保護者会

 山崎君の昔の彼女は別にいるという説がすっかり出回ったらしく、聞かれなくなってほっとしていたというのに、別の件で幼馴染だという事がばれてしまった。保護者会があったからだ。
「やだ、お母さん化粧している」「着物だよ」「しかし、お前の母ちゃんそっくりだな」とみんなが後ろを向いて話しているときに、私は一人で前を向いてため息をついた。父は仕事だから来るはずはないからだ。
「あれって、誰のお母さんかな。派手だね」「綺麗な人」と言っているのが聞こえた。私は真ん中辺りに座っているので、後ろの会話は聞こえなかった。先生が来るまでうるさかったけれど、
「えー、今日はいつもと違っておとなしいヤツもいるようだが、遠慮せずにドンドン発言しよう」と先生が笑っていた。数学の先生なので、当たらないといいなと思っていた。先生も心得ていて、すらすら答えられそうな、戸狩君やミコちゃん、そして山崎君に当てたあと、よりによって、的内君に当てたため、クスクス笑い出した。そういうことをしてねえ、
「健二、ちゃんと答えなさいよ」と後ろからお母さんらしき人が言ったため、爆笑になっていた。斜め前に立っていて、困ったなあと思った。いつもなら、誰かが弘通君に聞いて答えが回ってくるけれど、今日は無理だった。しょうがないと思い、小声で答えを教えた。的内君が驚いていたけれど、その答えを言って、
「お前、少しは自力で答えろよ」と先生に笑われていた。終わったあと、先生との話し合いがあることになっている。残る人が多くて、お母さん達がぺちゃくちゃやっていた。どこかで聞いたことのある声がするなあと思ったら、
「まあ、いつもうちの娘がお世話になっていまして」と言ったので、振り向いて唖然≪あぜん≫とした。なんでいるんだろう?……と頭を抱えてしまった。
「いえいえ、もう、うちの息子が色々懐かしそうに話していましてねえ」と誰かと話していた。どこかで見たことある人だなあと思ったら、
「やめろよ」と山崎君が止めていて、困ってしまった。どうやらお互いに覚えていたらしい。
「懐かしいですわねえ。拓海も何度もそう言ってまして、引っ越した当初、誰も話す人がいなくて、『詩織ちゃんがいる』って、うれしそうに」と山崎君のお母さんが言ったため、聞いていた人たちがこっちを見た。困った……。
「そうなんですか? 私もね、あまり話してくれなくて。聞きたいけれど、あまり会えませんものね」と母も言って、
「そういうことは後でやれよ」と山崎君が仏頂面をしていた。
「あら、そう言えば詩織ちゃんは?」と山崎君のお母さんが言い出して、こっちを見たけれど、顔をそらすわけにもいかずに頭を下げた。
「こっちにいらっしゃいよ。ちゃんと挨拶しなさい」と母が言ったので、渋々寄って行った。
「もう、挨拶もまともにできなくて。ごめんなさいね。小さい頃から拓海君に迷惑掛けて、また中学でもお世話になっているようで」と母が言ったため、みんなが驚いていた。
「そんなことないんですよ。もう、うれしそうに毎日、こうした、ああしたと話してくれて、それまで学校の話も友達の話もしてくれなかったのに」と山崎君のお母さんが言ったため、「なんだろう?」とそばの人が言っていて、そんな事を家で言ったのか……と呆れてしまった。彼はばつが悪そうに、
「そういうことは言うな」と怒っていて、
「一度遊びに来てね、詩織ちゃん。昔も何度か遊びに来てくれて、今は義父のほうに遊びに行ってるそうで、こっちにはまだ連れてきてくれなくて、『連れてきて』と何度も言っているのに」と言ったので、そういうことも言っていたの?……と驚いた。
「義父がすっかり元気になって、詩織ちゃんの話ばかりしていて」
「もういいだろう。その辺にしてくれ」と山崎君が嫌そうにしていたけれど、お母さんの方は私の方を見て、
「遊びに来てね」と言われて、山崎君の方を向いたら、
「今度連れてくるから」と言ったため、
「親公認だよ」とそばで見ていた男子が言い出して、私は頭を抱えた。

「ベラベラうるさい」と山崎君が言って、私は廊下でしゃがんでいた。目線がすごかったのと疲れたので隣でしゃがんでいて、
「まったく、よく喋るよ。まだ帰るときも喋りそうだ。呆れる母親」と彼が教室の中を見ていた。
「ほらほら、行った」と担任の先生に追い払われて、渋々移動した。
「まだどうせ、色々聞いていそうだよな。女っておしゃべりだ」
「そっちもそうじゃない。いったい家で何を話しているのよ」
「普通に今日あったこととかの報告だ。しないか?」
「父は帰ってくるのが遅い。休日も釣りだゴルフだって家にはほとんどいない」
「そうか」
「あの人だって、来ると知ってたら絶対止めたのに」
「なんだ、知らなかったのか?」
「言っていないというのに地獄耳《じごくみみ》」
「すごいな、どうやって知ったんだろう?」
「内通者がいるんだって。誰か知らないけれどね」
「すごい人だよな」
 靴箱のところに行ったら、みんなが見ていた。
「しかし、なんとなく分かったなあ」と戸狩君が言って、ミコちゃんが、
「説明してよ」と睨んでいた。もうどうにでもして……とため息をついた。

「そこまでさかのぼるとは予想外」と戸狩君が笑っていた。
「意外だ。幼馴染だったのか」
「それなら、そうと言えよ」と言われて、
「言う必要があるのかよ」と山崎君が笑っていた。
「そうだよ、詩織、水臭いよ」とミコちゃんに言われて、
「こいつが言わなかったのはしょうがないさ。覚えていないんだから」
「えー、だって、幼稚園なら普通さ」
「いや、俺も覚えていない。あだ名すら」「俺は初恋のみよちゃんだけだ」「俺もあやふやだ」と男子が言っていて、
「ほら、みろ。だから言う必要はないんだよ」と山崎君が言って、
「どうも変だと思った。山崎君が佐倉さんを相手にするとは思えないし」とあかりちゃんが言い切っていて、後ろで隣のクラスの人たちが笑っていた。
「お前が相手なら、そうだろうけれど」と山崎君が仏頂面していた。
「そうだったんだ。それなら納得だよな。色々庇ってたのも幼馴染としてなんだ」とそばの男子が言い出して、
「それにしてもうらやましい。一度でいいから山崎君みたいなカッコいい幼馴染がほしい」とあかりちゃんが言っていて、
「お前、俺と小学校同じだからいいじゃん」と蔵前君が言い出して、
「えー」と言ったため、笑われていた。
「幼馴染か。幼稚園のとき、詩織と入れ替えだから覚えていないんだよね」とミコちゃんが笑っていた。
「そうだったの?」
「らしいよ。この間、聞いたの。引っ越したとき、詩織が保育園に行っちゃったって」
「ふーん、知らなかった」
「しかし、山ちゃんも良く覚えてたな。意外と初恋とかそうだったりして」と戸狩君がからかっていて、
「別にいいだろう」と山崎君が面白くなさそうにしていて、
「お、当たりかあ」と蔵前君がうれしそうに笑っていた。

 部活に行ったときはくたびれてしまった。みんながそれぞれの部活に行ったあとに、別のクラスの子が根掘り葉掘り聞いてきてうっとうしくて、
「ははは」と、笑って逃げた。疲れる。明日も言われそう。
「幼馴染なんだって?」と着替えに入ってきた緑ちゃんに言われた。
「もう、疲れたから答えない」と言ったら、みんなが笑っていた。
 コートに行ってからも、今度はロザリーが根掘り葉掘り聞いていた。
「どういう付き合いですか?」とまで言われて、
「だから、そういう腐れ縁です」と言ったため、みんなが笑っていた。
「ロザリーにわかるのか?」と後ろで男子が顔を見合わせて考えていて、
「えっとなあ」と何とか説明しようとしていた。疲れながらも練習をしていて、でも、一之瀬さんは機嫌が悪かった。帰るときに、
「ばかにしてたの?」と言われてしまい、びっくりした。
「なにが?」
「『相手にしてもらえないわよ』と言ったのに、本当はそういう間柄で、私のことを内心馬鹿にしてたの? こっちのほうが相手にしてもらえないって」と言ったため、驚いた。
「どうしてそうなるの?」と聞いてしまった。そばにいた木下君が苦笑していて、
「佐倉にそういう事が出来ると思うか? お前じゃあるまいし」
「そうそう、自分がそうだからって誰でもそうだと思うなよ」と木下君とペアを組んでいる、掛布君が笑った。
「どういう意味よ」と彼女が睨んでいて、
「詩織ちゃんはそういうことまで考えないと思うなあ」と着替えを終わって出てきた女の子達が言い出した。
「お前さあ、あの人に似てるよな。自分の考えを押し付けて、ちょっと面倒だと人のせいにしてさあ。僻《ひが》みがあるのに、認めようとしないで、他の人がそうだと思いこんで、変だからやめろ」と木下君が言った。
「誰の事?」と聞いてしまった。
「知らないのか? 加茂のときに話題になったんだよ。今3年生の榊田先輩という人がいて」そういえば、的内君が言っていたような。
「そうそう、バイク乗り回して一躍有名になったあの人」と言ったため、みんなが驚いていた。
「テニス部に在籍してたんだよ。一年のときね。そのときに問題になって」
「問題?」
「試合だよ。俺の方が強いと言い出してね。もちろんパワーはあった。運動神経も優れていた。しかし、地道な努力は嫌いで不真面目な態度で練習しなかったんだよ。それでも『俺のほうが強いから選んでくれ』って先輩に言い出して」どこかで聞いたような話。
「加茂さんに似てるね」と後ろで千沙ちゃんが言い出した。
「そう、それで試合をした。結果は加茂よりひどかった。先輩にこてんぱんにやっつけられて、認められなくてね。暴れたんだよ。ネット壊したりボールを切り裂いたり、当然追放になった」
「なるほど」とみんなが驚いていた。
「内容が内容だけにテニス部以外には教えるなと言われてるから、そのつもりでいてくれよ。もっとも、一部は知ってると思うけれどロザリーに話しちゃったから」と後ろの男子を睨んでいて、その人たちが目をそらしていた。当たりらしい。
「勝気さと強情さは違うってどういう意味なの?」と千沙ちゃんも疑問に思っていたらしく聞いたら、みんながうなずいていた。
「ああ、あれね。早い話が勝気で自信満々だと弱気そうな人や腕力がなさそうな人を見ると自分の方が上だと思いこむんだよ。それで負けた事が悔しいけれど認められない。でも、強情だから、その後の態度が問題なんだよ。悔しさをばねにして練習を積めばいいけれど、相手を責めたり別のことで責任転嫁してしまい、そこでやめちゃうんだよ。やけになってね」
「加茂さんもそうだったんでしょう? あの人たちと」と言ったため、みんなが困った顔をしていた。
「加茂のほうは言いづらいからおいておくけれど、そういう人はたまにいるんだって。他の部活でもね。小学校のときには運動神経のよさだけで、それなりにちやほやされたり、先生に褒められたりしてきて、でも中学校に入ってからはそれだけじゃ、頭打ちになるから、伸び悩んでね。悔しいけれど認められなくなってね、嫌がらせしたり靴隠したりって言うのがある。バスケで一年からでてる山ちゃんもやられたらしいけれど、そういう事があるらしいよ。小学校の先生って露骨に贔屓《ひいき》する人もいたからね。歌が上手だとか絵が上手だとかやたらと褒めて、自分に寄ってくる子だけとか、PTAの役員の子供は優先するとかね、そういうこともあるみたいだけれど。でも、中学ではそれだけじゃ認めてもらえないからね。運動も勉強もそれなりにできないとバカにされるしなあ」と言ったため、そう言えばそうかもね……と考えていた。
「一之瀬は運動神経も体力も腕力も勝気さも確かにあるし、それは認めるけれど、それだけで他の学校のヤツらと戦うのは無理だ。私立なんかすごい練習時間らしいし、英才教育を受けてるヤツもいるしな。ある程度の努力は必要だよ、足引っ張ったり八つ当たりしている時間があったら、少しでも考えたほうがいいぜ。このままだと一番手も危ないよ。お前達の場合は、すぐ変動しそうだな」と言ったため驚いた。
「ありえるよなあ。ちんたらやってるけれど、基礎はバカにしたらいけないってことは分かったから。先輩に怒られた。こっちは実践練習はやってたけれど、サーブとかおろそかでさあ。どれぐらい入るとかまでやってなくて、小平達がまめにつけていて、驚いたよ。そういうのもいるよな。ある程度のデータも集めようって言ってるよ。お前も少しは考えろよ。佐倉に当たってばかりいないでね」と言って、行ってしまった。そうか、そういう事があったから、先輩達は加茂さんを見て、性格がどうのと言ったんだ。
「なるほど、あの先輩そうだったんだ。意外」
「でもさあ、一之瀬さんと加茂さんは違うよね。先輩に取り入ってた時代もあって、今はどこか高飛車」と緑ちゃんが軽く言ったため、みんなが笑っていて、笑い事じゃないぞと思った。
「世渡り上手でも、それなりの結果は出せそうだよね。でもさあ、テニスってそういうのだけじゃさあ。実権を握ってる人に取り入って試合に出たとしても、そこから先に勝てるかどうかは練習しないとね」
「そうだね。山崎君だって、そう思ってるから相手にしないと思うなあ。自分の力で地道にやっていこうとする佐倉さんの方をほっておけないのはなんとなく分かるな」と美鈴ちゃんが言い出して、
「それはあるかも、バカな子ほどかわいい」と緑ちゃんが言ったため、
「テストの点数発表しようか?」とそばにいた子たちに言われて、慌てて口をつぐんでいて笑われていた。
「とにかく、よく考えて。それから、ペアのことだけれどね。これからは変更もありでやっていこうと思うの。それから、選手以外でも試合に出たいと言い出した人もいるから、一度総当たり戦をやるつもりだから、練習しておいてね」と小平さんに言われて、
「一年生も可能性はありますか?」しっかりしている一年生の矢上さんが言い出して、
「あるわ」と小平さんが答えたため、ざわめいていた。うーん、なんだか変わってきたなあと見ていた。

 校門のところでみんながくすくす笑った。だって、
「お疲れ」と山崎君が立っていたからだ。
「お先に」と言われてしまい、みんなは先に行ってしまった。
「わざとらしいなあ」と言ったら、
「もう、親もクラスも公認だからいいだろう?」と言われてしまい、
「ははは……」と力なく笑った。
「あれから、どうしたかな?」
「『どこかでお茶でも』とか言ってそうだな。そういうのは多いから」
「呆れるなあ。忙しいからと言って、あまり電話も掛けてこないしね」
「でも、心配はしているんだよ」
「そうかもしれないけれど。そう言えば変な事を言わなかったでしょうね?」
「色々と報告しているよ。転んだ、痣作った泣いたって」と言ったので睨んでしまった。
「嘘だよ。色々言ってるよ。そうしたら、一度連れて来いってうるさいのなんのって、爺さんの所へみんなで食事行ったら、その話が出てさあ。爺さんもうれしそうに色々教えちゃうからなあ。俺と勉強していたとか庭で遊んでいたとかね。そうそう、バラを植えようって言ってるから、お前付き合えよ」
「記念植樹ね」
「そう、2人の勝利記念ね。早くお付き合い記念で植えたいもんだ」
「あのねー」
「そろそろ返事してくれよ」
「そのうちね」
「なんだよ、延び延びになるんじゃないだろうな? 大体、卒業試験も教えてくれないしね」
「そのとき説明するよ」
「ふーん、待ってるほうの気持ちになれよな」言い出せない気持ちも分かってほしい。このままじゃ差がありすぎる。成績も何もかもが全然レベルが違うというのに、顔だってなんだって、全然つりあっていない。
「なんだか、自信がなくて困るなあ」
「まさか、それが理由じゃないだろうな? そういうことは気にしなくてもいい。それは本人達が決めることだ。あいつらが好き勝手言うのは面白いからだし」
「気に入らないからじゃないの?」
「一之瀬とか加賀沼はどんな相手でも認められないから同じことだ。自分以外は認められない。狭い考えなんだよ。そういう人はほっとけ、それ以外は冷やかし以外の何者でもないから気にするな」
「そう言われるとそうかもしれないけれどね」
「恋愛の事に関してはみんな興味が出てくる年頃だから、うるさいんだよ。みんな付き合ってみたいな……という好奇心はある。でも不安もあるし、実際は付き合えるまでになるのにはハードルは高い。クリアしないといけないことはたくさんある。告白して、相手もその気になり、それから付き合って、しかし中々上手く行かない。相手の考えてる事が分からないからな。異性の友達がいっぱいいるヤツなら、それなりに大丈夫かもしれないが、普通は初心者マークもつけていないようなヤツらばかり、なに話していいのかわからないし、お互いに意思の疎通が難しい。しかも、相手が好きだから、ついよけいな事まで考えて、あれ言ったら嫌われないかとかあれこれ心配する。桃の受け売りだけれど、その点、俺達は大丈夫そうだな」
「そうだっけ?」
「そうだろう? これだけ話していて、結構合ってると思わないか?」そう言えば、あまり会話に困っていないかも。
「お前って意外とおしゃべりだからな。話題に事欠かないしね」
「そう?」
「だと思うぞ。だから、あの先輩もお前と一緒にいたんだろうしね。からかいやすいってのもあるんだろうけれど」それは当たっている。
「だから、ちゃんと考えておけよ。それとも別に気になるヤツでも出てきたとか?」
「誰?」
「俺が聞いている」
「いないけれどなあ。誰かいる? クラスで? 部活?」
「お前に聞いた俺が悪かったよ。お前鈍いよなあ、時々困るよ」
「そう言われても」
「どうせ確かめたんだろう? ラブレターの相手、あいつだったんだろう?」
「ははは……、そうでした」
「それで?」
「そう言われてもねえ」
「困ったもんだ」とため息をついていた。

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