漬け込まれる理由

 演劇部がうるさかった。
「それ取って」「台詞がー」とやり合っている下で、
「意外と時間が掛かるね」と桃子ちゃんがうれしそうだった。須貝君が色々描いていて、光本君が指示、私と弘通君と桃子ちゃんがべたべたと塗っていた。
「ド下手」と何度目かの光本君の言葉が胸に刺さった。
「そこまではっきり言わないで」
「いいじゃない。こういうのって使い捨て、遠くからそれらしく見えればそれで」と桃子ちゃんがうれしそうに言った。
「おーい。手伝いに来てやったぞ」と戸狩君たちがやってきた。
「お、山ちゃんまで、幼馴染と交代してくれ、こいつ不器用だ」
「了解」と制服の上着を脱いでエプロンをつけていた。毎年、このために割烹着が置いてある。家庭科の実習で作ったものを寄付したらしい。
「おーい、こっちの台詞入っていない。佐倉手伝え」とまた、元部長さんに命令された。
「勘弁してくださいよ」と渋々立ち上がった。
「なんだ?」と戸狩君が聞いていて、
「佐倉は代役なんだよ」と光本君が笑っていた。
「しかし、毎年代わり映えしない光景だよなあ」とそばの先輩達が笑っていた。
 演劇部もそうなように、吹奏楽も大変そうで通し稽古が遠くから聞こえてきた。
「早く交代してほしい」と体育館で言い出した。時間が決まっていないのか、イライラしながら待っていた。今日は前日なのでリハーサルをやっていて、部活は体育館が使えない。そのためほとんどの部活はお休みで、私たちの部活もさっさと終わったため、こっちに手伝いに来ていた。
「ああ、私の時間を返してください。私は戻りたいのです。過去ではなく現実の世界に」
「過去は変えられないと言う事がわかりましたか? 人生に『たら、れば』はないのです」
「やっぱり、変だよ、その台詞」と演出担当の人が言いだした、
「『やり直しはきかないのです』でいいと思うわ。変更」と言っていて、
「脚本に文句言うなよ」とそばの男子が怒っていた。どうも脚本は3人で書いたらしくて、その中の一人の男子が怒ってばかりいた。
「勝手に台詞変えてさあ。もう二度と書かないからな」と言っていた。
「田中の脚本は面白いと思うぞ、そう腐るな」と元部長さんが慰めていた。
「恋愛の話のほうがいいって」と手伝っていた桃子ちゃんが笑っていた。
「なにやるんだ?」と光本君が笑っていて、
「アニメに出てくるような神秘的な美女を出してくれ」と須貝君が言ったため、
「誰がやれるんだよ」と戸狩君がつっこんでいた。そうだよね。
「険しい道のりも、その後の平坦と思えた道も山あり谷あり、けれど、私には必要な過程で」と演劇部の子が台詞を言って、
「そう思えるようになったのは、ここに来れたからです。あなたに会えて、本当にうれしい」
「良かった」と私が訂正したら、
「また言われてる」と光本君が笑っていて、
「何度目だよ。佐倉のほうが台詞入ってて、お前、手を抜いていないか」
「違いますって、変更しすぎて間違える」と言った子が笑っていた。
「お前さあ、赤点取るなよ。今度取ったら役下ろす」と言われていて、
「えー、これで引退じゃないの?」と言い合っていた。演劇部は発表がこれしかない。後は老人ホームとかぐらいしかないらしい。
「もう一つやりましょうよ。新入生歓迎会とかしましょうよ。面白くないし」
「小品を3つぐらいやりたい」とみんなが言い出して、
「うるさい。集中しろ」と怒られていた。
「恋愛ものがいいなあ。面白くない」とまた桃子ちゃんが言った。
「あそこで見なくてもこのあたりにいっぱい散らばってるよ」と光本君が言ったため、みんなが笑った。
「言えてるなあ」と戸狩君が意味深に山崎君や弘通君を見ていて、
「そこだけじゃ甘いな。こっちも三角」と須貝くんを見て言ったため、須貝君が驚いていた。
「三角ねえ」と山崎君がこっちを見たのでそっぽを向いた。
「そっちは四角か? あの変態会長は終わったと聞いたぞ」と光本君に言われて、「始まってもいない」と思ったけれど言うのはやめた。

 練習が交代になっていて、吹奏楽が戻って行った。
「まだやるの」と朋美ちゃんが言って、
「がんばってね」と声をかけた。
「しかし、吹奏楽の後に演劇かよ。逆の方が良さそうだぞ。演劇部はこのままだと失敗しそうだ」と光本君が言ったために、夕実ちゃんが睨んでいた。
「だって、台詞はとちるわ、動きはぎこちないわ、見ててコメディだから笑える」
「シリアスだ」と夕実ちゃんが怒っていて、でも、みんなが笑っていた。
「シリアスだったのか。気づかなかった」と戸狩君まで悪乗りしていて、笑ってしまった。
「しかし、こういうのって面白いのか?」と入り口の外から声が聞こえた。睨んでいる人を見て驚いた。怖そうだった。
「ばかばかしいねえ。こんな事を一生懸命やっちゃって。なんになるんだかねえ」とバカにするように言って、みんなが困った顔をしながら見て見ぬ振りをしていた。
「お前ら、ばかじゃん」とそばにいた数人を見て驚いた。的内君とそして他校の制服を着た人。口紅を塗っていて、その中の一人が、こっちを睨んでいた。
「まったく、こんな事をしていて何がいいのかしらねえ。ばかばかしい。玉遊びするよりも、もっとあほよねえ」とこっちを見ながら言った人が、加茂さんだった。
「行くぞ、お前ら。こんなところにいても時間の無駄無駄」と言って立ち去っていた。しばらくしてから、ひそひそやりだした。
「あの人たちって困るわ。何とかしてくれないかなあ」と言っていて、
「でも、今のところ被害者は出ていないらしいわよ。他校の人と喧嘩するぐらいだって」と言っているのが聞こえて、この間、木下君が言っていた意味がやっとわかった。あの人は、どうして、あそこまでと思ったけれど、何も言えなかった。

 みんなで一緒で帰る事にして、弘通君たちと別れた。
「あいつも心配そうだね」と戸狩君が言ったので、
「どうかした?」と聞いたら、
「鈍いね。この分だとはっきり言わないと分からないかもね」と山崎君を見て言っていて、
「言っても分からないから困るよ」と答えていて、
「言ったのか?」と驚いていた。私はぼんやりしてしまった。どうして、加茂さんはあんな格好をしていたんだろう? 最近、ああやって制服が人と違ったり、化粧をしたりする人がいるとは聞いていた。数人が授業にも出てこなくなりと言う話をしているのも聞いていて、うちのクラスではまだいなかったので、私は全然知らなかった。どうして、あんなふうになっちゃったんだろう? テニスで勝てなかった事と関係あるんだろうか? 
「聞いていないよ。やっぱり」と言ってこっちを見たので、
「あれ?」と言ったら、
「ほらな」と山崎君が笑っていた。
「あれ? どうかしたの?」と言ったら、桃子ちゃんが笑っていた。
「だから、『山崎君にどう言われたの?』って聞いたんだよ」と教えてくれて、
「何か言ったっけ?」と言ったら、
「通じていないみたいだぞ。お前、言い方が悪かったんじゃないのか?」
「どう言うの?」と桃子ちゃんが聞いていて、
「『好きです』とか『かわいいね』『付き合って』とかか? 薄っぺらいな。もっと、情感込めて、『ずっと前から君の事を』とか言いそうだな」とやりあってて、
「そんな台詞あったっけ?」と聞いたら、
「お前、本当に聞いていなかったな」と戸狩君が笑っていた。
 2人が気を利かせたのか先を歩いて行ってしまった。戸狩君も、桃子ちゃんも同じ小学校出身だから、同じ方角だった。
「なんだか、ずっと笑っていてなんだったの?」と聞いたら、
「お前にどう告白したのか聞かれた」と淡々と言ったのでびっくりした。
「なにそれ?」
「聞いていなかったな。あいつらにはばれてるんだよ。桃にも教えやがって、口が軽い」
「え?」
「『お前の事が好きなんだろう?』と前に聞かれてね、それでばれてるんだよ」
「困るね」
「しょうがないさ。『バレバレだよな』とあいつは言った。他の人も分かってるかもな」
「そんなこと」
「俺があれだけかばっていたし、お前とあちこち目撃されている。新たに幼稚園の時の知り合いというのまで加わったため、いよいよ怪しいという風に言われだした。反対のヤツもいたけれど」
「なにが?」
「幼馴染だったからかばっていたり、世話やいていたと勘違いしているんだよ」
「違うの?」
「お前なあ」と彼が呆れていた。
「それだけであれだけ家に行ったりするかよ。幼馴染って、観野もそうだし、前の小学校のヤツでも名前すら覚えていないのもいるぞ。それだけじゃあ無理だ。お前、同じ小学校の友達にそこまで世話を焼くか?」
「焼かない。というより焼ける余裕がない」
「そうだったな」
「太郎も、次郎も、世話やいてくれたよ。色々ね。岳斗《やまと》君はかなりお世話になったなあ、宿題やら色々。後は中川の家の兄弟が一番世話になってる」
「なんで、男ばかりなんだよ」
「男が多いご近所だったの。そういう土地柄だって。男しか生まれないって嘆いてたよ。だから嫁の来てがなくてと言われていた。この年で勝手に決められそうになってた」
「変なところだなあ」
「中川の兄弟は高校生だったもの。一番下でも中学生だった。後の家はかなり離れていたからね。自転車ならすぐだけれど」
「そうですか」
「少しだけ離れたところに住んでいた道子とかりっちゃんとかはなぜか売れていなかった」
「なんでだよ?」
「知らない。対象外だって太郎が言ってた。太郎が懐かれていて、私は眼の敵にしてた。そういう恋愛沙汰ならあったけれどねえ」
「それは恋愛とは言わない」と呆れていた。
「それで、岳斗《やまと》って?」
「ああ、同じ年が次郎と岳斗《やまと》君しかいないの。太郎は一つ上、三郎は一つ下」
「年子で3年続きか?」
「あそこは5人兄弟だもの。お姉ちゃんがいるし」
「あっそう」
「でもねえ、そういうところで育ったあとにこっち来たから、ギャップがあって」
「だろうな」
「いじめっ子もいたけれど、泣いたら助けるようなところもあった。こっちって泣いたら、余計いじめるね。止める人もいなくてびっくり。親にしても『あそこの子とは遊んじゃダメよ』と言ってるの聞いてびっくり。聞いたらテストの点数で0点取る子だったからなんだって。信じられなくて、太郎は絶対遊んでもらえないなあ」
「それはあったぞ。団地だと色々な人がいるからすごい人もいた。そうやって親が友達選びすぎて却って仲間はずれもよくある話だ。但し、お前の言うとおり、そういうのも多いよな。黙って見ていて、いじめられても止めないヤツがここは多いと思う。前はそうでもなかったからな。だから、俺も引っ越した当初は驚いたよ。団地と古くからある家が多かったからね。こっちは色々あるから複雑なのかも」
「色々?」
「一戸建て組と社宅、マンション、アパート、兼業、専業農家、金持ちとあの会長みたいに有名人の親がいたりとばらばらだ」そう言えばそうだった。
「だから、こういうことになるのかもな。そういう土地柄と言うか。昔からの人間もいて、新興住宅地の人間もいて、やっかみもあるらしいな。生活に差があるってことかも」
「え、あるの?」
「のんびりしているよ。加茂って子の家はアパートなんだってね。しかも、ぼろいと言われていて、それで本人が気にしてたらしい。よくは知らないがそういうことも小耳に挟んだよ。加賀沼は言わずと知れた、例の件があるし」と言ったため、びっくりした。
「なんでそんな事が関係あるの? それに加賀沼さんの例の件って何?」
「お前はつくづく世事に疎いなあ。しょうがない、いい機会だから教えてやるよ。加茂がお前をやっかんだのはそれもあるんだよ。一之瀬が告げ口していたんだ。嘘をね」
「嘘?」
「そうだ。お前の事を嫌ってたのか、そういうことを裏でするヤツだよな。それでそのことを真に受けた加茂がお前とやりあったと言うわけ。人騒がせな性格だ、捻じ曲がってる。それは本人に直接言ってやったけれどな。やり方として卑怯だってね」
「知らなかった」
「お前が言ってもいない言葉、『加茂の家がアパートだから馬鹿にしてたよ』と告げ口した、先輩も同様だ。もっとも先輩のほうは全てばれたため、その誤解は解けたはずだけれどな」
「そんなことを」
「性格が悪いにもほどがあるけれど、そのことを戸狩に相談したら、教えてくれたよ。どうしてかをね」
「何の問題があったの?」
「成績だよ」
「へ?」
「お前は一見できないように見えるのに、お前の方が点数が良かったということを言われたらしいぞ」
「誰が言ったのかな? それより、彼女ってできるんでしょう?」
「これだから、疎いと言うんだ。あいつはあまりできないと言われてるぞ」そうなんだろうか。
「ついでに言うと加茂は高校進学が危ないぞ。何しろ下から数えたほうが早かったらしい。今は一番下」
「そうなんだ」
「ま、そういうことも知らないで、のほほんとしているお前もお前だけれどなあ。しょうがないよな、お前、のんびりしているし勉強していないように見えるのに、平均点は取ってるからね」
「確かに勉強はしていないね」
「ま、その辺は置いておくとして、あいつはそれが気に入らなかった。自分より下だと思い込み安心していたお前が自分より上だと聞いて、気に入らなくて色々とね。2年になってからの話だ。その上、選手候補で選ばれてしまったため、加茂は気に入らない、一之瀬は俺の絡みもあって面白くない。そういう流れになって、ああなったと」
「そんなこと」
「俺も聞いていて腹が立ったけれどな。ま、その話のほうは置いておくとして、加賀沼の方も説明すると、あいつの家は割と裕福だった」
「へえ」
「言うと思った。本人はそれが自慢だった。ところがあいつの父親が連帯保証人になった相手に逃げられて金の都合が付かなくなり、色々大変になった。そのときに、誰かに頼りたかったんだろうけれど、よりによって俺に告白してきてね。お前が聞いていた事がばれてしまったんだよ。後から、あそこから出てきたのを目撃したらしくてね。その後から眼の敵にして、太刀脇関係で面白くなかった的内とつるんでクラスでシカトするように噂を流した。しかし、先生に話を聞いてもらってそういうことをする事をやめて、今は大学生や高校生と付き合っているというわけ」
「なんだか、びっくりするね」
「でも、まだ気に入らないらしいぞ。お前の母親が外車なんかで来るからね」
「だって」
「車だって、あのお母さんが外車で乗り付けたら、あいつはプライドとして面白くないだろうなあ」
「そんなことを言われても」
「そういうことでやっかまれるんだよ。自分とは関係ないことでね。でも、お前には責任はないしね。但し、漬け込まれるのはお前の責任だと思う」
「責任?」
「自信がなさそうに見える人、人から外れている人、動作が機敏でない人、容姿の問題や家庭に問題があったり、そういうのを狙うらしいぞ。爺さんが言っていた。そして、助ける人がいないとき、止める人がいないときに、徹底的にやりだす。だから、小さい問題のうちに解決しないと後々厄介だってね」
「そうなんだ」
「テニス部ではそうだったろう? クラスのほうは、人数も多いし、元々戸狩や俺、弘通など止めるヤツもいるからな。本来なら仙道が止めるべきだが、あいつは勉強はできる優等生だか、押しが弱い。止めることの出来る観野は生徒会がふがいないらしく改革に忙しいらしいから、こっちには口出ししている時間もないしね、それで起きたんだよな。テニス部のほうは一之瀬は取り入るのが上手だった。加茂というよく調べもしないですぐ信じる女子もいたから、ああいう事態になったんだよ。ところが今度は一之瀬の方が居場所がなくなってきた。先輩はいなくなり、小平のカラーに染まり、お前の意見、後輩、みんなの意見が通るようになり、自分の居場所が確保できなくて、強い個性のロザリーと一緒にいて男子とバカ騒ぎ。でも、本来は部活だからね、焦ってると思うぞ。ロザリーが強くなったら困るかもしれないが、まだまだ問題は山積みだな」室根さんはどっちつかずだしなあ、男子も補欠とはつるんでも、木下君とはあまりあっていないのかもしれないしねえ。
「ま、面倒は見てやるから安心しろ。お前は自分の事に専念しろ。勉強もそのうち一緒にやってやらないとなあ」
「困るのだけれど」
「なんでだよ。大体、どうして返事してくれないんだ? 嫌という訳でもなさそうだし、理由を言え」
「それは……」
「そこでまた困る。あいつは関係ないだろうな?」
「あいつって?」
「つくづく鈍い」と山崎君が怒っていた。

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