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クール

 三井さんたちが前に出て、渋々謝っていた。不本意……というのが顔に出て逆効果じゃないかと思えたけれど、
「それでは納得できない」と本郷君が口に出した。
「確かにそうね。謝っている態度には見えないから、ちょっと」と根元さんも言い出した。
「三井、手越、2人とも反省したんじゃないのか?」と聞かれて、2人が苦い顔をしていた。
「どうも違うらしい」とそばの男子が呆れていた。
「すまない」と先生が頭を下げていて、
「俺に免じて許してやってくれ」と赤木先生に言われて、三井さんはともかく、手越さんは困った顔をして見ていた。
「先生、頭を上げてください」と本郷君が言ったけれど、
「みんなに言われたとおりだ。あの後、他のクラスでも不満が続出して同じように先生に抗議していたらしい。俺の指導が足りなくて」と言ったため、
「そんな」と女の子達が困っていた。
「あなたたちも謝ったら。先生にだけ頭を下げさせて、志摩子も逸子もなんとも思わないの?」と根元さんに聞かれて、手越さんが泣き出していて、頭を下げていた。さすがに堪えたようで、三井さんも渋々頭を下げていた。

「なんだか、やりきれない。先生の指導って言ってもさぁ。ちゃんと注意はしてたと思う。あの子たちが反省しなかったのって、親の対応の方が重要なんじゃないかと思った」
「そう? だって、もっと厳しくしておいたらやめてたかもしれないよ。最初に甘くしていて、口頭の注意では直さなくて、ずっとどこかでなめたまま、ここまで来てしまったんだから、先生にもちょっと」と言い合っているのが聞こえた。
「これで落ち着くとよろしいわね」と碧子さんが言って、私はうなずくしかなかった。拓海君達が言うとおりになるかもしれない。渋々の納得、事を荒立てたくなくて、なんとなくで終わる。そんな感じだった。
「鈴木洋子が言いふらしたんだってね。例の点数」
「だから、鈴木洋子のだけ書いてなかったってことかな?」とみんなが言い合っていた。
「あの子ならやりそう。昔からそうだった」
「ああいう子って、いつかやめる日が来るのかな?」
「そのままじゃない」と言っているのを聞きながらぼんやりしていた。

「碧子さん、ラブレター書いたことある?」と聞いたら、
「あら、どうかなさいまして?」と聞かれて、
「ああいうのって、書き出しとかパターンはあるのかな?」と聞いた。
「そう言われましても、皆さん、個性が違うわけですから」
「そうだよね」
「あら、どなたかにもらいましたの?」と聞かれて、
「もらったわけじゃないんだけれど、ちょっと……」としか言えなかった。好きでもない人にどう書けと言うんだろう。楢節さんに書くよりはまだマシかもしれないけれど。
「私は経験がなさ過ぎるかも」
「そうですか? 中学生ですからその辺は」と言われて、確かにそうだなと思った。彼の場合はあれだけ転校して、あれだけ色々あった人ならしっかりしていて当然だろう。家柄もあるのか夏休みに家庭教師がついて勉強するというのが驚く。そういう人と私がつりあうとはとても思えなかった。未だにどうしても信じられない。この私のどこを気に入ってくれたんだろう。三井さんたちにも色々言われているというのに。
「人を見下す人は、どうしてそれを口に出すのかな?」
「ああ、それは仕方ありませんわ。自分を認めてほしい反動だそうですよ。誰かに聞いたことがあります」それは一之瀬さんの時にいっぱい聞いたなぁ。
「ほめてくれる人が中学だと少なくなるのが原因かな?」
「いえ、ああいう場合は最初からほめてくれる人は少ない環境かもしれないと桃子さんがおっしゃっていましたわ。だから、そばにいる別の方がほめられると面白くないから言い出すと言っていました。そういうこともあるのかもしれませんね」
「そうなんだ。でも、言われたほうは落ち込むなぁ」
「真に受ける方はそうでしょうね。でも、桜木さんは流すそうですよ。根元さんはよけいがんばろうと思うらしいです。色々な受け止め方があるようで」半井君はやられたらやり返す。一之瀬さんたちはその方向性が違ってしまったと言うことなんだろうか。うーん。
「人それぞれなのでしょうね。少なくとも、周りの方がそういう心の寂しさに気づいてあげていれば違った結果になっていたと桃子さんはおっしゃっていました。私は違うと思いましたの」
「なにが?」
「素直に口に出していれば違った結果になったと思いますから」
「素直に口に出せないと思う。拒絶されたり笑われたりしたら、私なら、よけいにへこむ」
「それでも誰かわかってくれる人が現れるかもしれません。詩織さんも同じでしょう?」と聞かれて、考えていた。
「確かに見下したりする方もいますが、そうでない方もいます。見下す方とは難しいでしょうけれど、そうでない方とは仲良くなれるかもしれません」うーん、そうかもしれない。
「なんだか、ほっとする。碧子さんと話すと優しさが感じられるからだろうか」
「あら、そうですか?」と優雅に笑っていて、これだけ綺麗だと意地悪しにくいかもしれないなと見ていた。

「綺麗な人の方がやっかまれるよ」拓海君に相談したら、そばにいた桃子ちゃんにそう言われて笑われた。
「え、どうして?」
「だって、容姿だけでも妬まれるよ。自分に持ってないものをうらやましいと思うのはあるから」うーん、そういうものなんだ。
「詩織の場合はそういうことまで考えないからかもな」
「うらやましいとは思うけれど、ああいう風になれたらとは思うけど、でも……」
「だよな。その先が違うかもな。ねたむところまで行く人は少ないかも。俺なら妬むより自分ができる事を伸ばして行きたいから」と言われて、そのほうがいいかもしれないなと聞いていた。
「詩織ちゃんの場合は仕方ないよね。付き合っている人が元会長と」と、桃子ちゃんが拓海君を見ていた。
「そう言われても」
「碧子さんには言いにくいのはあるけどな」と拓海君がはぐらかすように言った。
「どうして?」
「テンポというか上品さというか、そういうので言いにくさがある。庶民と空気感が違う」それはあるかも。
「気にしなくてもいいさ。後少しだ。テスト前に焦っても仕方ないからな」と拓海君が言った。
「疲れてない? 無理してないよね?」と聞いたら、笑っていて、
「俺は厳しい家庭教師がいないからな」と言われてしまい、
「さあねえ。何度叩かれたか分からないよ」とぼやいたら2人が笑っていた。

 眠い……と思いながら窓のところにもたれていた。
「お前の場合は欠伸ばかりだな」と半井君がそばにやってきた。
「☆手で隠してから欠伸しろ」と言われてしまい、
「☆忠告をどうもありがとう」と英語で答えていたら、
「げ、英語じゃん」とそばの男子に言われた。
「☆こいつは野次馬だ」と半井君に言われて、意味が分からなくて、
「☆どういう意味?」と聞いたら、
「☆自分で調べろ」と言われてしまった。
「ふーん」
「☆その態度はなんだ?」
「☆適当」と言ったら、ぽかっ……とたたかれた。
「痛い」
「☆恥を知れ」
「☆私は疲れた。そして眠たい 」
「☆そんなやわでどうする」
「☆意味が分からない」
「お前の場合はしらを切るからな」
「今のは真面目」と言っていたら、そばにいた人がいつのまにか見ていた。
「あれ?」と言ったら、
「喧嘩してたのか?」と聞かれてうなずいたら、
「違うよ」と半井君が笑った。
「先生に怒られていただけ」と答えたら、半井君が睨んでいて、
「ふーん、いいよなぁ。英語で話せて」と言われてしまい、
「なんて言ってたのか分からないよ」とそばの女の子がぼやいていた。

「佐倉は英語は話せるのか?」と佐々木君に聞かれて、
「無理」と答えた。
「だって、半井とやり合ってたんだろ」
「あれは簡単な英語を並べただけ」
「でも、話せるってうらやましいね」とそばの女の子に言われた。そうだろうか? 発音は悪いし、半井君だから通じているだろうと思っている。普通の人に通じるかどうかが微妙だなぁ。英語の会も参加したけれど、あの人たちは日本人とも話す機会が多いからなれているのだろうし……。
「俺は日本一カッコいい。英訳して」と桜木君が振ってきた。
「その程度なら俺も言えるな」とそばの男子が笑っていた。
「☆俺は日本で一番すばらしい生徒だ」とその男子が英訳していて、
「大きく出たな」とみんなが笑っていた。
「かっこいいって、英語でなんて言うんだろうね」と聞かれて、
「クール」と言ったら、
「えー!」と驚いていた。
「クールって冷たいって意味じゃないの?」
「かっこつけてるより、冷めてるって感じだよな」と言い合っていて、確かに日本人だとその感覚だよねと思いながら聞いていた。

 三井さんたちが謝った事で一応の決着がついたのか、ひそひそ話は終わって、あちこちで受験の話と春休みの話をしていた。
「半井君の住所教えてくれそうもない」とぼやいている声が聞こえた。連絡先を拓海君には知らせておかないといけないなあ。向こうに行く日にちもそろそろ決めないといけない。半井君は早めに編入すると言っていた。学校に慣れておいたほうがいいという事だろう。私も語学学校の都合もあって早めに渡米しないといけなくなりそうだった。そういう事をぼんやり考えながら、ノートを見直していて、
「あそこの学校の倍率が」と言い合っているのが聞こえてきた。基本的にはあまり落ちる人がいないように調整するためか、よほど無理する人以外は落ちないのではないかとそばで言い合っていて、でも、みんなと離れるんだなと思いながら聞いていた。英文を適当に並べていたら、
「なんじゃ、そりゃ」と保坂君が覗き込んでいた。
「ちょっとね」と言ったら、
「意味は分かる気もするけどな。感謝状か?」と聞かれてあいまいに笑った。結局、ラブレターなど書けそうもないため、感謝状にしておこうと決めて日本語で適当な文章を書いてから英語に直してみたけれど、
「しっくり来ないな」と言ってノートを閉じた。ああいう人には何を書いても怒られそうだ。
「保坂、余裕あるなぁ」と男子に笑われていても、保坂君は余裕がある態度で、
「楽勝だって」と言いながらその男子の肩を叩いていた。うらやましい。

 何を書こうかなと考えながら歩いていたら、
「どうやって、あいつと取引したの?」と横から声がした。一之瀬さんがなんだか悔しそうな顔をしていた。
「そう言われても、私は聞いてないから」と行こうとしたら、
「半井はあなたの何?」と聞かれて、
「先生」と答えたら気に入らなさそうだった。
「なんで、あなたに教えるのよ。あなた、曽田って本当?」と聞かれてどう答えようと考えていたら、
「市橋だろう」と横から男子が口を挟んだ。そばに桜木君と何人かの男子が一緒にいて、みんながこっちを見ていた。
「俺とそう成績は変わらない。多分、市橋だと思うぜ」と桜木君が言ったため、一之瀬さんが気に入らなさそうな顔をした。
「お前、そんなに半井が気になるなら素直に告白したら」とそばの男子がからかうように言ったため、
「関係ないでしょ」と一之瀬さんが睨んでいた。
「それより、三井が言ってた点数なんてデマでしょ。90以上取れるはずが」と一之瀬さんが言い切っていて、
「お前らって、どうしてそうも相手の力量を勝手な判断で下に見るんだ?」とそばにいた男子が聞いていた。
「なによ」と一之瀬さんが睨んでいて、
「俺にしても、そっちにいるこいつにしても変な事を言われたから言ってるんだよ。嘘を流してどうすんだよ。それで自分が流された時だけ親に抗議してもらって卑怯」と男子が怒っていた。
「それはあるよな。悔しかったら自分で勉強すればいいだろ」と言われて、一之瀬さんを見たら、口を真一文字に結んで睨んでいて、ちょっと怖かった。
「やめろ」と、いつのまにか半井君がそばにやってきて、
「そいつは勉強で見返したり、テニスで見返したりはしない。それより手っ取り早く口で返すタイプ。俺もいくらでもやられたからな。無駄だからやめとけよ」と言ったため、みんなが笑った。
「なによ」と一之瀬さんが男子を睨みながら怒っていて、
「元はといえば、お前が佐倉に話しかけてきたんだろ。曾田だろうと関係ないんじゃないの?」と桜木君が笑った。そう言われたら、そうだよね。実際に受けるわけじゃないんだから。
「そんなこと」と一之瀬さんは気に入らなさそうだった。
「リッキーと遊びたければ、がんばって残り時間を勉強に費やせよ。行こうぜ」と半井君に言われてうなずいた。
「あなた、何でそいつばっかりかばうのよ」と一之瀬さんが半井君に食って掛かっていた。やっぱり変わってないなぁと見ていたら、
「☆今の自分の置かれた状況、それを変えてくれたのが彼女であり、彼女の持っているものである。愛と友情、そして信頼を彼女は与えてくれる存在である」というような事を英語で言ったので、びっくりした。
「ちょっと、日本語で言いなさいよ」と一之瀬さんは怒っていた。
「立場、友情、愛しか聞き取れなかった」と桜木君が笑った。
「え?」と一之瀬さんが驚いていて、
「行くぞ」と半井君に言われて、
「☆ああいうことは言わないで」と後を追いかけながら英語で言った。
「☆いいだろ。気にしないさ」
「☆私は心配なの」
「☆あいつにあの意味は分かる訳はない」
「☆でも……」
「英語で言い合ってるな」と私たちの後姿を見ながら、男子が笑っていて一之瀬さんが悔しそうだった。
「あれじゃあ、無理だな」と桜木君が言ったので、
「どう言う意味よ」と一之瀬さんが桜木君に聞いた。
「☆白旗(flag)揚げろ」と桜木君に言われて、
「蛙(frog)か?」とそばの男子が聞いて、みんなが笑っていた。一之瀬さんは意味が分からず不思議そうに見ていた。

 ぼんやりしていたら、
「やれよ」と半井君に聞かれたので、ずっと疑問に思っていた事を聞いてみた。
「あの人の記憶力はどうして良くないんだろう?」と言ったら笑い出した。
「それは都合よく生きていくためだろう」と言われて、そうなのかなぁ? と考えていた。
「前にね、テニス部で問題になったときに、私に絡んだ理由を聞いたことがあるの。伝聞だから、いい加減な部分もあると思う。でも、やっかんだ理由の一つにテストの点数があったの」
「ふーん」
「あの人の方が悪かったのが気に入らなかったらしくて」
「あいつらしいよな。でも、今じゃ上はいくらでもいるんじゃないのか?」
「小学校の時にそれで嫌がらせしてたと男子が教えてくれた。でも、そういうのって女の子が勝手に想像でデマを流す場合もあるから本当かどうかは確かめたことはないの。でも、さっきも私が実際に受けるわけでもないのに、どれぐらいなのかを気にしてたから、どうしてなのかなと思って」
「それはあれだ。納得してないからだ」
「どうして?」
「人によっては相手の実力を相手の外見や雰囲気だけで判断する。てきぱきしていて気が強いとか、そういうので判断するんだろう。でも、そういうのだけでは甘いからな」
「そうかな? よく分からないの。誰がどれぐらいできるかはその行動や言動で判断するものじゃないの?」
「それはそうだ。ただな。その判断に偏りがあるやつがいる。あいつも同じだ。自分の気に入らないタイプが上だと面白くないのかもな」
「私が面白くないんだ」
「仕方ないさ。山崎にはこだわっていた。テニス部でお前と一緒だったから、その辺でごたごたがあって、あいつは山崎には嫌われてしまったからな。それ以外にも逆恨みしているのかもな」
「何に?」
「あいつがテニス部を追い出されそうになったのはお前のせいだと、そう思いこんでいるかもしれない」
「え?」
「何でも人のせいにしていくやつはそうだ。身から出たさびだっけ? そうは取らないんだよ。自業自得とは取らないらしいよ。自分の思うようにことが進んでいかないのは、誰か邪魔しているからだ……そうだ……あの子が悪いんだと勝手に思いこむ」うーん、怖いかも。
「そういう部分で矛盾がない」
「テニス部でテストの点数がばれたことがあったんだよね。どうして知ってるはずなのに、同じ事を何度も聞くのかが不思議で」
「『記憶力が悪いから、何を言っても無理だと山崎が見放した』と前園が言ってたぞ」
「え?」
「そういう事を裏で言う子だよ。とにかく、一之瀬は無理だ。すぐ忘れてしまって、自分にとって都合のいい記憶に変えていくと聞いたこともあるし、お前のことだって認めてないから、ああやって何度も聞いてくる。仕方ないさ。今は受験シーズンで少しでも下を作って安心したいという人もいるというだけの話だ」
「そうなの? どうして?」
「戸狩だっけ? あいつとお前の友達が近くで、そう話していたよ。だから、問題が起こって、例の点数も言いふらされたというだけの話。本来なら、すり替えてるだけなんだけど、焦りからああなるんだよ」
「そう。じゃあ、緑ちゃんや三井さんたちも」
「ああ、あれね。面白くないことがあった時に、気に入らない誰かのあら捜しをして言いたい放題言っていただけ。実際は男子もお前も勉強をやり始めたから、あいつらはやってない分だけ取り残されてるだけなのにな。自分で自分の首を絞めてしまってるのかもしれないな」意味不明だなぁ。

 ラブレターの下書きを書いては消しを繰り返したあと、
「やっぱり無理だよ」とぼやいた。
「目の前で書くな」と半井君が睨んでいた。
「だって、どう書いていいか」
「ありのままを書けよ」と言われて、美術室の窓を見てから立ち上がった。
「あなたとの出会いって上の教室だったからね。結構、強烈な印象だった」
「なんで?」
「だって、やっぱりね」
「じゃあ、それを書け」
「まとまりきれないよ。別に手紙で書くこともないし」
「そうか? 普段言えないような事を書いたらいいかもな」
「ラブレターをもらいなれている人ならいいかもしれないけれど、私にはそんな経験は」
「ふーん。別に誰かの真似なんてしなくてもいい。かっこつける必要もなし。お前の等身大のそのままの気持ちをつたなかろうが文法が間違っていようがなんだろうが率直書け。それで結構伝わる。アメリカ人でも英作文の文法がいい加減なやつは多いんだからね」
「え、そうなの?」
「アメリカ人が日本の英語のテストで満点は取れないかもな。日本人が国語の点数で取れないのと同じ。漢字だって読めないやつだっているだろう?」そう言われたらそうだった。
「アメリカ人でもエッセー下手なやついたし」
「それはそうかもしれないけれど」
「とにかく書いてみる。そこからやらないとさっきの一之瀬と同じだ」
「あれはあなたが好きだからだと思うよ」
「違うさ。好きじゃないと思う。それに、好きだからという気持ちと、お前を認められないのは分けて考えないと無理だ。山崎が好きだから振り向いてくれるのが当然、どうして振り向いてくれない、じゃあ、そばにいる女が邪魔している。もしくは、私に振り向いてくれないのに、あの子が選ばれるのは許せない。そう考えるのは変だろう?」確かにその通りだけど。
「でも、好きな人が別の誰かを選んだら、面白くないのはあるんじゃないの?」
「それは誰でもあるだろうな。でも、嫌がらせしたりするところまで行くのは少ないだろ」
「それはそうだけれど……」
「最初は納得できなくても、それなりに自分で消化していくものだろう? でも、いつまで経ってもその部分で認められないやつには何を言っても無理だ。そこの整理ができるようになるとは、今の時点では思えない。よほど心から好きな人ができてこっぴどく振られるとかぐらいいかないと無理かもな」
「あなたの事は好きじゃないの?」
「意地のほうが強いだろう。俺が好きだったら俺自身にもっと話しかけて興味を持つだろう。それを通り越してお前に嫌がらせしていると言うことは……」と言われて、そう言われたらそうだなと考えていた。
「日常生活英語は使っているか?」と聞かれて、
「ややこしいよ。掃除しながら、動詞はどれ、冠詞、前置詞は、形容詞が思いつかない。そういうことの連続」
「慣れていくさ。独学でやるしかない環境なんだから、がんばるしかない。向こうに行ったら、発音が通じないことも多くなるかもしれないが、ジェイコフさんたちに気づいたことは率直に教えてくれるように頼んでおいた。そのままにすると変な癖がつくといけない」
「癖?」
「外人と話していて、いちいち文法がどう、返事の仕方が変だとは教えてくれない。そのまま意味が伝わっていれば流すからな。だから、変な英語を使う子が時々いる。親切に教えてくれる子がそばにいなかったんだろう」
「そうなんだ」
「アメリカでも下品な英語と言われているのはお前は使ってはいけない」
「スラング?」と聞いたらうなずいた。
「若い子はそういう言葉遣いを結構使う。日本と同じで優等生タイプや家庭でのしつけがしっかりしている子は使わない。そういう子の英語を真似しなさい。使い分けができるほどお前は器用ではないし、後々苦労するといけないから、その辺も手紙で頼んであるから」と言ったので驚いた。
「あなたはいつも次から次へと先にそうやって行動してしまうね。拓海君と同じ」
「あいつとは意味合いが違う。俺はボディガード兼家庭教師プラス、ボーイフレンド」
「おーい、最後は余分」
「仕方ないさ。俺の場合は山崎と違う。実際に教えていかないといけない立場だ。あいつの場合は保護者気取りでかばっているから、そこが違う」
「あなたは教師ですか?」
「そういうことだ。俺ができる範囲でやっているだけだ」
「その割には結構親切というか、色々してくれているね。霧さんと扱いが違う。拓海君にそう言われた。マザコンなら相手に甘えても、教えたり厳しくしたりしないって」
「ふーん、あいつがそう言ったのか。意外だな」と笑っていた。その笑い方は皮肉が込められていて、顔の向きも変だった。
「あなたの場合は誤解されている部分が多い。時々そうやって、顔を斜めにして笑う癖はやめた方がいいよ」
「癖になってるよな。冷めていた時のね」
「今は違うじゃない。日本語のクールじゃなく、英語のクールにならないと」
「お前か、出所は」と睨んだ。
「あれ、なにかあった?」と聞いたら、
「『クールだね』と今日一日何度言われたか」早速使ったんだ。
「まったく、あいつらもそういう事を次から次へと流行らすよな。古文用語はどこかに行ってしまって、最近は英語に変わってきた」
「そうかもね。そういう遊び心は大事なのかも」
「そうか? 日本人って、なんで流行とかがあるんだろうな」と聞いてきて、そうやって考えたこともないなと考えていた。

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