タイミング

 しばらく経って成績表を渡された。ガーンと言う感じでうな垂れて戻ったら、
「佐倉が落ち込んでいるぞ」と、この間点数をばらした男子が言ったので、もうやだなあと思っていたら、その男子が私に気をとられている隙に、「お前の順位、見ちゃった」と別の男子に成績表を覗き込まれていて、
「おい、教えろよ」と、他の男子と言い合って、うるさくなっていた。
「言うなよ」とその男子が困っていて、
「人のはベラベラ喋ったやつは自業自得だ」とミコちゃんが睨んでいた。
「おーい、観野と戸狩はどっちが上だ? 」とやっていて、
「私」とミコちゃんが元気よく返事をして、
「こいつは一位だから無理だ」と戸狩君が答えていた。いいなあ。
「弘通と戸狩と桃とタクはどの順位?」と聞きあっていた。いいなあ、ああいうのを堂々と言える順位で、と落ち込んでいて、
「はあー」とため息をついてうな垂れていた。
「先生、佐倉が立ち直れていません」とそばの男子がからかうように言って、
「少しは上がっただろう」と先生が笑っていた。
「もっとがんばります」と言ったら、みんなが笑っていた。

「詩織ちゃんの落ち込み方が変だよ」と夕実ちゃんが言って、
「大丈夫なの?」と弘通君達が聞いてくれていた。
「見せないといけないから困る」と言ったら、
「お父さんに怒られるの?」と聞かれて、
「母親がしっかり迎えに来そうで怖い」と言ったら、
「ああ、あの派手な」と光本君が笑っていた。
「怒られるんだ?」と弘通君に言われて、
「ははは」と力なく笑った。後で電話しないといけないなあと考えていた。

 部活の時間もなんだかいつもより大変だった。機嫌が悪そうな一之瀬さんと、クラス全員に成績をばらされた緑ちゃんがぼやいていて、
「それは仕方ないよ。変な事言ったから仕返しされたんでしょう?」と千沙ちゃんが笑った。緑ちゃんは口が軽く、よくよけいな事まで話してしまう。そのことを根にもたれたらしい。
「なんだか、最近うるさいよ。あちこちで点数が出回っていて」と千紗ちゃんが言い出した。
「そうなの?」と聞いたら、
「詩織ちゃんの話題から飛び火」と言われてうな垂れた。この分だとあちこち知らない人まで知っていそうだ。困ったなあ。
「なんだか、詩織ちゃんが変だよ。山崎君と付き合ってるのに楽しそうじゃないね」と千沙ちゃんに言われても、ボーとしてしまっていて、
「聞いていないよ」「聞き流しているね」「どっちか答えないね?」と言ってるのも聞いていなかった。
「どっち?」と緑ちゃんに言われて、
「そうなんだ、困ったなあ……」と言ったら、
「やっぱり聞いていないね」と言われてしまい、みんなが笑っていた。

 帰るときにあの人に電話しないといけないなあと考えて校門の前にいたら、
「詩織」と呼ぶ声が聞こえた。しっかり、母が迎えに来ていた。
「地獄耳」
「あら、電話してくれたのよ。そういう動きがあったら連絡してと頼んであるの」と悪びれもせず言ったため、睨んでしまった。
「しょうがないでしょう。心配なんだから。今日は拓海君は?」
「もうすぐ来るよ」
「だったら、またおごってあげるわ。ああ来た」と言って後ろに手を振っていた。
「やっぱり、来てましたね」と拓海君が笑っていて、
「お母さんは呆れる」と睨んでしまった。
 場所を移動して、拓海君と2人でお腹がすいたので軽く食べていた。母は夕食を食べていて、
「外食ばかりよ」と言ったので、
「よく太らないね」と聞いたら、
「そうねえ、よく動くからでしょうね。ところで、そろそろ見せてちょうだい」と早々と食べ終えて言ったので、仕方なく成績表を出していた。
「ふーん」とじっと見ていて、そのうち食べ終わった拓海君に渡していた。
「まったく、数学が悪すぎ。理科もね。女の子って、どうしてこっちに弱いんだろう」と言われてしまった。
「暗記の方が楽」と言ったら、2人が笑っていた。
「しょうがないわね。この成績じゃ、困るわね」と母が何か考えていた。拓海君の方も見せてくれて、落ち込んでしまった。
「がんばってるわね。さすがに国語がちょっとねえ」とお母さんが言っていて、
「なんだか、差が」と言ったら、
「そっちもテニスも両方がんばれよ」と笑っていて、それもあったなあ……と窓の外を見ていた。
 拓海君を車で送ったあと、私と2人きりのときに、
「こっちの仕事が終わるまでまだしばらくいるけれどね。今度のテストではもう少し上げなさいね」と言われてしまった。
「そう言われても」
「それから、ちゃんと英語もやりなさい。ほかのよりね」と言ったので、
「いいよ、それは」と言ったら、
「いいからやりなさい」と命令されてしまった。困った人だなあと見ていた。

 部活の方は、内部分裂気味になってきていた。ロザリーが「一年生は合わないから変えてくれ」と言い出し、一之瀬さんは相良さんと口も聞かなくなり、元川さんは菅原さんに注文ばかりつけて、強気なグループとそれなりグループで分かれていた。
「女子は少しはなんとかしろよ」と掛布君に言われてしまって、そう言われてもと困っていた。こうやって眺めるとテニス部にしろ、どこの部活にしても、人数が分かれるなあと思った。真面目で意見を言うタイプ、どっちつかずの意見は言わない中間タイプ、反対するタイプ、もしくは強気なタイプ。主導権を握るのは真面目なタイプか、強気タイプが多く、中間タイプはどうしようか考え中という感じになっている気がする。意見を言わないのか、言えないのか、それとも本当にどっちでもいいのかが微妙だなあと見ていた。
「ああ、それね」と先輩に聞いたら笑っていた。
「笑い事じゃないですよ」
「そういうのって割合があるんだよ。大体は決まってるな。真面目2割に不真面目2割、普通が6割ね。言い方を変えると、主導権握ってる部長とその周り、どっちつかず、一之瀬のような反発するタイプに分かれる。こっちの方が分かりやすいだろう? 」と言われて、うなずいた。
「パワーバランスが悪いと部活の雰囲気も悪いって訳だ。バレー、バスケのように目的がハッキリしているタイプ。水泳のように和気あいあいタイプ。野球、サッカーのように男子が多くて、そのスポーツ自体が好きで集まってるタイプ、吹奏楽のようにグループバラバラでも、何とかまとまってるタイプに分かれるね」
「テニスは?」
「中途半端だね。仲は良くないのは確かだ。強さも程々、仲の良さもいまいちでね」言われてみれば、
「どうしたらいいんですか?」
「中間派がどっちに転ぶかで変わってくるよ。中間派が見て見ぬ振りをしたらお前をシカトした時のような嫌な体制になるし、中間派が意見が言えるようになれば少しは良くなるな。加藤と近藤に掛かってると思う」なるほど。そう言えば、あまり意見は言わないけれど、聞くとちゃんと持論は持ってたりするかも。
「それ以外にロザリーをどうするかで決まってくるな」
「どうしてですか?」
「あいつははっきりした意見を持っているが、納得すれば案外さっぱりだ。その辺が一之瀬と違う。だから、ロザリーの意見が小平と一致すれば案外簡単に収まるな。残りは味方がいなくなるわけだからね」そういうことか。確かに言われてみれば、
「でもなあ」
「考えなくても、そうなってくるさ。小平のやり方は間違っていないよ。ちゃんとバランス考えて決めてるだろう?  実力だってかけ離れていないし、タイプ、性格も考えてあるし、そのうち納得できるようになるさ。勝てればね」
「練習試合でですか?」
「それを目的にしろ。後の連中はほっとけ。一之瀬問題さえ何とかなれば乗り切れるからな」
「なるほど、さすが元会長」
「そういうのは経験が物を言うぞ。大人の本音を裏で聞いてると色々分かっていいよな」
「先輩ってどうやって聞いてるんですか?  盗み聞きとか?」
「一階で話していて2階に丸聞こえなぐらい大きい声だなあ。よほどストレスが溜まってるんだろう。近所の主婦の話から、先生の批評、自分の旦那の話まで、色々あるもんだよ」なんだか、すごいかも。そう言えば、前の田舎ではおばあちゃんのところに色々な人が話に来てたなあ。おじいちゃんも世話をするのが好きなのか、色々訪ねてきていたかもしれない。
「テニス部はどうなっちゃうんだろう?」
「お前は自分の出来ることだけ考えろ。一之瀬を変えるのはとりあえずは無理だ。お前の彼氏が褒めてやれば少しは余裕が出るかもな。もしくは新しい彼氏でもできればね」
「できますか?」
「あの性格でもいいと言ってくれる男子は少ないけれどな」そうなのか。難しいんだね。
「難しいですね」
「山崎の好みとは違うから無理だと気づくまで無理だろうなあ」
「好み?」
「一之瀬は最も嫌うからね」そうなのかもしれないなあ。

 クラスのほうでは、須貝君と朋美ちゃんが二人で話していて、みんなが離れて見ていた。
「しかし、じれったいなあ」と光本君が言って、弘通君と碧子さんが笑っていた。私はと言うと、
「寝るな」と佐々木君に叩かれた。
「それより、遠藤をどうにかしてやれよ」と光本君が弘通君に小声で言っていて、
「でも、何度話しかけても」と困っていた。
「気持ち、分かるなあ」とつい言ってしまったら、
「なんで?」と佐々木君に聞かれた。
「勉強が出来なくて、親とかに色々言われて、心配してくれるのはありがたいけれど、はるかにできる人に言われるとよけい落ち込む」と言ったら、
「それはあるなあ」と光本君が言って、弘通君が困っていた。
「親ねえ。何か言われたのかも、聞いてきてやるよ」と佐々木君が立ち上がったのを、須貝君が見ていて、
「なんで、そこで集まって見てるんだ?」と聞かれてしまい、みんなが笑っていた。朋美ちゃんが恥ずかしそうで、須貝君は全然気づいていなかった。
「お前も生身の女の子に興味示せ」と光本君が言ったら、須貝君が困った顔をしていた。うーん、そういう顔もするんだなと思った。
「好みのタイプはこういう女の子なの?」と、彼が描いていた漫画を指差して聞いたら、
「現実にいるか?」と光本君が言って、こういう子ってどんな感じなんだろう? と考えていた。
「かわいい感じかなあ、手足が細長くて、顔が小さく、けなげで、素直で助けてあげたいタイプ。相手を素直に信じて、ここにはいないぞ」と光本君が見回して言ったため、碧子さんが微笑んでいて、確かに、そこまでの子っているかなあと考えていた。
 
「え? 」とみんなが一斉に言ってしまった。佐々木君が遠藤君から聞いた言葉がさすがにびっくりした。
「それは難しくないか?」と光本君が言ったのをみんながうなずいた。
「しかし、取り上げるのはひどいな。鉄道の本も、写真も集めたグッズまで全部はひどいぞ。いくら親でもやりすぎだよ」と佐々木君が言ったため、
「俺も困る。望遠鏡を取り上げられたら生きていけない」と光本君が言って、
「漫画ばかり描くなと言われたことは、昔あったけれど」と須貝君が言った。みんな色々言われてるんだ。
 遠藤君は成績が落ちたため、上がるまで趣味を禁止されてしまったようで、そのため機嫌が悪かったようだ。
「それで、この間、山崎にああ言ったんだな」と佐々木君が言ったため、驚いて見た。
「あれ、聞いていないのか? 廊下でやりあってたぞ。お前の話だよ。『点数を言いふらすのはどうかと思う』と説教されて、逆切れしてた。『漬け込まれるほうが悪い』と言い切ってたのもあって、またやり合ってたよ。でも、俺は山崎の意見に賛成だよ。自分の点数が悪かったからって、お前の点数を言って晴らすのはちょっとなあ……。山崎が、『人のことはいいから自分をがんばれ』と言ったら、切れちゃってね。『できるヤツはいいよな』と捨て台詞吐いてたらしい。でも、山崎は『俺も努力はしているし、詩織もそれなりにやってる。何もやっていないわけじゃない』と怒ってた。『とにかく、人のことを言う前に自分の方を何とかしろ』とね」そんなことを言ったのか。
「確かに、それはあるな。人のことより、自分の方をなんとかしないとね。『自分よりできていいよな』とひがんでいても点数が上がるわけじゃないから」と光本君が言ったため、
「俺も試験勉強はやっていないと親に言われるから」と佐々木君が言って、みんながうなずいた。
「趣味の事をとやかく言われると困るね」と聞いたら、
「テストの点数がそれなりなら許してもらえるけれど、もらえない人もいるからね」と佐々木君が言って、
「点数を上げるまで取り上げられたら辛いね」と言ったら、
「俺は困るぞ」と光本君が考え込んでいた。
「弘通君はどうやってやってるの? 毎日、こつこつやってるとか?」
「それなりだね。戸狩や観野のようには無理だよ」と答えていて、
「テスト勉強って、どれぐらいの時間やるの?」と聞いたら、
「俺は2時」「3時だな」「徹夜はしないけれど、それなり」とそれぞれ答えた。
「そうなんだ、違いがあるね」
「お前は?」と光本君に聞かれて、
「疲れちゃうから、12時ぐらいまでだね」
「なるほど」と考えていた。
「時間を多くやればいいというわけでもないし」と弘通君が考えていて、
「そうだね」とみんなが考えていた。

 部活の方で、ロザリーが小平さんに色々言っていた。その後、走る時に勝手なペースで走り出し、ロザリーと一之瀬さんが早めに行ってしまって、みんなが困っていた。私はへとへとになって戻ったら、
「この程度でへばってよく選手だと言えるわね」と一之瀬さんに言われてしまった。その通りだけれど、言い方にとげがあるなあ……と思った。その後の練習もなんだか露骨だった。仲が悪くなっているのを感じていた。相良さんと乱打はしないし、ロザリーは一年生は嫌がって、2人でやっていた。困ったなあと休憩中に考えていた。試合形式を珍しく、一之瀬さんと菅原さん、私たちと湯島さんがやっていて、その後、交代していた。ずっと、みんなの試合形式を見ていて、うーんと考えていた。
「このままじゃ、勝てそうもないなあ」とつい言ってしまった。
「どういう意味?」と後ろから、小平さんが聞いてきて、
「なんでもない。今度の練習試合はいつ?」と聞いたら、「来年になってから」と言った。それまでに、仲よくなれそうもないなあ……と考えていた。
 帰る時に、遠藤君の事を拓海君に聞いた。
「遠藤はほっとけ」と拓海君に言われて、
「拓海君の一番好きなものって何?」と聞いたら、考えていた。
「今のところ……」とこっちを見ていて、
「その趣味を取り上げられたら我慢できる?」と聞いたら、
「やだな。ストレス解消になってるし」と言ったので、
「そう言えば趣味って?」と聞いたら、
「その辺は内緒。でも、そうだよな、そう考えると辛いかも。でも、お前に当たることないだろうに」
「当たりやすいからって言う理由かな。前に言ってたでしょ。助けない理由。『漬け込まれるほうが悪い』と言っていた遠藤君も間違っていないのかも」
「お前まで、そんなこと。あれは遠藤が悪い。『漬け込まれる人が悪い』って。じゃあ、『自分がやられたら、自分が悪い』とあいつが言うとは思えないな。『相手が悪い。攻撃する方が悪い』ってそのときは言うぞ」それはあるかも。
「助けない理由は色々あるけれど、自分の方に攻撃されたら困るからという理由もあるらしいけれど、別の意見もあって、『いじめる方といじめられる方とどっちが悪いと思いますか』と聞いたらね、『いじめられる方』と言う人も多いんだってね」
「誰に聞いた?」
「先輩にね。事情は当事者しか知らない場合が多いでしょう。そうすると周りから見ていて、大多数が無視しているから、きっと無視される方が悪いんだろうって思いこむの。大衆心理だと言ってた。大勢の方が間違っていないんだろうと先入観で見るんだって。でも、お母さんが言ってた。確かに狙われる方も隙があるからということは言われるけれど、問題が起きたとき、両方に問題があると考えるんだって。『日本だと、そうじゃないから呆れるわねえ』と言ってたよ。その問題もPTAで話が出てたらしいよ。なんだか、変だなあと思ったけれど」
「俺は違う。間違ってるだろう?  気に食わないから狙うってこと自体がね、俺はそういうヤツは許せないよ」
「それは強いからだよ。そのほかの人は孤立したくないと思うらしいね。だから、自分の意見を言えない。言って否定されたらという心配があるからね。日本だとそういうのが多くて、『とりあえず周りに合わせておけば間違いないと思う人が多いから嫌だ』とお母さんが言っていたの。でも、それだと合わせられない人が孤立しやすいことになりやすくて、それで、ああいう事が起こる。そう言われるとそうだなと思った。『自分を反省するより、人を攻撃した方が楽だからそうしているのよ。親に問題があるの』とお母さんは言い切ってたけれど、一理はあるなと思ったけれど、でも、そう言っても納得してくれないよね。事なかれな雰囲気はどこにでもあるもの。前に口を聞いてくれなくなったとき、誰も助けてはくれなかった。拓海君がいなければ今頃やめてたかもしれない。でも、助けられないのかもと思ったの。先輩に色々聞いてみて思ったの。自分が被害者になりたくないから、加害者になし崩しに同調してしまう」
「でも、俺は許せないね。そういうヤツはね。遠藤も一之瀬も問題は自分の方にあるんだ。自分の心の中にね。そこから始めないと、いつまで経っても他の人に当たって抜け出せないぞ。そうやって晴らしたって、成長しないしな」
「中学生って、難しいよね。意見を持っていてもそれを言うことに対して自信はないからね」
「自信ねえ。だとしても、やり方がおかしいよな。遠藤にしても、一之瀬にしてもね」
「どうすれば解決の糸口が見つかるかな?」
「気づくかどうかが、鍵だね」
「気づく?」
「自分の考えが間違っていると気づくのには、タイミングもあるし、まず冷静にならないと。2人ともそこがまだ無理だと思う」タイミングねえ。
「練習試合には負けた方がいいのかも」
「そういうこともあるな。でも、前の試合だって、負けたのにまだ分かっていないぞ」そう言えば、そうか。難しいんだな。

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