先輩の試合

 部活で先輩達について、歩き回っていた。人によって行動パターンが違うため、戸惑っている人もいて、私たちが付いているペアはほとんど動かなかった。
「なんだか、落ち着いてるよね」と後衛の二年生、菅原《すがわら》さんに言われてうなずいた。
「こういう試合って見てるだけで緊張するなあ」
「秋の試合は私達だよね」
「決まりじゃないでしょう?」
「それはそうだけれど、微調整はあっても変更は少ないと聞いたよ」
「どうして?」
「ペアの組み具合が悪いと変更はあるけれどね。少ないらしいよ。去年まで女子って少ないからね。今年は多いから困るよね。15人以上もいるし」そう言えばそうだなあ。
「あの先輩じゃなあ」と隣で違う学校の人が言っているのが聞こえた。うーん、どこも裏では色々言ってるなあ。
「男子の方がもっと少ないよね。一つ上は7人しかいないしね」
「強くないからね。顧問の方針が変わったから、少しは良くなるといいけれどねえ」と呆れていた。楢節先輩のペア以外はひどいらしい。女子はもめてるし、「あまり部活としては仲良くないわね」とミコちゃんに指摘されて気づいた。そう言えばそうだなあ。裏で悪口の言い合いだ。
「あの先輩、嫌ってるらしいよ」と一之瀬さんたちを見て、菅原さんが声をひそめながら言った。納得できるけれどねえ。
「裏で悪口言ってて、でも、表では平気で取り入ってるってのがばれちゃったんだって。『あの後輩がこう言っていた』とかつげ口したり嘘を教えて、引っ掻き回していたのがばれて」と言ったのできょとんとしてしまった。
「あれ、知らなかったの。彼女、部長さんに取り入れなくてと言うか、相手にされなくて、今の付いている人を味方にしようと、色々あること無いこと吹き込んでいたの。でも、全部嘘だった事がばれちゃってね。追い出されてもしょうがないぐらいらしいよ」それは知らなかった。
「だから、必死なんだって。本来なら加茂さんのことももっとプッシュしても良さそうだけれど、もう先輩も鵜呑みにはしそうもないからねえ。しばらくはおとなしいと思う」でも、すぐに復活しそうだな。自分の居場所を作るのは上手そうだ。
「力関係って変動しやすいから。部長が代わればそうなるだろうし」そう言えば、誰がやるんだろうなと考えていた。一之瀬さん以外なら誰でもいいけれどね。
「加茂さんはどうして駄目だったんだろう?」
「だってねえ」と言ったので、何か知ってるなと思ったけれど、それ以上は聞かなかった。
 先輩達はあまり強くないのですぐ負けていた。
「小平《こだいら》さん、人数を数えてね」と言われていて、一之瀬さんが途端に機嫌が悪くなった。彼女はやりたかったみたいだ。
「大丈夫です」と小平さんが報告していた。彼女はしっかりしていて、一番手の前衛の人に付いている。このまま行けば一之瀬さんと組む事になるだろうけれど、平然としていた。私だったら、やだなあと思った。
「じゃあ、解散してね。帰るときはまっすぐに帰りなさいよ」と言われて、現地で解散していた。男子は残っているらしいので、しょうがないので先輩の方へ応援に行った。女の子が来ている人も多くて、私は適当にぶらぶらしながら行った。テニス部ではよく話す子が補欠の子ばかりだったので、その子達は先に帰ってしまったため、話す人がいなくなってしまい、色々見回っていた。男子って、雰囲気違うなあと思いながら見ていて、先輩がいたのでそばに寄っていって、でも、話しかけなかった。
「お前、話しかけたらいいじゃないか?」と他の先輩に聞かれて、
「どうでした?」と聞いたら、
「俺に聞くなよ」と嫌そうな顔をしていた。そうか、負けたんだな。今頃、バスケもバレーも試合だろうな。どうなったかな? ミコちゃんのほうへ一緒に行けばよかったなあと考えていた。近くで試合があるためか帰った人の何人かはそっちに移動していたからだ。行こうとしたら、
「えー、先輩のは見なくていいの?」と聞かれて、思わず、「なんで?」と聞き返しそうになってやめた。そうだ、世間では一応恋人という立場だったな、すっかり忘れていたと思い出した。楢節さんが合流してきて、
「先輩達って、引退するんですか?」
「ああ、一部だけ。希望制になった。だから、2、3人抜ける予定」
「やはり受験ですか? いい学校いけるといいですねえ」
「お前はのんびりしているな」
「勉強嫌いだもの」
「その割にはそれなりの点数だと聞いたぞ」
「ああ、それは」と言って、説明するのはやめた。授業でしか勉強はしていない。宿題も面倒でさっさと片付けて家事をやらないとって感じで終わらせていた。それでも、平均以上取れるのは、
「こいつは、暗記科目だけ得意なんだ。数学もやれ」と楢節さんに言われてしまって、
「数字見ると寝ますね」と言ったら、笑われてしまった。
「どうですか?」と楢節先輩に聞いたら、
「お前、どうせ見ていなかったな」と笑った。一応そばにいるけれど、テニスの練習のときも見ていない。その向こうにある体育館ばかり見ていて、先輩に笑われていた。「そんなにあいつがいいのか?」と言われたけれど、見ているだけでなんだか幸せな気分になれる。自分でも不思議だった。恋ってどうなんだろうな? 良くは分からないけれど、憧れと言うか、懐かしいと言うか、不思議な気分になる、彼を見ていると。
「先輩って、勉強と部活と女の子、どうやってペース配分しているんですか?」
「その場その場は全力だ。だが、一応、3等分だね」
「そうか??」とその場にいた男子の先輩に笑われていた。

 試合後に、先輩と一緒に帰りながら、途中で別れた。今頃、ミコちゃんも終わったかなと思いながら坂道を登った。自転車でこの坂はきついなと思っていた。試合会場までみんなが自転車にすると言ったのでそうしたけれど、ずっと坂だったので疲れきっていた。坂の途中にお屋敷がある。立派な建物で、ミコちゃんの家がその隣に立っていた。ミコちゃんのおじいさんも同じ敷地内に住んでいるらしい。その横を通り過ぎながら、いつもの角で立ち止まった。いつもここに来るとそっちに行きたくなる場所がある。奥の方の家ってどうなってるんだろうなと言う場所で、私の家に帰るにはここで曲がってしまうため、ここを通るたびにそう思ってしまって、困っていた。今日もその場所で立ち止まっていたら、
「何しているんだ?」と自転車で誰かがやってきて、隣で止まった。見たら、山崎君で、
「あれ、試合は?」と聞いた。
「試合は明日だよ。今日は微調整で早めに終わったから、知り合いの家にちょっとな」と言ったので、
「ああ、友達かなにかなんだ。じゃあ」と行こうとしたら、
「待てよ。ちょうどいいや、お前も付き合え」と言ったので驚いてしまった。さっさと自転車で行ってしまったので、
「おーい」と言ってはみたけれど、聞いてもいなかった。
 何とか坂道を登りきって、「はあはあ」言っていたら、
「体力ないやつ」と山崎君が笑っていた。
「しょうがないでしょう? 部活だって文化系がいいと言ったら、体力つけるためにどこでもいいから運動部にしろって言われて、渋々入ってるんだもの」と言ったら、笑っていた。
「後ちょっとだよ。この先だ」と言って、自転車から降りて引っ張りながら細い路地を入っていった。
「ここ……」と言ったら、振り向いたけれど、そのまま黙って先に行ってしまった。
「なんだろう? 来た事があるような。懐かしいような」
「この先だよ」と言われて、角を曲がったところにある、洋館に入っていった。
「なんだか、すごいね」
「住んでいる人間も古いからな」と笑っていた。洋館に、バラと蔦が巻きついていて、趣もあったけれど、ちょっと怖くもあった。でも、庭の方に回ったら明るくて意外と広い庭があって、遠くまで見渡せて、
「いい眺め」と思わず言ってしまった。
「玄関から、入りなさい」と誰かが声をかけていて、その人が、
「君は……?」とじっと見ていた。
「同じクラスの佐倉さん。話しただろう?」と言われて、その人が遠い目をして私を見ていた。なんだろう? 顔に何か付いているんだろうかと自分の顔を手で触っていた。そう言えば、話しただろうってどういう意味だろう?
「とにかく、入りなさい。ちゃんと玄関から来るんだぞ。自転車はその辺に止めて」
「面倒だから、こっちでいいだろう」と山崎君がおかしそうに笑っていた。そういう顔もするんだなと意外だった。
 部屋に入って驚いた。中は素敵な感じでこぎれいだった。趣味がいいというか、アンティークの家具だろうか? 落ち着きがあって、レースがところどころに使われていて、女の人が選んだのかなと言う感じだった。
「素敵ですね」と見回していたら、お爺様が紅茶を運んできてくれた。
「あの……」とさっきの事を聞こうと思ったけれど、どう切り出していいか分からなかった。
「あのお庭」とそっちを見ていたら、
「ああ、今は手入れが出来なくてね。私がやっているからな。昔はバラや花でいっぱいだったんだよ。少し先にシロツメクサがいっぱい生えていて」と説明してくれて、なんだか懐かしいような、甘酸っぱい気持ちになった。
「いいですね。日当たりが良くて眺めが良くて、毎日ここでご飯を食べたら美味しそうですね」
「しかし、一人だからね。ゆっくりと食べてもまだまだ時間がね」と笑っていた。
「爺ちゃんも少しはこっちに遊びに来ればいいだろう。この家にばかりいて、バイオリンと絵を描いてるんだよ。少しは動きなよ」と山崎君がいつものクールな感じじゃなくて、無邪気な感じで親しみを込めて言ったので、笑ってしまった。
「なんだよ?」と睨んできて、
「教室のときと違うね」と言ったら、拗ねたような顔になった。
「君は、ここに戻ってきて何年だね」と言ったので驚いた。この間の帰りにそういう話は聞かれたのでしていた。そんなことまで話したんだ? と山崎君を見たら、じっと見られてしまい、なんだろうな……と思ったけれど、
「3年経っていないですね。5年生の冬に戻ったんです。父と2人で。おばあちゃんが入院してしまって、色々あって。昔住んでいたらしいけれど、小さすぎて覚えていないし」
「え?」と山崎君が声を出したので、そっちを見た。
「なに?」
「いや……」と困った顔をしていて、おじいさんが複雑そうな顔をしていた。
「不思議ですね。ここに前に来たような気がする」と笑ったら、
「そうだね」とおじいさんが笑ってくれた。しばらく雑談をしたあと、
「庭に行こうぜ」と言われて、外に出た。
「広い庭だね。変形している」
「ああ、ばあちゃんがこの辺りに池作りたいと言い出してね。それ以外にも野菜を作ろうかって、結局、その願いもかなわずに手付かずで残ってるんだよ」
「どうして?」
「亡くなったんだよ。かなり前だね」
「ごめんなさい」
「お前も同じだろう? おじいさんを亡くして」
「そうだね。おじいちゃんは亡くなる直前まで心配してくれたの。私が弱い子だから」
「弱くないよ」と山崎君が言ったので、びっくりした。
「弱いよ。いつも逃げてばかり。ミコちゃんに助けてもらって」
「そういうのは誰だって、あるだろうし」
「それに先輩にも」と言ったら、黙ってしまった。
「お前……」と言ったまましばらく黙っていたので、山崎君の顔を見た。
「なに?」
「あの先輩の事……」と言ったので、
「優しい人だよね。そう見えないかもしれないけれど、私のことを気遣ってくれたの。いい人だけれど、誤解されて」
「そうか……」となんだか寂しそうに言った。
「シロツメクサってまだあるんだね。『昔はあちこちにあったのよ』ってミコちゃんが言ってたの。減っちゃったんだって。この辺り空き地だらけの時代があったらしくて、私はまったく覚えていないのだけれど、そのときはその辺にいっぱいあったらしいの。ミコちゃんの家と同じぐらいの土地持ちの人が住んでいて、全部売ってしまったために、こうやって住宅が増えて、アパートが少しあったらしいけれど、一戸建てに変わっちゃったみたいだね。マンションも建つらしいよ。ドンドン変わっていると言われても、私は思い出もなくて」
「覚えていないのか?」
「そうだね。住んでいたことさえ思い出せないの。前に住んでいた所が長かったから」
「そんなに長くないだろう?」と聞かれて、
「さあ、小さかったから、そうだね、どれぐらいかなあ……」
「あの人はあれから来たのか?」
「ああ、あの人ね。あれから、2度電話があったの」
「そうか」
「でも、会ったこともない人だから、よく分からなくて。父に聞いたら、いたずら電話だと言うし」
「そんなこと」
「お母さんが生きてる可能性もあるけれど、私には良く分からないの。遠い記憶で、まるで自分の事とは思えなくて、別の人の話のようで、不思議なのだけれど」
「自分の母親かもしれないのに?」
「そうだね。何度も思い出そうとしても、思い出せないの。昔の思い出は思い出すとね、公園があって、川があってそこでいとこと遊んでいるのを思い出すな。今でも夢に出てくるの」
「いとこ?」
「そうだよ。それでいとことかくれんぼしているの。それから、鬼ごっこ、いとこ達も昔一緒に住んでいて」
「いつぐらいだ?」
「そうだね、幼稚園生の時で」と言ったら、急に黙って考え込んでしまった。
「引っ越したのが小さかったから、よく覚えていないけれど、幼稚園に一緒に行ったような」
「どうして、そう思う?」と聞かれて、山崎君を見た。
「あ、だって、きっと一緒に住んでいたから」
「そうじゃなくて」と言われて、なんだろうなと思った。なんだか困った顔をしていた。
「この辺りの記憶はないのか?」
「さっきね、なんだか懐かしいような気持ちにはなったよ。変だよね。初めてきたところなのに」と言ったら、ずっと黙っていた。うーん、変なこと言ったんだろうか?
「山崎君は明日試合なんでしょう? みんな、きっと応援に行くだろうね」
「お前は来ないのか?」
「え?」
「あ、いや……」
「ミコちゃんの応援に行きたいけれどねえ。どうなるか分からない。今日帰ってから、電話するから」
「そうか」
「ミコちゃん当選するといいな」
「するだろう。強気だから」
「山崎君がそう言うなんて」と笑ったら、困った顔をしていた。その後、帰ることにした。
「また、遊びに来てくれ。拓海がガールフレンドを連れてくるなんて、初めてだからね」と言ったので、
「モテるから、きっとそのうち彼女を連れてきますね」と笑ったら、
「そういうことは言うなよ」と怒っていた。山崎君はもう少し残ると言ったので、私を見送ってくれて、
「また来てやってくれよ。爺ちゃんが喜んでいるから」と言ったので、笑って手を振って外に出た。
「あの子は帰ったのか?」と山崎君が戻ったら、おじいさんがそう言った。
「何か言ってたか?」
「何も」とちょっと寂しそうに言ったので、
「忘れてるんだろう。小さかったから」
「俺は覚えてたぞ」
「お前は記憶力がいいからだろう? あの子に取っては辛い事もあったんだろうから」
「そうだけれど……」と山崎君は庭を黙って見つめていた。

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