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集団

 テストがあるので、あせっている男子も多かった。私は明日は久しぶりに英語の会に参加する事にしていた。人によって発音などにくせがあるので、より多くの英語に触れ合っておいた方がいいという、半井君の忠告があったからだ。
「でもさぁ、結局、自分で自分の首を絞めただけじゃない。結局、滑川でさえいけそうもないと聞いたよ」
「あそこ、校則は厳しくないと思ってたけど、無理だったんじゃないの?」と言っている声が聞こえたら、
「噂話禁止」と隣にいたミコちゃんが睨んでいた。彼女達は慌てて逃げて行った。
「いくら言っても限がないよ。今度はあの子たちが反対に言われ出して、学校名まで言ってるらしいからね」
「あれって、デマじゃないの?」
「デマじゃないみたいね。そう聞いた。仕方ないよ。あれだけ散々人のことで嘘を言いふらしてきたからなぁ。いくら止めても裏で言うだけで」とミコちゃんが困っていた。噂に疎い私のところにさえ、その話は流れてきている。一之瀬さんや手越さんたちがどこの学校を受験するかを。
「あと少しの辛抱だと思うけどね」とミコちゃんが言ったので、
「どうして?」と聞いてしまった。
「受験ストレスから言ってるだろうから、それが終わったら春休みの話にシフトするだろうと戸狩の予想」ありえるなぁ。
「だから、大丈夫だって。それより、英語の勉強って大変なの?」と聞かれて、
「色々あるみたいだね。人によって違うみたい。発音が駄目な人、間違っていると恥かしいから口に出せないと言う人、聞き取りはできても文法ができないままの人」
「ふーん、そういうのもあるんだ?」
「現地の人でもね。そのまま片言英語のままの人もいるんだって」
「へぇ」
「それでも日常生活で困らないならそうなるだろうと言ってたの」
「それはあるね。日本語だって漢字読めない人もいる訳だから」
「え?」
「そういう子もいるよ。だから、向こうも同じだと思う。いいなぁ、私も絶対に行くからね。その時は泊めてね」
「それは大丈夫だと思うけれど、そのときまでに話せるようにしておかないといけないなぁ」
「いいじゃないの。素敵な彼氏つきで」
「彼氏って?」
「半井」
「あの人は先生だよ」
「桃子が言ってたよ。絶対そうだって。そうじゃないと教えないだろうって。結局、あれだけ頼まれても全部断ったと聞いたし、チョコだって結構もらったというのに、誰ひとり付き合いそうもないし」
「無理だと思う。あの人は結構うるさいから」
「ふーん、タクがまたやきもち焼きそうだね」
「最近は優しいよ」
「楢節さんに怒られたらしいよ」
「それは聞いたけれど」
「結構堪えてたみたいだねえ。気持ちは分かるよ」
「どうして?」
「タクにしてみたら、一生懸命やってたんだと思う。ただ、その気持ちが強すぎて空回りしてた。そのせいもあって、一之瀬達は詩織を狙ったんだと思う」
「まだ、好きなのかな?」
「違うよ。面白くないの。自分に振り向いてほしかっただけ。好きだったらね、もっと違う反応になるの」
「そういうものなの?」
「好きな相手が困る事をするのは自分の感情をもてあましているからだろうって言ってたよ。桃もうまくいってほしかったのに、あそこも駄目だったね」
「そうだね、難しいね」
「絶対に堀北に受かって、東大生の恋人を見つけるぞ」と言ったので、
「気が早いね」と驚いてしまった。

 三井さんたちはさすがに大人しくなっていた。特に手越さんは堪えたようで静かにしていて、でも、あちこちで、
「緊張する」と言い合っていた。
「詩織ちゃん、半井君と英語で喧嘩してたって、本当?」と美菜子ちゃんが寄って来て聞いた。
「英語で喧嘩するって、できるものなのか?」と佐々木君に聞かれて、
「適当に並べただけ」と言ってぼんやりしていた。
「あれ、様子が変だな」と保坂君が笑った。今になってちょっと緊張していた。私の場合はそこに行くまでの方が結構悩むようで、実際にその場になると開き直りが強いと桃子ちゃんと拓海君に言われていた。これ以上悪くなりようがないと思ったら、そうなるみたいだった。
「英語でも、何でもいいから一度でいいから話したかった」と美菜子ちゃんに言われて、
「隣のクラスだとだめね」と美菜子ちゃんがうな垂れていたら、
「私は同じクラスだけど話せないよ」と遼子ちゃんも言ったので、それはあるなぁと聞いていた。男子とはほとんど話していない。掃除の時とか、今のように話す人はいつも限られている。根元さんはみんなに話しかけるし話しかけられるけれど、あとの女の子はそれほど話していない。グループが決まっているところも多いから、男子だけで話している磯山君達もいるからだ。男子もおとなしいグループ、冗談ばかりやってるグループ、桜木君達のように勉強もするし女の子談義もしていて、運動もできるような結構モテるだろうと思われる人たちのグループがある。女の子も同じだった。勉強に興味がなくておしゃれの話題ばかりしているグループは2人組が多くて、時々固まる程度で、そこに瀬川さん、加賀沼さん、三井さん、手越さんたちが加わるようだ。桃子ちゃんが話すのは前末さん、根元さんたちのグループか、仙道さんたちのおとなしいけれど真面目な優等生タイプのところになる。
「前末も結局、振られたから。俺さぁ。昔、同じ事をされたことがあるからさあ」と佐々木君が言った。
「なにを?」と保坂君が聞いていて、
「女の子で世話焼きというかおせっかいな子がいて、その子のグループの女の子に告白されて、それを男子に聞かれて噂流されて、でも、囲まれて抗議されたのが、俺」と言ったため、
「結構、きついね」と美菜子ちゃんが驚いていた。
「でもさ、俺が悪い訳じゃないのに、『責任を取って付き合え』と言われて、それは怖かった。延々一時間粘られて、途中で無理やり逃げたけど」
「なるほど、それはあるよな。女子って塊で来るから困る。『一人で言えよ』と言いたいね」と保坂君が笑った。うーん、確かに集団になって抗議はしていたグループは見かけたことはある。ただ、それは小学生までで、中学になってからはそういう事をする人はあまり見かけたことがない。前の地区だと兄弟が多かったため、そういう呼び出しは結構あったらしい。太郎も同じようにした時は叩いて止めたことがある。
「女の子って、なんで集団で責めるんだよ。しかも思い込みで呼び出す。間違っていても言い出せない迫力で、抗議しようものなら、あちこちで言いだして」と佐々木君がぼやいていた。
「あれって困るよなぁ」と保坂君に言われて、おとなしく勉強していた須貝君でさえうなずいていた。

「女の子って集団になりやすいのかな?」
「そうでもありませんわ。そのグループに属していても、何かきっかけがあれば離れやすいという事は、集団と言っても結束力は弱いところもありますから」そう言われたらそうだなぁ。
「個人主義と集団主義の違いってなんだろう?」
「あら、難しい事を考えるんですね?」
「文化、感覚の違いに戸惑うの。英語の感覚って、日本人のとは違うから、どうなんだろうと何度も不思議に感じるの」
「あら、面白いですね」と碧子さんに優雅に言われて、そう思える余裕がないなと思った。
「そういうのを直に感じられるという事はいい経験になりますわ。いっぱい経験しないと困りますものね。高校に行っても色々冒険したいと思います」
「え? 碧子さんが?」
「大学に行くための勉強するところと言う人も多いようですが、私は違うと思いますから」
「どういうところが?」
「色々な経験を通して自分を磨くところだと思いますわ。中学に来てそう思いました」そう言われたら、色々あったかも。
「桃子さん、詩織さん、橋場さん、色々な話をしたり一緒に悩んだり、そういう部分は財産になると思いますよ」
「碧子さんが言うと素敵な言葉に聞こえるなぁ」としみじみ言ったら笑っていて、
「人と違う経験ができるということは素敵ですわ。がんばってくださいね」と言われて、
「そうだね。もっと強くならないと、夢に追いつけそうもないなぁ」
「夢ですか?」
「なんだか道のりは遠いけれど」
「でも、一歩ずつ歩いていければいいですわ。私はそう思いますの」と碧子さんが優雅に微笑んだ。

「ひどいよ、テストのできが悪かったら、また噂されちゃうじゃない」と手越さんが泣きそうな声で言った。そばにいた女の子達が、困った顔で見ていた。そばの子が離れて行き、仙道さんたちのグループがそばに寄って行った。
「気を取り直してがんばりましょうよ」と声を掛けられて、
「え?」と驚いていた。
「今までのことは、謝ったのだから、心を入れ替えて、気を取り直してがんばったらいいと思うよ」と言われて、
「そんなこと、わたし」とうつむきながら泣き出していた。
「私、知らなくて、清子、志摩子がああいうから、一之瀬さんが、緑ちゃんたちがああ言ってたから鵜呑みにしてたのに、まさか、あの子のほうが点数が良いなんて」と泣きながら言ったのをみんなが顔を見合わせていた。
「謝ったらいいと思うよ。とにかく、テストをがんばればいいよ。そうしょう」とみんなに励まされて、うなずいていた。

 みんなは早々と帰ってしまい、美術室はシーンとしていた。
「静かだね」と言ったら、半井君が手を休めた。
「お前とこうしてやるのもあと少しだな」と言われてうなずいた。
「あちこち色々やりあってたけれど、もう大丈夫だろう」と言われて、そうだとありがたいなと思った。
「みんなの焦りから色々あったってことかな?」と聞いたら、
「そうだろ。八つ当たりした方が楽だからだろうな」
「楽?」
「大人の目の届かない範囲での付き合いだと、ああいうことも起きるってことだ。年上やもっと目上の人がそばにいれば教えてもらえるけれど、せいぜい2つ上の先輩がいるぐらいで、先生とは垣根があって話しにくいために、起こったんだろうな一連のことはね」
「どういうこと?」
「兄弟が多いと、上の人が下を面倒を見る事を自然に覚えていく。けれど、今は兄弟と言っても二人か三人、下の面倒を見たりするような人は少なくなってるからな。弱いものいじめしたり、仲間はずれしたりして憂さばらしするような人が出ても止める環境にないってことだよ。けれど、どこかでみんな嫌だと思っていた人も多かった。そうして、あと少しで卒業、受験ストレスもあって、最後に三井達はああなっただけだろうな」
「そうなのかな? ああいう人はいつか、反省すると思う?」
「その質問、前も聞いただろ。でも、無理だと思う」言うと思った。楢節さんもそう言いそうだな。
「どこかでああいう状況をやめてほしいなと思ってる人ならいつか反省する日も近いだろうな。でも、あいつらは逃げておしまいだろう」
「逃げる?」
「反省することから逃げる。記憶の片隅に追いやって忘れてしまうだろうな。自分がやってきた事をね。今までもそうだから」うーん、ありえるなぁ。だから、あれだけあっても一之瀬さんはどこか反省しないまま、きてしまったのかもしれない。
「気づかないままなんだ?」
「そうだと思う。自分の身に降りかかった時に、自分が悪かったと思わないんだよ。ナタリーがそうだからな」
「そう」
「それより、例の課題は進んでいるか?」と聞かれて、
「エッセー? 読書感想文?」と聞いたら、
「意味が似ているけれど使い方が違う単語」と言われてため息をついた。
「いっぱいありすぎるよ。思いつくだけ書いてきたけれど」
「ふーん、結構戸惑うぞ。どっちを使っていいか迷うからな。ラストとファイナルの違いとか、『はやい』も色々あったろ?」と聞かれてうなずいた。
「結構、あるよね。心でも、『mind、heart、spirit』とかあるし、話すも色々あるし、聞くとか、見るとか、あの辺が良く分からなくて」
「そういうのも覚えていけばいいさ。一つ一つね」と言われてうなずいていた。
「英語って通じない人は多いのかな?」と聞いたら笑った。
「それは自分で確かめてみるしかないさ。相手によるぞ。霧のようなタイプだと語彙力が少なすぎて、機転も利かないし、そうなるとたどたどしい日本語を補完して考えてはくれないから、日本語が話せない人と会話しても誤解はあるだろうと思う」
「え、そうなの?」
「相手によるんだよ。相手がこいつと会話してもしょうがないなとなめていたら通じないだろうし、相手が親切で良識のある人なら、何とか聞き取ろうと努力してくれるだろうしね。その辺は分かれるだろう」
「そうかもしれないね」
「アクセントも重要だから、その辺は慣れてきたら、そうした方がいいな」
「え、どういう意味?」
「日本語は抑揚なく話す言語だけれど、向こうは重要な単語にアクセントをつけて話す。ところが、英語に慣れていない日本人は文の組み立てるのに必死でそんなところにまで気が回らない。アメリカ人はアクセントがないと、何が一番言いたいか分からないと思って、怪訝な顔をする場合もあるからね。だから、伝わらないこともあるし」
「うーん、難しいんだね」
「今はそこまで意識してやれるレベルじゃないからな、徐々に慣れていくしかないさ」と笑っていて、そこまでの余裕がないなと思いながら、エッセーを仕上げていた。

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