教え上手

 加茂さんが休みがちになり、でも、誰もその話しもしなくなっていた。一之瀬さんは、さっさと先輩に取り入り始めて、今までの悪口は全て、加茂さんが悪いと言っているのを聞いて、すごい人だなあとびっくりした。
「利害が一致しているときだけのつながりなんだろうけれど」と男子が言っているのを聞いて、当たっているかもと思った。先輩は2、3人抜けているため、2年生が試合に出るらしく、有力候補が争っているらしく、それどころじゃないらしい。男子の方が目の色を変えていて、先輩たちも最後の試合に向けてがんばっていた。
「テストも落ちるなよ。バスケ部に負けるな」と柳沢先生が付いていて言っていた。急に出てくるようになり、守屋先生と張り合っているらしく、何度も口げんかというか言い合っているのを目撃した。
「しかし、意外だよな。山崎の提案。バスケ部でのやりとりってさ」と男子が小声で言っていて、
「バスケも色々だってことだろう? あいつの、あの痣ってボールをわざと当てられたかららしいぞ。顔に当てられた事もあるらしいからな。顧問が帰ったあとはきついらしいから」
「一年で試合に出るヤツって、大変だよ」
「俺たちも出たいよな。お袋がうるさいよ」と言い合っていて、びっくりしてしまった。裏でそんな事があったのに、励ましてくれてたんだ。優しい人だなあとしみじみ思った。

「付き合ってください」とラブレターを目の前に出されて、山崎君は困っていた。
「こういうことはされても」
「お願いします」
「悪いけれど、俺は」と言ったため、
「好きなんですか?」と聞かれて、黙っていた。
「あの人のことです。何度か一緒に帰っていると。でも、あの人は付き合っている人がいますよね」とその後輩に言われて、
「君、もしかして、それが理由でラケットを隠したの?」と聞いたため、その子が驚いていた。
「君もなのか」と言ったため、
「何の事ですか?」と聞いていた。
「バレー部もテニス部もてっきり、一之瀬辺りが頼んだとばかり」と言ったので、その子が困っていた。
「当たりか。嫌がらせして楽しいの?」
「そんなこと」
「気分いいわけはないよな。そんなことしたって、気分が晴れるわけじゃない。君の望んでいるのは違うことだからね」
「先輩に近づくからよ。あの人、先輩と一緒に帰って」
「ちょっとあったからね。とにかく、今後一切やめるんだ。そういうことをしたって何の解決にもならない」
「それはやれなくなりました。テニス部でやったら、注意されるから」
「ふーん、だったら二度とやめてくれよ」
「付き合ってくれないんですか?」
「人に嫌がらせするような子を好きになれない」と言ったため、その子が泣き出した。
「だって、先輩に何度もラブレター出して、返事もくれなくて、だから、あんな事」
「それでも理由にはならない。自分の好きな人と上手くいかないことと、その相手が別の人と一緒にいたから嫌がらせしてもいいってことにはならない。どんな理由も言い訳でしかない。正当化しようとしても無駄だよ。そういうことをしない子だっている。それに俺はそういうことをする子が一番嫌いなんだ。昔からね」と言ったため、その子がすごい勢いで泣き出した。
「付き合ってくれてもいいじゃないですか?」
「無理だよ」
「あの子とは付き合ったのに」
「付き合っていないよ」
「でも」
「向こうは頼まれたんだよ。とにかく、君は嫌がらせをしないと約束してくれ」
「そんなこと」
「知ってるよ。ラケットを隠したのは3度はある。何度か見つけて戻しておいたけれどね」と言ったため驚いていた。
「そういうことをすることで発散するより、少しはテニスが上手になるとか、別のことに気力を使えよ」と言って、その場を離れた。

 疲れるなあ……テスト勉強しないと困るなあ……と教科書を見ていた。中間が落ちたため、父がうるさかった。それぐらいなら、あの幽霊の話を少しでも聞かせてくれるといいのに。父は普段、私のことは気にかけていない。それなのにああいう事があると八つ当たりする傾向がある。困った人だった。あれ以来、母と名乗ったあの綺麗な人はやってこなかったし、電話もしてこなかった。少しは聞けば良かったかもと後悔はしていた。でも、全然、似ていないよね。綺麗な人だし、父が好きになってもおかしくはないけれど、私に少しでも似ていたら、まだ信じられるなあ……とぼんやりしてしまった。
「知ってる。加茂さんが」と誰かが言っていて、そう言えば、全然でてこなくなった。彼女は、先輩の予告どおり、ほとんど出てこなくなってしまった。彼女の場合は、あの性格が問題らしい。今のところ、ひょっとしたら……と思い浮かべている理由がある。勝気さと強情さって意味が少しだけ分かった気がする。素直な方がいいのかも知れないなあ。欠点も認められて、それを直していくという事かもと考えていた。
「碧子さん、教えて」と言われていて、でも碧子さんも、
「分からないわ」と遣り合っていた。数学嫌いだなあ……算数のときは割といい点だったけれど、中学に来るとそう甘くないなあ……と考えていた。

 弘通君のそばに男子が固まっていて、その周りに女子もいっぱいいた。分かる気もするなあ。私も教えて欲しい。通りかかった戸狩君に、
「教えて」と友達の桃子ちゃんが頼んでいた。渋々教えていて、
「わかったか?」と聞いたとき、明らかに碧子さんを見ていたため、そういうことね……と気づいた。
「わからないわ」と上品に答えていて、
「おーい、山崎得意だろう? 頼む。俺、英語の方が得意」と言い出して、山崎君が寄ってきて教えてくれた。
「ここは?」とみんなが聞いていて、しょうがないなあ……という顔で教えてくれていた。
「なるほど」とみんなが言い出して、
「教えるの上手だね」と言ったら、ちょっと照れた顔をしたので、
「意外。山崎君でもそういう顔をするんだ?」と桃子ちゃんに言われてしまい、
「そんなこと……」とちょっとだけ顔が赤くなっていた。
「数学の存在の意味はなんだろうね?」とみんなと言い合っていて、山崎君が苦笑していた。

「まだ、分からない所があるのか?」と放課後一人で悩んでいたら山崎君がやってきた。
「ここ」と言ったら、笑い出して、
「女子はみんな苦手らしいな。バスケ部でも言ってた。教えたけれどね」と言って教えてくれた。
「なるほどね。教え方上手だ。バスケ部でも教えてるんだね。テニス部は教えてくれない」
「あの先輩は?」
「『自力でやれ』と言い切るタイプだね」と言ったら、
「なるほど」と笑っていた。
「数学が得意だといいなあ。英語も国語もそれなりだけれど、数学は暗記しても無理だからね」
「問題をこなせばいけるよ」
「面倒だから、やだなあ」と言ったら、小突かれてしまった。
「もっとやれよ。練習をね。テニスもやれよ。素振り100回ね」
「えー」
「それぐらい選手なら当たり前」ぐすん。
「いまいち逃げてるよな」
「バスケ部の顧問って、どうなの?」
「守屋のことか? お宅の顧問と張り合ってうるさいよ。絶対負けるなって」
「なにが?」
「テストで」
「はあ?」
「裏でやり合ってるらしいぞ」
「知らないよ?」
「そういうのはあるらしいぞ。自分のクラスの生徒の平均点で張り合ったりってね。知らないのか?」
「知らない」
「爺さんが言ってたからな。内緒だぞ」と言ったので笑ってしまった。
「お、珍しい。クールな山ちゃんが笑ってるな」と戸狩君がやって来た。
「碧子さんのこと、好きなの?」と聞いたら、「話したのか?」と言う顔で山崎君を見ていた。
「俺は言っていない」
「なんだよ、どうして分かった?」
「だって、さっきの同意を碧子さんだけ見て言ったから、なるほどと思った」
「なんだよ、それ」と戸狩君がにらんでいて、
「碧子さんって、お嬢様だから大変そうだね。付き合うの?」と聞いたら、
「そんな事簡単にできると思うか? 美人と付き合うにはそれなりの準備がいる」よく分からない。
「そっちも付き合うのか?」と言われたため、驚いて山崎君を見てから、
「武本さんと付き合うんじゃないの?」と聞いたら、困った顔をしていた。
「ふーん、なるほどねえ……」と戸狩君が意味深に山崎君を見ていて、
「ま、ちゃんと意思表示しないと鈍そうではあるよなあ……」と言ったため、武本さんってそうだったっけ?……と考えていた。

 部活での風当たりがまったくなくなって、練習に専念できて少しは良くなった。でも、見よう見まねでやってはいたけれど、中々上手にはならなかった。素振りと腕立ては裏でやっていたけれど、それだけじゃあ無理だよねえ。
「山崎君、また申し込まれたらしいよ」
「今度は誰?」
「年上」と言っているのが聞こえた。そばにいた一年生が聞いて来ていて、
「彼もモテるよね。生徒会長はいまいちだよね。押しが弱い。ミコちゃんが代わりにやってほしい」
「ねえ、A組の人は?」
「えー、でも、D組の」とやりあっていた。
 帰るときに先輩に、
「先輩、数学がわからない」と言ったら、
「自力だ」と言ったため、ため息をついた。
「言うと思った」
「まず自力で考えろ。聞くな、触るな、寄るな、利用するな。俺は辞書じゃないぞ」
「と、教室でも言いましたね」
「ああ、言った。よく分かるな」
「そうだと思った。辞書ねえ。便利人となるのが嫌ですか?」
「当たり前だ。俺は自分の時間を有効に使うために生きている」
「でしょうけれど。そのちょっと冷たいところもいいんでしょうか?」
「お前はそう思っていないだろう?」
「思って欲しいですか?」
「少しはね。こうもなびかないヤツも珍しいぞ」
「呆れますねえ。出会いの一言は大きい。ショックでしたよ。中学生になりたてのほやほやの子にあの発言は、さすがに問題ですってば」
「ネンネだなあ。あれぐらい、他のヤツでも?…………ないかも」
「当たり前ですよ。親が知ったら嘆きますよ。あの言葉がある限り、先輩のことを好きになることは今後もありえませんねえ」
「お前、大声で言うなよ」
「だって、どうせ、そのうち別れるんでしょう?」
「別れたくなったのか?」
「そういうわけでもないですよ。結構、楽しいから。ただ、そっちが困るんじゃないんですか? そろそろ、本命の彼女にアタックしなおすとか」
「本命ねえ」
「もう、誰が来ても驚きませんよ。先生でも人妻でも」と言ったら、黙ってしまった。
「あれ、またやってしまいました?」
「いいよ、お前はね」どっちなんだ? どっちにしても問題のある中学生だなあとしみじみ見てしまった。

 家で勉強していたら、チャイムが鳴ったので出た。出てから驚いた。
「なんで?」と言ったら、
「いいから、開けろよ。汗かいた」と山崎君が言ったので、呆れながらも玄関を開けにいった。
「何しているの?」
「勉強しに来た」
「なんで?」
「どうせ、分からない所がありそうだなと思ったから寄っただけ、爺さんのところ行ったら、お前も連れて来いってうるさくて」
「おじいさんのところで勉強するの?」
「落ち着くんだよ。家だとうるさい。ピアノが気が散る」なるほどね。
「ということで迎えに来た」
「だったら、電話してくれれば良かったのに。こっちから行くのに」
「電話してもいいのか?」
「別にいいけれど」
「ふーん」と考えていて、結局、おじいさんの家で一緒にやる事にした。何度かおじいさんが部屋に入ってきたけれど、黙ってやっていた。
「おとなしいね」とおじいさんが言ったため、
「勉強中に騒がしいのは苦手だよ。バスケ部でやろうって誘われたけれど、断ったんだよ」
「男子って仲がいいんだね?」
「女子だよ。武本達がうるさかった。俺、苦手なんだよな」
「そうなの? てっきり好きなのかと思った」と、顔を上げずに言ったら、様子が変だったので顔を上げたら、じっとこっちを見ていた。おじいさんが苦笑しながら、外に出て行ってしまい、
「なんだろう?」とそっちを見ていた。
「まったく……」と呆れていて、
「しかし、山崎君とやるとは思わなかった」
「嫌なのか?」
「そういうことじゃないよ。一人でやるとどうも寂しいから、小さくラジオをつけておくけれどね」
「ふーん」
「家におじいちゃんもおばあちゃんもいなくなっちゃったから。なんだか寂しくて」
「一人が多いのか?」
「それはね」と言いながら、書いていた。
「そうやって覚えるんだな?」と聞かれて、
「変かな?」と聞いたら、
「俺とはやり方が違うけれど、女子は多いみたいだ」と言って、またやり始めた。
 休憩してから、庭の方を見ていた。
「爺さんトマトぐらい植えろよ」とそばで本を読んでいたおじいさんに話しかけていた。
「植えてくれ。腰が曲がらん」
「嘘つけ。元気なくせに」と笑っていて、
「トマト嫌い。ピーマンにしましょうよ」
「普通逆だろう?」と山崎君が笑っていた。
 しばらく、やったあと、山崎君が家まで送ってくれて、
「こうやって見ると、記憶って面白いかもな」と言ったので、なんだろうな? と山崎君を見たら、彼が私の家をじっと見ていた。どこか遠くを見つめるような顔をしていて、
「記憶かあ。あいまいな事が多いかもしれない」
「あいまい?」
「昔の記憶。ところどころ切れていてね。思い出そうとすると頭が痛くなるから、できなくて」と言ったら、困った顔をしていた。
「お前さあ」
「ピーマン、買いに行こう」と言ったら、笑い出して、
「あの庭に植えるのか?」
「もう夏だから、遅いかなあ。別のものを記念植樹しよう」
「なんだよ、それ?」
「山崎君が試合に勝ったら植えようね」と言ったら笑い出した。
「じゃあ、見届けてもらわないと」
「そう言えば、練習試合しか見たことないかも」
「こっちもだな。お前もいつか試合するんだろう? この間は、何とか建て直したけれど、今度は最初からフォルトしないようにしないとな」と言ったので、驚いた。
「あれ、見てたの?」
「遠くからね。面白くなってるとか誰かが言い出して、靴、履き替えて見に行った」呆れるぞ、バスケ部員。練習してよ。
「勝ってよかったよ。もっとも、毎回ああなるだろうけれどな」
「どうして?」
「自滅するタイプはああなんだよ。人のせいにする。何でもね。試合運びが上手く行かないのも全部人のせいだ。アウトになるのも全てね」うーん、よく分からない。
「認められないんだよ。自分の方に問題があるってことから逃げてるんだよ」
「逃げてるの?」
「本人は強いと思い込んでいる。腕力で勝てるものや、服隠したりとは違うさ。テニスにしろ、ほかの事にしろ、簡単に勝てなくなってくるからね。だから、ああいう事を言い出して、とにかく、ほっとけばいいさ。あいつがどうなろうとね」
「え?」
「巻き込まれるな。彼女は自業自得なんだからな」
「自業自得?」
「成績だって、かなり落ちてるって話だよ。もっとも、最初から良くないと聞いてるけれどね」
「そうなんだ」
「口でやるなら勝てても、それ以外はね」うーん、よく分からないぞ。
「少しは素直になれるとまだいいんだろうけれど」
「素直かあ。先輩の言っている意味はそうなのかも」
「あの先輩と付き合ってて楽しいか?」
「楽しいけれど」
「ふーん」と言って、
「じゃあな」と自転車に乗って、帰っていった。
 不思議な人だよね……とその後姿を見ていた。

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