問題児

「そうだよ」と桃子ちゃんが簡単に言った為、呆気に取られた。文化発表会を見る前に廊下で話をしていた。移動は放送が流れるらしい。その間に雑談タイムとなっていて、碧子さんと知美ちゃん、夕実ちゃんは準備で先に行ってしまっていて、今は桃子ちゃんと一緒だったため、昨日、山崎君に聞いた事を確かめたのだ。
「そうだったんだ」とうな垂れてしまった。
「知らなかったの? みんな知ってたよ。テニス部のほうは半分ぐらいは知ってたかなあ。そっちは弘通君の方から聞いたの。須貝君も心配してたし」
「知らなかった。教えてくれていない」
「当たり前だよ。彼は優しいから知っていてもわざと教えなかったんだよ。そういう顔になることは分かってるからね。だから、心配して色々と気を配っていたよ。デマが流れたときも女の子に説得していた。『そういうことは確認するまで信じないほうがいい』とか色々ね。ああいう気配りは上手だ」裏でそんなことをしててくれたんだ。悪いことをしたなあ……とうな垂れた。
「詩織ちゃんは悪くないんだし、もっと堂々としてたほうがいいって、それより、あの後どうなった?」
「へ?」
「へ、じゃないよ。ちゃんと言ったの?」
「何を?」
「なんだ、やっぱり告白してもいないんだね。だめだなあ」そんなことを言われても、
「せっかく上手くいきそうなのに。困ったもんだ。何が問題なの?」
「そう言われても」
「どうせ、山ちゃんは言ったんでしょう? なんて言ったのか教えてくれそうもないなあ」
「それは……」
「それで言わないとは情けないよ」言える訳がない。今の私のどこが彼と釣り合うというんだろう。
「どこが問題? ひょっとして弘通君の方が良くなった?」と言われて首を振った。
「だったら」
「無理だよ。どう考えてもつりあっていないもの」と窓にもたれてしまった。
「それが理由なんだ。なるほどねえ」言える訳がない。こんな私のどこが気に入ったのかも、いまいち分かっていないしなあ。
「あの先輩はもういいんでしょう?」
「最初から付き合っていないし」
「そうなの? だったらさあ」
「課題を出された」
「課題?」
「それをクリアーしたら別れてやるよってね」
「それは難しいの?」
「それが出来ないから困ってる。あの先輩は私のために言ってくれたのは分かってるけれど、中々言えない」
「ふーん、よく分からないけれど、がんばって」と言われて、中に入っていった。言える訳がないよ。テニスにしてもがんばってはいるけれど、それだけじゃあね。あの成績表を見たあとじゃ、よけいそう思った。彼は上の方、それに比べてごく普通の私が彼の隣にいれば、また、ああいう問題が起きるのは分かりきっている。迷惑は掛けたくないしなあ。つくづく自分に自信がもてなくて困っていた。

 演奏会のために移動して、みんなが座っていた。私は疲れて寝ていて、隣の男子が時々つついてきて、
「眠いから、寝させて」と言ったら、笑っていた。そのうち演奏会が始まって、それを聞いていた。がんばって練習したらしく上手だった。碧子ちゃんも朋美ちゃんも一生懸命やっていた。でも、演奏時間が長くてちょっと眠くなった。曲は有名なものだったけれど、でも、スイングだったので、アニメとかクラシックとかおなじみのものにしてほしいなと聞いていた。眠い……と寝てしまって、揺り起こされてびっくりした。
「来て」と夕実ちゃんが衣装を着たまますごい顔をして言ったのでびっくりした。
「え?」と何を言ってるのか分からずきょとんとしてしまった。
「一緒に来て」と言われて、
「なんだよ?」と隣の男子が笑っていて、
「いいから、来て」と言われて、訳も分からず、付いて行った。行って後悔してしまった。
「そんなの無理だよー」と大声出したら、
「シー」とみんなに指を口の前に出して言われてしまった。中ではまだ演奏していた。外の廊下で控え室代わりにみんなが台詞を言っていたり、色々だった。
「だから、あの子がお腹を壊して戻ってこないから、それまでの代役で」
「他の代役いるでしょう?」と聞いたら、首を振った。
「一人しか立てていなかったの。しかも、その子も今日は休んじゃったから無理なんだって。やれる子が他にいない」
「私にも無理だってば」
「だから、立ってるだけでいいよ。練習のときと同様でいい。台詞は裏で言うから立っていて。他の子は全部手一杯で無理なんだよ。一年生にやらせてもいいけれど、ぶっつけ本番だもの、それよりはずっと代役していた、詩織ちゃんの方がこっちもやりやすいの」そう言われてもねえ。とため息をついた、

 後悔するぐらい気持ちが悪くなるほどだった。
「なんでこっちを見てるんだろう?」
「舞台だから当たり前だよ」と真ん中に立っている人たちが言った。私はほとんど動かなくてもいい役で隅の方に立っていて、時々台詞を言う程度でいい、相手が何か言ってきてから答える役だ。だから台詞も口パクでいいと言われている。何しろ、台詞の多い劇だ。内容としては現実に絶望した主人公がタイムマシンを作った博士に内緒で乗り込んで、昔に戻って、やり直そうとして、でも過去の一生懸命生きていた自分に出会って考え直す物語だ。恋人に振られたり、母親が亡くなった時に戻ったり、そういうことを繰り返して経験することで癒され前向きになって現実に戻るという話だ。その話の中の私は道先案内人の役なのだ。現実離れしているから、別にマイクで台詞を言ってもいいと思うけれど、でも、変更するとなると違和感があるだろうなと思いながら立っていた。
 「ビー」と鳴ったあと、幕が開いていき、拍手とともに、「あれ?」という声も聞こえた。こっちが言いたいよ。あちこちから、名前が呼ばれていた。でもそのうちシーンとなっていた。ナレーションが続き、主人公に「タイムマシーンに本当に乗ってもいいのですか?」とマイクで言っていて、口パクで合わせていた。途中でくすくす笑っている声が聞こえた。私だけマイクだからかなあと思っていたら、どうも、前の方で寝ている先生のいびきがうるさいらしく、そっちをみんなが見ていた。
 そのうち、場面がドンドン変わっていった。私は時々立ち位置に立って、口パクするだけだった。
「戻ってこないね。どうしようか?」と後ろで言っていた。困ったなあ。そのうち、
「ああ、現実とはなんと辛いものなのだろうか?」と言ったあとの、私の台詞のときに、口パクしたら、マイクが何も言わなくて、みんなが気づいて笑っていた。あれ? と思い、みんなを見たら、マイク室を見ていた。後ろでマイクの音がでないと言う声が聞こえて困ってしまった。夕実ちゃんが困っていて、もうしょうがないなあと思って、私が台詞を言った。みんなが唖然としていて、そのうち正気に戻ってとにかく、進行させようという空気に変わっていた。マイクは全然直らず、役の子も戻ってこずに困った事になってしまった。「マイクなしでいこう」と言い出して、そのほうがいいなと思って、やっていたけれど、台本が手直し前のものになっていたため、途中で「違うよ」ということでまたもめだした。やっぱりこうなるよねと思いながら、夕実ちゃんが困っていて、私が台詞を言うことにした。
「このままここにとどまるか、それともあなたの本当の世界に戻るか、どちらを選ぶかはあなたしだい。今のあなたなら選べると思いますよ。どうしますか?」と聞いて、夕実ちゃんが悩んでいる演技をしていた。
「人は時に迷います。どんな場面になったとしても迷いはあります。それが人間というものです。どの選択肢を選んでも後悔も期待もありますが、でも、一番いいのはあなたが一番そうしたいと言う気持ちです。それが一番大事なのです。人に何を言われようと、周りがいくら言ってこようと、あなたがしたいこと、それが一番大事なのです。どうしますか?」と言ったら、夕実ちゃんがほっとした顔をしてから、タイムマシーンに乗り込んでいて、音楽がなって拍手されていた。一度幕が下りて、みんながほっとしたようにため息をついた。
「緊張した」と言ったら、後ろで聞こえたらしく、マイク室のほうが笑っていた。
「笑い事じゃないよ」と言ったら、みんなが拍手していて、
「何とか乗り切った」と夕実ちゃんが笑って、もう一度幕が開いて、みんなに挨拶していた。わたしは部外者なので一番奥の隅に半分見えない位置に立っていて、私の役をやるはずだった子が、
「遅れてごめん」と言って下から上ってきて真ん中に立っていて、みんなが爆笑していて、私は舞台から下がった。

「二度とごめんだ」
「でも、助かったぞ」
「台詞って言えるものだねえ」とみんなが笑っていて、
「あれだけ聞けば普通覚えるよ」
「それにしても助かったぞ。お前らなあ」とそばに元部長さんがいて役に間に合わなかった子と、マイク役の子が叩かれていた。
「ごめんなさい」と謝っていた。
「しかし、代役用に衣装つくろうよ。黒いカーテンかぶってやるのはちょっと」と言ったら、みんなが笑っていた。だって、衣装がなくて、急遽、用意したのが黒いからと言う理由で、カーテンだったんだもの。どこから持ってきたんだこれ? と笑ってしまった。緊張していて、そのときは気づかなかった。

 教室に戻ってからみんなが、
「良かったよ」とか「すごいね」と言ったけれど、
「疲れた。なんだか、とっても疲れた。小道具の絵を塗ってただけなのに」と言ったら、笑っていた。
「よく、台詞言えたよなあ」と戸狩君が笑っていて、
「だって、こいつ練習中もそうだったぞ。部員の間違いも指摘してて、すぐ覚えててさあ」と光本君が笑っていた。
「小道具を使う側になるとは思ってもなかったよ」と言って机に伏せた。みんなが笑っていた。
「舞台度胸があるほうだよな」とそばにいた男子が笑っていて、
「みんながこっち見てて気持ち悪かった」と答えたら、
「当たり前だろう」と蔵前君が突っ込んでいた。
「しかしさあ、演劇部も代役をあちこち作っておけばいいんだよ」
「ギリギリの人数だよ。だから、小道具も頼んでいるんだし」と夕実ちゃんが言って、
「新入部員が少ないから無理」とあかりちゃんがぼやいていた。
「それはあるな。男子を勧誘しろ。カッコいいヤツにしておけ」と蔵前君に言われて、
「えー、だったら蔵前君だけは頼まない」とあかりちゃんが言った為、みんなが笑っていた。

 部活に行く前に疲れてしまい、
「今日は休む」とぼやいた。
「土曜日だもの。無理」と言われて、
「えーん。休みたいよ」とぼやいた。
「詩織ちゃんはがんばったって、とにかく、がんばりなよ。こっちはもう引退だ。寂しいかも」と夕実ちゃんが言っていて、
「あれ、あの話は? 入学式の後に『ようこそ海星中学へ』の劇をやるって」
「さあ、消えたんじゃないの?」とあかりちゃんと言い合っていた。
「大変」と誰かが教室に入ってきて、
「バイク、また乗り回しているよ」と言ったため、みんなが廊下に出た。一番下の方まで降りて、校庭まで見に行っていた。
「なにあれ?」とみんながびっくりしていた。校庭でバイクを乗り回していて、二人乗りで走り回っていた。先生達も簡易スピーカーで、
「やめなさい」と連呼していたけれど、聞いていなかった。怖いなあと見てしまった。加茂さんが奥の方にいて、他の学校の女の子達や男子と笑っているのが見えた。すごいかもと思ってびっくりした。
「みんなも戻りなさい」と先生に言われて渋々戻っていた。
「なんだかすごいね」
「ねえ、やけになってるみたい」
「聞いた? 私立も公立もどこもいけないからって」
「それよりさあ、帰るとき怖いね」と言っていて、そう言えばそうだなと思った。

 部活の時も、さっきの人たちの話題で凄かった。文化発表会のときも、面白くなくて騒いだりしたため追い出されていたらしく、その腹いせにやったのではないかと言われていた。
「なんだか、あそこまで」と言っているのが聞こえた。一之瀬さんは何事もなかったかのように、ロザリーたちと楽しそうだった。私は山崎君に話しかけられて、色々注意を受けたあと、ロザリーが寄って来た。
「山ちゃん、どうして応えてくれませんか?」と言われて、
「お前、うるさい」と嫌そうに彼が言った。
「先輩と付き合っちゃえよ」と別の男子が冷やかすように言って、
「それでいいのですか? 私と付き合えなくなりますよ」と言ったため、すごい自信だとびっくりした。
「いいよ、付き合えよ。そのほうがいいって。俺は別件があるので、それどころじゃないしね」と笑っていた。そう言えば、あの先輩、また何か言っていないだろうなと考えてしまった。
「佐倉と付き合いますか?」とロザリーが言っているのを聞いていなくて、
「ああ、そうなるかも」と彼が言ってるのも聞いてなくて、みんなが、「えー!」とか「やっぱり」とか言っていて、こっちを見ているのに気づき、
「あれ、どうかした?」と聞いたら崩れていた。
「お前って、どうしてそのタイミングで聞いていないんだよ」「狙っていないか?」とバスケ部とテニス部の男子に言われてしまい、
「何か言ってたの?」と聞いたら、ロザリーが、
「佐倉はどう思ってますか? 山ちゃんのことを好きですか?」と聞かれてしまい、びっくりした。
「言わないわよ。いい子ちゃんだからねえ。私じゃ相手もしてもらえないとか言っておきながら、裏でしっかり幼馴染として付き合っていて、内心バカに」と一之瀬さんがまた言いだしたら、
「お前はそうやって考えている限り、勝ていないだろうな」と山崎君が言い出して、みんながびっくりしていた。
「どういう意味よ。ちょっとかっこよくてバスケができて人気があるからって、天狗になっていて」と一之瀬さんが怒り出したら、
「山ちゃんはそれはないぞ」とバスケ部が怒り出した。
「それはあるなあ。天狗はないな。確かにかっこつけではある」と言った為、彼が言った人をにらんでいた。
「でも、お前の方が間違っていないか? 佐倉が答えないのは、ここでは言いにくいからだろうなあ。恥ずかしがりやだしなあ」
「それはあるなあ。はっきり誰の前でも言えるのは日本人には無理だよ」とテニス部の男子がロザリーに教えていた。
「それはある。いくらなんでもここでは言えない」と後ろでテニス部の子が聞いていて言いだして、
「そういうことは後でやれ、ゆっくりと」といつのまにか戸狩君が出てきて言った。
「さっき、人前でスラスラ台詞言ってた人がよく言うわ」と一之瀬さんが言い出して、
「スラスラ言っていないよ。はっきり言って、やけだった。そうでもないと気持ち悪かった。みんな見てるんだもの。人の目って怖い」
「当たり前だ。舞台なんだから見るのが当然だ」とみんなが笑っていた。

 帰るときに、一之瀬さんが、さっきの事を聞いてきた。
「山崎君と付き合うの?」と聞かれてしまい、びっくりした。
「どうして?」
「そう言ってたじゃない」
「そうだったの?」とみんなに聞いたら、さっきと同じで笑って答えていなかった。
「どうして勝てないとか言われないといけないのよ」と怒ったので、
「そっちの答えなら答えられるなあ」と言ったら、みんなが驚いていた。
「どういうことよ?」
「この間、言ってたじゃない? 強情だと勝ていないってこと。認められるかどうかだと思う。人の弱さを、自分が怖がってるってことを。間違った方向性だったってことを」
「え?」と一之瀬さんが驚いていた。
「彼は気づいてほしかったんだと思うなあ」
「何をよ」と一之瀬さんが怒り出して、
「自分の意見だけが絶対正しいと思い込むのは間違いだってこと。意見は色々あるし、方向性だって、物事の進め方取り組み方だって人それぞれだもの。でも、あなたは人の意見を聞かないの。褒めてくれる人の意見は聞くけれど、注意はけなされてると感じている気がする」
「そんなこと」
「あるね、先輩の注意は適切だったと思うなあ。私達ってはっきり言って下手だったと思う。基本も全然できていない。練習量は多かったけれど、それを発展させて試合につなげていなかった。色々やりすぎてサーブもレシーブもサーブアンドボレーも全部中途半端だった。そういうのは一通りやってるから試合形式をいっぱいやれば勝てるって勘違いしてたみたいだけれど、でも、実際は基本のストロークが駄目ですぐ引っ掛ける。サーブも略式で一年のときやって、ちゃんとしたほうを2年生で移動してやると高さが違ってなんだか違和感がでてね。そういう部分でまたフォルトになりやすい。そういう部分が試合のときのミスの連続に繋がっていたと思う。基本の徹底をしたから、ラリーが続くようになって、男子よりいい結果が残せたと私は思ったよ。でも、サーブが一番入っていなかったのは、実は、一之瀬さんだったと思う」と千沙ちゃんが言い出して一之瀬さんが、
「嘘よ」と言ったため、小平さんがノートを出していて、
「そうね、サーブの率が悪いわ」と言った為、一之瀬さんが怒っているのかにらんでいた。
「もっと詳しく言うとね、サーブの入る率を精神面で考えると、率が変わってくるの」
「え?」とみんなが見ていた。
「焦りだしてからのダブルフォルト率が一番高いのがあなただった。相手にお見合いコースを打たれだして、焦りだしてからがそうだった。最初はすごくいいの。あなたはね、反対に菅原さんは最初はゆっくりめだしね。でも、ピンチになったときの崩れ具合が一番ひどかったのがあなただった。そういう部分で冷静になれないと勝ていないってことだと思う。さっきのことはそういうことだと思うよ。人に言われて客観的に見られないの。主観的だった。自分がそう思うから人もそう思ってるんだってね。彼が言いたかったのはそういうことだと思う」と言ったら、みんながびっくりしていた。
「なんだか、最近変わってきましたねえ」と後輩に言われて、
「そうかなあ? そう言えば、こういうことは考えてはいたけれど口に出していなかったかも。言いやすい、楢節先輩には言ってたけれど、後は言ったら変に思われないかとか、相手が傷つかないかとか、つい考えすぎてて、言えなくてね」
「そうだったんですか?」と後ろで後輩が驚いていて、
「当たり前だろう? あの楢節先輩が普通の女と付き合うかよ。会話が面白いぞとか言ってたけれど、その理由が今なんとなく分かる」と木下君達が着替えてでてきてそう言った。
「一之瀬は少しは冷静になれよ。最近変だぞ」と掛布君に指摘されて、みんながうなずいていた。
「そんな」と一之瀬さんが考え込んでいた。
「せっかく言ってくれたんだから考えた方がいいと思う」
「え?」と彼女が驚いていて、
「何度も言ってくれるってことは考え直してほしかったからだと思うよ。そこの部分をね。見放してたら言わないと思うから」と言ったら、
「言われるうちが花だよな」と木下君が言って、みんな帰ることにした。
 校門の外を出てから、困ってしまった。誰かいるなあと見ていたら、あのバイクを乗っていた例の特注の制服を着た団体がたむろしていて、下校する人たちをじろじろ見ていた。やばいなあと思っていたら、こっちを見ていて、何か言っていて、私たちは目をあわさないようにしていたのに、バイクから降りて向こうが寄ってきてしまったため困ってしまった。
「へえ、あんたが」
「俺の恵ちゃんがお世話になったよ」と言ったため、困ってしまった。後ろに加茂さんが睨んでいて、
「恵ちゃん、どうしてやろうか?」と聞いていて、彼女がせせら笑って、相手が私の手を持ってきた。
「来いよ」と言っていて、
「きゃあ」と言っていて、みんなも困った顔をしていた。バイクの方へ連れて行かれそうになり、必死になって逃れようとして、
「こいつは一度、言う事を聞かせないとなあ」と言い出して、
「おとなしくついて来ればいいんだよ。そうだな、しばらく人前に出られないような顔になっちゃうかも」
「その程度じゃだめよ」と加茂さんが笑っていて、
「やめて」と叫んでいた。バイクのそばまで行って、奥の方にいた男子も降りてきて、そのバイクに乗せようとしてきて、
「やめろ」と誰かが寄って来た。
「なんだ、てめえ」と相手が睨みつけていた。
「なにしているんだ」と言って、山崎君が私の前に来て、相手の持っていた手を離させていた。それから、逃げようと連れ出そうとして、
「邪魔するな」と言い出して、
「やめて」ともみあいになっていて、そのうち、相手が何か棒のようなもので、叩こうとしていて、
「危ない」と言って、彼が抱き寄せるようにしてくれて庇ってくれた。
「やめなさい」と言って遠くから、先生達が来てくれて、
「やべ、逃げるぞ」と言ってバイクに乗って、逃げようとしていて、何人かが、走って逃げていて、バラバラに逃げていた。
「大丈夫か?」と山崎君が聞いてくれて、
「血が」と言ったら、
「ああ、大丈夫だよ。鞄でとっさに避けたからな、顔をこすっただけ」と言って見たら、耳の下辺りが少しだけ切れていた。鞄に棒の痕がついていて、
「血が、どうしよう」と泣いてしまった。
「詩織」と山崎君が心配そうに見ていて、
「大丈夫なのか?」と守屋先生が寄ってきて聞いてきた。
「お前、血が出てるなあ」と言って、ポケットから絆創膏を出してくれて、
「ああ、すいません」と彼が言って、ティッシュで拭いていた。
「呆れるよなあ」とそばに誰か男子も寄ってきて、
「まったく、困ったヤツらだなあ。もっと前に誰か報告にいけよ」と言っているのを聞きながら、
「ごめんね」と泣いてしまった。
「なにがあったんだ?」と聞かれて、私は泣いていたので、
「あいつらが彼女を連れて行こうとしていて」と山崎君が答えていた。
「どうしてそんなことを?」と守屋先生が驚いていて、山崎君が全部の事情を説明していた。テニス部の子が後ろにいて、出て来れなくなった事情や逆恨みされているという事を説明して、
「前もあったよなあ」と、守屋先生が困った顔をしていた。
「そのときはどうしました?」と、山崎君が先生に聞いて、
「楢節は強かったからなあ。ああ見えて少林寺習ってるし、もう一人の卒業生も男だし、背も高かったしなあ、だから、そのうち諦めてたよ。毎日ガードするようにグループで帰らせていたが」と説明していて、
「もしかして、試合で負けて出て来なかった先輩のことですか?」と聞いたら、困った顔をしていた。当たりらしい。
「そうですか。仕方ないですね。彼女はしばらく僕が送り迎えしますから」と山崎君が言い出したのでびっくりした。
「そんなこと」
「しょうがないだろうな。あいつらの恨みに俺も関係があるしな」
「関係ないじゃない」
「林間学校のときも合わせればそうなるな。とにかく、そのほうがいい。両親にも報告しておけよ」と言われて、
「そのほうがいいだろう。家まで来られたら怖いだろうし」と守屋先生まで言い出して、困ってしまった。

 みんなは心配してくれたけれど、先に帰ってもらい、結局、彼に送ってもらう事にした。念のため病院に行ったほうがいいと先生に言われて、彼が家に帰ってから行くと言ったので、
「わたしも」と言ったら、
「危ないからいいよ。お前は、家にいたほうがいいからな」と言われてしまい、渋々うなずいた。
「こっちだ」と彼に言われて、
「え?」と言ってしまった。しばらくうつむいたまま、彼が何か言ってるのを黙って聞きながら歩いていて考え事をしていたので、突然そう言われて驚いてしまった。彼が、彼の家のほうを指差して、
「こっちに帰るぞ。今日はそのほうが良さそうだ。家で待ち伏せされてたら困る。俺の家で待ってろ。どうせ、お父さんが帰るのは遅いんだし、迎えに来てもらった方がいいからな。仕事先かそっちの電話番号は知らないのか?」と聞かれて、
「メモはあるけれど、家に置いてあるし」と言ったら、
「じゃあ、お母さんの方でいいな。俺の家で待ってろ。そのほうが絶対、いい」と言われて、渋々うなずいた。お母さんの方は彼も仕事先と暮らしている場所の連絡先を聞いていた。彼の家に行ったら、
「まあ、詩織ちゃん、どうしたの?」と家から、彼のお母さんが出てきてびっくりしていた。彼が説明してくれて、
「そう、大変だったわね。よく来てくれたわ、さあ、入って」と言われて、
「お邪魔します」と仕方なく上がった。

「拓海、遅いわねえ」と彼の家の居間でお母さんが言った。ピアノの生徒が帰ったあとで、休憩していた。
「夜も一人来るからね。ちょっとうるさいかもしれないけれど、一応防音設備は付いている部屋でやるから」とお母さんが笑っていた。小さい頃の話もしてくれて、
「それにしても、良かったわ、詩織ちゃんがいてくれて」と言ったので、何の事だろう? と思った。
「あの子ねえ。こっちの学校が気に入らなかったようでね。しょうがないわよね、裏で相当嫌がらせ受けてたらしいの。ちっとも言わなくて、それが、あなたと同じクラスになってからは、毎日主人に相談するようになって」
「え?」
「ああ、テニスのことでね。主人、部長をしていたから、そのことで相談してたわよ。練習方法とか部内の揉め事をどうしたらとかね。クラスのほうでも心配だったらしく、父に週末に会うといつも相談してたわ。クラスメイトから嘘を流されてとか、嫌がらせを受けてとか、必死になって聞いていて、びっくりしたの。あの子、そのときに自分のバスケ部でのことも相談するようになってね。父から聞いて、私は全然知らなかったから驚いたのよ。でも、詩織ちゃんのことは、よほど心配だったのねえ。色々聞いていてねえ。そのお陰で家族とも会話が増えて、良かったわ」
「あの?」
「それまで『飯は?』ぐらいしか言わないのよ。大きくなってから、生意気になってねえ。もっとも、前も部活をやるまでは団地の中で夜遅くまで遊んでいて、帰って寝るぐらいしかしてなくてねえ。こっちに来てから、しばらく仏頂面してたから、詩織ちゃんのお陰で変わって良かったわ」と言われたためびっくりした。
「ただいま」と彼の声が聞こえた。
「どうだった?」と玄関まで行って聞いたら、
「大丈夫だって。『骨とか異常はありません』と言われた。片手で鞄持ってとっさに避けながらだったから大丈夫だったようだよ。でも、鞄にはっきり痕が付いて、しばらくうるさそうだよな」
「どうせ、乱暴に扱ってるから同じよ。少しは反省しなさいよ」とお母さんが笑っていて、
「なんだか、うれしそうだよな。お客が来るのがそんなにいいのか?」と言いながら、スリッパを履いていた。
「中に入ろうぜ」と言われて、居間に戻った。
「あら、だって、やっと連れてきてくれてねえ。何度も連れてきなさいよって言ってるのに、向こうの家にばかり言ってね。うれしそうに話すのを聞いてたら、会いたくなるじゃない」
「うるさい」と彼がちょっと照れたような顔をしていて、笑ってしまった。
「なんだよ」と拗ねていて、
「いっぱい話したわよ。これからあなたのほうの話を聞くところなの」とお母さんが言い出して、
「変な事言うなよ。こいつ気にするんだから」
「あら、言っていないわよ。そうね、父に色々相談したり、主人ににテニスのことで相談したりぐらいで」
「言うな」と彼が怒っていて、
「そんなことしていてくれたの?」と聞いたら、ばつが悪そうに、
「そういうことは言うなよ」と彼がなんだか恥ずかしそうにしていて、お母さんが笑っていた。
 ご飯を食べたあと、彼の部屋に行って、勉強をしていた。
「綺麗な部屋だね」と宿題を終えてから言ったら、
「いつもはもっと汚れてるよ。どうせ、お前が下にいる間に恥ずかしいとか言って母さんがきれいにしたんだろうな」
「そんなことをしてくれるんだ。いいね」
「お前は自分でやるんだったな」
「こっちに来てからは全部になった。前は自分の部屋とお庭とか草取りとかやってはいたけれど。畑仕事はなくなったから楽だけれどね」
「完全な田舎だな」
「そうだね。蛍ってこっちはいないんだものね」
「だよな。ザリガニが取れるぐらいだと聞いた。フナとか鯉とか川にいるらしいけれどね。近くの池の方も釣りしている人もいるけれど、似たようなものらしいからな。的内が詳しいよ」
「へえ、そうなんだ」
「最近じゃ、やっていないみたいだな。今日もいなかったしね」
「え、そうだったっけ?」
「校庭でバイクを乗り回していたときはいたよ。でも、さっきはいなかった。やりにくいだろうな、クラスメイトだからね」
「あの人たち、他校の人もいたんでしょ? 制服が違っていたね」
「ああ、セーラー服が襟のところにラインが入ってたから隣の中学だろうな。とにかく、しばらくは警戒したほうがよさそうだ。送り迎えはするし」
「行きはミコちゃんと一緒だし」
「一人じゃ防ぎきれないな。今日でも見ただろう? 見て見ぬ振りしていて、玄関に大人が出てきてるのに、誰も助けに来なかった。係わり合いになりたくないから助けないんだ。そういう土地柄なのかもな。あちこち住宅が増えてきて、昔から住んでいる人は少ない地域だから、しょうがないのかもしれないが、ちょっと情けないよ。前のところだったら、少なくとも大人が何人か助けには来る。そういうところだったよ。顔見知りが多くて、一戸建てのほうは古くからの人が多いらしくてね。団地だって顔見知りは助けるからな」
「そう言えば、そうかも。太郎とか中川さんの兄弟も助けてくれたよ。肥溜めに落ちたとか、田んぼに落ちたとかいっぱいあって」
「どんくさいやつ」
「そっちは道子が落ちた。私は転ぶの専門」と言ったら、笑っていて、
「変わらないよな」と言われて、
「そんなに昔転んでいたの?」と聞いたら、
「ビービー泣いてたなあ。『拓海君、転んじゃった』と、いつも言ってた。『痛いよ』とか言うより、俺の名前ばかり言うから、俺がいじめたと最初は誤解されてねえ。爺ちゃんと祖母ちゃんが良くあやしてたなあ。甘いよな」
「ごめんね」
「今も泣き虫のままだよな」と言って、髪をなでてきて、それから私の頬に手を置いていて、
「入るわよ」とお母さんが言って、慌てて彼から離れた。
「お母さんから電話があって、これから来るそうだから」と言われて、
「すみません」と頭を下げた。
「いいわよねえ。お母さん、素敵な所にお勤めで、あの車も凄かったわあ。内装とか素敵で、会社の車なんですってね。うらやましい」
「母さんも調子いいよな。保護者会の後に、どうせ一緒に話をしたんだろう? 何時間話してたんだよ?」
「あら、向こうが仕事があるから1時間ぐらいだけよ。でも楽しかったわよ。昔の話もいっぱいしてねえ」と言っていて、あの人は何やってるんだろうなと呆れてしまった。

「ごめんなさいね」と母が何度も頭を下げて、2人で謝っていたら、
「詩織ちゃんともっとお話したかったわ。今度は拓海の学校での様子を聞かせてね」とお母さんに言われてしまい、
「よけいなことは聞くなよ」と彼が怒っていた。車に乗ってから、
「危ないようなら、こっちの家で一緒に暮らしてもいいわね」と母が言い出して、
「そんなこと」と考えていた。正直、心配ではあった。でも、どうしていいかわからなかった。
「ああいうのって、諦めてくれるのかな?」
「難しいわよ。根に持ってるんでしょ。しかも完全な逆恨み。問題がこちらにはないから長引きそうよね。別の人にターゲットが変わっていくぐらいで根本的に解決するとしたら、お父さんお母さんが対処しないとねえ。でも、実際は無理だと思うわ」
「どうして?」
「そういうのはね。親に問題がある場合が多いの。アメリカではもっと多いから、そういうのはよく話題になるわ。虐待や暴力はこっちのほうが多いと言われてるけれど、表面に出ていないだけかもしれないしね。だとすると専門家の分野よ。でも、こっちってカウンセラーも医者にも行かないと聞いてるわ。そうなると放置しておしまい。学校にその子たちが来なくても、一応義務教育だから在籍だけの形なんですってね。この間、その話をしていたらしいわよ。永井君のほうから聞いたの。あの子たちってそっちのクラスらしいからね」
「加茂さんはE組だったはず」
「さあ、違うと思うわ。そっちじゃないわね。C組のほうだったはず」誰かいたっけ? 
「どうしたらいいのかな?」
「私も仕事を持ってるからね。転校するか、向こうが諦めるのを待つしか方法はないわ」そうなんだろうか……。
「いっそのことそうしなさい」
「え?」
「一度言おうと思ってたの。だって、色々大変そうだからね、本当はもっと後にしたほうがとも思ったけれど、いい機会だから転校しなさい」
「だって、おばあちゃんが」
「あら違うわよ。アメリカのほう」
「アメリカ?」と驚いてしまった。何を言ってるんだろう? 
「そんなに驚く事でもないでしょう? アメリカなら一緒に住めるし、そのほうがいいわ。そうしなさい」と簡単に言われて、あいた口が塞がらなかった。

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