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聞きたかったこと

 朝はあちこちで単語帳を持ちながら登校している人が多かった。
「タクも私も戸狩も絶対に受かってみせる」とミコちゃんが拳を上げていた。
「人数が少ないんだよね?」
「蘭王よりは多い程度。弘通達が受かったから良かったよね。今年は2人」と言ったので、考えていた。彼はお医者さんになったら優しくて患者の気持ちも分かるだろうなと思った。ああいう人がそばにいてくれるだけで心強いだろう。
「ミコちゃんは迷った時、どうする?」と聞いたら、
「一瞬は立ち止まるけど、迷っても答えが出ない時はそのままにしておく。それ以外はあちこち相談はしてみるかもね」
「戸狩君って、どうなんだろう、楢節さんも」
「あの辺は同じ年に相談しそうもないよ」と言ったので、それはあるなぁと考えていた。半井君は誰に相談するんだろうと、ふと考えてしまった。
「でもさ、似たような年齢の人やいつも同じ人に相談してもしょうがない時は、ちゃんとした人に相談した方がいいらしいね。そういえば、今日、集まるって」と小声で言った。
「何のこと?」
「内々に教育委員会というか、そういう人達が来るらしいよ」
「どうして?」
「誰かが教えちゃったのかもね。例のこととか」うーん、そうかあの解決では気に入らなかったと言う事なんだろうか。
「この時期にね」
「一応、視察という名目じゃないかな。表向きはね。お母さんもその辺よく知らないみたい」と言ったので、どうなるんだろうなと聞いていた。

 三井さんたちはさすがに懲りたのか手越さんと大人しくしていた。瀬川さんたちが落ち着かない様子で行ったりきたりしていて、なんだろうなとは思ったけれど、
「今日さぁ。見に来てるらしいね。例の件」と小声で言っていた。みんなも落ち着かない様子だった。ホームルームで先生が話したあと、一部の人たちを呼び出して小声で何か言っていた。みんな気になるようで見ていて、
「じゃあ、そういうことだから」と先生が戻って行った。
「なんだよ」と男子が聞いたけれど浮かない顔をして瀬川さんと加賀沼さんが席に戻り、手越さんは青い顔をしていた。三井さんは普通だったけれど、男子に何か言われて叩いているのが見えた。

 職員室に行ったら、先生たちがまばらだった。仕方なく提出物などをメモを残しておいていたら、
「ああ、悪い」と赤木先生がそばにやって来た。
「一応、頼まれていたものは作っておいたから、卒業前に渡すからな」と言われてうなずいた。
「それから、英語とかは大丈夫か? 向こうにはいつ?」と聞かれて、
「語学学校に通いますから、早めに行くつもりです」
「そうか大変だけれどがんばれよ」と言われてうなずいてからその場を離れた。職員室を出ようとしたら、
「もしかして佐倉さん?」と声を掛けられた。振り返ったら、男の人で誰だろうと思った。それほど年でもないようだけれど、先生にも見えなかった。ひょっとしたら、朝言っていた人だろうかと見ていたら、
「永井です。お父さん、お母さんと大学で一緒だった」と言ったので、
「ああ、お電話を頂いた」と聞いたら笑っていた。
「大きくなったね。前は写真を見せてもらったぐらいで、そうか、あの子がこんなに大きくなって」と言われてちょっと恥かしかった。
「お母さんから手紙はもらいました。渡米前に聞きたいことがあったようで」と言われて、
「いえ、ちょっと伺いたいことがあったものですから」と言ったら、
「記憶のこともあるしね。そうだね。君には説明しておかないといけない。今日、時間が空いたら家に言ってもいいかな?」と言われて、突然だったので驚いた。
「娘さん、一人の所に行くのはまずいかも知れないな。しかし、内容が」と言っていたら、
「もしよかったら、僕も立ち会えませんか」といつのまにか半井君がそばにいた。
「え?」と永井さんが驚いていて、
「ああ、ひょっとして幼馴染の」と永井さんが言ったら、半井君が仏頂面で、
「彼女と一緒に渡米するボーイフレンドの半井です」と挨拶したので思わず叩いた。
「え?」と永井さんが驚いていて、
「へぇ、君もそうなんだ。うーん、でも」と相手が困っていた。
「事情はほとんどお伺いしています。園絵さんとは手紙のやり取りをしている間柄です。彼女の事は家庭教師として英語を教えているし、アメリカではボディガードもしないといけないので、事情を把握しておいた方がいいと思いまして」とはっきり言ったため唖然となった。
「ああ、なるほどね」と相手が苦笑していた。
「うーん、そうだな。あいつに聞いてみてもいいけれど」と困っていて、
「いえ、大丈夫だと思います。彼は家庭の事情も私の事情も知っていますから、そこの部分も話してありますから」と言ったらうなずいて、
「なら、そうしよう。後で電話します」と言われて、永井さんは教頭先生たちが来たのでそちらに戻って行った。
「カウンセラーまで呼ぶとは大げさだな」と半井君が言ったので驚いた。
「どうして知ってるの?」
「園絵さんから聞いている。その辺も頼まれているから」と言ったので驚いたけれど、妙な視線を感じてそちらを見たら、一之瀬さんと瀬川さん、三井さんたちが呼び出されたのか、奥の方で待っていてこっちを見ていた。
「また、誤解でもしていそうだ。あいつらの場合は困ったもんだな」と言ったので、
「どう言う意味?」と聞いたら、
「出るぞ」と言われて、職員室を後にした。
「多分、お前があいつらを呼んだと誤解している」
「えー!」と驚いた。
「困ったね」
「ほっとけ。逆恨みする性格だからな」と言われて、考えてしまった。

「どういう事、佐倉さんがあいつらに話したの?」と一之瀬さんと瀬川さんが怒っていたら、
「なんのことだ?」と守屋先生が通りかかって聞いた。
「あの人たちによけいな事を吹き込んだ人よ」と一之瀬さんが教頭先生たちの辺りを指差しながら怒っていた。
「ああ、違うぞ。あれは他校からうちの噂が流れてしまって確かめに来ただけ。事情を説明するためにお前たちも待機させていただけ。誰か知らないが隣の中学の生徒に喋った生徒がいて」と言った途端、「しまった」と瀬川さんが言ったため、一斉にみんなが睨んでいて、
「じゃあ、さっきなんで佐倉さんと話してたのよ」と三井さんが永井さんを指差していた。
「どうかしましたか?」と永井さんが気づいて、教頭先生を見てから、瀬川さんたちを見て、みんなが一斉にそっちを見て、
「どうかしたのか?」と赤木先生が聞いた。みんなが渋々そばに寄ってきてから、
「だって、その人と佐倉さんが話をしていて」と言ったため、永井さんが笑った。
「ああ、違うよ。今日たまたまここに代理で来てね。彼女は友人の娘さんだから挨拶をしていただけだよ」と永井さんが笑いながら説明した。
「ご友人ですか?」と教頭先生が聞いて、
「彼女の母親、父親と親交があるものですから」と説明していた。

 美術室には行かずに、家に戻る事になった。
「お前の家に行ったほうがいいだろう」と言われて、
「抵抗が」と言ったら、
「お前は俺を勘違いしてないか。俺は紳士だぞ。少なくとも爺さんや親父が困るようなことはするなと言われている。あれからは特に」
「そう」
「仕方ないさ。向こうで無茶やっても、ばれにくいがこっちだと困るからな」
「無茶ねえ……」と言いながら考えていた。
「あの人に聞きたいことってなんだ?」
「記憶の事。それから、カウンセラーとかの向こうでの事情とかそういうこと」
「ふーん。日本とは違うかもよ」
「そうだろうと思って聞いてみたかっただけ」
「いいけどな」
「それより、あの変な紹介はやめてください」
「間違ってないだろう」
「違う。わざと間違えた」
「本当にすればいいさ」と軽く言ったので、頭を抱えた。
「あなたの場合は訳が分からない」
「分からないほうがいいぞ」
「そうかな?」
「お前の場合は分からないほうがいいのかもな。考えるより行動した方がいい」うーん。
「それより、山崎と綺麗に別れておけよ。後腐れないように」
「別れません。離れるだけです」
「どっちにしろそうなるさ」
「なりません」
「この前と言ってることが逆じゃないか」
「信じてるからいいの」
「ふーん、生意気。おこちゃまの癖にね」
「あなたって、絶対に意地悪だ」
「どこがだよ」
「お似合いの人がいるから、そっちとくっつけば」
「やだね。あいつだけは絶対に選ばないね。怒る顔を見ながら生活したくない。笑顔の優しい子がいいね」
「じゃあ、周りにそう宣伝しておけば」
「いるからいいよ」
「あっそう」
「お前って、絶対に楢節さんと同じ扱いにしてるだろう」
「仕方ないよ、うぬぼれ系はこうしておいた方が楽だもの。何言っても都合のいいほうにとらえるから、話すだけ無駄」
「ふーん、生意気」
「そういうタイプだけは無理なのかもね」
「いや、気が合ってる」
「合ってません」と言い合っていたら、
「喧嘩してる」とそばの後輩らしい男子に言われてしまった。
「ほら、また言われた。あなたといると必ず言われるよね。喧嘩してるねって」
「☆愛の言葉は時々攻撃に変わる。それが喧嘩と取られているだけだろう」と格言めいた事を英語で言ったため、
「気障」
「せめて『☆気障な人』と英語で言え」
「知らない」
「☆生意気なやつ」と英語でにらんできた。
「☆違う」
「☆そうなんだよ」
「☆そう思わないもの」
「☆お前、ちょっと生意気だぞ」
「☆納得できない」
「☆俺もだ」
「☆あなたに言われたくはない」
「☆素直じゃないよな」
「ねえ、英語で喧嘩してるよ」とそばで誰かに言われていたけれど、気づかずに言い続けた。
「☆それは失礼だ」
「☆お前は誤解してるんだ」
「☆あなたの態度に問題があると思う」
「☆お前が間違ってるね」
「☆失礼だな」と言ったあと、じっと周りに見られているのに気づいて恥ずかしくなってやめた。
「英語だと結構言えるものだよな。お前って、性格が変わるようだ」と笑っていた。
「相手によるんじゃないの」と見たらまだ笑っていた。

 かなり歩いて、誰もいなくなってから、
「結構遠いな」と言われて睨んだ。
「朝は別の道から行くの」と言ったら笑い出した。
「なんだよ、ひょっとして山崎のためか?」と聞かれて、
「いいでしょ」と拗ねるように言ったら、
「あれだけ弱気だったくせに、今更好きだとか言うなよ。お前の場合は本宮のところと似てるんじゃないのか?」
「なにが?」
「偶像崇拝なんだろ、あれって。そう言っていた女達がいたよ。俺に寄って来る女たちも同じ。勝手に想像で俺の性格まで決め付けている。お前もあいつの見た目やその他にだまされているところが」
「ないと思う」
「なんで?」
「楢節さんやあなた、それから前の地域の時に近くに住んでいた人は、条件[#「条件」に傍点]はいいけれど、そういう感情はもてない」と言ったらにらまれた。
「ふーん」と気に入らなさそうで、
「じゃあ、何が不満だ?」と聞かれた。
「優しさかもしれない」
「優しさね」と嫌みったらしく睨まれてしまった。
「楢節さんならほっとくところを彼はほっとけない。あなただって霧さんには冷たいところがあった。拓海君ならぼやいていても、助けてると思う」
「あいつはおせっかいなだけだろう?」
「でも、この学校に来てから助けてくれる人なんて少なかった。拓海君は自分が何を言われても助けてくれていたの、いつもね」
「ふーん、だから、あいつなのか?」と聞かれてうなずいた。
「だとしても、離れてもやっていけるのか?」と聞かれて黙っていた。
「離れるといろいろあるぞ」
「彼の場合は信用できる気がする。あなたや楢節さんだと危ないけれど」
「なんで?」と思いっきり気に入らなさそうな声で言った。
「女性遍歴があるから信用がないし」と言ったら、叩かれた。
「痛いです、先生」
「生意気すぎるよな。そういう部分がかわいくない。女の子はどこまでも優しくかわいく、噂は言わない子がいいね」
「男子ってそういうのを気にするの?」
「人による。ただな、ああいうのを放置していても、ああいう事を言っていると気づいた時点で冷めるやつもいるからな。付き合っている子がああいう事を言うのは俺は嫌だね」
「そういうものなんだ?」
「わざわざ口に出して言わないだけ。言っても面倒だから、もしくは、言っても無駄、言うと色々あると困る。周りの状況まであれこれ考えるかもね。男の方が言わずに我慢しているかもしれない。だからと言って、自分の彼女には選ばない。そういうものだ」
「そうなんだ?」
「女は気づいてないからな。誰からも言われないからいいだろうと、そのままだ。一之瀬は特に。俺のようにはっきり嫌だと口にされないから、分からないのかもしれないな」
「テニス部の時にね、男子がさすがに言い出したの。怖い顔をしている相手と付き合いたいとは思えないとかそういうような事を」
「その話は聞いた。噂になったからな。当然だよ。口に出さなかっただけでそう思っているやつは多いと思うぞ。加賀沼ぐらいの美人なら選ぶ男はいるかもしれないが、一之瀬の場合はちょっとな」うーん、そういうものなんだ。
「ただ、時々、ああいうタイプでもいいと言う人はいることは確かだ。リッキーのようにね」そう言われたら、そうだな。
「そういう人って、どこを好きになるの?」
「大目に見られるタイプがいる。もしくは気にしないようだ。気が強いのもチャームポイントだと思うらしいよ。それか全然気づいていないとか」うーん、そうかなぁ? 首を捻っていたら笑っていた。

 家で2人で勉強していたら、電話が掛かって来た。思ったより長引いたそうで、今から来てくれるそうだ。
「大変だね。こんな時間まで」
「学校にカウンセラーまでついてくるのは珍しいんじゃないのか?」
「そう言えばそうだね」
「色々あちこちで問題になってるからかもな」
「そうなの?」
「卒業式に出るのに誓約書を取らせたと言う話も出てたと噂で聞いたけれど」
「あれって、デマじゃないの?」
「さあな。デマにしてもなんにしても先生は大変だよ。あと少しで受験だぞ」と言われて、確かにその通りだなと思った。
「でも、どうして、あなたも立ち会うの?」と聞いた。
「記憶の事、園絵さんも心配してたからな」
「え?」
「手紙で聞いたよ。さすがに心配だったから、それでね。園絵さんはお前のおばあさんに手紙で教えてもらったようだ。それで心配していた。いつか、記憶が戻った時に動揺しないだろうかと言うようなことが手紙に記されていた。俺にもそばに付いていてほしいという内容を書いてきたから、立ち会った方がいいだろう」と言われて、そういうことだったんだと聞いていた。

 永井さんが来てくれて、コーヒーを飲みながら手短に話していた。疲れているようだったからだ。一通り聞いたあと、
「記憶を戻すのはあなたは反対なんですね?」と半井君が聞いた。
「自然に戻る人もいるが、個人差があるけれど、動揺したケースがあったらしいから、簡単に薦められない。そういうことだ」と言われてうなずいた。
「お前は取り戻す気なのか?」と半井君に聞かれて首を振った。
「違うの。まったく忘れたままなのか、それとも記憶が戻る人が多いのかどうかを確かめたかっただけなの」
「それはなんとも言えないね。かなり長い時間経ってから思い出す人もいるからね。ただね、よほどショックなことだと忘れたままの人もいるから」そうかもしれないなぁ。
「カウンセラーは日本は多いんですか?」
「いや、必要になってくるとは思うが、仕事として需要がまだそう多くはないかもしれない」と言われて、
「アメリカだと、結構多い。離婚、子供のこと、断酒の会、DVなど相談する人は多いようですけれど」と半井君が聞いたらうなずいた。
「向こうでは積極的に治す方がいいとされるようだね。こちらだと隠すんだよ。家庭の事情は特にね」
「偏見があるということですか?」と半井君が聞いて、永井さんが困った顔をしていた。
「専門家に相談した方がいい場合が多くないですか? 自分達の手に負えないことだって多い。家庭での問題とかはこれから増えそうですよね。学校でも」
「私の場合は学校関係での相談も受けているからね」
「今日もそうですか?」と聞かれて、
「守秘義務があるから」と言葉を濁した。
「あいつらが誤解したようで。佐倉にまた何かあったら」
「誤解?」と永井さんが驚いていたので、半井君が説明してくれた。
「仕方ないな。じゃあ、少しだけ説明すると、隣の学校に行くついでにこちらも来た。噂が出たのはそちらだという事は彼女達には説明したら心当たりがあった子がいたようだから、安心しなさい」と言ったので、ため息をついた。
「ふーん、そう言えば、あいつら向こうの不良たちとも交流があったな」と半井君が考えていて、
「園絵さんは君の事をとても心配していたよ。何度か手紙をもらってね」と言ったのでうなずいていた。
「彼女は大学時代はみんなが憧れていた存在だった。明るくて前向きで、何があってもめげないところがあってね」
「そうですか」
「僕も憧れていた一人だったよ」うーん、親達の恋愛って想像つかないなぁ。
「でも、中でも一番仲の良かった男がいたけれど、そいつとはくっつかなくて、意外だったな」
「え?」
「そんな人がいたんですか?」と半井君も驚いていた。
「けれど、あとで事情を聞いてね。彼女はめげない人だったけれど、弱気になったことがあってね。その時に慰めたのが佐倉だ」と言われて驚いた。
「佐倉はかっこつけていて、虚勢を張っていて、背は高いが気は弱いところがあって、結構振られていた」お父さんならありえるなぁ。
「園絵さんにも何度も申し込みをしていたけれど、駄目でね。でも、彼女の就職が駄目になった時に慰めたそうだ」
「就職?」
「理由は片親だから。偏見があったようだ。一人でやってきたからこそ、ああいう性格になって、しっかりしていたからね。でも、当時はうるさい事は結構言われた時代だし、彼女は諦めたようだ。そのことから君にはそんな思いはさせたくないと思って向こうに呼びたいと言っていた」そういう事情だったんだ……。
「心配はしているようだが、ボーイフレンドまでいるなら安心だな」と笑われて、
「いえ、ただの友達です。そして怒られてばかりいて」と言ったら、
「お前、この期に及んでそういう事を言うのか?」と半井君が睨んでいて、
「幼馴染の彼氏がいるから」と言い合っていたら、永井さんがおかしそうに笑っていた。

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