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まだまだ青い

 次の日は朝からうるさかった。碧子さんのそばにいて、そのうち机に伏せていた。なにしろ、しっかり後輩に目撃されていて、しかも、例の「お付き合いをしよう」という話も聞かれていたらしく、そのことで、登校してからひそひそやられてしまった。教室に着いてから、
「どういうことなの?」「付きあうって、何?」「どうして一緒の車で帰ったの?」と矢継ぎ早に質問されてしまい、あかりちゃんやら、詮索《せんさく》好きな他のクラスの子までやってきて、うるさくて答えられなくて机に伏せていたのに、
「答えてよ。なんで、山崎君のお母さんと一緒だったの?」と言われて、あれ?……と思った。
「お、もう一人聞けるヤツが来たぞ」という声が聞こえて、
「どういうこと?」「あの人は誰?」「山崎君、あの話は本当?」といっぱい言われていた。うるさいぞ。
「ぴーちくぱーちく、うるさいよなあ。いいじゃん、誰と付き合おうと山ちゃんの勝手」
「えー、でも趣味悪い」と宮内さんが言っている声が聞こえて、
「お前よりまし」と言っているのも聞こえた。ぎゃあぎゃあ、うるさくてそのうち聞こえづらくなって、
「それにしても、昔の女はどうした?」「山ちゃんの親公認か」と言ったため、
「あの人は俺の親じゃないぞ」と山崎君が言った。
「じゃあ、誰のだよ」
「そういうことはいいとして、それより、少しどいてくれよ。机にしまえない」と言っているのが聞こえた。
「良くないよ。いったいどういうことだ?」
「昔の女って誰だよ」
「うるさいクラスだよなあ。ちょっと寄っただけでこれか? 昼休み、待ってるからな」と先輩の声が聞こえた。
「あそこで伏せていじけてる女にも言っとけよ。ポチ来いよ」と言ったため、みんなが笑っていて、
「昼休みって?」とみんなが首をかしげていた。うるさいぞ。

 昼休みまで聞かれても黙っていた。なんて言っていいか分からず、山崎君も答えていなかった。
「ポチ行くぞ」と山崎君に言われて睨んでしまった。
「そういう顔をするな。見届けろよ。お前も関係あるんだからな」と言われて、渋々付いて行った。途中で、靴を履き替えて、
「どこに行くの?」と聞いたけれど、どんどん歩いて行ってしまった。かなり奥まで行って、焼却炉の誰もいない所に行って、机と椅子が積んである場所で先輩が待っていた。目の前に校舎があるけれど特別教室になっているため、その校舎で授業がなければ人はめったに来ない。掃除の時間にごみを捨てに来る人がいるぐらいで、後ろが雑木林で丘というか山になっているため、人に見られることもない場所だった。
「逃げずに来たな」と先輩が笑っていて、山崎君が持っていた封筒を渡していた。
「なるほどな。了解」と言って、先輩の方も差し出していた。先輩の方は堂々と何も入れずにそのままむき出しの状態で差し出した。
「すごいですね」100点が並んでいた。オール100に近い。順位も当然、一位になっていた。山崎君の方は一位ではなかった。
「やっと尊敬したか?」と先輩が得意そうに聞いてきたけれど、
「そこまではちょっと。それなりに」と答えたら、
「なんだよ、その言い草」と先輩が不満そうだった。
「だって、昔のあの発言がある限り」
「あの発言?」と山崎君が言いながら不機嫌だった。先輩の方が成績がいいからだ。
「まだまだ青いね」と先輩が言い放って、
「先輩のあの発言を考慮したら、人間性は負けてますね」と言ったため、山崎君が笑っていて、先輩が睨んでいた。
「あれぐらい、普通の中学生でも……」
「言いませんよ。大学生でも聞きたくないかも」
「いいんだ。それぐらい、いつかは誰でも経験する」
「しません」と怒ってしまった。顔が赤くなったため、
「何、言われたんだ?」と山崎君が不思議そうな顔をして覗き込んでいた。
「いいんだ、そんなことはどうでもね。まだ、認められないな」と先輩が言ったので、
「いいでしょう、そろそろ。詩織はこっちの方が合ってると思いますけれど」と山崎君が返していた。
「お前、呼び捨てかよ。おい、ポチ」と先輩が私の肩に手を乗せてきて、その手を払った。
「なんだ、その手は?」と先輩が怒っていた。
「触らないって約束したのに」
「手も握らない。そういうことも一切しないってヤツだろう? キスの一つぐらいしてから別れよう」
「ありえない」と睨んだら、山崎君が笑っていて、
「なるほど、よほどこっちの方が進んでいそうだな」と言ったため、
「名前で呼んでいるとはね。密会も本当だったようだな」密会? 
「後輩が目撃したらしいぞ。デートしてたってね」
「デート?」
「ご近所を散歩したらしいな」見られてたんだ。
「そういうことですね。だから、先輩の方が身を引いてくださいよ。デートもしているし、親も公認だし、それにキス」とよけいな事を言いかけたので、慌てて遮って、
「あああ、そういうことはいいの。とにかく、先輩変な事に山崎君を巻き込まないで下さいよ。彼は今度こそ、バスケの試合で勝たないといけない大事な身なんですから」
「お前もあるだろう。それにだから言ってるんだよ」
「え?」
「山ちゃんは俺には劣るが人気があるらしいからな。また林間学校みたいなことも起こることもありえる。そういうのから守れるかどうかの意味もあるんだよ。このおもちゃは良く転ぶしトラブルに巻き込まれやすい上、打たれ弱い。だから、鍛えてやらないとねえ。まだまだだよな。お前の方も」と言われてうな垂れた。
「次回、持越しね。そうだ、お前が勝ったら、例の約束はやってもらおうかなあ」と先輩に言われて、
「約束?」と山崎君が聞いていた。
「そう、大事な卒業試験が控えている。山ちゃんもがんばってバスケに勝てよ。そういうことで、今回は保留ね」と言って、さっさと戻って行った。私がうな垂れているのを見て、
「卒業試験って?」と聞かれて、
「がんばります」と力なく言ったら、
「お前もあるんだな。お互いがんばるしかなさそうだな」と笑っていた。

 教室に帰ってからもうるさかった。私はトイレに寄ってから戻ろうとして、一之瀬さんに声を掛けられた。
「どういうこと?」と言われて、そう言われても……と考えてしまった。
「親の公認なの?」そんなことを勝手に言ってはいたけれどねえ、
「大体、どうして一緒の車に乗ったよ」と聞かれても、何て答えていいか分からず、
「とりあえず、試合をがんばろうね」と戻る事にした。相手はそれ以上は言ってこなかった。教室内ではうるさく囲まれていて、
「お、戻ってきたぞ。山ちゃんも物好きだねえ。よりによって、こんな普通の女を」
「普通以下よ」と宮内さんが言って、
「それはお前の成績だ」
「あら、あの子も下のほうでしょう?」と当然のように言われて、
「一応、平均以上だぞ。数学が足を引っ張ってるが、英語も国語もそれなりにいいはずだ」と戸狩君が言ったため、宮内さんが舌打ちしていて、
「お前の点数発表」とかなり低い点数をそばの男子に暴露されていて、
「そういうヤツに限って人のことを悪く言うんだよな。お前らって下のほうなんだろう?」とあかりちゃんにも言われていて、あかりちゃんが困って逃げていた。
「ほらな。言ったとおりだったな。戸狩って詳しいよ」と蔵前君が言っていた。何言ってるんだろうね? 
「宮内さんって、その点数なのに、碧子さんのことまで馬鹿にしてたの?」と隣のクラスの子が言い出して、宮内さんが困った顔をしていた。
「知ってるぞ。お前、戸狩狙いなんだろう? 相手にしてもらえなくて、山ちゃんに行ったけれど、それ知ったらあの先輩驚きそうだな。それで、佐倉と碧子さんを眼の敵にしてたんだな」と男子に暴露されていて、宮内さんがすごい顔をしてから、そばを離れていた。そういう理由だったんだ。
「あちこちあるなあ。しかし、山ちゃんの昔の彼女が分からないうちに、新たな事が発覚したなあ。でも、やめておけよ。山ちゃんとじゃ、佐倉が合わないなあ」
「あれ、弘通君とはどうなったの?」と聞かれてしまい、うつむいた。とてもじゃないけれど、告白なんてできそうもない。今の私には言えそうもないなあと悩んでしまった。

 部活でも色々聞かれたけれど「古い知り合いと一緒に帰っただけで」と説明した。他に言いようがない。
「先輩と楢節さんとの関係ってどうなってるんですか?」
「それより、山崎先輩の昔の女ってどういう人か知りませんか?」本人に聞かれても困ると黙っていて、一之瀬さんがじろっと睨んでいた。
「試合が近いから、そっちに集中させて」と言ったら、意外にも一之瀬さんが、
「そうね」と言ってやりだした。

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