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人気投票

 男子が告白されているのを立ち聞きしてしまった。
「だから、付き合ってよ」と女の子に食い下がられていて、
「悪いけれど、ごめん」と言って、相手の男子が行こうとしていた。うーん、困ったぞ。出るにでられないなあと悩んでしまった。体育館の道具をしまう場所で、探し物をしていて、その入り口の横でいきなり告白し始めたため、出るに出られなくなってしまった。二人とも知り合いだからよけいだった。困った……出たいなあ……と悩んでいて、
「とにかく、そういう気持ちにはなれないから」と男子が言ったため、女の子が、
「誰か好きな子がいるの?」とまだ食い下がっていて、
「それは……」と相手が困っていた。彼は学校では有名な人だ。
「バスケ部にいるの?」と聞かれていて、
「いや、いないよ」と答えていた。彼はバスケ部に所属していて、学校新聞で何度も載っている人だった。そういう人だったから、今年に入ってからは特にモテるらしく、何度も話題に上っていた。
「だから、悪いけれど」と答えていて、
「そう」と相手の子が小さな声を出してから、行ったようだった。ほっとしたのと探し物が見つかって、慌てていたのでそれを掴もうとして、ドサッと転んでしまった。
「きゃ」と言って鼻を押さえた。
「誰だ?」とその男子が中に入ってきていて、私が転んでいるのを見て、唖然としたあと、苦笑していた。
「あの……その……これには訳がありまして、別に聞くつもりはなくて、えっと、落し物をして取ろうとしたら、その……」と言ったら、
「別にいいけれどね。スカートから見えてるから直した方がいいよ」と言って、彼がそこから立ち去っていった。彼の言ったとおり下着が少し見えていたので恥ずかしかった。また、ドジしてしまった。彼の名前は、山崎拓海《やまざきたくみ》。海星中学の同学年では知らない人はいないと思う。1年からバスケ部の選手として試合に出ていて、運動神経が抜群で女の子に人気があるからだ。正義感も強いらしくて、喧嘩していると助けたりしているらしい。私とはこの学年から同じクラスだけれど、一度も話した事もなくて、とてもじゃないけれどそばによることさえ出来なくて、そういう人だった。
 私は引っ込み思案で、成績も普通でこれと言って取りえもないから向こうもきっと名前さえ知らないだろうなと思っている。でも、恥ずかしいところを見られたなあ……と立ち上がりながら、また自己嫌悪に陥った。

「何度目なのよ」と強気のミコちゃんに怒られた。学業優秀、運動神経抜群、その上美人と来ていて、学校中の憧れの的となっている、観野美紗子《かんのみさこ》、通称ミコちゃんにまた怒られてしまった。
「転ぶわ、自己嫌悪《じこけんお》に陥《おちい》るわ、困った子ねえ」と笑っていた。ミコちゃんは近所に住んでいる縁で、割といつも一緒にいる事が多かった。いつも何かと世話を焼いてくれていて、人見知りが激しい私と違って、言いたいことはポンポン言うため、女の子にモテている。もちろん、一部の男子にも人気がある。
「詩織が転ぶたびに痣《あざ》が増えて」と笑っていた。
「ごめん」
「詩織はしょうがないなあ」と呆れていた。
「バレーの試合は応援に行くから」
「来なくてもいい、詩織はテニスに集中」とにらまれてしまった。
「期待されていないからいいよ。適当で」と言ったら、すごい顔をしていて、
「とにかくやりなさい」と怒られて、渋々着替えに行った。父親と二人暮しのため、本当は家事を優先したかったけれど、父から「何でもいいから体が丈夫になりそうな部活をやれ」と言われてしまったため、渋々参加していた。「はあ〜」とため息をつきながら部室に行ったら、そばを通った楢節《ならふし》先輩にまた笑われてしまった。先輩は女の人とあちこち目撃されているという噂があった。
「ドジ子は困ったもんだよな」と笑っていて、
「痣が増えるわ、怒られるわで踏んだり蹴ったりです」とぼやいて部室に入った。うちの学校ははっきりいって古い。部室もプレハブで臭い、寒いで不評だった。着替えていたら、同じ学年で性格が悪くて有名な一之瀬《いちのせ》さんがやってきた。彼女は先輩に取り入るのが得意で、男子とも話をしているけれど、一部の女の子から不評を買っていて、私はほとんど話した事がなかった。
「どいて」という言い方つっけんどんで、誰も見ていないといつもこういう態度だなあと呆れてしまった。わざとひどいことをさせて笑いものにしたり、裏で悪口を言ったり、「あの子と話すのはやめましょう」と言い出したりして、私には理解不能なタイプだった。だから、ミコちゃんとも合わず、何度か言い合いになっていた。でも、ミコちゃんには男子も負けるけれどね。
「邪魔よ」と言ってわざと体をぶつけながら外に出て行った。私は要領《ようりょう》が悪く見えるらしくて、ああいうことは日常茶飯事だった。性格が悪いかも……と思いながら、つい泣き寝入りしてしまう。どうしてなのか、よく分からなかった。
「葛城先輩まだかしら」とテニスコートに行ったら、みんなが言い出した。
「えー、わたしは山崎君のほうがいいなあ」と体育館の方を見て言い出した子がいて、困ってしまった。私も山崎君のことは密かに憧れていた。もっとも、相手にさえしてもらえないと分かっているため、遠くから見ることしかしていない。それだけで、十分幸せだった。それだけで…………。

 教室であちこち、騒ぎ出して、うるさかった。投票用紙を配っていて、
「ほれ、書いて早く出す」と学級委員の、戸狩《とがり》君が言い出した。
「早いって」とみんなが笑っていた。
「人気投票って、どういう基準?」
「美人? カッコいい人? 目立つ人?」と言い合っていて、私も悩んでいた。きっと一番人気は、彼だろうなと思いながら書いて、それを出しに行った。それから、戻るときに足を引っ掛けられた。転んでしまって、
「大丈夫?」と助けてくれた男子にお礼を言った。彼は弘通雅兼《ひろみちまさかね》という、すごい名前だったけれど優しくて女の子が密かに憧れている人も多かった。何しろ、学校で一、二番という頭のよさで、運動神経は良くないけれど、気配りもできるため女の子が相談に乗ってもらったりしていた。さっきの足を引っ掛けた的内《まとない》君をにらんでしまった。彼は悪びれもせず笑っていて、感じが悪いなと思いながら席に戻った。
「えー、それでは集計を」とやっている間、眠くてうつむいていた。ミコちゃんのそばに男子も女子も集まっていた。彼女は生徒会に立候補する予定で学級委員はやっていなかった。
「選挙って、ポスターが分かりにくいから変えろよな」とやりあっていて、今はその話題ばかりしている。父親が市会議員をしていて、医者の家系なため、周りも一目置いている。お兄さんは有名な高校に行っていて、親戚も弁護士やらお金持ちが多いらしく、私の家とは違う。集計結果を黒板に書き出して、みんなが騒ぎだした。
「うーん、意味不明」と誰かが言って、唖然《あぜん》となった。なんで?
「伊藤の一位は納得だよな。観野はそれなりだとして、俺が入っていないのはなぜなんだ?」とそばの男子が笑っていた。それより、びっくりしたのは、
「この、佐倉の2票が気になるな」と的内君に言われて、私もびっくりした。なんで、私の名前まで書いてあるんだろう?
「これ書いたの誰だ?」と言い合っていたけれど、
「山崎は惜しくも2位か。しかし、男子は偏《かたよ》るなあ。女の子が入れると露骨《ろこつ》だ」とみんながぼやいていた。名前が書いてあるのは男子の人数の3分の一にも満たなくて、女の子はバラけていて、1、2票が多かった。
「えー、発表、男子一位は学級委員の戸狩、二位が山崎ね。女子は伊藤、二位が観野ということで」と発表していた。うーん、悩む……困った。いったい誰だろう? またいたずらだろうかと困ってしまった。

 なんだか、しっくり来ない結果だったなあと考えながら、ミコちゃんの隣にいた。
「また、悩んでいるの? 悩みたがりだなあ」とミコちゃんが呆れていた。
「ミコちゃんみたいに生まれてたら違ってるだろうけれどね」
「そういうことは関係ないの。詩織は悩みすぎ。自己嫌悪に陥りすぎるの」うーん、そう言われても。
「また、図書館に行く気でしょ? そろそろやめなさいよ。本には解決法は書いていないよ。自分で強気になる方法を考えなさいよ」強気ねえ。
「そのうち、誰か告白してくるよ」
「それはないよ。また嫌がらせだと思うよ」
「そうかな。あの字をどこかで見たことあるんだよね。少なくとも、的内も太刀脇《たちわき》も違うよ。読めないほど汚いから」太刀脇君は嫌がらせしてくる男子の一人だ。なんでか知らないけれどいつも、からかわれて困っていた。
「詩織もガツンと言ってやればいいよ」
「いいよ、私は」
「もっと、強気になればいいのに」
「それより、漫画に出てくるようなお助けロボットがほしい」
「また、他力本願《たりきほんがん》だ。それじゃあ、これから困るから直しなさい」そう言われてもねえ……と悩んでいた。

 家に帰ってから、また本を読んでいた。電話が鳴っていて、また父の「遅くなるコール」だろうなと思って、出たら、
「佐倉さんのお宅でしょうか?」と聞かれて、
「はい」と答えた。聞き覚えのない声だなあ。
「お母様は」また、勧誘だな。
「母はいません」と話を切った。
「ああ、それは」
「とにかく、いませんので」
「あの、とりあえず連絡先を」と言ったけれど、どうせ勧誘だなと思ったので、
「戻ることはないと思います」
「は?」何度こういうやり取りしたのかなあと考えながら、電話を切ろうとしたら、
「それは、あの」としつこく聞いてきた。
「ですから、母はいません。ずーといません。戻ってくることもありません、金輪際《こんりんざい》」と言ったら笑い出した。笑い事じゃないぞ。
「ああ、失礼しました。私、お母様の大学の同級生の永井と申しまして」と意外な事を言い出したので、びっくりした。
「お母様と連絡を取りたいのですが」と言われたので、
「天国にでも電話してください」とつい意地悪く言ってしまった。
「え?」とかなり驚いていて、
「だから、こちらでは連絡先なんて知りません。幽霊と連絡できませんから」と真面目くさって答えたら、
「いつ幽霊になったんですか?」と驚いていた。
「この間、会ったのに」と言われて、驚いてしまった。
「えーー!!」と思わず言ってしまって、
「あ、いや、そうですか、困ったなあ」と言って、相手が勝手に電話を切ってしまった。会った? 母に? どうやって?……と電話を見て考え込んでしまった。

「ああ、それは」と父が言葉を濁《にご》した。
「なに?」と聞いたら、困った顔をしていたけれど、口を開いた。
「永井さんと言ったんだな」と聞かれてうなずいた。
「そうか」と考え込んでいて、
「いったい、どういうことなの?」と聞いたら、じっと見ていて、
「ああ、そうだな。そのうち話すよ。今度にしてくれ」と言って、部屋に入っていってしまった。何か隠している、そう思った。

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