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説得の方法

 先生との話し合いがつかず、最後まで粘っている男子がいた。保坂君と恵比寿≪えびす≫君だった。佐々木君は迷っているようで、碧子さんは笹賀にすると言っていた。
「困るよね」と小宮山さんが言った。彼女は須貝君と同じ海星だ。海星か笹賀≪ささが≫が一番多いようで、
「峰明≪ほうめい≫は少ないな。刈穂≪かりほ≫は?」と聞いていて、
「そこは遠いけどね。水沼≪みずぬま≫かどっちかといったら、刈穂のほうがいいな」とそばの男子が言い出した。よく分からない。
「でもさぁ。笹賀にする人は少ないよな。地元だから無理しても海星だってさ」と言っていたので、
「近いからだろ」と言い合っていた。交通の便が良くないため、自転車で通う子もいると聞いていた。
「笹賀の方が、帰るとき遊べるじゃん。駅近いし」と言い合っていて、
「そういう基準で選ばないでよ」とぼやいていた。曾田≪そた≫もあまり交通の便は良くない。市橋≪いちはし≫もバス停はそばにあるけれど、という場所だった。光鈴館≪こうりんかん≫が人気があるのは、帰りにいくらでも寄るところがあって、校風がいいからと言うのが理由だった。比較的自由らしい。
「梅山≪うめやま≫、堀北≪ほりきた≫だといくらでも遊べるだろうな」と男子が言っていた。かなり遠くにあるため、通うのに時間が掛かるらしい。他の似たようなランクの学校でも通うのに遠いところは人気がなくて、あまり行く人は少ない。海星に地元の人が多くなるのはそういう理由らしい。
「でもさぁ、商業高校なら女の子が多くていいよな」と美菜子ちゃんが言われていた。
「そうでもないよ。資格試験が多いし」
「そうか、それもあるんだな」と男子が驚いていた。一応、男子も募集はしているけれど行く人は少ない。
「女の子が多いところでね、下のほうだと問題があったらしくて」
「え、俺が聞いたのは日立女子だぞ」
「私が聞いたのは鳳≪おおとり≫女子高」とひそひそ言い合った。
「えー! あのお嬢様学校でもあるの?」そばの子が気になったようで聞いていた。
「滑り止めで受けるやつ多いんだろう?」
「仙道さんと根元さんはミゲールだろうね。桃子ちゃん辺りかなぁ」と言い合っていた。
「詩織ちゃんは受けないんだっけ?」と聞かれて、うなずいた。
「いいなぁ、面接練習しなくていいね」と気楽に言われて、困ったけれど何も言わなかった。前途多難だ。

「Bグループに混ざりなさい」とホームルームの後に先生に言われた。面接練習の順番があって、番号順ではなく、グループ別に受けることになったらしい。
「説明の時は桜桃≪おうとう≫女子の子達と一緒にいなさい。お前のランクはそこになるから。本当なら市橋も狙えたのになぁ」と言われてしまい、そうかなぁ?……と考えていたら、先生が、
「がんばれよ。俺も英語での面接なんて自信ないぞ。初めての経験で」
「えー、そんなこと言わないで下さいよ。先生が2人いるだけでも緊張するのに」
「2人?」
「背の高い怖い先生がもう一人付きますから」と言ったら笑っていた。
 席に戻ろうとしたら、
「何言われたの?」とまた、三井さんが寄って来た。
「落ちたから、相談?」と、うれしそうで、この人が言いふらしたな……とは思ったけれど、
「色々あってね。『take it ezsy.(気楽にいこう)』と言って逃げたら」
「はあ〜?」と大声で驚いていて、
「今の何よ?」と聞いてきたけれど黙っていた。あの人の場合は、一生、あの口で生きていくんだろうなぁ……と考えながら、席に戻って、
「どうかしたのか?」と拓海君が心配しながら戻ってきた。
「面接のグループ分けのことで」と言ったら、
「ああ、あれね。グループに分けなくても番号順でいいだろうに」どちらにしても緊張しそうだなと思った。

「先生はどこ?」と美術室に入りながら聞いたら、
「あ、あの、お願いします」とまた、手紙を持って彼女が来ていて、
「言ったろ。俺は無理。他を当たってくれ」と半井君が素っ気無かった。
「でも、渡すまで帰れません」
「他のやつに渡せ」と怒っていて、
「言いすぎだよ」と言ったら、
「俺は機嫌が悪いんだ。いいか、お前は今すぐ帰れ。俺のそばに来ると八つ当たりしたくなる」と言ったので、すごい事を言うんだなと呆れていたら、
「八つ当たりですか? どうしてですか?」と真面目に聞いていた。うーん、確かに分かってないかも。
「お嬢さんは家にお帰り、僕は彼女と勉強がある。ハウス」と言ったので、家? びっくりした。
「でも」と彼女が困った顔をしていて、
「受け取ってあげたら」とさすがに言ったら、
「いいか受け取るだけだ。決して読まない。それは俺の自由だ。分かったら帰ってくれ」と言って渋々受け取っていて、
「ありがとうございました」とうれしそうにしていて、慌てて帰っていき、「ごーん」とすごい音がしたので見たら、ドアにぶつかっていて、
「大丈夫かよ」と呆れていた。彼女が出て行ったけれど、廊下でバケツか何かにぶつかったのか、すごい音がしていた。
「だろ、ほら見ろ。ドジじゃないか。しかも分かってないぞ。あれはね」
「どう言う意味よ」
「受け取ってくれた。何とかなるかもしれないと思い込むんだよ。あのタイプはね。何でも都合よく捉えてくれて、前向きと言えば聞こえはいいが、諦めが悪くてしつこくて、大変目にあったんだよ。嫌がってるのに空気が読めないから、どこまでもしつこく付きまとってね」
「そうかな?」
「そういう子だったよ。あいつも同じかもよ。これ捨てといて」とラブレターを渡してきたので睨んでしまった。
「まぁ、いいや、後で裏に捨てに行こう」
「読んであげればいいじゃない」
「気がないのに、読む気はおきないね」
「冷たいね」
「仕方ないさ。俺はそういう男だ」
「私には優しいと言うのに」
「それより、どこってなんだ?」
「面接のグループ」
「ああ、あれね。俺はAグループ、赤瀬川≪あかせがわ≫」
「え、レベル高くない?」
「多いよ。蘭王≪らんおう≫はかなり少ないけれど、赤瀬川は幅がある。剛邦≪ごうほう≫が一番多いはずだぞ」
「拓海君、どこだろ」
「赤瀬川だろ。俺と大差はないね」と睨んでいた。
「睨まないでよ」
「やだね。あいつが梅山≪うめやま≫で何で俺が嵯峨宮≪さがみや≫なんだ」とぼやいた。そうか、その辺なのか。
「気に入らない」
「そう言われても」
「私も市橋だって先生に教えてもらった。無理だよね」
「そうか? 曽田なら大丈夫だろうな。後は知らん」
「先生、機嫌が悪いのはどうして?」
「あいつが俺より上なのは気に入らないだけ」
「それでこの前、怒ってたの?」
「当たり前だ。まさか上とはね」
「知らなかったんだ?」
「他人に興味ないからな」
「ふーん、じゃあ、どうして興味が出たの?」
「この間までそんなこと考える余裕もなく勉強してたし、手のかかる生徒がいるものだから」としみじみ言われてしまった。
「お世話かけます」
「お前の場合は、まだまだ危ないよ。エッセー」と言われて、宿題のエッセーを見せたら、すごい勢いで×マークをつけていた。
「えー、駄目?」
「幼稚園児。小学生のような作文を書くんじゃない。それを英語に直すな。仕方ないな。見本を見て真似するところから始めろ」
「どうやって?」
「つまり、短い文章をたくさん読んで、どうまとめてあるか、流れをつかめってこと。お前の場合は国語の作文もまともに書けないかもな。やり直し」と返された。
「はーい」
「分かりました。がんばります」と言いなおされてしまい、
「☆私は最善をつくします。 私はあなたのご協力に感謝しています」
「最後はいいな。そういう言葉は最後に必ず入れる。お前の場合はまだまだだよな」
「はーい」
「それから、そろそろ大統領のテストしないとな」
「えー!」
「文句を言わない」と言われて、泣きたくなった。

「ワシントン、アダムス、ジェファーソンに、マディソンだったっけ? モンロー」と言いながら歩いていたら、
「あら、お勉強?」と近所の人に言われて頭を下げた。笑われてしまい、恥かしかった。
「ジャクソン、違う、アダムスだったっけ? バン・ビューレン。みんな聞いたことないよ。人数が多いな。ケネディは有名だね」と言いながら帰っていた。
 家に帰って、家事を終えて、宿題片付けようかなと思ったら電話が鳴った。
「もしもし」
「亀よ」と言ったので、この声は……と呆れていた。
「楢漬ちゃんよ」
「うるさい。少しはやってるか? ニイハオ」と楢節さんに言われて、
「I haven't seen you for a long time. How have you been?(久しぶりですね。 お元気ですか?)」と言ったら、
「発音がいまいち」と言ったので、切ろうかと思った。
「そういう憎まれ口を叩くためにわざわざ電話したんですか?」
「いや、そう言えば仲直りしたかどうかを気になってね。勉強の合間の暇つぶしに掛けてみた」と言ったので、また切りたくなった。
「お礼が遅れてすみませんでした。何とか仲直りはできましたので、その節は大変にお世話になり」
「いえいえ」と悪びれもせず答えたので、全然変わってないなぁと思った。でも、楢節先輩の方が健太さんより話が分かるので楽だった。一通り説明したら、
「俺って、やはり、すごいよな。半井が言っても駄目だったのに、俺が言ったらすんなりだ。説得上手は俺の事を言う」
「はいはい、先輩はすごい。海星一すばらしい先輩です。額に飾っておきたいくらいです」
「落書きするくせに」と笑っていた。
「でも、どうして、納得したんでしょうね」
「それはあれだよ。ポイントを掴むのが上手なんだって。俺はね」
「ふーん、そうですか?」
「押して駄目なら引く。タイミングを見る。相手のツボをとらえる。こういうのが上手なんだなぁ」と自画自賛≪じがじさん≫していて、
「はいはい」と言ったら、
「相手が何を怒ってるか分かってないと出来ないんだよ。半井はまだまだ甘いね」
「どうして?」
「言っていることは確かに間違ってないさ。でも、言い方とタイミングが重要。後は相手との距離だな」
「意味不明」
「よーく考えてみようね。あいつが何に怒っていて、それをどう解きほぐしたらいいのかという部分を押さえてないってこと。お前の心配をしすぎてる……だけじゃ甘いさ。お前の事をどう思って、なぜ反対しているのかという部分を会話の中でつかみ、的確に判断して相手を説得するってこと。相手が言ってほしくない事だけ並べてたって、一之瀬のように反発するだけ。相手が言ってほしいことだけ言っても無理だしね。そういう駆け引きが、半井、山崎、2人とも甘いってこと」
「うーん、なんとなく分かる」
「山崎に取っては家族も同然。そう聞こえたからな。じゃあ、それに見合った説得をする。例えば、家族が心配なのは分かるけれど、相手の自主性を潰していいのかとか、そういう事を言ってみる。他の方法も提示してみる。そういうこと。ただ押しても相手を怒らせるだけで損だよって話」
「先輩が説得してくれたら、一之瀬さんも聞いたでしょうね」
「ああ、あれは無理」
「え、どうして?」
「親や周りの人たちぐるみで変えていかないと無理な場合があるぞ。親は黙認していたり、親も似たような事をしている場合は、自分もやってもいいと思ってるからなぁ。それじゃあ、反省はしないさ。価値観が出来上がってるわけだから」
「なるほど」
「それに下手に関わると俺に逆恨みするタイプ。できるだけ関わらない方がいい。俺の危険信号がそう言っている」
「黄色ですか?」
「そういうこと。俺と相性が合わないから、俺が説得しても無理だな」
「半井君なら、大丈夫ってことですか?」
「さあねえ。優しくしてもらって、心から誠実な男に感化されたらいけるかもなぁ」弘通君しか無理だなぁ。
「それより、少しは発音、何とかしろよ。こっちに帰ってきたら、デートぐらいはしてやるから」
「いいです。そういうことは他の女性で間に合うでしょう」
「両手で足りないんだよ」
「はいはい」と言って電話を切った。先輩ってすごいんだか、変なんだか、やっぱり分からないなと思った。


花言葉

 周りが面接の練習をしている子もいれば、雑談をしている子もいて、男子は誰がどこの高校なのかで聞きあっていた。
「でもさぁ。メル君やっぱり駄目なのかなぁ」とそばで言っていて、
「メル君って?」と聞いた。
「メロンが好きなんだって。だから、メル君。今1年生でかわいいの」と女の子が言い合っていた。メロンでメル? 微妙だなぁ。
「小宮山の弟って、確か、チョコで人気があるんだろう?」
「そうかもね」と遼子ちゃんが気に入らなさそうだった。
「なんで、そんな顔をしてるの?」とみんなが笑っていて、
「だって、最近、モテるからって生意気」と怒っていた。
「一年生で一番かわいいのが、能見さんだよな」
「え、俺、テニス部の子がかわいいって」
「バスケの川手さんだよな」と男子が言い合っていた。しっかり、そういうことは知っているらしい。
「この学年だと誰?」
「前ならさぁ。本宮とか戸狩とかだけど、決まってるし。山崎も付き合って長いからなぁ。後はフリーだと」
「桜木君は?」
「川原とうまくいったみたいだぞ」とそばの男子が教えていて、
「え、そんな」と遼子ちゃんがショックを受けていた。前末さんがそばにいて聞こえたらしくて、浮かない顔をしているのが見えた。
「半井君は?」とそばの女の子が聞いていて、
「あいつ、駄目という人と素敵という人と分かれるんだよ。男子も同じ。霧ちゃん狙いの男子、あいつをライバルだと思ってる光鈴館狙いの男子とか結構、駄目と聞くな。俺は別にあれぐらいは言ってもいいと思う。俺たちが言えない事を代弁してくれてるだけだし」
「俺も同じだな。言いたいけど、女子って怖いからな。裏で結構ひどいことを言うらしいじゃないか。敵に回すより遠くで見ていたほうが安全」
「男子って弱気だなぁ」と女の子が呆れていて、
「えー、だって、去年も一昨年も怖かったぞ。一部の女子。さすがに近寄れなくて」と言った男子がいて、みんなは誰も何も言わなかった。
「でもさぁ、半井君はどうして佐倉さんとよく話してるの?」と聞かれてしまい、
「英語の事で色々教えてもらっているの」と答えておいた。どうせ、そのうちばれてしまうだろう。
「いいなぁ。英語が話せてさ。向こうに住んでたら、良かった」
「そうだよな。向こうにいけば二ヶ国語もれなく話せていいよな」とそばの男子に言われて、そんなに甘くないけれどね……と言いたかったけれど言えなかった。

 昼休みに半井君に会って、大統領が言えるかどうか聞かれて、ため息をついた。その後、さっき男子に言われた事を聞いてみた。
「ああ、それね。仕方ないさ。結構、多いぞ。向こうに来ていても同じ事を思う人が多かった。全然やらなくて、会話もあまり上手じゃないまま戻るやつも多いからね。日本人とだけ話していたら、それで不便はないし。日本人学校だけ行ってるなら、そこまで話せないかもね」
「そういうものかな?」とため息をついた。
「でも、帰国子女に対してはそういう勘違いしてる人は多いよ。必然的に英語を使わないといけないからすぐに身につくだろうと思われてしまうからな。そうは甘くないと思うけど」そうだね。全然上達してない気がする。
「仕方ないさ。そういうのは違いはあるさ。隣の芝生なんだろう。実際に自分が経験したわけじゃないから、想像できないんだろうと思う。部活でも勉強でもそうだよ。結構、言われたよ。『俺がやったらもっと上手だ。俺ならもっと早くできるようになる』一向にやらないけどね」
「え?」
「仕方ないさ。そういうのはね。自分でやってみて初めて分かるんだよ。芸能人やスポーツ選手をお金を持っている、テレビで注目されているという部分だけで『うらやましい』と言っているのと、実際に目指すのとでは違うからね。大変だと思うぞ。ああいうのもね。スポーツエリートになるのだって、かなり小さい頃から休みもなく、友達と遊ぶ事もできずに練習してるんだろう? 向こうは日曜日は店も休みだし、部活もやらない」
「そう言えば、久実さんがそういう話をしていたね」
「でも、こっちって。部活は熱心なところだと祝祭日、夏休みもつぶれるだろう? その間に旅行だってあまり行けないんだろうしね」
「そうだよね」
「仕方ないさ。実際やってみた時にどう言うか聞いてみたいね」遠藤君も言う事を変えていたと思い出した。そういうものかもしれないなぁ。
 彼と話したあと、教室に戻ったら、みんなが見ていたけれど碧子さんのところに行った。
「皆さん、気になるようですわね」
「なにが」と席に着きながら言った。
「あの方がどこに行かれるかですわ。お金持ちだという噂もあり、他の噂も流れていますし」
「他の噂?」
「佐分利さんが何か言ったようですけれど、桃子さんが聞いても誰もが教えてくれずに逃げるそうです」うーん、あれだ。
「あら、知ってらっしゃるの?」と聞かれて、ため息をついた。
「あの方は不思議ですわね。それより、気になることがありますの」
「なに?」
「本にはさんであった、手作りのしおり。あれって、もしかして?」と聞かれて、困っていたら、
「あの花言葉を調べましたの。気になりましたから。姉が知っているかもしれないと思い聞きましたら、あまり馴染みの深い花じゃないですからね。それで、姉がそういう本を持っていて調べてくれて」
「へぇ」
「そこに載っていたそうですわ。素敵な言葉ですけれど、受験生には合いませんわね」
「え、どういう意味?」と聞いたら、困った顔をしてから、
「私を信じてください」
「へぇ、いいじゃない。受験向き」
「そうじゃないと思いますわ。もう一つありますから」
「え、なに?」聞くのがちょっと怖いかも。
「それが……」と言いにくそうしていて、
「もしかして、あの方がお描きになったのでは?」と聞かれてしまい、どう答えていいか迷っていたら、
「私に振り向いて……なんですけれど」と言われてしまい、呆気に取られた。うーん、そうきたのか。
「ですから、お伝えしたほうがいいのか考えてしまって。詩織さんは絵が苦手だと文化発表の時に何度もおっしゃっていたから、そう言えば変だと気がつきまして、それで、もしかしたらと思いまして……」あの人は、まったく……。そういう事をして。
「どうかしまして?」私が苦い顔をしていたのに気づいて聞かれてしまい、
「色々あって。怒られてばかりいるけれど」
「そうでしょうか。あの方は優しい方なのだと思いますわ。そうでなければ厳しくはしません。他の人になんと言われようと話しかけているのも同じ理由でしょう」
「何か言われているの?」
「男子が言っているようですわ。女の方は前からですから、気になさいませんように」と言われて、確かにそうだけどね……とは思ったけれど、面白くなかった。
「あの方がどこに受験するかは興味があるんでしょう。でも、光鈴館を狙っている方は、あの方がどうするのかが気になるようで、それで隣の組でやっかんで言う人がいるようですわ。仕方ありませんわよね。人気がある学校ですから」
「そういう理由なんだ」うーん、困ったぞ。本当のことはどうせばれてしまうだろうけれど、それでも、また、佐分利君の時のようになったら……彼までまた怪我したら……と心配になった。

 放課後に、美術室に行った。
「先生、寒いからここでやるのをやめたら?」
「許可は取ってあるさ。『家で勉強すると集中できないので』と言ったら、いいってさ。実際、勉強してるんだ。先生に取っては喜ばしいことだ」
「あなたは真面目だね。何してるの?」難しそうな本を読んでいた。漢字の問題集も横に置いてあった。
「色々。お前も向こうにいってもやれよ。漢字などの能力が足りないと大変だからな。向こうに行っても日本の本は読んだ方がいいな」
「そうだけれど。それより、先生、あの意味深なしおりはやめてください。気づかずに喜んで使ってしまったじゃない」
「いいだろ。かわいいと喜んでくれたじゃないか」
「だからって、ああいう花言葉のはちょっと」
「振り向いてほしいし、信じてほしい。俺の切実な願いだね」
「あなたはやることが気障≪きざ≫だね」
「そうか? それぐらいはするさ」
「日本人の男の子はしないと思うなぁ。この年になると話をするのも嫌がってる男子が多いよ」
「興味はあるに決まってるさ。気になってるから、かっこつけてるだけ。実際に興味がないやつもいるだろうな。俺と同じようにひどい目にあってたり、兄弟が強くて夢がもてなかったりはあるらしいよ」
「兄弟?」
「喧嘩してばかりいてさ。実際の裏の姿もお互いに見てるわけだ。家でどういうかっこうして過ごしてるとかね。『ジャージばかり着ていて、テレビ見て馬鹿笑いしてる姉を見たら、女って裏表あるなと思う』と言っていたやつがいたね」うーん、人のことは言えないかも。家で、そんなにかわいい恰好してないなぁ。
「俺も同じ年で、しかも同じ学校の子とこうなるのは初めてだからね」
「今までいたんじゃないの?」
「ハイスクールと大学生とか色々ね。同級生、年下はそれなりかな。遊び程度。ランチで一緒するぐらい。デートと言っても親密なのは少ないね。離れたところに住んでた人も多いからな。ライアンの紹介で知り合った女の子はそうだったからな」
「ふーん」
「それよりちゃんと使えよ」
「そう言われても、もう、学校で使えないよ」
「別にいいんじゃないか。ばれないだろう」
「碧子さんに教えてもらったから」
「お前って鈍いやつ」
「あなたはいつもそういう事をするよね。いい加減、拓海君が怒るから冗談はやめて」
「☆呆れて物も言えない。鈍すぎ」
「また、そういう事を言う」
「☆お前は頑固」
「ごめん、分からない」
「お前の場合は、先入観でものを見すぎてる。『☆あんなことを言うんじゃなかった』」
「言ったのはあなた」
「だとしても、『☆こんな経験は初めてなんだよ。何度言えば分かるのか』」
「意味不明。あなたが色々言うから、こうなったんでしょう」
「あ、あの……」と誰かが声をかけてきた。扉が少しだけ開いていて、
「えっと、喧嘩ですか?」と三つ編の女の子がやってきた。
「君、名前なんだっけ?」と半井君が聞いた。知らなかったらしい。
「私、竹野内です」とうれしそうだった。
「せっかく、大事な授業をしてるから、悪いけど遠慮してもらえないか」授業だろうか?
「え?」
「手紙は読まなかったし、君の気持ちに応えるつもりはない。その三つ編もちょっとね」
「ほどいてくればいいですか?」と聞いていて、
「そう言う問題じゃないけれど」
「美容院に行って来ます」と言って出て行った。
「どうするの?」
「ほらな。全然わかってないだろう? 会話が成り立たないんだよ」
「でも、眼鏡を取って髪型変えたら、すごいかわいい子だった……ということは」
「ないな。それぐらいは分かる」
「そう?」
「それより、お前の場合は教育しなおさないといけないよな。英語で言われて英語で返せるようにならないとね」
「授業なんですか?」
「喧嘩っていいよな。結構、言葉が色々出てくるし」
「喧嘩なんて出来ないよ。英語だと、もっと無理」
「そうか? 結構、言ってると思うけど」と彼が呆れていた。

 拓海君と話していて、楢節さんが言った事をそれとなく報告しておいた。さすがにまったく言わないのも変だと考えたからだ。
「あの人って、やっぱり無理。結局、おちょくってる気がする」と、拓海君が呆れていた。同感。
「俺もあの人の手のひらで躍らされている気がする」
「かなり上を歩いている気がするなぁ。前じゃなくてね」
「そうだろうな。上から目線で物を言われても当たってるだけに反撃できやしない」言えてるなぁ。半井君なら言えても、あの先輩だと妙に納得してしまうところがある。
「似てる人がいてね。あの人とそっくり。K大を今年卒業して就職、地元優良企業に入って、女の人がたくさんいると自慢していた」
「へぇ、頭がいいんだな」
「でも、うぬぼれが強かった。あの兄弟全部」
「なんで?」
「兄弟全員、自分に振り向かない女性はいないと思い込んでいる。私のことも同じ」
「すごくおめでたい人だな」
「確かに条件だけなら、あの地域ではモテると思う。背もそれなりにあるし、見た目も悪くはないんだろうね。ただ、自信満々で会話してると、返事ができなくて」
「ふーん、なるほどな。それで楢節さんにあの態度だったんだな?」
「よく似てる。唯一違うのは自分には惚れないと自覚していたところだけ」
「かもな」
「話は分かるから楽だけど。あの人と付き合う人は大変だろうね」
「そうか? そう言う人なら厳選してつき合いそうだぞ。遊びならともかく」ありそうだな。今も同じ事をしていそうだ。
「女性に熱心な人は遺伝なのかな?」
「俺に聞くな。親父はそれほどでもないよ。弟だって部活に必死。モテるとか聞いたけれど、そう言う浮いた話はないね」
「楢節さんのお父さん、どうだろう?」
「堅いんじゃないか? 職業柄ね」そうかもしれないなぁ。お母さんに似たのかも。

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