home next

機嫌が悪い先生

 朝から先生も生徒も落ち着かなかった。風邪を引いている人もいて休んでいる人もいた。休み時間は雑談する人が多くて、あれこれ聞いてくる人もいたけれど、ほとんど言わなかったら、そのうち聞かれなくなった。それどころじゃない。試験があるからだ。
「佐倉?」と呼ばれてそっちを見たら、半井君で、みんなが見ていたため、行かなかったら、堂々と入ってきた。うーん、向きになってるなぁ。
「宿題」と言われたので、仕方なく、ノートを取り出して立ち上がったら、
「ここでいい」と言い放った。言い方がつっけんどんだったために、
「怖い」とそばの男子がこちらを見ていた。半井君はノートを見てから私の頭をバコっと叩いた。
「痛いです、先生」
「また、間違えている」とにらまれて、
「そうですか」と素っ気無く言っていたら、半井君が気に入らなさそうにしていたけれどノートを持って戻って行った。
「喧嘩でもした?」とそばの子に聞かれて、あれがいつものやり取りだとは言わずに、
「あの先生は怖いから」と言って碧子さんの方に避難した。
「あいつって、結構乱暴者だな。容姿に似合わない」と近くにいた佐々木君が笑っていて、
「怖い先生だ」と言っていたら、
「そうでもありませんわ。心配だからああしているのでしょうね」と碧子さんに言われて、
「そう言われても、ちょっとね。優しい先生のほうがいいなぁ」と近くの席に座りながらぼやいてしまった。
「それじゃあ、無理だろ」とそばにいた桜木君に言われてしまった。
「なんで?」と周りの子が聞いていた。
「アメリカに行くってことはもれなく全員英語だろ」と言われて、ヒスパニックも多いし、アジア系も色々いるよ……と言いたかったけれどやめておいた。
「そういうことは今からやっとくのは正解だね。俺は別に英語だろうが日本語だろうが物怖≪ものお≫じしなくてどんどん話しかけられるタイプだけど、お前って無理そうだな」と桜木君に笑われてしまった。
「霧も話してるんでしょ? 彼氏、外人だって」
「あいつは誰でも話しかけるからな」
「一之瀬さんも英語かな?」
「ロザリーに聞いた。日本語だって。相手の外人は優しいらしいぞ。きつめの女の子が好みなんだって」
「えー!」とみんなが笑っていた。
「いいよな、外人の友達ができるってね」
「向こうの家って大きいんでしょ」
「そうなのかな? 食べ物は?」と聞かれてしまった。何も答えなかったら、
「なんで言わないんだ?」と佐々木君に聞かれてしまい、
「そういう余裕がないの。英語とか生活とか不安になるからやめてもらえると助かる」
「そう言われたらそうだよな。いきなり言葉通じないところに行くのと、インターナショナルスクールとでは違うよな」
「それって、デマだったんだね?」
「いいだろ、ほっとけ」と桜木君が止めた。
「そうだけど」
「山崎に怒られるぞ。また、間に入って、うるさく言いそうだ」とそばの男子が笑った。
「でもさぁ。いいなぁ、アメリカにお父さん転勤しないかな」
「俺のところは地元だからないな」
「俺は海外はないぞ」とみんなが言い合っていた。

 昼休みにまた半井君が来て連れ出された。腕のところをつかまれて、
「先生、痛い」
「それぐらい英語で言え」と手を持ったまま睨んだ。怖いなぁ。機嫌悪そう。
「ouch」とそばの男子がふざけて言った。
「☆誰に物を言っている。さっさと付いてくる」と英語で言いながら睨んでいた。
「機嫌わるそー」とそばの男子がからかっていた。教室を出てから、
「ええと、先生」
「英語で言え」と言われてしまい、
「Well, teacher……」
「☆何か言いたいことでも? 」
「☆どうか機嫌、直してください」
「☆微妙」
「What?」
「☆お前の態度に問題がある」
「何の関係が?」と言ったら、にらまれた。
「英語」と言われて、
「☆ごめん、始めよう」
「全然駄目」とノートを渡された。
「お前の場合は本読んでるだけだと無理のようだ。課題、依頼の文を丁寧な順で並べてこいよ 『Would you〜?』とか『Can I〜?』とか」
「Ok,boss.」
「ボスだってよ」近くで見ていた男子が笑っていて、半井君が睨んでいた。
「こえー」と逃げていて、
「『often,always,sometimes,usually,never』を頻度順に並べてこい」
「早いんですけど」と言ったらにらまれた。
「お前の場合はまだまだなんだよな」と呆れていて、
「☆女どもが俺に話しかけてきて、気分が悪い」
「☆それはいいね」
「☆どこがいいんだよ、最悪だ」
「☆あなたはかっこいいもの。素敵なバレンタインになるといいね」
「☆お前、最近、生意気」
「☆からかってるの?」
「☆気づけよ。俺はお前のボーイフレンドになる予定」
「☆い、いいえ。あなたは男友達」
「☆俺がどれほど心配(care)しているかわかってないな」
「世話?」と聞いたらまた叩かれてしまった。
「英語で喧嘩してるぞ」とそばの男子に言われて、
「So what?(それがどうした?)」と半井君が英語で言ったけれど、
「あのー、先生、そろそろ戻りたいと思います、じろじろ見られるのは苦手です」と見回した。離れた教室の人も見ていたので、
「☆やじうまだ。ほっとけ」と怒っていた。
「英語で話してるよ」とそばの人たちがこちらを見て言っているのが聞こえて、
「☆先生、戻りましょう」と頼んだら、
「ほっとけ。そのうち言わなくなるさ。それより、その態度を改めろと言ってる。だいたい、昨日も勝手に切りやがって」
「先生は機嫌が悪い。だから態度を改めたほうがいいよ。そのほうがモテる」
「俺の勝手だろ」
「なにかあったの?」
「霧に怒ったら、全然反省してなかった。あいつも呆れるぞ。向こうにまだ行くとか寝ぼけた事は言ってるらしいが」
「いいじゃない。遊びに行くぐらいは」
「俺たちの事を邪魔するに決まってるさ。巻き込んで色々言ってきそうだぞ」
「そう言われても」
「それより、テストは今日やるから」
「えー、保留じゃないの? しばらく様子を見たほうが」
「ほっとけばいいさ。追い返せば」
「でも」
「どうせ私立の試験があるだろ。それどころじゃないさ」
「そうだけれど」
「山崎には先に帰ってもらえ、今日は時間がかかる」
「でも」
「あいつだって受けるんだろ。だったら、そのほうがいい。風邪引くと俺も困るからな。お前も温かくしていろ」
「そうだけど」
「なんだよ」と睨んでいた。
「先生といるとまたやっかまれるよ」
「俺が処理してやるよ。乗りかかった船だ」
「でも」
「いいか、お前のその弱気な態度がつけいれられるんだ。確かにやっかむやつはいくらでもいるだろう。嫌味や当てこすりや色々あるかもしれない。でも、お前も俺も本来なら関係ないんだ。そっちの問題であって、俺達がどうしようもない部分には立ち入らなくてもいい。そう考えておかないとこれから困る」と言われて、そのとおりだと思ったけれど、
「向こうじゃ訴訟は日常茶飯事。一之瀬達のような事をしてみろ。訴えられてもおかしくない。先生も注意する人が多い。居残り、呼び出し、そういうのがある。生徒もそういうことには敏感だ。こっちでは大目に見てもらえることは向こうでは甘くないかもな」
「そうかもしれないけれど、でも」
「だから、気にしなくてもいい。普通にしていたいと言ったのはお前だろ。相手にはしない、でも、俺は駄目だな。どうしても怒れる」
「トラウマがありそう」と何気無しに言ったら、黙っていて、
「ごめん」と言ったら、
「あいつらはほっとけ。今からしっかり勉強しておけよ。テストで不合格だったら、罰ゲームを考えておかないと」
「嫌だなぁ」
「ありがとうございますだろ」と言って戻って行った。
 
「あいつは遠慮がなくなったな」と拓海君が寄って来た。
「一緒に帰れなくなった、ごめん」
「なんで?」と聞かれて説明した。
「あいつ、追い掛け回されてるみたいだけど、大丈夫か?」
「知らない。困ったなぁ。まだ、危ないなぁ」と言ったら、
「あいつ、叩きすぎだ」と怒ってくれたので、
「ごめんね、心配かけて」と言ったら、
「俺ができたら教えてやれるのに」と言ってくれたのでうれしかった。
「少しは話せるようになったようだな」と聞かれて、
「無理、長い文章が言えない。私は〜と思う。あなたは〜である。その程度。文法がちょっと」
「そうか、それはあるかもな。日本語から英語に直すのって難しそうだな。しかも紙に書くわけじゃなくて頭で考えて口に出す訳だろ。しかも、あまりゆっくりやってたら困るし」
「そういう事だよね」とため息をついた。

「わあじまも、ワシントン、アダムス、…………、貼りたいポーク、ハリソン、タイラー、ポーク」
「なんじゃ、それ?」とそばを通りかかった男子が笑った。
「そんなのあったっけ?」と言われて、笑ってごまかした。
「てらフィルピアブリン、テーラー、フィルモア、ピアース、…………、あー栗針栗、アーサー、クリーブラン、ハリソン、クリーブラン」と言っていたら誰かが笑っていた。弘通君と須貝君だった。
「それはなに?」と聞かれてしまい、
「アメリカ歴代大統領」と言ったら2人が顔を見合わせていた。
「そんなのも覚えるの?」と須貝君が驚いていた。
「半井先生に覚えるように怒られた」と言ったら、
「そうか、そういうのもあるんだね」と弘通君も驚いていた。
「大丈夫?」と優しく聞いてくれて、
「ぼちぼちやってるの」と言ったら、
「がんばってね」と言ってくれて、頭を下げて通り過ぎた。
「いっぱいやってるみたいなんだ。かなりノートを作っていて、英語のノートだけでも何冊もあってね。俺もがんばらないと」と須貝君が言った。
「そうだね。自分で努力するしかないよな」と言い合っていた。

 美術室入ろうとしたら、やはり女の子が来ていた。竹野内さんまでいて、囲まれていた。
「悪いけど先約がある。帰ってくれ」と半井君が追い返していて、
「えー!」とみんながぼやいていた。
「やってきたか。また、間違えたら、許さないからな」と半井君ににらまれて、
「I got it, teacher.」と言ったら、女の子が、
「え?」と驚いていた。
「悪いけど授業がある。先に帰ってくれ。時間が足りない。覚えたか?」と言われて、
「一応」と言ったら、にらまれた。
「英語で言え。やり直し」とにらまれて、
「Ok,teacher. Of course, I did my best.」
「☆生意気なやつだな」と睨んでいた。
「え、えっと……」と戸惑いながら、「じゃあね」と女の子達が不思議そうに帰っていた。
「☆続きをやるぞ」
「Ok, teacher.」
「恋人同士の会話……じゃあ、ないわね」と廊下に出てから女の子達が不思議そうな顔をしていた。
「半井君、厳しかったね。うーん、さすがにああやられたら、きついかもねえ」と言い合っていた。彼が質問してきて、
「アメリカ建国の父」
「ワシントン」
「独立宣言起草者」
「ジェファーソン」
「ニューディール政策」
「ルーズベルト」
「どっちの?」
「フランクリン」
「よろしい」とやっていた。

「疲れた」
「まだ駄目だ。もっとちゃんと読んでおけよ。今度は50州の方をやるからな。前みたいに、駄目だと罰ゲーム決定」
「えー!」
「今のも不合格。日曜に来い」
「行くの?」
「当然だ」
「なんだか疲れるなぁ。休日ぐらいはあなたの怒鳴り声を聞きたくない」と言ったらにらまれた。
「☆もっとあなたを知りたい」
「は?」
「ぐらい言えと言っている。『☆あなたの声を聞いていたいわ』と何故言えない。」
「ない。怒られるの苦手」
「困ったやつ。愛の言葉ぐらい言えよ」
「ない。あなたとは友情も愛情もない。あるのは師弟関係」
「お前は呆れる。『☆俺はお前と素敵な恋人になれると思う』」
「That's impossible.(ありえないでしょ)」と言ったらじろっと睨んでいて、
「お前は日記に俺が書いたことを次から次へと真似して言っているのはいいけど、少しは他のことも言え」
「子どもですから」
「都合のいいやつ」と睨んでいた。
「次の言葉を英語で言え。納得できない」
「えっと」
「次、そんなはずはない」
「え、分からない」
「あなたの意見に賛成」
「『I agree with you.』かな?」
「その通り」
「『That's right.』これは覚えた」と言ったら笑っていて、
「私はそのように思いません」
「I don't think so.」
「どちらでもいい」
「うーん」
「まだまだ、とっさに言えないようだな。基本だぞ」
「ごめん、見直す」
「すっと言えるようにしておいたほうがいいよな。この辺はね」
「Ok.」
「宿題出すぞ。次の日本語を英語に直して来い」と言われて、いっぱい出された。今までよりハードルが高い。
「それぐらいはちゃんとやれよ。お前は短い文章ばかりだからな。構文もやったほうがいいし」
「うーん」
「そういう顔をするな。返事でよく使うのだけは頭に叩き込んでおけ」と睨まれてしまった。

back | next

home > メモワール4

inserted by FC2 system