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2人の約束

 半井君が先に渡米する事になり、引越しの手伝いをさせられていた。
「先生、さすがに勝手に呼び出すのは、やめて」とぼやいた。拓海君は桃子ちゃんたちと合格祝いで集まっていた。誘われたけれど、これもあって遠慮をした。
「お前はあいつとの合格祝いはもうやったろ」と言われて、
「はいはい」と言いながら部屋の整理を手伝っていた。
「そんなにやることはないじゃない」
「ぼやくな。これぐらいはいいだろ」と軽く言われて、
「あーあ」とぼやいていた。

 終わったあとに、ジュースを入れてくれた。
「知ってるか? 一之瀬の話」
「なにが?」
「合格発表の後にわめいていたそうだ」
「そうなの?」
「あそこの学校は無理して公立を受けるやつが多いから、倍率が高い。それもあって三井も落ちたそうだよ。何人かが落ちたと言っていた」
「誰に聞いたの?」
「書類の不備で学校にまた行った時に、遊びに来ていた女子が内緒話をしていて聞いただけ」
「あなたはつくづく地獄耳」
「山崎が受かったのは面白くないけれど」
「がんばっていたの」
「ふーん、まぁいいや。俺の方が有利だから」というのを聞き流していた。
「今度はそういう噂が流れるかもな。近くにいないのなら言いやすいから」
「意味不明」
「こういうのは後々までずっと言われるんだよ。親のほうは特に。そう女子が言っていた。親にしてみたら、子供の進路は自慢の種なんだろうな」
「そういうものなの?」
「俺たちは関係ないよな。向こうは実力がともなわないと無理だから。一之瀬のような取り入る女は難しいだろうからな」
「よく分からない」
「先輩に取り入ったりするより自分の力でがんばらないと無理だろ」
「そう?」
「お前もそれなりにがんばればいいさ。ついていてやるから」
「いいよ。それじゃあ、今までと一緒じゃない」
「山崎病がうつったんだよ」とうれしそうに笑っていた。

 拓海君と電話で話していて、やはり、一之瀬さんたちの話は知っていて、
「大変だったらしい。但し、誰も、慰める人がいなかったようだけれど」うーん、複雑かも。
「卒業したあとだから、お前にはやらないだろうしね」
「いいよ、もう、会わないだろうから」
「そうだったな。俺もそれはほっとしている」
「そうだね」
「芥川霧子の噂が出ていたぞ。アメリカに行くって本当か?」
「半井君が止めたけれど、本人が盛り上がってるから好きなようにさせろって」
「そうか、なんだかあちこちあるよな」と笑っていた。

 拓海君の提案で、遊園地に来ていた。
「女子に怒られた」と言ったので、
「どうして?」と聞いた。そうしたら苦い顔をしていた。
「聞いたらいけないみたいだね」
「ちょっとなあ。俺が悪いみたいになって」
「珍しいね。拓海君が怒られるなんて」
「そうか? 女子って言いがかりつけてくる子もいるけど。そうじゃなくて、かなりの女子が同情気味に俺に怒ってきてね」
「どういう理由で?」
「手越だよ。『おとなしい手越がせっかく勇気を振り絞って、告白してくれた気持ちを考えてあげてよ』と怒られたんだよ」
「そう言われるとそうだけど」
「でも、どうもなあ。俺は未熟なのかもしれないな。戸狩は『それぐらい受け止めてやれよ』と軽く言っていたし、桃は笑ってたけど、ほかの女子は同情してたよ。後で相当泣いたらしくて」と言ったので、何も言えなくて、
「表で泣けば同情する女の子も多いのかもな。詩織は裏で泣いていたから、お前と同じようにやられた子もそうだろうし、だから知らないのかもしれないけれど。でも、手越はみんなの前で泣いたから、それでだろうと、戸狩の意見」
「そういう理由なんだ?」
「それはあるだろう? 我慢してみんなの前で泣かずに泣き寝入りした人の気持ちには、周りの人は気づきにくいけれど、手越みたいにみんなの前で泣いたら、さすがに俺のほうが悪くなるみたいだ」
「どうしたら良かったんだろうね?」
「無理だよ。俺には戸狩のように軽く受け止められないし、半井みたいに本音をずばずば言えない」
「手越さんには言わないと思う」
「そうか? あいつ、結構言いたい放題」
「相手によるみたいだよ。だって、佐分利君にはそういうことは言ってなかったし。一之瀬さんとか一部の女子が苦手みたいだから、そういうタイプには言うみたいだし。あれでも、相手は選んでいるような気がする」
「そう言われると、そうかも。手越には言わないかもな。言うとややこしくなるだけだし」
「そうかもしれないね」
「せめて、手越が三井たちに言わなければ良かったんだろうけれど」
「どういう意味?」
「悪口と言うか、面白くないことを友達にぼやくのは案外多いのかもしれないけれど、話す相手によって、噂が流れるかどうかが決まるだろ。三井なら悪意を持って言いふらすに決まってるじゃないか。一之瀬たちも同じだ。噂を流さない子達に話していたら、違った結果になるからな」
「うーん」
「そういうわけで、女子に怒られたけれど、逃げるしかなかったよ。反論しても女子は手越に同情してたからな。桃は後で「しかたないよ」と言ってたけど」
「困っちゃうね」
「俺と付き合っていたのが面白くないからと言って、三井にお前のことをあれこれ言ったから、ああいう根も葉もないひどい噂になったと思うからな。その手越に告白されても、どうしても不愉快さが先に来て駄目だ」
「難しいね。私も許せるかと言われたら、ちょっと……」
「そうだよな。言われたほうは気にしないようにしていたって、面白くないし。謝ってくれたのはいいけれど、だからと言ってすぐに許せる気にはならないからなあ……」と拓海君が考えるようにしていたので、それ以上は言えなくなった。

 あちこち歩いたあと、観覧車に乗りながら、
「夏休みにはどこかに行こう」と言ってくれて、
「そうだね」と手をつないでいた。
「手紙書けよ」
「そうだね。英語で書くね」
「やめろ。俺は日本語でいい」と笑っていた。
「拓海君と一緒に前に乗った時も楽しかったね」
「お嫁さんになってもらわないといけないな」
「10年後?」と聞いたら笑っていて、
「どこにいても迎えにいけるようにしておかないとな」
「拓海君がいてくれたら、私が戻ってくるからいいの。だから、そこにいてね」
「俺もがんばるよ。詩織もがんばれよ」と言ってくれてうなずいた。頬に手を置いてくれて、おでこにキスしていた。
「泣いてもおまじないできないからな。せめて夢で会えるといいよな」と言われて、
「拓海君って夢を見るの?」と聞いたら、考えていて、
「そう言えば、時々しか見ないかも」と言ったので笑ってしまった。
「詩織の夢はお嫁さんだからな。俺の夢も同じにしておこう」
「拓海君の将来の夢ってなんなの?」
「それをこれから探していくんだよ。がんばって大人にならないとな。あいつと差があるから」
「なにが?」
「経験が」と言ったのでむせた。
「あの人の場合はね、遊びの経験があるだけみたいだよ。『真剣なのはない』と言い切っていたから」
「変だろ、それ」
「よく分からない人。男子って気が多いのかもしれないね」
「そうか? 女子でも多い人もいるさ」
「そうだね。拓海君のような人は少ないんだよ」
「どういう意味だよ」
「幼い頃からの約束を守ってくれるような優しさはすごいと思うよ」
「俺に取っては大切な思い出なんだぞ」
「早く思い出したいなぁ。拓海君と一緒に遊んだ思い出とか」
「一緒にお風呂に入ったしね」
「もういいの、そういうことは」
「詩織は泣き虫は卒業してくれよ。もう、飛んでいけないからな」
「がんばるね」と言ったら手をぎゅっと握ってくれて、その後、キスしていた。
「10年後、約束だからな」と言われてうなずいたら、彼がうれしそうに笑ってくれた。

  終わり

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