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それぞれの思い

 次の日の朝、先輩に申し込んだ人がいると言う噂でもちきりだった。しかも、
「彼女、公認なんだって」とこともあろうに、本人が後ろにいるのに言われてしまい、公認というのだろうか……と思いながら、考えてしまった。
「いいの?」と弘通君がそばに来て聞いてきた。
「うーん、よく分からないの」
「このままだと別れちゃうかもしれないよ」
「今までと変わらないと思うから」
「え?」
「そういう感じじゃないもの。一応、一緒に帰っているだけだったし、今はもう一緒にさえ帰っていないから」
「そう」と言って考え込んでいた。
「だったら」
「別れたほうがお互いのためかなあ?」
「それは君が決める事だよね」
「そうだね。今までと代わりなく付き合っていければいいなあ。時々相談するぐらいで」
「相談だったら、僕でも乗るよ」と言ってくれたので、
「ありがとう」とお礼を言ったら、照れたような顔をしていた。
 一緒に、教室に行ったら、
「先輩に振られて、山崎にラブレター渡したんだってな」と言われてしまい、弘通君が驚いていた。
「何の話?」とびっくりしてしまった。
「昨日校舎の裏で怒られたんだろう?」と言われて、なんだ、それかと思った。
「違う。あれは頼まれたの。知り合いにね」と言って、席に行った。
「なんだよ、つまらん。また、こっぴどく振られたのかと思ったのに」と的内君がからかった。そう言われてもねえ、
「山崎がお前なんか相手にするわけないだろう? 身の程知らずだよな」と外にいた男子が言い出した。そばにいた一之瀬さんや外れたところにいる宮内さんが嫌な顔で見下すように笑っていて、困ってしまった。そのときに山崎君がちょうど入ってきて、
「おーい、お前。また佐倉を振ったのか?」と聞かれていて、
「何のことだ?」と機嫌が悪そうに言ったので、みんながびっくりしていた。
「そういう言い方は良くないよ」と弘通君が庇ってくれて、
「弘通、本当はそいつのこと、好きなんじゃないのか?」と的内君がからかったので、
「違う」と否定した。弘通君にまで迷惑掛けたくなかった。
「違うよ。彼は優しい人だから誰でも庇うのはみんな知ってるじゃない。それに山崎君のことは違うから。彼が私なんか相手にするわけないのもみんな知ってるじゃない」とうつむいた。
「それはそうだよな」と的内君が言い出して、
「やめろ」とすごい剣幕で山崎君が怒り出したので、昨日のことを思い出してしまい、怖くなって外に出た。
「詩織ちゃん」と碧子さんが声をかけてきたけれど、聞きたくなくて、少し離れたところに窓のそばに移動した。
「お前ら、いい加減にしろよ」と戸狩君が言って、山崎君が仏頂面で席に座っていた。

 その日の休み時間は山崎君のそばには寄らないようにしていた。弘通君が気を使って、何度か話しかけてくれて、みんなとは普通にしていた。
 部活に行くとき、
「今日の山崎は機嫌が悪いよなあ」と言っている声が聞こえた。ほとんど彼の方を見るのをやめていたため、彼がどういう顔をしていたのも知らなかった。せっかく、普通に話せるようになったのに、残念だなあと思った。少しでも普通に話せる事がうれしかったのに、とても悲しくなってしまった。
 部活に行っても、聞かれても何も言えなくて、
「今日は機嫌が悪かったみたいだよ。何書いたの?」とみんなが聞いていて、
「えー、カッコいいとか、付き合ってほしいとかそういうことだよ」と言っていて、それだけなのに、どうして怒るんだろうなと困ってしまった。

 家に戻ってから宿題をやっていて、その後、電話があった。明日の終業式の後に、母がまた会いたいと言ったため、父がいたので電話を代わった。
「何を言っているんだ?」とすごい剣幕《けんまく》だったので、思わずしゃがんでしまった。
「詩織。悪い、掛けなおすぞ」と言って父が私が怖がっているのを見て、
「大丈夫か?」と何度も聞いてきた。怖い。なんだか、前にこういう事があった。何度もあって、
「いいから、休んでろ。園絵は困ったものだ。こっちの都合も考えず。昔からそうだ」
「悪口言わないで」
「え?」
「お互いに喧嘩しないで」と言ったら、困った顔をしていて、その後黙ったままだった。

 次の日の朝、
「断っておいたよ。いくらなんでもな」と父が言ったので、
「昔、なにがあったの?」と聞いた。
「そんなことはいいんだ」
「昔のことを思い出せないの。いくら考えても保育園に行った覚えがないの。それから」
「やめなさい。いいんだ。思い出さなくてもね」
「どうして? どうして引っ越したのは小学校からなのに幼稚園に入ってすぐに変わってるの? おばあちゃんに聞いたら、そう言ったよ。それから、お母さんの記憶がないのは変だよね。いくら小さかったとはいえ、覚えていそうじゃない。写真が一枚もないのはなぜ? どうして死んだなんて」
「やめなさい。それ以上はいい。そのうち説明するから。今はまだやめなさい」
「お母さんとどうして別れたの?」
「彼女は俺達より仕事を取った女だ。だから、お前は気にしなくてもいい」
「知りたいの」
「知らなくてもいい。知らなくてもね」と言って、父が困っていた。
「また、そうやって腫れ物に触るような感じで言う。どうして? 母のことになると、みんな、どうして?」
「やめなさい。いいか、絶対に会うな。あの女は私達とはもう関係もないんだ。お前は自分の事だけ考えなさい。林間学校があるんだろう? そっちの事でも考えなさい」と言われて、何も言えなくなった。父が目をそらすからだ。なんだろう? 何を隠しているんだろうなと思ったけれど、聞けなかった。

 終業式の間もぼんやりしてしまった。どうして、父はいつも目をそらすんだろう? おばあちゃんもはぐらかす。昔のことを聞くと必ずああいう態度だ。何かあったんだろうか? 
「ということで、くれぐれも暴飲暴食、夜遊び、怪我等ないようにくれぐれも注意してください」と言っていて、毎年同じことを言うなあと聞いていた。
「解散」と言われて、教室に入ることになった。なんだろう? どうして、父はいつもああやって、
「大丈夫?」と碧子さんに聞かれて、
「ああ、ちょっとね。よく寝れなくて」
「そうなの? 今日からは良く寝れるわね」
「俺、明日は寝坊だな」
「ずっとだろう?」とみんなが言われていて笑っていたけれど、私は笑えなかった。
 教室で先生が色々言っていて、通知表を渡さされた。みんなが色々言っていたけれど、早々としまって、机に伏せていた。なんだか、気分が悪い。母も父も何か隠しているんだろうか? 
「寝るな」と先生に怒られて起きたら、みんなが笑っていたけれど、私はなんだかぼんやりしてしまった。

 部活は今日はないので、碧子さんたちもみんなも早く帰る人が多かった。一部の熱心な部活以外は休みだった。職員会議があるらしい。
「林間学校まで会えないね」と校門で別れていた。私は碧子さんと別れてから、反対方向に帰ることにした。母が待っているような気がして怖かったからだ。いつもは西門から出ていた。今日は東門から帰ることにした。早歩きして、そこを歩いていて、家に帰ってから寝ていた。チャイムが鳴ったけれど、ゆっくりと下に降りる間に帰ったようだった。仕方ないので、上に上がろうとして、「コン」と窓から音がしてびっくりした。山崎君が来ていた。
「どうかした?」と窓を開けて聞いた。
「疲れていないか?」と聞かれて、
「えっと……」と考えてしまった。
「ひょっとして気にしているのか?」と言われて、何の事だろう?……と思った。
「怒鳴って悪かったよ」と言ったので、そうか、あのことを心配してわざわざ来てくれたんだなと思った。
「入って、ジュースでも出すよ。ちょっと話したい事があるから」と言ったら、
「ここからでいいのか?」と笑っていた。
「いつもそうでしょう?」と聞いたら、
「そうだな」と言った。彼が部屋に入ってきて、私はジュースを持ってきてからソファにもたれた。
「大丈夫なのか?」
「変な夢を見たの」
「夢?」
「そう、昔の夢なの。小さい頃の夢だと思う。シロツメクサを編んでいてね。追いかけてるの。相手が分からなくて」
「そうか」
「昨日、母から電話があって」
「電話?」
「そう、父と代わったら喧嘩しだして、それでちょっとね……」
「そうか」
「ごめんね。山崎君のことは関係ないよ。私が悪いのだから」
「悪くないよ。お前は悪くない」と言われて、そう言われても……と困ってしまった。
「嫌な思いさせてごめんね。山崎君のこと、彼女が好きだからと前から言っていたの。それで頼まれてしまって、ラブレターとか嫌いなんだね」と言ったら、困った顔をしていた。
「もうしないから、それに今日はなんだか、嫌だったの。朝から父と喧嘩して」
「喧嘩?」
「母のことでちょっとね。あまりにも変だからつい問い詰めちゃって」
「変って?」
「だって、引っ越した時期が合わないの。教えてもらった時期が。おばあちゃんに聞いたのは『幼稚園に行ってすぐに引っ越したから記憶がほとんどないんだよ』って言われたの。お母さんが亡くなったのがその前」
「そうか」
「でも、実際は違うみたいだよね。はっきり聞いていないけれど、きっと、引っ越したのだって離婚したからだろうし。だったら、小学校の前にならないといけない。しかも、それぐらいだったら母の事、絶対覚えていそうだよね。だって、何度も聞いていたらしいの。昔ね」
「そうか」
「なんだか腑《ふ》に落ちない事が多すぎる。よく考えたら保育園の思い出が全然ないのも変だもの。幼稚園のことも思い出せないの。向こうのもこっちのも。あるのは小学校より上の思い出ばかり、その辺は色々いっぱい思い出せるの。父がいっぱい写真を撮ってくれておじいちゃんと机やランドセル買ってもらった事も、全て思い出せるの。テストで100点取って褒められて、うれしかったことや、それ以外にも逆上がりが出来なくて、一緒に公園に行ってくれた男の子のことや、木登りが得意でよくやっていたりとか」
「おい」とびっくりしていた。
「そういうのは良く覚えてるの。鬼ごっこ、縄跳びにボール遊び、部活に入ってからはそっちの思い出、全部思い出せたのに、その前だけ綺麗に思い出せない。たった一つあるのが公園でいとこと遊んだ事だけ」
「お前は記憶力はいいのか?」
「いいほうだよ。だって、テストだってすごく偏ってるから」
「そうなのか。だとすると、何かあったのかもしれないな」
「何かって?」
「お母さんと小さい頃に別れるってことは子供にとってかなり辛い事だろう? だから、思い出さないように、無意識にしているってことはないか?」
「そう言われるとそうだよね。そうは考えていなかった。……そうかも」
「そうかもしれないな。一応、思い出す努力だけしておけばいいさ」
「どうやって?」
「町内一周の旅でもすれば」
「旅ですか、大げさな」
「ゆかりの場所を見れば変わってくるかもしれないぞ」
「この辺り、すっかり変わってるらしいよ。家とか、その他」
「みたいだな。爺さんはあの家から出ないからそういうことは疎《うと》い。でも聞いてみたらしいぞ、そしたら、そうだって。でも、さすがに幼稚園や保育園はそこまで変わっていなさそうだ」
「そう言われるとそうだね。一度も行った事がないし」
「行って見ればいいさ。後日付き合うよ」
「今日でも」
「無理だ。寝ていないんだろう? だったら、今日は休め」
「ごめんね。わざわざ来てもらって、こんな話を聞いてもらって」
「いや、ずっと元気がなかったから心配だったんだよ。俺の事もわざと見なかったようだし」ばれてたんだな……。
「それから、二度と言うなよ」
「何を?」
「私なんか相手にするわけないなんて言うな」と強く言われてしまい困ってしまった。
「お前は自分を卑下《ひげ》しすぎる。自信がないのも分かるけれど、もっと普通にしていた方がいい。お前のそのままの等身大の自信を持ったほうがいいから」
「でも」
「とにかくそうしろ。お前のためだ」そう言われるとそうかも。
「だから、あいつらに漬け込まれるんだ」
「でも、弘通君にも山崎君にも悪くて」
「どっちも当たってるからいいんだよ」
「え?」
「鈍いよな。お前は」と言われてびっくりした。何が言いたいんだろう? 
「あいつはお前の事が好きなんだよ」と言ったので、驚いた。
「そんな事あるわけが」
「今日の帰りに、お前といつも話している。山田紀久子」
「紀久美」と、訂正した。
「そう、その子がとうとう告白していた。松永さんとも友達らしいね。彼女に励まされて言ってたよ」そうか、やっと言ったんだ。
「でも、あいつは丁寧に断っていたよ」
「どうして?」
「お前の事が好きだからだろうな」
「まさか……」ありえないぞ。
「知らなかったのか? あいつはお前ばかり見てるからな」嘘だあ。
「とにかく、何度も断っていた。丁寧にね。それで松永さんの方が聞いてあげていた、理由をね」
「なんて?」
「言わなかったよ」
「だったら」
「でも、最後は困っていて、別に好きな子がいるって感じだったな」
「そんな……」駄目だったんだな、紀久ちゃん。
「松永さんが、励ましていたよ。しょうがないさ。そんなの両思いなんて中々なれないから。まんざらでもない程度で付き合える人もいるらしいけれど、俺も無理だしな」
「そうなの?」
「そういうのは駄目だ。隣のクラスの本宮みたいに、言われる子全部と付き合えないな」
「それもすごいね」
「あいつはすごいらしいから」いくら先輩でも全部は付き合わないなあ。ああ見えて、しっかり選んでいるからなあ。
「そういうことだ」
「元川さんに返事を聞かれたの。どうだったかって」
「ああ、言っておいたよ」
「言ったんだ?」
「ああいうやりかたは困るってね」
「え?」
「とにかく、お前は二度とああいうこともするな。それからあんな事も言うなよ、聞いていて辛い」どういう意味? 
「怒って悪かったよ」
「でもあれは」
「お前の事が好きなのかって、また聞かれた」
「誰に?」
「元川さん」
「どうして?」
「鈍いよな。あいつはわざとお前にラブレター渡させたんだよ」
「どうして、そんな事?」
「知らなかったのか。この間から俺達の事が噂になってる」
「どうして?」
「俺達が一緒にいるのを目撃されていたらしい。この辺りは同じ年は観野ぐらいしかいないけれど、下の学年は一人か二人いるらしいぞ。上のほうは知らないけれどな」
「そうだったんだ」
「極めつけはこの間一緒にお母さんと帰ったのが目撃されて、下の学年では噂されてたんだよ。もっとも同学年は本気にしていなかったけれどね」
「そうだろうね」
「お前が言うなよ。とにかく、それで、あいつはお前との仲を知りたくてわざと渡したんだよ。そう白状していた」
「そんな事を言ったんだ?」
「ああ、ぬけぬけと舌を出して、『ばれちゃった』と言ってたよ。悪気はなかったらしいけれど、ああいうやり方は好きにはなれないからね。その場で断ったら聞いてきた。お前の事が好きなのかどうかってね。今度で何度目か」
「どうして?」
「前に頼まれて付き合ったあと輩も同じ事を聞いてきた」
「頼まれた?」
「ああ、ちょっと訳があって『一緒にしばらく帰ってくれませんか』と言われたんだよ。それで、期間限定の約束で一緒に帰ったんだよ」
「なんでそんな事」
「その後の後輩の子も同じ事言ってきて断った。さすがに限がないからな。そっちはラケットを隠した数が多すぎて同情できなかったし」
「ラケット?」
「お前達が走りこみで学校の外を走っている間に、その子たちが早めに戻ってきて、やっていた。後輩は1周でいいんだろう? だから、何度かやっていて、それで俺が戻しておいた」
「なんで、そんなことをやったんだろう?」
「俺と話していたのが気に入らなかったのと、加茂と一之瀬が頼んだらしいぞ。追い出したいからって理由だ」その時期だったんだ。なんだか、怖い。
「そういう顔をするな。とにかく、二度とやるなって言っておいたよ。呆れる話だ。好きな人と仲良く話しているのがうらやましいなんて理由でそういうことをするのが分からないよ」
「じゃあ、その子もなんだね」
「ああ、付き合った子のことか? しょうがないな。そういうことだ。靴を隠していて、二度目だったんで見かねて止めたら、思いつめたような顔をして、『一週間でいいから付き合っている振りをしてくれ』って、『そうしたら先輩の命令はやめます』って。聞いたら、弱みを握られてたらしい。前も別の好きな先輩のことで似たようなことをしたのを目撃されていてね、それで頼まれたらしいぞ。『逆らうのに勇気がいるから、そのためにも』と、真剣に頼んできてね。さすがに嫌と言えなくなった」
「そんなこと」
「そういう顔をするなよ」
「ごめんね」
「いいよ、しょうがない。俺のせいでもある」
「山崎君は関係ないじゃない」
「俺のせいだよ。今度の事も、全部。とにかく、気にするな。お前は悪くない。だから」と言われて、泣いてしまっていた。そんな事を裏でしてくれていたんだ。悪いことをしたなと思ったら、泣いてしまった。
「バカ、泣くなよ」と言って、ティッシュを取りに行き、そばに寄ってきて涙を拭いてくれていた。
「泣き虫だよな。まったく、変わっていないよ」と言ってから、抱きしめてくれていた。
「みんなの言う通りかもしれないな」
「なにが?」
「お前への気持ちだよ。思慕《しぼ》だけじゃないかもな」
「思慕?」
「お前の事が好きかもしれないってことだよ」と言ったので、驚いた。
「あの……?」
「お前は不思議だよな。どうして、ここまでねえ」と言ってから、頭をなでてくれていた。
「どうして、来てくれたの? こうやって来てくれて、優しすぎるよ」
「それだけ、気になってしょうがないんだよ。昔からね」
「え?」
「とにかく、ゆっくりでいいさ。思い出せばね。ゆっくりやっていこう」とずっと頭をなでてくれていた。

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