのは嫌なのかもしれないわね。律子ちゃんも道子ちゃんもそうだから」
「そんなことがあったの?」
「あれではしばらく無理でしょうね。村の人がほとんど知っているそうだから」それは難しそうだなぁと考えていた。


今のうちに

 朝、おばあちゃんの手伝いをして掃除などを終えたあと、話し合いをしていた。父はあいかわらずぼやいていて、おばあちゃんに怒られていた。結局、おばあちゃんが一緒に住む事に決定していた。
「お前のわがままで、ばあちゃんに苦労をかけて」と父が言い出したため、
「いえ、どちらかと言うとあなたのせいでしょうね。手が掛かるのも面倒なのもあなたの方だから、お金の管理もさせてもらいます。おこづかいは減りますから」とおばあちゃんに怒られて、
「え?」と父が慌てていた。
「当然です。詩織の学費と嫁入りの費用も捻出≪ねんしゅつ≫しないと困りますよ。今まで遊びすぎていたんだから、おこづかい無しでもいいぐらいですよ」と怒られていて、父は何も言えないようでうな垂れていた。
「あれで大丈夫かな?」とおばあちゃんに聞いたら、
「遊び代の計算をさせています。そこから、考えていきましょう。生活費も切り詰めれば何とかなるわ。ずっと、そうしてきたのだから」と言われて、さすがにしっかりしてるなと思った。

 次郎に呼ばれて仕方なく遊びに行った。
「健太さん、いいところに就職できたよなぁ。爺ちゃんがうるさくってさ。負けるなって。姉貴だって嫁に行かせたいとぼやいてたけれど、断られていた」と太郎が言ったので、
「お姉さんは、年はいくつだっけ?」と聞いた。健太さんは大学の4年生でもうすぐ卒業になる。
「短大だよ。もうすぐ卒業だけれど。翔太さんと同じ年だから」
「なら、そっちでもいいじゃない」
「無理だよ。お互い好みじゃないみたいだぞ。姉貴、振られてばっかりいるってさ」
「モテるんじゃないの?」
「違う。自分から必死に声を掛けて、ようやくデートしてもそこで終わり」なるほど。
「この地域の女はおしゃべりだし、きついしね」と次郎が笑った。そうかな? 男も十分おしゃべりだと思う。
「詩織は大人しいからいいんだよな。口答えしなさそうで」そういう理由で選ばれても、うれしくないなぁ。
「それはあるな。道子達と結婚なんてしたら、毎日お小言言われてうっとうしいだろうな」と三郎まで言い出した。
「それより、英語の宿題やってくれよ」と三郎に言われて、
「無理、自力でやらないと怒られちゃうよ」
「いいじゃん、自分だって、散々岳斗≪やまと≫に手伝ってもらってただろう」
「小学校のときと今は違うでしょう?」
「お前、受験だろ、やれよ」と次郎が言われていた。一応、机には向かっているけれど、一緒におしゃべりしていた。
「だって、落ちるやつ、ほとんどいないぜ。成績だって発表されないから、それなりにしかやらないって」
「それでもやっておけよ。おれもやったぞ」と太郎が偉そうだった。
「お前も学校で言われるようじゃ困るぞ。先生が太郎のテストを貼っておきたいと言ったらしいよ」と次郎が教えていた。
「いいじゃんか。記録を作ったんだ」と言ったため、頭を抱えた。
「また、零点だったの?」
「いや、一桁で揃えた」と太郎が答えたため、
「一緒じゃないの」と呆れてしまった。
「それでよく詩織に嫁に来いと言えるよなぁ。無理だよ、悠太だって上のほうだぞ。中川の兄弟が相手じゃ、勝ち目ないね」と次郎と言い合っていた。「その前に、向こうもそこまで真剣じゃない」と言いたかったけれど、ほっといた。
「冗談はともかく、詩織、向こうになんて行くなよ」と太郎が怒っていた。
「ずっと、行きっぱなしじゃないよな?」と三郎に聞かれて、
「さあねえ。がんばるしかないよ」と笑ったら、
「すぐ泣いてたくせに。そんなんでやれるわけないぞ。向こうは背が高いんだしなぁ」と太郎がぼやいていた。
「太郎は今じゃ、背の順が前の方だからな」と次郎が言いだして、
「お前も少ししか変わらないじゃないかよ」と言い合っていて、
「毎日、これだぞ。詩織がいる頃から成長してないよな」と三郎が呆れていた。

 家に戻って勉強していたら、
「お、勉強してるんだな」と悠太がやってきた。
「そっちは?」
「俺は来年受験生」とのんびり言った。
「ふーん、そうだっけ?」
「それより、詩織を呼びに来たんだ。兄貴が連れて来いって。電話で言っても逃げるだろうからってさ」
「なに?」
「大人がうるさかったからな。子供同士でやろうって。宴会」
「飲めるのは二人しかいないじゃない」と呆れたら、
「嘘だよ。ジュースとごちそう。兄貴の就職祝い」
「なるほどね」
「太郎の姉ちゃんが今日帰ってくるから合同で。夕方から来いってさ」
「ふーん、急だね」
「詩織がいるからやったらと言い出しただけ。お前、あっちに行っちゃうからな。戻って来ればいいものを」
「いいよ、別に」
「俺たちの高校は楽だぞ。勉強しないやつも多いし」
「そんなの自慢にならないよ」
「父親の手伝いする予定のやつとか、就職だって地元のやつもいるからな。でも、結構都会に行きたがるやつが多くてね。詩織はこっちの女より垢抜けてるからいいな」そうかなぁ?
「高校ではそれなりしかいないんだよなぁ。兄貴みたいにいっぱい申し込みがあったらいいけど、それなりだし。申し込んでくる女はちょっとうるさいし」
「はいはい、兄弟で、モテてよかったね」
「また、それだ。俺に惚≪ほ≫れているくせに」
「ない」と即答したら、
「てれなくていいぞ」と言ったため、諦≪あきら≫めた。

 食事の支度をしながら、
「うるさいぞ」と言い合っていて、確かにうるさかった。中川の家以外に太郎兄弟もうるさくて、道子の弟も珍しく参加していた。弟はりっちゃんと年が一緒のために、話はしていたけれど、負けるために仲良しとは言いがたいようで、
「そっちに注げよ」「これそっちね」と言いあっていた。テーブルセッティングだけでも時間が掛かっていて、
「二回もやらなくていいじゃん」と次郎がぼやいていた。
「昨日のは法事。今日は健太君と容子≪ようこ≫の卒業祝い。それと詩織ちゃんのアメリカ行きを祝って、
「いいよ、おばさん」と止めた。太郎の母親の大岡のおばさんも手伝っているためうるさかった。
「ほら、並んでよ。記念写真撮るよ」と太郎たちのお姉さんの容子さんが言っても誰も聞いていなかった。
「都美子≪とみこ≫ちゃんも帰って来ればいいのにね」と太郎の一番上のおねえさんの名前を挙げていた。
「結婚したばかりだから、向こうの家に気を使ってるわ」とおばさんがぼやいていた。
「嫁に出すと駄目ねえ。詩織ちゃん、早く来てね」と大岡のおばさんに言われて、何も言わなかった。断りにくいなぁ。
「何を言ってる。詩織は俺のところに当然来る」と悠太が言いだしてほっといたら、
「待て、主役は俺だ。詩織が俺に惚れている以上は考えてやらないと」と健太さんまで言いだして、
「はいはい」といつものごとく流しておいた。
「てれなくていいぞ」と、兄弟で同じ事を言っていた。うぬぼれが強い。
「お前ら、詩織は俺の嫁になる予定だ」と太郎が怒っていて、
「誰か、律子をもらってくれないかしら」と律子のお母さんが聞いたら、シーンとなった。誰か何か言ってあげればいいのに……。
「ちょっと年が」と悠太が言って、
「俺、パス」「俺も」と次々言い出した。
「気立てはいいのに。健康だし、3人も女の子ですもの心配で」とおばさんが言いだしても、
「ちょっとなぁ」と言いあっていた。うーん、毎回、このパターン。ちょうどいい年齢の子だと律子は喧嘩するから年上がいいと言っていたことがあるので、ことあるごとにこうやって聞くけれど、誰もいい返事をしなかった。年が離れすぎているのが原因だろうな。三郎か道子の弟の英輔≪えいすけ≫にしておけばいいのに、そちらにはなぜか聞かなかった。大岡の家の兄弟より中川の家の方ができがいいからだろうけれど、
「道子も誰かもらってやれ」と健太さんが命令口調だった。
「やだよ」
「俺も無理」
「ちょっと性格が」とやり合っていて、結局、無駄に終わっていた。

「詩織さぁ、英語を喋れんのか?」と三郎に言われた。次郎は道子達と話していて、
「さあねえ。それなりに練習中」と言っておいた。
「向こうってさ。ハンバーガーばっかり食べるんだろう?」
「違うってコーラしか飲まない」
「ステーキばっかり食べてるんだってね」と言いあっていて、かなり誤解があるなぁと聞いていた。
「銃を持ち歩くんだろう?」「違うぞ。やっぱり、女の子とデートして遊んでばかりいるんだよ」と言われて、
「映画の見すぎだ」と健太さんが呆れていた。それはあるなぁ。映画のイメージだと、そうなるのかも。
「場所によって違うみたいだね。地域に格差があるみたいだよ。温かいところはTシャツを着てジーパンの人が多かったし。遊んでいる人がいるかどうか知らない。一度しか行ってないし」
「いいよな。都会に行ったと思ったら、今度はアメリカだぜ」と三郎がぼやいていて、
「いや、海星はそこまで都会じゃないよ」と訂正した。
「こっちに比べたらなぁ? 電車の駅だって遠いし、自動車だって小さいのばかりで。乗り合いで軽トラで動いているし」
「健太。あっちにそのまま住むんだろう? いいよな」
「会社の寮に入って仕事するから、自炊≪じすい≫だぞ」と健太さんが笑った。
「いいじゃん、いっぱいいる女に日替わりで作ってもらえば。掃除もしてもらって」
「それはする予定だけれど」と健太さんが言ったので、やっぱり……とは思ったけれど、口は挟まなかった。
「俺も行きたいけどなぁ。地元の大学にいけたら御の字だ」
「俺も同じ」と三郎と次郎が言いだして、
「俺だって東京に行きたかったぞ」と健太さんが笑った。

「戻ってきたら、嫁にしてやってもいいぞ。バイリンガルの嫁なら申し分ないし」とまた、健太さんが言いだして、
「はいはい」と流した。
「詩織はそればっかりだ。惚れてるくせにね」と悠太が言いだして、
「惚れてないと何度言えば」と言っても聞いてなかった。こういうところは楢節さんと違う。あの人はさすがに対象外だと言う事は自覚していた。でも、半井君には似てるのかもね。
「翔太がさぁ、女ともめたんだって」
「違うぞ。それなりにデートしてただけだ。それを勘違いされたんだ。モテるって辛いな」と翔太さんも笑った。この兄弟は……、
「昔は詩織の面倒も見てやったじゃないか、一緒にお風呂に入って」と悠太が言いだして恥かしくなった。
「あれはお風呂が壊れたからでしょう。しかも、小学一年生だった」
「そうか? いいじゃないか」
「良くない。何度も同じ事を言う。まったく」
「てれなくていいぞ」と何度目かの言葉をため息で打ち消した。この兄弟はつくづく……。

 お正月を例年通り過ごしたあと、父と二人で戻ってきた。
「名残惜しそうだったが、仕方ないよな。あちこち離れ離れるなる」と父が言ったので、そのとおりだなと思った。律子の母親が必死なのもそのせいだった。進学して就職して都会に行って戻ってこないからだ。地元で働く子も年々減っているそうで、律子の姉妹の誰かに婿≪むこ≫を取りたいという希望もあって、今から働きかけているようだ。なんだか、今から決められて大変だ。岳斗君は真面目だから勉強ばかりしていたらしくて、あまり話をしていなかった。次郎とは大違いだ。デートもしていたのを目撃されていて、「これで嫁が決まった」と言われているらしい。早すぎるよね。拓海君のあの発言を思い出していた。ああ思っていてくれたのはうれしかったけれど、そこまで考えているなんて思いもしなかった。だから、反対をしていてくれたということも……。うーん……結婚かあ……。まだ、遠い先の夢のような話だなぁ……と考えていた。

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