強気さと強情さ

 みんなと普通に話せるようになって、ほっとしていた。体育館でミコちゃんの提案の投書箱から改善される内容を発表していた。お昼の放送で曲を流したり、部活の下校時刻のことや、壊れたトイレのこと、細かい所を直してくれるらしい。そのほか問題が起きていると発表されたのが、一年生の嫌がらせとかだった。
「2年もあるぞ」とそばの男子が言い出して、洒落にならないとにらんでしまった。
「あちこちあるよな。バスケに吹奏楽、それからさあ」と男子が言い出したので、そうか、男子もあるんだなとびっくりした。
「助けるヤツが少ないところは多いよな。情けない」と誰かが大声で言い出したため、びっくりした。3年生のほうからの声だったので、みんなが一斉に見た。
「引退したら困るだろうなあ」と言っていて、なんだろうなと思ったけれど、ざわざわしただけで終わっていた。体育館から戻るときに、
「山崎君とあの子別れたらしいよ」と言う声が聞こえた。そうだったのか、それで、あんな事言ったんだなと思った。
 その後、教室でみんなが話していて、
「投書の中に、かなりの告発があったらしいよ」と言ったので、びっくりした。
「告発って?」とみんなが聞いていて、色々あったらしい。物を隠していたとか、嫌がらせしていた、ひどい噂話を流していた、嫌味を言われたなどがあったらしい。先生の不満も多くて、名指しで書かれていたのもあったらしい。
「魔女裁判にならないようにって、ミコちゃんが言ってたけれどねえ」と言っていて、犯人探しだけで終わるのは困るなあと思った。
「それだけ問題があるって、どういう事だろうな?」
「裏でやってるって事だろう? 女って怖い」
「えー、男子じゃないの?」
「男子はやらないだろう。投書は女が入れそうだよな」とみんなが言っているのを聞いて、それだけあっても対処はしてくれないかもしれないなと思った。まず、誰がやっているかというところまで突き止めないといけないから、ほとんど名前は書かれていなかったらしい。
「仕返しされたら困るから、書きにくいのかもねえ」と女の子が人ごとのように言っていて、その子を見て、呆れてしまった。ついこの間まで、私のことをあることないこと言っていたのが、彼女だったからだ。加賀沼さんに頼まれたのか、ただ尻馬に乗ったのか知らないけれど、すごいデマを流されて、迷惑したんだよね。もう忘れているんだろうかとびっくりしてしまった。

「忘れていると思う」と先輩に昼休み会ったので聞いたら、そう、こともなげに言われてしまった。
「そういう性格のヤツだ、諦めろ。言って歩く女は色々タイプがいるが、悪気がないヤツもいる。そいつがそうだろう? 言って歩く事が楽しくてしょうがないんだと思う。注意してもやめない。楽しいからやめられないんだ」
「なんで?」
「注目されたいから」
「はい?」と驚いてしまった。
「つまり、言って歩く間はみんなが聞いてくれるだろう? それだけ注目されていると勘違いするんだ。人が自分の話を聞いてくれるだけで満足感が得られるらしいな。母親の本に書いてあったぞ。今度持ってきてやるよ」
「お願いします」
「しかし、変な満足感ですね」
「それだけ、話題を持っていないんだよ。噂話なら手っ取り早いからな。聞いて歩くだけで集まる。自分で本を読んだり、知識を増やしたり、勉強や運動で注目されたくても出来ないヤツが、手っ取り早く注目されたくて、そうなる。しかも、中毒になっているからやめられない。相手が聞いてくれるとそれだけで満足が得られるという話だ」
「よく知ってますねえ」
「昨日の、親父とお袋の会話の受け売りだ」すごい会話。
「親父は社会学専攻だからな」
「なるほど、と言っては見たものの、なんですかそれ?」
「社会学、社会心理とか、社会の全体の流れというかね、とにかく、人間社会の不思議を追及するらしい。面白いとは思うけれどなあ」
「先輩もそういう道を進むんですか?」
「この年から進路は狭めたくない。ある程度、考えつつ勉強をしておいて、将来に備える」
「先輩ってすごいですね」
「お前、初めて尊敬しただろう?」と聞かれて、大きくうなずいたら、また小突かれてしまった。デコパッチンもされてしまい、
「痛い」と言ったら、
「お前の場合は少しは考えた方がいいぞ。本ばかり読んでいると頭でっかちになる。行動しろ、行動」
「だって、それが出来ないから」
「石橋叩いて渡らないだろう? 渡れ、とにかく渡れ。崩れたら、溺れてみろ」すごい事を言う。
「溺れたらどうするんですか?」
「わらでも掴《つか》め」
「なんだか、無責任だなあ」
「その後はそのとき考えろ。恋愛も行動あるのみ、見てるだけで、なんて歯がゆい事を言ってるからとんびに油揚げ」
「先輩、とんびって本当に油揚げ食べるんですか?」
「そっちで食いつくな」と笑っていた。

 部活の方が、異変があった。みんなの様子が変わってきていた。先輩と一之瀬さんたちの仲が変だった。目も合わさなくなっていて、その他の子たちが様子を見ていて、離れて立っていた。私はその中をいつものように先輩の後ろについていて、
「あなたが言ったの?」と加茂さんに言われて、
「駄目だって、あとで」と一之瀬さんが止めようとしていたけれど、加茂さんがにらんでいて、何のことだろう?……と考えてしまった。
「違うわ」といつも付いている先輩が言い出した。
「そうね、違うわ」と福本さんが言って、
「だったら」と加茂さんがすごい顔でにらんでいた。
「部活として問題が起こっていたから対処した。それだけよ。佐倉さんは何も言っていなかったわよ。黙ったままでね。辛いのかもしれないけれど、何も言わなかった。言ったのは顧問の先生と別の先生よ。バスケの先生が色々言ってきたらしいわよ。『おまえのところの部活は練習量が多い割りに』と言われたらしくて、そのついでに『仲が悪いから、強くなれない』と指摘されて、それで改善するように言われただけ。ただの思い付きでしょう。あの人、いつもそうだから」といつもそばにいる先輩、大林先輩が淡々と冷静に言ったため、みんなが何度かうなずいていた。
「当たってるな。柳沢と守屋の戦いはとりあえず、いつものことだからほっとけ。今年度になってからずっとだ」と言ったので、なにやってるんだか? と思った。
「とにかく、今後一切、部活内で物がなくなったり、制服、ラケット、靴、そういうものを隠したり、どぶに置いたり、そういうことをした人は処分する事にしました。最初は注意、勧告、最後は退部です」と言い切ったため、びっくりした。ざわついていて、
「そこまでやらないと無理だろうという指摘がバスケ部にあったらしいわよ。だから、そういうことは一切禁止です。悪口も表でも裏でも言わないこと。文句があるなら、まず、私やその人に直接言いなさい。それでも、解決しないなら、全員で話し合う。そう指導されました。加茂さん達も今後一切やめてね。知らなかったと思っているようだけれど、いくつかは別の人から報告を受けています。それから、佐倉さんも一人で悩んでいないで報告してください。ラケットを隠した一年生も同罪です」と言ったため、びっくりして、一年生の方を見てしまったら、何人かが下を向いていたので、どうも本当らしい。
「これからは毅然《きぜん》と対処するようにと、指令が全ての部活で出されるそうなので、他の部活の場合でも同じようにしてください」と言って、練習を始めようとしていて、
「納得できません」と加茂さんが言い出した。
「何がですか?」
「彼女が選手候補だという事が納得できません」と言ったため、また、ざわついていた。
「そうですか? どうしてですか?」
「全てにおいて、私のほうが上です。体力も腕力もやる気もあります。彼女は遠慮がちで気が弱くて、こんな人に私が負けているとは思えません。身長だけですか?」と言ったため、一年生が笑っていた。先輩達が話し合っていて、
「また、やらせてみればはっきりするさ」と男子の小清水部長が言い出したので、困ってしまった。
「だったら、今度は一之瀬さんと組ませてください」と言ったので、びっくりした。完全に不利だ。一之瀬さんはうれしそうな顔をして、私を見ていた。
「そうね、だったら、やってみなさい」と言われてしまい、菅原さんがかなりあがっていて、どうしようかなと思ったけれど、遠くの方でバスケ部の人たちの姿が見えた。
「いつか、また対戦するかもしれないんだろう? だったら、それまでの準備をしておけばいいさ。それに、今度のほうがもっとやりやすいと思う。相手は反対にやりにくくなっていくさ」と山崎君が前に言ってくれた言葉を思い出した。
「がんばろう」と菅原さんに声をかけたら驚いていた。やるしかないなら、やろう。負けたっていいや。悔いが残る事になっても、これでテニス部を去ることになっても、それでもいいやと開き直って、コートに立った。菅原さんは完全にあがりきってしまい、フォルトの連続であっけなく、第一ゲームを落としてしまった。相手のサーブを菅原さんが引っ掛けてしまっていた。私の方は、加茂さんが動いた反対の方をストレートで抜いたため、みんなが驚いていた。この間、嫌と言うほどやらされたため、最初はこれで行こうと決めていた。菅原さんが、「どうしよう」と震えながら言ったので、タイムを取って、外に出てから、
「ミスしたっていいからね」と言ったら驚いていた。
「どんな結果になってもいいから、今出せる全力でがんばろうよ。それでかまわないから。フォルトになっても、引っ掛けても私はあなたのせいにしないし、あなたも私のせいにしない。次のことを考えればいいよ。次につなげる事だけ考えて、一球ずつ返すことだけ考えて」と言ったら、しばらく見たあと、うなずいてくれた。その後から、彼女はドンドン返せるようになって、私はボレーの数を増やしていった。反対に相手のほうが動きが悪くなって、ドンドン自滅していって、こっちのサーブも簡単に決まるようになった。向こうがネットに引っ掛けてばかりいたからだ。お互いにミスするたびににらみ合っていて、加茂さんは強打ばかりしてきて、アウトになってばかりだったため。簡単に終わってしまった。
「後、もう一ゲーム」と加茂さんがいって、
「今のはちょっと調子が悪かったから、後もう一回お願いします、そうしたら、こてんぱんに。それにさっきのはアウトじゃなかったし、こっちの方を有利に審判して」と加茂さんが食い下がったら、
「いい加減にしなさい」と福本さんが怒った。
「え?」とみんながびっくりしていた。
「この間の試合でも、同じことを言っていたわね。入っていたのにアウトだった。3回はあったとか、贔屓したとか、そんなことするわけないでしょう? 今度はちゃんと見ていました。全部アウトだった。ギリギリでもなく、完全にアウトだった。そうだったわよね」と別の先輩に聞いていて、その人もうなずいていた。
「どうせ言い出すだろうと思って、見ていたの。とにかく、あなたは何度やっても勝てません。調子が悪かったのは彼女達の方でしょう。菅原さんはあがってしまい、最後にいつもの調子に戻っただけ。負けたのはあなたが闇雲に打ち負かそうとして強打したからアウトになった。一之瀬さんも肩に力が入りすぎたため、フォルトになっただけ。冷静さを失っただけで、調子が悪かったわけじゃない。あなた達が自滅しただけです。何度やろうと、誰とやろうと同じ結果よ」と福本さんに言われたため、みんなが驚いていて、加茂さんが悔しそうにしていた。
「お前は、今のままじゃ負け続けるよ」と中山先輩が言い出して、
「だな。佐倉の方が伸びたから、お前とは差が開いてくばかりだよな」と小清水部長まで言い出したため、
「どうしてですか?」と室根さんが聞いていた。
「佐倉は少しでも自分でやれる事を取り入れていた。菅原は先輩にがんばって教えてもらっていた。反対にお前と一之瀬は話してばかりいたからな」と答えたため、後ろでざわついていた。
「だって、教えてくれないから。この人ばかり贔屓《ひいき》して」と加茂さんが食い下がっていた。
「条件は同じだろう? 佐倉は大林についていただけ、大林はこれと言って教えていなかった。そういうタイプだからな。見て覚えろってね」そうだったのか? 
「お前も同じことをすればよかったんだよ。佐倉がやっている間、ふてくされて話して、一年生の時もボール拾いも真面目にやらずに人に押し付け手抜きしていた態度も全部見てるんだよ。先輩はね。そういう態度も全部考えて選んでいるんだよ」
「だって、私は才能だって、やる気だってこの人には負けてなくて」
「やる気ねえ」と楢節さんが呆れていた。
「才能だけでやれるのは、難しいぞ。ある程度器用なヤツなら、少し練習しただけで強くはなるけれど、試合に出せるレベルにはならないよ。これだけの人数がいるんだ。男子はあぶれるのが少ないけれど、女子は半分が出られないんだぞ。練習していないお前が、少しずつ地道にやってる佐倉に勝とうと思うなら、それ以上は努力しないとな。それに、練習しても、お前の場合はあの欠点がある限り、無理だ」と小清水さんが言ったため、みんながびっくりしていた。
「欠点ってなんですか?」
「お前は強打のしすぎで、変な癖ついてるしなあ。それ以外にも致命的な部分があるな」
「致命的って」
「性格だよ。その性格じゃいくらやっても、無理だな」と言い切ったため、性格がテニスに関係あるのかなあ……とびっくりした。
「テニスに限らず、何やっても、そのままじゃあ」と他の先輩たちも言い出して、加茂さんがすごい顔でにらんでいた。
「負けず嫌いと間違えてるんじゃないのか? 勝気さと強情さは違うし」
「いや、気づいていないんじゃないの。人の足を引っ張る事だけが得意じゃあ、あの人の二の舞」と他の先輩達が言い出したため、
「あの人?」とみんなが聞いていて、
「とにかく、加茂さんは、今までどおり、控えでお願いするわ。後は練習を再開しましょう」と福本さんに言われて、それぞれの持ち場に戻っていた。
 加茂さんがしばらく立ちすくんでいて、誰も声をかけていなかった。

「どうして、ああなったんだろう?」と先輩に聞いてしまった。
「お前、分かっていないのか?」
「全然」
「ま、細かい部分は不満はあるけれどな。お前たちのほうが確実に伸びてたな」
「そうですか?」
「レシーブの出来が違うだろう? サーブは一之瀬の腕力と器用さには負けるけれど、レシーブが上手になってたよ。2人ともね。返したり色々、お前は伊藤の真似でボレーしてたし、大林の真似でレシーブしていた。返す位置もね」そう言われるとそうだけれど。
「あいつらは単調だったんだよ。返すコースもクロスを強打するばかりだったよな、加茂は。しかもフォアの方が得意だから、そっちで取れるときはわざわざ移動して取っていて、アウトになってばかり」そう言われるとそうだった。
「何より、あの性格が」
「性格とテニスとどういう関係が?」
「テニスに限らず、あの性格じゃ何をやっても無理」
「どうして?」
「それぐらい考えろ。お前ならいつかわかるな」全然分からない。勝気ではあるけれどねえ。ただ、審判の言うことは信用した方がいいとは思ったけれどねえ。
「あいつは、来なくなるかもな」
「まさか。だって、負けたくないなら、練習するだろうし」
「地道にやれるタイプならいいけれどな。正反対だと思う。あいつはね」うーん。よく分からないなあ。

 結局、その日を境に彼女はしばらく休むようになっていった。
「一之瀬さんと室根さんだけだと、気が楽だ」と裏で言っているのが聞こえてきて、後味が悪かった。

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