とまどい

 次の日から、意見が飛び交っていた。その度に話し合っていて、
「女子は悠長なことやってるよ」と男子が笑っていたけれど、私は無駄な事じゃないと思った。一番最初にやらないといけないのは意識改革かも。それから、練習方法は毎日変わって行き、でも、それでも楽しくなった。みんな色々考えていて、今まで意見を言わなかった人たちや後輩も工夫していた。後輩もいつのまにか意識別に分かれて練習するようになった。メニューも後輩たちが自らアイデアを出してきて、小平さんに了解を取ってやっていて、変われば変わるもんだなと思った。でも、困ったのが柳沢先生だった。私達がやる気を出したと勘違いして、勝手に口を出してきて、うるさいと思い、みんなが何度か睨んでいた。とうとう、最後は、
「先生は温かく見守ってください」と湯島さんに言われたため、ちょっといじけていた。この先生は熱意はあると思う。でも、全体を見る力が弱いのかもしれないなと思った。守屋先生もその点が弱いと思う。守屋先生は男子ではなく女子のバスケの顧問だった。男子の顧問は一年生の担任で熱心な人だった。そのため、男女で力の差が出た。男子はかなりいい線まで残ったけれど、守屋先生はそこまでの結果が出せなかったらしい。意識改革だの、色々理論を押し付けていて、女子の選手がうんざりしていると聞いた。そうか、柳沢先生と似たもの同士だなと思った。

 怪我をしたので、保健室に消毒に行ったら、山崎君がいた。
「どうしたの?」と聞いたら、
「今日からしばらく安静だって。無理したから湿布貼りなおしている。脚力とジャンプ力の強化に専念するよ」と言ったので、うなだれてしまった。
「また、そういう顔をする」
「だって」
「お前、言ってやったんだろう? 悪いのはあなただって名指しで、指差してびっくりしてたらしいな。後で聞いた」
「ははは、ま、売り言葉に買い言葉で」
「俺のいじめっこ発言は余分だな。あいつに理解は出来ないと思う」
「ごめんなさい。上手く表現できなかった」
「その辺は慣れだな」
「なるほど」
「消毒するんだろう。やってやるよ」
「いいよ、自力でやります。そっちも湿布貼ってね」
「貼りにくいからやってくれ」と言ったので、
「しょうがないなあ」と言って切り込みを入れながら貼ってあげていた。
「お前賢いね」と言ったため、聞いたら、細かく切ってから貼っていたらしい。
「おばあちゃんが上手だったの。お父さんも怪我ばかりしていたんだって」
「そうか」と見ていた、その後、自分の方を消毒した。
「足、痛そうだな。でもお前、足だけやせてるよな」
「あのねえ」
「昔はもっとがりがりで」と言ったので、
「そんな昔のことは忘れた」と言ったら、
「お前、呼んでくれたんだろう?」と言ったので、そっちは見ずに、
「何が?」と聞いた。
「名前でね。聞こえたぞ」と言ったのでびっくりした。
「聞こえたぞ、『拓海くーん』と言う声が」
「はははは」と笑ってごまかした。
「思い出したのか?」と聞かれて、
「全然」と言ったら、ガクっとなっていた。
「なんだよ、期待したのに」
「思い出したよ。母の方が」
「へえ」
「覚えてたんだって。名前をね。拓海君って呼んでいたって、色々エピソード言っていて、最初、何の事か分からなかったけれど、この間、教えて貰った内容と一致したので、そういうことなのかと」
「なるほどな。期待したのに。まだ駄目なのか」
「無理だよ。この間、言っていたでしょう? 辛かったから思い出せないって。当たっているのかもしれないなと思ったの」
「そうか、それはあるかもな。しかし、鈍いよな。あれだけいっぱい話していても、お前、全然気づかなくてさ。いつ気づくかなと見ていたけれど、最後まで気づかなくてね」
「そう言えば、あのときに『詩織』って呼んでくれたのって、そうなんだよね?」と言ったら、黙ってしまった。
「違うの?」
「とっさに呼んでしまうもんだよな。つい、ああやってね。いつ思い出してくれるかと考えてたから、よけいかも」
「なるほど」
「詩織は昔は俺の後付いて歩いてたのになあ。今じゃ大きくなって」
「そう? そっちの方が高いじゃない」
「俺はもっと伸びる予定。お前は大きくなりすぎだ」
「いつから気づいていたの?」
「最初からだよ」
「そうなの?」
「転校初日に、『あれ?』と思ったけれど、お前、知らん顔するからなあ」
「知らなかった」
「名前知って、やっぱりと思ったけれど、話しかけづらくてね。お前、すっかり忘れているようだったから」
「ごめんなさい」
「仕方ないよな。早く思い出してくれよ。詩織ちゃん」と呼んだのでドキッとしてしまい、持っていたピンセットを落としてしまった。
「そういうことを突然言うから」と言いながら、下を向いて、探し始めた。
「ドジだよな。全然、そういうところだけ変わらないよな。痣は作るわ、よく転ぶわで」
「そんなに転んでいた?」
「ああ、よく転んでいたよ。それは覚えてるよ。鼻ぶつけた事も良くあって」
「そうだったんだ?」
「変わっていないよ。泣き虫のままだ」と言って、ピンセットを拾ってくれた。
「はい」と言って渡されたので受け取ったら、顔がすぐ近くにあったのでドキッとしていまい、離れようとして、
「変わらないよな。そういう部分が」と言いながら、私の手を握ってきて、顔を近づけて、おでこにキスしたので、びっくりした。
「あの?」と言ったら、手を私の頬に当ててきて、え……? と思っていたら、
「おーい、山崎」といきなり、男子が入ってきて、またピンセットを落としてしまい、
「あちゃー」と言って拾いに行った。
「つくづくドジだよな」と山崎君が呆れていた。

 まだどきどきしている。どうしてくれる、この鼓動を……と思いながら着替えていた。小平さんも着替えていて、
「助かったわ」といきなり言ったので、何かなと思った。
「意外とよく見てるのね」と言ったので、
「そうかな?」と言ったら、笑い出した。
「このままだと前の二の舞だものね。目的意識なんて考えてもいなかった。分けるなんてね。ただ、強くなりたくて、自分の意見を押し付けてね、それだと駄目って事を反省したわ」と言ったので、
「それは徐々に変えて行かないと。きっと、変わってくると思う」
「なにが?」
「勝ちたいと思う人、試合に出たいと思う人がもっと出てくると思うしね。そういうのにも徐々に対応していけばいいのかなと思ったの」
「そうね、それはあるのかも。あなたも変わったみたいだし」
「変わっていないよ。当初の目的と同じ、体力をつけたいと思ってるのは同じだよ。でも、バスケ部の試合見てて、無様な試合はしたくないと反省しちゃったから。それでね」
「そう、そのほうがいいのかもね。ペアによって変えてもいいかと思ったわ」
「それか、同じ目的同士が組むとかね」
「そうね、それも考えてもいいかもね」
「変更ありでいいと思うなあ。やめる人だって出てくるだろうからね。受験優先の人が」
「そうかもしれないわね」と小平さんが考えていて、着替えて一緒に外に出た。
「本当はどこかで馬鹿にしてたのかもしれない」
「え?」
「みんなのことを。みんなお遊び半分でだめだわって思ってたのかも。でも、聞いてみて分かったの。目的意識が最初から違うのだから」
「個性もバラバラだから、それも考えないとね」と言ったら、小平さんが笑っていて、そこで分かれた。校門に行ったら、山崎君が待っていて、さっきのことを思い出してしまった。
「あの……」
「大丈夫だよ。見られていないから」そういう問題じゃない。ピンセットを落とさなかったらどうなっていたか。
「山崎君って、変だよ」
「拓海って呼べよ」
「それは……」と困って下を向いた。
「しょうがないなあ。人見知りのままだしね。しばらく、お友達からか」と言ったので、どういう意味だろう?……と考えながら歩き出した。
「宿題いっしょにやろうぜ」と言ったので、それがあったなあ……とため息をついた。
「2人でやれば早いな」
「バスケ部では?」
「武本がうるさかった」
「一緒にやってあげればいいのに」
「却下。部活だけの付き合いにしておきたい」と小声で言った。本音は別にあるんだなあ。
「とにかく、よろしく、詩織ちゃん」
「その呼び方やめてよ」
「駄目か、俺は気に入ってる。心の中で毎日そう呼んでいた」呆れるなあ。
「そういうことをするから、あのときにね」
「ま、良かったよ。あの噂聞いたから心配になって見回ってたときにちょうどね」
「ごめんね」
「怪我がなくても良かったよ。昔、怪我するたびにビービー泣いてたから」
「そうだったの?」
「変わらないものだよな」
「そっちは変わっちゃったじゃない」
「覚えていないくせに」
「写真を見つけたの。会った事もない人だなあと思ったけれど、誰かに似てるような懐かしいような気もした」
「呆れるよ。毎日会っていたというのに」
「そのうち思い出すでしょう」
「そうしてくれないと困るよな。なんだか、前に進めない」
「え?」
「そう言えば、あの人とどうするんだ?」
「あの人って?」
「お前の、一応恋人のこと」
「一応ねえ」
「ゴッコだと言ってたけれど、それ以前に見えるから恋人とは言えないよな」ははは、ばれてるよ。
「さあねえ、このままいったところで、そう困る事もないとは思っていたけれど、別れたほうが良さそうでもあるね」
「別れろよ。俺が付き合ってやるから」と言ったので、持っていた鞄を落としてしまった。
「なんだよ、その反応? 嫌なのか?」嫌とかそういうよりも……、
「あの……」
「なんだよ?」
「幼馴染というだけで付き合うの?」
「言ったろ。お前の事、す」と言いかけたけれど、
「ちょっと待った」と止めた。
「なんだよ。不満なのか?」
「そうじゃなくて」……頭が混乱してきた。
「あの、噂の元の学校の彼女はどうなったの?」
「なんだよ、それ?」
「だって、噂になってるよ。前の学校で忘れられない人がいるって」
「ああ、その話ね。あれはお前のことだ」
「は……?」と動きが止まってしまった。
「なんだよ、気づいていなかったのか。しょうがないな。そうだと思っていたけれど。聞かれたんだよ。梁井たちにね。『お前、一人ぐらい付き合ってやれ』と言われたんで、『待ってる』と言ったんだよ」
「なにを?」
「『彼女が思い出してくれるまで待ってる』と言ったら、どう誤解したのか知らないが、ああいう話になったという訳」よく分からない。
「とにかく、そういうことだから、よろしく詩織ちゃん」
「あのね」
「なんだよ、まだ不満か?」
「そういうことじゃなくて、えっと……」
「混乱しているな?」と山崎君が笑っていた。
「そうだね、今は良く分からない。自分の言葉で言えるようになってからにする」あまりにショックだ。
「よく考えてくれよ、詩織ちゃん」とうれしそうに笑っていた。

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