選手候補

 次の日、しっかり、目撃されていたらしくて色々また聞かれていたけれど、途中で欠伸が出そうになるのをこらえながら、終わりそうなタイミングで抜けようとしたら、
「だから、いったいどうなって」と一之瀬さんがしつこかった。
「行くよ」といきなり、ミコちゃんが寄ってきて、私を連れて行った。
「ほっとけ」と言ったので、さすがミコちゃんだなと笑った。
「どこ行くの?」
「応援演説の練習しているからね」
「応援演説って、この人はすばらしいと、色々でっち上げて言うやつ?」
「でっち上げなくてもいいの。それは、去年の話でしょ」そうだった。楢節さんの相手の人がそういうことをして、失笑《しっしょう》をかっていて、やじられていて、演説がぼろぼろになって、しどろもどろだった。それで圧勝で勝っていた。
「ミコちゃんに、応援はいらないよ。その迫力だけで十分」
「いいのよ、とにかく、そばにいなさい。やっかまれるよ」
「どうして?」
「知らないの?」と聞かれてうなずいた。隅の方に移動してから、
「山崎君が転校してきてから、女の子がうるくて大変だったでしょう? それで、クリスマスやバレンタインの前後から、告白する子が多かったの」そうだろうね。転校して来たとき、みんなが見ていた。彼は、一年生の2学期に転校してきて、隣のクラスだったけれど、うちのクラスでも騒がしくて大変だった。
「今年になってからもすごく多くてね。狙っている女の子も多いんだって。前から名前が出ている武本さんも何度か言ってるようだし、あの加賀沼でさえ相手にしてもらえなかったようで」それは知ってる。体育館から出るに出られなくて、10分は粘っていた。「どうして付き合えないのか、私のどこが不満だというのか」って、自信満々に言っていた。うらやましくもあり、いったいその自信はどこから来るんだろう……と、あの後に何度も見てしまった。
「だから、気をつけたほうがいいって。ただでさえ、あの先輩と付き合ってて色々ね」
「ああ、それは意外だったね。あの先輩、人気あるんだね」
「人ごとみたいに言ってるなあ」とミコちゃんが呆れていた。

 教室でも、何度か聞かれたけれど、「暗くなったので送ってもらっただけ」と説明した。さすがに「幽霊にしつこくされて」とは言いたくなかった。でも、あの人、どこかで見た事があるような気もした。どうしてそう思ったんだろう? お母さんが亡くなったと聞いたのはかなり昔のはずだしね。面影なんて覚えてもいないし、写真も一枚もなかった。お墓にだって行ったこともないから、生きている可能性もあるけれど、あの人がそうなんだろうか? でも、私と似ていない気もするなあと考えていた。
「詩織に先を越されるとは」とそばに来た、おしゃべりで有名なあかりちゃんに言われてしまった。
「あかりちゃんも山崎君狙いなの?」とそばの女の子達が言い出した。
「クールに見えるのに、意外と優しい所もあるんだって見直したけれど」と言い出していて、そう言えば、そうだよね……と思った。あれから、彼の方を見る事さえ出来なくなっていて、人前ではほとんど見ていない。教室では出来るだけ避けていた。そばを通る事さえも。だから、昨日は驚いてしまった。突然だったからだ。からかわれるのが嫌のようで、武本さんの時も、「あまりうれしそうじゃないね」とみんなが言っていたのを聞いた。どういう人なんだろうな?……とぼんやり考えていた。優しい人だとは思っていた。一年生のときに、何度か困った人を助けているのを見かけた。それに、バスケの練習試合をしているのを見て、すごいなと驚いていた。何度か、そういう姿を見るうちに自然と彼を見るくせがついてしまった。なんだか、懐かしい気がして、でも、彼や周りにばれたくなくて遠くからしか見られなかったけれど、
「一之瀬さん、よほど、気になるらしいよ。言って歩いていたから」と、今戻ってきた女の子に言われてしまい、うーん、困ったぞ。
「好きなら、そう言えばいいのに」
「あの人、コロコロ変わることで有名じゃない。この間まで、葛城さんとか言っていて、前はバレー部の」と名前を出していた、中学生になってからこの話題が多いなあと思った。小学校のときはこれほど、男子の名前は出していなかった。「あの子嫌い」とか、「意地悪してくる」とか言っていたのに、変わってきたよね。
「あああ、彼氏ほしいなあ」と言っていて、
「先輩とどうなの?」とまた聞かれてしまった。
「どうと言われても」
「やっぱり、まだなの?」と、また聞かれてしまった。
「手が早いという噂があるよ」それはないな。お互いに対象外だな……とぼんやり考えてしまった。数々の女性遍歴ってひょっとしたら、昔の彼女が忘れられないとかと思い、聞いてみたけれど、いつもはぐらかされていた。あのときの提案した理由も「聞くな」と言われて終わりだった。いったい、何があったんだろうな……とぼんやりしていたら、
「とにかくさあ、誰かと一度でいいから一緒に帰りたいな」
「俺でもいいのか?」とそばの男子が言い出して、
「ありえない」と声にそろえて言われていて、
「お前らに言われたくないぞ」とやりあっていた。

 廊下をぼんやり歩いていたら、
「図《ず》に乗ってるんじゃないでしょうね」と嫌みったらしい声がして見たら、加賀沼さんが睨んでいた。
「図?」
「山崎君が一緒に帰ったのは、あなたがドジだからに決まってるわ」と勝ち誇った顔をして言った。こういうことをするから、裏で、鏡の女王って言われるんだろうなと思った。鏡の女王とは言わずと知れた白雪姫の継母のことで、鏡に向かって「世界で一番綺麗なのは誰?」と問いかける、あの悪役キャラの人だ。確かに、毎日鏡に向かって言いそうではある……と見てしまった。
「何とか言いなさいよ」と高飛車に言われて、
「なんとか」と言って立ち去った。ほっとこう。いくら言い訳したところで自慢話に発展しそうだ。嫌味しか言わない気もするなあ……と考えながらとぼとぼ歩いていた。
「なんで、お前、あいつと付き合ってるんだ?」と部室に行く途中、靴箱のところで太刀脇君に声を掛けられた。うーん、嫌なやつに会ったなと思い、無視して靴を履いていた。
「答えろよ」と言われても、無視していた。
「何とか言えよ」とまた言われたので、
「なんとか」と答えて行こうとしたら、いきなり笑い出した。うーん、そう来たのか。
「お前って、変だよな」
「あなたに言われたくない」とそっけなく言ってから、その場を離れた。先輩と付き合いだしてから少しは言われるのに慣れてきて、こういう対応もできるようになってきた。一年生のときは、言われてもすぐに逃げていたけれど、「それだと何度もやられる、かわせ」と先輩に言われたため、対応を変えた。意外とこのほうが良かったようで、色々言われるのが減ってきていた。一之瀬さんはしつこいけれどね。
 部室に行ったら、みんながあちこちで集まって不安らしく言い合っていた。着替えに入ったら、一之瀬さんとつるんでいる、室根《むろね》さんがこっちを見てきた。
「山崎君と一緒だったんだってね」と普通に言われたので、
「そう」とそっけなく答えたら驚いていた。さっさと着替えて、外に出ようとしたら、
「あなた、意外と着替えるの早いんだね」と言われてしまった。一人でほとんどやらないといけないのでマイペースだけれど、本当は着替えるのも支度するのも遅い方じゃない。いつもはつい遠慮していて、遅くなってしまっていただけだった。なんだか年上の人や気が合わない人がいると遠慮してしまうのだ。どうして、そうなのかが謎だったけれど。
「いつも、そうだから」と言って、さっさと外に出た。あまり話したくはなかった。彼女自身は悪い人でもなさそうだけれど、一緒にいる人に色々吹き込まれても困るなと思っていたからだ。それも先輩やミコちゃんに注意されていた。「思わぬところで言われるよ」と言われてしまい、ありえるかもと考えていた。「考えすぎても駄目だけれど、要注意人物だけは注意しないとね」と何度も言われた。よほど頼りなさげなんだろうけれど、色々言われて、何度か落ち込んでいた。
「佐倉さん」と先輩に呼ばれて、そっちに行った。
「今日から、この人に付いて」と言われて驚いた。3番手で前衛をしている先輩だったからだ」
「え、でも」
「とりあえず、付いて。みんなも同じだから」と言われて見たら、一之瀬さんが一番手の後衛の人と、それぞれ付いていて、残りは補欠の人と一緒だった。なんで、私なんだろう?と不思議だった。
「そういうことだから、今日からこの体制ね。試合の時もちゃんと一緒にいるのよ」と言われて、
「お願いします」とみんなで頭を下げて、でも不満そうな子も多かった。
 練習のときもやりにくかった。先輩は優しくもなく親切でもなかったけれど、誰に対してもそういう態度の人だったから、それとなく付いていた。他の人は熱心に教えている人もいれば、ライバル心をむき出しの人もいた。意外にも一之瀬さんの付いている先輩はあまりうれしそうではなかった。何度も話しかけられても、なんだかそっけなかった。周りの見よう見まねでその先輩のそばにいて、乱打の相手をするように言われて一緒にやっていた。先輩のボレーやレシーブなど絶えずそばにいて、まねをしてやってみた。
 練習後に、「ありがとうございました」と言ってから、着替えに行った。先輩達は後1時間は特訓するらしい。
「疲れたね」と言われて、確かになあと思った。帰るときに、
「どうやって取り入ったの?」といきなり言われて驚いた。一之瀬さんといつもつるんでいるもう一人、加茂《かも》さんが睨んでいた。
「やめなよ」とそばにいた女の子が止めてくれて、
「だって、納得できないよ。私のほうが」と言い出したので、そう言われても、私も良く分かっていないと思ったので、
「さあ、背の高さだけだと思う」と言ったら、その子が嫌そうな顔をした。背が高い子が少ない。私が一番高いくらいで、同じぐらいの子が2番手の前衛の人についている。加茂さんは私より10センチは低かった。それにこれ以上は伸びそうもなかった。ご両親が低いらしい。うちの父親は背は高い方だからなあ。後衛にすればいいのに。
「そんなことで」と相手は納得していなくて、
「私に言われても」と言っていたら、男子の先輩が戻ってきて、
「何やってんだか?」と楢節さんが笑っていた。
「何とか言ってくださいよ。納得できないらしくて」とそばで心配してくれた子が相談していた。
「ああ、それはやってみれば分かるさ」と笑っていたので、どういう意味? と首をかしげた。
「それはあるな」と先輩達が笑っていた。
「どこが駄目だと言うんですか?」
「可能性の問題」と言ったので、よく分からない……と見てしまった。結局、先輩を待つ事にして校門のところでぼんやりしていた。
「こんなところにいたら、また絡まれないか?」と誰かの声がして見たら、山崎君だった。
「ああ、来るのを待ってるの」と言ったら、困った顔をしていて、
「山崎」とバスケ部の人たちに声を掛けられていた。
「一人で大丈夫か?」と聞かれて、びっくりした。
「大丈夫だけれど」
「さっき、絡まれているようだったから」と言ったので見ていたんだなと思った。
「ちょっとね、選手候補でもめたから」
「そうか」とじっと見ていて、
「おーい、行くぞ」とバスケ部の人たちが言ったので、
「大丈夫だよ」と笑ったら、
「気をつけろよ」と手を上げて行ってしまった。心配してくれたらしい。意外とそういうところは優しいみたいだな。だから、人気があるのかも。同じクラスになってから間もないし、その前は遠くから見るだけだったから、性格とかはあまりよくは知らない。どういう人なんだろうなとその後姿を見ていた。
「俺にもそういう顔をして見ろよ」と後ろから楢節先輩が来て言った。
「どういう顔?」
「素敵だなあとか、カッコいいなあとか、色々あるだろう?」と聞かれて、先輩の上から下まで見た。背は高いよね、でもなあ……顔はまあ……いいんだろうけれどなあ……。
「なんだよ、その見方は」
「先輩の事を男として見られる日が来るんだろうか?」
「お前、一応恋人に向かってその言い草はないな」
「一応か。いつまで続ければいいの?」
「俺の火の粉が振り払えるまで」
「一生じゃないですか」
「卒業するまででいいぞ」
「長いなあ」
「ま、その前にお前に彼氏ができたら身を引いてやるよ」
「似合わないなあ。その言葉」
「そうか、俺こう見えて、けなげだぞ」
「毛なげーですね」
「駄洒落《だじゃれ》を言うな。俺はそれほど長くないぞ」
「先輩も高校行ったら少しは控えてくださいね」
「何を?」
「遍歴を」
「隠れ蓑《みの》がなくなるのは困るよな」
「そのときは別の誰かを見つけてください」
「そんな都合のいい女はそうそういないな」
「やだな。利用されてるんだ」
「お前も同罪だ」そうだけれどね。

 次の日から、部活がうるさかった。試合の前日はさすがに緊張感が走っていて、それほどでもなかったけれど、先輩達の余裕はなかった。
「明日の試合は遅れてこないように」と言われて、起きれるかなあとぼんやりしていた。さっさと着替えて外に出てから、先輩を待つのもなんだったので、バレーボールを見に行った。隣でバスケも練習していた。
「がんばってるね」と知り合いに声をかけていて、
「バスケもバレーも試合でしょう? 怖いぐらいだよ」と笑っていた。しばらく雑談していたら、先輩がやってきて、
「かわいい子を紹介してくれ」と性懲りもなく言ったため、
「お前、彼女の前でそれはないだろう?」と知り合いの男子の先輩達が笑っていて、
「大丈夫だよ。理解ある彼女で」と私の頭を何度も叩いていた。
「痛いなあ。何度も叩かないで下さいよ。壊れ物ですよ。大事にしましょうよ」とやりあっていたら、みんなが笑っていた。
「明日の試合はどうなんですか?」と帰りながら聞いた。
「俺は余裕だな。それより、お前も気をつけろよ」
「何が?」
「加茂」
「ああ、しょうがないですよ。運動能力は彼女の方が上なのに、背の高さだけで選んじゃったから」
「それだけじゃないけれどな」
「え?」
「ま、そのうちわかるさ。あいつはあれ以上は伸びない」
「どういうことですか?」
「男子はほとんどそう言っていた。福本も同じことを考えているだけだな」福本さんは女子の部長さんだ。
「なんだか、よく分かりません」
「可能性だけで考えたら、あいつより伸びるヤツはいくらでもいるさ。あいつはあの欠点がある限り伸びない」と言い切ったので、びっくりした。
「欠点?」
「短気だからな。ほっといても自滅《じめつ》するさ」と言ったので、短気とテニスとどういう関係が? と思ったけれど、先輩は笑っているだけだった。

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