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男子の理由

 テストが続々返されて、
「三井、覘くなよ」と男子がそばを通るたび次々言ったので、びっくりした。
「どうかしたのか?」と先生が聞いていて、
「いえ、何でもありません」と男子が笑っていた。三井さんは、自分の答案は必死になって隠していて、でも、男子の答案や私のを覗こうとしていたため、
「いい加減にしなさい」と厳しくて有名なベテランの先生に見つかって、
「三井は目に余る」と怒られていて、
「ひどい、私だけ」と口走ったら、
「よく言うよ。人のは言いふらしておきながら」とそばの男子が小声で言っているのが聞こえた。
 数学のテストの時に、また、
「本郷95」と言いながら返していた。拓海君や本宮君は100点で、
「うらやましい」と言われていた。
「80、55、もうちょっとがんばれ」と言われるたびにうな垂れたり喜んでいる人を掻き分けて、私の点数も呼ばれてしまい、ボーダーは越えていたのでほっとしていたら、
「まただ、あいつに教われば良かったよ」とそばの男子に言われてしまった。
「ふーん」と手越さんがそばにいて睨まれてしまった。怖いなぁと思いながら席に戻ったら、
「やめてよ」とすごい音がした。手越さんが男子を叩いて、相手の目に当たったようで、
「痛い」とその男子が目を押さえながら、後ろにのけぞっていた。
「痛ってー!」とずっと目を押さえていたため、
「なにがあったんだ?」とみんなが聞きあっていた。
「手越、どうした?」と先生が聞いた。
「覘こうとしたのよ」と手越さんが睨んでいたら、
「覘くかよ。お前の点数見たって仕方ないだろ。あの学校を受けるようだし」と別の男子が怒っていて、目を押さえながらうずくまっている男子を見ていた。
「目を洗ってきなさい」と先生に言われて、男子が洗いに行った。みんなが手越さんを見たら、泣きそうな顔をしていて、
「ちょっと、言いすぎよ」と仙道さんが言い出したら、
「えー!」と男子が一斉に抗議していた。
「だったら、俺はどうなるんだよ」
「俺だって言われたぞ。三井とそいつに」
「俺が聞いたのは佐倉はどこの学校も行けなくて滑川でさえ行けないと聞いたぞ」と男子が言ったので驚いた。
「俺も聞いた。一之瀬とかどんぐりとかが結構ひどい事を言い合っていたし」
「やめなさい」と先生が止めた。
「点数の差があるのによく言うよ」と別の男子が言いだして、
「やめろ」と本郷君が止めた。
「大丈夫?」と仙道さんが手越さんに聞いてあげていて、
「いい加減にしなさい。そういう話はしてはいけない。受験を控えて、気持ちが高ぶっているのは分かるが」と先生が注意をしていて、
「三井達を放置したのが悪いんだろ」と男子が怒り出してしまい、みんなが口々に不満を言いだして、
「落ち着きなさい」と先生が止めていた。

「まったく」と赤木先生が言ったけれど、
「私たちのせいじゃない」と三井さんと手越さんがぼやいていた。職員室には先生はまばらで、
「おなじみな顔だな」と声を掛けられていた。
「帰れコールの時に懲りたんじゃないのか」と先生が呆れていた。男子のコールは3学期になって終わったけれど、それでも不満は溜まっていたようで、
「あんなのひどい」と三井さんが怒っていた。
「受験もあって、あと少しで卒業だと言うのに、お前たちは……」と守屋先生がやってきた。
「こういうことは言いたくなかったが、お前たちの言動は目に余るということから、バスケ部でも苦情が出ていた」とため息をつきながら手越しさんを見ていて、
「え、でも」とさすがに手越さんが困った顔をしていた。
「そのときから『どんぐり』というあだ名があることは知っていた。でも、止めたというのに、どうして言われるのか分かってるのか?」と先生が聞いて、
「え、だって、そんなのはあの人たちがひどい人たちだから、私たちの事を平等に扱わないから」と手越さんが言ったため、
「すぐ休む。文句を言う。ボールなどの片付けの時はゆっくりやってきて、片付けるふりをしてほとんどやらない。誰かに文句を言われたら、その子の悪口を言う。そういう態度が目に余ったために言われたらしいぞ」と守屋先生に言われて、さすがに手越さんが恥かしそうにしていた。
「練習に参加する態度に不真面目なものがあれば、真面目にやっている者からしたら面白くないのは当たり前だ。それを不平等とはちょっとな。クラスで問題になっているのも同じだ。どうして言われるか、それはお前と三井がやったことが男子にとって一番面白くないことだからだ」と守屋先生に言われて、
「え?」と2人が驚いていた。
「当たり前だ。みんなはテストの問題を解くために必死になって勉強してきて、そうして点数になっている。ところがお前たちは前から目に余る行動をしていて問題がある。だから、腹が立つんだぞ」と怒られて、さすがに2人がうな垂れていた。
「のぞかれた人の気持ちになったことがあるか? お前たちの点数をのぞいていたと言うより、お前たちがまた不正をしていないかの確認じゃないのか?」と聞かれて、何も言えなくなっていた。

 碧子さんが橋場君とうれしそうに話をしているのが見えて、彼女達は卒業後はどうなるんだろうなと考えていた。
「どうした?」と拓海君が寄って来た。
「なんでもない」と言ったら、
「あそこも長いよな。俺たちも長いけど」と言われて、
「ずっと続くといいね」と言ったら、
「そうだな」と言ってくれた。信頼できるかどうか……拓海君の事を疑っていた訳じゃない。私の方に問題があるな……と考えていたら、
「なんだか、元気ないな?」と聞かれて、
「あれだけ怒られ続ければ自信がなくなる」と言ったら、
「あいつが厳しいから、女子は気づいてないのかもな」と言ったので、
「どう言う意味?」と聞き返したけれど答えてくれなかった。

 掃除しながらぼんやりしていて、
「佐倉、雑巾」と言われて、
「Dustcloth」と言いながら渡していた。
「は?」とその男子に言われて、
「ああ、ごめん。ちょっと」と言いながら戻ろうとしていて、
「『出すと苦労』って、なんだ?」と聞かれたけれど、まだぼんやりしていた。
「ゴミ箱に捨てて」と男子が塵り取りをあげていたので、
「Garbage」と言ったら、
「ガレージ?」と聞かれて、発音がまだまだだなぁと思いながらゴミ箱を持ち上げた。
「佐倉が変だ」と男子に言われて、
「最初のが雑巾、次のがゴミ箱だよ」と本宮君が解説してくれた。
「おーい、気が早いぞ」と言われたけれど、日常生活の中で使っていくように半井君に言われている。家でやっているため、気が緩み学校で出てしまったようだ。
「ごめん、気をつける」と言ったら、
「そういやあ、こういう単語は知らないかも」と男子が言いあっていて、
「ロッカーだろう、デスクにチェアー」と男子が言い合っていた。

 眠いなぁと歩いていたらつまずきそうになって慌てて体勢を立て直そうとしたら、近くにいた女の子たちがゲラゲラ笑った。しかも、かなり感じが悪かった。見下すような嫌な視線をしていて、一之瀬さんたちだったけれど、そばを通りかかった瀬川さんに、
「知らないわよ。後で呼び出しくらっても」と言われていて、
「ちょっと、やめないと」と一之瀬さんが慌てていた。
 美術室の前に行ったら、竹野内さんが立っていた。
「先輩にお伝えください」と言われて、
「なに?」と聞いた。
「うるさい女はお嫌いのようですので、静かになって戻ってまいります。別の意味で優れるようにがんばると言ってください」と言ったので、びっくりした。
「さすがにあれはショックでした」と言いながら行ってしまった。うーん。
「おーい、先生」と中に入りながら言ったら、
「聞こえた。あの女、分かってたんだな」と半井君が笑っていた。
「笑い事じゃないじゃない。傷ついているよ」
「今頃来るところが面白いよな」と言ったので、
「後で調べたのかもしれないよ」と睨んだ。
「テンポがのんびりしていてお前と気が合うだろう」と言ったため、
「あなたとは合わないって事だけは分かるね」と言いながらノートを出していた。
「お前の場合は俺の事を誤解しすぎている」
「いいえ、等身大の寸法の狂いもないあなたの姿だと思う」
「そうか? 思い込みだってあるさ」
「それより、裏取引って何よ?」と睨んだら半井君が笑った。瀬川さんの言っていた「呼び出し」の意味が気になった。
「佐分利に聞かれたんだよ。『何かあったら言えよ』と言ってくれたんで、頼んだだけ。家庭教師をする相手に何かあっては俺が困るから」
「だからってあの人に頼まなくても」
「あいつが言えばやめるさ。あれでも、あいつらだって相手は選んでいるものだ。先生や一部の生徒には手は出さないかもな。保身のためにね」
「保身?」
「それはあるさ。校則破るにしても境界線はあるんだろうな」うーん。
「ほっとけよ。あいつらが担ぎ出したんだから、別にいいだろ」と軽く言われてしまった。
「あなたの場合はよくわからない」
「なにが?」
「ああいうことがあった相手にそうやって頼めるところが」
「交渉は普通だぞ。そうやって取引ぐらいはしてたからね、向こうでも」
「ふーん」
「お前はやらなくていいさ。打算的なことは似合わない」
「そう言われても」
「それより、やってきたか?」と聞かれて、それ以上は聞けなくなった。
 ノートを見ながら、
「前置詞のイメージって分かるか?」と聞かれた。
「先生が黒板に書きながら説明していたね」
「『on』とか『in』とかもそうだけど、『at』もあるからな。『for』とかもあるだろう?」
「一応、書き並べたけど、まだごちゃごちゃしてるかもね」と言ったら、笑いながら説明してくれた。
「まだ色々あるんだよな。俺も説明しろと言われると困るぐらい」と言われて、
「そうだろうね」としか言いようがなかった。
「日本語を外人に教えろと言われたら、教えられないかも」と言ったら笑っていた。
「教科書があればいいんじゃないのか? その説明ならできるかも」
「難しくない? 相手に合わせて理解できるように説明するんだから」
「教室の場合なんてそうだろうな。理解してる子は、それなりの態度に出ているし、理解できない子は考えながら黒板を見ているようだしね、一部は聞いてもいないけど」
「あなたは周りを観察するタイプなんだね?」
「お前も同じになると思う。未知の世界に入り込み、自分でどうしたらいいかと考えた場合、まず、周りを見ながら真似していくだろうしね」
「そう言われたら、そうだね」
「でも、そういう部分も適当にそのまま流して悠然としてる霧の方が大物かもな」
「彼女、本当に外国に行くの?」
「卒業したらすぐに行くらしいな。でも、無理だ」と素っ気無く言ったので、
「どう言う意味?」と聞いた。
「ああいうケースは向こうでも同じだ。現地の恋人であって、その後も続く事は少ないさ」
「え、どうして?」
「向こうに恋人がいる、なんてケースもあり。連絡取れなくなるらしいし」
「うーん」
「違う場所に行っちゃえば、そっちで彼女を見つけてたとか言う話は聞いたけど」
「霧さんも同じなのかな?」
「さあな。俺には関係ない」
「元恋人なのに、冷たいんだね」
「まったく、何度言えば分かるんだよ。元も何も付き合ってないぞ、好きでも何でもないんだからな。言ったろ」
「知らない」
「それに、ああいう場合は自分の責任になるんだよ。霧とどういう約束しているか分からないが、相手がどう思って付き合ってるのか分かってないかもな。霧の場合はその場の勢いで行ってしまうからね」
「そう?」
「ほっとけばいいさ。それより、お前の場合はコミュニケーションの方が心配だ。言葉の方はそれなりに返事はできるようにはなるだろうし、それなりに聞き取れるようにはなれても、コミュニケーションの方は引っ込み思案の場合は心配」
「それはそれなりに」
「気が抜けるやつ」
「うまくやっていける人もいれば、それなりの人もいるんじゃないの?」
「確かにそうだけどな。親切なやつがいてくれればいいが」
「あなたにだっていたんじゃないの?」
「いないときもあった。俺がとげとげしてただけかもしれないが、偏見を言われた事は何度かあるけどな。まぁ、いいや、その都度考えていこう」
「ミイラ取りがミイラ」
「なんだよ、それ?」
「あなたの場合は拓海君に『過保護にするな』と言っておきながら、結局、あなたもちょっとその傾向が」
「ふーん、女子は逆に見てたぞ。『お前をいびって遊んでいるからだろう』ってさ。一之瀬か鈴木洋子辺りだろうな、そういうひねくれたものの考え方するやつはね」
「ふーん、当たってるじゃない?」
「違う事を言っていた女子もいたぞ。うらやましいってさ。家庭教師をしてほしいらしい。たとえ厳しくてもね」
「してあげればいいじゃない」
「無理だ。同じ部分で何度も間違える、説明しても理解してなかったり、『問題をやってこい』と言ってみたら、『忘れた』と平気で言い切った男子もいたよ」
「何のこと?」
「だから、お前の家庭教師がばれて、数学、英語を教えてくれと来たやつが続出。でも、ほとんどが飲み込みが悪くて教え甲斐がなかったりしてね」
「飲み込みが早い子もいるんじゃないの?」
「そういうタイプはおれに来ない。直接、先生に聞きに行くか、親切な学級委員か優等生に聞くさ」それもそうだなぁ。
「だから、お前が点数が上がったのなら俺も、という安易な事を考えるやつでは、ちょっとな」
「安易かな? わらにもすがる思い」
「桜木ってやつ、かなり問題集をやったらしいぞ。お前と同じだ。向こうの方が更に理解力があり、意欲があり、体力もあったから、はるかにやってるかもね」
「そう」
「そういうことは言わずにいたから、誤解されてるんだろう。お前の場合も上がったから、自分も山崎に聞けば何とかなると考えてそばに行き、結局点数は上がらず、今は俺が教えていたと誤解して来ているからな」
「誤解じゃないじゃない」
「ほとんどの問題はお前、自力でやっていただろう? 自分で考えてどうしても分からない問題だけ俺に聞いていた。英語だって同じだ。俺は線を引くだけ、後は自分でどこがいけなかったかを更に調べてくる方式だ。あいつらはそれをやれと言ってもやらないだろうから」
「うーん」
「だったら、塾に行くなり、先生に聞きに行けばいいんだよ」
「あなたはシビアだね。どうして、そうも色々見えるんだろう?」
「経験の差だろ。これでも、俺もお前と同じだ。勉強なんてそれなりしかしてなかった。でも、ちゃんとやってみようと考えてみた時に、できる方法を考えてきただけだ。人のやっている事を観察して取り入れられる部分を真似したりはしてきたんだよ。勉強方法だって自分に合ったやり方を模索してきてね」
「そう」
「お前も考えてみればいいさ、自分はどうしたいかということをね」と言われて、
「うーん、そこまで考えている余裕がないかも」と言ったら笑っていた。

「お前さ」と帰りながら半井君が言った。
「なに?」
「親のことを恨んだ事はないのか?」と聞かれて、すごい事を聞くんだなと思った。
「さあ」と言ったら笑っていて、
「のんびりしてるな。だから、知らないんだろうな」と言われて、
「何のこと?」と聞き返した。
「親が反省しないから子供が反省しないのか、親が知らないから子供がまたやるのか、困ったもんだよな」と意味深長に言われて、
「どう言う意味なの?」と聞いても教えてくれなかった。

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