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謝罪

 テストが終わったこともあって、あちこち笑い顔が見えた。
「終わった」とミコちゃんが言って、
「余裕があるね」と言ったら、
「がんばったもの。でも、あそこの学校って、学級委員か生徒会役員が多いらしいよ。そういう環境でも負けないようにしないと」と言い切ったので、さすがミコちゃんだなと見ていた。
「詩織もがんばらないと」と言われて、
「ははは」と笑った。
「半井君と英語で話してるんでしょ。上達した?」
「する訳ないよ。外人とゆーっくり話して通じたかどうか不安。半井君ははっきり、駄目と言ってくれるけれど、言わない人が多いからね」
「それはあるかもねえ。初対面の外人に間違いは正せない人もいるだろうね。私は言えるけれど」そうだろうな。
「桜木君も物怖じしなさそうだね」
「あいつ、市橋でしょ。あちこち、結構、そういう人はいるよね」
「彼って内申がどれぐらいか知らないし」
「英語と数学は上がったけれど、後はそれほどでもないらしいよ。詩織と同じぐらいかもね」うーん、そうなのか。
「あちこち、決まったら大変だね」と言われて、それもそうだなと考えていた。

 教室に行くまでに、あちこちで噂話に花が咲いていた。結構、楽しそうだった。
「佐倉さん」と呼ばれて、仙道さんだったので、なんだろうなと思いながら、そばに行った。
「謝りたいと言っている人がいるの」と言われて、誰だろうなと思った。彼女に導かれて行った先には手越さんが立っていて、驚いてしまった。手越さんは私を見て、
「あの……」と言いながら、うつむいていた。
「私、知らなかったの」と言われて、なんのことだろうなと思った。
「緑ちゃんと清子が絶対そうだって言うから、そうなのかなって思ってた。一之瀬さんからそう聞いたからと言われていて、えっと、あの……」としどろもどろで、何が言いたいんだろ?……と思ったけれど、
「鵜呑みして、ごめんね」と言われて、意味不明だな……と首を捻っていた。
「でも、私うらやましかったの。あの、山崎君が庇ってくれるでしょう?」と言われて、なんのことかな?……と仙道さんを見たら、
「彼女は山崎君のことが好きだったから」と補足した。
「だから、誤解したらしいの」と言われても、よく分からなかった。
「鵜呑みって何?」と聞いたら、
「点数。ひどいと聞いたの」と手越さんに言われて唖然とした。それで謝られても困るなぁ。
「でも、途中から変だとは思ったの。だって、いくらなんでもいきなりあの点数にならないだろうしと言われて、それで、その……」と言われても、なんだかどう言っていいか分からなかった。
「ごめんね」と手越さんに謝られて、
「もう言わないって約束してくれたの。彼女も辛かったみたいで」と仙道さんが温かい目で手越さんを見ていて、優しい人なんだなと思った。
「そうよね?」と聞いてあげていて、手越さんがうなずいた。
「でき心とはいえ、あんなことしてごめんね」と言われて、仕方なく、うなずいた。後味は悪かったけれど、何も言えなかった。
 戻ろうとしたら、いつの間に来ていたのか拓海君が近くに立っていた。
「お前はそれで気が済んだかもしれないけどな。言われた方は傷が残るんだぞ」と拓海君が怒っていた。
「山崎君」と仙道さんが止めたけれど、
「謝ってそれでそっちは気が済むかもしれないけれど、ひどい事を言いふらされた方の気持ちになったことがなかったんだろう?」と聞かれて、
「それは……」と手越さんが困っていた。
「自分の点数が言いふらされて、自分の事をあれこれ言われてどう思った?」と聞かれて、悲しそうな顔をしてうつむいていた。
「同じ事をされて、どう思ったんだよ」と拓海君が睨んでいて、
「それ以上、言うのは」と仙道さんが止めた。手越さんが泣き出していた。

「ああいうのはどうも駄目だな。あれ以上強く言えなくなる」と教室に戻りながら拓海君が困った顔をしていた。
「言いすぎだと思うよ」
「今言わないと、あいつ、また、元に戻るぞ。せっかく分かってきたんだ。もう、同じ事は繰り返さない方がいいと思う」
「庇ってもらえてうらやましかったと言ってたね。それが理由なんだね」
「そんなの理由になるか」と怒っていた。
「好きだったんだね。それほど」と言ったら、さすがに黙っていた。
「好きだからやめられなかったのかな?」
「だとしたら逆効果だな。王子に突っかかってる女と同じじゃないか」と小声で言った。確かにそのとおりだけれど、
「辛かったのかもね。よく分からない説明だったけど」
「仕方ないさ。いつもああだぞ。三井達と違って、要領は悪いから押し切られるところがあって」
「だから、拓海君に憧れてたんだね」と言ったら、
「なんで?」と嫌そうだった。
「庇ってもらいたかったんだろうね」と言ったら、それ以上は言えなくなっていた。
「それより、どうだった?」と、話を変えた。
「がんばったよ。後は待つのみ」
「そう、大丈夫だね。きっと」
「お前の方は?」
「ボチボチやってます。向こうに荷物送らないといけないし、おばあちゃんは引っ越してくるから、それもあるし」
「ふーん、大丈夫なのか? デートは?」と聞かれて、
「デート?」
「いっぱいしておこうぜ」と言われて、そう言われたら、そうだなと考えていた。

 2人で話していたら、あちこちで、
「やっぱり、頼んでみようよ。駄目でもいいじゃない」と言っている声が聞こえた。
「半井君、気難しそうだから」
「私なら頼むけど」と言い合っていた。
「本宮君ならボタンが全部なくなりそうだね」と拓海君に言ったら、
「あいつ、全部、断ってたぞ」と言ったので、
「そうなの?」と聞いたらうなずいていた。そうかもしれないなぁ。
「そのほうがいいさ。自分がしたい事をする。それだけのことがやっとできるようになったんだからな」
「そう……」
「それより、元気ないな?」と言われてため息を付いた。
「課題が難し過ぎて」
「まだ、やってるのか?」
「ずっと続くよ。これからも」
「ふーん、あいつと会う気なのか?」
「そういう顔をされても困る」言い出せなくなったなぁ。母が部屋まで用意していると知ったら、また怒られそうだなと思い、拓海君を見ていたら、
「詩織の場合は本当に心配になるな。ついて行きたくなるよ」と言われて、
「それじゃあ、意味がないじゃない」と言ったら、
「そうだな。俺も、もっと強くならないとな」
「え?」
「あの先輩との約束。また、俺も課題が増えたよ」と言ったので、
「今度は何?」と聞いたけれど教えてくれなかった。

「眠いなぁ」と保坂君と佐々木君がぼやいたので、つられて、
「私も眠い」と碧子さんにぼやいた。
「お前なんていいじゃないか」と保坂君に怒られてしまい、
「無理。私の場合はずっと続く。これからも、ノートが山積み。教科書が変わるしね」
「そう言われたら、そうだったな。お前、やってけるのか?」と佐々木君が笑っていた。

「みんな、気がぬけているやつもいるけれど、ちゃんと寝ないでやってくれよ」と先生が説明していた。でも、気が抜けているのかぼんやりしている男子が多かった。女の子はおしゃべりが増えていて、
「おーい、聞けよ」と先生が怒っていた。
 移動してから、あちこちで話に花が咲き、立ち止まってボーとしていたら、
「お前、眠たそうだな」と後ろから聞きなれた声で言われて、
「眠いので、後にして。嫌味は後でまとめて聞きます、先生」と言ったら、周りが笑っていた。
「半井が先生だってよ」と言った男子を見たら、嫌みったらしい顔をしていた。うーん。
「どこが先生なんだか。こいつみたいなやつに教わる気が知れないね」
「知らないの? 半井君が教えて点数が上がったんだから」と女の子達と喧嘩をし始めた。
「えっと……」と言ったら、
「ほっとけ」と半井君が笑った。
「ふん、向こうの学校ならランクなんてばれなくていいよな」とその男子がほくそえんでいた。感じが悪いなぁ。
「きっと光鈴館よりは下の」とその男子が決め付けるように言っている間に、
「シェルマットってどれぐらいだっけ?」と考えていたら、
「佐倉」と半井君が止めた。
「え?」とみんなが驚いていた。
「なに?」と聞いたら、
「今のが、学校名?」と近くの子に聞かれてうなずきそうになったら、
「ああ、なんでもないよ」と半井君が手で私の口を押さえていて、
「覚えた?」
「聞いてなかった」とそばの女の子が言い出した。
「☆せっかく名前を内緒にしたというのに」と半井君が英語でぼやいていて、
「☆言えばいいじゃない」
「☆やだね」
「☆どうせばれるでしょ。言っとけば」
「☆うるさいぞ。こいつら」
「☆でも、先生に聞くんじゃないの?」
「☆口止めしてあるに決まってるだろ」と英語で言い合っていたら、
「また、それをする」とそばにいた女の子がぼやいていた。
「ロザリー、呼んで来い」
「いないよ」とそばの男子が教えていた。
「ロザリー、一足早く行っちゃったから、もういない」と言っていた。
「誰か、英語分かる人いない?」と聞きあっていて、
「☆絶対に言うな」と半井君が笑っていて、
「☆教えてあげたらいいでしょ」
「☆やだね。絶対にうるさくなるね。俺の彼女はお前で決まりだ」
「☆はあー、ありえないでしょ」
「☆この期に及んで、まだそういう事を言うか?」
「☆言います」
「☆生意気だよな。その口が」
「☆言われたくないんだけど」
「☆絶対に生意気だね。教育しなおしてやるから、覚えとけ」
「☆忘れた」と言ったら叩かれた。
「☆乱暴者」
「☆少しは優しい言葉を使え。もう少し言い方があるだろ」
「☆ない」と言い合っていたら、
「全然分からん」
「俺も、なんとなくしか分からない」
「喧嘩してる事だけは分かるよな」とそばで言われて、
「詩織」と呼ばれて、ハッとなった。しまった……いつもの調子でやってしまった。拓海君がいたので、逃げるようにそっちに行った。
「何、言いあってたんだ?」と拓海君が怒りながら聞いてきて、
「ちょっとね、先生が怒るから怖いって言ってただけ」と言ったらそばの男子が笑っていた。
「うーん、予想外の展開だな」桜木君のそばの男子が言った。
「そうか?」
「だって、今、完全に半井が言ってたぞ」と言ったため、
「何を言ってたの?」と美菜子ちゃんが慌てて聞いていた。
「聞き取れたんでしょ?」と言われて、その男子が笑った。
「え、何、分かったの?」と桃子ちゃんが聞いた。
「こいつの隣のパン屋の奥さんが外人だから、子供とよく遊ぶから分かるらしい」と桜木君が笑った。
「今、なんて言ったの?」
「教えない方がいいと思う……多分」とその男子が笑っていた。

 式次第の練習をする間、欠伸ばかりしていて、
「俺もうつるからやめろ」と隣の男子に笑われてしまった。
「佐倉も、そうだけどさ。須貝も眠そうだな」と言われて、
「え、そんなことはないよ」と言っていた。
「俺なんか徹夜3日したけど、平気」と言っていて、うらやましい体力だなと聞いていた。休憩時間になって、みんなが雑談していた。
 私は桃子ちゃんと碧子さんと話していたら、半井君が囲まれていた。
「学校名教えてよ」と言われていたけれど笑っていただけだった。
「最近、やっと普通に笑うようになったけど、ああやってはぐらかすよね」と桃子ちゃんが笑っていた。あの人は意味不明だなと思った。
「でも、教えてなかったよ。最後まで」
「何が?」
「谷垣君、英会話の聞き取りだけはかろうじてできるみたいだけど、さっきの会話の内容。美菜子ちゃんが必死になって聞いていたけれど、『教えたくない』って笑ってた」うーん、困った。勢いで喧嘩して、彼がああいうことまで言い出すとは予想外だった。さすがにびっくりしたけれど、ばれてないかなぁと心配だった。
「大丈夫だって。桜木君達も『バレバレだよな』と言ってたから」と桃子ちゃんに笑われて、
「え?」とびっくりした。
「だって、『他の人と態度が違うだけで一目瞭然だろ』って。一之瀬さんに『白旗あげろ』と言ったらしいね」
「え? そんな事を言ったの?」
「そうみたい」困ったなぁ。
「でも、英語で喧嘩ってできるんだね」
「いつも同じような言葉の繰り返ししかしてないもの」
「そう?」と桃子ちゃんが笑っていた。

 教室に戻る間も眠くて大変だった。
「なんだかしんみりしますね」と碧子さんに言われて、そう言われても、実感がわかない感じだった。色々あったけれど、なんだか成長できたんだろうか?……とぼんやりしていた。
「英語で喧嘩できるといいですわね」と碧子さんに言われて、
「碧子さんまで言わないで」とぼやいた。
「でも、うらやましいですわ。そういうことが増えていくわけですものね」そうかなぁ。いつも同じ会話してるだけの気がするなぁ。
「でも、あの方は優しい目をするようになりましたわ」と言われて驚いた。
「時々思いますの。とても優しい目で見てらっしゃいますから」どこが何だろう? 首を捻っていたら、
「きっと、近くに影響を与える人がいたんでしょうね」と笑っていて、
「そうかなぁ? 皮肉と嫌味しか言わないんだけど」
「そうですか? 優しい方だと思いますよ」と言われて、そうかもしれないけれど、言葉と態度には出てないよ……と考えていた。

 あちこち、話に花が咲いていた。こうして待っている間も、隣で結構うるさかった。でも、
「あの子たち、結局、誓約書を書かされたって本当?」
「また、デマじゃないの?」
「自分達で流した噂でしょ」と言われていて、こういう話は尾ひれが付いていくのかもしれないなと聞いていた。
「何してる?」といつのまにか半井君が来ていた。
「あれ、囲まれてたんじゃないの?」
「お前のせいで色々聞かれたんでね」と嫌みったらしく言われて、どこが優しいんだか……と睨んでいた。
「☆生意気な態度」
「☆はあ〜」
「☆もっとかわいい表情をしろ。かわいいんだから」
「☆別の人に言って」
「☆ないね」
「☆先生は冷たいよ」
「☆お前の場合は生意気だと言っている」
「☆そうでしょうか?」と言ったら叩かれた。
「☆乱暴だなぁ」
「☆あの後、聞かれたんだよな。学校名」
「☆そう」
「☆どうしてくれる?」
「☆さあ」
「☆生意気な態度だよな。償ってもらおうか」
「☆聞こえない」
「☆デートしろと言ってる」
「☆時間ないです。私は忙しい」
「☆ほー、いい度胸だな」
「☆聞こえなくなった」と言ったら、また、叩かれた。
「あのー」とそばの女の子が聞いてきた。
「ねえ、分かった?」となぜか霧さんを連れてきていた。
「うーん、半分しか分からないんだよね。英語では喧嘩してないからさぁ。私、愛の会話は結構上手に聞き取れるようになって」と言っていたので、唖然としたら、
「☆ほら、そうだろ。恋愛会話にだけ詳しくなるんだ、こういうタイプは」
「☆そういうことは言わない」と言い合っていたら、
「恋愛上手なタイプだって」と霧さんが言ったので噴出した。
「えー!」とそばの女の子が怒っていて、
「お前のヒアリング能力は危ないよな」と半井君が呆れていた。
「教えてくれてもいいじゃない」と女の子に迫られていて、逃げようとしたら、
「☆こいつと付き合う(go out with)予定なんで、悪いけど」と半井君が答えていて、呆気に取られた。
「なんて言ったの?」と女の子達に聞かれて、逃げたかったのに、半井君がしっかり腕を持っていたので、
「えっと、スケジュールがいっぱいで忙しいから、また今度」とごまかしたら、
「上出来」と半井君が笑っていて、
「あら、そうなの」と言いながら、渋々戻って行った。
「いいの? その英訳間違ってなかった?」と霧さんに聞かれて、まずいなと思ったら、
「出かける予定なんでしょ?」と言ったので、
「ほらな。そう言うだろ」と半井君が笑っていた。

 みんながいなくなってから、
「あいつ、どこにいるんだ?」と半井君に聞かれて、
「ちょっとあって」と言ったら、
「女か?」と聞かれてうなずいた。
「ふーん、最後の告白ってやつか。俺も逃げたけどな」
「ボタン、全部なくなるね」
「やるわけないだろ」
「どうして?」
「面倒なのは苦手なんだよ」
「ふーん、いまいち性格が分からない」
「でも、気づかないもんだよな。英語で言っても誰も聞いてこなかったぞ。例の言葉」
「ああいう場所で堂々と言わないで下さい、先生」
「さっきも分かってなかったな」
「それは先生が早口だからでしょ」
「お前は慣れたようでいいな」
「慣れるでしょ、あれだけ怒鳴られたらね」
「生意気なやつだよな」と笑っていた。

「だから、あの……」と手越さんがうつむいていて、
「ほら、言わないと」とそばにいた女の子に励まされていて、拓海君はため息をついた。
「あ、あの……」と手越さんがうつむきながらも、
「あの、ずっと……」
「何度も聞いた」と、拓海君が言ったため、そばの女の子が睨んでいた。にらまれても、何度も言われると困るけどな……と拓海君が困っていた。さっきから、同じ言葉を繰り返していたからだ。
「ずっと、ずっと……う、うらやましくて」と言ったので、ようやく次の言葉になったんだなとため息をつきそうになっていた。
「いつも庇ってもらえて、その立場に、な、なれたら、どんなにいいかと」
「それって、変だろ」と拓海君がさすがに口を挟んだ。
「え?」と手越さんが驚いていた。隣の女の子が何を言い出すの?……という顔で睨んでいた。
「かばってもらえるから、俺を好きだってことか? そんなの変だろ」と言われて、
「そう言われても」と手越さんがうつむいてしまった。
「だって、佐倉さんがうらやましくて」
「詩織の場合は小さい頃からそうだから、つい癖で助けてしまうだけでね。それをうらやましいと言われると困るんだよな」
「そんな……」と、手越さんが困っていて、
「山崎君、ちゃんと聞いてあげて」とそばの女の子が怒っていた。
「勇気を振り絞って言ってるのに、そんな冷たい言葉は」
「逆だよ。普通の相手ならこんな態度にならないさ。詩織を傷つけてきた相手に言われても俺が困るんだよ。詩織は何も言わないから、お前、気づいてないみたいだけどな。ああ言われ続けて、お前、一度謝ったからそれはそれでおしまいにして、次は俺に告白して、いい思い出にしようとしてるのかもしれないけれど、俺は困る」と拓海君がはっきり言ってしまったため、手越さんが泣きそうな顔になった。
「ずっと、言いたくても我慢してきたよ。俺が言う事でお前達は詩織に当たるから、我慢してた。宇野とお前が裏で何を言ってたか知っていても、ずっと、詩織には黙っていた。でも、許せなかったよ。お前は似たような事をされて泣いたんだろう? じゃあ、お前も分かるだろう? 俺の気持ちが」と言われて、三井さんがうつむいていた。
「山崎君」とそばの女の子が困った顔をしてなじるように言った。
「好きな相手の事を色々言われて面白くないという気持ちを無視されても困る」
「え、それは……」とさすがにそばの女の子が困った顔をしていた。
「聞いてあげることはできない。悪いけれど、不愉快な気分になってるのをこれ以上は我慢できないよ」
「山崎君」とそばの子が怒ったら、手越さんが泣いていた。
「詩織が裏でどれほど泣いていたか知らないからできたのかもしれないけどね。表で泣いてなくても、裏で泣き寝入りした子はいくらでもいると思うけれど」と拓海君に言われて、
「それは、そうかもしれないけれど……」と、そばの女の子が困った顔をして、拓海君と手越さんを交互に見ていた。
「その相手に言われても、俺は困るよ。だから、聞くわけにはいかないんだ。冷たいようだけれど、反省してほしいからね。そこの部分をちゃんと反省してからにしてほしい」と言われて、手越さんがうな垂れていた。

 霧さんに例の話を教えた事を聞いて、
「どう言ってたの?」と聞いたら、
「信じないってさ。『アダムを信じてるから、いい』って」と半井君はそっけなかった。
「そう」
「それ以上はあいつがどうするかだから、ほっとこう」
「でも」
「あいつの責任だから。これ以上は立ち入らない方がいいからね」
「そうかなぁ?」
「あいつのほうがお前よりは経験は積んでるさ。ただ、それで何を得たのかは知らないけど」と素っ気無く言ったので呆れてしまった。それ以上言っても無理だなと思い、
「眠いなぁ」と言ったら、
「お前の場合はいつまで経っても、それだな」と半井君が呆れていた。
「あなたの、あの呆れる課題のせいなんだけど」
「いい課題だろ」
「どこがよ。どう並べても変な文章になるんだよね」
「何を書いたやら」と言い合っていたら、拓海君が戻ってきた。半井君がそばにいたため睨んでいて機嫌が悪かった。
「ボディガードは帰るとするか。どうもご機嫌が悪そうだ」と半井君が言ったら、思いっきり睨んでいた。
「どうかしたの?」と聞いたら、
「ちょっとね」と言葉を濁していた。
「じゃあな」と半井君はさっさと行ってしまった。
 歩きながらどう聞いたらいいか待っていたら、
「なんだか、やりきれないよ」と、やっと口を開いてくれた。でも、機嫌が悪そうだった。
「どうして?」
「自分の気持ちさえ整理をつけたら、それで安心して卒業できるってことなのかもな」と言われて、どういう意味だろうと思った。
「だから、聞くのをやめたら、泣かれただけ」
「彼女に?」と聞いたらうなずいた。
「あいつの謝罪の言葉だって納得してない、その日のうちに告白されても困るだけだよな。せめて、もっと早くに気づいてやめていてくれたなら違ったけどな。途中でどうしても怒れて我慢できなくなった」
「聞いてあげなかったんだ?」
「向こうはそれで気が済むかもしれない。でも、それじゃあ、きっと反省しないだろうと気づいて、それで逃げてきた」
「どういうこと?」
「謝罪の気持ちが強かったんじゃない。自分の気持ちに決着つけたかっただけなんじゃないかと思ってね」
「え、だって、朝は」
「確かに謝ってくれたことは評価するけれど、お前がどれだけ辛かったかは分かってないと思う」
「え、でも……」
「分かってないから、その日のうちに俺に言えるんだよ。せめて、違う日に言ってほしかった」と言われて、何も言えなくなった。

「色々、あったよな」と言われて、
「そうだね」と拓海君の顔を見た。
「最初にさ。この学校に転校してきた時、詩織がいてくれたらどんなにいいだろうって思ってた」
「え?」
「そうしたら、成長したお前が歩いていたんだ。見事に壁にぶつかっていて変わってなくて、唖然としたけど」
「もう」
「でも、それからうれしくてね」
「そうだったんだ?」
「昔の事を思い出してたよ」
「いいな、思い出せて」
「そのうち思い出すさ」
「そうかな? そうだといいけれど」
「あの先輩と知り合ってなかったら、詩織と話してなかったら、俺ももっと怒ってばかりいたかもね」
「え、どうして?」
「それはあるだろうと思う。部活の方だって、バスケの女子と同じで先輩にはやられたからね」
「そう」
「ああいうのは不思議だよな。同じ中学の部活だというのに雰囲気が全然違う。同じ人なのに違うグループに混ざったら発言が減ったり増えたりするらしいよ。桃と戸狩に教えてもらった」
「え、そうなの?」
「そうみたいだな。人には色々な部分が含まれているだろう? 『その要素の中で、どの部分が出てくるかは周りの状況によって違ってくるんだろう』って言ってた。家族に囲まれたら、結構甘えていたり、部活ではすましていたり、恋人の前ではかっこつけてたりするらしい」
「拓海君も?」
「そうかもな。影響力がある人がいるだけでグループの体質に影響が出てくるらしいよ」
「そういうのも、私、分かってないかも」
「俺も同じだよ。打算的なのは苦手だし、仲良くやっていこうと、俺は思うからね」
「拓海君は優しいから。楢節さんは気まぐれで助けないことも拓海君は助けてしまいそうだ」
「それは相手によるのかもしれない」
「どういうこと?」
「楢節さんだって、困っていたのがお前じゃなくて、テニス部の別の誰かだとしたら助けなかったと思う」
「そうかな?」
「相性もあるんだと思う。お前とは普通に会話ができても、きっと他の後輩とはそこまでならない。それに、自分を素直に見せられる人と見せられない人がいるって言ってたから。俺はそうでもないんだけどな。詩織だけ違うけど」
「そう?」
「そうだと思う。他の人とやっぱり違うからな」うーん……。
「あいつも同じなんだろうな」
「あいつって?」
「あてなり」
「おーい、もう、誰も使ってないよ」
「そうだな。あいつは他の誰にも素顔を見せてないんだと思う。お前だけ違うからな。戸狩がそう言ってた」
「桜木君のグループにも言われた。バレバレだって。他の人と態度が違うから分かるって」
「男子はそうだろうな。女子は不安もあって口にしないんだろうな」
「どう言う意味?」
「『ライバルが増えるのは困るからだろう』と、桃が言ってた」うーん、そういうことなんだろうか?
「同性ならライバルだと思う。男とは感覚が違うって教えてもらったよ。だから、やっかんで色々言ってしまうらしいね。『女の敵は女』と言われて、さすがに唖然とした」一之瀬さんなら言いそうだなぁ。
「ライバルだとか思えるほどの余裕がないなぁ。マイペースで進みたい」
「お前も碧子さんもそれでいいさ。人に合わせたり、人をライバルのように思い、挑んだり睨んだりは性格に合ってないぞ。ああいうタイプは負けん気が強いし、気も強い。ただ、ミコ、根元と方向性が違ってるのが問題だけど」
「それはあるね。自分を磨くタイプだものね。ミコちゃんたち」
「色々いるよな。お前も碧子さんもそうじゃなくてもいいと思う。仙道と根元も性格が違うし、学級委員としてどっちがいいなんて、簡単に結論が出ないぞ。本郷との相性もあるし」
「相性?」
「本郷と根元だと、あの2人が喧嘩しそうだ」ありえるなぁ。
「グループとか人と人との相性って全然分からないよ。とりあえず仲良くやっていければいいし、ライバルを蹴落とす事を考えるより自分を高める事を優先していきたいから」と拓海君が言ったので、
「そうだね」と笑った。

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