橋渡し

 3年生が引退したあと、コートが広く感じた。小平さんが部長、副部長が一之瀬さんにという意見もあったけれど、湯島《ゆしま》さんがやっていた。前の部長の福本さんの強いプッシュがあったらしい。彼女はことごとく嫌われてしまったようだ。それでも、先輩がいなくなって一番うれしそうなのは彼女だった。後は心配そうで、
「私達に出来るのかなあ?」とみんなが言っていた。
 教室のほうでは加賀沼さんが大学生と付き合っていると言う噂があった。そういうのがあっても、彼女は平然としていて、鏡ばかり見ていた。「自分に見とれているのかもねえ」とみんなが言っていた。
 弘通君と紀久《きく》ちゃんと一緒に話していて、
「教えてもらえば良かった」と紀久ちゃんが言い出して、
「じゃあ、今度のテストでね」と言ってくれたのでうなずいていた。教室の中では、林間学校の打ち合わせをしていて、パンフを配っていた。
「なんだか、こういうのって面白いよな」と男子が楽しそうだった。私と紀久ちゃんと弘通君が話していて、弘通君だけ呼ばれて、教室の中に入って行った。
「言わないの?」と小声で聞いた。
「言いづらい」
「でも、言った方が」
「そうだけれどね」
「と言っても、こっちもなあ。人のことは言えない」
「彼氏がいるのに?」
「彼氏ねえ」
「あの人とどうなのって、みんなが聞くよ」
「そう言われても、何とか持ってるという感じで」聞かれても、いつもこうやってごまかしていた。進展しているとは思われたくないし、かといって、本当の事がばれても困るしね。
「不思議だよね。どこまで行ってるの?」
「行っていない」
「なによ、それ?」
「そういうのはちょっと困るもの。最初から、それはなしってことで頼んである」聞かれたら、こう言えと先輩に言われていた。「手を出したという噂が流れるとお互いに困るからな」と言っていた。
「なんだ、そういうのはないんだ?」
「あるわけないよ。あの先輩と」考えられないぞ。あの言葉が強烈でとてもじゃないけれど、先輩を男としてみたくない。幻滅する言葉だった。中学生にあるまじきあの発言。
「でも、ちょっといいなあ」
「誠実な人が好きなくせに」
「それは当然」
「いつか言わないとね」と言ったら、うなずいていた。

「しかし、弘通はモテるな。あの子もそうなんだろう?」と教室に入った弘通君がそばの男子に聞かれていて困っていた。
「お前、結局、麻里とできてるって本当か?」と言われて、困った顔をしていて、
「そういうことはないよ」と答えていた。
「聞かれるよ。お前は誰が好きなのかってね。そう言えば誰に入れたんだ?」と聞かれていて、
「俺、知ってる」とそばにいた的内君が言い出した。
「誰」と女の子が興味津々に聞いていた。
「え、それは」と弘通君が途端に困った顔をしていて、
「今廊下にいる女だよな」と言ったため、みんなが一斉にこっちを見た。
「なに?」と紀久ちゃんがそれに気づいて驚いていて、
「えええ!!」とすごいどよめきが教室から聞こえた。なんだろう? 
「あの子?」「嘘だー」「いや、ありえるぞ。何度か助けていた」「それは、誰にでも親切だから」「しかし、変わった好みだな」と言いたい放題になっていて、
「なんだろうね?」と紀久ちゃんとじっと見ていた。チャイムが鳴って、紀久ちゃんと別れて教室に入ったら、
「応えてやれよ」
「あの先輩と別れたら」と言われたため、何のこと?……ときょとんとしてしまった。
「弘通がお前に入れたって本当か?」とそばにいた戸狩くんたちが聞いてきた。なんだ、そんなことか。
「なんだよ、その顔は?」
「そういう意味じゃないよ。弘通君は優しい人だから、お礼の意味で入れてくれたの。前にお弁当を作ってきたから、それだけ」
「それはすごい。食べられるのか?」「いや、それだけで入れるか?」「ありえるかも、弘通君、優しいから」と色々言っていて、普通に座っていた。
「本当なの?」と碧子さんや桃子ちゃんに聞かれて、うなずいた。
「ふーん」とそばにいた、知夏ちゃんがなんだか困った顔をしていた。そうか、彼女もなんだろうか。あちこちいるなあ。
「心配しなくても、そういうのはないよ」と答えたら、
「だよな。お前、彼氏いたよな。あの変態彼氏」と言ったため、言いたいこと言うなあ……と聞き流した。今まで散々言われたからだ。女たらし、人でなし、欠陥人間、冷血漢、いくらでもある。評判が両極端なんだよね。運動も成績もそれなりに良くても、女たらしの噂は根強い。まあ、しょうがないけれどねえ。
「お前、意外と平然としているよな。進展もしてなくてねえ」
「恋愛ゴッコと言われてますねえ」と言われても、そのままほっておいた。
「つまらん。最近、引っかからない」そうだよね、いくら言われても、その通りだなあと思うだけだ。きっと、先輩の噂を私自身も肯定しているからだろうなあ。

 林間学校の説明を聞いていて、眠くなって欠伸《あくび》をしてしまった。
「今、欠伸した数人。カレー見張り番やらせよう」と戸狩君に言われてしまい、慌てて口を閉じた。
「とりあえず、班はこの間、決めたので、役割はその紙に書いてあるとおりで、この間説明会があったはずだから、責任者ちゃんとやれよ」と言われていて、みんなが、気のない返事をしていた。
「お前ら、聞けよ」と先生も呆れていた。うちの担任は生徒とよく会話する。そのため、いじめが少ないと言われているらしい。戸狩君と碧子さんと残っているときに教えてもらった。柳沢先生のクラスはひどいらしい。
「あの熱意の空回り具合がうっとうしいと思うらしいぞ」と先輩に教えてもらった。熱意はあると思う。すぐに変わった練習方法を取り入れるし、でも、「やる気のない部活の意識改革からやらないと無駄だ」と楢節先輩が言ったけれど、その通りかもねえと思った。教室に遊びに行ったとき、女の子が陰口を言っていて、部活と同じだとびっくりしていた。
 解散したあと、みんなと話していて、また欠伸してしまった。
「詩織ちゃん、あの先輩と一緒に帰らないって本当?」とそばにいた女の子に聞かれてしまった。
「そうだよ、受験優先」本当は女の子も優先だけれど。
「そうなの? アタックしてもいいかな?」と聞かれて、うなずいた。
「ええー!」とみんなが驚いていて、変なんだろうか?……と思ってから、そう言えば一応恋人だったなと思い出した。
「そういうのは自由だと思う。あの先輩は許容範囲が広いように見えてしっかり選んでくるから気をつけてね」と言ったら、驚いていた。
「誰でもいいんじゃないのか?」
「縛られるの嫌いなんだって、後、うっとうしいのも駄目、おしゃべりすぎても駄目とか聞いたなあ。色々言ってたけれど、後、忘れた」
「お前は達観しているなあ。いいコンビだよ」と言われてしまい、そう言われても、いつ別れてもいいなあ。別に困ることはないかも。先輩と後輩のままだし、今までと変わらないだろうなあ。
「がんばる」と言っていたので、
「がんばって」と言った。
「時々、分からないよ、その感覚」とそばにいた桃子ちゃんが驚いていて、
「どうして?」と聞いたら、
「普通好きだったら嫌じゃないの?」
「全然」好きかなあ? そう言われると良く分からない。話していると面白いけれどねえ。
「詩織ちゃんと付き合うとすごいかも」
「そういうのも良く分かっていないだけでしょう?」と加賀沼さんが意地悪くいって、そばにいた、宮内さんがほくそえんでいた。バカにする感じで嫌だったけれど、
「そうかも」と軽く流しておいたら、
「やだー」「ばかなのよ」と小声で言っているのが聞こえて、
「そういう言い方はないだろう?」と山崎君が睨んでいた。
「あら、だって」と急にしおらしくなった。宮内さんは男子の前だけ態度が変わると言われていて、確かにそうだな……と見てしまった。

 部活の引退の後で気が抜けていて、ちんたらやっていておしゃべりが多かった。
「もっとメリハリを持ってやりましょう。練習中は私語は謹んで」と小平さんに怒られてしまった。一之瀬さんが、
「こわーい」とふざけて言っていて、小平さんがため息をついていた。前途多難。
「とにかく、一度試合形式でやりましょう。一番手と二番手、3番手と、それから、全部一度組んでもらうから」と言って、メンバーを発表していて、やらされてしまった。
「総当りでやらせたい」と言ったので、色々工夫しているなあと思った。もっとも一之瀬さんは、
「今更やっても私が一番よ」と言っていて、そう言われてもねえと思った。
「一年生もそのうちやってもらうから」と言い出して、びっくりした。
 全部ペアを組ませて意識改革ってことかもねえ。でも、難しいと思った。このままだともめそうだなと嫌な予感がしていた。
 
 部活の帰りに先輩と一緒じゃないのでみんなと一緒に帰ることにした。それなりに話をしていて、小平さんの悪口を一之瀬さんが言い出して、みんなが顔を見合わせた。
「あんなやりかたしたってねえ」と言い出して、それでも、みんなは黙っていた。困ったぞ。
「とにかく、今更、勝とうとしても無駄よねえ」と言って、バス通りで別れた。
 一斉にため息をついたので、みんなも困ってたんだなあと思った。
「林間学校の話しようよ。山崎君と同じクラスになりたい」と一人の子が言い出した。彼女は山崎君の練習試合を見てからのファンらしい。
「結局ね。武本さんが何度も誘っても、断ってるらしいよ」と言ったので、そうだったんだと驚いた。
「佐倉さん、この間、一緒に帰ったんでしょう?」と聞かれて困ってしまった。
「ちょっと知り合いに会ってね」
「知り合いって?」
「うーん」とそれ以上は言えなかった。
「詩織ちゃんって先輩と別れる寸前って本当?」そう聞かれても困る。
「さあ、付かず離れずって感じ」
「よく分からない仲」
「私もわからない」と言ったらみんなが笑っていた。
「山崎君にラブレター書くから渡して」と言われてしまい、本当は嫌だったけれど、渋々うなずいた。
「じゃあ、明日書いてくるね」と言われてしまい、困ったなあと思った。

 ラブレターを朝から持ってこられて、
「絶対渡してね」と言われてしまい、仕方なく、呼び出して渡す事にした。碧子さんに伝言を頼んで、放課後に校舎の裏で待っていた。
「なんだよ?」と言われて、ラブレターを渡したら、
「これ?」と驚いていた。
「返事を後で聞かせてくれって」と言ったら、
「どういうことだ?」とにらまれてしまった。
「テニス部の子に頼まれたの。元川さん。E組の子。だから、それを渡してくれるように頼まれて」
「なんで、お前がそんなことするんだ」と怒鳴ったので、びっくりした。
「あの……」
「あ、いや……」と困った顔をしていた。
「ごめんなさい、よけいな事をして。でも、頼まれちゃったし」
「こういうことは頼まれても二度とするな」と、さっさと戻ってしまった。困った。なんだか、変だったなあと思った。

 部室に行ってから、聞かれたので、
「一応、渡したけれど」
「返事はどうするって?」と元川さんに楽しそうに聞かれて、とても本当のことは言えなかった。
「それは、一応言っておいたけれど、何も言ってなくて」
「ふーん」と言って、離れて行ってしまった。どうして、怒ったんだろう? よけいな事しちゃったからかなあとなんだか困ってしまった。
 テニスの総当りを今日もやっていた。試合形式でやらせて、戦績をつけていた。これからは細かくやるのかもしれないなあと思った。
「とりあえず、戦績を発表します。一番は一之瀬ペア、2番が菅原ペア、それから、百井ペア。その次が湯島ペアで」と言われていて、うーん、こういうのがはっきり出ると困るなあと思った。
「また、しばらく経ったらやっていきますので、それから、ペアも変更はありますから、変えてほしかったら申し出てください」と言ったため、驚いた。うーん、そこまで変えるんだな。
 その日の帰りもペアをどうするかでもめていた。一之瀬さん以外は変えてもらいたいという人が何人かいた。菅原さんとはそれなりに合っているから、私はそのままで良かった。
「私は変えてもらいたい」と湯島さんが言ったため、びっくりした。相良さんは反対方向なのでいなかったからかもしれない。
「そうなんだ。佐倉さんは?」
「わたしはこのままでいいな」と言ったら、
「そうだよねえ」とみんなが言っていた。

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